2019年10月16日 (水)

備えあれば

台風19号では、各地を見舞った記録的な豪雨により、東日本で数多くの河川が氾濫し、甚大な被害をもたらした。被害に遭われた地域の方々には、心からお見舞いを申し上げるとともに、一日も早く平穏な生活に戻れるようにお祈りしたい。私自身、日常の仕事や家事をこなすのに精一杯なので、何も応援できそうもないが、何らかの形で義援の意思を表すことができればと思っている。

浜松では幸いに、台風の進路西側であったためか、大きな被害がなかった。とは言え、当初は暴風雨による停電も予想されたので、遅ればせながら非常食などを買い求めた(画像は地元浜松の企業、三立製菓のカンパン)。

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浜松は昨年9月の台風による停電を経験しているだけに、市民の出足は結構早く、襲来前日の午前中には、スーパーのパン売り場には菓子類しか残っていない状態だった。

普段、私の自宅にある食糧は、停電のときでも食べられるものは1.5~2日分ぐらいだ。本来なら最低3日分は蓄えておくべきである。今回は台風だったので、事前の予測ができたが、地震の場合はあまり予知機能も働かないので、待ったなしであろう。さらに、激甚災害になれば、3日分程度では到底足りなくなることも明らかである。ストーブ用の灯油は毎年買い換えているが、そのストーブ自体が長年使用していないので、役に立つかどうか心もとない。カセットコンロぐらいは購入しておいたほうが良いと、改めて痛感する。

お恥ずかしい話だが、「備えあれば憂いなし」の「あれば」が已然形(いぜんけい)であることに、やっと気が付いた。未然形なら「備えあらば」になるが、あくまでも「備えあれば」である。「準備しておくことによって、心配がなくなる」のだ。

今後は心して、来たるべき災害に対し、怠りなく備えておきたいと思う。

2019年10月 9日 (水)

参照すべき書籍

国際的な視野から日本の歴史を眺める。それ自体は必要なことであり、誰しもそうあるべきだと私も考えている。

しかし、いわゆる「国際標準」の呪縛によって、日本史に特有な現象を理解できないとしたら、それは大きな問題である。

かつて拙著『これでいいのか? 日本の介護(2015、厚有出版)』では、特に第7章の一章を割いて、「日本人」に特有の思考形態や行動様式について論じた。読者の方はすでに、賛成するしないはともかく、私が言わんとすることを理解してくださっているであろう。

すなわち、日本は伝統的に「和」を重んじる社会であり、それが「縁側」に象徴されるあいまいさや宙吊り状態をもたらしているとの見解である。「和」以外にも「言霊」「解決志向」「儒教的な諸相」「遠慮」「他人指向」「二分割思考」などの要素があり、「日本的な」様式を墨守すれば、特に他人指向や二分割思考から「知的体力の不足」を招く危険性が高いことについて論じてみたものだ。

この「和」の社会とは、独裁者が嫌われる社会だ。特に、既存のシステムを破壊するところまで手掛けた独裁者は、みな終わりを善くしていない。天智天皇、称徳天皇、足利義満は、表向きは病死であるが、暗殺された可能性が濃厚だ。足利義教は謀殺、織田信長は襲撃されて自害、大久保利通は暗殺された。逆に、殺されなかった独裁者は、悪戦苦闘しながらも既存のシステムを破壊せず、巧みに自分流の改変を施した独裁者だと言うことができる。北条義時、徳川綱吉、徳川家重など。

全国レベルではなく、地方レベルでも事情は同様である。日本的な「和」の合議制は、古来、多くの地方政府で慣行となっていた。この構図を理解するために、ぜひお勧めしたい書籍がある。

Oshikome

笠谷和比古氏の著書、「主君『押込』の構造」(平凡社選書、のち講談社学術文庫)。

日本の近世大名にスポットを当て、彼らが決して額面通りの絶対君主ではなかったことを述べた論考である。独裁的傾向のある殿様が重臣たちから「押込(おしこめ)」の処置を受け、政治生命を絶たれてしまう。笠谷氏はいくつもの大名家で起きたこの「押込」現象を主題として取り上げ、君臣関係の諸相について解説し、さらにそこから近世の国制に論及し、下って現代の会社組織の状況にまで触れている。

以前のエントリーで私が「現実には昭和天皇が軍部の暴走を止められるほどの権力を持っていなかった」と言及したのも、この書籍の内容が頭にあってのことだ。特に終戦前後には「宮城(きゅうじょう)事件」をはじめ、ポツダム宣言受諾に反対する将校たちによるいくつかの反対行動があり、一部の将校たちは現実に昭和天皇「押込」(→皇太子だった明仁親王の皇位擁立)まで構想していたのである。

ここで笠谷氏が分析している「日本」特有の社会構造を顧みずして、イデオロギーに走り、国際標準からステレオタイプされた君主論を発出している論者たちは、浅慮・軽率のそしりを免れないであろう。

2019年10月 2日 (水)

わだかまりが残る「逆転無罪」

世の中には、何ともスッキリしない、理不尽に思えることが少なくない。

2015年5月、浜松のスクランブル交差点で中国人の女が、赤信号で停止していた車を急発進させ、歩行者のうち1人が死亡、4人が負傷した事件である。一審では被告に責任能力があったと殺意を認め、懲役8年の判決が下された。しかし、二審では被告が心神喪失の状態にあったとして、逆転無罪となった。高検は上告を断念して、判決が確定。

この事件の主要な論点を私なりに整理してみた。

(1)罪刑法定主義

司法の鉄則。刑法第39条には「心神喪失者の行為は、罰しない。心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。」と明記されている。「心神喪失」が認められた以上、刑事処罰をしてはならない。この原則を破れば、司法当局が恣意的に罪刑法定主義を破壊することになるので、決して行ってはならない。

(2)精神科医の鑑定の精度

今回、一審で地裁が依頼した精神科医の鑑定では「心神耗弱」と診断され、他方、弁護側が請求した精神科医の意見では「心神喪失」と診断された。二審でいわば「身内」である前者の意見よりも、後者の意見を採用したことに対しては、二つの推測ができる。一つは後者のほうがより妥当であるとの根拠が認められたこと、もう一つは「疑わしきは被告人の利益に」の原則が働いたことであろう。〔私の知る限り〕プライドの高い日本の精神科医が、予断で診断を歪める可能性はほとんど想定できない。二人の精神科医が見聞きした被告人の情報の内容によって見解が異なったのは、やむを得ない結果であろう。

(3)「疑わしきは被告人の利益に」

人類の歴史の中では、過去、冤罪や不当な量刑により、数多の人々が理不尽な処刑や処罰を受けてきた。一部の国や地域を除き、罪刑法定主義が当たり前の近代になっても、捜査する側、取り調べる側の故意や過失により、冤罪や過当な断罪が起こっている。この事態を極力避けるために、民主主義国家においては、罪状に疑わしい部分がある場合には、無罪、または軽いほうの罪にする原則が生まれた。本件で二審が「心神喪失」の可能性が強いと断じた以上、法の条文にある「罰しない」の結論になったことは、これまたやむを得ない結果だと言える。

(4)事件を防げなかった原因

同乗していた夫が「不起訴」とされたことを、遺族側は不当として検察審査会に申し立てた。もし素人目にも「心神喪失」と判断できるほどの状態が、ときどき起きていたのであれば、それを承知で車を運転させた夫に責任があると見なされるのは自然だ。精神疾患があるから車の運転を禁止することは差別かも知れないが、今回の場合、「事件」とまで行かなくても、何らかの「事故」を起こす可能性は予見できたと考えると、遺族側のアクションはもっともである。検審の判断を待ちたい。

(5)裁判員裁判の意義

本来、裁判員裁判とは、市民感覚を司法に取り入れるためのものである。ところが最近は、二審で一審の裁判員裁判による判決が覆される判例が目立つようになった。このパターンが一定以上の割合になると、他に仕事も持っている市民を何度も公判のため裁判員として動員することの、必要性や意義が問われることになる。「事実誤認」で逆転判決を下すことが可能なのであれば、一審の段階でなるべく「事実誤認」にならないための対策を講じることも必要であろう。

(6)外国人差別を誘発する可能性

今回の被告は外国人である(後述する熊谷市の事件も同じ)。「外国人が来日して、慣れない環境のため精神疾患になり、事件を起こし、無罪になった」ことが、一般市民のゼノフォビア(「異邦人嫌悪」)を誘発しており、右派から、「ならば日本に来るな!」との排外的な論調が強まることも予想される。今後の外国人材活用、共生社会の実現にとっては逆風となり、好ましくない事態を招く可能性が高い。

(7)精神障害者差別を誘発する可能性

大部分の精神障害者や精神疾患罹患者は、疾患や障害と向き合いながら必死で生きている。「引きこもり」も同様であるが、一部の人たちが起こした事件を契機に、あたかも精神障害者・精神疾患罹患者全体が課題を抱えているかのように社会から受け取られる可能性は少なくない。また、ネットでは「精神病になれば悪いことしても無罪」のような発信が散見されるが、もし「詐病」であれば、いまの精神医学のレベルではほとんど見破ることができる。このような現実を知らない人たちによる、一方的に差別・揶揄する言動がエスカレートしているのは、憂慮すべきことである。

(8)「私的復讐」を誘発する可能性

被告が死刑にされたからと言って、遺族の怒りや悲しみは決して消えるわけではない。とは言え、「重罰に処せられる」ことによって、一つの心の区切りをもたらすことができる場合は多い。以前、山口県で起こった「光市母子殺害事件(最高裁で死刑確定)」では、一審判決で無期懲役となり死刑判決が出なかったことから、遺族の男性が「社会に出てきたら私が殺してやる」と語った(上級審での死刑判決により撤回)。元来、刑法とは私的復讐をさせない目的で、人を殺した人を国が被害者・遺族に代わって処罰するシステムである。今回の事件のように、死刑はおろか懲役刑にもならなかった場合、遺族が心の区切りを付けることができず、私的復讐行為をしたい気持ちに駆られる可能性は否定できない。刑法の理念に照らした場合、決して望ましい状況ではないので、今後の刑罰システムを考える上での大きな課題となろう。

(9)熊谷市の事件との相互関係

2015年9月、熊谷市でペルー人の男が住民6人を殺害する事件が起きている。一審では死刑判決が言い渡されたが、弁護側は心神喪失を主張しているため、二審判決がどうなるかわからない。もし浜松市の事件同様に逆転無罪となれば、同様に上記の(1)~(8)までの議論が巻き起こることが予想される。

以上がこの事件に関する私の論点整理である。

大切なのは、同様な悲劇が起こる可能性を少しでも減らすことである。もちろん、日本以外の国でも類似の事件は少なからず起きており、純粋に個人の問題だと片付けることもできよう。ただし、日本社会は外国籍や精神疾患など、異質な要素を持つ人たちがたいへん生きにくい社会であることも、多くの論者から指摘されている。ダイバーシティの理念はどこへ行ってしまったのか? 自分たち自身が生活する場の周囲を眺めながら、三思したいものである。

2019年9月10日 (火)

人と会い、人と語り...(7)

先週はエントリーを一回お休みしたが、実は4日(水)に東京まで日帰りで往復してきた。

護保険の2024年報酬改定(2021年の誤りではない。その三年後の診療報酬とのダブル改定のことだ)に向けて、私たちが利用者本位の仕事を続けていくために何をすれば良いのか? 浜松に居すくんでいても実のある情報は入ってこない。まずは、しかるべき人たちに会って話を聞こうと思い、以前から注目していながら対面する機会がなかったお二人の方にアポを取って、語り合う時間を作っていただいた。

お一人は、鐵(てつ)宏之さん。私より21歳ぐらいお若い。埼玉県新座市で独立型居宅介護支援を開業、一人親方として仕事を始められて一年半になる。今回は池袋までお出向きいただいて、昼食を共にしながら語り合うことができた。

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自ら「変態ケアマネジャー」と称されているが、他県にもしばしば出向いて活躍されている実力派ケアマネジャーのお一人。居宅介護支援の本業以外に、法定研修の講師、県内外の業界・職能研修の講師(「生活支援記録法」が中心)などご多忙である。

この辺りまでは、十年前ぐらいの私とよく似ている営業形態なのだが、鐵さんはこれらに加えて「産業ケアマネジャー」として企業の介護離職対策への参画を始めておられる。私自身はケアマネジャーの一つの可能性として示していたものの、母の介護などの制約もあって踏み切れなかった。鐵さんが先駆けてモデルケースになっていくことを願いたい。今後、実力派のケアマネジャーの方々には、ぜひ携わってほしい分野である。

これからの時代、AIをケアプランに導入していく趨勢にあること、他方、それによって「サービスありき」になってしまってはならないことについても、私とおおむね同意見であった。鐵さんは同じく変態仲間であるアローチャート研究会・石田英一郎さん(府中市)らの勉強会にも参加されており、利用者さんそれぞれの正直な思いを汲み取るためにも、一人ひとりに寄り添って生活課題を抽出していく、ケアマネジャーの思考過程の重要性を強く意識されている。介護支援専門員の国家資格化についても、実践が伴わなければ意味が薄いとのお考えだ。

いま政策サイドで議論されているケアプランの自己負担導入については、利用者負担を回避したい人たちを狙い撃ちにした、大手組織等のヒモ付き「自己作成代行事業者」が暗躍する可能性を予測されている。利用者(市民)本位の視点から、望ましい選択を妨げる「囲い込み」的な利益誘導を憂慮されているのだ。

初対面なのにもかかわらず、職能団体等に関する見方も率直に露出して語ってくださった。総じて、鐵さんの姿勢には賛同できる部分が多い。「同志」と言って差し支えないだろう。

昼食を済ませて鐵さんと別れ、新宿経由で西荻窪駅まで向かう。もうお一人の方と会うのが目的だ。

その人は、佐藤弘幸さん。私より18歳ぐらいお若い方である。東京都杉並区で5年前から通所介護「空の花」を経営されている。

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訪問美容サービスのFC事務局を担うようになった後、ミライ塾・奥平幹也さん(練馬区)と知り合ったことから介護の世界に踏み込む契機を得られたとのこと。その後、杉並区高井戸で通所介護を開設、いまは区内の宮前に移り、サービスを継続されている。

私が宮前にお邪魔したのは15:20頃で、ティータイムのあとのレクの時間だったが、ティータイムが終わっていない(食事介助が必要な)利用者さんもおられ、スタッフの方が急がずその方のペースに合わせて介助されていた。レクではリーダーの方の言葉遣いが丁寧であり(原則として敬語で、ときにはあえて親しみのこもった言葉を使うことはあったが)、参加されている利用者さんがご自分の体験談など、あまり良くなかった思い出も含め、しっかりとご自身を表出されていた。15分ぐらい見学させていただいた後、佐藤さんご本人が登場。

通所介護運営の傍ら、「ポテンシャル介護プロジェクト」として家庭介護支援にも携わっておられる佐藤さんは、ご自分が運営される事業に関わる人々の「心を満たす」ことを理念として、利用者さん、その家族、事業所で働く職員(および家族)、ケアマネジャーと、優先順位を付けずに、皆を人として大切にしたいと希望されている。

そのために、「空の花・宮前」では利用者さんの真の生活課題を把握し、一人ひとりの利用者さんとともに、段階的に「自立」後の目標までを設定し、それを実現させるべくスタッフが支えている。巷に少なくない「老稚園」や「リハビリのためのリハビリ」とは全く異なる姿だ。職員に対する「やりがい搾取」もない。その方式によって毎月のように劇的な改善を見せる方が出ているので、このように事業所とケアマネジャーとが互いに理解し合い、利用者各々の自立支援へ向けて協働する望ましい姿が、全国に広がってほしいと願っている、と佐藤さんは語っておられた。

ともに運営に参画されている「音楽の花束」後藤京子さん(イベントプロデューサー・ピアニスト)をはじめ、良き仲間に恵まれているのは、佐藤さんたちの事業の展望を明るいものにしている。将来を見越して、現状にとどまらない新しい事業展開の方針についても、常にアイディアを出し合っておられるとのこと。その一部分を話してくださったが、未公開だとのことなのでここでは触れない。

このような好循環によって、能力ややる気のあるスタッフが集まり、真のリハビリを受けたい利用者さんが集まるのであれば、これに過ぎることはない。佐藤さんの熱い思いと理念が空回りせず、実践に裏付けられていることに、共感と敬意とを抱いた。

私が感じた鐵さん・佐藤さんのお二人の共通点は、「人」の尊厳を何よりも大切にされていること、良き業界仲間たちと実り多い結び付きを築いておられること、何年も先を読んで時代を生き抜く覚悟をお持ちであること、そして、自分や自組織が社会のための「公器」であると認識されていて、道から逸れないこと、...などなど。

若い方々から学ぶべき点は大きい。漫然と年功や地位を重ね、時代に流されるだけで大事なものが見えていない業界の古者たちに、鐵さんや佐藤さんの爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。

私の唯一の取り柄は、このお二人のような地理的にも年齢的にも離れている方々と、(相手の迷惑を省みず(^^;)気軽に会いに行って、ざっくばらんに語り合えることかも知れない。

2019年8月28日 (水)

自分自身と向き合うこと

8月は税務署に決算を提出する作業が多忙だったため(税理士を依頼するほどの余裕はない)、仕事が遅れがちになった。それでも顧客=利用者さんに対して、必要最低限の責任は果たしているつもりである。

国が定めた運営基準も基本的には守っているつもりだ(ケアレスミスが発見されることが無いとは言えないが)。特に昨年4月から新たに居宅介護支援の運営基準に加えられた(守らないと減算)、利用者がサービス事業所を選択することに関する規定、「複数箇所から選べる権利」「位置付けた理由をケアマネジャーに説明させる権利」の二つは、契約書にもしっかりうたってある。

もっとも、この二点は私が居宅介護支援を開業したときから、当たり前のように利用者さんや介護者さんに話してきたことである。なので、昨冬以降受任した5名の利用者さん(およびその介護者さん)に対しては、契約書をお渡しして「確認しておいてくださいね」としか言っていない。何しろその5名の方々は、「家族で3人目」「一族で5人目」「家族で2人目」「しばらく休止後に再開」「何年か休止後に再開」なのだから、くどくどと説明するほうが失礼に当たる。二番目と五番目の方のキーパーソンなどは、上記の両者についての説明責任を私がしっかり果たしているからとの理由で、わざわざ選んでくださったほどだから。

さて、そんな中の17日、開業18周年を迎えた。一人親方のケアマネジャーとしては、ほとんど前人未踏かと思う。

いまの私の仕事は、居宅介護支援(現在、利用者さんは21名)、予防支援(現在、受託している方は4名)、要介護認定調査(現在、受託件数は月10名)である。母を介護していた時期に法定研修の講師から引退し、任意研修の講師としてもほとんど呼ばれることがなくなったが、それでも、これだけの仕事をこなすのにはかなりの労力を要する。

他方、何年か前に宣言した通り、私の今後のスタンスは、若い人たちをバックアップしていくことだと考えている。それは研修などで教えることではなく、業界のさまざまな分野で今後輝いてほしい人たちのために、活躍の場を用意してあげることを意味している。しかし、そのための企画や交流の場を継続的に持ちたいと思いながら、なかなか実現していない。いささか目の前の仕事に追われて、大切なことが先送りになっている感がないわけでもない。

ただ、自分自身、業界でメジャーな人間でも何でもないのだから、できることにはおのずから限界があることは確かだ。

加えて、これまで何度か述べてきた通り、静岡県の介護業界は外へ向けて開かれていない感が否めない。関東とも関西とも距離がある中で、果たして何ができるのか?

無理な背伸びは禁物。それは自分が主役になりたい場合でも、若い人たちを主役にして「名脇役」になりたい場合でも、変わることはない。自分自身と向き合って、この業界で34年間、一人親方のケアマネジャーとして働いてきた者の立場で、これから何ができるのか。加齢とともに健康管理もこれまで以上に重要になってくる。

年に4回ほどしか購入しない、それなりの水準のワインを楽しみながら、まずは一歩一歩足元を踏みしめて進んでいこうと、改めて実感した。

以下の画像は、今回の「開業節(?)」のワインである。順番に、アダージョ‐デゼッサール、エントレスエーロ、ロッソ‐ディ‐モンタルチーノ、シニャルグ。

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19年目には、身の丈に合った役割を着実にこなしていくことを目指します(^^*

2019年8月21日 (水)

叔父の一周忌に思ったこと

残暑厳しい日であったが、去る17日、母の実家の菩提寺である名古屋市中村区岩塚の「遍慶寺(へんきょうじ。真宗)」にて、昨年8月末に他界した叔父(母の弟)の一周忌が営まれた。

叔父は波乱万丈の生涯を送ったようだが、晩年に活動した地域は福島県だったので、葬儀は郡山で行った。しかし、本人の生前の意向を受け、晩年のパートナー(プライバシーも仕事も共にしていた)が、実家での供養を希望したので、実家を守っている叔母夫妻や従妹夫妻が協力して、岩塚で法要が営まれることになった。昨年の「三十五日」はあいにく台風のため参列できなかったが、幸い今回は問題なく出向くことができた。

法要では叔父の幼馴染であった先代住職(現住職の父)が、「浄土三部経」を三つとも完全版で読み上げ、そのあと列席者一同で「正信偈」を誦経した。なお、私自身はカトリック信徒だが、ずっと以前から所属教区の司教より「他宗教の葬祭に参列した場合は、亡くなった人が喜ぶやりかたでお祈りしてあげなさい」と許容範囲が示されていたので、誰の葬祭に出た場合にも支障なく、そこの宗派の方式通りのお経やお祈りを唱えている。このたびも叔父の安息を祈るために唱和させてもらった。

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法要のあと従妹のマンションに場所を移し、気の置けない親戚同士でお弁当を食べながら歓談してきた。

この遍慶寺、実は戦国時代の岩塚城の跡地にある。斯波氏一族であった吉田家が三代にわたり居城としたが、江戸期には廃城となり、その後にこのお寺が建てられたものだ。

先代住職・現住職が、江戸期から代々寺に伝わる過去の永代供養帳を見せてくれた。母の旧姓「高橋(正しくは髙𣘺)」を姓とする人たちが何人も名を連ねている。高橋氏はこの地でそれなりの一族だったらしい。母の実家は尾張藩の軽輩の家系だったと聞いているが、それは広い尾張国の中でのこと、ローカルな地域では敬意をもって扱われていたのであろう。これまで、あまり母の家系について省みることがなかったのだが、今後は機会があれば、少しは高橋氏の歴史でも調べてみようかと思っている。

母のルーツ、そして自分自身のルーツにも触れることができた、貴重な名古屋行きであった。

2019年8月14日 (水)

人格権をめぐる問題

騒動の渦中にある「あいちトリエンナーレ2019」。

「表現の不自由展・その後」の展示されたいくつかの作品が、果たして「アート」の名に値するのか? 政治的プロパガンダではないのか? との議論が沸騰し、この企画が中止された。

その展示物の中に、昭和天皇の写真を焼き、その灰を踏みつぶす映像があったことが指摘されている。これに関して「人の写真を焼く行為」の是非が論じられており、企画の芸術監督である津田大介氏をネット上で批判する人たちの中には、「それなら逆に津田氏の写真を焼いてやれ!」などと主張する人たちも出てきている。

しかし、そう主張する人たちの頭の中では、どうも「人格権」の理解に混乱があるようだ。

「人格権」については、故人と生存している人とに分けて論じなければならない。

まず、故人には基本的に「人格権」は存在しない。

それでは、故人に対して何をしても名誉毀損にならないのかというと、決してそうではない。刑法230条の2によれば、虚偽の事実をもって故人の名誉を毀損した場合には、刑事事案になる可能性があることが示されている。

したがって、故人が実際に行った事実や、故人に責任がある事実をもとに、その人物の写真を焼く映像を公開しても、刑事的には何ら問題にならない。昭和天皇が「大日本帝国」の元首(当時)であり、戦争遂行の最高責任者であったことは、紛れもない事実だ(現実には昭和天皇が軍部の暴走を止められるほどの権力を持っていなかったと、私は考えているが、それはひとまず措く)。展示した側が昭和天皇を批判してこの作品を出品した行為を「表現の自由」だとする主張は、法律的に言えば正論だ。

とある宗教団体の指導者が、故人の「霊言」と称して多くの著名人の言葉を一方的に述べているが、これも虚偽の事実に基づかない限り、子孫など血縁者が名誉毀損の訴訟を起こしても、勝てる見込みはない(なお、この宗教指導者は、生存している人に関しても一方的に「霊言」を述べているが、こちらは「〇〇さんの守護霊」としているので、本人の名誉を毀損したことにはならない)。

他方、生存している人には「人格権」がある。

もちろん、私が自分が保存していた写真を整理する意味で、友人や知人が写っている写真を焼いても、当人がわかる場面において当人を貶める目的で焼くのでない限り、それは名誉毀損に当たらない。

しかし、もし私が特定の知人△△氏に対し非難攻撃しつつ、「△△は怪しからん奴だから、お前の写真を焼いてやる」と宣言して、写真を焼く画像をブログやSNSなどに公開したら、たとえその「怪しからん」行為が事実であっても、それは明らかな人格権の侵害であり、名誉毀損だと見なされる。

それは、民法709条により、△△氏に精神的苦痛を与えたことを理由に、損害賠償を求められる可能性があるのだ。

なので、津田氏を非難攻撃する人たちも、氏の写真を焼いて公開する類の愚行は、やめたほうが良い。

ことほどさように、生存している人に比べると、故人の名誉を守る法的な規制は限定的なのである。「何でもあり」になってしまうのは、やむを得ない面もあろう。

 

ただし、昭和天皇には、本人を直接知っている子や孫が生存している。その人たちのうち誰かが、先制攻撃をかけるかのように津田氏を批判した事実は、世に知られる限りではなかったと理解している(傍系の、たとえば「竹田宮の子孫」などは含まれていないが)。また、今回のような展示をされた場合、皇室以外の女系子孫たちであっても、品位の問題があり(そのため「降嫁」の際に多額の「一時金」を受け取っているのだから)、逆に津田氏らの行為を批判することが事実上困難であることは言うまでもない。ある意味、両手を縛られたままで殴られたのに等しい。

したがって、私は津田氏を含め、昭和天皇の写真を焼いて灰を踏む画像を作って出展した人たちに対して問いたい。

「人を傷つける行為がそんなに楽しいか?」

人間として、自分の胸に手を当てて、熟慮再考してもらいたいものだ。

2019年8月 4日 (日)

「落選者」二題(2)

(前回より続く)

業務過密の関係上、曜日がズレてしまったが、参院選で注目している落選者評の続きである。

もう一人は山本太郎氏。れいわ新選組・比例に立候補して3位で落選。しかし「3位」とはこの政治団体が上位二人を「特定枠」としたことによるもので、個人としては実に99万票を集めたわけだから、ダントツの集票力と言える。しかも団体全体を通せば比例で4%強の票を得たことによって、れいわ新選組は政党要件を満たし、政党交付金を受けられることになった。結果的に自身が落選したとは言え、山本氏の戦略は一定程度の成果を得たことになる。

さて、山本氏をめぐっては、これまでもさまざまな評が寄せられている。

まず政策。脱原発、改憲反対、教育・社会保障の拡充(無償化)等が柱である。すでに議員として6年間活動する中で、国民から賛否さまざまな意見が寄せられてきた。私自身は一部の政策に賛同するものの、氏は国家財政の運用の均衡について的確な視点を持っているとは言い難く、国際的な大局観に欠けていると見なしており、積極的に支持するものではない。

氏は政権担当まで目指すとしているが、私は上記の立場から、氏や同党が路線を修正しないのであれば、票を投じることはない。右派に限らず、多くの国民が氏や同党の政策を支持できないのであれば、「悪ければ落とす」原則にのっとって、次の国政選挙で票を投じない(または対立政党への投票を呼び掛ける)のが妥当であると考える。ネットで過去の行為や発言(学生時代に「戸塚ヨットスクール」を付けたグループ名を称した、日本側から具体的行動を取らないのであれば「竹島は〔韓国に〕あげたらよい」と発言した、etc)を蒸し返すなどの印象操作は、一部の左派による政権を貶める印象操作と同じ行為であり、するべきではない。

次に手法。山本氏は園遊会における明仁天皇(現・上皇)陛下への書簡手渡し、安保法制改正や森友・加計学園問題を議論する際の安倍総理(および夫人)に対する揶揄などで、批判を浴びた。私はこれらのパフォーマンスについては、批判されて当然であると思う。細部のルールが明記されていなかったなどの擁護論もあるが、そもそも議員は良識やマナーを守るとの前提に立って、不文律の社会規範が設けられているのだ。それを変えたいのであれば、まず関係者に賛否を問うてから行うべきであり、自分が逸脱して議論を巻き起こすのは、順序として間違っている。大麻合法化を求めて自分が大麻を使用する人たちと何ら変わりはない。

そして戦略について。今回の参院選で山本氏が採った戦略を、左派ポピュリズムに分類する論者が多い。私自身、「次」や「今後」を狙っている氏の戦略は、左派ポピュリズムの一形態だと理解している。

しかし、舩後靖彦氏・木村英子氏の重度障害者二人を全面に押し出して、当人たちを当選に導いたこと自体は、まっとうな方策であり、何ら批判されるべきものではない。

「税金を使って国会を改修するのには反対。山本氏自身や、福祉・医療に携わる人たちが『代弁者』として当選し、重度障害者たちの立場で改善を訴えれば良いのではないか? にわか作りの政治団体が比例の特定枠を使って両氏を『傀儡』のように当選させたことは、あざとく野心たくましい方法だ」との意見が(おもに右派から)あるが、私は全く同意できない。

特定枠を使用したのはれいわ新選組だけではない。自由民主党も特定枠二つを使い、徳島県と島根県との二氏を当選させている。二県合区の選挙区の候補者は、それぞれ高知県と鳥取県だったからだ(いずれも当選)。もし誰かが「どうせ徳島県も島根県も人口が少ないんだから、高知県や鳥取県の議員に代弁してもらえば良いでしょ?」と言ったら、炎上ものだろう。高知と徳島、鳥取と島根は、確かに共通する面もあるが、それぞれ異なる歴史的背景もあり、異なる風土があり、異なる産業や経済、社会がある。当事者にとってみれば、「何でも一緒くたにされるなんて冗談じゃないよ!」と反発するのが当然だ。

重度障害者の場合も事情は変わらない。「代弁者」の声では伝わらないことがあるのだ。舩後氏も木村氏も、訴えが福祉・介護関連に偏っており、大局観に課題はあると思うが、知的障害や精神障害があるものではなく、国会で自分の意思を正しく伝えることに全く障壁があるものではない。

これまで重度障害者が声を上げる機会が十分に確保されてこなかったのだ。そこに「風穴を開けた」山本氏の功績は、上記の政策や手法への批判とは関係なく、たいへん大きなものだと私は評価する。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式の思考は、日本人が陥りやすい迷路だと考えている。

にわか作りの政党なので、今後党を運営する「幹部」たちの中で、意見対立も今後表面化する可能性もある。落選したとは言え「党首」として発言権を維持した山本氏は、賛同する人たちをどこまでまとめられるのか、また、政権与党を含む国民の多数派との歩み寄りがあるのか、今後の動向に注目したい。

2019年7月24日 (水)

「落選者」二題(1)

参院選が終わったいま、二人の「落選者」に着目している。

一人は市井紗耶香氏。立憲民主党・比例に立候補して9位で落選。

元「モーニング娘。」の一人であるが、前夫との間に二人、現夫との間に二人の子どもを育てている「現役ママ」として出馬し、育児環境の整備を訴えた。残念ながら一歩及ばず落選したと言われるが、実際には8位の候補とかなりの開きがあった。

主たる敗因は、政治に関する勉強不足だと評されている。少子化対策だけは自身の体験を基に具体的な対策を訴えることができたものの、他の論点については記者の質問にも回答らしい回答ができなかった。当選したら学んでいくと語っていたが、議員として国民のために働いてもらうためには、力不足の感は否めない。かつては、タレントが知名度だけで当選できた時代もあったが、いまは有権者の選択も多様化している。ましてや、市井氏がモー娘。を引退してから十余年が経過し、細々とタレント活動を続けているとは言え、すでに芸能界でも「過去の人」となった感がある。

しかし、市井氏は苦労人だったようだ。報じられるところによると...

前夫はミュージシャンであったが、大成しなかった(現在も、注目される活動はしていない)。その収入は、家族が生活していくためには不十分であったので(プライドから衣服などのレベルを落とせなかった事情もあったかも知れないが、それはひとまず措いて...)、市井氏はかつての国民的アイドルでありながら、二人の子どもを食べさせていくために、ショッピングモールでアルバイトまでしていた。にもかかわらず、前夫は仕事(の一部?)を辞めて自分の好きなことばかりしており、家事も育児も市井氏に一任して手伝おうとしなかったとされる。

この状態であれば、「家族」を続けていくのは難しい。結局は離婚に至り、間もなく市井氏は美容師である現夫と再婚。ステップ‐ファミリーであるのにもかかわらず、現夫は市井氏の二人の子どもに対して実父同様に接し、育児に協力してくれたので、第三子・第四子も生まれ、その後は平穏な家庭生活を送っている。もっとも当然ながら、環境が変転する中で四人の子どもを育てるのは、ひとかたならぬ苦労があったであろう。

おそらく、多くの有権者は市井氏に対し、引退後から余裕を持って四人の子を育てた「セレブなマダム」像の印象を持って捉えてしまったと思われるが、もし報じられた通りであれば、実態はかなり異なっていたのだ。

他方で、「金目当ての立候補」との評も流れたが、これも筋違いであろう。当選して国会議員になれば、やらなければならない仕事が格段に増える。まだ6歳の第三子、2歳の第四子を抱える身として、いくら夫が育児に協力してくれるとは言え、並々ならぬ覚悟が必要だ。単なる収入目当てで決意できる話ではない。

私自身は立憲民主党の政策に賛同しない部分が多いが、党派を問わず、市井氏のような経験を積んだ人には、市民目線で政治を語れる女性として、国政の場に進出してほしいと願っている。市井氏自身も今回の敗戦に懲りず、他の分野についてもしっかりと学びを重ねた上で、機会があれば再挑戦してほしい。

(つづく)

2019年7月17日 (水)

政治と「家系」

民主的な近代国家であっても、政治家の世襲は少なくない。日本でも安倍総理をはじめ、世襲議員は各地に見られる。既得権を持つ利害関係者が、これまで協働して築いてきた「地盤」を守る意味で、世代交代に際して同じ「家系」の若い後継者を望むことも少なくない。

しかし、「家系」とは言いながら、このパターンと異なる形で選挙に出馬する候補者もいる。

今回の参院選で、当県ではもと将軍家の、それも「宗家の当主」である人物が立候補した。その人が保守政党ではなく左派系政党から出馬し、脱原発や九条護憲を主張していることも、県民には大きな波紋を投げかけた。「初代将軍」の事実上の政庁が当県内にあったことは事実であるが、その初代を祀る神社は、保守政党を支持しているので、ここに「初代」と「当代」との「ねじれ現象」が生じた形だ。

Back13

このようなことは、この「もと将軍家」の人に限ったことではない。

現内閣の主要閣僚の言動を注視していても、それは明瞭だ。副総理兼財務相のA氏は、祖母(元総理の妻)も母もカトリック信徒であり、ご本人も受洗しているはずだが、A氏の政治的な見解を私たち信徒から見れば、カトリック的な考え方とはかなり乖離している。また、外相のK氏は、お父さん(元衆院議長)の隣国に関する「談話」について、「私の談話ではない。私は湘南ベルマーレが圧勝したときに談話を出す」と揶揄し、その隣国に対するK氏の外交は、明らかにお父さんと異なる見解を踏まえて臨んでいる。

つまり、特定の家系の後継者に対して、「親や先祖がこんな思想や見解だったから...」との期待を持たないほうが賢明なのだ。

しかし、家系の重みを背負った人に対して、民衆がそれなりに惹き付けられることも、また現実である。

東欧のブルガリアでは20世紀に入ってから、ドイツ系の王室主導の政治・外交が失策を招き、二度の大戦で敗北を喫したため、最後の国王シメオン‐サクスコブルゴツキ氏は9歳で国を追われ、同国は共産主義国家となった。しかし1990年代に共産党が凋落すると、サクスコブルゴツキ氏は帰国し、政党を結成して2001年の総選挙に臨み、ブームに乗り国民の支持を得て自ら首相となって、政権を担った。国民の生活水準はなかなか好転せず、皆はサクスコブルゴツキ氏に失望したので、次の2005年選挙後には政権を譲る羽目になった。しかし、国の経済力が向上したことにより、氏が目指してきたEU加盟は、退任後ではあったが実現した。

このように「もと支配者の家系」の人物が国の政権まで担う例は、近代民主制国家では珍しいかも知れないが、特定の家系ならではの品格や度量を携えて政治に臨む人たちへの待望論は、国や民族を問わずあるだろう。

「もと将軍家」の人物が当選した場合、左派系政党の政治家としてどのような振る舞いを見せてくれるのか、注視したい。当落については、次の日曜日の投票結果を待つことになろう。

(※画像は「発光大王堂」さんのイラストを借用させていただき、加工しました)

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