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2015年3月

2015年3月17日 (火)

岐阜城、安土城、そして・・・

確か、井沢元彦氏の著書だったはずだが、「織田信長がもし横死しなかったら、豊臣秀吉同様に、大坂(いまの大阪)を居城にしていただろう」との論評を読んだ。

私も全く同感だ。信長ほどの人物が、石山本願寺の立地条件と広域的な経済の利便性に注目しないはずはない。彼の戦略眼からすれば、安土城の次は大坂に築城していた可能性が極めて高い。

問題はその城の名称だ。

岐阜城はもともと稲葉山城と称されていた。信長が美濃を征服した後、周辺に「岐阜」の地名があるのを知って、城の名前にした。古代中国・周の文王が「岐山」を拠点にして勢力を広げ、息子の武王の代に殷を滅ぼして天下を取った故事に基づくものだ。

いわば、「天下を取りに行く城」の意味である。この解釈を、私は故・海音寺潮五郎氏の著作で読んだ。

安土城はもともと目加田城と称されており、信長が全面的に新しい城を新築した。「安土」の地名を城の名前にした理由は、「平安京」に対抗する「平安楽土」の略称である。

すなわち、「天下を分け合う城」の意味となる。この解釈は(たぶん)井沢氏によるものだ。

では、大坂城はどうだろうか? 私の知る限り、「信長がこの地をどう名付けたか?」について、まだ誰も言及していないようだ。

しかし、自ら神格化を目指した信長は、いずれ天皇家を圧伏しようとしていたことは確かである。彼の横死によって、それがどのような構想だったのかは歴史の彼方に埋もれてしまったが、生前の意図は明瞭であろうと思われる。だとすれば、大坂に城を築くときの命名方法は・・・、

「天下を取って自分が(天皇家を差し置いて)君臨する城」を意味する命名しか考えられない。

したがって、城の名称の候補はただ一つ。

「今宮城」である。

歴史がそのように展開しなかったことが、日本人にとって幸か不幸か知りようがない。何百年も前に過ぎ去った、大いなるロマンの幻影かも知れない。

※すでに井沢氏かどなたかが、私より先に「今宮城」の説を唱えておられるのをご存知の方は、ご指摘いただけると幸いです。その場合は「遼東の豕(自分がオリジナルだと思い込んでしまうこと)」の批判に甘んじますので(^^;)

2015年3月10日 (火)

防衛省設置法改正は正論

「防衛省設置法」という法律がある。この法律中には、防衛省の内局官僚は防衛大臣がを制服組に指示を出す際に補佐する権限を持つ、いわゆる文官優位の原則があった。防衛省内では、従来この内局官僚の権限が比較的大きかったため、制服組に対する「文官統制」とも称されてきた。

現政権(自民党・公明党)は、統合幕僚長や陸・海・空各幕僚長らの制服組幹部が、内局の官房長や局長と同様に大臣を直接補佐できるように改正し、また内局の運用企画局を廃止することで、いわゆる文官統制を終了させることを内定させた。この改正案がいまの国会に上程される予定である。

これについて、「文民統制を踏みにじるもの」と批判する人たちがいるが、これは見当違いだとしか言いようがない。

そもそも「文民統制」とは「国民の代表」である文民(職業軍人以外の者)の政治家が、職業軍人たちの意向に優先することを示すものだ。第二次世界大戦のように、軍部が内閣の意向を軽視して勝手に戦争を始めることがないように、法制的な枷をはめたものなのだ。したがって、軍部を統制する権限があるのは当然、国政選挙で国民に選ばれた国会議員が、間接民主制にのっとって選出する内閣総理大臣であり、直接的にはその内閣総理大臣が任命する防衛大臣となる。

裏を返せば、国民に選ばれていない内局の官房長や局長は、統制する権限を持たないというのが、ごく当たり前の理解だ。そもそも、この「文官統制」は旧内務省の官僚主導で、自衛隊の前身である警察予備隊発足の際に画策されたものであり、たとえ当時の特殊な状況に照らし合わせてやむを得なかった面があるとは言え、その不当な権限が現在まで機能していること自体が不自然である。もし内局の官僚が中立的な立場を採らず、政権党に批判的であったら、国民の知らないところで「文民統制」が制約されるというおかしなことになってしまう。

また、野党支持者の中に、「自分たちは内閣総理大臣や防衛大臣を選んでいない」と主張する人たちがいる。そもそも、いつから日本では、自分が支持しない政党の政権が成立したら、「私たちはいまの政権を選んでいない。だから政権が実施する施策には従わない」と主張しても良いことになったのか? どう考えても、これは筋の通らない無茶苦茶な議論である。このような人たちこそ、民主主義の根幹を危うくする人々ではないか。

「文官統制」を撤廃して、本来の「文民統制」に戻す。これが正しい民主主義の姿だと思う。

付言しておくが、この動きを歓迎している防衛力強化論者のほとんど(一部の好戦的な人たちを除く)は、日本国民が戦争に巻き込まれてほしくないと願っている。その願いを実現するためにも、自衛隊が無用の制約を受けて危急の際に動きにくいような状況には、変更を加えておかなければならないと考える。

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