どんなに若く未熟な駆け出しのスタッフに対しても、丁寧な言葉で話しましょう
2020年はコロナ禍に明け暮れた年となったが、私は可能な限り感染予防に心掛けながら、一年を通して、目の前の課題に向き合い、粛々と仕事を続けてきた。
日頃から心掛けているのは、「口先だけの人」にならないこと。「有言実行」が自分の目標である。この一年を振り返ると、気持ちはあっても実践したとは言い難いこともあれば、目指した通りに実践できたこともあった。
その中でも特に実践の完成度が高いと自画自賛しているのは、「タメ口をなるべく使わず、丁寧に話すこと」。
こう言うと、人生の先輩である利用者さん(大部分が高齢者)に対してのことだと思われるかも知れない。しかし、「顧客に対してタメ口をきかず敬語を使う」ことは、言われなくてもできて当然だ(画像の拙著でも節を立てて説いている)。むしろ、できていない人や事業所のほうが恥じ入る話であろう。ここで私が言いたいのはそれではない。
「丁寧に話すべき」相手は、職場や業界の後輩たちなのだ。
私はケアマネジャーだが、一人親方の自営業であるから、連携を取り合う相手はすべて「他法人の職員」である。中には私から見れば経歴・実績が比較にならないほど経験が浅い、30年以上後輩の職員との間で報告・連絡・相談し合うのはよくあることだ。その際に、相手が応接もたどたどしく、なかなか意図が伝わらなかったとしても、タメ口で押しかぶせるような話し方はしていないつもりである。なぜなら、私自身、20代から30代前半のときには、その相手のレベルだったのだから。
そこで、自分が若く未熟な駆け出しのスタッフだった時期を思い出してほしい。経験を積んでいる業界の先輩たちとの間で報告・連絡・相談を繰り返していて、気持ち良く仕事ができたのはどんな場合だろうか? ほとんどの人にとって、それは相手が丁寧な言葉で応接してくれ、自分や自法人の立場を理解してくれ、対等な立場で尊重してくれた場合ではなかったか?
また、同じ法人の職場内でも言葉遣いは重要だ。しばしば、新人職員は上司や先輩の態度を見て学ぶ。横柄で、高圧的な、マウントを取るような上司や先輩が多ければ、それを学んだ部下や後輩は、次には利用者に対して横柄で、高圧的な、マウントを取る態度を示すようになるのだ。もちろん、他法人の職員を相手にするのと違い、上司や先輩が部下や後輩にタメ口で話すこと自体は、日常的でも差し支えないが、相手に対する敬意を込めて会話することは大事である。
さらに、外国人職員(技能実習生も含む)への影響は大きい。かつて製造業や建設業でも、外国人が安価な労働力として使い捨て状態にされている職場で、彼ら、彼女らが身に着けてしまった日本語の多くは、上司や先輩が吐いた暴言や罵詈雑言なのである。介護業界でも指導する日本人職員の資質次第で、同様なことが起きるであろう。逆に彼ら、彼女らが、洗練された言葉や相手に敬意を払う言葉を多く聞いていれば、それらの言葉をしっかり習得して、日本語の美点を理解してくれるに違いない。
近年、常に話題とされているネット上の誹謗中傷、何の躊躇もなく飛び交っている「人を傷付ける言葉」が、心ある人たちの目には、どれほど醜いものに映っているか。それは「丁寧な言葉」とは対極にある存在である。
逆に、敬意を込めた丁寧な言葉は、受け取る人のみならず、発する人の心も豊かにしてくれるのだ。
言葉は生き物であるから、時代に応じて変わっていくことを、もちろん私は否定しない。しかし、日本語の歴史の中で長きにわたって大切にされてきたものを、私たちは受け継いでいかなければならない。豊富な語彙の随所に見受けられる丁寧語や丁寧な言い回しは、私たちの伝統の中で育まれてきた、掛け替えのない文化の所産なのだから。
寒波に包まれた大晦日、みなさんにその大切さを訴え、理解していただきたく願っている。
暖かい言葉に包まれた2021年を過ごしましょう☆
良いお年をお迎えください!
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