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2014年9月

2014年9月27日 (土)

無いからこそ、創る

先週の19日(金)、浜北区で浜松市の事業者集団指導があった。指導終了後に講演会が設定されており、講師はかねて存じ上げていた高橋紘士氏(国際医療福祉大教授)であった。

同氏は社会保障部門の有識者の中では、社会福祉法人批判の急先鋒の一人であり、そのため老施協(おもに介護老人福祉施設等の老人ホームを経営する社会福祉法人の業界団体)と鋭く対立している。しかし、これについてはひとまず措いておきたい。

その高橋教授の講話の中で、おもしろい内容があった。

「夕張市の高齢者の間では、財政破綻により市民病院がなくなっ〔て有床診療所に縮小され〕たことを機会に、もう病院には頼れないとの意識が強まり、自立度が高まって、健康寿命が伸びた」というものである。

ここで高橋教授が言いたいことは、病院の機能が縮小したから自動的に患者数が減ったということではない。「地域資源に恵まれている」ことが必ずしも市民、特に高齢者の自立支援を加速させる条件になっていないのが現実だということである。逆説的だが、「無い(乏しい)」→「頼れない」→「健康でいなければならない」→「自立(自覚、自律)しなければならない」という流れが存在するのだ。住民に与えられた環境が地域全体の意識を覚醒させ、支え合って健康を保つ好循環を創っていくのである。

帰路、遠鉄電車の浜北駅での待ち時間に、偶然高橋教授がすぐ横に立たれた。そこで、教授にごあいさつした後、JR浜松駅までの電車の中で、20分ほど氏の隣に座って、お話しする機会を得た。社会福祉士や社会福祉法人についての話題もあったが、上述のテーマに関連して、夕張に限らず、瀬戸内海の離島など他の地域でも、同様な動きが進んでいることについて、短い時間ながら、同氏と情報・意見交換することができた。

日本の社会保障においては、パラダイムの大転換が起こりつつあるのだろうか?

翌20日(土)、そんな思いを抱いたまま、宮津市(京都府)での講義に臨んだ。

この講座は、京丹後市にお住まいの稲岡錠二さん(社会福祉法人北丹後福祉会・在宅介護課長)が、個人的に有志の仲間と一緒に立ち上げた「かいごびと」の活動開始記念セミナーであり、手作り感たっぷりの企画である。稲岡さんのお人柄もあって、氏の友人が横浜から一人、西宮から二人、駆けつけてくれていた。午前中は(私より知名度がワンランク上の)松本健史氏(理学療法士、NPO丹後福祉応援団)による、「認知症-その関わり方、間違いです」。そして午後の部が私の文章作成講座である。

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受講者16人というインティミットな空間で、介護業界で働く人たちが国語の力をつけることの大切さを、ある程度伝えることができたかと思う。セミナー終了後に、アルコール抜きの懇親会(後列左端が稲岡さん、その右が松本さん)。

稲岡さんのコンセプトは明快である。間違ったケア、不適切な作業を取り除き、望ましい姿にしていくことを現場の最重点項目にしている。自分がされたくない介護を利用者に対してするな! ということである。

誤解を招かないよう言っておくが、稲岡さんは基本的な知識や技術、新たな知見の習得に消極的なのではない。むしろ、業界の誰よりも熱心だ。ほとんどの土日は、片方または両日を研修受講に充てている。それも京都・大阪・神戸など、車で片道2~3時間もかかるところまで出かけることが多い。そのバイタリティは簡単に真似できないだろう。その中で氏は現場の喫緊の課題として、劣悪な仕事の排除を優先させているのだ。

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セミナーの翌21日(日)にはスケジュールを空けてくださって、私ともう一人、稲岡さんの友人で、氏にコーチングを行っている横浜の方とを、丹後の観光スポットに案内してくださった。明智玉(=細川ガラシャ)にゆかりのある宮津教会にも巡礼(ちなみに、稲岡さんはカトリック信者である)。

そこから宮津湾をぐるりと巡って、西国28番札所の成相寺(なりあいじ)へ。展望台まで登ると、まさに絶景! 天橋立「昇竜」の景観は、竜が天に昇るとの表現にふさわしく、右上に向けて松林がグンと伸びている感が・・・。

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そのあと、稲岡さんのご好意で、ホームグラウンドである久美浜周辺を案内しながら回ってくださった。氏は、地域の過疎化は進んでいるものの、地域を活性化させる協議会が機能していること、地域資源に乏しいことを前提にしながら、産業、文化、スポーツなど多方面にわたって、住民が住みやすい町を創っていくために協働しつつあることを、熱く語っておられた。

同氏が運営を任されているデイサービスの利用者が居住する区域、たいへん広い(デイサービスの送迎だけでも、遠い利用者は片道30分以上かかっている)地域をぐるりと巡っていただきながら、職員の古い感覚の殻を突き破る過程の苦労話などをお聞きした。地域性を尊重して土日休みを貫く運営体制や、法人の理念や行動指針がお題目に堕してしまわないように、常に職員に示して振り返りをさせる姿勢など、浜松の事業所にも見習ってほしい部分が数多くあった。

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「無いからこそ、創る」

社会保障の望ましい姿が財源論に左右されるべきではないことは言うまでもないが、他方、国レベルにおいても、地方レベルにおいても、現実を踏まえた政策によって地域の社会保障システムを運用せざるを得ないのだ。平成の大合併の前後10年間(1997~2006)の好機に、地方の30年後、50年後を見越した財政運営がなされないまま過ぎてしまったからと言って、失われた時期が戻ってくるわけではないのだから。

そのような中にあってこそ、私たちには発想の大転換が求められるのかも知れない。

自分にとって、大きな収穫を得た三日間であった。

2014年9月 5日 (金)

「聞くは一時の恥」-独立型ケアマネだからこそ

保健・医療・福祉に関する広範な知識が求められるケアマネジャー。独立型ならなおさら「自分がすべてを知っていなければ・・・」と構えてしまわないだろうか。

独立型に限らないが、ある程度職歴が長いケアマネジャーが、往々にして自分の情報収集能力を過信したり、プライドが前面に出てしまったりするがゆえに、自分が本当は理解していないことについて、確認しないまま言及してしまうことがある。

私自身、これまで自著や自作論文などで執筆した記述の中に、気がつかないうちに誤りをそのまま記してしまっていることがあるかも知れない。しかし、少なくとも自分の知識に自信がない場合は、調べたり聞いたりすることを怠らないつもりだ。また、「知ったかぶり」をしてしまわないように自分を戒めている。でないと、「本当は違う意味だったんだ」と気が付いたときには、自分の間違った解釈が一人歩きしてしまい、あわてて後始末をする羽目になる。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」とは、まさに至言だ。

独立型ケアマネジャーの形態を採った場合、多くのサービス事業所とお付き合いができる。そうなると、同じ事業所の同じ人にあまり何度もいろいろと尋ねることは、その人、その事業所に借りを作ったり、弱みを見せたりするのではないか、と意識してしまうこともある。しかし、その気持ちが強過ぎると、「聞こうかな、やめておこうかな、・・・」と迷っているうちに、ついつい聞きそびれてしまうことにもなる。

私たちが業界ネットワークの中で仕事をしている以上、IPWを円滑に進めるためにも、専門外のことについて相談できる良き仲間を作っていくことは、たいへん重要なことだ。職種や業種が違えば、いわば「餅は餅屋」で、その人個人の資格や所属施設の事業形態によって、該博な分野があるもの。相手に依存してばかりいるのはもちろん禁物だが、互いに相手が詳しい分野の情報について聞き合い、教え合うことは、有益なネットワークを構築していくためにも大切な要素であろう。結果的に自分の引き出しを広げることにもなる。

独立型ケアマネジャーこそ、「聞くは一時の恥と言いますが・・・」と切り出して、わからないことを遠慮せずに、その道の専門職に対してどんどん聞く姿勢がほしい。それが可能な環境を作っていくことが、取りも直さず独立型のスタイルを軌道に乗せることなのだ。

(拙著『口のきき方で介護を変える!』をお持ちの方は、140~143頁も参照されたい)

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