2019年3月19日 (火)

クイズです

介護に関する持論や人との交流記や歌劇のレヴューや食生活の話ばかりでも、どんなものかと思ったので、

今回はクイズです(^ω^)

私John Trabutta(=じょあん)は47都道府県すべてに足を踏み入れていますが、そのうち、

a)最初に行ったところ(つまり出生地)と、

b)最後に行ったところを、

両方とも当ててください!

どちらも当たった方、先着一名様に、粗品進呈☆

なお、解答権はお一人一回だけとします。また、私宛にご住所、お名前、お電話番号等を教えられる方に限ります(もちろん、個人情報の目的外使用は決してしません)。

ご解答は本エントリーへのコメント、または私宛の電子メールで。

お待ちしています(^^*

 

(※解答期限は3月25日(日)までといたします)

 

2019年3月12日 (火)

人に向き合う仕事で、「身の危険」は当たり前だ!

千葉県野田市で、小学四年生の女の子が、父親からの度重なる暴力により命を落とす、痛ましい事件があった。

この事件で最も大きな問題とされているのが、市の教育委員会の対応である。

学校では「ひみつをまもりますので、しょうじきにこたえてください」との但し書きのあるアンケートを、子どもたちに配付した。女の子はその言葉に勇気を得て、「お父さんにぼう力を受けています」と記入して提出した。

ところが、怒鳴り込んできた父親の威圧的な態度に恐れをなした市教委の担当者は、このアンケートを見せてしまった。これを見た父親がどれだけ激昂して暴力がエスカレートしたことか。想像できないほうがおかしい。

その言い訳が笑える。

「父親から、訴訟を起こすなどと威圧的な態度を取られて恐怖を覚えた」(要旨)

はあっ???

バカバカしくて相手にする気にならない気分だ。過激な逸脱行為に対する応接も心得ていなかったのか? 市教委はそんなときの対応マニュアルも用意していなかったのか? マニュアルがあったとしたら、担当者はその手順に目を通してさえいなかったのか?

行政機関として粛々とことを進めたのにもかかわらず、相手の言動が犯罪に該当するレベルまで至ったのならば、警察に通報すれば良いだけの話だ。悩むことはない。

この市教委の対応に擁護論もあることを、私は百も承知だ。各教委にスクールロイヤーなどの法律専門家を設置すべしと。原則論だけ振りかざせば、それは確かにその通りかも知れない。

だが、その要請に対応できる弁護士がどれだけ確保できるのか? 教育関係に特化した分野に該博な弁護士が、そんなにたくさん存在するのか?

そもそも教育委員会は行政の公的機関なのだ。なのに自治体の顧問弁護士(すべての自治体が顧問弁護士と契約しているわけではないが...)とは別に、さらに法律の専門家を頼みましょう、なんてことになったら、どれだけ手厚い話になるのか?

そんなことを言っていたら、民間はどうなるのか? 顧問弁護士など依頼できる余裕がない零細事業所に対して、行政は危険な仕事をどんどん割り当ててくる。教育のみならず、介護、福祉、どの業界でも、それが現実だ。

私は「人と向き合う」仕事に従事する立場として、開業する前も、開業してからも、身の危険を感じたことは何度もあった。刃物を振り回した人、「俺は何人殺すかわからんぞ」と周囲を脅かしていた人、私の側に全く責がない事案について延々と非難攻撃を繰り返す人などを相手に、修羅場も経験してきた。中には介護者がそんな人物だと知りながら、行政がわざわざ私に振ってきた利用者さんの事案もあった。

しかし、私はこれまでのところ、このような逸脱行為に関して警察に相談したことはない(現在進行中で、弁護士の先生に相談するつもりの事案が一件ある。と言っても民事事案だ)。誰に相談しようが、自分自身が向き合わなければならないのだから、いよいよ急迫するまでは自助努力で解決を探ろうとしてきた。

プロフェッショナルならそうあるべきなのだ。良い意味で公権力と協働するのは大切だが、安易に公権力に依存してはいけない。

 

人に向き合う仕事をする以上、「身の危険」は当たり前だ。日本は法治国家である以上、私たちは法律に守られている。過激な逸脱行為をやめない相手に対しては毅然とした態度で応酬し、自分の力で解決の道を探るべきなのだ。それでも抑止できない場合は個人、個々の機関の対応能力を超えているのだから、そこではじめて警察に相談したり、状況次第で弁護士に法律的な対応を依頼したりすれば良い。

野田市教委の担当者は、公の場に身を置く者としての矜持もなく、生徒との約束を破り、彼女を死に至らしめる最大の原因を作った。信頼していた教育者に裏切られた女の子の絶望は、いかほどのものだっただろうか?

しかし、この担当者ばかりではないだろう。行政職などの公的機関で、安定した地位にあぐらをかいていて、いざ不測の事態が起こると、「身の危険」の回避に汲々とする自称プロフェッショナル=専門職は、地域や業種を問わず、少なからぬ数で存在する。

その水準の振る舞いしかできない恥知らずは、プロフェッショナルなどやめてしまえ!!!

2019年3月 5日 (火)

一年の節目に

母が天に召されてから、早や一年になる。

息を引き取る直前の5分間。あのとき握った母の手の温もりは、いまだに忘れられない。

人生の締め括りかたは百人百様だ。母の場合、死をもたらしたのは急性疾患(心筋梗塞)であった。しかし、母はずっと前から周到に心の準備をしていたと思う。まだ家事ができていた時期にも、延命治療をしない方針や、万一の場合には従妹(母の姪)に応援を頼む段取りなど、私との間で少しずつ、終末に向けての決めごとを増やしていった。

2017年の1月末に、高たんぱくの飲み物しか摂取できず、寝たきり状態になったとき、「誰にでも心を開いて付き合いなさい」との言葉、遺訓を私に伝え、葬儀に誰を呼ぶか、呼ばないかについても私と相談した。そこから持ち直して食事が摂れるようになり、安定期を迎え、一年余も平穏に生き永らえた。実際に死が迫ったとき、母はいっとき動揺したかも知れないが、最終的には思い残すことなく、神のみ手にすべてを委ねることができたと信じている。

そんなことを思い巡らしながら、節目の墓参をした。前日までの雨続きがウソのような好天。

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平日なので、墓参に来る人もまばらだ。枯れた古い花を捨て、墓石を洗い、草取りをした後、新しい花を飾って、「主の祈り」「アヴェ・マリア」「栄唱」を唱える。静かな雰囲気の中で、母に、そして父にも、自分が力強く生きていくことができるように、神への執り成しを頼んだ。

「こんどは大勢で来るからね」と言って墓園を辞去する。来月には「帰天一年のつどい」と称して、名古屋の叔母夫妻をはじめ、身内の連中を招いて、墓参と会食をすることになっている。

昼食の時間、たまには少しの贅沢をと、「ステーキのあさくま」三方原店で、チキンステーキ+オニオンマスタード。ここは料金が高めだが、ごはんやパスタも含めたビュフェ式のサラダバーが無料で楽しめるのだ。

帰宅してから、そろそろ提出しなければならない確定申告の用紙を清書してまとめる。

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夕食のときには、母が愛好していた「丸一魚店」の品を祭壇の前に供えた。特にマグロのフレークは大好物だったので、店から行商に来た日には、母自身が毎週必ず購入していた。母の死後も、最低月一回は私が食べたい品を注文している。ヒラメの刺身やカキフライ(冬期)、カツオのたたき(夏期)などが定番だ。

さて、明日は「灰の水曜日」。カトリック教会では四旬節の入口なので、ここから節制の期間に入る。復活祭へ向けた心の準備が求められる。

母の遺訓を心に留め、日ごろの自分の振る舞いを省みながら、日々の仕事に勤しみたい。

 

2019年2月26日 (火)

人と会い、人と語り...(6)

「これはすごい!!!」

...と、掛け値無しに表現できる企画を、このたび体感できた。

22日(金)にライブハウス・神戸チキンジョージで開催されたイベント「Babe 40th Anniversary-生きるために必要な10のこと」。

実はこれ、介護業界の一リーダーの個人的な「40歳の誕生祝い」だった。そこに全国から、業界の「顔」と言うべき人たちが集結した。

主役の「Babe」とは西宮市の幸地伸哉さん(クローバルウォーク社長)。拙著『これでいいのか?日本の介護』第12章にも登場し、関西では草の根で業界の「人の輪」を広げている立役者の一人。三年前の私の開業15周年にも駆け付けてくださったので、お開きの三本締めをお願いした方である。

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その幸地さんが40歳になる日にこの企画を組むと聞いたので、頼まれなくても押し掛けるつもりでいたところ、氏から、トークセッションをいくつか考えており、その一つ「伝える」の章に登壇してほしいとの依頼があったので、快諾して出掛けて行った。

まだ開幕一時間以上、16時ごろ会場に到着すると、すでに怪しい人たちが...

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本ブログに何度も登場したジョージさん@ライフデザインクリエイターふらっと(京丹後)と、会うのは二度目のジャスティスさん@介拓社(和歌山)。他にもライブに登場する人たちをはじめ、幸地さんの親しい仲間たちが準備に駆け回っていた。そのうち福岡勢、神奈川勢、和歌山勢などが続々と到着。「おひけえなすって!」と仁義のやりとりに追われる。

そして17時半に開幕。トークのテーマごとに、幸地さんのよくわからない?(笑)語りの動画披露。そしてセッションごとに4~5人が登壇して、それぞれの思いを語る。MCは久々成さん@プラスワン(大阪)、彼自身がトークに加わった際には、まるこさん@Kakeru(京都)が代役を。

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ライブが入っていよいよ佳境に。まずは「No Name」。づかさん@Lixis(東京)、Shanさん@アロ研(東京)、大平さん@ケアクラフトマン(鹿児島県長島町)、そして久々成さんのカルテット。介護業界では各方面を代表すると言って差し支えない、知名度の高い方たちだ。特にShanさんのドラムは圧巻。

さらに、トークをはさんで沖縄民謡。当日結成してリハ5分の速成コンビ。唄を披露したのは龍カルロスさん@比謝川の里(沖縄県中頭郡)、サンシンは関西でプロのアーティストとして活動されているKudekenさん。カルロスさんの美声も十分にゼニが取れるレベルだ。

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長年のブログが圧倒的な支持を誇るmasaさん@あかい花(登別)。幸地さん、フッキーさん@ソーシャルネット雅(和歌山)とのトリオで。masaさんの渋い声も年季が入っていて流石である。

後半に入って、トークは「伝える」のコーナーになり、私もmasaさんやカルロスさん、正木さん@な~る編集室(西宮)、大関さん@Dasuケア(犬山)たちと一緒に登壇。一応マジメに話していたつもりだが、せっかくの機会にコラボした仲間の画像をと思い、大関さんの隣でブレイク。ところがその場面をジャスティスさんがしっかり盗撮(笑)。

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締めは幸地さんがかつて結成していたバンド「Red Rock Ear Sicks」のリバイバル。これがまたシビれる演奏で、会場を興奮の渦に巻き込む。

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終演は22時過ぎ。実に6時間近くにわたる、メチャ楽しいイベントであった。

そのあとは介護業界を中心に、遠方から集まった仲間が十数人で二次会。みなさんは朝の3時まで飲んでいたようだが、私は翌日の仕事もあったので、1時ころには早々に失礼させてもらった。

あえてHNや通称で表現したが、登場した多くの方は業界で隠れもないビッグネームである。そんな連中が北海道から沖縄まで、謝金もないのに手弁当で集まるトンデモ企画。これを現実の形にした幸地さんの人間的魅力には脱帽だ。

また、当然だが、介護業界に限らず、幸地さんの親友や同級生など、異業種の方も少なからず参加していたので、私たちの見識が広がったことも一つの収穫であろう。

この機会に、私も多くの人たちとつながることができた。SNSでは知り合っていても会うのは初めての方が4人、全く初めて名刺交換した方が13人。特に、背中合わせの席も何かのご縁だと思ってあいさつした方が、川内さん@となりのかいご(伊勢原)。介護離職防止のコンサルタントで、激辛ラーメンの愛好家(笑)。知り合っておくと、何かの企画でコラボできるかもと、構想は広がるのだ。

一日に17人もの方と初対面をして、しかも、どなたに関しても、どこで何をされている方なのかが頭に残っていることは、私にとって全く珍しい。

とにかく、人生でも何年に一回あるかないかの、すばらしい体験であった。

幸地さん、40歳おめでとう!!! 心からお祝いしています☆ さらに輝かしい40代にしてください。

2019年2月19日 (火)

寒い日の楽しみ(^^*

あまり多彩(多才)ではない私の趣味の一つは、週に2~3回手掛けている自己流の(...とは言え、一応汎用のレシピを参考にしている)クッキングである。他人にお裾分けできるほどの腕はないが、個人的に賞味するものは時間のあるときに努めて作っている。亡き母にも一応満足してもらえていたので、そこそこの水準かなと勝手に思っているが。

ただし、レパートリーがあまり多いわけではない。せいぜい20~30品目程度。また、鍋やフライパンを使う炒め物などに偏っていることも事実だ。

この冬、気温の低下は例年ほどではないにせよ、体感温度が低く感じられる日が結構多かったので、冬に温まることができる料理にいくつか挑戦してみた。

ベテランの主婦(主夫)から見れば、この程度は日常茶飯事かも知れないが、私にとってはそれなりに頭を使った品目だ。以下に紹介させていただく。

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まず、ありふれた一品。朝食用の「ぜんざい」である(上の画像)。これは生協の切餅とゆであずきとを使えば、ごく手軽に作ることができる。ゆであずきに水を加え、いったん沸騰させたら弱火で5分ばかり、焦げないようにお汁粉をかき回しながら作るのがコツ。

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次には、牡蠣とエリンギのアヒージョ(上の画像)。牡蠣は塩を擦り込んで洗ってから真水で洗うのが良いようだ。ポイントはにんにくと唐辛子とを最初からオリーブオイルに入れて香りを出しておくこと、油の量に応じて塩を加減すること、弱火で牡蠣がふくらむまで煮込むこと、などだろうか。

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それから、鶏肉のクリームシチュー(上の画像)。ルーは水で薄めた牛乳にコンソメを加え、ローリエで風味を出す。にんじんと玉ねぎは最初から煮込んだが、じゃがいもは形が崩れないために、弱火にする直前に入れてみた。逆にトロミを出したいのであれば、じゃがいもを早めに入れるべきだろう。鶏肉は先に軽く炒めておき終盤の段階で入れ、ブロッコリーは下ゆでしておけば、火を止める少し前でも良い。

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最後は、合いびき肉とマッシュポテトのグラタン(上の画像)。これは初挑戦ではなく、毎年一回ぐらいは作っているので、通算すると確か4回目ぐらいになろうか。ひき肉に玉ねぎとしいたけのみじん切りを加え、トマトケチャップでしっかり炒める。その上に牛乳に浸したマッシュポテトを載せ、チーズやパン粉やバターを置き、オーブンでしっかり加熱。皿をすぐに手でつかめないほどアツアツに仕上げる。

こんな具合に、寒い日には自分の間尺や嗜好に合う料理を作って楽しんでいる次第だ。

自己流のクッキングであっても、レパートリーを増やしていくことは、人間にとって欠かせない「食」に対する認識を深めることにつながり、人生の学びと潤いにもなる。中高年になるまで調理経験が無かった方、浅かった方(特に男性)には、最初は簡単なものからでも良いので、ぜひ一品か二品、折を見て手製の料理を作ってみることをお勧めしたい。多くの方にとって、自分の引き出しを広げる契機になるのではないかと思う。

2019年2月12日 (火)

食物を大切にしない文化は、やがて滅びる(2)

最近、「バイトテロ」「バカッター」などと称される「アルバイト従業員による愚行」のネット投稿事件が相次いでいる。

チェーンやフランチャイズに勤務する若者たちが、商品であるはずの食物や食物に関連した道具を、常軌を逸するほど不適切に扱う「悪ふざけ動画」が、次々とネットに投稿、拡散されているのだ。

氷(食品の保存用)を床に投げつけ、調理器具を股間に当てる「すき家」の従業員。

魚をゴミ箱に捨て、拾い上げてまな板に乗せる「くら寿司」の従業員。

おでんの「しらたき」を箸でつかんでほおばり、すぐ床に吐き出す「セブン‐イレブン」の従業員。

ペットボトルを袋に入れる前に、飲み口を自分の舌でなめる「ファミリーマート」の従業員。

まだ捜査中で特定されていないが、「ビッグエコー」の厨房で食材を床に擦り付けてから調理する動画を投稿した人物も、従業員である可能性が強いであろう。

これらの愚行には共通点がある。

一つの論点は、仕事に対する真摯な姿勢の欠落である。

勤務先の、いや、それ以上に社会のルールを踏み外すリスクよりも、「悪ふざけの動画を見てもらう」満足感のほうが上回っていることだ。よく考えずに、浅はかな思い付きから軽率な行為に走り、あとで解雇され、それどころか勤務先から損害賠償まで請求される可能性が出てきたときに、初めて後悔することになる。

たとえ2~3人で冗談を言い合っているうちにエスカレートしたとしても、相互に自制し合うのが人間の理性である。そもそも「仕事」の傍らで悪ふざけをすることは言語道断であり、社会人としての資質が欠けていると断じないわけにはいかない。彼らが社会人として仕事に就く前には、厳しくかつ懇ろな再教育が必要であろう(お恥ずかしい話だが、私がいまの業界で働き始めた駆け出しのころに、これに近いレベルの愚行があったことは、正直に告白しておこう。当時のことなので、ネット投稿などはしなかったが...)。

ところで、これらの愚行の背景には、もう一つの見逃してはならない論点が存在する。

それは以前のエントリーでも指摘した「食物を大切にしない文化」である。

愚行を犯した連中のうち多くが生まれたのは、1990年代後半であろうか。三十代以上の方は、その少し前、1993年に起こった米騒動について、記憶しておられる方も少なくないのではないか。

この年、日本国内で米が冷夏のため大幅な不作となり、政府はタイに要請してインディカ米を緊急輸入した。タイでは日本の窮地に支援しようと、国の備蓄米まで含めて最大限の量を輸出した。そのためタイ国内では一時的に米不足を招き、貧困層の飢餓まで発生している。

ところが、タイの人々にそこまでの犠牲を強いて輸入した側の日本の人々はどうだったのか? 何と、このインディカ米が食感に合わないとして、廃棄したり、家畜の飼料にしたりしたのである。そのため、当然のことながらタイの人々から強い批判を浴び、外交上の支障にまで及んだ。

背景事情はいろいろあろう。「美味しく感じなかった(むかしの南京米の食感だった)」「食生活のスタイルを転換できなかった(カレーやピラフを取り入れるなどの変更ができなかった)」「インディカ米に適合する調理器具、調理方法が浸透していなかった(日本の炊飯器では上手に炊きにくかった)」「農政が愚劣だった(日本の米とインディカ米とをブレンドするバカバカしい指導をした)」「国レベルの意思疎通が不十分だった(タイ側が日本人の食感に合う高級米を輸出してくれなかった)」、などなど...

しかし、あえて言おう。「理屈は取り餅と同じ」。つまり、くっつけたいところにくっつくのだ。上記のどれ一つ取り上げても、食べ物として口に入るインディカ米を粗末に扱って良い正当な理由にはならない。現実に日本では米が大幅に足りなかったのだ。それでも米を食べたいのであれば、入手できるものを食べるしかない。

あえて言えば「ブレンド」だけは全くの愚策だったが、そもそも多くの日本国民がタイの農民たちの労働に感謝して、輸入したインディカ米をありがたく消費していれば、農政当局もブレンドなどというバカな方策を生み出す必要もなかった。

なのでこの年、私は〔自宅では、米農家だった父方の従姉が、父が実家に居た大昔から毎年、「家族分」として配分してくれていた米を、母が炊いてくれて食べることができたので〕、一食でも多くインディカ米を消費しようと、外食のたびにインディカ米の加工品を食べまくった。わずかな一人の食事であっても、せっかくタイの人たちから提供されたものである以上、大切にいただきたかったから。

しかし、当時の職場や地域など私の周囲の人たちを見渡しても、大部分は日本米を何とか入手しようと躍起になっており、インディカ米は排除する対象としてしか見なしていなかった。

つまり、「バカッター」「バイトテロ」の若者たち〔の大部分〕が生まれる前から、日本人の大半は食物を大切にしてこなかったと表現することもできる。極論かも知れないが。

むろん、この一事だけで民族文化すべてを評するべきではない。しかし、上述のような市民が大半を占める社会の中で生まれ育った若者の世代に対して、食物を大切にすることを求めるほうが、そもそも無理難題なのだ。

少なくとも、1993年にインディカ米を粗末にした人間は、この二つ目の論点に関して「バカッター」「バイトテロ」の連中を非難する資格はない。自ら食物に向き合う姿勢を省みてほしい。考え方を改めなければならないのは、あなた自身であることを肝に銘じるべきである。

2019年2月 5日 (火)

「聞くは一時の恥」

拙著『口のきき方で介護を変える!(2013厚有出版)』の第6章第4節では、このタイトルの言葉を取り上げた。「わからなければ尋ねる」心構えを説いたものである。これは介護業界に限らず、どの業界にも当てはまる話だ。

このほど、偶然ではあるが、国史の分野で格好の事例を発見したので、参考までにご紹介しておこう。

なお、この事例は、専門領域を深く掘り下げると、それに対する自負からしばしば起こりがちなことを示したものなので、当該人物を貶めるものではけっしてないことを、お断りしておく。

M氏なる方がいる。すでにご高齢の方であり、私自身は残念ながらお会いしてご指導を受けたことがない。このM氏は、中世・近世の島津家・薩摩藩史に関する第一人者である。

そのM氏が『島津継豊と瑞仙院(1983)』なる論考を出している。薩摩藩主・島津継豊が長州藩主・毛利吉元の娘であった瑞仙院を妻に迎えてから、彼女が若くして死去するまでの経緯を記し、そこから島津家の婚姻政策について詳細に論じたものである。

さて、この論考の中で、たいへん気になる箇所がある。

M氏によると、「『追録(引用者注;『薩摩旧記雑録・追録』のこと)には、吉元の娘には『吉元令嬢』『御前様』『瑞仙院』という院号があるのみで、名前の記述がない」とあり、論考の中では、名前が省かれた背景事情として、継豊の再婚相手が徳川将軍家の養女・竹姫であったこと、島津家が特定の大名と婚姻を重ねるのを避けたことなどを挙げ、瑞仙院との婚姻が比較的軽く小規模な形に扱われてしまった。そのため、この時点では後世の薩長同盟につながる動きは見られない、と結んでいる。

この結論自体には何ら異存はない。M氏の見解に全面的に同意する。

では、何が問題なのか?

M氏は島津家側の記録だけを閲覧した結果、瑞仙院の名がわからないので記載していない。

しかし、この人の名ははっきりしている。「皆姫」である。おそらく「ともひめ」、ひょっとしたら「みなひめ」か、あるいは他の読み方かも知れないが、いずれにせよ、長州毛利家側の記録では、この女性の名は明々白々である。

つまり、M氏は島津家側の記録しか調べておらず、かつ〔自分の専門外である〕毛利家側の資料には当たっていないことが明らかなのだ。

いま、Wikipediaなどのネット事典を検索して、「皆姫」の名が普通に出てくるところを見ると、これは該博な碩学の誰かが編集に参加したのであろうと思われるかも知れないが、そうではない。実は瑞仙院が「皆姫」であることを私が見た史料は、『近世防長諸家系図綜覧(1966マツノ書店)』であり、これは一般の歴史好きの人が普通に入手できた本(いまはおそらく絶版)なのだ。そのレベルの史料に瑞仙院の本名が載っているのである。したがって、M氏ほどの一流の研究者が調べられなかったことはあり得ない。

もし、M氏が「私は専門外だから」と、謙虚に知人の毛利家・長州藩研究者に尋ねて、瑞仙院の名を確認しておけば、このようなことにはならなかったであろう。その辺りの経過については、ご本人に聞いてみなければわからないことは確かだが、結果としては、論考の主人公の一人である「皆姫」の名が記載されないままになってしまった。きわめて不自然な隔靴掻痒の論考になってしまったことは否めない

このM氏ほどの方であっても、「聞くは一時の恥」とはいかなかったのだ。

井沢元彦氏によると、M氏に限らず歴史学者には、専門外の知見を、その分野の専門家に尋ねようとしない人が多いようだ。上述した通り、自分の専門分野に関する該博さへの自負が影響しているのであろう。

これは史学だけではなく、どの業界でも起こっている問題である。私たちの保健・医療・福祉・介護業界もまた同様なのだ。「聞くは一時の恥」との認識を欠いた専門職が少なからずいて、横断的な連携ができないままに課題が残されてしまうのは、日本人の通弊なのかも知れない。

2019年1月27日 (日)

長年の趣味

誰もが一つや二つ持っているであろう、長年の趣味。私にも小学生のころから続けていることがある。

それは、歴史上の王侯貴族の系譜をたどることだ。

私が日本史に関心を持ち始めた少年時代、事典類に掲げられていた皇室や公家、武家政権の統治者の系図に強い興味を持ったことが、史学を志すきっかけとなった。

ゆえあって史学の道へは進まず、介護業界で34年間もお世話になることになったが、いまだに世界各国の王侯貴族の系譜を調べるのが、趣味活動の一つとなっている。特に日本各地の大名の家系図については、多くの参考書類を入手し、また実際に現地の図書館や文書館まで赴いて、さまざまな系譜史料を実見してきた。

むろん、歴史は特定の家系に属する一握りの人たちの名前で語られるべきものではないことは、百も承知である。民主主義が当たり前の原理となった現代日本において、封建領主による支配の記憶は、もはや古き時代の追憶に過ぎない。

とは言え、前近代の社会においては、地域における統治者の世代が一つの画期とされてきたことも、これまた現実である。史料として残された封建領主の系譜をたどることは、地域の長きにわたる歩みの過程を照らし出す一助となり得るものだ。

そのようなお役に立つかどうかわからないが、とにもかくにも、私自身のホームページでは、日本各地の主要大名の系譜を、都道府県別に紹介している。

『史料好きの倉庫』がそれである。

一種の便覧に過ぎないかも知れないが、私なりに工夫はしてある。明らかにつながりが不明瞭、不自然な系譜については、私見による疑義を注記した。また大名家の史料では過去の当主や藩主の名前が、諱(=実名)ではなく、官名、院号、法名、戒名、通称などで呼ばれることが多いので、なるべくその種の名前をしっかり記載するようにした。中世の国主級、近世の城主級以上の大名については、婚姻関係を示すため、配偶者の出自も明記した。

全国47都道府県のうち、このたび「愛知県の主要大名」を書き終え、46の都道府県が埋まったことになる。残すは地元の静岡県のみ。静岡県については、少し時間を掛けて、より多くの統治者名を掲載するようにしたいと考えている。

お暇なときにでもご笑覧ください。

2019年1月 8日 (火)

ちょっと違う正月風景

この正月の風景は、私にとって、これまでとはかなり異なったものになった。

学生時代、年末年始には家に帰省していたことを考えると、生まれて初めて、一人で迎える正月になったわけである。

最大の変化と言えば、今年はついに「おせち」を食べなかったことであろう。

母が自分でおせちを準備できなくなってからは、昨年まで数年の間、地元惣菜店「知久屋」が出している良質のおせち(12,000円)を購入し、母と二人で楽しんでいた。しかし母が世を去ったいま、一人では費用がかかり過ぎるので、終了することに。

かと言って、自分でおせちを作る気もなく、結局、持ち帰り寿司「すし兵衛」の藤寿司(1,300円。画像)を予約注文。元日、浜松教会のミサに参列した後に店で受け取り、自宅へ持ち帰った。

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これだけでは寂しいので、あらかじめ「丸一魚店」でカズノコ(画像)を購入。本来なら一箱単位、結構な値だったが、そこは30年以上買っているなじみの店、バラ売りにしてくれたので、9本(1,500円分)だけ購入した。黒豆や伊達巻などは市販の廉価のものにしたので、かなり節約できた計算だ。夕方には定番になった第一テレビの「笑点スペシャル」を視た後、夕食はあり合わせのものでテキトーに。

なお、朝は元日から餅を食べているが、これも今年からは、年末に搗いた米屋さんの餅ではなく、市販の切り餅に変更した。煮かたに気を付ければ、味に遜色はない。良い時代になったものだ。

2日の夕食。気分だけでもちょっと華やかにいこうと思い、タケノコ・ブロッコリー・卵をごま油で炒めて賞味。

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3日の夕食。やはり三が日に海老は欠かせない。年末に買ってあったものを冷凍食品の枝豆と一緒に塩炒めにした(ちなみに、毎年10月には冷凍ものではなく、本場・丹波篠山の黒枝豆を購入して食している)。夜はこれも定番になった、NHKの「ニューイヤー・オペラコンサート」を視聴。

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4~5日は営業日なので、すでに正月モードは終了。前月分の実績整理を中心とした仕事に埋もれる。夕食は加工品のありふれた食事で(笑)。

6日(日曜日)の夕食。冷凍庫にあった残り物の海老と、冷蔵庫にあった残り物の卵とネギを、そろそろ使ってしまおうかと思い、エビチリ&ふわ卵の一品にしてみた。

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7日からは全く通常モードになっている。

2019年の正月はこんな感じだった。少しは「新春」を意識しながらも、自分にとって一番適したスタイルで日々を送ることができるのは、一人暮らしの特権かも知れない。

これからも、あまり「型」に捉われない日常を過ごすことになりそうだ(^^*

2018年12月30日 (日)

年の瀬に

長いようで短かった2018年も、間もなく幕を閉じようとしている。

この一年は私にとって、大きな変転の年であった。

2月には、介護者との二足の草鞋を履いたために業務範囲を縮小していた影響で、利用者さんの数が13名と、事業所が存続できるギリギリのところまで減ってしまった。

3月5日に母が帰天(死去)。人生二回目(学生時代以来)の一人暮らしになる。

5月に母の納骨を終え、気持ちに区切りを着けたあと、事業所を建て直すために、市の要介護認定調査を受託することにした。

8月には開業17周年を迎え、ささやかな記念の飲み会。

9月。介護支援専門員の職能団体等で務めていた「公益性のある役割」からほぼ撤退してしまった以上、こちらをやらねばなるまいとようやく重い腰を上げ(笑)、初めて複数の地域包括支援センターから「予防支援の業務」を受託して、「公益性」を維持(ま、弁護士の先生が会からの割り当てで国選弁護を引き受けるようなものですかね(^^;)。

10月初めには台風24号の影響で、自宅の一部が壊れ、続く停電の余波もあって、数万円の損害を受ける。その程度で済んだのは幸いだったが...

12月に至って、「貧乏ヒマ無し」状態ではあるが、しっかり業績回復して(利用者さんは要介護の方が24名、要支援の方が3名)、食べていけるようになった。まずは一安心。

こんな一年だったが、順調に仕事が回っているので、終わり良ければ...の感がある。

さて、母の他界を契機にして、生活のスタイルを見直し、いくつかの部分で方向転換することになった。

そのうち特筆すべきなのは、母が好んで続けていた時節などの贈答を終了したことだ。お中元やお歳暮はこれまでも最低限の相手のみにしていたが、今回はその方々にも了解を得て、原則として今年で最終にすることになった。

地元の物産を差し上げたりいただいたりすることは、生活の中での楽しみではあるし、伝統的な一つの風物詩には違いない。しかし、贈る側、受け取る側の双方に負担がかかることも確かだ。特に私が受け取る場合は、他の家族がいないのだから、どうしても自分が決まった時間帯に在宅しなければならず、自由が制約されてしまう。

また、全国的に物流業界は人手不足なので、儀礼的な贈答を減らして、わずかでも働く人たちの負担を減らすことは、一つの見識であろう。

そんな思いから、これまでの慣習を変えた次第である。

来年は気分一新して、余力があれば新たな企画でもやりたいと考えているが、体力が許すかどうか、いまの時点では何とも言えない。しかし、これまで同様、全国各地の(特に若手の)業界仲間たちとは、お付き合いを広げていきたいと願っている。

こんな私ですが、2019年もよろしくお願いします(^^*

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