混合診療解禁に反対する理由(1)
混合診療(保険診療と保険外診療との併用)の解禁が取り沙汰されている。
政府の規制改革会議が、一定の基準を満たした医療機関であれば、患者の要望に応じて混合診療を実施できる方向で調整中であり、早ければ2016(平成28)年度から原則解禁するというものである。過去、小泉内閣のもとで規制改革会議が推進してきた政策を、ここに至って安倍内閣が大きく前進させようとしているのだ。
これまでは評価療養(研究目的として症例を収集する、いわば、富裕な患者が「実験台」になってくれる場合。先進医療、治験、etc.)や、選定療養(最初から分別されていて保険外の費用負担が前提である場合。差額ベッド、飛び込み初診料、etc.)に限って混合診療が認められていた。しかし今回の解禁が実現すると、そのような制約が取り払われることになる。
結論から言うと、私は全面解禁に反対である。
混合診療については、「公的保険対象外の部分だけを自己負担するのだから、みんな公平のはず。お金を持っている人が自分のお金で良い治療を受けるだけのこと。それなのになぜ反対するのか?」という意見を持つ人が、少なくないのではないだろうか?
確かに、混合診療が全面解禁されることは社会的に公平であるかのように見えるが、実際にはそうではない。これは「いま問題があるのか?」ではなく、「結果として、日本社会がどうなるのか?」という危機予測を踏まえて議論をしなければならないのだ。
【反対理由(1)→低所得者の側に、治癒しない疾患に対する保険料負担が生じる】
一つの例え話をしよう。
ワインが大好きな人たちが集まり、愛好者の組合を作った。その中にはお金持ちも貧しい人もいた。お金持ちは組合の費用を多く負担し、貧しい人も収入に応じてそれなりに組合費を出していた。一本2,000円のワインを買うのに、組合から1,500円の補助金が出る。お金持ちの人は組合費に自分のお金を足して、月に三本、四本と買って飲むことができたのに対し、貧しい人は足せるお金が少ないので、二か月に一本程度しか買えなかった。
まあ、ここまでは良い。本数はともかく、誰でも飲めるワインを買うのだから。
問題はここからだ。あるとき、お金持ちが組合のメンバーに言った。
「15,000円の高級ワインを買いたいんだが、組合から1,500円もらっても良いよね?」
私が貧しいメンバーだったら九分九厘、こう答えるだろう。
「冗談じゃない! オレたちには手が届かないようなものを買うんなら、全部自分のお金で払ってくれよ! 組合費を使うな!」
「混合診療の解禁」問題は、この話と大同小異である。
医療には治す、痛みを緩和させる、現状を維持する、予防するなど、さまざまな目的の医療があるが、本源的な部分に立ち返れば、「病気を治す」ことが医療の大きな目的であろう。どの患者に対しても「治せない」疾患に対して、緩和医療などを実施するのはひとまず措いて、最初から一部の患者だけが「治せる」のが前提であれば、「治せない」患者は費用を負担する必要がないことは社会的な道理である。
ところが混合診療が解禁されてしまうと、公的保険の給付が「自分で全額費用負担できる」人たち、あるいは「民間保険を併用すれば費用負担できる」人たちの疾患を治すために利用される。したがって、民間保険に加入する資力を持たない人は、そもそも自分はお金をかけられない(=治療を買いたくても手が届かない)ので治せない疾患、その同じ疾患にかかった富裕層の人たちを「治す」ために、苦しい家計の中から公的保険の保険料負担を強いられるという、全く理不尽な状況に置かれてしまう。
これがどうして「公平」と言えるのだろうか?
【反対理由(2)→民間保険の保険料負担に逆進現象が発生する】
公的な医療保険(国保・健保)は、所得の低い人ほど保険料負担が少ない、いわゆる比例性の考え方に基づいて組み立てられているが、現在の保険制度でも、逆進性の高い部分が併存する。
ここで混合診療が解禁されてしまうと、どのような結果を招くだろうか?
いわゆる中産層以上では、公的な保険と民間保険とを併用しようとする市民が増加すると予測されるので、そうなれば民間保険の側では一定の顧客数を確保することが可能になる。
その場合、福利厚生が恵まれている大企業・大組織の役員や社員などの側に、保険業者側から顧客人数のスケールメリットによる割引がつけられる可能性が高い。他方、背景となる母体を持たない個人の零細顧客は、そのような割引の恩恵を受けられない可能性が高くなる。
すなわち、民間保険においては、経済的に困らない富裕層の人たちのほうが、少ない保険料負担で済むという、逆進現象が起こってしまう危険性が高い。
公的な医療保険にさえ逆進性の高い部分が存在するのに、さらに大きな逆進性を民間保険に導入されたら、社会的格差の拡大が進むことは、火を見るより明らかであろう。
(次回へ続く)
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