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2017年4月

2017年4月30日 (日)

当家の介護状況・続報

先に、1月下旬から自分の母親(90)が要介護状態になったことを述べたが、その後の経過を報告していなかった。

結論から言えば、いま何とか仕事と介護との両立ができている状況である。

3月8日に至って、「要介護3」の結果が出た。これは織り込み済みであった...と言うより、一次判定の項目をシミュレーションソフトに入れてみたら「要介護4」だったが、認定調査項目のうち、○を付けるべき番号が重いほうか軽いほうかどちらとも言えないボーダーラインの部分で、来宅した調査員が重いほうに付けて特記事項に付記した項目がいくつか存在したので、おそらく下方修正されると踏んでいたのだ。

したがって、実際に利用していた介護サービスは、要介護3の限度額までは達せずに、少し内輪で収まる分量だったのである。

加えて、母がADL(=日常生活動作)の回復途上であるため、不要なサービスは削減する方向で調整を進めた。本人が独力でポータブルトイレを使用できるようになり、一人で家に居られる時間が長くなったので、私が週五日間フルに働いても、おおむね母の介護が可能な体制を整えることができるようになった。

いま、母が利用している介護サービスのメニューは、以下の通りである。

訪問看護; W医療法人。母の主治医がよく利用しており、浜松市で長く療養型病床群や老人保健施設を経営し、定評がある。地理的な制約もあり、看護師さんは比較的年輩の人が多いが、母にとっては若い看護師さんよりも合っているようだ。1月末の時点では摂食不良を受け、悪化していた複合的疾患の看護が主であったため、毎週一回依頼していたが、いまは疾患のほうが軽快し、測定・観察とリハビリ指導が主になり、ショートステイとの絡みもあるので、月2~3回、および緊急時利用となっている。

福祉用具貸与・購入; Y株式会社。静岡市に本拠があり、全国展開している大手で、365日稼働しているのが最大の利点。1月末時点では看取り騒動のさ中だったため、当座の自立支援ベッドをレンタルした上で、ポータブルトイレを購入。危機を脱した時点で、保険適用の特殊寝台と褥瘡予防マットに切り替え、移動の便宜のため車いすをレンタルした。本人の回復に伴い、褥瘡予防マットをやめてベッドの付属品マットレスに切り替えた。

ホームヘルプ; A株式会社。浜松市に本拠があり、昔は「看護婦・家政婦紹介所」であった。市とその周辺地域に展開するローカルな企業であるが、社長は国の審議会等に参加したこともあり、意欲的な取り組みで知られている。同社の本拠地が自宅から遠くないので、人員の確保を信頼してケアを依頼。母のADLが低下していたときには、私が不在の日に午前、昼過ぎ、夕刻と3回入ってもらっていた。母の状態安定に伴い、昼過ぎの時間を少し早めてもらい、午前の部を終了、いまは一日2回が原則である。昼過ぎには昼食の準備と摂食・移動の見守り、口腔ケア、夕刻には水分補給と清拭や排泄の後始末等をしてもらっている。

ショートステイ; S社会福祉法人。浜松市の老舗施設で、私が33年前の学生時代、泊まりを兼ねて丸2日間実習させてもらった施設である(いまは区画整理による建て替えで、当時の建物は残っていない)。母が利用させてもらうことになったのも、何かのご縁であろう。母も最初は利用に抵抗があったようだが、次第に慣れて満足度も高いので、5日間×月2回を原則として、所用があるときや休息したいときに依頼している。

このような組み合わせで、介護サービスの力を借りながら、母にはなるべく家で過ごさせてやろうと思っている。本人がそう希望している以上、自分自身が可能な限り、それに沿ってやるのが最善だと考えている。

そして、これらの提供体制が整ったことにより、私の居宅介護支援業務も本来の形に復しており、新規ケアマネジメントの受任も再開している。また、ご要望があれば研修や企画の講師として県内外へ出講することも可能になっているので、ご検討されたい。こんどは従前からのいくつかのテーマに加えて、「ケアマネジャーやサービス提供者が見落としがちな介護者の心理」のテーマでも講話ができるので(笑)。

※ 母の親戚や友人の方がこのエントリーをご覧になっても、私に無断で母を訪問することは絶対にしないでください。自宅には「有限会社ジョアン」の書庫等があるため、ホームセキュリティを操作させてあります。したがって、私の不在中、不用意に敷地内に入った方は、映像に撮られたり通報されたりする可能性があります。また、母自身も気疲れする性分なので、会いたい方を選別しています。なにとぞご理解ください。

2017年4月20日 (木)

自治体附属機関等の委員会に出席して(4)

公的な会議に出席しての感想。

これが最終回である。そして、最も重要な課題について述べてみる。

浜松市にも静岡県にも共通して言えることだが、「当事者」である委員が出られる機会が乏しいことが、これらの会議における最大の問題なのだ。

すべての会議がそうだというわけではない。たとえば私が過去委員を拝命した、浜松市介護保険運営協議会では、公募とは言え一般市民(うち一人は介護者である当事者)が委員に連なっていたし、静岡県福祉用具・住宅改修広域支援事業推進委員会では、静岡市の介護者団体代表者の人が列席していた。

しかし、このような会議のほうが少数であり、多くは当事者不在の会議になってしまっている。これまでも触れた浜松市医療及び介護の連携連絡会では、本委員会のほかに部会別の小委員会があり、それぞれに職能団体や業界団体から代表者が列席しているのに、どの会議を取っても、当事者側委員が含まれていなかったのだ。

これでは、「当事者主権」の理想には程遠い。政策について議論する会議であれば、受益者となる当事者側の人物が意見を述べる機会を得られて当然であろう。いまだに提供側の人物だけで委員会を構成するという、旧態依然たる体制が変わっていないのであれば、これから先が思いやられる。

ただし、当事者側の委員が的確に意見を述べられているかと問われると、公平に見て、決してそうではないのが現実である。

たとえば、静岡県認知症施策推進会議では、確かに介護者の会の代表者が出ていたが、その人物は自ら、とある種別の事業所を経営しており、意見や要望は主としてその事業に関連する内容に偏っていたため、一般の認知症利用者や介護者の意向を代弁しているとは言い難かった。

また、上述の浜松市介護保険運営協議会に出席していた公募委員も、自分の親の介護に関連した話題を展開するにとどまり、そこから外へ踏み出した普遍的な意見の開陳には至らなかったと記憶している。

私自身、現在は母の介護者でもある。もし自分が介護者側の立場で公的な会議に出席する機会があれば、当然であるが自分の母親に関連するものにとどまらず、多くの介護者に共通する課題について整理した上で、会議の席においてなるべく簡潔に発言するように心がける。私自身がケアマネジャーの立場で、これまで多くの利用者や介護者の現状を知悉しているから、それが可能である。

その場合に大切なのは、特に、多数でありながら声を揚げる機会に乏しい「サイレント‐マジョリティ」のニーズが奈辺にあるかを把握し、そこに焦点を当てて代弁することが大切であると考えている。これは他方で、少数であるにもかかわらず声高に主張を繰り広げる人たちの力に、行政施策が振り回されない効果をも、併せ持っている。

しかし、当事者である利用者・介護者の代表が、公的な会議でこのような代弁ができるためには、それなりの経験知や能力が必要になる。

当事者委員の選考方法も課題である。浜松市のように介護サービス利用者・介護者の当事者団体そのものが脆弱な地域では、団体から代表者を出してもらうよりも、公募のほうが望ましいのであるが、その公募に際して「サイレント‐マジョリティ」の意向を体することができる人物を選考しないと、結局はサービス提供側である職能団体や業界団体の委員のほうが、利用者や介護者の側に立った発言をすることにもなりかねない。そうなると当事者委員の必要性自体が問われることになる。

拙著『これでいいのか? 日本の介護』の第6章や第12章で、市民の意識向上を促したのは、先進国であれば当たり前になっている「当事者主権」を実現させるためにも、私たちが介護の未来を、自分自身のこととして捉えることが欠かせないと考えたからだ。そして、行政施策の立案や実施の過程において、受益者としての発言権を強めていくことが望まれる。

これは介護に限らず、社会生活のあらゆる分野に共通するものだと言えよう。

2017年4月 8日 (土)

自治体附属機関等の委員会に出席して(3)

公的な会議に出席しての感想。

三回目は、都市計画のありかたの話である。

これは、静岡県政にも当てはまらないわけではないが、おもに政令市たる浜松市の当局に投げ掛けたい(特定の管理職等を意識した記述ではないので、誤解なきようにお読みいただきたい)。

まず、当然の話であるが、介護分野に関する施策はそれだけで独立しているわけではない。保健・医療・福祉の関連施策とはもちろんであるが、たとえば経済・産業とか、教育とか、交通とか、内容次第では文化・芸術に関する施策とも連動して展開されるものである。

したがって、都市計画全般の中で、いま委員会で審議している政策がどのような位置にあるのか、他の関連施策とどう連動し合うのか、行政担当者は自らが知っているだけではなく、各委員にそれを知らしめる必要がある。特に専門職団体を代表する委員は、特定分野に関する深い専門性を持っていても、その外側については良く知らない人も少なくないので、なおさらである。

しかし、浜松市の介護関係の委員会は、実に縦割りである印象が強い。これまで出席した複数の会議で、市政の全体像の中における当該部門の位置付けと、他分野の施策との関連性とが、広角的に示された記憶は皆無に等しい。

行政の部門責任者が、委員会に対してそれを示す機会を逸しても、総合的な都市計画はしっかり進めているのであれば、文句を付ける筋合いはないのだが、どうもそういうわけでもないようだ。

過去の話であるが、市当局が実際、他県から都市計画の専門家を招聘して、市の外郭団体のトップに座ってもらったことがあった。ところが、せっかくこの人が実力を発揮しようにも、市内のさまざまな既成勢力のバランス‐オヴ‐パワーに妨げられてしまったため、市が抱える課題に対して根本的にメスを入れることができないまま、消化不良で浜松を去って行った(本人に近い信頼筋からの伝聞)。これでは宝の持ち腐れとしか言いようがない。

その後も、忌憚なく言えば、都市計画のほころびが随所に見られる。

一例を掲げよう。

東区の中田町・市野町・天王町・原島町の辺りは、郊外型の大型ショッピングセンターが林立する、巨大消費地域である。この地区では時間帯によって、信号のある交差点から100メートルそこそこしかない次の交差点に達するまでに、長ければ10分も要することがある。

天竜区の春野町や龍山町の幹線道路を10分も走れば、100メートルどころか、7~8キロメートルは移動できる計算だ。

すなわち、中田など四町の周辺にある福祉サービスや医療機関をオブジェクトにする場合、通所・通院にしても訪問系サービスにしても、同じ距離を車で走行するのに、春野や龍山の数十倍の時間を要することを想定しないと、的確な見積もりができない。

また、当然であるが、これは福祉・介護サービスの人手不足にも深刻な影響をもたらす。この地区を通り抜けるのに費やす時間を計算に入れると、職員の通勤圏の地図が大きく変質するのだ。たとえ自分が就職・転職したい事業所が距離的に近くても、通勤に際して無駄な時間が著しくかかるのであれば、躊躇してしまうかも知れない。

この地区の交通量が介護関連サービスに及ぼしているマイナスの影響をどう緩和し、解決に導くのか。これは当然のことながら保健・医療・福祉分野だけの課題ではない。市当局は交通政策や商業政策を含めた、都市計画総体の中で適時に検討を重ね、より効果的な対策を速やかに打ち出していかなければならないはずだ。

そのような効果的な対策が、少なくとも私が出席する介護関係の会議では過去示されたことがなく、また、示されたとの話を聞いたことがない。この東区の交通問題はあくまでも一例に過ぎないのだが、他の分野の課題についても同様、介護関係の会議でめったに提示されない状況であることを、出席した当該委員から聴き取っている。

市当局のしかるべき地位にある人たちが、このような課題への対処をなおざりにして、自分の守備範囲の施策だけの遂行に終始しているのであれば、統合された市政の実現には程遠い。もちろん、各部門を一つの市政として統合する最終的な責任は市長に帰せられるであろうが、市長一人ですべての仕事ができるわけではない。各部門の責任者が市長を補佐し、議会で民主的に出された意見を反映させながら、横断的な施策の実現を目指して連携しなければならないのだが、これまでの経過から見る限り、浜松市の行政幹部職員には、その責任に対する認識が薄い人が多いようだ。

やるべきことをやらなくても、テキトーな時期が来れば栄転したり他の部署へ異動したりする。そして、確かに自分の担当部署の中ではそれなりの実績を残したとしても、統合された市政に関しては「何もしなかった」という無能無策の実績だけ残すのならば、市民不在の行政の推進者であったことを、自ら証明するようなものであろう。意識の高い公務員であれば、ご当人たちにとっても遺憾千万な話だと思うのだが、どうだろうか?

浜松市の将来のために、私はこの現状を憂えるのである。

2017年4月 5日 (水)

自治体附属機関等の委員会に出席して(2)

公的な会議に出席しての感想。

二回目は、地域の距離感覚の話である。

合併後の浜松市は、日本全国の基礎自治体で二番目(一位は岐阜県高山市)に、政令市に限れば一番広い。その面積は、日本の都道府県で最も狭い香川県(1,876㎢)に近い広さ(1,558㎢)であり、香川県を少しスリムにして向きを変えると浜松市の形になるようなイメージである(下の画像は浜松市公式HP所掲)。

Mapall2

さて、市の本庁では、その距離感をどの程度理解しているのだろうか? いくつかの会議に出てみた限りでは、はなはだ心もとない。

たとえば、在宅医療連携支援センターが中区に開設される、あるいは、医療と介護の連携に関する企画が市の福祉交流センターで開催される。その場所へ天竜区の水窪や佐久間から出向くとなると、道路の混み具合にもよるが、二時間は見ておいたほうが良い。先に掲げた香川県の例で言えば、西端の観音寺市から県都の高松市中心部へ行くぐらいの感覚だろうか。

一つの市の中でも、移動するのにこれだけの距離があり、時間がかかる。会議・研修・イベントなど、すべて「中心部」で開催されるものに対して、「周縁部(語弊はあるが、一応この言葉を使う)」の関係者はどのような眼で眺めているのだろうか。そのあたりを的確に把握した上で、関係者は周縁部の住民からも身近に感じられる施策の展開に勤しまないと、効果的な企画が推進できない。

静岡県の会議にしても同じことだ。旧国名では「遠江」「駿河」「伊豆」の三か国が当県に相当する。しかし、県都の静岡市の中心市街地で午前10時に会議や研修がある場合、浜松の水窪や佐久間からは、車で行くとしても朝7時には出発しないと確実に到着できないであろう。交通費の支給は公共の交通機関が原則だと言われて、真面目に電車を使えば、朝6時ころの飯田線でいったん愛知県の豊橋まで出て、そこから新幹線で向かわないと間に合わない。伊豆半島の南端から静岡市へ行く場合も、似たり寄ったりではないかと推察する。

だからこそ、より身近な単位として県内8つの「圏域」なるものがあり、その圏域の中で何をしていくべきなのか、時間をかけて議論を熟成させることが必要になる。ところがこの「圏域」単位の会議には多くの団体の代表者が顔を合わせるので、限られた時間の中では、往々にしてそれぞれ形式的に意見を開陳するだけの場になってしまい、実質的な施策に関する討議がほとんどなされないまま、最終的には県当局任せになってしまう場合が多い。

そして、現実にどの部分にいくらお金が使われるかは、会議の中で出た要望などとはあまり関係なく、県当局と関連する団体や勢力の駆け引きで決められていくことが多いのだ。せいぜい会議で出た話の中から、施策の具体的な中身に多少反映されるポイントがある程度である。地方の現場でがんばっている人たちから見れば、「結局、よくわからないうちに県の中央で決められてしまうんでしょ?」ということになる。周縁部の市民団体や専門職団体の代表格の人たちだけは、そこに多少参画しているが、その他大勢にとっては遠い向こうの話であるかのような状況になっている。

それと同様な感覚で、県都で何か県民啓発のためのイベントが開催されても、周縁部に住むほとんどの人たちにとって、わざわざ出かけようとする気には全くならないことが多いのだ。

これではいけない。浜松市にしても静岡県にしても、境域の隅々まで浜松市であり、静岡県である。行政に携わる人たちが周縁部の距離感を常に意識して仕事をし、業界団体や職能団体も、すべての境域を代表している意識を持って意見を発出しないと、市勢、県勢全体に悪影響が広がってしまう恐れがある。

浜松市介護支援専門員連絡協議会では、今回の役員改選において、天竜区の北部、長野県と境界を接する地帯を管轄している地域包括支援センターの管理者を、副会長の一人に選出した。大合併以降、諸事情で実現しなかった最北端からの三役選出である。これを機会に、周縁部で働くケアマネジャーや介護業界職員の実態をより重点的に把握することができ、困難にさらされている地域の課題解決の一助にしていくことができれば、それに越したことはない。

いかに交通が発達し、ICTによる情報網が発達しても、縮められない物理的な距離感覚について、私たちは決して軽視してはならないであろう。

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