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2015年4月

2015年4月29日 (水)

平将門に魅せられて

日本史上の英雄と言えば、皆さんはまず誰を思い浮かべるだろうか?

私は複数の何人かの名前を挙げる。もちろん、単に戦が強かった武将が英雄だというわけではない。民意に沿って民衆のために働いた人が英雄だと考えている。

古代史で一人選ぶとしたら、やはり平将門(?-940)であろう。下総国北西部を本拠地とする豪族であり、常陸国にも勢力を広げていた。朝廷を牛耳って荘園支配を広げる藤原氏一門と、そこから派遣される国司による収奪に抵抗、常陸国府を占領して在地地主による政権を樹立、いまの茨城県を独立国として、関東一円に勢力を及ぼした。しかし、武家政権をどう運営していくかのグランド‐デザインを欠いたまま、支配が空洞化、朝廷に協調する藤原秀郷や平貞盛らの襲撃を受け、建国三か月後に戦死して、政権は崩壊した。

時代が変わり、民意を代表する方法も異なるとは言え、既成勢力の人たちが自らの権益を守るために、社会保障が大きく後退させられているいまこそ、将門のような志を持った人物が求められているのではないだろうか?

そんな思いが強くなっていた時期に、昨年愛知県でお会いした、「いばらき福祉研究会(おもに県央地域を中心とした有志の業界団体)」会長の小林和広さんから、同会の総会記念講演で話をしてほしいとのご依頼をいただき、将門の国・茨城県まで足を延ばしてきた。

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テーマは「口のきき方で介護を変える!」。利用者本位のために、介護・福祉職員の話し方はどうあるべきかとの内容であった。オーソドックスな技術論よりも興味深いテーマだったらしく、約100人の方々が聴講してくださった。単なる話し言葉だけにとどまらず、なるべく広い意味での、顧客である利用者や家族に対する心構えを説いたつもりである。あとで振り返ると、ややまとまりが悪かった部分もあったが、大枠で私が述べたい趣旨は、みなさんに理解していただけたかと思う。

また、同会では小著も多数ご購入くださったので、この場を借りて厚くお礼を申し上げたい。さらに、小林さんをはじめ有志の方々が、決して他人事ではなかった東日本大震災の被災地復興事業にも協力を続けておられるのには、頭が下がる思いである。

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終了後の懇親会。小林さん(写真上・サングラス姿のマスターの右)をはじめ、同じく昨年お会いしているサ高住事業所長の桐原さん(写真下・左)、特養中間管理職の片岡さん(写真上・右端)、さらに、片道二時間もかけて群馬県から車で駆け付けてくださった、小規模多機能経営者の髙橋さん(写真上の女性)などを交え、日頃の疲れを癒す楽しい食事会となった。

翌日は水戸市内を散策。弘道館(写真)→水戸城大手門→彰考館跡と、藩政時代の史跡を巡る。水戸学の広がりが日本人のメンタリティに大きなインパクトを与え、今日まで少なからぬ影響を及ぼしていることから考えると、ある意味で水戸は「日本の中心地」と言えるのかも知れない。

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また、彰考館跡には安積覚(かく。=澹泊。1656-1738)の像があった。同じく史館総裁であった佐々介三郎(=宗淳。1640-98)とともに、藩主・徳川光圀に近侍した人物。もちろん、この二人が格さん・助さんのモデルである。二人ともいまなら「学識経験者」であり、チャンバラが強かったわけではない。

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お昼はご当地の「水戸藩ラーメン」を食べて、帰りの電車に乗った。

今回の茨城県行きは、自分の方向性を考える一つの機縁になったような気がする。小さな一人の人間に、何ほどのこともできないことは承知しているものの、それぞれの地方で地道な努力を続けている介護・福祉業界の人たちのためにお役に立つものであれば、たとえ小さな一石でも投じ続けたいと思った。

2015年4月24日 (金)

歌舞伎初鑑賞

去る19日、名古屋の中日劇場で初めて歌舞伎を鑑賞した。「四月花形歌舞伎」の夜の部「新・八犬伝」である。

一応「レビュー」を書くが、何十回と観ている歌劇の場合と違い、全くの初心鑑賞者であるから、練れた文章はとても書けない。むしろ、歌劇好きの人間が初めて歌舞伎を鑑賞したディスカバリーものの類としてご笑読いただきたい。途中、誤認や言葉の誤用もあろうかと思われるので、お気付きの方はご指摘くださるとありがたい。

脚本は今井豊茂(敬称略、以下同)、演出は奈河彰輔・片岡秀太郎、出演は市川猿之助(口上のみ)、片岡愛之助、市川右近、市川門之助、市川男女蔵、坂東竹三郎、坂東秀調、ほか。

ストーリーは滝沢馬琴の八犬伝の挿話を改作した創作であり、最後は大天狗・崇徳院と八犬士とが、他日の再戦を期して痛み分けに終わるというもの。

まず感じたのが、打楽器まで含めると音楽が常に鳴り響いていること。ご政道批判が禁じられていた江戸時代、あくまでも音曲の一種だとの建前で上演された名残だと思われるが、台詞の背景で何かの音楽が絶え間なく奏でられており、独特の緊迫感であった。

次に、出演者はみな役者である。もちろん歌の場面もあるが、歌手主体の舞台芸術ではない。歌劇の場合はあくまでも歌唱が中心だから演技がぎこちない歌手もいるが、歌舞伎ではいくら声が好くても、演技が稚拙だと様にならないであろう。

また、出演者がこれだけ身体を使うのであれば、消費するエネルギーは並々ならぬものだ。特に幹部俳優と取り手たちの大立ち回りは、かなりの時間続けられるから、これは演武と言うか、一種のスポーツに等しい。さらに主演級の人たちには役の早替りやアクロバティックな演技が加わる。大詰で男女蔵が舞台の脇から刀を投げ、それを舞台中央の愛之助が発止と受け取る場面など、作り物の刀であっても一つ間違えば大怪我につながるだけに、何百回と練習を重ねたことであろう。

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観客の拍手は、短めに収めるのがマナーのようだ。間を置かずに次の場面に移るほうが、座が白けずに済むということか。また、通の鑑賞者は幹部俳優が見得を切るような場面で、「○○屋!」と声を掛けるのが当たり前になっていた。

まあ、初心鑑賞者が感じ取ったのは、このような点ぐらいである。

私が日本の伝統芸術である歌舞伎をこれまで一度も見たことがなかったのには、異に思われるかも知れないが、逆に自分が日本語・日本文化についての内容を執筆しようとしているときに、初めてこの空間を体験できたのは、一つの機縁かも知れない。今後も機会があれば、また肌合いの異なる演目を鑑賞してみたいと心組んでいる。

このたびは、ご自身も腰元・仲居・女田楽の三役で出演されていた役者の市川澤路さんが、諸事ご教示くださっただけでなく、終演後にはお疲れにもかかわらず、飲食をともにしてくださった。また、澤路さんと親交があり、昨年何度かお会いした神戸在住のケアマネジャー小田原貴之さんにも、鑑賞に際していろいろとご案内いただいた。お二方には改めてお礼を申し上げたい。

2015年4月14日 (火)

ヴェルディ歌劇の面白さ(7)

11日(土)、一年ぶりに新国立劇場で歌劇を鑑賞した。演目はヴェルディの「運命の力」。

この歌劇の真髄は、主人公のドン‐アルヴァーロにどこまでも不運が襲い掛かるところにある。きわめて暗く悲劇的な内容のドラマだ。それだけに、部分的にはコミカルな場面が挟み込まれ、メリハリがつけられているのだが、ストーリー全体を暗雲が覆っていることが、このドラマの特徴を際立たせている。

指揮はホセー‐ルイス‐ゴメス(敬称略。以下同)。奇をてらわないオーソドックスな指揮で聴きやすかったが、一部の歌手やオケの管楽器と合わせ切れない部分があったようだ。ご愛嬌か(^^;)

演出はエミリオ‐サージ。おもな特徴は三つ。一つ目は、最初からいきなり赤い幕にスペイン貴族のお歴々の名前が所狭しと書き連ねてあり、この貴族連中によるムラート(インディオとスペイン人との間に生まれた子)であるドン‐アルヴァーロに対する身分差別の厳しさが、すべての根源にあることを強烈に見せつけられること。二つ目は、舞台が20世紀前半に設定されており、剣が銃に代わり、人々が共同作業でセットを片付けるなど、事物や人物の所作が、現代劇的な内容に変更されていること。

三つ目は、第四幕で聖画を描いた三方の薄い幕が登場人物によって次々と取り払われ、最後にドン‐アルヴァーロが絶望のうちに取り残されるという、1862年のロシア、サンクト‐ペテルスブルクで初演されたときの姿を一部再現していることだ。初演ではアルヴァーロが教会を呪って崖から身投げするのだが、ヴェルディはイタリア上演の際に台本作家のギスランツォーニに諮ってここを書き直している。今回の演出は、あえて反キリスト教的な部分を復活させた点が面白い。故・遠藤周作も言っているように、現実に私たちが直面するのは、神の怒り、懲罰、沈黙であって、神の愛を実感するのは難しいのだから。

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歌手もまずまずのキャスティングであった。

特に良かったのが、レオノーラのイアーノ‐タマール(ソプラノ)と、修道院長(一般的には「グァルディアーノ神父」と呼ばれているが、padre guardianoとは修道院長である司祭の意味なので、普通名詞である)の松位浩(バス≧バッソ‐プロフォンド)。この二人の第二幕第二場のシェーナ&二重唱は、重々しい掛け合いから始まって場を熱く盛り上げ、音楽をどんどん昇華させていく、すばらしい出来であった。またタマールが第四幕第二場、岩山の場で歌うメロディーア、「神よ、平安を与えたまえ」はまさに圧巻! 会場から万雷の拍手が!

ドン‐アルヴァーロのゾラン‐トドロヴィッチ(テノール)、ドン‐カルロのマルコ‐ディ‐フェリーチェ(バリトン)もたっぷりと聴かせてくれた。演出が第三幕の中で両者の決闘未遂の場を省いていたので、第四幕第一場、修道院での対決の場にエッセンスが凝縮されていたのも効果的だった。他方、フラ‐メリトーネのマルコ‐カマストラ(バリトン)はやや声量不足、プレツィオシッラのケテワン‐ケモクリーゼ(メゾ‐ソプラノ)は音程が不安定で少々聴きづらかった。トラブーコの松浦健(テノール)はまずまずコミカルな味を出していたと思う。

これで、「椿姫」と「アイーダ」の間に作られたヴェルディの傑作四品を一巡鑑賞したことになる。四作ともヴェルディ歌劇のスケールの大きさを感じさせる珠玉の作品である。愛好する人たちが増えることを願ってやまない。

2015年4月 3日 (金)

バラバはどこへ?

新約聖書の福音書に「バラバ」なる人物が登場する。キリスト教徒の間では誰知らぬ者のない名前だ。

きょうは聖金曜日、イエス-キリストが十字架につけられた日。私たちのカトリック教会でも、主の受難の祭儀が行われ、福音書のその箇所が読まれる。イエス役の司祭、ナレーター、他の登場人物(一人で兼任)の三人が祭壇の前に立ち、会衆はみな「群衆」の役になる。

ローマ総督ポンティオ-ピラトが、二人の囚人のうちどちらを釈放してほしいか群衆に問いかける場面で、群衆は声をそろえて「バラバを」と釈放を希望し、イエスに対しては「十字架につけろ」と叫ぶ。

ローマの支配に抵抗する政治運動を期待していたユダヤの民衆は、愛を説くイエスに失望した。バラバは(おそらく)反ローマ暴動を起こし、(おそらく)支配層側(ローマ駐屯軍、ユダヤの王家、大祭司側などの勢力)の人を殺して投獄されていたので、民衆は彼が自由になって再起し、ユダヤがローマからの独立を勝ち取ることに望みをかけたのであろう。

しかし、ここから後のバラバの消息については、全く伝えられていない。

支配層がバラバを釈放したポーズだけ見せて、実は謀殺した・・・などといったことは考えられない。民衆の気持ちを逆撫ですることになり、かえって次の騒動を引き起こす恐れが生じるから。であれば、とりあえずバラバは、急病や事故で倒れでもしていない限り、自分の政治活動に戻ったと推測されるが、その足跡は杳としてつかめず、歴史は彼について沈黙を守っている。仮にバラバが道半ばで倒れたとしても、その意志を受け継いだ活動すら、何ら痕跡を残していない。

他方、十字架刑で死んだイエスの教えは、数え切れない人々の心を治めている。

力で現状を打開しようとした人のほうが、埋もれてしまったのだ。

バラバはどこへ?

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