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2016年3月17日 (木)

介護離職についての考察(2)

三か月以上経ってしまったが、(1)から続く記事になる。

繰り返しになるが、「育児離職」については、私自身が育児経験を持たないことをお断りした上で、第三者的に論じたものであることをご理解願いたい。

古来、育児は子供を持つ親にとって必須の課題であった。すなわち「するのが当たり前」であり、前近代社会においては、それを担う(ほとんどは)女親にとって、不可避の義務だったのである。育児そのものが家庭労働の一部、または家庭労働の傍ら行う職務であり、「育児のための離職」は、そもそも社会問題として認識されてこなかった現実がある。

それが現代社会になって、なぜ大きな問題と化しているのか?

先日の「保育園落ちた日本死ね!」ブログ事案。おそらくこのブログを書いた母親は、当事者としての率直な思いからこのような文言を綴ったものであると信じたい。個人のブログである以上、どのように感情を披歴しようと自由であり、自己責任である。

しかし、私はこのブログの作者が「良い課題提起をしてくれた」とは思わない。表現も稚拙であり、子どもが保育所に入れなかったからといって短絡的な思考から国を貶める発言には、全く共感できない。職場や、隣保や、自治体を飛び越して、いきなり国の施策を問題にすることは、全くの的外れである。

ブログが紹介されて何日も経たないうちに、「昨年8~9月に政治的な動きをした勢力」とほぼ共通する人たちや組織が、なぜか申し合わせたように一斉に政府批判の声を上げたが、これもフツーに考えたらおかしくはないか。このブログ自体が正直な一人の母親の思いであったとしても、これを現政権攻撃の材料として使い、政争の具にした政治勢力には、市民を本質的な議論から遠ざけ、混乱を招いた大きな責任がある。

そもそも、公助(政府による施策)がなかった時代、育児はどのようになされていたのだろうか? 

父親が稼いでいる間、母親も働きながら子どもの世話をしていた。片親がなく分業ができない場合、両親とも亡くなり育児そのものができない場合は、親戚や、地域社会の人たちが知恵を出し合い、助け合って子どもたちを育てていったのである。親がいないために虐待を受けたり、肩身の狭い思いをしたりする子どもも少なくなかったであろうが、育児システムそのものが機能していなかったわけではない。都市か農村か、などの環境によってスタイルの違いはあったものの、大枠では日本社会のどこでも、このような地域社会の育児システムが存在していたのである。

いま、そのシステムが脆弱になり、機能不全に陥っているとしたら、保育所という制度に過度な依存をするよりも、まずはシステム自体を再構築することが急務であろう。それが軽視されたままになっているから、あの「偽ベビーシッター」のような輩も横行する。

なお、保育所不足の真の原因がどのあたりにあるのか、私も拙著『これでいいのか? 日本の介護』第7章中に論及しておいた。

(続く)

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