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2018年4月

2018年4月22日 (日)

一品料理の悩み

先週で、母が帰天した後の事務的な諸手続きが一通り完了した。まずは一息。

いま、それと並行して納骨式の準備を進めている。カトリックでは仏教の「四十九日」のような法要の期日はないので、遺族の側が気持ちの整理をする時期を選び、教会と相談の上で日程を決めれば良い。自宅セキュリティの関係上公開はしないが、うちの場合は5月のしかるべき日に実施することになった。

さて、一人暮らしになってから最大の課題は、「何を食べるか?」である。

これまでも母が短期入所を利用して家に居ない日があったが、おおむね一か月のうち8~9日程度であり、それ以外の三分の二は「二人暮らし」だった。何かを多めに作ったり買ったりしても、二人でシェアできることが多かった。

いまは全くの一人暮らしであるため、スケールメリットが全くない状態になった。したがって、食材をどう組み合わせながら調理するか、かなり神経を遣う。社会的、道義的な責任から、食材を無駄にするなどの食物ロスをなるべく減らしたい思いも強い。

春から秋にかけて、朝食はパンと卵スープが定番。昼食はおおむね外食(たまに自宅でごはん、またはインスタントラーメン)。そして課題は夕食である。

冷凍食品や冷蔵食品などの既製品で間に合わせることも少なくないが、その場合にも、一人で食べ切れる組み合わせにするのはなかなか難しい。主食の量が日によってあまり差が生じるのも、個人的には好きではない。

料理は自分自身の趣味の一つでもあるため、週に3~4日は何がしかの一品料理を作っている。そのときには二人分のレシピで量を少なめに作って、何とか一回で食べ切ることが多い。

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上の画像は、和風サーディンとじゃがいもの蒸し焼き。三年ほど前からときどき作って母にも食べてもらった。いわし(サーディン)があまり好きではない母も、この料理なら食べられると言ってくれて好評だったのだ。オイルサーディンの場合もあり、そのときには味付けにみりんを加える。オリーブ油ににんにくを入れて熱し、玉ねぎと粉チーズを入れて焼いている。

下の画像は、牛肉と卵の中華風炒め。実は、むかし母がこれをときどき作って、若いころの私によく食べさせてくれた。ソースを試行錯誤してようやく母を超える味に到達したが、間に合わずに当人に味わってもらえなかったのが残念。オイスターソースと酒を大さじ1、しょうゆと砂糖を小さじ1の割合で、かたくり粉を混ぜてトロミのあんを作っておき、炒めながらかけて仕上げる形だ。

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このような具合に、ひとまず自己流で好きなものを食べることが多いのだが、長期的に考えると、栄養バランスにも留意しなければならないことは言うまでもない。「後悔先に立たず」の事態に至らないために、減塩、糖質抑制も必要であろう。従妹が企画・編集に携わったレシピ本や、知人の管理栄養士さんからの助言なども参考にしながら、より良い食生活のアレンジを模索している。

食べる楽しみと適正な栄養管理とは両立して当然。一人暮らしだと後者がおろそかになりがちだが、自分が健康で仕事を続け、趣味活動を長く楽しむためにも、今後は「上手に食べる」ことへ向けて、悩みながら頭を働かせていきたい。

2018年4月 5日 (木)

介護離職についての考察(7)

母が死去して一か月。各所への支払いがいったん終了し、相談した司法書士の指導を受けて、(たいした額ではないが)相続手続きのための書類を集めているところである。

他方、本業のほうはどうなっているかと言えば、昨年の春から夏にかけて、(推定)6人前後の利用者さんを確保し損なったため、冬に入ってからの逝去や施設入所やらで、利用者さんの数が大幅に落ち込んでしまった。

介護者としての拘束から解き放たれたので、失地回復に努めなければならないと思っている。私がもう少し若ければ、全く新しい仕事をベンチャー的に起こす可能性が開かれているかも知れないが、いまとなっては体力的な制約もあり、難しい。次世代の人たちには「こんな道もある」と背中を押してあげながらも、自分自身はおもに従来の業務の延長線上で仕事を続けることになろうかと思う。

さて、私は幸い自営業であったから、「介護離職しなくて済んだ」のである。

それでは、平均的な収入でつつましく生活していたところで「介護離職を余儀なくされた」中高年の独り者(性別にかかわらず)が、私同様、要介護3程度になった親を一年以上介護した場合はどうなるのだろうか。

まず、退職に際して雇用保険の失業給付は受けられる場合が多いが、当然のことながら職に就いていたときと同程度の収入は無くなる。加えて、介護サービスを導入しないと一人で介護を続けるのは厳しいので、サービスの種別にもよるが、これまでかかっていた衣食住の生活費に加えて、サービス事業者に支払うお金が必要になる。親が年金をもらっていても、そこから相当額の支払いが生じ、生計に影響するところが大きい。

そして、親の介護が終了した後は、よほど売り手市場になるような知見や技術を持っていない限り、すぐに再就職するのは難しい。年齢やキャリアの中断が障害になってしまうのである。介護が長引けば長引くほど、再就職は厳しさを増す。

これまでもいくつかのエントリーで述べてきたが、日本ではまだまだ、介護離職しないための仕組みが不十分である。それは企業側にも言えることであるし、介護サービス側にも言えることである。後者に関しては特にハコモノ作りが優先し、人の確保が追い付かないため、離職せずに「休業」や「業務縮小」に止めたい人たちのニーズに全て応えることができない。したがって、どうしても一定程度の介護離職者が発生せざるを得ない。

よほど余裕のある家庭ならともかく、多くはひとたび介護離職してしまうと親の年金に頼らざるを得ず、その親が死亡するとたちまち生計が苦しくなってしまうのだ。配偶者などの家族がいる場合と異なり、独りでは食費や光熱費のスケールメリットが無いことも、大きく影響する。

こう考えると、ときにメディアの紙面に登場する「年金詐取」も、それ自体は確かに犯罪に違いないが、理解できないわけではない。親の年金受給権者死亡届提出を意図的に怠り、不正に年金を受け続けてしまう独身の中高年がときどき問題になるのは、現実の生活苦が目の前に横たわっているからにほかならない。これまでともに生活していた親が「いない」という現実を受け止められない人さえいるのだ。私自身が体感して、その人たちの気持ちを痛いほどよく理解できた。

介護支援専門員や介護サービス職員などの従事者にとっても、決して無縁な話ではないのだから、重く受け止めてほしい。

すでに各方面でソーシャル‐アクションを始めている人たちはいるが、当事者の切実な声が政策に反映されるように、全国レベルでも地方レベルでも、業界仲間が力を合わせて地道に訴え続けていくことが求められるであろう。

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