冷静に読み解くべき報告書
最近、以下の二つの報告書が話題になっている。
(1)金融庁が公表した金融審議会「市場ワーキング・グループ報告書 高齢社会における資産形成・管理」
(2)財務省が公表した財政制度等審議会「令和時代の財政の在り方に関する建議」
この両者に関して報道された内容が、人々を騒がせているのだ。
特に(1)は、「夫65歳、妻60歳の夫婦世帯では、30年間に公的年金以外の資産が2000万円必要」との試算だけがクローズアップされ、それを野党が意図的に政治問題化させ、与党は不器用な火消しに追われるといった、ドタバタ政治劇の混乱を招いている。
また、(2)の中にあった年金関係の数字が抹消されたことも、一部の市民から問題視されている。加えて、私たちの介護業界では、(2)のうちケアマネジャーなどの介護業界に関する内容が、安かろう悪かろうを推進し、良質な事業者をツブしかねない愚策だと非難されている。
そこで、〔自分の専門外の分野については十分に理解できていないことは承知の上で〕両者の全体に目を通してみた。
まず(1)であるが、読んでみたところ、報道されている話とは全く異質の印象を受けた。
これは、「余裕のある中高年世代に対する資産運用の勧奨」と、それに対する「金融機関向けの手引書」なのだ。だから、まだ導入部に過ぎない「人口動態等」の箇所で、勇み足よろしく米国の「プルーデント‐インベスタールール」を紹介している(P.8)。「この段階で早々とこんなコラム出すなよ!」と失笑してしまった。
つまり、「年金」の話題は、「資産運用」と「金融機関用手引」を引き出すための糸口に過ぎないのであり、そもそも主題ではない。もちろん、年金に関する試算にはそれだけの根拠があるのだろうが、そもそも一定以上の富裕層が志向する生活水準を前提にしたものであるから、私たち庶民には縁の薄い話(笑)なのだ。
したがって、この数字をネタにして一部野党が攻撃したのは事実「煽り」と言って差し支えないし、与党が報告書を「受け取らなかった」のも拙策だ。いや、受け取らないなら受け取らないでよかった。「ワーキンググループの段階の報告書なので、受理しなかった」と躱せば良かったのだ。受け取らないのにその内容についてあれこれ応酬しているから、かえって話がややこしくなってしまった。
続いて、(2)である。こちらは国政に占める比重は(1)よりもズンと重い。審議会による「建議」の形を採っているが、これが財務省の「意思」だと考えて良い。
まず、財政再建に向けて、オランダの財務大臣室に掲げてあったギリシア神話の絵まで紹介して、危機を警告している(P.9、資料Ⅰ-6-1)。オランダの場合、欧州債務危機の波及を受けての経済回復が緩やかであること、EUとの協調と移民対策との兼ね合いが長期にわたる重要課題であること、中小政党の政策の摺り合わせで連立政権が成立していること、などなど、日本とは国情の違いが大きいので、わざわざ引き合いに出すのはどうかと思うが、ま、それはひとまず措いておこう。
次に、社会保障に関する部分。私が着目したのは、薬局業務のうち、薬剤師の業務を対物業務から対人業務へシフトさせていくとした点である(P.19)。おそらくこの先には、AIの活用による薬剤師業務の省力化、ICT化も見越した見解であろう。ケアマネジメントにおいてもAIの活用が期待されているが、専門性を有する人間でなければできない部分をどう評価していくのか? それを調剤業務の報酬にどう反映させていくのか? 隣接する私たちの業界から見ても興味深い。
そして、上に述べた、介護業界の心ある論者たちから、愚策だとボロクソに叩かれている点。介護サービス価格の透明性向上・競争推進のために(P.23)、ケアマネジャーが複数の事業所のサービス内容と利用者負担額、つまり支払うお金を比較して紹介することで、より良いサービスがより安価に提供される仕組みのために働くべきとされている(資料Ⅱ-1-44)。これはまさしく現場を理解しない暴論であり、いまの時点で他業種に比較しても、職員に満足な給与さえ払えない介護報酬≒公定価格なのである。ここからさらに割り引きすることを期待するのは無理難題でしかない。ましてやケアマネジャーは必要な利用者に対して必要なサービス(たとえ利用者負担が多くなっても)を調整するのが役割であり、価格引き下げの片棒を担ぐものでは全くない。失礼千万である。この点に関しては、愚策だとの見解に全く同感である。業界から有能な人材が去っていく結果しか招かないことは、火を見るより明らかだ。
それから、年金に関連する部分。上記(1)の報告書をめぐる騒動を受け、マクロ経済スライドに関する部分の書き換えが行われたのは事実である(P.26)。しかし、他方で政府が推し進めてきた在職老齢年金制度の廃止(によって、働いて多くの収入があっても年金額を減らされないことになる高齢者の就労意欲を促進するのが目的)については、将来の年金受給者の給付水準の低下にも言及し、高所得者に対するクローバックの可能性にまで踏み込んで提議しており(P.29)、決して現実を軽視したものではない。この課題については、短絡的に反応するのではなく、国民皆が真剣に考えなければならないのではないだろうか。
あまり多岐にわたるので、私自身が該博な知識を持たない部分も多いが、他にも二点ほど気になった部分がある。
一つは、文教・科学技術の項目に関して、大学における研究環境の閉鎖性、硬直性が指摘され、日本の研究人材の国際流動性や国際共著論文数が主要先進諸国の中で劣っていることへの指摘である(P.46)。私たちの業界では、(専門職能団体が中心になってまとめているので)学術研究とはいささか趣を異にするのかも知れないが、先年、国のシンクタンクが事業として『適切なケアマネジメント手法の策定に向けた調査研究事業報告書(2018)』を編纂している。ここで言及されたケアマネジメントの「標準化」なる代物を謹んで拝見し(笑)、国際的なケアマネジメントの潮流であるナラティヴ‐ベイズド‐アプローチが著しく軽視された(としか言いようがない)作品を目の当たりにした私にとっては、実にうなづける指摘だなあと納得してしまった。
他の学問分野についてはよくわからないが、同様な傾向が顕著であるとしたら、日本人研究者のドメスティックな欠点を露呈しているものであり、英語力の不足などのさまざまな要因があろう。今後、業界を超えて克服していかなければならない。
もう一つは、社会資本整備の項目に関して、PPP/PFIの民活導入について論じ、そこでコンセッション方式の事例拡大を推進すべきとする方向性である(P.56)。コンセッション方式導入を勧奨する以上、従来型PFIであるとか、DBO方式であるとか、他の手法と比較した長所・短所について、当該社会資本の受益者が十分に理解した上で採否を決定していくのが筋であろう。私の見落としでなければ、今回の建議ではこの比較が明瞭に示されていない(資料Ⅱ-4-19)。規制緩和と連動した行政責任の縮小だけでは、市民生活に混乱を招く恐れが大きい。経営主体が外資系企業であればなおさらのことである。財政再建を錦の御旗にする財務省は推進に意欲満々なのかも知れないが、悔いを千載に残すことになってほしくないものだ。
以上、ざっと読んだ限りの感想である。賛成論も異論・反論も大いに歓迎する。ただし、必ず全体に目を通してからお願いしたい。
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