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2013年10月

2013年10月26日 (土)

大名華族の爵位区分

明治時代から昭和の戦前まで、日本の華族(貴族)には世襲の爵位がありました。公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の五等です。華族のうち「新華族」と呼ばれるのは、明治の元勲をはじめとした、維新以降に功績があった人たちですが、「旧華族」の多くは旧公家と旧大名です。

このうち、旧公家の家格と爵位との対応関係はわかりやすいものです。摂家(近衛・九条・二条・一条・鷹司)が公爵、清華家が侯爵、大臣家と、羽林家・名家のうち大納言常任の家が伯爵、その他の堂上家が子爵、新興の分家や地下家上座が男爵です。これに明治維新の功績が勘案され、三条家や岩倉家が公爵になるなど、一部の家が例外的に昇叙されています。

これに対して、旧大名の爵位はどうでしょうか。公爵は徳川宗家(旧将軍家)と維新の中核になった島津家(薩摩藩)・毛利家(長州藩)。しかし侯爵から子爵までの境界線はわかりにくい面があります。たとえば表高32万3950石の藤堂家(津藩)が伯爵なのに、表高25万7900石の蜂須賀家(徳島藩)は侯爵。また表高15万石の榊原家(高田藩)が子爵なのに、表高12万石の酒井家(庄内藩。一時朝敵とされて減封)が伯爵といった具合で、石高と爵位の対象が比例しない場合があるかのように見えます。

実は、大名華族の爵位の基準は、表高ではなく現米(収納高)だったのです。たとえば実高1万石の大名が、四公六民の標準通りに40パーセントを年貢として取り立てると、その年の現米は4,000石ということになります。この現米が爵位の基準になっています。

上記の例で見ると、藤堂家は現米124,270石、蜂須賀家は現米193,173石です。侯爵と伯爵との境目は、現米15万石を基準にしましたから、藤堂家は伯爵、蜂須賀家は侯爵となります。また榊原家は現米48,410石、酒井家は現米69,379石で、伯爵と子爵との境目は、現米5万石を基準にしましたから、榊原家は子爵、酒井家は伯爵となります。もちろん、戊辰戦争で大きな功績があった大名は一段階昇叙されています。

現代の私たちが判断すると、収納高が少ない=年貢率が低い藩のほうが、おおむね善政を施していたと思われるのですが、明治新政府の要人にはそういう感覚がなかったのでしょうかね。貧富の格差がどんどん広がっているのに、経済効果を期して消費税率をひたすら吊り上げようとする官僚たちの感覚とオーバーラップするようにも思えるのですが・・・。

2013年10月18日 (金)

浅き夢見じ?

NHK木曜時代劇で、ジェームズ三木氏脚本の「あさきみめみし」というドラマを放映しているようです。これは「いろは歌」の終わりのほうに出てくる文句ですが、ふと思ったのは、これはもともと「浅き夢見し」「浅き夢見じ」のどちらだったんだろう? という疑問です。

色は匂(にほ)へど 散りぬるを

我が世 誰ぞ常ならむ

有為(うゐ)の奥山 今日(けふ)越えて

浅き夢見し(?) 酔(ゑ)ひもせず

おそらく文法的にどちらが正しいかと言えば、「見じ」のほうなのでしょう。いろは歌の成立は遅くとも平安朝中期であり、当時の古代日本語の終止形は「見き」になると思われます。作者がだれかはともかく、この定説に基づいて推論すると「見し」ではなく「見じ」、すなわち、「浅き夢見じ酔ひもせず」で、「浅はかな夢など決して見ない、(世間の俗事に)酔いもしない」という意味になるのですね。

しかし他方で「見し」説が捨てがたいのも確かです。何しろ47字を一文字ずつ使って一つの思想を表す(仏教の諸行無常の教えであると言われますが、必ずしも断定できず、思想背景には諸説あります)という至難の詩作です。表現に無理が生じたとしても理解できないことではありません。もし「見し」という言葉がすでに俗語としてでも使われていたのを、作者がそのまま使用したと仮定すれば、「浅き夢見し酔ひもせず」で「浅はかな夢を見てしまったなあ、もうこれからは(世間の俗事に)酔わないぞ」の意味であった可能性が考えられるのです。

海音寺潮五郎の作品に「浅き夢見し」という小説があります。これは江戸時代前期の流転の公子、田中半蔵を描いた短編ですが、海音寺の短編集には「浅き夢見じ」の解釈にも言及した上で、主人公が自分の半生を「浅き夢見し」と振り返ったことを注記してあります。

たった一文字の発音をめぐる解釈の違いですが、切り込んでみると奥深い味わいがあるようです。

2013年10月10日 (木)

「きりすて教」信者の人間に告ぐ!

10月7日、京都地裁で画期的な判決が下されました。朝鮮学校やそこに通う生徒たちに対して、街宣で「ヘイトスピーチ(憎悪の言葉)」を繰り返していた団体に対し、損害賠償を命じるものです。この団体は2009年、両親が在留特別許可を認められなかった(中学生の女の子には許可が下りた)フィリピン人一家に対する悪質な街宣活動を繰り返したことでも知られています。これをはじめ、数多くの機会にいくつもの国の(日本に在住する)人々に対し、数々の暴言を織り交ぜたシュプレヒコールを展開しており、良識ある人々から非難されています。

私は個人的には日本の外交・国防を強化すべきという考え方に立っています。わが国は、過去、日本の侵略戦争により迷惑をかけた国からの要求であっても、筋が通らない内容であれば断固として突っぱねるべき、また一方的な「反日」宣伝を許さないための積極的なロビー活動を展開するべきであると考えています。

しかし、たとえ日本国とある国、A国との関係が悪化している、あるいは断絶状態にあるからと言って、日本に居住しているA国やA国系の善良な人たちが、肩身の狭い思いや、いたたまれない思いをすることがあってはなりません。A国からの一部の日本在住者が、もし本当に「反日」の主張をしているのであれば、それには別の法令や社会規範に基づき粛々と対応すべきでしょう。裏を返せば日本人には、日本の風土を愛するA国の人に快適な生活を送ってもらう責任があります。とにかく民族的憎悪を煽る「ヘイトスピーチ」は許されない、これは先進国であれば当たり前の常識と理解すべきなのです。

その意味で、上記の判決を歓迎すべきことは言うまでもありませんが、この問題の背景には「人種差別」「民族差別」にとどまらない大きな問題をはらんでいます。いわゆる「誰かを叩かなければ気が済まない人たち」の存在です。

たとえば、すでに述べた「生保受給者」の問題。「あいつらがいるから自分たちの権利が奪われて(縮小されて)いる」と思う(思わされてしまっている)市民が少なくないという現実があります。人によってそれは「働くシングルマザー」であったり、「引きこもりの人々」であったり、「精神障害者」であったり、さらには「認知症の高齢者」であったりと、さまざまです。冒頭に述べた団体に参加、共鳴する人たちにとってみれば、「在日外国人」が自分たちの「権利を横取りする、憎むべき連中」なのでしょう。

悲しいことに、社会の閉塞感が、少なからぬ日本人の心の中にこの「排除の論理」を形成してしまっているようです。そのような論理で行動する人たち、それに共鳴する人の頭の中には、連鎖的に「信仰」と言っても良いほどの、強固な観念が根を張ってしまいます。「キリスト教」ならぬ「きりすて教」と表現しても良いでしょうか?

この「きりすて教」信者の皆さんに問いたい。

「同じ社会に住む人を排除することで、本当に実りある豊かな生活ができるんですか?」

いま、あなたは排除する側の人間かも知れない。しかし、あなたがそのような論理を認めるということは、将来、あなたが何らかの事情で排除される側になってしまっても、それを受け止めるということでしょうか? そのようなイマジネーションを働かせることができず、単に自分たちの間尺に合わない人たちを切り捨てようとするのであれば、おなたの心は何と貧弱なことでしょうか?

「きりすて教の信者よ! 次に切り捨てられるのは、あなたです!」

2013年10月 2日 (水)

非死不可(死ぬっきゃない)?

これはハマり過ぎるとヤバイ! と思いました。何しろ名称が「死ぬっきゃない」なんです。

非死不可→Fei-si-bu-ke(フェイスーブークー、中国語。ただしどれくらいの割合の中国人がこの字を充てているかは不明)、つまりFacebookのことです。

私がアカウント登録したのは9月8日のことで、『口のきき方で介護を変える!』を贈った相手のうち、お一人の方がフェイスブック(以下、FBと略称します)で紹介してくださったということを、別の知人から聞いたことがきっかけです。「これは、自分も登録して確認しないとお礼も言えないから・・・」というのが動機だったのですが、まだ一か月にも満たないのに、現在「友達」が42人。こちらからリクエストした人と、逆にリクエストを受けた人とが半々ぐらいでしょうか。

自分のホームを開くと、「友達」の近況が次々と送信されてきます。中には一日に何回も送信してくる方もいます。全部に目を通せませんから、注目する話題だけを読んで「いいね!」をクリックして、そのうちさらに「突っ込みたい」話題だけにコメントを送ります。相当絞り込んでも、結構な時間を使います。私はモバイルで送受信しない考え方ですから、PCに向かっているとき、集中して時間をかけるので、コメントのやりとりが多いと労力も並ではありません。

慣れていくと、上手に手を抜いて、チョイスしたりスクリーニングしたりしながらコミュニケーションを取っていくのでしょうが、FB初心者のオジサンにとってみれば、まだまだ「持て余している」段階のようです。このまま「友達」が増えていくと、「中毒」にハマりかねないので、そろそろ使いこなす術を身につけていかなければ、と真剣に悩んでいます(笑)。

それでも、離れた地域の業界仲間との情報交換には、FBはさすがに威力を発揮します。上手に使えば、難局を乗り切るための有力な媒体なのかも知れません。

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