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2019年3月 5日 (火)

一年の節目に

母が天に召されてから、早や一年になる。

息を引き取る直前の5分間。あのとき握った母の手の温もりは、いまだに忘れられない。

人生の締め括りかたは百人百様だ。母の場合、死をもたらしたのは急性疾患(心筋梗塞)であった。しかし、母はずっと前から周到に心の準備をしていたと思う。まだ家事ができていた時期にも、延命治療をしない方針や、万一の場合には従妹(母の姪)に応援を頼む段取りなど、私との間で少しずつ、終末に向けての決めごとを増やしていった。

2017年の1月末に、高たんぱくの飲み物しか摂取できず、寝たきり状態になったとき、「誰にでも心を開いて付き合いなさい」との言葉、遺訓を私に伝え、葬儀に誰を呼ぶか、呼ばないかについても私と相談した。そこから持ち直して食事が摂れるようになり、安定期を迎え、一年余も平穏に生き永らえた。実際に死が迫ったとき、母はいっとき動揺したかも知れないが、最終的には思い残すことなく、神のみ手にすべてを委ねることができたと信じている。

そんなことを思い巡らしながら、節目の墓参をした。前日までの雨続きがウソのような好天。

20190305kiten1shunen

平日なので、墓参に来る人もまばらだ。枯れた古い花を捨て、墓石を洗い、草取りをした後、新しい花を飾って、「主の祈り」「アヴェ・マリア」「栄唱」を唱える。静かな雰囲気の中で、母に、そして父にも、自分が力強く生きていくことができるように、神への執り成しを頼んだ。

「こんどは大勢で来るからね」と言って墓園を辞去する。来月には「帰天一年のつどい」と称して、名古屋の叔母夫妻をはじめ、身内の連中を招いて、墓参と会食をすることになっている。

昼食の時間、たまには少しの贅沢をと、「ステーキのあさくま」三方原店で、チキンステーキ+オニオンマスタード。ここは料金が高めだが、ごはんやパスタも含めたビュフェ式のサラダバーが無料で楽しめるのだ。

帰宅してから、そろそろ提出しなければならない確定申告の用紙を清書してまとめる。

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夕食のときには、母が愛好していた「丸一魚店」の品を祭壇の前に供えた。特にマグロのフレークは大好物だったので、店から行商に来た日には、母自身が毎週必ず購入していた。母の死後も、最低月一回は私が食べたい品を注文している。ヒラメの刺身やカキフライ(冬期)、カツオのたたき(夏期)などが定番だ。

さて、明日は「灰の水曜日」。カトリック教会では四旬節の入口なので、ここから節制の期間に入る。復活祭へ向けた心の準備が求められる。

母の遺訓を心に留め、日ごろの自分の振る舞いを省みながら、日々の仕事に勤しみたい。

 

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コメント

素敵な感覚ですね。
僕も高齢な母が居ます。
気丈で、弱さなどあまり見せない。他人のこと社会の事ばかりに心を砕く母。
真言宗のお寺さんの下に生まれたのに仏教だけでなく宗教はまったく信じない。どこまでもリアリズムと、だからこそ傾倒したのかもしれませんね、コミュニタリズム。
でも、晩年多くを話すようになって、それが誤っていたことが判りました。
母は、祖父からの教えに依って、リベラルで寛容な自律的な考えを根拠にしていたのだと。
ブログを見て思い出すことがたくさんありました。

ありがとうございます。

あいちょんさん、コメントありがとうございます。

死生観は百人百様です。お母さんがご自身の信念を踏まえて、人生の筋道をつけておられるのだとしたら、素晴らしいことだと思います。
どうぞ、そんなお母さんを尊敬してあげてください。

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