「オヨヨ」ケアマネにならないために(2)
(前回より続く)
私は過去の一時期、全国の独立・中立型のケアマネジャーと協働して団体を作り、その運営に携わっていた(残念ながらいまは活動停止状態になってしまい、私自身も退会している。別の複数の団体が同様な活動をしているようだ)。私自身、そのような経過から、全国区で一定の発信力を持っていたことは確かだ。毎年、複数の業界メディアから「独立型ケアマネ」の立場での寄稿を依頼されていた。
いま、この分野における自分の発信力が大幅に減退したことは確かである。政策の変転により、ケアマネジャーが「公正中立な独立」の立場を採ることの重要性が減じたことが、大きく影を落としている。特に私のような「一人親方」の独立型ケアマネは、業界の内外から、ある意味で時代遅れの存在だと見なされているのかも知れない。
しかし、私のスタイルが何ら変わったわけではない。12年半、同じ立場を貫いて仕事をしてきている。ケアマネジャーが利益相反を回避するために、あらゆる介護サービス事業者から等距離にあるべきだとの原則論は、全く変わっていないはずだ。変えなくても良いスタイルを変えないことによって、私の相対的地位が下がったとしても、私が「オヨヨ」ケアマネになったわけではない。
それどころか、自分の仕事では容量が許す限りのイノベーションを進めている。この12年半の間に、外部評価の手法を学んで地域資源の選択に取り入れ、徒歩による居宅訪問先を増やして市街を大きな面として把握し、産業日本語の分野では業界で嚆矢とさえ言われる著作まで刊行した。さらに最近は「IPE」「もんじゅ」「アローチャート」「パーソンセンタードケア」など業界の革新的な動きに関する情報を意欲的に仕入れ、学んでいる。
これらの新しい動きに携わる人たちの中には、私と同年代の人もいるが、動きの中核になっているのは20代後半~40代半ばの若い人たちである。私自身、年代の垣根を越えて、各地の若い業界人たちと広く交流し、その人たちから学びながら、自らをリフレッシュしていくことを願っている。仕事で最も大切にしている利用者本位の概念も、絶えず新しい考え方が注入されることにより、進化・深化しつつあるからだ。
裏を返せば、一時的に名前が知られたり、一発屋のように何かが当たったりしても、そこから行動変容・イノベーションを進めていくことができず、過去の栄光にすがり、一時期すれ違っただけの空虚な人間関係の亡霊を抱いたままで仕事をしているケアマネジャーが、「オヨヨ」ケアマネに当たる存在だと、私は考えている。そういう人たちが地域の業界の足かせにならないように、周囲が考慮していくことが求められるだろう。
お読みになった方、特に年功を重ねたケアマネジャーさんは、ぜひ、自分は大丈夫かな? と振り返っていただければ幸いである。
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