ヴェルディ歌劇の面白さ(8)
本日、東京文化会館で10か月ぶりに歌劇を鑑賞。演目はヴェルディの「トロヴァトーレ」。東京二期会である。
それこそ高校生の頃に、両親にねだってレコードを買ってもらったほどだから、この歌劇に接してからずいぶん長いのだが、舞台を観たのは初めてなのだ。
指揮はアンドレア‐バッティストーニ(敬称略。以下同)。近頃、とみに名声を増している若手指揮者の代表で、日本にもファンが多い。CS放送では何作品か録画しているが、ナマで観るのはもちろんこれが最初。緩急を巧みに操り、ドラマの展開にピッタリの指揮ぶりであった。
演出はロレンツォ‐マリアーニ。CS録画ではちょうどパルマ王立の「トロヴァトーレ(2010)」が手元にあるが、ここから五年余を経て工夫を加えている。背景の太陽と月とを表す大きな円を、歌手が出入りする花道の一つとしても使い、正面から三方に道が延びているように見せ、立体性を高めている。
マリアーニ自身がプログラム中で語っているように、前後のヴェディ作品に比べると「トロヴァトーレ」は非現実的なおとぎ話のような世界になる。そのストーリーと、登場人物の感情がこもった迫真のドラマとを両立させる難業に挑み、成果はかなり聴衆に伝わったのではないかと思う。ただ、マンリーコとルーナ伯爵の衣装が、いささか童話的な面を強調し過ぎた安直な色合いだったこと、第四幕のアズチェーナ錯乱の部分で左手前の「(火刑をイメージさせる)炎」を燃やさなかったことは、期待された効果をやや損じたであろうか。
歌手はアズチェーナ(メゾソプラノ)の中島郁子が圧倒的で、会場を支配していた。特に第三幕で両手首を縄で縛られ、兵士役のバレエダンサーに左右から交互に引っ張られる姿勢で歌う「縄で苦しめるなんて、この恥知らずめ」は、プロの歌唱技術の醍醐味を存分に披露。マンリーコ(テノール)の城宏憲も、予定出演者の体調不良で急遽代役をすることになったにもかかわらず、他の出演者との絡みで違和感もなく、リリコ・スピントの歌唱も十分聴き応えがあった。
レオノーラ(ソプラノ)の松井敦子も、腰を落としてリリカルな美声をたっぷり聴かせる名演。ルーナ伯爵(バリトン)の成田博之はやや音程に不安定な箇所があったが、感情の高ぶりを巧みに表現していて、全体としては合格点か。フェルランド(バス)の清水那由太は第一幕の冒頭で聴衆を惹き付ける難役を無事にこなし、第三幕まで安定していた。
最近は諸事情により、歌劇鑑賞も思うに任せないが、TVやDVDだけを楽しんでいても、歌劇愛好家だと言えないことは確かだ。海外まで鑑賞に行く余裕はとてもないが、若手・中堅の邦人歌手を応援する意味合いも含め、国内のヴェルディやワーグナーの上演を年1~2回は楽しんでみたい。
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