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2014年7月 2日 (水)

日本人の心に根付いた「儒教思想」の影響(2)

(前回から続く)

「男尊女卑」だけでなく、儒教思想が現代の私たちに及ぼしている影響のうち、他の部分に目を転じてみよう。

以下は私たちケアマネジャーの現実。いまでもこういう人はそれなりの割合でいると思うが、介護保険開始当初にはたいへん多かった。

「給付管理はケアマネジャーの仕事ではない」と主張するケアマネジャーの存在である。

この主張は二つの面で間違っている。

一つは、モニタリング機能の軽視である。利用者に対し、介護サービスがその本体部分にせよ加算部分にせよ、計画通りに提供されたのか、それとも何らかの変更が生じたのかについて、確認しながらモニタリングを進めていくのは、ケアマネジャーの責務である。それをやらずして利用者や家族への訪問・面談を続けることは、明らかな手抜きであろう。

もう一つは、保健・医療・福祉の専門職が、細かいお金の計算に直接携わることへの忌避である。この意識は、これらの分野で「古き良き時代」から仕事を続けてきた保守的な専門職ほど、強く持っている。

実はこれこそ、儒教の「商業蔑視」なのである。中には、「お金の計算は事務員がやれば良い」と言い切ったケアマネジャーもいたが、これは「身分差別(職業に貴賎を認める)」に通じる発言だ。本人はおそらくそう意識しておらず、「役割分担」程度の気持ちで言ったのかも知れないが、実は時代遅れの発想であると言えよう。

(なお、このような金銭を取り扱う職業に対する蔑視は、東アジアの儒教思想だけではなく、潮流は異なっても世界各地に類似の思考が存在したことを、誤解なきように付言しておく)

保守的ではなくても、意識の高いケアマネジャーが、ついつい利用者に対して、サービスを利用する際にかかるお金の説明を後回しにすることはないだろうか? 業界でも商業蔑視は意外と根強いものなのだ。高齢者(介護)施設職員の演劇でも、いまだに「越後屋(時代劇の)」は悪役なのだから(笑)。

しかし、介護サービスの利用者や家族の多くは、経済的な事情を抱えている。具体的にかかる金額を、せめて千円単位ぐらいで、丁寧に説明していくのは、ケアマネジャーならずとも、保健・医療・福祉の専門職の義務である。サービス提供票の別表においても、これに関する説明責任は求められている。その点からも、給付管理はケアマネジメントの重要な一部分であるとの認識が大切だ(過度に力を注ぐ必要はないが)。

また、介護サービスは「正当な対価を得て提供する商品」なのであり、「有償ボランティア」ではない。利用者負担がないケアマネジメントにしても、資格取得にかかる費用、事業所整備にかかる費用、事務用品にかかる費用、研修受講にかかる費用など、多くの原資がかかっているのである。この点を(意図的にか)理解しようとせず、居宅介護支援が全国平均で15年連続経常赤字である状態を容認してきた政策側の責任は、大いに問われなければならないであろう。

他種別の介護サービスにしても同様だ。現場の各事業所では、事業が立ち行かないと利用者に迷惑をかけるので、赤字にならないように人件費を厳しく切り詰めているから黒字なのである。それは自由市場でなく、報酬が公定価格である準市場なるがゆえの苦肉の策なのだ。

にもかかわらず、一握りの不正な事業者を吊るしあげた上、全体が黒字だからと言って「介護サービスで稼ぐのは悪だ」と言わんばかりに、実質的な報酬のマイナス改定へと駒を進めるのは、政策を主導する「君子人(儒教思想でいう)」たちの心の深層に、「商業蔑視」が植え付けられているのであろう。

介護職員の待遇改善を妨げている要因は、単に財源論(それも政治家や官僚によるお金の無駄遣いから生じた)だけではなく、このような思想も影響しているのである。

病根はたいへん深い。

(次回に続く)

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