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2020年1月

2020年1月22日 (水)

「お」「も」「て」「な」「し」の何が良かったのか?

最近、フリーアナウンサーの滝川クリステル氏が、結婚、出産、また夫である閣僚の育休と、話題を集めている。世間ではこの夫妻の一連の行動について、さまざまな世論が飛び交い、かまびすしい。

ところで、滝川氏と言えば、6年余も前、2013年にフランス語でスピーチした東京五輪招致のプレゼン、「お」「も」「て」「な」「し」がよく知られている。メディアはこぞって、このスピーチに関して報じており、日本中の話題になった。

にもかかわらず、寡聞にして私は、このプレゼンがなぜ奏効したのか、的確な論評に接したことがない。

それどころか、あのフランス語は取って付けたようなにわか作りだったとか、安っぽいパフォーマンスだったとか、批評の名に値しない批判を展開する人たちも、少なからずいた。五輪招致そのものに反対だった人たちが「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式にこのプレゼンを貶めたのは論外であるが、五輪招致側の立場の人たちからも、このプレゼンのありかたについては賛否両論があった。

そして、高く評価する人たちも、「初めに一音節ごとに区切って、そのあとで普通の言い方で『おもてなし』と続けた」ことの効果に言及しても、「なぜ?」の疑問に答えていない(少なくとも私が見聞きした範囲では...)。

私自身、フランス語の読み書きも会話もできないが、批判を恐れずにあえて論及しよう。

もう二十年も前になるが、とある集まりの席で、欧州でクラシック音楽のお仕事に従事されていて、フランス語、ドイツ語、イタリア語を一通り話せる女性歌手の卓話を聴く機会があった。

その卓話の中で印象に残った部分。「フランス語って、リエゾンなどがあって音が切れ目なくつながっているように思われているんですが、実はポン、ポン、ポンと音節が歯切れよく切れるように歌うんですよ。むしろドイツ語やイタリア語のほうが、複数の音節が切れずにつながって流れるように歌うんです」。

目から鱗である。

帰宅してから、「カルメン(フランス語)」「タンホイザー(ドイツ語)」「アイーダ(イタリア語)」などを聴き比べてみると、確かにそのように聴こえる。自分の頭の中で勝手に作り上げていた「常識」が覆される思いであった。

それまでは「字面」に惑わされていた面が強かったように思う。フランス語はしばしば、次の音節や前の音節の文字に引きずられて、発音が変転するが、ドイツ語やイタリア語はそれが稀である。なので、私たち日本人は、あたかもフランス語は複数の音節が「つながって」おり、ドイツ語やイタリア語は音節ごとに「切れている」かのような先入観を持ってしまう。

実際に発音されたものを聴くと、逆ではないか!

つまり、滝川氏はこの「切れている」フランス語の特性を最大限に生かして、日本の心をフランス語圏やフランス語を理解する聴衆に訴え掛けるスピーチをしたのである。それが「お」「も」「て」「な」「し」→「おもてなし」のプレゼンだったのだ。

あれから6年余が経過し、この夏にはいよいよ2020年の五輪本番である。オリンピック・パラリンピックを通して、プレゼン同様に心のこもった「おもてなし」で、世界各地から来日する人々を歓迎したいものである。

2020年1月12日 (日)

史料好きの倉庫

「世間に類多き代物かも知れないが、ちょっとだけ痒いところに手が届く」...

...そんな便覧が「あったらいいな」と思っても、なかなか簡単に作れるものではない。

歴史上の数多くの人物について、その歩みを知りたいと思っている私は、自分が生まれ育った日本の歴史に関するさまざまな史料に接してきた。特に、地方を統治した大名や領主の系譜に関しては、幼少時代から強い関心を持っており、成人してからも仕事の傍ら、さまざまな史料を閲覧してきた。

それを自己流にまとめたのが、『史料好きの倉庫』である。どうやら手掛けたのは2004年らしい(いちばん古い部分がその年の日付になっているので)。実に16年がかりで完成したことになる。

Shiryozuki

この類の一覧は、すでに私と同様な好事家がまとめている優れた便覧が、ネットにいくつもアップされている。私自身、それらの「先輩」の作品を参照させていただいたことも少なくない。先行されている方々には深甚なる謝意を表したい。

他方で、私自身も20代から40代にかけては、全国各地を自分の足で歩き、図書館や文書館に何時間も詰めて、所蔵されている史料を写し取ってきた。その成果はこの一覧に反映されている。

特色は、(1)男女を問わず、また名義上の家系図に捉われず、大名家の実質的な当主を掲載したこと、(2)法名や号について、知られている限り掲載したこと、(3)孫が祖父の跡を継いだ場合、その間の〔早世・廃嫡等により〕継がなかった人物も掲載したこと、(4)中規模以上の大名の場合、配偶者(大部分は女性)の続柄、それも実名が判明している者は実名で掲載したこと、(5)諸大名の陪臣であっても、1万石以上の禄高で地方知行一円支配や陣屋支配をしていた者については、原則として当主名だけであるが掲載したこと、等である。

あくまでも趣味の世界なので、専門的に見れば俗流の批判は免れないだろう。記載した内容に誤脱も少なくないと思われる。忌憚のないご指摘を願いたい。ただし、江戸初期以前の人名や系譜、領地等については、原史料に乏しく、説や見解が分かれている場合も多い。自説を主張したいためのコメント、メッセージ等はご遠慮いただきたい。たとえば法名などを調べ切れず、空欄になっている部分も結構あるので、それらを補ってくださるようなご指摘がありがたい。

調べ物をされる方々のご参考程度にでも、お役に立てば幸いである。

2020年1月 5日 (日)

ハプニング続きの年末年始

これまでにもあったが、年末になると仕事が過密になりがちなので、不用意にケガをしてしまうことがある。

12月19日、仕事が終わって帰宅し、自宅で食事の準備をしようと、照明を点けないまま台所へ行き作業しようとして、柱の突起部分の横をすり抜けようとしたところ、右足に激痛が走った!

暗がりだったため、わかっているつもりで距離感覚を誤り、気が付いた瞬間に柱が右足薬指と小指との間に挟まっていた!

幸い、出血はなかったが、痛みと内出血とが治まらず、当座の処置として残薬の湿布を貼り付け、翌朝まで何とかしのいだ。

20日に整形外科へ行ったところ、右小指の基節骨の部分が亀裂骨折していた。過去、生命に関わりかねない打撲を三回もやっているのに、骨折は59歳になった今回が、生まれて初めての経験なのだ!

医師の指示により、バディ固定して悪化を防ぐことになったが、歩くときに右足の外側に重心を掛けられないので、内側(親指側)を踏みしめるしかない。勢い、左足に4分の3ぐらいの比重がかかることになってしまう。不自由なこと一通りでない。

また、何日も姿勢のバランスが崩れていたので、23日から数日は腰痛もかなり強かった。

25日はクリスマスの「日中のミサ」のために教会へ行ったが、閉祭後に信徒会館へお茶を飲みに行ったところ、雑踏の中、軸足の左足が他の人と衝突して転倒してしまい、早々に帰宅してしまった。

27日に整形へ再診して、ひとまず悪化していないことを確認。歩き方に慣れてきたのか、腰痛も一段落。

29日から仕事が休みなので、今年最後のお刺身をと、いつもの「丸一魚店」に予約してあったものを受け取りに行った。ついでに注文した数の子も購入。

20191229maruichi

30日は短時間だが事務所へ行き、重要な連絡が入っていないか確認。体感温度が冷たかったので、牡蠣とエリンギのアヒージョで夕食。

20191230ajillo

31日、一年最後のディナーはクリームシチュー。今年もお疲れさまでした...となるはずだったのだが...

20191231creamstew

ここからハプニングが連発!

まず、20時ころになって、2階のテレビが突然映らなくなってしまった。周辺機器も含めいろいろ操作してみたが、全くウンともスンとも言わない。もともとNHK紅白を視るつもりはないのだが、一年の締めで「ファルスタッフ(ヴェルディ)」のDVDを視る予定だったのを中止! 何が原因だったのか? 気が付くと22時ころにテレビは復旧していたが、なぜかBD/DVDの入力に切り換えると、ザーザー霧が掛かってしまい、視聴できない。

それから、深夜の年越しの時刻になって、ひどく気分が悪くなった。シチューの食材が中ったのか、他の原因なのかわからないが、年が2020年に変わった直後から下痢と嘔吐を繰り返してしまい、何回もトイレまで往復する状態で、最悪のスタートに(-_-:

それでも短いながら睡眠を取り、起床してみると嘔気は治まっていたので、残っていたパンで軽く朝食を摂り(さすがに餅は回避)、教会の「神の母聖マリア」のミサ(午前10時)へは予定通り出掛けた。

帰り道、予約してあった「すし兵衛」の持ち帰り寿司を受け取り、自宅で昼食を摂ったときには、体調はおおむね回復。

元旦の夕食は、免疫力の向上を意図して、にんにくとエビとブロッコリーの中華炒めに。

20200101shrimpbroccoli

2日、年賀状とファクシミリの整理のため、事務所まで出掛け、午後の早めの時間に帰宅。

そして、またテレビが故障してしまったのだ。しかもこんどは1階(笑)! リモコンの電源ボタンを一回押して切れなかったので、「こっちでもいいだろ?」と思って機器上部のボタンを押して電源を切り、再度押したところ、こちらも映らなくなってしまった。プラグを抜き差ししていたら何とか復旧したが、30~45分ぐらいでプツッと電源が切れてしまう。

両方ともテレビは12~13年経つので、寿命かなぁ、とも思う。

この日の夕食は、毎年一回挑戦するマッシュポテトのグラタン。アツアツの一品が魅力。

20200102gratin

3日はどこへも出掛けずに、体力回復を期してのんびり過ごした。いろいろ重なって疲れたため、料理はレトルトなど家にあるものをテキトーに組み合わせて、手抜き。

4日が仕事始め。おおむね実績整理と未処理事案への対応に終始した。

5日(きょう)は日曜日なので定休日。午前中は自宅の掃除、午後は趣味である歴史文献(蔵書等)の閲覧。ディナーは母譲りの、牛肉と卵の炒め物。

20200105eggbeef

こんなハプニング続きの年末年始であったが、なにごともドタバタで始まると良いことが多い、と言われているように、かえって吉兆なのかも知れない。

昨年は各地の水害など、芳しくないニュースも多かった感がある。春にかけて、各地の友人・仲間のみなさんともども、一陽来復を期したいものである。

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