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2019年11月

2019年11月27日 (水)

片付け下手の断捨離(3)-ワーグナー楽劇のCD・DVD

前回より続く)

幼少時からクラシック音楽を愛好していた私は、おとぎ話の延長線のような形でワーグナーの楽劇を知り、両親にねだって『タンホイザー』や『ローエングリン』のLPレコードを買ってもらった。

成人してから、自分でCDやLD(レーザーディスク)を選んで、『トリスタンとイゾルデ』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』など、いろいろと購入するようになった(画像)。DVD主流の時代になると、LDからダビングして移行したり(画質は落ちてしまったが...)、CS放送から録画したりと、結構な分量のものが自宅の棚や箱の中に格納されている。このところ、新たな録画はBD(ブルーレイ)を使うのが原則になった。

Wagner

ワーグナーと言えば、多くの演出家は作品の舞台になった古代や中世の「物語」をそのまま描くのではなく、ワーグナーの本来の意図を推察しながら、いろいろと自己流に読み替えて、再構成していく(具象的と言うより、どちらかと言えば抽象的な)演出が主流になっている。中には奇をてらって意図がわかりにくくなってしまった演出もある。逆に最近はBDやCSの映像では、オーソドックスな物語通りの演出がほとんど見られなくなってしまった。

そのため、古い録画であっても、オーソドックスに近い演出のものを一つだけは残しておきたいので、断捨離には頭を悩ますところである。手元不如意で、実際に劇場まで足を運ぶことが減ったこともあり、自宅で楽しめるものは取っておきたい気持ちもある。

結局、BD・DVDのケース4箱に収まる分は保管して、あふれたら「ま、無くてもいいか」と思ったものから処分しているが、いつかは古いCDやDVDも少しずつ手放さなければならなくなるだろう。

次回へ続く)

2019年11月20日 (水)

片付け下手の断捨離(2)-中国史関連書籍

前回より続く)

幼少のころから世界史に興味を持っていた私であるが、小学5・6年生から中学生になる時期、特に中国古代史に強い関心を持ち、十代のうちに、『史記』に始まって『隋書』あたりまでの「正史」を、斜め読みながら通読した。ちなみに、大学では東洋史学専修課程に進み、卒業論文の主題は6世紀の陳王朝であった。

そのため、「断捨離」がいちばん難しいのが、この中国史関連書籍である。

まず、上記の「正史」。手元にあるのは中華書局から発刊された膨大な分量のものであり、「二十四史」のうち『漢書』から『明史』まで、および『清史稿』が、いくつかの書棚や箱に分散、収納してある。いまでも「えぇっと、○○書の△△伝は...」といった感じで、しばしば引っ張り出して参照している。これらは私がいつか自分の家に居られなくなるときまでは、おそらく手放せないであろう。

『史記』と『資治通鑑』、および史論、訳本、事典類は、一つの書庫にまとめてある(画像)。「断捨離」をするのであれば、こちらの書庫が先ということになる。

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たとえば、「アジア歴史事典」は第一巻の発刊が1959年と、すでに60年を過ぎている。その間に新しい研究がどんどん進み、いまやこの事典の記述は全く時代遅れとなった。また、インターネットの普及により、歴史用語などの専門的知識を手軽に閲覧できる時代にもなっている。

また、史書類は原漢文で読めば良いのだから、訳本を重宝して残しておいても、あまり意味がない(逆に小説類は原文を四苦八苦して読むよりも、「名訳」で読んだほうが面白いので、あえて訳本だけしか買わなかった)。

処分するとしたら、まずこの辺りから始めることになりそうだ。放置しておいても埃が溜まるだけなので、早目に整理を進めたい。

次回へ続く)

2019年11月13日 (水)

片付け下手の断捨離(1)-50代の終わりに

最近、ときどき耳にするのが、「断捨離は40歳から」との勧めである。40を過ぎたら必要なものを「集める」一方で、不要なものをどんどん「捨てる」決断をして、年齢が進むにつれて段階的に「捨てる」ほうを増やしていく意味に受け取っている。

既婚者、未婚者など、ステータスによっても異なるとは思うが、大量の「モノ」を高齢になって持ち続けていても、お荷物になるだけであることは確かだ。

私も40代から少しずつ「断捨離」は始めていたが、職能団体の役職にあったなどの事情もあり、なかなか思い切って「捨てる」ことが難しかった。そのため、本格的な「断捨離」モードに入ったのは、ここ3~4年のことである。

どの種別の品目にも言えることだが、「まだ使えるかも」と思っていると、簡単に処分する気になれず、結局使わないまま所持していることも少なくない。正直、飲食物以外は、無駄なものが相当家の中に置いてあることは確かだ。整理すればスッキリするのだが、時間的な余裕がないと「いずれまた」になってしまう。

また、昨年母が死去したこともあり、その遺品整理も遅々として進まない状況で、自分の「断捨離」が後回しになってしまっていた。

しかし、さすがに60歳まで一年を切ったので、このままではいけないと思い、意識して断捨離を進めるようにした。

では具体的にはどうするのか?

私流の「断捨離」を、種別ごと何回かに分けて記述してみたい。

次回へ続く)

2019年11月 6日 (水)

行き付けの店

仕事でもプライバシーでも、「長年のお付き合い」は大切にしたいものだ。

特に日用品や食品などの買い物については、誰しも「行き付けの店」があるだろう。買うものの種別にもよるが、食べ物は一度気に入ると、同じ店で続けて購入したり外食したりすることが多いのではないか。長く信用している店ならば、何よりも安心感が先に立つ。

私にもそんな店がいくつかある。持ち帰りの店のうちで、特に長く続いているのが「丸一魚店」である。地理的にはここよりも自宅に近い魚店もあるが、この店で買うのには理由がある。

それは、亡き母が30年以上にわたって、ここで海産物の食品を買っていたからだ。

もともと、いまの大店主の息子さん(当時の若店主)が、毎週木曜日、私の自宅付近まで行商に来るようになったのが、お付き合いの始まりである。その後、不運にも息子さんは若くして亡くなり、あとを承けて親戚の男性が店を手伝いながら、行商を担当してくれるようになった。母は木曜日になると、決まって行商の車のところまで行って、何品か買っていた。私が好きなものもいくつかあり、次第に「馴染みの味」になっていった次第だ。

そのうち、店の人も車を回して私の家の前まで来てくれるようになった。しかし、母が寝たきりになり歩いて出られなくなると、木曜日は私自身の営業日なので、行商のときに買うことができなくなってしまった。そこで、私が月二回程度、母がショートステイから帰宅するのを迎え入れる日に、この店(自宅と事務所の中間にある)まで立ち寄って何品か購入し、母と自分が好きなものを買ってきていた。

母が他界した後、購入するのは自分の定休日である水曜日、それも月一回程度に減ってしまった。家計の制約もあり、やむを得ないところ。それでもこの店は良質な海産物を市場で入手してくれるので、立ち寄れる日を心待ちにしている。水曜日は市場が休みだが、ハッピーマンデーの週は開場日なので、なるべくその週に合わせて予約購入している。

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画像は4月のもの。カツオの土佐造りとヒラメの刺身。

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こちらも4月。浜名湖のエビと富山湾のホタルイカ。太平洋側と日本海側との名産を一度に味わえる幸せ。

産物は時期によって品目も違ってくる。いま、ちょうどカツオが終了したところで、きょうはメバチマグロの刺身を手に入れることができた。一年を通してときどき購入するのはタラ、サケなど。前者はソテー、後者はクリーム煮にして食べることが多い。冬は牡蠣が美味しい季節だ。これからカキフライやアヒージョを作るのが楽しみになる。

いま、この丸一魚店は高齢の大店主夫妻と中高年の娘さん夫妻とで経営している。もとサラリーマンだった娘婿さんが転身して何年にもなるので、後継としてすっかり定着した様子が窺える。

海産物も漁場の異変によって、これまで通りに獲れないものも出てくるだろうが、自分が行き来できる限り、これからもこの同じ店で、信頼できる品質のものを長く購入し続けたいものである。

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