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2016年8月

2016年8月30日 (火)

スポンサーは要らない

介護業界、さらに広く保健・医療・福祉業界では、他の業界と同様に、年中絶え間なく、各地でさまざまなイベントが開催されている。そのようなイベントのプログラムや報告書にはさまざまな企業の広告が掲載されている。会場でもさまざまな企業の企画ものがブース展示されている。

イベントの運営資金のうち大きなものとして、広告収入やブース出展料収入などがあり、スポンサー企業は広告・宣伝費を運営団体に支払って、プログラムに広告を掲載し、あるいは会場にブースを設けて商品を展示・宣伝する。ごく普通の経済活動の一環であり、運営団体と企業の双方にとってウィン・ウィンの関係が生まれ、また参加者にとっても最新の商品情報を知る機会になる。業界全体にとって有益なことは言うまでもない。

ところが、これまで私が中心になって企画した全国レベルのイベント(と言っても、きわめて小規模なものばかりだが...)では、原則としてこのようなスポンサー企業を募らなかった。なぜかと言えば、それらのイベントが「独立・中立型」ケアマネジャーの団体に属するものだったからである。

スポンサー企業を募れば、応募してくるのはおもに全国展開の介護サービス企業である。団体がその企業からお金をもらって運営資金の足しにすれば、団体のメンバーである独立・中立型のケアマネジャーが地元に戻った後、その企業の地元営業所から声を掛けられて便宜を図るよう懇請されたときに、心情的に断りにくくなる。これでは公正中立を旨とする「独立・中立型」とは言い難いであろう。

むろん、そこを乗り越えて公正・中立を徹底し、企業側のいかなる事情も排して利用者に最善の選択をさせるのが、プロのケアマネジャーでしょ? と言われればその通りなのであるが、同じ事業形態を取って団体に入会していても、残念ながら純度にはかなりバラツキがあったのが現実だ。

また、もう一つの問題として、参加した人たちから、「独立・中立型」の団体としてそのスポンサー企業のサービスを推していると誤解される恐れもあった。「あそこが資金提供を受けて紹介するぐらいだから、良いサービスを提供するに決まっている」と理解されてしまうと、単なる広告やブース展示にとどまらず、結果的に団体が企業の宣伝の片棒を担いでしまうかも知れないとの懸念だ。

このような事情から、「スポンサーは要らない」ということになったのである。こんな愚直なことをやっているから、団体にお金が貯まらなかったのは当然であろう。いまは私も退会してしまい、この団体は事実上の活動休止状態になっているが、会員が離れていく一つの要因に、資金不足があったことは否めない。資金があれば事務局を担う会員にしかるべき手当を拠出して、会務がたびたび滞ることも防げたはずだ。

私個人としても、この馬鹿正直路線で15年間やってきたので、貧乏ケアマネの仲間から脱け出ることは、残念ながらできなかった(笑)。何しろ、利用者を紹介してくれた当の事業者を「蹴る(選択肢から外す)」ことさえ、ときどきやっていたのだから、また続けて利用者を紹介してほしいと願うほうが無理だ(^^;

ただし、私はいまだに、この路線を変更する意図が全くないことも、明言しておこう。

2016年8月17日 (水)

開業15年、明日へ!

私が2001年8月17日に「ジョアン」の看板を掲げて相談受付を開始(居宅介護支援事業者指定は9月15日)してから、きょうで満15年になる。

「開業→独立・中立型ケアマネジャー」15年の歩みを支えてくださった、また声援を送ってくださった全国の方々に、心からお礼を申し上げたい。

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上の画像は開業当初のころ。夏でも長袖を着ていた日があった(行先での空調対策)のは確かだが、スラックスから判断すると、少し後の秋ごろの写真だった可能性もある。

これまでの経過は「30年の思い(1) (2) (3) (4)」につづっておいたので、繰り返さないが、前人未踏と言うべき道をここまで歩んでくることができたのは、私が所属しているいろいろなネットワークの力が大きい。いま自分が所属している集団を、この機会に列挙してみよう。各団体では特段のお世話になった何人かの方がいらっしゃるが、個人名は省略させていただくことを了解されたい。

1.カトリック教会

1984年に関口教会(東京カテドラル)で洗礼を受けてから、信仰は私の精神的な基盤である。1985年に三方原教会(浜松市)、1994年に浜松教会へ信徒としての籍を移している。

2.多文化共生に携わる市民活動団体

1989年に「外国人労働者と共に生きる会・浜松」=「へるすの会」のメンバーとなり、アジア・南米をはじめとする移住労働者の問題に取り組んだ(いまは発展的に解消)。1996年には「へるすの会」の活動の一環として浜松の医師・歯科医師・中小企業経営者・外国人支援ボランティアなどの有志と協働して、おもに保険未加入の外国人市民を対象とした無料検診会の開催に参画、1997年から同志とともに市民活動団体・浜松外国人医療援助会(MAF Hamamatsu)の創設・運営に携わった。この団体は2011年に第一生命(株)主催の第63回保健文化賞を受賞している。ここで中核的な立場にあった医師をはじめ、ボランティア仲間の何人もの先生が、私に居宅介護支援の利用者を紹介してくださっている。

3.社会福祉士会

1992年に社会福祉士の資格取得。直後に県士会に入会。2006~11年、静岡県社会福祉士会第三者評価事業部のコーディネート担当として、同会の公益事業である福祉サービス第三者評価事業に参画し、2013年まで評価調査者を務め、私の貴重な副業でもあった。その後は事情があり退任し、いまは一会員となっており、またソーシャルワーカーに関する自分の見解と相違することから、認定社会福祉士資格は取得しない意向である。

4.浜松NPOネットワークセンター

1998年、行政の情報公開を求める市民たちが中心になって結成した「浜松NPOネットワークセンター(N-Pocket)」の会員となる。2000年には同法人での「宿借り」を承認していただき、居宅介護支援事業を開設、全面的にバックアップしていただいた。2003年に有限会社を設立した後に事務所と法人格を離れるが、その後も団体正会員の立場で、同法人スタッフからの介護相談等の依頼は原則として対応、受任している。

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上の画像は宿借りした開業当時の事務所内部。まだデスクマットもテーブルクロスも用意していなかった(^^;

5.介護支援専門員協会と当地の介護業界仲間

1999年、浜松市が招集した「介護支援専門員代表者会議」の委員としてケアマネジャーの意思決定に参画し、2000年に浜松市介護支援専門員連絡協議会が設立されると役員に就任。2005年、静岡県の介護支援専門員研修指導者の一人に加えられ、現任研修や実務研修の演習指導を手伝い、研修の実施主体が静岡県介護支援専門員連絡協議会(現・静岡県介護支援専門員協会)へ移った後も、そのまま指導者として留任している。2009年から静岡県介護支援専門員協会の役員として、県内外の団体や有識者等との連絡調整に当たっている。法定研修・自主研修で講師・指導者として登壇、また県内各地区の団体から講義のご依頼を受け、出向いたこともあった。また地域では地元の地域包括支援センターが在宅介護支援センター時代から断続的に利用者の紹介をしてくださっており、あえて積極的営業をやらないスタイルの私にとってはたいへん助かっている。

6.独立型ケアマネジャーの仲間

2002年、日本でも稀少な独立型の同志と連絡を取り合い、翌年には独立・中立型介護支援専門員全国協議会を設立、中心メンバーの一人として活動し、厚生労働省にも政策提言を届ける。その後、同会が活動停滞状態に陥ったため、2012年には退会した。2013にFacebookにアカウント登録して、同様な独立型のケアマネジャーたちと交流を深め、情報交換を続けている。より近く「同業者」と呼べる方々の活躍は、自分自身の振り返りと励みになっている。

7.冊子購入者の方々

2011年、会社が赤字続きで倒産の危機に陥ったとき、苦し紛れに『ケアマネジャー・介護・福祉職員のための作文教室(基礎編・応用編)』の冊子を自費で発行したことがあった。とある方がお薦めの一品としてブログで紹介してくださったのをはじめ、複数の方からネットで紹介いただいたことが奏効し、財政危機をしのぐことができた。このとき冊子を購入してくださった方々のうち、いまもネットを介してつながっている方が何十人かおられる(一部の方からは講師としてお招きいただいている)。

8.「リアル」の仲間

2013年、Facebookでつながった旧知の方々とのご縁で仲間入りした。ずっと以前からブログの読者同士としてつながっていた業界仲間たちが、「○○リアル」と称して各地に集まって懇親を深めている。茨城(←講師としてお招きいただいた)・愛知・長野・神奈川・千葉・群馬・福島、また九州の方も参加しており、メンバーの分布は結構広い。ヘビースモーカーが多いので、喉の不具合がある私としては、何人かの方と個別にお会いするのを別として、ふだんはネット上でのお付き合いが主流。

9.関西アホ仲間

2013年、Facebook上のお付き合いの中、某黒幕からラーメンを愛する同好の士のグループに入会させられてしまった。その関西支部がこれだ(親団体が秘密のグループなので、やむを得ず「関西アホ仲間」と仮称している)。京都府丹後地区(←講師としてお招きいただいた)・兵庫県・大阪府・和歌山県・奈良県のメンバーが中心。私も遠路いとわず年一回程度は参加し、代表から「お前アホや」と言われている。

10.アローチャート研究会

2014年、数年前に研究開発されたケアマネジャーの論理的思考のためのツール「アローチャート」を学ぶ機会を得た。浜松でも関心のある人たちと一緒に自主勉強会「矢万図(やまと)浜松」を発足させ、その年に開かれた第一回の学会にも参加して創設者の方や先達の方々とも交流、研究会の一員として普及に協力している。

このような多くのネットワークに支えられて、いまの私がある。

同じように独立型の事業形態を採りながら、一匹狼のごとく超然としているケアマネジャーもあるようだが、そのスタイルでは業界での意思疎通以前に、利用者にとって最善のケアマネジメントができると思われない。

これからも多くの人たちとの良い関係を大切にしながら、さらに16年、17年と先をめざし、自分の流儀で仕事を続けていきたい。

2016年8月12日 (金)

自己責任論は国家の否定だ!

先日、炎天下に出先から事務所へ戻る途中、前方にある有料駐車場(屋根なし)のあたりを困り顔でウロウロしている、幼い子どもを連れた若い女性の姿があった。私が近づいて行くと、その女性から声を掛けられ、「すみません。両替していただけるお金をお持ちではないでしょうねぇ。実は車を出そうとして精算しようと思ったら、一万円しかないことに気が付きまして」と尋ねられた。幸い、五千円札一枚と千円札五枚があったので、両替してあげたところ、女性はホッとした顔で丁重なお礼の言葉を言ってから、精算機のほうへ向かった。

ときどきある話だ。その女性も子どもを遊ばせている間に不用意な買い物をして、千円札を使い切ってしまったのかも知れない。ともあれ、しばらく炎天下にいたらしい子どもが、早く車内に入れて良かったと思う。私自身も困ったときに見知らぬ人から助けてもらうことがある。同じ社会で共存する人間同士が助け合うのは自然の理だ。

ところで、私がこれと対照的な態度を取っていたら、どうだったであろうか?

たとえば、私が両替するお金を持っているにもかかわらず、「精算できないのは、貴女が千円札を準備していないのが原因でしょう? 自業自得じゃないですか。お子さんが熱中症にでもなったら、保護者の責任を問われますよ。ご自分の家族に連絡して千円札を持ってきてもらえば?」と叱責して立ち去ったとする。

もし、私がその顛末を誇らしげにエントリーして、「間抜けな母親にこう言ってやったよ!」なんて書いたら、非難ごうごう→炎上は間違いないであろう。

しかし、よく考えてほしい。

暴飲暴食で慢性疾患になったり、怠惰で貧困に陥ったりした人たちに対して、「本人の失敗や怠りが原因で社会保障(医療・保健・福祉・介護等)を必要とする事態に至った場合は、国や自治体がサービスを給付して助ける必要はない。自分自身や家族などの中で解決すべき」と主張する論者は、前述の若い女性を「間抜けな母親」だと非難する人と同じことを言っているのだ。

すなわち「自業自得論」である。これは、ソーシャルワークの原則とは全く背反する。当然であるが私自身は(すべてが基本通りに割り切れるとは限らないが、原則的には)採らない考え方である。もちろん、クライエントにその失敗や怠りを繰り返させないための側面的な支援をすることがソーシャルワークであるから、もし自分がそのような経過をたどったクライエントを担当すれば、まず社会保障サービスの給付を確保した上で、望ましい生活へ向けての相談援助を試みる。

他方、残念なことに「自業自得論」の考え方を採る人が減らないのも現実である。これを一歩進めれば、「自己責任論」となる。不可抗力により社会保障の給付を受ける人までバッシングの対象にしてしまう考え方だ。拙著『これでいいのか?日本の介護』の中でも少し触れておいたが、「二分割思考」で悪者探しをする思考形態とも密接に関連している。ターゲットにされるような記事が、ネット上で安易にシェアや拡散されていくことも、この潮流に拍車をかけている。

この「自己責任論」、いわゆる「保守派」「右派」と呼ばれる人たちに多い。皮肉な話だ。「保守派」「右派」の人たちは強い日本国の姿を理想としている。にもかかわらず、その強い国家が国民に対して果たさなければならない責任を否定してどうするのか? 筋が通らないと考えるのは私だけではあるまい。

もちろん、社会生活を送る以上、一人ひとりの国民には一定の自己責任が伴うのは当然である。しかし貧困の連鎖に象徴されるように、個人や家族だけではどうしようもない事態が生じるのも現実なのだ。

私は防衛力強化論者であるが、だからこそ社会保障の充実は国力の充実のために必須であると考えている。「自己責任論」を唱えて悪者叩きをしたい論者は、そんなヒマがあったら「国家責任」とは何なのか、頭を冷やして再考すべきであろう。その上で、真に国力、民力を強めるための提案を、しかるべき政党や政治勢力に働きかけていくことにエネルギーを費やすほうが、よっぽど建設的であると申し上げたい。

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