エンドユーザーの利益は?
「介護保険負担割合証」なるものがある。平成27年度改定により、「一定以上所得者」に該当する利用者が介護保険サービスを利用する際、従来の一割負担から二割負担に倍増となったため、一人ひとりの利用者について、負担割合が一割なのか二割なのかを表示する証のことである。
介護保険法施行規則や指定居宅介護サービス等の運営基準によれば、この証は利用者(被保険者)が介護保険サービスを利用する際、介護保険被保険者証(以下、保険証)と一緒に、介護保険サービス事業者事業者に提示し、事業者側もこれを確認することが定められている。ただし、どのように提示・確認するかの具体的な手段の細部までは定められていない。
そこで、制度上の介護支援専門員(≦ケアマネジャー)である私は、居宅介護支援(≦ケアマネジメント)の受任当初に利用者から個人情報提供の包括的同意をいただく際、保険証や負担割合証の情報を当該利用者が利用するサービスの事業者宛に伝達することも含めるものと説明し、かつ、その場面ごとに口頭または書面で説明して了解をいただいている。
具体的に、私は保険証や負担割合証を利用者から預って写しを自分で取り、それを給付管理の対象である介護サービス事業者宛にファクシミリで送付している。
もちろん、利用者や主介護者が、自分は介護保険法の規定通りにしたいと言って、自ら各事業者に保険証や負担割合証を提示してくださるのは全く構わない。規定通りにするのが本筋なのだから。ただ、実際にはほぼ全部の利用者が、私のやり方を承認してくださっている。
このやり方には、賛否両論があるだろう。賛成意見は、利用者や主介護者の手間を省くことを評価してくれるものである。
他方、反対意見は、本来介護保険認定情報も負担割合情報も、各事業者が利用者に確認すべきものであり、それを介護支援専門員が一括してファクシミリ送付するのは、過保護な対応であって、筋から言うと間違いだとの考え方である。もちろん私も、事業者側が「ケアマネからもらって当然」だとばかりに請求してくれば、本来各事業者が確認すべきものですよ、とたしなめた上で、送付している。
ここでポイントになるのは、医療保険との違いであろう。
医療保険の場合、公的な医療保険の種別も複数存在し、かつケアマネジャーに相当する職能が存在しない。したがって、患者が受診したおのおのの医療保険機関が医療保険の被保険者証を確認しないと、保険請求ができない。
これに対して、介護保険は(民間運営のものは別として、公的な介護保険は)全国で一本化されており、居宅介護支援の給付管理が発生する介護保険サービスに関しては、介護支援専門員が利用者の介護保険に関する情報を確認してから作成するケアプランに基づいてサービスを提供しなければならない(居宅療養管理指導のように給付管理の対象外であるサービスは、これに該当しない)。
したがって、介護支援専門員がまず利用者の保険証や負担割合証を確認して、正しい情報をサービス事業者に提供する義務がある。裏を返せば、介護支援専門員から正確な介護保険認定情報が提供されていれば、サービス事業者が改めて利用者に提示を求めて確認する作業は、余計なのである。二重の確認を求めている実態についてうがった見方をすれば、介護支援専門員に対する不信とも受け取れる(国が「不信のモデル」をベースに政策を変転させていることも現実である)。
介護保険サービスのエンドユーザーである利用者の余計な手間を省くことは、通常であれば奨励されるべき行為だ。もちろん、たとえ煩瑣であっても、国の法令や基準に背反することは、国民として許されない。しかし法令や基準に細部が明記されていない部分を、利用者の最大利益に沿って動くことは、担当する者の裁量範囲と考えるべきであろう。
浜松市では今年8月からの介護保険負担割合証が、7月23~25日に利用者の手元に届いた。私の場合、利用者によっては居宅介護支援を含めると4~5種類の事業者のサービスを利用している。8月上旬に開始されるすべてのサービスにおいて、利用前にこれを確認しなければならないとするのは現実離れした議論だ。通所や短期入所は初回利用日に確認するとしても、訪問系サービスはどうするのか? たとえば福祉用具専門相談員が上記期間に、先に負担割合証を預ってしまえば、こんどは利用者の手元に戻るまで介護支援専門員が確認できない事態も生じる。そのほうがよほど問題ではないか。
そもそも、これは各社のPCソフトすべてに共通するプラットフォームがあれば解決する話なのである。そのプラットフォームをどこの法人の担当者が閲覧(当然、パスワードなどの厳格な管理は必要だが...)しても、利用者の介護保険情報が取得できる仕組みである。介護支援専門員が一度入力すれば、各事業者は過誤などの訂正を求める場合を除き、画面を見るだけで仕事ができることになる。それがどこの社の介護保険請求ソフトにも共用されれば、たいへん便利になる。
かつて私が所属し、活動していた「独立・中立型介護支援専門員全国協議会」では、厚生労働省に対して、CSVファイルをベースとしたプラットフォーム構築を提案したことがある。法人を超えたインターコース‐システムにより、介護支援専門員による利用者囲い込みの減少につながる効果も期待したものだ。
(この提案は、富山総合福祉研究所で一人親方の介護支援専門員をされている塚本聡氏の発案に依拠するものである。その後、私と氏との見解の相違が拡大したことにより袂を分かつことになり、現在は音信不通になっているが、氏のオリジナリティを尊重し明記しておく)
しかし、これは現在に至っても実現していない。信頼筋からの情報によれば、大手IT会社同士の利害対立を調整できなかったことが原因だと聞いている。だとすれば、エンドユーザーの利益を損ねているのは、大手IT会社の姿勢に遠因があるとも言える。もちろん、それを調整すべき厚労省がコンバージェンスに及び腰だったのは、おそらくIT産業を管轄する経済産業省との絡みなど、複雑な事情があるのだろう。
いずれにせよ、利用者の利益を図るべく厚労省へは意見を届けているのだから、それを実践した私たちに対して、「システム改善のために何の提案もしていない(たとえばパブコメ一つ送ったことがない)」介護支援専門員が、利用者の利益に逆行する批判を展開するのは、的外れだと言えよう。
エンドユーザーは誰なのか? その最大利益を図るために、私たちには公益に反しない限りでの、現場におけるフレキシブルな対応が求められる。
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