予見されていた労働市場の流動化
最近、介護業界で働く人たちの入れ替わりが著しい。と言っても、これは介護業界に限ったことではない。
しかし、すでに四半世紀も前の1992年に、この現状を予見していた方がある。
門奈邦雄さん。私より13歳年上であり、旧国鉄労組の相談員として長く活躍されていた。また、かつて「へるすの会(=外国人労働者と共に生きる会・浜松)」の中心メンバーであり、私もこの団体を通して門奈さんに一方ならぬご指導をいただいた。その後、地域労組である「遠州労働者連帯ユニオン」の事務局長をされていたが、いまは役員を退かれ、労働相談の第一線からは引退されている。他方で門奈さんは、袴田事件の(推定)冤罪被害者・袴田巌さんの支援など、広く人権を守る立場での活動に携わっておられる。昨秋の私の開業15周年記念のつどいにも、駆け付けてくださった。
元をたどれば、1990年の出入国管理法改正により、多くの日系人労働者がバブル期の日本へ出稼ぎに到来したあと、アジアから入国した超過(不法)滞在の人たちを中心に、外国人労働者が企業のいわば「雇用の調節弁」として扱われるようになった。人材派遣業者(当時は単純労働の派遣はすべて違法)の介在により、不当解雇、給料未払い、労災への未対応、健康管理の放置など、外国人の人権をないがしろにする事案が各地で発生し、社会問題となった。
そのような時期、派遣業者の暗躍が話題になった際に、門奈さんが私たちに語ってくださった一言を、いまも鮮明に記憶している。
「いま外国人労働者の身に起こっていることが、将来は日本人労働者の身に起こるようになるよ」
まさに先見の明! いまの日本社会は、この言葉通りになっているではないか! 派遣の自由化、派遣会社の乱立により、労働市場が流動化どころか、混乱をきわめている。本来、派遣労働者に保障されていくべき、雇用の安定、均等待遇、キャリアアップなどが置き去りにされ、格差の拡大や貧困の再生産が、じわじわと私たちの社会の健全さを蝕んでいる。
門奈さんが25年前に、すでにこの日本社会の近未来を見通していたことには、改めて深く敬意を表させていただきたい。
ここからは私の感想である。
現政権の防衛・外交政策については、(一部に疑義があるものの)私は大枠で支持している。しかし、社会保障や労働政策については、全く逆である。一言で表現すれば、これほど「『人』に優しくない政策」をなぜ続けるのか? という憤りが収まらない。
介護に関してもしかり。介護職員の処遇改善は雀の涙であるのに対して、ハコモノである介護施設の建設には、大きな投資をしようとしている。これが経済の活性化を導く介護離職防止には結びつかない政策であることは、すでに述べた通りだ。
むろん、政策サイドと密着して自分(自社)の利益を追求する、恥知らずのレントシーカー(利権あさり)に相当する財界人の横行は、目に余る状態である。しかし、それがすべての原因であるわけでもない。
最大の原因は、将来を見越したグランド‐デザインの欠如であろう。拙著『これでいいのか? 日本の介護』では自治体のグラント‐デザインについて述べたが、国全体としても、これから国家・国民がどのような方向へ進むべきなのか、その大きな未来図を描いて、そこへ向かって一歩一歩着実に歩みを進めていくことが求められる。
そのためには、政治学、経済学、さらに社会学といった政策科学に裏打ちされた、計画性、実効性のある施策が打ち出されなければならない。門奈さんのように四半世紀先のありさまを見通せる人物は、政策推進者の近くにも決して乏しくないはずだ。介護についても、私が存じ上げている学識経験者や実践者のうち何人かの方は、そのような慧眼を持っておられる。しかし、残念ながら、これらの方々のご意見を、中央省庁が本気で取り上げて、政策に反映させようとする姿勢は、一国民の立場で見る限りでは感じられない。
それどころか、これらの方々とは似て非なる経済学者などが、レントシーカーになり下がって政策に容喙しているのが現実なのだから、目を覆う惨状だ。
このままの状況が続けば、国民の活力の低下に歯止めがかからなくなることに、私は心から憂慮するものである。
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