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2014年3月23日 (日)

「オヨヨ」ケアマネにならないために(1)

「オヨヨ」ケアマネ。どこで聞いた言葉だろうか? ずっと前なので覚えていない。

しかし、その言葉が話題になったときの、あいまいなやりとりの記憶から、おおよその意味は理解している。確か私は、「そういう困った人もいるんですよねー」などと話したような・・・。

「派手な言動・パフォーマンスで注目を集めても、そこから先はサッパリのケアマネ。その行動力は基本的に狭い地域、狭い人間関係の範囲内に限られる」といった定義がいちばん妥当か。

特に、「オレは○○の知り合いだ」「アタシは△△さんとも話してるのよ」といった具合に、業界の著名人とのつながりを強調するが、単なる自己満足の背伸びであって、濃厚なネットワークを構成する能力を持たない人たちが、「オヨヨ」ケアマネの典型と言えよう。

たとえば、私が「○○さんの知り合い」と言うときには、電話やメール一本で、相手に研修とか、調査研究とか、情報提供とかを依頼できる関係(相手の都合によって、すぐに対応してもらえない場合があるにしても・・・)ができている場合を指す。SNSの普及により、私にもまだ会ったことのないフェイスブック上の「知り合い」が増えたが、それでも私は顔の見えない相手と無闇に「FB友達」にならないようにしているので、基本的に「知り合い」との間ではおおむね、上述したようなやりとりができている。

だから、再三細かく説明しないと相手が自分の立場や依頼の趣旨を理解してくれないような関係は、「知り合い」とは言えないだろう。ましてや、単に何かの会合の際に著名な参加者と短時間会話しただけで、その相手が自分のことを覚えてくれておらず、依頼するときに、自分が何者かについて、一から説明しなければならないような関係なら、論外だ。

ちなみに、そんな関係にある著名人に関して、私が他の人と何か話すときに触れる場合、「一度会ったことだけはありますが、それだけのことで、先方は私のことを覚えていないと思いますよ」と断って、決して「知り合い」でないことを強調する。そうすることで、聞き手にも誤解を与えないからだ。

「オヨヨ」ケアマネにはそれができない。業界で自分の位置を高く見せようとして、虚構としか思われない人間関係を、あたかも連携の実質が存在するかのように強調するのだ。もちろん、こういう人はケアマネだけに限らず、どの職種、どの業界にも存在する。そもそもこの種の人物は、おしなべて良質なネットワークを築く力が欠落している。それだけに、その誇張の鍍金(メッキ)が剥がれたとき、なおさら哀れに響く。

もし、こういうケアマネが研修に参加して、本題と無関係な自分の虚飾について滔々と述べ始めた場合、コーディネイターやファシリテイターはどうすべきだろうか?

私ならば、毅然として制止する。

「いまはそのテーマについて話す場面ではありません。あなたがお持ちのネットワークについては、機会を改めて語ってください」

もちろん、自分にそれだけのバックボーンがあるから、そう言っている。

(次回に続く)

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