歴史上のマイナー王朝(3)
天山ウイグル国(848以前-1318以後)という王朝の名前をご存知だろうか?
ウイグル人が初めて東トルキスタン(現在は中華人民共和国が実効支配している)を領土として建設した国家である。
モンゴル高原を支配する一大勢力であった遊牧ウイグル国家(744-840)は、異常気象や内紛のために統治能力を失い、キルギス人の侵入により最後の君主ホーサー‐テギンが840年に殺害され、瓦解、四分五裂した。
ホーサー‐テギンの親族であったパン‐テギンは、自派の諸部族を率いて混乱から逃れ、南西に進んでユルドゥズ高原を支配し、新天地に国家を建設した。これが天山ウイグル国である。866年以降は、ビシュ‐バリクが王城となり、パン‐テギン本人か次代か執政かと思われるブグ‐シュンなる人物が、統治者としての地位を確立したとされる。
パン‐テギンの没年は知られておらず、その後の君主も系図などは不明である。歴代王の称号として、「第四国ビルゲ天王(→954年前後)」「アルスラン(獅子)スュンギュリュグ(槍)カガン(→983年前後)」「ボギュ(賢)ビルゲ天王(→996年以降)」「コルトレ‐ヤルク(麗輝)テングリケン(→1007年以降)」「第三のアルスラン‐ビルゲ‐ハン(→1019年前後)」「テングリ‐ウイグル‐テングリケン(→1067年前後)」といった名前が知られているが、いずれも本名ではない。ビシュ‐バリクの仏教寺院の跡には、壁画の一部に11世紀中葉かと推測される「トゥグミシュ」を名乗る王の肖像が遺されている。これが「アルスラン‐ビルゲ‐ハン」と同一人物なのか、わからない。
かと言って、この王朝は闇に埋もれているわけでは全くない。むしろ漢民族王朝に朝貢しなくなったために、中国文献に詳細が残らなかったのだ。ウイグル人自らも、文字による記録をあまり残さず、文献史料は乏しい。しかしこの地には独自の仏教文化が花開き、シルクロード貿易の要衝として繁栄した。オアシス都市であるビシュ‐バリクを中心に、草原を占めて農耕社会が展開されていった。
対外的には、キタン王朝(契丹、西遼)の緩い圧力のもとに置かれることもあったが、おおむね独立を保っていた。13世紀に入ってモンゴルが勃興すると、天山ウイグル国はその傘下に入り、君主バルチュク‐アルト‐ティギン(?-1229以降)はチンギス‐ハンの養子の扱いを受け、厚遇された。しかしそれとは裏腹に、天山ウイグル国はモンゴルの大勢力に吸収される道をたどり、国家は衰退して消滅に至った。
民族国家は消滅したが、ウイグル人は東トルキスタンでオアシス生活を営み、やがて14世紀には急速にイスラーム化して、18世紀までチャガタイ系ハン国やジュンガルなどによる統治を受けた。1759年に「多民族国家」清王朝により征服され、新疆と命名された。
そして、はっきり言えることは、前近代において東トルキスタンのウイグル人が「漢民族国家」の統治下に置かれたことは一度もないということだ。にもかかわらず、孫文政権は清王朝の全領土を中華民国のものだと宣言し、毛沢東政権は旧ソ連との「取引」によって東トルキスタンを領有し、現在に至っている。チベットの場合と大同小異である。「歴史を直視」しなければならないのは、日本だけではないことは明らかであろう。
ウイグルの歴史を通して、民族とは何かという問題を三思してみたい。
« 秋、旅の季節... | トップページ | 【お知らせ】小著の販売状況について »
「経済・政治・国際」カテゴリの記事
- 五輪組織委の問題から読み取れるもの(下)(2021.02.28)
- 五輪組織委の問題から読み取れるもの(上)(2021.02.24)
- 新型コロナ(14)-私たちに問われているもの(2021.01.30)
- 脱毛と植毛の広告から考えたこと(2020.08.16)
- 「平和」をどう考えるか?(2020.08.09)
「東洋史」カテゴリの記事
- 年鑑を参照しながらの便覧作り(2021.01.20)
- 片付け下手の断捨離(6)-世界の歴史等の書籍いろいろ(2019.12.15)
- 私の海外旅行歴(2016.04.08)
- 歴史上のマイナー王朝(3)(2015.10.30)
- 歴史上のマイナー王朝(2)(2015.09.16)
粟倉先生、こんにちは^_^
歴史上のマイナー王朝(3)、前回に引き続き
楽しく読みました♪♪ ありがとうございます。
こちらのブログを読み、興味を持ち始めた中国史。
私は三国志などのドラマを 見ているだけですが、
とても面白くてハマっております。
これから 秦を舞台にしたものから、春秋時代まで、
様々なシリーズを 遡って見ていきたいと思います。
追記 : 秋の旅には出かけられましたか^_^?
私は、以前は 家族旅行がメインでしたが、
最近は 女友達と行く方が楽しく感じます☆彡
投稿: 中山さと子 | 2015年11月 2日 (月) 11時00分
中山さん、こんばんは。
気分転換に出かけられればいいのですが、
どうやら今秋はヤボ用ばかりで、旅に行けそうもない私です。
東洋史にハマってきましたか?
そろそろ「歴女」に片足を踏み込みましたね(^o^)
現代に大きな影を落としている問題もあり、複雑な面がありますが、
それはそれとして、昔の賢人たちの生きざまは、私たちの鑑にもなります。
お時間のあるとき、書籍やDVDなどで探訪してください^^*
投稿: じょあん | 2015年11月 3日 (火) 00時17分