「目線の方向」は?
ケアマネジャー(介護支援専門員)研修における演習指導。グループワークの中でロールプレイが演じられるとき、私がいつも着目していることがあります。
それは参加者の「目線の方向」です。(本来は「視線」。「目線」は映像関係の業界から発展した俗語ですが、慣用に考慮して「目線」で統一します)
ロールプレイでどの役を担当するにせよ、気になるのはその「目線」がどちらを向いているのか? ということ。これは私たちの仕事の根幹に関わる問題です。
演習の場で結構多くみられるのが「ケアマネのほうを見ている」ケース。ロールプレイの司会はケアマネ役の人になりますから、自然に起きやすい現象でしょう。
それに次いで多いのは、「家族のほうを見ている」ケースです。特に家族役の人が語り上手で、介護負担などについて延々と語るようなときに、多くの参加者の目線がそちらに釘付けになってしまい、肝心の「利用者」の表情をほとんど窺わないというケースがたいへん多い。
残念なことに、これが介護現場の現実を反映していると言わざるを得ません。主任ケアマネジャー級のベテランでさえも、家族の意見ばかり聞いて当の利用者本人はそっちのけ、などという事例を耳にすることが少なくないのが現実です。それが「アビューズ(≒行政用語の「虐待」)」を助長してしまうことも。
施設入所に当たってケアマネジャーや相談員が自宅へ面談に行っても、家族のほうにばかり説明して、当の利用者には十分な説明をしていないことは少なくありません。認知症の人であろうが意思疎通が十分にできない人であろうが、「施設に入る」のは利用者本人なのですから。そこで「行きたくない」という表示が返ってきたとしても、どのように納得してもらうかがプロの技術。特殊な困難ケース等の例外を除けば、施設ケアマネ(または相談員)はきちんと本人に説明する責任があります。
家族からでも事業者からでもケアマネジャーからでも、私が相談を受けた場合、どうやら家族本位の状況なのかな、と感じられる事例については、こんな反問をしてみます。
「どなたが主役なんですか?」
さまざまな事情を抱える家庭がありますから、完璧にこなすのは難しいのが現実かも知れませんが、支援者の姿勢としては、ふだんから心したいものです。
(『口のきき方で介護を変える!』の21~23ページに、関連する講話を載せておきました)
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