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2020年2月 4日 (火)

「岩手で何を、いわって...る?」「盛岡で、森を買...ったんで」

【史料好きの倉庫(3)】

今回は「岩手県の主要大名」の解説である。

修学旅行で初めて行き、平泉などを見学。また、三十代のときにも旅行で一度訪れている。遠野までは行かなかったが、盛岡や水沢を観光した。

岩手県関係の系譜史料としては、南部藩の『参考諸家系図』がある。中世で滅亡した家を除けば、岩手県や青森県東部の多くの家系が、これに収録されている。ただし、各家の家伝をそのまま掲載している場合が多いので、考証が必要になるが、必要であれば県内の公的な図書館等での調査をお勧めする。

◆南部(三戸)家→南部(盛岡)藩
南部の宗家。「三戸」が示すように、もともと現在の青森県側に拠点があったが、本稿では最初から岩手県に分類して、通し番号を付けた。


◆南部(根城→遠野)家
「八戸南部家」とも呼ばれるが、後代の八戸藩(青森県のページ参照)とは関係ない。南部庶家であり、中世に八戸を領有していたことから「八戸」を称したものだ。南北朝時代に南朝方として活躍した南部家はこちらである。嫡流=三戸南部家と並立に近い状態を維持していたが、豊臣秀吉の天下統一に際して、嫡流家の一門として臣列に下った。江戸期に入ってから遠野へ移され、代々の所領としている。

◆九戸家
◆阿曽沼家
◆和賀家
◆稗貫家
これらの諸家は戦国時代まで現在の岩手県内の各地に分立していた。どの家も後世に伝えられている系図に不明瞭な部分が多く、それぞれの氏族史の解明には今後の研究を待つことになるであろう。

他県でも同様な例があるが、それぞれの歴代表の備考欄に疑義を記載しておいた。今後、同様な例については改めて解説しない。

◆水沢要害 伊達(留守)家
仙台藩(宮城県)領内のいわば封臣であるが、水沢要害が岩手県内にあったため、仙台藩のあとに付載するのではなく、こちらに当主名と所領の変遷のみを掲載した。

他にも大藩の一門・重臣で拠点(封邑・陣屋など)が他県にある家は、所属するところで扱う。

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