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2017年7月11日 (火)

「介護支援専門員」は生き残れるのか?

先に誤解なきよう注釈しておくが、本エントリーの趣旨は広義の「ケアマネジャー」が生き残れるのか? の話ではない。

あくまでも、制度上の介護支援専門員に限った話である。

いま、介護保険制度のみならず、社会保障の枠組みが大きく変えられようとしている。1998年に初めて「介護支援専門員」の資格が誕生したとき、その将来像は「明」であった。それから19年を経過した現在、介護支援専門員の将来像ははっきり言って「暗」である。

それでは、なぜ「暗転」したのだろうか?

無能な介護支援専門員や、社畜みたいな(自法人の囲い込みを事とする)介護支援専門員が相当数いるからなのだ、と酷評する人もいるが、それが根本原因だとは思えない。もちろん、技量や資質の至らない介護支援専門員が、政策側や医療系団体等の攻撃の標的になっている現実はあるが、なぜそうなったのかの説明にはならない。

最大の原因を挙げるとしたら、日本における「介護支援専門員」の資格は、もともと職能を持っていた「ケアマネジャー」が自ら運動を起こして(国家資格ではないが)公式の資格の地位を勝ち取ったのではなく、介護保険制度を導入する際の必要上、国が公定の資格として導入し、関連職種に奨励して取得させたこと、その必要数を満たすために介護支援専門員の粗製乱造が行われたことであろう。結果として、技量や資質のバラツキが大きくなってしまった。また、制度設計上、他サービスとの併設が当たり前になってしまい、居宅介護支援単独では普通に生活できる介護報酬が得られないことから、囲い込みの横行を招くことになった。

つまり、「制度上の資格」として定められ、規格が決められてしまったがために、それに由来する綻びが大きくなり、資格の評価を下げることになった経過である。一部の介護支援専門員の努力にもかかわらず、資格の地盤沈下に歯止めがかからない現象が起こっている。

そして、この経過を踏まえて考えると、制度が変えられれば資格の存在意義も規格も変わってくることになる。私も「介護支援専門員の資格はなくならない」とは思うが、それは「介護支援専門員はこれまで通り仕事ができる」ことと同一ではない。

それでは、今後どのような事態が予測されるのであろうか?

一言で表現すれば、行政主導のシステムにより、介護支援専門員の仕事は「がんじがらめ」にされるだろう。

これに加えて、介護支援専門員の仕事ができるのは、一定の条件を満たした人や事業所に限定されるかも知れない。

その兆しは、昨年度からカリキュラムが大幅に変更された法定研修の内容や、今年3月に公開された「適切なケアマネジメント手法の策定に向けた調査研究報告書」の中に、すでに現れている。すなわち、介護支援専門員には「エビデンス(根拠)」重視のケアマネジメントを教科書のような丁寧さで身に着けさせる方針である。これは「ナラティブ(語り)」重視の「本来の(あるべき姿の)ケアマネジメント」と相容れない面が大きい。後者は国際的な潮流でもあるのだから、日本のケアマネジメントはそこから取り残されかねない危惧も感じる。

この方針によって導かれるのは、きわめて「官僚的な」ケアマネジメントになろう。それはしばしば利用者の真のニーズに寄り添わない、退屈な(「あ~あ、どうせオレ/アタシの気持ちなんかわかってくれないよねぇ...」と利用者に思わせてしまう)ケアマネジメント。もっと踏み込んだ表現をすれば、評価を偏重することで利用者の尊厳を軽視するケアマネジメントだと言うことができるかも知れない。

Ikinokori

このような価値観の押し付けに対して、強く抗してこそ、(より広い意味での)ケアマネジャーの専門性の意義があるのだ。

もちろん、国レベルの政策に対しては、国レベルで物申していかなければならない。これまで防戦一方で存在感の薄かった日本介護支援専門員協会も、自分たちの職能を守るためには、この2018年介護報酬改定から2021年改定までの間が、まさに正念場であろう。大事なのは、もっと現場で蓄積した「ナラティブ」の技術を言語化して、それを武器に「攻め」に転じるべきなのだ。ケアマネジャーの職能は上へ上へと積み上げる職能ではなく、広く社会を俯瞰して横断的に結び付けていく職能であることを、政策側や医療系団体等に示していくことが求められる。日本協会が本腰を上げてこれに取り組むのであれば、(これまで消極的だったが)私たちもこれに協力する用意はできている。

そして、現場の私たちの動き方だ。今後、制度上の介護支援専門員が生き残るためには、「押し」が必要になる。行政の出方に右顧左眄せず、あくまでも利用者にとって最善の支援を優先し、それができる介護支援専門員や事業所であるとの存在意義を、行政や地域に大きく示していくことが大切である。

また、AIに任せられる部分は任せてしまえば良い。私は個人的に、ケアマネジメントの全面ICT化には賛成だ。本来の仕事をしている介護支援専門員にとってみれば、「人」にしかできない仕事の部分が残るはずなのだから、その部分の仕事を今後も堂々とこなしていけば良い。逆に全面ICT化を本気で心配している介護支援専門員がいたら、その人はAIにできる仕事しかしてこなかったのではないだろうか。

最後に、私たちが忘れてはならないのは、職業倫理や行動規範を守ることである。ここが職能の要であることを認識しつつ、常に人を活かす仕事をしていくことが、介護支援専門員に課せられた使命であろう。

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