エンドユーザーの利益は?(2)
2020年版「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる「骨太の方針」が政府から発表された。
斜め読みしかしていないが、大枠の方向性は一通り理解した(つもりだ)。
Facebookを見ていると、保健・医療・介護・福祉分野に関連して、心ある業界仲間たちの多くが着目しているのは、「介護分野へのAIの活用」と「医師による社会的処方」の二か所のようだ(どちらも32頁)。
前者は、「感染症の下、介護・障害福祉分野の人手不足に対応するとともに、対面以外の手段をできる限り活用する観点から、生産性向上に重点的に取り組む。ケアプランへのAI活用を推進するとともに、介護ロボット等の導入について、効果検証によるエビデンスを踏まえ、次期介護報酬改定で人員配置の見直しも含め後押しすることを検討する。介護予防サービス等におけるリモート活用、文書の簡素化・標準化・ICT化の取組を加速させる。医療・介護分野のデータのデジタル化と国際標準化を着実に推進する。」と記載されている。業界仲間の間では、対人サービスである介護やケアマネジメントの中に、AIをどう活用していくか、本当に人材不足解消につながるのかなどが、おもな論点になっている。
後者は、「かかりつけ医等が患者の社会生活面の課題にも目を向け、地域社会における様々な支援へとつなげる取組についてモデル事業を実施する。」と記載されている。こちらは、ソーシャルワークやケアマネジメントの中ですでに実践されてきた「生活モデル」と、医師の「医療モデル」に基づいた「社会的処方」とがマッチングするのか、適切に役割分担できるのかが、おもな論点である。
さて、この二つの部分について、別の視点から眺めてみたい。
「エンドユーザーの利益は守られるのか?」
まずAI・ロボットの活用について。開発・販売する業者にとってみれば、直接的な顧客になるのは介護事業所であり、そこに勤務する職員である。したがって、AIを活用したICT機器やロボットは、介護職員やケアマネジャーが効果的に活用することによって、人が担うべき業務を省力化できるものでなければならないのは、言うまでもない。
しかし、その機器やロボットによって介護、支援される対象は、高齢者や障害者などの要介護者なのだ。機器やロボットの「エンドユーザー」に該当する受益者となるのは、その要介護者の人たちにほかならない。もし開発・販売する業者が、介護職員やケアマネジャーにとって使いやすい面だけに力を入れても、その製品によって介護される人、その製品によってアレンジされたケアプランによりサービスを位置付けられる人にとって、使い心地の悪いものであれば、「仏作って魂入れず」になる。かつて拙著で紹介した株式会社Abaなどの、例外的な一部の企業を除けば、その懸念は相当以上に大きい。
それから社会的処方について。医師が患者の社会生活面の課題に目を向けることは大いに結構であり、推奨してほしい。
しかし、そこに診療報酬が付与された場合、しばしばソーシャルワークやケアマネジメントにおける生活モデルと齟齬する場合が生じる。常に後者のほうが良質だと言うつもりはないが、「餅は餅屋」の言葉に象徴される通り、それぞれの職種にふさわしい役割が存在するはずだ。医療の「エンドユーザー」は患者である。社会生活全体を広い視野で眺められる優れた「家庭医」的な医師も存在する一方、多忙で5分程度しか診療時間が確保できず、患者を医学的な面でしか理解できない専門医等の医師も存在する。エンドユーザーの利益を鑑みれば、社会学的な要素を加味した診断の不得意な医師が「社会的処方」をすることにより、患者側の混乱を招く事態になってほしくないのが、正直なところである。
このように、この二つの施策は原案のまま生硬に推進するのではなく、本旨に沿った運用が順調になされるのかどうか、モデル事業の時点でエンドユーザーの声を十分に採り入れながら、前へ進めていくべきだ。
他の施策も含め、一つ一つの施策がそれぞれ、「直接利用するユーザー」だけではなく、「エンドユーザー」のほうをしっかり向いているのか? を吟味していくことにより、その適切さの度合いを測る尺度が見えてくると思う。
「布マスク配付(第二弾以降)」や「Go to キャンペーン」が不評なのは、施策がどこかの誰かのほうを向いているからにほかならない。もちろん、現実には繊維産業や観光産業など、関連する産業側の事情も存在するだろうし、それらの業界への保護策も重要な国家的な課題であるだろうから、理想通りにはいかないことは承知している。しかし、多くのエンドユーザーたちが抱く気持ちからあまりにも外れ、供給側に連なる特定の集団を利する結果になってしまえば、国民からの風当たりが強くなるのは当然だ。政局に当たる人たちには、誰のための施策なのか、三思しながら日々の政務に精励していただきたい。
国民の一人として、それを心から願っている。
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