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2018年1月 7日 (日)

ワーグナー楽劇の面白さ(10)

今回は、昨年12月、Facebookに友達限定でエントリーした記事の再掲である。

現代でも、ドラマや映画の中で、実在の人物が史実とかけ離れた姿に描かれることは、日常茶飯事だが、19世紀を代表する二大オペラ作家の作品にも、それは多くあった。

私が愛好しているR.ワーグナー(1813-83)とG.ヴェルディ(1813-1901)の楽劇・歌劇に登場する主人公や重要登場人物のうち、歴史上実在した人について、現実の人物像を紹介してみたい。史実がどのように改変されたのか? その背景は? 現代にも生きる教訓は? ...などなど、私の主観と偏見であるが...

まずはワーグナーから。

(1)コーラ‐ディ‐リエンツォ(= Cola di Rienzo/1313頃-54)

ワーグナーの歌劇『リエンツィ』(1842初演)のタイトルロール(題名の主人公)。
ローマの公証人だったが、古代ローマ帝国の栄光を夢見てアヴィニョンへ赴き、教皇の支持を得てローマで議会を招集し、伝統の官職「護民官」を復活させて自ら就任。税制を改めて貴族たちを抑え込んだが、次第に誇大妄想が強くなり、敵対者から追放されてアヴィニョンに軟禁される。その後、ローマに戻って復権するが、強権政治に走ったため、一年もしないうちに民衆の反乱により逮捕、惨殺された。

ワーグナーの劇中でのリエンツィは、常に民衆を前にして大見得を切りながら登場、最後は敵の謀略により民衆から離反され、妹と手を携えて火中に死を遂げる。復権後の実在のリエンツォは生活態度も乱れた哀れな独裁者だったのだが、劇中では終始悲劇の英雄として描かれている。
ワーグナーはフランス‐グランド‐オペラの様式に初挑戦して、狙い通りの大成功を収めた。しかし後世、ヒトラーがこの歌劇に感動して政治家を目指したエピソードが伝わるなど、リエンツォの美化がドイツの政治に予想外の副作用を及ぼしたようだ。
敵対者のステファーノ‐コロンナも、民衆扇動者(劇中ではリエンツィの部下として登場)のバロンチェッリも、実在の人物である。都市国家の中で派閥抗争が常態化していた当時のイタリアの政情を、よく表現している歌劇である。

(2)ヴォルフラム‐フォン‐エシェンバッハ(= Wolfram von Eschenbach/1170前後-1220頃)

ワーグナーの歌劇『タンホイザー』(1845初演)の重要登場人物。
アンスバッハ近郊の村の従士層出身だが、さまざまな部門の学識をラテン語で身に着ける機会に恵まれたようだ。ドイツ各地の宮廷を遍歴して、おもに叙事詩を歌う吟遊詩人として活躍した。中でも『パルツィファル』はこの時代のドイツ文学を代表する長大な叙事詩として知られ、ワーグナー最後の作品『パルジファル』の素材にもなっている。

同時代のヴァルター‐フォン‐デァ‐フォーゲルヴァイデ(= Walther von der Vogelweide/1170頃-1230頃)も同じく高名な吟遊詩人で、叙情詩作家の代表格。この二人をはじめ、著名な詩人たちをテューリンゲンに招き、ヴァルトブルクの歌合戦(1206)を開催したヘルマン地方伯(= Landgraf Hermann von Thüringen/1155頃-1217)も実在の君主である。
ワーグナーはこの歌合戦と「タンホイザー伝説」とを合体させ、ヘルマンの息子の妻であった聖女エリーザベト(= Elisabeth von Ungarn/1207-31)の年齢や事績をかなり改変し、「理解されない芸術家」タンホイザーを救済する女性として、歌劇のストーリーに組み込んだ。
他方、ヴォルフラムは劇中では脇役の立場になり、ヴァルターに至っては史実から大幅に矮小化され、紋切り型の詩人になってしまっている。もっともワーグナーは、後の作品『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の中にヴァルターの名を登場させ、その権威を少しく持ち上げてはいるが…

(3)ハインリヒ‐フォン‐リーウドルフィンガー(= Heinrich von Liudolfinger/876-936)

ワーグナーの歌劇『ローエングリン』(1850初演)の重要登場人物。
中世初期のドイツに分立する部族国家の一つ、ザクセンの大公(君主)であり、前国王コンラートの没後、貴族たちからドイツ国王に選出。狩猟が大好きで「デァ‐フォグラー(鳥を捕まえる王)」とあだ名されている。ドイツ国内の他部族を勢力下に置くことに腐心し、また、北方のデンマークや東方のマジャール(=ハンガリー)と戦ってドイツの領土を保全、西フランク(=フランス)との境界を定めるなど、国家の基盤整備に貢献した。

他方、敵役の魔女オルトルートは架空の人物だが、ラドボード家の息女という設定になっている。ラドボード家は古代末期の低地地方(現代のベネルクス)を代表する異教勢力で、フランク王国の拡張によるキリスト教化に対し頑強に抵抗した一族として知られている。
ワーグナーがローエングリン伝説と直接関係ないハインリヒ王の時代に歌劇の時代を設定したのは、ローエングリンとエルザの愛の破綻をメイン・テーマに据えながら、ハインリヒ王の統一事業に対するラドボード家による妨害を隠れたテーマとして扱い、19世紀のドイツ統一を阻む地方勢力を表現しようとしたものであろう。作曲当時の政治情勢を反映したものとして、興味深い。

次回へ続く)

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