介護離職についての考察(5)
11月11日はラーメンの日である(笑)...が、同時に「介護の日」でもある。
それだからと言うわけではないが、いま、政権が打ち出した一つの方針が、業界に大きな波紋を生じさせているので、それに言及してみたい。
政府の未来投資会議で、入浴や排せつ等のケアは利用者の自立支援につながっていないとして、リハビリ・機能訓練等の、要介護度を下げる目的で提供される「自立支援介護」なるものと差別化(具体的には介護報酬の面で)する方向性を打ち出している。
私たち介護・福祉の専門職から見れば、これは明らかに「自立」の概念を歪めるものだ。入浴や排せつなどの行為について全面的に介助を要し、身体機能の改善が見込めない人であっても、自分の意思(またはそれを忖度した家族・代理人等の意思)によって、最適の介護サービスを受けて望ましい生活ができるのであれば、それは立派な「自立」である(「自律」と表現して分別する論者もいる)。未来投資会議が打ち出した方向性はこの考え方を否定しかねない。
すでに業界の著名な論者たちが、当然のようにこの方針に対して抗議・反論や懸念表明をしているので、私の出る幕もないほどである。
そこで、もう一歩踏み込んで、この問題を介護離職との相関で考えてみよう。
現政権は、新・三本の矢の一つに、「介護離職ゼロ」を盛り込んでいる。すなわち、政策として在宅・施設サービスの基盤整備や、介護人材対策を進めていくものである(その主たる財源は、地域医療介護総合確保基金となる)。平たく言えば、お金をかけて在宅サービス、施設サービス、介護従事者を増加させます、それによって介護離職者を減らし、いずれはゼロにします、という政策である。
ここで、確保基金を活用して自治体が社会福祉法人に補助金を交付し、100床の介護福祉施設を一つ建てたとしよう。入所待機者のうち介護者が現役就労世代である「子」や「子の配偶者」や「孫」となっている人は45人程度であろうか。入所できるのは要介護3~5の利用者であるから、大部分は家族介護者が何らかの形で、介護をすることによって自分の仕事に制約を生じているであろう。仮にその人数を少な目に見積もって、介護者45人中30人としよう。施設ができて問題なく稼働すれば、100軒の介護者のうち30軒が再就職できるか、または就労時間を増やせる計算になる。
さて、施設はできた。ところが、「自立支援介護」を提供しない利用者に関しては報酬が下げられるため、既設施設で現状維持が精いっぱいの利用者を受け入れていた法人では、人件費が十分に出せなくなった。地域で介護職員の奪い合いが起こり(←これは悲観論に立った予測ではなく、浜松市西区や北区の現実をもとにした予測である)、法人が募集をかけても給与が低く職員が集まらないため、100床のうち40床がオープンできず、60床でのスタートとなってしまった。
したがって、再就職や就労時間を増加できる介護者は、30人×60%=18人となる。そしてこの18人がすぐに再就職や就労時間を増やせるわけではない。18人のうち大部分がよほど順調に仕事を増やすことができ、かつその中にたいへん有能な人がいて、その人の力で地元企業が大躍進して、国や自治体に納入する法人税が大幅に増えるのなら話は別だが、そうでなければ、かけた費用に対して余りある効果(成果として数字で把握できるのは税収)がもたらされたとは言えない。
ましてや、この計算でいくと「当てが外れて」親を入所させられなかった人が12人出る計算になる。この12人は、代わり得る在宅サービス等の選択肢を探さなければ、再就職や就労時間延長もできない。
総体として、100床の介護福祉施設を建てて、結果がこのザマでは、あまりにも当初の政策が「絵に描いた餅」であったと言わざるを得ない。
つまり、介護離職ゼロという政策面を考えた場合、未来投資会議が提唱する「自立支援介護」の導入は、これに全く逆行するものなのだ。「介護離職ゼロ」が一億総活躍社会に向けた経済成長戦略であるとすれば、「自立支援介護」の導入は、これを阻害するものになることが見え見えである。財務省や経団連にとっても、それは目指すところに背反する結果を招くものであろう。
「未来投資会議」に参画している、閣僚(総理を除き9人)、財界経営者(5人。うち竹中平蔵氏はなぜか学識経験者の肩書で参加)、および東京大学総長は、このことを理解しているのだろうか? この会議に保健・医療・福祉に直接携わっている人が誰一人参画していないのにもかかわらず、このような方針を打ち出すこと自体が間違っていないだろうか?
そもそも、これほど重大な政策面の矛盾点に、誰も気が付かないのか? それとも気が付いていながら、目先の財政事情に目を奪われて、このような方向性を導き出してしまっているのか?
このまま議論が経過した場合、日本社会に取り返しのつかない事態が招来することを、深く憂慮している。
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