勇気ある撤退はできないのか?
リニア新幹線をめぐる「騒動」。
静岡県内を通過する部分のトンネル工事に関して、着工の目処が立たない状態が続いている。川勝平太知事が、大井川の流量減少問題が解決されていないことを理由に、川底の下を通るトンネル掘削の着工許可を出していないからだ(なお、天竜川や富士川については、リニア新幹線が橋の上を通る計画なので、トンネルの問題は生じない)。
JR東海や他県民、特に愛知県の多くの人たちが、この現状を「静岡県民・県知事が、自県の利益にならない(駅ができない)ことを不満に思い、リニア計画の円滑な進捗を妨げている」と受け取っているようだが、もちろんこれは間違いである。
大井川水系流域の10基礎自治体は、水の恵みを農業、工業など広く地域の産業に活用している。トンネル掘削作業中に川の流量が減少すれば、ただでさえ「水枯れ」問題に悩まされてきた流域の自治体は、さらに打撃を受ける可能性がある。したがって、減った水の全量が戻ってくる保証がなければ、掘削工事を容認できないのだ。JR東海からそれに関して、流域の住民を納得させられる科学的な説明が十分になされていないので、不安を増幅させることになった。
川勝知事が「勝手に掘るな」と言ったことから、あたかも相手方にケンカを売っている印象を受けた人があるかも知れないが、これも間違い。JR東海の社長が流域自治体市民の神経を逆撫でするような発言をしたり、愛知県知事が川勝知事との面会を拒絶したりと、誤解を恐れずに言えば、推進する側の「不遜な」言動が、問題をこじらせる要因になったのである。あえて表現すれば、川勝知事は「売られたケンカを買う羽目になった」側になろう。
国交省の専門家会議でも、静岡県から出席した学識意見者の報告によれば、流域への影響評価については、いまだ方向性が一致していないことか明らかだ。にもかかわらず、JR東海側が計画を遮二無二進捗させようとする姿勢を変えないのだから、知事が「乱暴」と表現するのもうなづける。もちろん、県民や県知事の側も、疑いの余地がない科学的根拠に基づいた手段により、流量の回復が保証されるのであれば、耳を傾けなければならないのは当然であるが、いまはそれ以前の「静岡県民の生活が尊重されているのか?」の問題であると言わざるを得ない。
そして、推進する側の論者たちは、静岡県民や県知事が「静岡に『のぞみ』が停車しないことに不満を募らせていた」「富士山静岡空港に駅を作らせてもらえなかったことを恨んだ」ので、嫌がらせに計画を妨害しているかのように論評している。バカも休み休み言えと言いたい。それは問題のすり替えに他ならない。流域住民は現実に平穏な生活を妨げられる恐れがあるから、反対や不安を訴えているのだ。外野から誹謗中傷するのであれば、実際に住んでみれば良い。
それらの論者の側にこそ問題が大ありだ。県民を貶めているおもな論者の何人かを検索して洗ってみたが、みな穏当とは思えない利権や利益とつながっている。中には過去、善良な人を死に追い込んだ経歴のある人間までいる。ジャーナリストの旧悪を穴ぐり立てるのは本意ではないが、過去の行為を恥じることなく相変わらず他者を非難攻撃しているのであれば、さかのぼって問題視せざるを得ない。
ところで、流域10基礎自治体の首長すべてが一枚岩ではない。計画自体に絶対的に反対している人もあれば、「建設しても良いが説明責任を果たせ」と主張している人もある。川勝知事はこれらのさまざまな意見を集約して、JR東海や国土交通省と交渉し、専門者会議で流域住民を納得させられる明確な根拠を示し、責任を持って方向性を出してほしいと要請している。
これは工事期間だけの問題で、リニア新幹線が完成してしまえば良いかと言えば、そういうわけでもない。上流の貯水機能の低下や、重金属等の下流への流出への懸念も生じる。JR東海には静岡県民に対し、これらの事象の予測可能性についての説明責任も当然求められる。
ところで、私も現時点で、リニア新幹線計画を全否定→ダメ出しする意図はないが、これほど問題が複雑化している計画なのだから、一つの選択肢として、「勇気ある撤退」はできないのだろうか?
愛知県の人たちの多くは、この計画に賛同したいのかも知れないが、東京-名古屋が日帰りで往復できることになれば、用事で出向いた際の宿泊や外食の機会も減ることを考えると、一概に所期の経済的効果が上げられるとも思われない。山梨県・長野県・岐阜県についても、駅を設置した町とその他の地域との間に落差が生じ、加えて設置した町の交通も大して利便にならない(東京や名古屋とはすぐに往復できても、県都や他の観光地までの距離は埋まらないなど)ことも予想される。
また、長大なトンネル通過中に大きな地震が発生して停車した際に、乗客がどのように車外へ脱出できるのか? これについても人々を納得させる案は示されていないと理解している。
実際に開通したとき、世の中がどうなっているのか? 多くの国民の利用に耐え得るのか? リニア新幹線ができた後の新たな課題や負の成果も予測しながら、再度アセスメントすることが求められているのではないだろうか。
「すでに膨大なお金を掛けたから、先へ進むしかない」のであれば、それは75年前、連合国との戦争にどんどん深入りしてしまった旧帝国軍部と同様な思考であり、結果として大きな破綻を招くことが懸念されるのである。
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