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2016年3月

2016年3月30日 (水)

地方史を読む

最近は全く増えていないが、私の自宅には結構な数量の蔵書がある。自分の趣味関係で、歴史ものが圧倒的に多い。ただし、カトリック教会に関するものを含め、古代から近世にかけてのものが大部分で、近現代史に関する蔵書は少ない。

国史では中世・近世大名の家や藩に関するものが多い。カテゴリーで分類すれば「地方史」ということになる。藩主や補佐役などの人物伝を中心に、その種の書籍が書棚に埋まっている。

家(藩)別に分類すると、多い順に下記のようになる。史料・研究書(単行本・新書等)・論説・随筆等の一般書をすべて含めた数字である。上中下など分冊になっているものは、合わせて1冊と数えた。

(1)上杉家・米沢藩関係 9冊
(2)毛利家・長州藩関係 5冊
   伊達家・仙台藩関係 5冊
(4)島津家・薩摩藩関係 4冊
(5)佐竹家・秋田藩関係  3冊
   保科松平家・会津藩関係 3冊

その他は2冊以下である。なお、一大名ではないが、徳川一門関係は上記の保科松平家を含め、全部合わせると20冊近くになる。また、足利一門(細川・最上等は除く)関係は、江戸時代の喜連川家について書いたものまで含めると3冊あるので、「同率5位」となる。

20160330zousho

上杉家関係が多いのは、私が上杉鷹山(=治憲。1751-1822)を尊敬しており、関連書籍を多く求めたことによるものだ。個人的には直江兼続も好きな人物の一人である。

伊達・毛利・島津・佐竹は、戦国時代の有力大名、江戸時代の外様大藩である。それぞれ織田・豊臣・徳川のいずれかの政権によって身代の縮小を余儀なくされながら、近世大名として脱皮して地方文化を花開かせた。その歴史の中では、重臣群の入れ替えがあり、お家騒動の克服があり、財政再建があり、いくつもの難局に遭遇しながら、どの藩も大所帯を切り盛りして江戸期を生き抜いてきたのである。

私たちはこのような歴史を鑑としながら、現代の地方自治体や各業界のあり方を考えていく必要があろう。時代によってスタイルは異なっても、人が行うまつりごとに違いはない。当時の人たちの知恵には学ぶべきであろうし、応用できる手法は決して少なくないからだ。

また、人物の評伝を比較参照しながら読みたい方には、故・海音寺潮五郎や井沢元彦氏などの、洞察力に優れた作家が書いたノンフィクションをお勧めしたい。

2016年3月17日 (木)

介護離職についての考察(2)

三か月以上経ってしまったが、(1)から続く記事になる。

繰り返しになるが、「育児離職」については、私自身が育児経験を持たないことをお断りした上で、第三者的に論じたものであることをご理解願いたい。

古来、育児は子供を持つ親にとって必須の課題であった。すなわち「するのが当たり前」であり、前近代社会においては、それを担う(ほとんどは)女親にとって、不可避の義務だったのである。育児そのものが家庭労働の一部、または家庭労働の傍ら行う職務であり、「育児のための離職」は、そもそも社会問題として認識されてこなかった現実がある。

それが現代社会になって、なぜ大きな問題と化しているのか?

先日の「保育園落ちた日本死ね!」ブログ事案。おそらくこのブログを書いた母親は、当事者としての率直な思いからこのような文言を綴ったものであると信じたい。個人のブログである以上、どのように感情を披歴しようと自由であり、自己責任である。

しかし、私はこのブログの作者が「良い課題提起をしてくれた」とは思わない。表現も稚拙であり、子どもが保育所に入れなかったからといって短絡的な思考から国を貶める発言には、全く共感できない。職場や、隣保や、自治体を飛び越して、いきなり国の施策を問題にすることは、全くの的外れである。

ブログが紹介されて何日も経たないうちに、「昨年8~9月に政治的な動きをした勢力」とほぼ共通する人たちや組織が、なぜか申し合わせたように一斉に政府批判の声を上げたが、これもフツーに考えたらおかしくはないか。このブログ自体が正直な一人の母親の思いであったとしても、これを現政権攻撃の材料として使い、政争の具にした政治勢力には、市民を本質的な議論から遠ざけ、混乱を招いた大きな責任がある。

そもそも、公助(政府による施策)がなかった時代、育児はどのようになされていたのだろうか? 

父親が稼いでいる間、母親も働きながら子どもの世話をしていた。片親がなく分業ができない場合、両親とも亡くなり育児そのものができない場合は、親戚や、地域社会の人たちが知恵を出し合い、助け合って子どもたちを育てていったのである。親がいないために虐待を受けたり、肩身の狭い思いをしたりする子どもも少なくなかったであろうが、育児システムそのものが機能していなかったわけではない。都市か農村か、などの環境によってスタイルの違いはあったものの、大枠では日本社会のどこでも、このような地域社会の育児システムが存在していたのである。

いま、そのシステムが脆弱になり、機能不全に陥っているとしたら、保育所という制度に過度な依存をするよりも、まずはシステム自体を再構築することが急務であろう。それが軽視されたままになっているから、あの「偽ベビーシッター」のような輩も横行する。

なお、保育所不足の真の原因がどのあたりにあるのか、私も拙著『これでいいのか? 日本の介護』第7章中に論及しておいた。

(続く)

2016年3月 9日 (水)

人と会い、人と語り・・・(3)

介護業界を中心に、ラーメン好きの人たちが集まった秘密グループがあり、京都府の丹後から兵庫県の西宮にかけて、中軸メンバーの一大拠点がある。グループの名称を開示するわけにはいかないので、仮にその人たちを「関西アホ仲間(←一応、美称なのだ!)」と称しておく。

過去の例会?の様子は、「関西ラーメン道の豪傑連」で紹介しておいたので、こちらを参照されたい。

さて、私もこの関西アホ仲間の準会員にさせられてしまっていた(・・・と思い込んでいたが、後日「準会員」なる会員資格は存在しないことが判明したので、だとすると「正会員」になるのだろうか・・・?)ため、年一回ぐらいはグループの行事に参加しようと、去る3月5日、大阪まで足を運んでみた。季節外れの陽気で、厚着するかどうか苦慮する気候であった。

ラーメンを食べるために関西まで行く人が、浜松に何人いるかわからないが、私もその一人である人は確かである。

当日はアホ仲間代表の稲岡さんと、メンバーの小田原さん・白井さんの三人が、大阪松竹座で「スーパー歌舞伎・ワンピース」を観劇されていたので、幸地さん・宮垣さんなど他のメンバーと一緒に、先に串カツ店の「横綱」法善寺横丁店に集合して一杯飲み始めることになった。関西からは業界仲間の大羽さんと、その関西在住の友人の方々が参加、新たな仲間が加わって一層にぎやかな会となった。建築や設計といった人たちも交流の輪に加わったのは大きな進展だ。

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そのあと、歌舞伎を見終わった三人に加え、出演者の一人であった役者の市川澤路さん(「歌舞伎初鑑賞」を参照)も合流してくださった。当初予定したラー店が人数の関係で難しかったらしく、アホ仲間の役員さんたちの判断で「神座(かむくら)」に移動。白菜入りのマイルドなスープで、飲みのあとの締めに向いている。私は「小チャーシュー・味玉入り」を注文。結構ボリュームがあり、旨し。

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業界仲間の家庭の話題やら、歌舞伎の話題やらで、短い時間ながら刺激を得られた交流であった。

翌6日は、14年前に他界した父が尊敬していた、ジュスト高山右近のゆかりの地・高槻へ移動、聖歌を唱えカトリック高槻教会まで歩き、城跡周辺を巡礼しながら、しばし黙想。右近は先日、フランシスコ・ローマ教皇から「福者」に列せられることが決定したので、今年は地元の信者さんたちにとって、とりわけ喜ばしい年であろう。

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そのまま京都へ入り、神社仏閣はスルーして、鴨川の六条河原へ向かった。1619年10月6日、ここで福者・橋本如庵をはじめとする52人の篤信のキリシタンたちが、火刑により殉教を遂げたのである(「京都の大殉教」)。その正確な場所はすでにわからなくなっているが、河原のおそらくこの辺りであろうと思われる場所に足を停めて、信仰のために迫害された福者たちに祈りを捧げ、世界平和への取り次ぎを願った。

京都駅へ戻り、旧知の画家・中村晴信さんと再会。中村さんの案内で、駅近くの超人気店「新福菜館本店」へ。隣の「第一旭」も超人気店なので、二人でどちらにするか迷ったが、行列が少しでも短い前者を選んだ。ブラックのスープがとりわけ美味しい! チャーシューもしっかり。メンマ増しの「竹入り」を頼んだのだが、そのメンマもスープと好くマッチングしていた。中華と言うより、和風ラーメンの粋と称すべきだろうか。名前に恥じない味である。

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中村さんは浜松出身で、コネも情実もなく徒手空拳で、つまり腕一本の実力だけでがんばっておられる、中堅どころの洋画家だ。人の心を癒す優しい風景画が中心である。この日は氏とラーメンをご一緒しながら、他の仕事を兼業しないと食べていけない現況などの苦労話をお聞きした。

30代の一時期、介護福祉施設でもパートのお仕事をされていたことがあり、私が提唱する「部分的介護就労」にも通じるものがあろう。この3月23日(水)から28日(月)にかけて、中村さんは浦和市(伊勢丹浦和店)で個展を開かれるので、氏のブログのエントリー(「DM出来ました」)をリンクしておく。関東方面の方、特に事業所の新築・増築などで壁に飾る絵画が欲しいけれど、お財布の事情で大物画家の高価な作品はちょっと・・・という方は、好いチャンスなので、ぜひ浦和まで足をお運びいただきたい。

思えば、稲岡さんや市川澤路さんに続き、昨秋お会いした奥平幹也さん、そして今回の中村さんと、近年私がサシで食事した方の半数ぐらいは、同じカトリック教会の信者さんである。偏っているとは思わないが、価値観を共有する相手との対話が多くなるのは、自然の勢いであろう。そのような交流の中から、互いに何か少しでも得るものがあれば、これに過ぎることはないのではないだろうか。

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