バラバはどこへ?
新約聖書の福音書に「バラバ」なる人物が登場する。キリスト教徒の間では誰知らぬ者のない名前だ。
きょうは聖金曜日、イエス-キリストが十字架につけられた日。私たちのカトリック教会でも、主の受難の祭儀が行われ、福音書のその箇所が読まれる。イエス役の司祭、ナレーター、他の登場人物(一人で兼任)の三人が祭壇の前に立ち、会衆はみな「群衆」の役になる。
ローマ総督ポンティオ-ピラトが、二人の囚人のうちどちらを釈放してほしいか群衆に問いかける場面で、群衆は声をそろえて「バラバを」と釈放を希望し、イエスに対しては「十字架につけろ」と叫ぶ。
ローマの支配に抵抗する政治運動を期待していたユダヤの民衆は、愛を説くイエスに失望した。バラバは(おそらく)反ローマ暴動を起こし、(おそらく)支配層側(ローマ駐屯軍、ユダヤの王家、大祭司側などの勢力)の人を殺して投獄されていたので、民衆は彼が自由になって再起し、ユダヤがローマからの独立を勝ち取ることに望みをかけたのであろう。
しかし、ここから後のバラバの消息については、全く伝えられていない。
支配層がバラバを釈放したポーズだけ見せて、実は謀殺した・・・などといったことは考えられない。民衆の気持ちを逆撫ですることになり、かえって次の騒動を引き起こす恐れが生じるから。であれば、とりあえずバラバは、急病や事故で倒れでもしていない限り、自分の政治活動に戻ったと推測されるが、その足跡は杳としてつかめず、歴史は彼について沈黙を守っている。仮にバラバが道半ばで倒れたとしても、その意志を受け継いだ活動すら、何ら痕跡を残していない。
他方、十字架刑で死んだイエスの教えは、数え切れない人々の心を治めている。
力で現状を打開しようとした人のほうが、埋もれてしまったのだ。
バラバはどこへ?
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