2017年3月30日 (木)

自治体附属機関等の委員会に出席して(1)

この3月末で、浜松市介護支援専門員連絡協議会の会長職を退任することとなった。

はじめは、状況がよく呑み込めないまま、1999年に市当局から「浜松市介護支援専門員代表者委員会」の委員として招集され、翌2000年に連絡協議会が発足したときに副会長、2009年から会長と、役員を通算18年間の長きにわたって務めたことになる。折しもこの1月末から母の介護で多忙になった直後であり、降板にはちょうど良い時期であったと思う。

また、6月には(特活)静岡県介護支援専門員協会の役員改選が予定されており、今期を限りに同会の副会長職を退任する。浜松市の役を兼ねながら、こちらも8年間務めることができた。

両職とも、在任中に数多くの方々からご協力、ご支援をいただいた。退任にあたり、心からお礼を申し上げたい。

さて、これらの役職にあることによる「充て職」ではあるが、浜松市や静岡県の介護支援専門員を代表して、いくつかの自治体附属機関等の委員会に列席することができた。市や県の直営であるもの、業界団体や職能団体等に委託されているものの違いはあるが、いずれも公的な会議との位置付けである。

それらの会議に出席しての感想を、4回に分けて述べてみたいと思う。

まず一回目は、お金の話である。

市や県の委員会は、行政施策やそれに基づく事業を適正に遂行するために、有識者や業界関係者が事業の具体的な内容について協議し、妥当性を判断して意見を述べるものだ。したがって、本来ならば、各々の事業にはどの財源からいくらの予算が使われるのか、各委員が理解した上で、協議に入らなければならない。

ところが、このお金の流れが意外と見えてこない。

事業に関する予算や決算の類は、当局から一応示されるものの、それが厚生労働省の示す構図のどの部分に相当し、どれだけの規模の会計になっているのか、書類を見ただけではすぐ理解できない。身近な自治体に事業の実施主体を落としてからの現実はどうなのか、読み取るのが難しい。

たとえば、市の医療及び介護連携連絡会であれば、地域支援事業の予算があり、その中の包括的支援事業の予算があって、そこから医療・介護連携にどの程度の金額が割かれるのか、との提示があったところで、はじめて、どのような規模の事業が可能なのか、もし必要なお金がそれでは足りないのであれば、他の一般財源等から別途上乗せしてもらわなければならないのか、等の議論が可能になる。

しかし、実際にはその流れが示されていない。

せっかくこの種の委員会に各職能団体や業界団体の代表者が出席しているのに、肝心な数字が見えない状況では、踏み込んだ議論がなかなかできないのだ。

県レベルの委員会では、ほとんどの会議で予算や決算が示されるが、全体のパイの大きさと使える額との関係はわかりにくく、医師会などの委員から突っ込んだ指摘を受けて、担当課長が何とか答弁したところで、おぼろげながら流れが見えてくるのが正直なところである。これは決して望ましい状況とは言えない。事業の体裁を整える員数揃えの委員会にならないためにも、各委員が理解できるように、お金の流れを明瞭に示すことは大切である。

これは、財源に関する関係者の意識の問題もあるだろう。行政に限らず、たとえば県介護支援専門員協会の理事会でも、自団体の財政について踏み込んだ議論をする機会に乏しく、事務局任せになりがちである。保健・医療・福祉の関係団体側は、もっとお金の流れについて関心を持つべきであろう。

介護に携わる私たち専門職は、市民・県民や自分たち自身のためにも、財政をよく理解し、必要な経費は積極的に働きかけて公的な財源から獲得していくことが大切だ。そして、それを公益に資するために活用していく姿勢が求められるのである。

2017年3月19日 (日)

「忘れ去られる権利」を乱用するな!

ICT技術の飛躍的な発展により、インターネットは私たちにとって身近なものとなったため、社会は大幅に利便性を増した。

そして、逆に私たちにとって不便、不具合なことも起こってきた。

ずっと昔の犯罪歴や愚行歴がネットにさらされてしまうのも、その一つである。昨年、閣僚を務めた北陸出身の政治家をめぐって、過去の愚行が話題となったが、職業や知名度にかかわらず、誰の前歴を誰でも調べることができる世の中なのだから、「前歴」をめぐるさまざまなトラブルが頻発している。

そして、前歴を「忘れ去られる権利」についての訴訟まで起こされる時代となった。ネットの検索エンジンに犯罪や愚行の前歴がさらされてしまっている人が、すでにその類のこととは縁を切って平穏に仕事をしている場合、「〇十年前にこんなことが・・・」といった手かせ足かせに縛られたくないのは、人の情として自然である。その犯罪や愚行の社会的影響の重大性にもよるだろうが、「いい加減にしてほしい」と、検索エンジンからの消去を求めるのは、決して身勝手な行為だとは思わない。

また、自分と反対意見である人の不利を図るべく、現在の活動とは関係の無い、あるいは関係の薄い昔の事実を「ほじくり出して」、その人を叩く人間が増えているのも事実だ。もちろん、これは褒められない行為である。暴露される側にとっては迷惑千万であろう。

しかし、その犯罪や愚行をいわば「踏み台」にして、現在の地位を築いている場合は、話が別ではないか。

私は20代、介護職員として宮仕えしていたころ、当時の利用者に対して、今日のスケールで見れば間違いなく「アビューズ(≧虐待)」に相当する行為を何度もしていた。自著では「恥ずかしい行為」とだけ記載してボカしているが、講義などで関係する話題に触れる際には、過去に自分が、「虐待に相当する」劣悪介護をしていた事実や、それに対する「申し訳なかった」との反省があってこそ、いまの自分があることも、包み隠さずに述べている。

当然のことだ。マイナーであっても、「介護」の分野で論陣を張る以上、過去の過ちは避けて通れない。昔の私を知っている人から「お前がエラそうに何を言っているんだ?」と嘲笑されないためにも、話題がそこに及んだ際には、ためらわずに告白するようにしている。

したがって、地位や知名度の高い人が、「クサいものにはフタ」をしているとしたら、これは看過できない。その一例を掲げよう。

当県では名が知られたヘイワ活動家(護憲派)Aさんがいる。環境保護でも活躍した人であり、県内各地で講演をして回っている人物だ。お住まいの市や性別を挙げると特定されてしまうので、伏せておこう。

このAさんが過去、大麻常習者の人たちと一緒にヘイワ活動や環境保護活動をしていた事実は、意外と知られていない。と言うか、ご本人がそれについて全く語っていないし、Aさんに近い人は何人か知っているが、その人たちからもAさんと大麻の関係話が出てきた形跡がない。Aさんの話を聞いて「感銘した」人のブログなどを見ていても大麻の話は出てこないし、検索エンジンからも全くあぶり出せない。

その大麻関係の人たちがいまどうなっているか、私は消息を聞かない。しかし、あくまでも私の主観に過ぎないとは言え、どう過小に見積もっても、Aさんがこの大麻関係のネットワークを「活用」して活動の場を広げていったのは現実である。つまり、Aさんの活動歴は、大麻常習者の人たちを「踏み台」にしていると考えられるのだが、Aさんはこの前歴をキレイにリセットしてしまい、自分の活動の「光」の部分だけを滔々と述べて、聴衆の喝采を受けている(と聞いている)。

このAさんは「真の住民運動と似て非なる「プロ市民」の運動」に登場した人物とも密接な関係にある。二人は「同志」と表現して良いかも知れない。その「プロ市民」がどんな人物だったかは、エントリーを参照いただきたいが、何となく似ているように感じるのは、私だけだろうか。

私は個人的には防衛力強化論者なので、護憲(9条)論者のAさんの話を聞きに行くことはないだろうが、もし私が護憲論者であっても、Aさんがこの姿勢を変えない限り、私は信用できない。当然である。私自身がAさんの活動に協力しても、何かキズが付けば、切り捨てられる可能性が強いのだから。

「忘れ去られる権利」を行使するのは良いが、乱用してはならない。これは一人ひとりの品性の問題なのかも知れないが、乱用することは心ある人たちからの信用を失うことになることを、地位や知名度の高い人たちは肝に銘じるべきであろう。

2017年3月12日 (日)

民間介護保険におけるケアマネジャー

拙著『これでいいのか? 日本の介護』第二章(P.32)で、民間保険会社の「マネー‐マネジャー」が、サービス利用を最小限に抑制するであろうことを述べた。

しかし、民間保険会社の登場を待たずして、すでに介護保険制度の枠内では、日本全国に「マネー‐マネジャー」が存在する。すなわち、公的介護保険サービス→現物給付を最小限に抑制しようとする行政担当者である。

もちろん、すべてがそうであると言うつもりはないが、行政用語「給付適正化」が事実上、もっぱら「給付抑制」であって、必要な人に対する「給付の加上(上乗せ・横出し等)」を含まない概念である以上、給付適正化に携わる行政職員の多くは、程度の差こそあれ「マネー‐マネジャー」の役割を果たしていると表現して差し支えない。

したがって、これらの行政職員、たとえば介護保険担当課とか、基幹型地域包括支援センターとかの職員は、ある意味で、今後ケアマネジャーが民間介護保険分野に進出するに当たっての「先駆け」をしているとも言うことができる。

ここで、キーワードになるのは「公益性」であろう。

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この図は、私がよく講義で使用する図だ(拙著『介護職の文章作成術』P.164にも掲載してある)。縦軸が利用者の利益、横軸が公益である。

左下の領域は、利用者のニーズと給付とのミスマッチから、「自立度の低下」を招く状況。これは利用者にとっても課題解決から遠ざかるだけ害悪であり、意味のないサービスを続けることによって給付母体にも損失を与える。「囲い込みケアマネ」に代表される、最も望ましくない類型だ。

左上の領域は、利用者の要望を偏重したために、「モラルハザード(一方の当事者が意図的に情報の歪曲したり権利を乱用したりすることにより、適切な給付関係が崩れること。一般に「保険詐欺」の意に用いられる)」に至っている状況。「言いなりケアマネ」に代表される、主体性に欠ける支援がこれに当たる。利用者や介護者の希望に対し、「ご無理ごもっとも」と受動的に対応しているうちに、給付母体に打撃を与える類型である。

右下の領域は、給付を抑制することにより、「インフォーマルな支援部分の拡大」に結び付くのだから、一見、良いことのように思われる。もちろん、『これでいいのか?...』にも書いた通り、それが住民の自助・互助意識を啓発する効果はあるだろう。

しかし、本来給付されるのが妥当なサービスまで抑制することにより、生活課題を達成できない利用者が、インフォーマルな資源による支援、それも十全とは言えないシステムに頼らざるを得ない状況が、現実に各地で起こりつつある。これは制度が担保すべき責任の放棄につながり、手放しで喜べるものではない。給付母体に対しては「優しい」一方、肝心な利用者の「最善」を図らないことにもつながるからである。

実は、民間介護保険を手掛けるケアマネジャーが最も陥りやすいであろうと思われるのは、この右下の領域なのだ。その場合、「公益」は「保険会社の営利」に置き換えられるかも知れない。しかし、営利法人であっても本来の望ましい姿が「公器」であることを考えれば、「公益」と重なる部分は少なくない。

ここで話を転換して、民間保険がどう運営されているのか(今後どう運営されるか)について触れてみよう。

民間介護保険の給付の大部分は現金給付であり、そこには大別して二種類の商品が存在する。公的介護保険の要介護度に連動した商品と、連動しない商品である。

公的介護保険と連動する商品は、「要介護〇以上」などの条件が付く。その条件を満たせば介護年金や介護一時金などの給付がなされるので、加入者にとって給付要件の白黒がわかりやすい。ただし、加入時の告知事項の項目により、あらかじめ有しているリスク次第では、入り口でハネられてしまう恐れがある。また、年金型の商品は要介護度が軽くなったら支払われなくなる場合が生じる。裏を返せば、このような制約が緩い商品ほど掛け金の金額は多くなるだろう。

公的介護保険と連動しない商品については、加入や給付申請において、「ホンネは保険給付をなるべく抑制したい」保険会社側の「誰が見ても」、「これまで一定以上のリスクを有しなかった」利用者に対して、その給付が必要である、必要になると納得されるための判断根拠(≒エビデンス)を示すことが大切だ。事業所のケアマネジャーが代理店の生命保険募集人を兼ねるようなことがあれば、一人ひとりの利用者の保険利用に関する判断根拠を明確化する役割を果たさなければならない。

しかし、加入者のケアプランを会社側に提出しても、そのケアプランに対する会社側のチェックは、当然ながら多くの行政機関よりもさらに厳しい。短期目標とサービス内容の一つ一つの項目に関して、担当者から電話やメールで指摘され、ケアマネジャーの判断根拠が脆弱だと「これでは加入(給付)できないよ」と高飛車に告げられることもあるに違いない。

かなり話が逸れてしまったが、これから民間介護保険に加入したい人に対して、ケアマネジャーはこのような商品に対する説明責任を果たし、自らの職能にのっとって的確な仕事をする必要がある。でないと加入者、あるいは加入を希望する利用者から背信行為と見なされる可能性があるからだ。たとえば「うちの居宅でケアプランを作成させていただければ、A社の介護保険をオプションで提供できますよ」と説明して居宅の契約をしたのに、いざその利用者がA社の保険に申し込んだとき、告知事項で門前払いにされてしまったら、ケアマネジャーは「ウソをついた」ことにされかねない。

さて、図に話を戻すと・・・、

右上の領域は、制度を有効利用して、利用者の「自立の促進」に結び付ける支援である。民間保険であれば、「制度」を「契約内容」に置き換えることができる。加入者は保険給付によって必要なサービスを買うことができ、保険会社は適正な仕事をして顧客を確保、増加させて営業利益を上げる。すなわち、加入者と給付母体とが相互にWin-Winの関係になることが理想なのだ。

そのためには、ケアマネジャーが安易に右下の領域にズレ込み、「マネー‐マネジャー」となってしまわないことが肝要である。本来の資格が「介護支援専門員」である以上、倫理綱領に照らして、まずは利用者=加入者の代弁者として、利用者側にとっての最善の仕事をすることが求められる。保険会社の代弁者ではない。実際には保険会社側から有形無形の圧力を受けるであろうから、簡単に割り切れない面があるかも知れないが、あくまでも専門性を帯びた職能のもとに振る舞うのが、ケアマネジャーのあるべき姿であろう。

この基本は、ひるがえって公的介護保険に当てはめることもできる。行政職員や地域包括職員が、「行政用語としての給付適正化」(≒給付抑制)ではなく、「真の給付適正化」(≒必要なサービスの的確な担保)を促進すれば、図の右上の領域の支援を実現することができ、市民と自治体とがWin-Winの関係を築くことができるのだ。

すなわち、民間介護保険でケアマネジャーがどのような仕事をするのか、できるのかによって、公的介護保険の動向にも大きな影響を与える可能性を秘めているのであり、「混合介護」「自立支援介護」のゆくえとも絡めて、今後の業界の動向を注視しなければならないであろう。

2017年2月17日 (金)

介護離職についての考察(6)

約一か月近く、新たにエントリーしないままご無沙汰してしまった。...と言うより、エントリーしている余裕がなかった。

自分の母(90)が要介護状態になってしまったのである。

ことの発端は、母が1月17日にカゼを引いてしまい、18日には38度台の高熱を出したことである。いったんは下がったのだが、以後連日、37度台後半から容易に解熱せず、立ち上がって家事をするのが難しくなるなど、全身機能が日々低下していく様子であった。

そこで、23日になって、かかりつけの診療所へ通院して、検査してもらったところ、炎症反応が大幅に上がっており、胸部レントゲンでも肺炎の進行が著しかった。そこで主治医は母に抗生物質を投与。慢性心不全があるため、細菌性感染症による重篤化の可能性を懸念してくれたのであろう。

ところが、母はもともと顔面神経麻痺が根治せず、口内炎を患っていたため、抗生物質の内服により症状が増幅し、加えて味覚異常まで発生してしまった。解熱はしたものの、こんどは固形物が食べられなくなり、ゼリー状の食物も受け付けず、水分さえ口内の不快感を訴えて十分摂れずに、寝たきり状態になってしまった。

本人は心不全による胸の苦痛もあって、これが自分の限界だと言い出し(延命治療は点滴も希望していないので)、会話も聞きづらくなり、一時は「看取り」を想定する事態であった。29日には名古屋の実家関係の親族まで呼ぶ事態に。母の友人(女性)が「当分の間」との条件で、私が不在の時間帯を中心に副介護者として協力してくれたので、私も「家で看取ろう」と決意した。

しかし、ここから様相が再転する。30日から主治医が苦痛緩和を兼ねて強心剤や利尿剤を投与。31日には特殊寝台(とりあえず保険外で)をレンタルして背上げができるようにした。これらの処置で胸痛がかなり楽になると、高たんぱく飲料を一日250ml+スポーツドリンク、少量の軟食などが入っていくようになり、危機的な段階を脱して小康状態に。

これが寿命だと信じていた母にとっては、引き戻されたような気分が残っているようで、それに起因する情緒不安定がなお垣間見られるが、1月末時点から見ると、かなり前向きな姿勢に転じつつある。ベッド周辺の動作には、介助量がかなり減少している。味覚も甘味・酸味は少し回復した。塩味が全く戻っていないので、いまだに「まずい」食物も多いのが難だが。

介護サービスも、訪問看護やホームヘルプにやっと慣れてきたところであり、これからショートステイも利用する予定だが、母本人はときどき抵抗感を口にしている。しかし、いずれにせよ私一人では本人の希望(「自分の好きなように家で過ごしたい」)をかなえてやることは不可能であり、私の疲労もかなり増大しているので、自分自身の健康管理もしなければならない。サービス活用は不可欠の状況である。

また、当然ながら、私自身がケアマネジャーの仕事を持っているから、いま「介護離職」するわけにはいかない。適切にサービスを活用して、一人分の仕事は継続していかなければならない。当然であるが、自分自身が運営基準にのっとって遅滞なく働けるために(利用者の方々にご迷惑をかけないように)も、母の介護環境を整備することが求められているわけである。

裏を返せば、自営業・家族経営などの場合は、多くの場合、必要なサービスを上手に活用すれば、「介護離職」しなくても家庭介護を継続できる可能性が強いということだ。それを自分自身が身をもって経験した形になるのだろう。

今後、私が家庭介護を続けるためには、母のさらなるADL回復は必須となる。本人の意欲をどう引き出すか、自分がケアマネジャーであっても、いざ当事者の立場になってみるとなかなか難しいところだが、無理のない範囲でのリハビリを進捗させていくことも必要になろう。

本件については、今後の母の経過も踏まえ、後日改めてみなさんにご報告してみたいと考えている。


※ 母の親戚や友人の方がこのエントリーをご覧になっても、私に無断で母を訪問することは絶対にしないでください。自宅には「有限会社ジョアン」の書庫等があるため、ホームセキュリティを操作させてあります。したがって、私の不在中、不用意に敷地内に入った方は、映像に撮られたり通報されたりする可能性があります。また、母自身も気疲れする性分なので、会いたい方を選別しています。なにとぞご理解ください。

2017年1月18日 (水)

公正取引委員会は何をしているのか?

昨2015年の9月5日、公正取引委員会が「介護分野に関する報告書」なるものを公表したことは、もはや介護業界人には周知の話である。そこには、社会福祉法人に対する「厚遇」が株式会社などの営利法人の介護事業参入を妨げており、介護サービス事業への新規参入を促進するには、税制や補助金に関する社会福祉法人と営利企業との差を縮めることや、事業者の創意工夫を活かすために混合介護を弾力化するなどの提言が示されている。

これに対して、業界側の論者の多くは、国民の福祉の位置付けから、公取委によるこれらの指摘や提案が的外れであることを主張している。私も各々の論者と多少の温度差はあっても、基本的には同方向の考え方である。私とも交流がある知名度の高い論者の方々が、すでに続々とこの事案に関して見解を出しているので、例によって私の出る幕はないほどだ。

そこで、これも例のごとく、この事案に別の視点から斬り込んでみよう。

それは、公取委の役割とは何か? ということである。

私が9月5日の公取委報告書の存在を知ったとき、まず何を想起したか?

それは、昨年1月15日の軽井沢バス事故なのだ。乗客・乗員合わせて15人が犠牲になった痛ましい事故。

このバス事故そのものが該当するかどうかは何とも言えないが、貸し切りバスの安全がないがしろにされている背景には、バス業者に不当な低価格で仕事をさせる旅行業者、また、両者の間に介在する手配代行業者の「手数料収入」等が存在することは、心ある識者であれば誰もが認識しているところである。

ところが、あるメディアの記事から、旅行業者とバス業者との間には、元請け-下請けの関係は存在しないと漏れ聞いたので、驚いた私は国土交通省の資料を参照してみたところ、同省の資料には確かに、「旅行会社は自ら運送を行っていないので、旅行会社と貸切バス事業者の取引については、下請法の対象外。(下請法第2条)」と記されていた。

つまり、この事故の背景になってる業界慣行に対して、公取委は直接的に摘発する権限がないということだ。

それどころか、同省の資料をフツーに読む限り、逆にバス業者側がカルテルを結んで、「手数料を差し引いても絶対この金額は譲れない」と主張したら、こちらが独占禁止法による取り締まりの対象になってしまうらしい。

なんと、とんでもない構図になっていることか!

確かに、旅行の最中に電車や乗合バスや飛行機を利用するのであれば、これは下請法の対象外であろう。しかし専らその旅行のためにバスを借り切るのがなぜ「下請けの対象外」なのだろうか? 私のカボチャ頭ではどうしても理解できない。

かのバス事故のような事故の再発防止に関しては、国交省も一応、公取委や他省庁も巻き込んで改善策を採る構えであるものの、あまりに微温的である。特に、手配代行業者≒ランドオペレーター(より広く、「ツアーオペレーター」と称するのが的確かも知れない)に関しては、ようやく実態把握が緒に就いたという、恥ずかしい現状なのだ。現政権が外国人観光客の大幅な取り込みを国策にしているのにもかかわらず。

本題に戻って...、

本来、不公正な商取引を監視して、泣く人、泣く法人が出ないようにするのが公取委の役割であるはずなのに、現実がこのような性格の組織だとしたら、社会の格差は広がり、泣く人が増える一方ではないか。

社会福祉法人は日本特有の存在かも知れないし、第二次世界大戦で社会が壊滅的な打撃を受ける歴史を経なかったら、現在の姿の社会福祉法人は存在しなかったと論じる人もある。たとえそうであっても、社会福祉法人は戦後の日本社会のさまざまな分野で大きな役割を果たしてきた。収益事業にもさまざまな制約を受け、「内部留保」として叩かれている「繰越金」についてもその使途は限定されており、かつ役職員の給与水準は同規模の営利企業に比較して著しく低い。にもかかわらずこれを「厚遇」「不公正」と断じるならば、公取委の仕事に携わる人たちの能力そのものを疑わざるを得ない。不適正な運営をしている一部の法人に対しては、そこに対して鉄槌を下せば良い話なのだから。

総じて...、

バス事故に対しては旅行業者や手配代行業者(もちろん、適正な価格でバスを借り切っている善意の事業者を除いての話であるが...)に厳しいメスを。介護事業に対しては社会福祉法人の特殊な状況への理解を。このような使い分けをしつつ、必要な法令を整備していくことができない公取委ならば、国民に取って無用の機関である。早々に解体しても良いのではないか、とさえ思う。

2017年1月11日 (水)

カトリック教会と私

私が東京の関口教会でカトリックの洗礼を受けてから、昨秋で33年になる。不熱心なのはともかく(笑)、人生の約6割を信者として過ごしたことになる。

もとはと言えば、両親が4歳の私を磐田聖マリア幼稚園に通わせたのが発端だ。幼児のときに刻まれた、聖なるものについての心象風景は、私をキリストに向かわせる要因となった。いま振り返ってみれば、これこそが神の恵みであったと思い起こしている。

キリスト教に関心を持ったのは、高校卒業後だ。浪人中にいろいろと悩みながら、この世界には何か唯一の正しいものが存在するはずではないかと、強く感じるようになった。大学入学後は、周囲の学友や知人からさまざまな思想のインパクトを受けたが、それらはむしろ私の心を教会に向かわせる結果となった。
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学生時代に、すぐ近くだった関口教会に歩いて通い、司祭の講話を聴き、周囲の信者たちから助言してもらいながら、少しずつ信仰の芽を育てていったと記憶している。当時の指導司祭だった森一弘師(後に司教)の公教要理は、たいへん理解しやすく、自分が求めていた道にピッタリ合う内容であった。似合いの服に出会ったような思いで、指導内容についていった。洗礼を受けたのは23歳の秋である(上の画像は関口教会の洗礼盤)。

当時は、まだ職業での進路を決めかねていた私だったが、浜松でカトリック教会の信者たちが中心になって作った社会福祉法人があることを知り、これもご縁だと思ってそこに就職。その後、職場でも信者の管理職が少なくなり、私自身も信仰は信仰、職場は職場として峻別するようになった。そこで15年余勤めた後、退職した原因には、特段宗教面での問題があったわけではない。

浜松に戻ってから、ずっと小さい巡回教会である三方原教会に通っていたが、1994年から自分の行動範囲が変わった関係で、郊外の富塚町に新築されたばかりの浜松教会に移籍した。三方原教会在籍当時は信徒会の役員を務め、新・浜松教会の建設基金の取りまとめには、及ばずながらお手伝いした。

浜松教会に移って何年もしないうちに、私自身の転身(開業)が原因で、日曜日にミサへ通うのにもままならなくなってしまった。そのようなわけで不熱心な信者になってしまったのだが、もちろん信仰を捨てたわけでは決してないので、復活祭(特に聖金曜日)、平和旬間、クリスマス、神の母聖マリアの祝日(1月1日)にはいつも教会へ足を運んでいる。
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2001年に父が他界。このとき、父の生前の希望により、臨終洗礼を行い、当時の主任司祭であった小林陽一師にお願いして、教会で葬儀をさせていただいた。

母は小林師にお願いして要理の要点のみを学ばせていただき、2007年に浜松教会で洗礼を受けた。それ以後、ときに私が母に同伴して二人で教会に通っていたが、2011年の聖金曜日に顔面神経麻痺を患い、それ以後は病気と向き合いながら、日々の生活を続ける日々となった。これもまた神の業であろう。2015年の春、母は私の同伴で久しぶりに教会を訪れ、来たるべき終末に向け、いまの主任司祭である山野内公士師から、一日一日をいかに生きるか、との講話をしていただいた(上の画像は浜松教会・ルルドの聖マリア)。

現在の浜松教会は、数百人の信徒を擁する多文化の教会である。通う信徒の国籍は最多のとき22を数えた。現在もブラジル国籍、ペルー国籍、フィリピン国籍の人たちはそれぞれの共同体を構成しており、大きな家族である浜松教会の中のいわば小家族として、教会の将来を担う貴重な戦力となっている。昔に比べると信徒数は減っているとは言え、「世界に広がる教会」の縮図にふさわしい現況である。

私自身は先に述べたように、浜松教会へ行くのは年に数回。むしろ最近は他県の介護業界仲間で、信者である方との交流が中心になっている。それはそれでクリスチャンとしての一つの生き方だと思うし、いずれ機会が訪れれば、浜松教会のためにできることを奉仕したいのは言うまでもない。

一度キリストに捕まったら逃れられないので(笑)、弱いながらも信仰を守りつつ、自分の間尺に合った信者人生を送りたいと思っている。

2016年12月23日 (金)

間違えてはならないこと

ネット社会になり、個人の動向がリアルタイムで報じられる世の中になったいま、私たちが間違えてはならないことがある。

もし、あなたが誰かのことを、クソ野郎-これは男性の場合であって、女性ならクソ女郎(めろう)になる-だと思っても、あなたはその人の人権を守らなければならない。

案外、この基本を忘れてしまっている人が多い。社会福祉や介護支援のプロフェッショナルであるケアマネジャーやソーシャルワーカーにも、そんな人が少なくない。

クソ野郎(クソ女郎)とは、たとえばこんな人たちのことだ。

・勝手な論理で人を殺傷したり、人の心を苦しめたりする人。

・本やブログや動画を売る目的で、特定の属性の人たち・組織・集団を攻撃する人。

・独り勝ちするために、仲間を踏み台にする人。

・何がしかの権力を背景にして、対抗勢力つぶしに手段を選ばない人。

・利益相反の立場にありながら恥じる色もなく、利権をあさる人。

・二重基準→自分(自派)には甘く、他人(反対派)には厳しい人。

このように凶悪な、あるいは卑劣な人々もすべて、人間である。人間である以上、人権は守られる。

もし、あなたが、「こんなクソ野郎(クソ女郎)の人権こそ守ってやる必要はない」と考えたら、あなた自身が「二重基準」のワナに陥ってしまっているのだ。

上記のような人たちが、あるいは法律で裁かれ、あるいは世論により非難される。それは当然のことであり、自ら招いた結果、(正しい意味での)自己責任であろう。

しかし、それはこの人たちの人権を否定することを許すものでは決してない。

くどいようだが、もう一度言う。

間違えてはならない。

(クリスマスを前にして)

2016年12月 4日 (日)

「看取り」と私

介護・福祉職の端くれでありながら、自分の父親の最期を看取れなかった(外せない仕事が入っていたので出かけてしまい、看取りは母親に託した)私であるが、仕事柄、これまで三回の看取りを経験している。

一回目は施設職員になって1~2年後。特別養護老人ホームの利用者Aさん(女性)。不運にも夕食後に誤嚥をされてしまったらしく、状態が急変したため、私を含め居合わせた職員たちが、看護師の指示で急ぎ救命処置を施したものの効なく、帰らぬ人となった。

Aさんはカトリック教会の信者さんだったため、私はご家族とも交流があり、Aさんの息子さんの奥さん(すでにご帰天)には私の母の代母(洗礼を受けるときの母親代わりの役)になっていただいた。その娘さんは市内の大学で助産師学科の教授をされており、私のボランティア仲間である。そして、さらにその娘さん、Aさんから見ると曽孫にあたる方が、市内の病院でMSWをされており、昨年、仕事上の意見交換をしたばかりであって、実に四代にわたってお付き合いをさせていただいている。

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二回目はその少し後だったと記憶している。特別養護老人ホームの利用者Bさん(女性)。超高齢の方であり、入所されたときにはすでに準寝たきり状態で、その頃はまだ座位が保て、ある程度の意思疎通ができたが、少しずつ老衰によりADLが低下していった。全介助の状態が何か月も続いた後、ある日の夕刻、下顎呼吸をされるなど状態が厳しくなったので、看護師の判断で施設の嘱託医師に来診を依頼した。臨終を迎えられ、駆け付けた長男さんや、私を含め2~3名の職員が見守る中で、息を引き取られた。

Bさんのお孫さん=四女さんの長男さん=夫妻も私のボランティア仲間であり、その団体が活動を終えた後も、自家製の作物をくださるなど、お付き合いを続けてくださっている。国防などに関しては私と反対側の考えであるが、それに関係なく、地域で必要な活動のために労力を費やされていることには敬服する。特に袴田事件の冤罪被害者(推定)袴田巌氏への支援を長期にわたって続けておられるのには、頭が下がる思いだ。

三回目は開業して8年後、2009年のことである。利用者Cさん(女性)。数年前にご依頼をいただいて訪問し始めたときには、呼吸器系の疾患を持たれながらも、屋内外を杖歩行されていたので、生活不活発にならないため親しい人たちが行っている通所介護を利用された。その後、少しずつご家族に対し依存的になり、やがては通所が難しくなって寝たり起きたりの生活になられ、医療依存度も増して訪問看護を導入した。ある朝、意識レベルの低下を心配したご家族から連絡を受けたので、すぐに自宅訪問したが、Cさんの前でご家族と話しているうちにもお顔色が変わってきたので、ご家族と相談してかかりつけ医に往診を要請した。かかりつけ医が来着した直後、人生に幕を下ろされ、87歳での大往生であった。Cさんの旦那さんが落胆されたのか、三か月後には後を追うように他界された。

実は、私が9歳のとき、両親とともに現居=新設の住宅団地に引っ越してきたとき、Cさんの旦那さんは地元の顔役だった。私の父は団地で隣組の代表になり、世渡りがヘタクソなのに空威張りをしたがる人間だったから、Cさんの旦那さんに対し会合の席でずいぶん勝手なことを言って虚勢を張っていたので、新参者が偉そうなことを言うなと旦那さんから嫌われて、「天敵」にされてしまった。幸い旦那さんの義兄さん(当時は市会議員。故人)が父の囲碁仲間であり、いつも間に入ってくださったので、何とか険悪な事態は避けられた。その後、Cさんの長男さんの奥さんは、私の母とときどき会う機会があり、母を信用しておられたので、ケアマネジャーも私を選任してくださった次第である。

看取りに立ち会った三人の方とも、ご家族ぐるみで私とのご縁があったことは、不思議な巡り合わせである。世間は狭いことを改めて振り返るとともに、自分が着実に仕事をすることが、まさしく地域のネットワークを紡ぐことになるのだと、思いを新たにしたい。

2016年11月11日 (金)

介護離職についての考察(5)

11月11日はラーメンの日である(笑)...が、同時に「介護の日」でもある。

それだからと言うわけではないが、いま、政権が打ち出した一つの方針が、業界に大きな波紋を生じさせているので、それに言及してみたい。

政府の未来投資会議で、入浴や排せつ等のケアは利用者の自立支援につながっていないとして、リハビリ・機能訓練等の、要介護度を下げる目的で提供される「自立支援介護」なるものと差別化(具体的には介護報酬の面で)する方向性を打ち出している。

私たち介護・福祉の専門職から見れば、これは明らかに「自立」の概念を歪めるものだ。入浴や排せつなどの行為について全面的に介助を要し、身体機能の改善が見込めない人であっても、自分の意思(またはそれを忖度した家族・代理人等の意思)によって、最適の介護サービスを受けて望ましい生活ができるのであれば、それは立派な「自立」である(「自律」と表現して分別する論者もいる)。未来投資会議が打ち出した方向性はこの考え方を否定しかねない。

すでに業界の著名な論者たちが、当然のようにこの方針に対して抗議・反論や懸念表明をしているので、私の出る幕もないほどである。

そこで、もう一歩踏み込んで、この問題を介護離職との相関で考えてみよう。

現政権は、新・三本の矢の一つに、「介護離職ゼロ」を盛り込んでいる。すなわち、政策として在宅・施設サービスの基盤整備や、介護人材対策を進めていくものである(その主たる財源は、地域医療介護総合確保基金となる)。平たく言えば、お金をかけて在宅サービス、施設サービス、介護従事者を増加させます、それによって介護離職者を減らし、いずれはゼロにします、という政策である。

ここで、確保基金を活用して自治体が社会福祉法人に補助金を交付し、100床の介護福祉施設を一つ建てたとしよう。入所待機者のうち介護者が現役就労世代である「子」や「子の配偶者」や「孫」となっている人は45人程度であろうか。入所できるのは要介護3~5の利用者であるから、大部分は家族介護者が何らかの形で、介護をすることによって自分の仕事に制約を生じているであろう。仮にその人数を少な目に見積もって、介護者45人中30人としよう。施設ができて問題なく稼働すれば、100軒の介護者のうち30軒が再就職できるか、または就労時間を増やせる計算になる。

さて、施設はできた。ところが、「自立支援介護」を提供しない利用者に関しては報酬が下げられるため、既設施設で現状維持が精いっぱいの利用者を受け入れていた法人では、人件費が十分に出せなくなった。地域で介護職員の奪い合いが起こり(←これは悲観論に立った予測ではなく、浜松市西区や北区の現実をもとにした予測である)、法人が募集をかけても給与が低く職員が集まらないため、100床のうち40床がオープンできず、60床でのスタートとなってしまった。

したがって、再就職や就労時間を増加できる介護者は、30人×60%=18人となる。そしてこの18人がすぐに再就職や就労時間を増やせるわけではない。18人のうち大部分がよほど順調に仕事を増やすことができ、かつその中にたいへん有能な人がいて、その人の力で地元企業が大躍進して、国や自治体に納入する法人税が大幅に増えるのなら話は別だが、そうでなければ、かけた費用に対して余りある効果(成果として数字で把握できるのは税収)がもたらされたとは言えない。

ましてや、この計算でいくと「当てが外れて」親を入所させられなかった人が12人出る計算になる。この12人は、代わり得る在宅サービス等の選択肢を探さなければ、再就職や就労時間延長もできない。

総体として、100床の介護福祉施設を建てて、結果がこのザマでは、あまりにも当初の政策が「絵に描いた餅」であったと言わざるを得ない。

つまり、介護離職ゼロという政策面を考えた場合、未来投資会議が提唱する「自立支援介護」の導入は、これに全く逆行するものなのだ。「介護離職ゼロ」が一億総活躍社会に向けた経済成長戦略であるとすれば、「自立支援介護」の導入は、これを阻害するものになることが見え見えである。財務省や経団連にとっても、それは目指すところに背反する結果を招くものであろう。

「未来投資会議」に参画している、閣僚(総理を除き9人)、財界経営者(5人。うち竹中平蔵氏はなぜか学識経験者の肩書で参加)、および東京大学総長は、このことを理解しているのだろうか? この会議に保健・医療・福祉に直接携わっている人が誰一人参画していないのにもかかわらず、このような方針を打ち出すこと自体が間違っていないだろうか?

そもそも、これほど重大な政策面の矛盾点に、誰も気が付かないのか? それとも気が付いていながら、目先の財政事情に目を奪われて、このような方向性を導き出してしまっているのか?

このまま議論が経過した場合、日本社会に取り返しのつかない事態が招来することを、深く憂慮している。

2016年11月 8日 (火)

歯科保健とのお付き合い

11月8日は「いい歯の日」だとのこと。

実は、私は先天的な原因で歯が悪かった。少年時に永久歯が生えてきたときから、「普通の人に比べて、歯と歯の間が密着し過ぎているため、エナメル質の横から腐食しやすい(当時の主治歯科医の所見)」ため、食後に酸性の残滓が滞留しやすかった。そのため、早くから虫歯になり、いまは小臼歯・大臼歯がすべて冠を装着した状態になっている。

それでは、口腔内の手入れに人一倍留意していたのかと問われれば、実は全くそうではなかった。歯が痛かったり綻びたりすると、かかりつけ歯科医へ行くのだが、ひとたび治療が終われば、もう歯医者さんに用はないわい、とばかりに、健診をサボッていたのが日常であった。

歯磨きは確かにやっていたが、回数さえこなせばいいでしょ? とばかりに、フロッシングなどで補うこともせず、忙しさに紛れて食後はうがい程度で放置することも少なくなかった。知らないうちに歯周病が進み、内科疾患なども誘発しやすい状態に陥っていたのだ。

そんな状態に転機をもたらした原因は、介護支援専門員職能団体の役員に就任したことである。団体を代表して歯科の先生方と交流し、指導を受け、「静岡県8020推進住民会議委員」として歯科保健に参画しなければならない立場になった。それをきっかけに、自分自身の歯の手入れにも自覚を促され、それこそ40代も終盤に差し掛かるころから、「このままでは将来自分が困る」現実を強く意識するようになり、かかりつけ歯科医の先生に、三か月に一回は健診をお願いするようになった。

おかげさまで、いまは約一か月に一回の健診を受け、歯石除去もしてもらい、歯周病のリスクも減り、口腔状態の悪化を何とか防ぐことができている。仕事上の意識付けが役に立った形である。

裏を返せば、そういう契機がないと、三か月に一回の健診や管理指導(歯科衛生実地指導・歯周疾患指導など)を受けようとする市民が少ないのも確かだ。実際は歯科保健と直接関係のない仕事に就いている人のほうが圧倒的に多いのだから、気が付かないうちに歯周病、さらにそこから派生する他の疾患にかかってしまう人が、まだまだ多いと思われる。

一人でも多くの市民に、8020運動に関係する何らかの役割を担ってもらうことから、歯科保健の啓発が進むことを願ってやまない。

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