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2013年11月11日 (月)

どこまでが「親戚」?

総務大臣だった鳩山邦夫氏が三年ほど前に、自分のことを「坂本龍馬の親戚」と発言して話題になりましたが、当の龍馬側の身内(龍馬の姉の子孫)からは反発を受けたようです。

さて、歴史上の著名人の真正な「子孫」ならともかく、何か係累を誇ろうとすると、「親戚」を振りかざす人たちがときどき見られるのですが、いったいどこまでが「親戚」の許容範囲なのでしょう? 鳩山氏と龍馬とは、間に二家族をはさんでいます。これでも華やかな閨閥の世界では、「親戚」に当たるのでしょうか?

もしそういうことであれば、私自身もとんでもない人の「親戚」になってしまうんです。

豊臣秀吉の正夫人・ねね(北政所)は尾張烏森城主・杉原家の出身でした。ねねの兄弟や甥たちは、皆、木下の名字を称し、そのうち二軒は大名(備中足守、豊後日出)となって明治まで続き、どちらも華族になりました。一方、烏森の所領はねねの従弟・杉原長房が継承し、長房は但馬豊岡の城主になりましたが、嫡流は後継者がなく断絶しました。

杉原家は長房の(庶流の)孫の代に、江戸幕府の旗本になった系統と、烏森城の跡地に館を構えて郷士(広義の尾張藩士)になった系統に分かれました。烏森の杉原家は代々その地を守って近代に至りましたが、その杉原家に戦前、私の伯母(故人)が嫁ぎ、その子である私の従兄は、烏森で整骨院を運営しています。

つまり、「間に二家族をはさんでも親戚」であれば、私は秀吉の親戚になってしまうんですね。

もちろん、通常の感覚ではこれは「他人」と言うべきでしょう。私自身も別に秀吉の親戚であろうがなかろうが、どちらでも全く構わない話です。業界における自分の今のポジションは、そのような縁故関係とは無関係に得ているものですから。

自分に自信のない人ほど、「○○の親戚」を振りかざすものなのかなあ、と、改めて思いました。

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