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2020年12月

2020年12月31日 (木)

どんなに若く未熟な駆け出しのスタッフに対しても、丁寧な言葉で話しましょう

2020年はコロナ禍に明け暮れた年となったが、私は可能な限り感染予防に心掛けながら、一年を通して、目の前の課題に向き合い、粛々と仕事を続けてきた。

日頃から心掛けているのは、「口先だけの人」にならないこと。「有言実行」が自分の目標である。この一年を振り返ると、気持ちはあっても実践したとは言い難いこともあれば、目指した通りに実践できたこともあった。

その中でも特に実践の完成度が高いと自画自賛しているのは、「タメ口をなるべく使わず、丁寧に話すこと」。

こう言うと、人生の先輩である利用者さん(大部分が高齢者)に対してのことだと思われるかも知れない。しかし、「顧客に対してタメ口をきかず敬語を使う」ことは、言われなくてもできて当然だ(画像の拙著でも節を立てて説いている)。むしろ、できていない人や事業所のほうが恥じ入る話であろう。ここで私が言いたいのはそれではない。

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「丁寧に話すべき」相手は、職場や業界の後輩たちなのだ。

私はケアマネジャーだが、一人親方の自営業であるから、連携を取り合う相手はすべて「他法人の職員」である。中には私から見れば経歴・実績が比較にならないほど経験が浅い、30年以上後輩の職員との間で報告・連絡・相談し合うのはよくあることだ。その際に、相手が応接もたどたどしく、なかなか意図が伝わらなかったとしても、タメ口で押しかぶせるような話し方はしていないつもりである。なぜなら、私自身、20代から30代前半のときには、その相手のレベルだったのだから。

そこで、自分が若く未熟な駆け出しのスタッフだった時期を思い出してほしい。経験を積んでいる業界の先輩たちとの間で報告・連絡・相談を繰り返していて、気持ち良く仕事ができたのはどんな場合だろうか? ほとんどの人にとって、それは相手が丁寧な言葉で応接してくれ、自分や自法人の立場を理解してくれ、対等な立場で尊重してくれた場合ではなかったか?

また、同じ法人の職場内でも言葉遣いは重要だ。しばしば、新人職員は上司や先輩の態度を見て学ぶ。横柄で、高圧的な、マウントを取るような上司や先輩が多ければ、それを学んだ部下や後輩は、次には利用者に対して横柄で、高圧的な、マウントを取る態度を示すようになるのだ。もちろん、他法人の職員を相手にするのと違い、上司や先輩が部下や後輩にタメ口で話すこと自体は、日常的でも差し支えないが、相手に対する敬意を込めて会話することは大事である。

さらに、外国人職員(技能実習生も含む)への影響は大きい。かつて製造業や建設業でも、外国人が安価な労働力として使い捨て状態にされている職場で、彼ら、彼女らが身に着けてしまった日本語の多くは、上司や先輩が吐いた暴言や罵詈雑言なのである。介護業界でも指導する日本人職員の資質次第で、同様なことが起きるであろう。逆に彼ら、彼女らが、洗練された言葉や相手に敬意を払う言葉を多く聞いていれば、それらの言葉をしっかり習得して、日本語の美点を理解してくれるに違いない。

近年、常に話題とされているネット上の誹謗中傷、何の躊躇もなく飛び交っている「人を傷付ける言葉」が、心ある人たちの目には、どれほど醜いものに映っているか。それは「丁寧な言葉」とは対極にある存在である。

逆に、敬意を込めた丁寧な言葉は、受け取る人のみならず、発する人の心も豊かにしてくれるのだ。

言葉は生き物であるから、時代に応じて変わっていくことを、もちろん私は否定しない。しかし、日本語の歴史の中で長きにわたって大切にされてきたものを、私たちは受け継いでいかなければならない。豊富な語彙の随所に見受けられる丁寧語や丁寧な言い回しは、私たちの伝統の中で育まれてきた、掛け替えのない文化の所産なのだから。

寒波に包まれた大晦日、みなさんにその大切さを訴え、理解していただきたく願っている。

暖かい言葉に包まれた2021年を過ごしましょう☆

良いお年をお迎えください!

2020年12月29日 (火)

チャンスを生かして結果を出す

自分が若い時期に比べると、ネットが急速に普及して情報伝達が全く様変わりしてしまった現代、各界の若い人たちの活躍をリアルタイムで見聞きすることができる。起業して最先端の変革に取り組んだり、非営利な公益活動へ自主的に参画したり、スポーツや頭脳競技で一流どころの仲間入りをしたり、各地で活動する青年たちの姿に接すると、日本の次世代への期待は明るいものがある。まだまだ捨てたものじゃないな、と感慨深い。

「早熟」と呼ぶのが適切かどうかわからないが、ビジネスでは仁禮彩香氏(23)のように14歳で教育事業の会社を興して新風を巻き起こしている女性もいる。他方、公益活動では金子陽飛氏(17)のように高校在学中ながら町内会長を担う男性も登場している。もちろん、スタートが若ければ良いわけではないが、若者たちの活躍は同世代の人たちにも刺激になるので、それは大いに歓迎したい。

これらの若者たちに共通するのは、与えられたチャンスを生かそうと努めていることだ(私が若いとき、残念ながらその才能も力量も持ち合わせていなかった(笑))。家庭、経済、教育などの条件が影響して、チャンス一つさえ得られない若者のほうが圧倒的に多いのが残念な現実である(もちろんその中でも、20代後半以降にチャンスをつかんで大成する人はいくらでもいる)から、恵まれた環境にある若者には、それを生かして結果を出してほしいものだ。

過去の例で言えば、野球の斎藤佑樹投手(32)と田中将大投手(32)。2006年の高校野球では、甲子園で死闘を繰り広げた二人である。田中投手は高卒後に楽天入りして、連年輝かしい成績を上げ、2014年からは渡米してヤンキースの中核投手となり、年俸は25億に至る。他方、斎藤投手は大卒後の2010年に日本ハム入りしたが、デビュー前から指摘されていたフォームの改造を先送りにしたところ、初年度から故障の連続を招き成績は低迷が続いたため、年俸は1,250万まで低下した。フォームだけが原因ではないだろうが、チャンスを生かせなかったために結果を出せず、ライバルの200分の1の評価に甘んじている(次年度がラストチャンスかと言われているが...)。

いまの若者はどうだろうか。直接知っているわけではないが、報じられている知名度の高い人たちの中から、何人かの例を挙げてみよう。

山本みずき氏(25)、同じ発音の俳優さんとは別人。2015年に集団的自衛権をめぐる政治抗争が起きた際に、抗議活動を繰り広げた学生団体シールズのあり方に対し、冷静に疑問を投げ掛けて注目された論者である(当時20歳)。ここで論壇デビューのチャンスを与えられたわけだが、その後、慶大の大学院博士課程でおもに英国政治を専攻しつつ、氏は着実に成長、発信を続けている。一方に偏らず現実を踏まえた議論を展開できる数少ない人物だ。いまのメディア露出度は決して高くないが、急ぐ必要はないであろう。いずれ政治学者として大きな実績を上げることが期待されている。

花田優一氏(25)はご存知の通り、両親が名横綱と名アナウンサーであり、メディアに露出すると「鼻持ちならないお坊ちゃん」と見なされがちだ。本職は靴職人だと言っているが、他方で歌や絵画などのタレント活動にも余念がないだけに、本気度を疑わせる向きも多い。受注した靴が納期に間に合わなかったことを理由に、芸能事務所を契約解除されたことも報じられている。しかし2018年に、氏はイタリアの「PITTI IMAGINE UOMO」に靴を出品させてもらい、また将来注目すべき若いクリエイターに贈られるベストデビュタント賞を受賞している。チャンスを与えられたのだ。私自身はオーダー靴の世界とは無縁なので、氏が製作する靴が一定以上の水準なのかはわからない。仕事の評価は氏が作った靴を履く顧客たちや、全国の同業の巨匠たちから下されるべきであろう。本気で靴職人として大成したい思いが強いのであれば、仕事で結果を出してほしいものである。

久保建英選手(19)はサッカーの日本代表(2019-、現在最年少)であり、2017年からFC東京、2019年にスペインへ渡ってレアル‐マドリードに所属した。今年8月からビジャレアルに期限付きで移籍したのだが、ウナイ‐エメリ監督の起用方法が議論になっている。なかなか先発に起用してもらえず、出場しても十分な結果を出せないので、移籍まで取り沙汰されている状況だ。チャンスを生かせない同選手の側に課題があるのか、それとも監督側に起用ミスがあるのか? 小宮良之氏がSportivaで興味深い意見を述べているので、関心のある方は参照されたい。一言で要約すれば、「誰にも文句を言わせない仕事をしろ!」となるが...

藤井聡太棋士(18)こそは、与えられたチャンスをしっかりモノにしていると言えよう。昨年の王将戦では、事実上の挑戦者決定戦まで駒を進めながら、広瀬章人八段に大逆転で敗れて涙を呑み、史上最年少でのタイトル挑戦を逸した。そしてコロナ禍による緊急事態宣言のため、4・5月は愛知県から東京や大阪へ移動できずに対局延期が続き、決勝トーナメントのベスト4まで進出していた棋聖戦の進行が止まってしまった。移動解禁後、日本将棋連盟は棋聖戦の準決勝、決勝(挑戦者決定戦)、挑戦手合五番勝負第一局を、一週間の中に詰め込み、わずかに(それまでの記録より三日早い)最年少挑戦の可能性を与えた。同棋士は見事にその期待に応え、準決勝で佐藤天彦九段(元名人)、決勝で永瀬拓矢王座を連破して挑戦者となり、渡辺明棋聖(現名人)を3勝1敗で降してタイトルを奪取したのだ。続けて木村一基王位にも挑戦して王位を奪取し、史上最年少の二冠王となったことは周知の話。

あくまでも例として掲げたが、この四人に限らず、若者の将来は、大事な節目に集中力を発揮し、継続して努力精進できるかどうか、それ次第で変動する可能性は大きい。多くの若者たちには、ひとたび目の前にチャンスが到来したら、それを逃さずに飛躍して結果を出してほしいと願っている。

2020年12月18日 (金)

ヴェルディ歌劇の面白さ(17)

ここ数年、秋から冬にかけてヴェルディの歌劇(DVD・BD)を年代順に視聴するのが通例になっている。10月ころ、初期の作品から始めて、大みそかに「ファルスタッフ」で締める(当然のことながら紅白は視ない)。ただし、昨年の12月31日夜にはテレビが故障してしまったため、消化不良に終わった。

ヴェルディの作品は前期、中期、後期と、大きく三つの時期に分けられることが多い。異説もあるが、「オベルト」から「スティッフェリオ」までの15作が前期、「リゴレット」から「ドン‐カルロス」までの8作が中期、「アイーダ」から「ファルスタッフ」までの4作(「レクィエム」を含む)が後期。

Aida

グランド‐オペラの完成形とされる「アイーダ(上の画像)」はヴェルディの代表作に挙げられるが、実はドラマとしてはあまり深みがない。台本の出来も関係しているのだろうが、かなり一直線に進み、終わってみたらヒーローとヒロインとが一緒に死ぬことになった、との印象が強い。

それに比べ、楽曲ではいまだ熟成途上かも知れないが、一つ前の「ドン‐カルロス(下の画像)」は大きな背景に覆われる人生の悲哀を活写した、たいへん深みのある作品である。

Doncarlos

実は、ヴェルディは「社会派」の作曲家であり、中期の諸作品は一つ一つが重い主題を含有しているので、たいへん味わい深い。

・「リゴレット」→ 身体障害者差別
・「トロヴァトーレ」→ 非定住民差別
・「椿姫」→ 娼婦(日陰に生きる人たち)差別
・「シチリアの晩鐘」→ 征服者と被支配者との憎悪
・「シモン‐ボッカネグラ」→ 党派対立と融和
・「仮面舞踏会」→ 友情とその破綻
・「運命の力」→ 先住民(中南米の人たち)差別/信仰
・「ドン‐カルロス」→ 圧政と自由/信仰

一言で表現すればこんな感じだ。「リゴレット」から年代順に鑑賞すると、音楽の完成度が増していくに連れ、どんどん盛り上がっていく。あえて言えば「シチリアの晩鐘」はパリ進出のためヴェルディが不承不承作曲しており、本人はこのあまり気に入っていなかったので、ここで「少し脱線」。また「仮面舞踏会」は国の指導者をめぐる物語とは言え、個人的悲劇の色彩が強いので、ここが「ちょっと休憩」になるのかも知れない。そのあと「運命の力」は曲の重厚さをいよいよ増し、宗教(信仰)はどこまで力を持ち得るのか?の副題まで加わる。そして「ドン‐カルロス」で最高潮に達するのだ。

その次に祝典用の悲劇「アイーダ」が来るわけだから、ここで盛り上がりが一段落して「社会派」から離れ、後期の諸作品はヴェルディの華麗な展覧会となる。歌劇的な宗教曲「レクィエム」、個人・家庭の悲劇を追究した「オテロ」と続き、最後は「世界中がダジャレだ!」の喜劇「ファルスタッフ」で大団円となる。

作品同士の関連性があまりないと思われているヴェルディ作品。こんな視点から年代を追いながら眺めてみるのも一つの楽しみ方であろう。

2020年12月 6日 (日)

どのような過程で自分を選んでもらったのか?

介護部門で数々の執筆をされているジャーナリスト、藤ヶ谷明子さんから、7年ほど前に「ケアマネジャー評価表」なるものをいただいた。かの(現場の実態を反映しているとはとても言えない(-_-;))「情報公表」の項目とは違い、市民側の視点で作られた簡便な評価表なので、いまでも毎年、自己評価に活用している。

その中に「初回訪問時、なぜ自分(自事業所)が選ばれたのか(地域包括からの紹介、ネット、自治体の一覧表etc)を確認しているか」との項目がある。正確に表現すれば、「初回訪問時、『どのような過程で自分(自事業所)を選んでもらったのか?』を確認しているか」となる。

今年もこの項目は4段階評価の「4」を付け、「いつもインテーク時に聴取している」と記載した。

さて、記載しているうちに、最近は「ご紹介(行政・医療機関・介護事業所などの関係機関からの)」の利用者さんより、「ご指名」の利用者さんが増えたなあ、と気が付いたので、数字を比較して整理してみようと思い立った。

どこで線を引くかが難しいところだが、あいまいにしてはいけないので、

・利用者さんやキーパーソンさんが「こういう希望に該当する居宅介護支援事業所は無いですか?」と関係機関等に相談し、当該機関から第一候補として私に連絡が入った。
・「ご指名」を受けてお邪魔している方の親族に当たる方の予防支援を、地域包括支援センターから委託された。
→この場合は、たとえ事実上の一択であっても、「ご紹介」に含める。

・親戚や友人から「ここのケアマネさんがいいよ」と勧められ、利用者さんやキーパーソンさんが私に連絡してきた。
・かつてご家族の誰か、または(施設入所前などに)当のご本人の担当介護支援専門員であったご縁から、利用者さんやキーパーソンさんから改めて私に連絡してきた。
→これらの場合は、たとえ起源をたどれば関係機関からの紹介であっても、「ご指名」に含める。

このルールに基づいて計算したところ、以下の結果になった。

◆2002年12月(当時の上限件数50名に達した時点。ただし、給付管理が発生していない方が2~5名程度あった)

・ご紹介 40名
・ご指名 10名 → 20%
   *そのうち、認定調査(当時は新規申請分の委託もあった)終了後に、「あなたがやってくれるか?」と当所へ居宅介護支援を依頼してきた方が6名なので、
   *純粋な意味での「ご指名」は4名 → 8%

◆2020年12月(居宅支援・予防支援合わせて25名。ただし、給付管理が発生していない方が3名)

・ご紹介 12名
・ご指名 13名 → 52%!

これまでのエントリーで述べてきた通り、私は2014年ころから、亡き母が支援や介護(2017~18)を必要とする状態になったことを契機に積極的な営業をせず、母の他界後には自分自身の加齢も考慮し、結果的に仕事量や範囲を縮小している。それでも、いまの利用者さんの過半数が「ご指名」なのはたいへん嬉しい事実である。

つまり、私がもっと若かったり、家庭介護を抱えていなかったりしたら、一人でいまの二倍近くの仕事をこなしていただろうから、関係機関からのお情けに頼らない「士業士」として、順調に生業が成り立っていたわけだ(人を雇わず一人で食べていく分には、であるが...)。特定事業所加算を取得して三人以上で居宅介護支援事業所を形成しなくても、一人親方で自立した営業が可能なのである。「個」としてのケアマネジャー(≧介護支援専門員)はそうあるべきだと思う。開業当時に自分が希求した「腕一本でメシを食っていける」形態を、一応達成したことになる。

もちろん、これは介護報酬の動向にも左右される。今後この「士業士」の形態を目指す若いケアマネジャーの方々は、保険外の仕事をどんどん開拓していくことが望ましい。これは以前から唱えている通りだ。私の年代で、地域の職能団体の役員まで務めていると、なかなかそこまでする余力がなかったが...

さて、長い間には、逆に利用者さん側から(施設入所や転地などではない理由で)解約されたこともしばしばある。しかし、過去に解約された利用者さんは、必ずしも「ご紹介」の方ばかりではない。「ご指名」の方でも、「いったんはあなたを選んだけれど、やはり他のところにする」となった方が何名かいる。私の業務スタイルでは仕事の進め方にパーソナルな側面が比較的強く反映されることは否めず、利用者さん側の「好き嫌い」や相性の悪さが顕在化すると、長期的に継続できなくなったこともあった。これもまた、「士業士」型だからこそ、しばしば起こり得る現象だと割り切っている(居宅介護支援事業所内の担当者変更ができないから)。

また、当然のことながら、私自身、「ご紹介」だろうが「ご指名」だろうが、どの利用者さんも「お客様」として大切にする気持ちに変わりはない。細かいことだが、利用者さん宛に封書を送るときには84円の記念切手を使うことが多い。その際に「選んでもらった過程」など関係なく、お一人ごとのお好きな図柄を推測し、気を遣いながら貼っている(ハズレがあるかもf(^_^;))。

ところで、このエントリーには、勤務(「宮仕え」)の介護支援専門員たちを過小評価する意図は決してない。独立型と勤務型とが、車の両輪のごとくお互いに高め合っていくことが理想であろう。そのためには勤務型の介護支援専門員にも一層の自覚が求められる。力量が未達なまま漫然と働き続け、資質向上への意欲も薄く、母体法人や事業所に依存して給与や賞与をもらっているようでは、半人前だなぁと見なされてもしかたがない。

どのような立場のケアマネジャーであれ、自分の力で顧客の信頼を勝ち得ていく「プロフェッショナル」の誇りを持って仕事をしたいものだ。

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