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2021年2月

2021年2月28日 (日)

五輪組織委の問題から読み取れるもの(下)

前回より続く)

すでにお気づきの方もあろうかと思われるが、私は今回の事案について、もっぱら話題になっている「特定の主題」だけに即する形で分析・考察してはいない。

その特定の主題とは「ジェンダー‐ギャップ」のことである。

私が決してジェンダーの問題に無関心なわけではないことは、八年も前のエントリーに言及しているので確認されたい。ただし、今回の事案は、その枠を超えた課題を私たちに突き付けているので、あえてジェンダー「だけ」に特化しての物言いをしないだけの話である。

私も本業を持っている人間であり、評論家ではない。前回掲げた個別の論点のうち何点かについては、機会を捉えて細かく論述することがあるかも知れないが、いまの時点でそれらのことごとくに踏み込んで、自分の意見を陳述することはしない。私はこの事案を総体的に把握し、分析しなければならないと考えている。前回言及した通り、今回の事案を契機に、単に個人や組織の問題にとどまらず、日本社会を根強く「支配」している上記の構図そのものを変えていく必要がある」のだ。

さて、「変えていく」のは簡単ではない。

一時期、革新的な市民活動家を中心に「オルタナティヴ」がもてはやされた。これまでの社会体系に代わり得る「オルタナティヴ‐システム」、それを実現するための「オルタナティヴ教育」、この類の「オルタナティヴ」がトレンドのようにいろいろ発信され、試みられてきた。注目すべき提案や実践がいくつも存在したことは私も認めており、決してすべてを否定的に捉えるべきでないことは、承知している。

しかし、その「オルタナティヴ」の多くが空回り、空振りに終わったことも事実なのだ。一例を掲げると、2008年末の年越し派遣村、ご記憶の向きも多いかと思う。あの活動は既存の市民社会に対し大きなインパクトを与え、私たちに大切な課題を投げ掛けることに成功した。ただし、その後の経過を見る限り、現実的な社会システム変革の実現には程遠い結果となった。同様な例は他にもいくつか見受けられる。

これらの諸活動が目標を実現できない(できなかった)要因としては、政治勢力による利用(我田引水)、携わる当事者の理解不足(指導的立場の人たちと、その他大勢の関係者との意識の乖離)、長期的なグランド‐デザインの準備不足、既成構造に対する反抗のためのアクションへの限定・矮小化(反対勢力の中でも巻き込むべき人たちがいるのに、その人たちから反発を買ってしまったこと)などが挙げられるだろう。

しかし、最大の原因は、「日本」についての理解不足だと、私は考えている。すでに拙著「これでいいのか? 日本の介護」の中で述べてきたことである。

では、私自身は日本社会がどの方向を目指すべきだと考えているのか?

それが下の画像だ。

Photo_20210228112901

これを見ておわかりの通り、前回掲載した「日本的な」思考形態・行動様式と同じ構図である。

前回の図と比較していただきたい。枠で囲った文言をそのまま別の言葉に置き換えることにより、その相関から生じるもの(紫字で示した)が大きく変わってくる。ネガティヴな相互作用をポジティヴなものに転じることにより、体系全体に好循環が機能し、私たちが活き活きと自己実現できる社会に近付くであろう。

理想論だと誤解されるかも知れないが、これは現実論だ。私たち「日本」の文化の根底から培われた思考形態や行動様式を改めることなく、「そのまま」逆用するだけで、好循環への道は開かれるのである。図の左下にある(青字で示した)通り、私たちの知的体力の向上にもつながるのだから、民度の上昇に大きく寄与することは言うまでもない。

裏を返せば、オルタナティヴの諸活動が停滞した背景には、中心になった指導的な人たちが、他国の良いものを採り入れることに偏ってしまった状況があったと推察される

コロナ禍を契機に社会の閉塞感はいよいよ強まっている。いまこそ、私たちを育んできた日本文化の土壌に根差した、真の意味の「代わり得る」社会体系を、協働して創り上げていかなければならない時期である。

一人ひとりの意識改革、そしてそれを踏まえた思考形態や行動様式の変容を願ってやまない。

2021年2月24日 (水)

五輪組織委の問題から読み取れるもの(上)

このところ、テレビやインターネットなどの新旧メディアを賑わせている話題がある。

一年延期された東京五輪の組織委員会理事会の席で、会長であった森喜朗氏が、「女性蔑視」と受け止められる発言をしたことが報じられ、国内外から多くの批判を浴びた。その後、紆余曲折はあったもの、結果として会長職を辞任するに至った。

その発言の全文はすでに複数のメディアで公開されている。一例としてスポニチの該当記事にリンクを貼っておく。言葉の意味や文脈が不明確な面も見受けられ、明白に意図して女性を蔑視した発言なのかは何とも判断できないが、いくつかのキーワードに氏の正直な意識が反映されていることが看取される。全体を総合すると、ジェンダーに関して明らかな「時代遅れの感覚」を背景にしていることは否めない。

この事案に関する個別のポイントを整理すると、

・発言中の「恥」「困る」「わきまえる」等のキーワードに差別的な意味があったのか? 特に「わきまえる」は「身の程をわきまえる」ではなく、「時間配分を考慮して趣旨を短くまとめる」の意味にも解釈できるが、実際の意図はどちらだったのか?

・全文がなぜ速やかに報じられなかったのか? メディアの側に「意図的な切り取り」はなかったのか?

・従前、森氏が自ら運営に携わる組織で女性役職者の増加に努めてきた実績もある。組織委では深い意味もなく、いわばエピソードとして語ったとも想定されるが、公的な立場の人が言って良いことかどうか、「舌尖で千転」したのか(自分の実績を台無しにしかねない言葉を軽率に発してしまう、資質の問題があるのではないか)?

・「女性の役職者が増えると会議が長くなる」はエビデンスを踏まえた発言か? また反発した側もエビデンスを踏まえて反論したのだろうか(ちなみに、森氏の発言を否定する研究例としては、ブリガム‐ヤング大とプリンストン大との共同調査結果が存在する。他にもあると思われるが)?

・その場で、または散会した後にでも、森氏に指摘したりたしなめたりする人が、役職者の中にいなかったのか? 組織委は普段どのような雰囲気の中で運営されていたのか?

・批判が巻き起こった後、「謝罪して撤回すれば問題ない」判断は適切だったのか? この発言が国際的に報じられた場合、いかなる受け止められ方をするのか、氏や組織委は想像力を働かせることはできなかったのか?

・世界から注目されている中、森氏が辞任表明した後の後継候補を、なぜ「密室」で決めようとしたのか? それ自体が時代遅れ、あるいはドメスティックだとの認識は、関係者の頭の中になかったのか?

・「老害」の言葉の適否はひとまず措いて(これも高齢者差別用語だとの見かたもあるが)、社会的地位のある高齢の人が、自分のポストを簡単に捨てられないのは、日本全国に共通する現象である。その実態をどう評価し、対策をどう準備するべきなのか?

日本国民の中に、森氏(の発言に窺える背景)と同様なジェンダーの感覚を持ちながら日々を過ごしてきた人(おもに高齢男性、一部は女性も)が、相当な割合で存在することは現実である。その人たちの人生の歩みを肯定的に捉えつつ、どう意識改革をしていくのか?

まずはこの辺りが論点かと考えられる。暇な人間ではなく、評論を業とする者でもないので、私がそれぞれの項目について、あえて意見を細かく陳述することはしない。各自で考察の材料にしていただきたい。

さて、東京五輪に関して、私はかつて自著本の中で以下の通り言及した。

「賢明な読者の皆さんは、2020年・東京五輪のメインスタジアムとなる新国立競技場建設計画の決定にあたり、本章(注;第7章)で述べてきた『日本』的原理の悪い面のほとんどが凝縮されていることに、気付いたことであろう」(『口のきき方で介護を変える!』P.164~165)

この本は2015(平成27)年10月に上梓しているから、5年余り前のことだ。あのときの競技場にまつわるゴタゴタは、まさに「日本特有の現象」を帯びた組織委関係者(個人・団体を含め)の体質に由来すると、私は考えていた。そして5年の時を経ても、その体質が変革されないまま、ここでまた同様な問題が起きてしまった。

その「第7章」で述べたことを相関図にまとめたものが下の画像である。これらの思考形態や行動様式が負の連鎖を構成しており、私たちの社会の行く末に暗い影を落としていることを分析して、市民意識の変容を促したものだ。詳しく知りたい方は、同書をお読みいただきたい。

Photo_20210218082201

さて、いまの菅総理とも重なる面があるが、森氏もかつて小渕政権において与党幹事長、いわば屋台骨を支える「番頭」の役割を担っていた。総理になったのは前任者が急病で倒れたからだ。実は前述の「日本的な」がとりわけ鮮明に出現するのは、このパターンなのである。これが森氏のリーダーシップのスタイルとなり、現在まで「続いてしまった」と見てよいだろう。

「経営者型権力」「番頭型権力」の用語がある(ずっと以前から社会科学や人文科学に関する複数の研究者により用いられてきた)。前者のスタイル、特に足利義教・織田信長・徳川綱吉・徳川家重・大久保利通などに代表される独裁的な手法となると、後者の人たちは到底それを採用することができない(安倍前総理であっても、この5人に比べるとかなりマイルドだった)。また、独裁者は多くの「日本人」から嫌われる。義教・信長・利通のように「消され」たり、綱吉(「暴君」とされた)や家重(「バカ殿」とされた)のように貶められて低く評価されたりで、いいことがない(笑)。

後者のスタイルを採るリーダーは、「和」を尊重して組織を運営する。周囲がそれに「都合良く」合わせるスタイルが、これまでの「日本的な」組織運営に適している。政治・経済から社会の個別分野まで、中央から地方まで、いわゆる「護送船団式」が肌に合っている個人や団体が多いのだ。良し悪しはともかく、日本はその原理によって動かされてきた。

しかし、画像の図にある通り、「和」は他のさまざまな要素とつながっている。森氏の発言や五輪組織委、その周辺の人たちの意識や体質が、なぜ今回の騒動を招いたのか? それは私が解説するよりも、みなさんがこの図を眺めながら、それぞれの頭で考えていただきたい。いみじくも右下に「儒教」の一要素として、「男尊女卑」も掲げてある(笑)。
(なお、森氏は自分の思想が儒教に基づいていると明瞭に意識してはいなかったと思われるので、念のため)

そして、今回の事案を契機に、単に個人や組織の問題にとどまらず、日本社会を根強く「支配」している上記の構図そのものを変えていく必要があると、私は考えている。

次回へ続く)

2021年2月 9日 (火)

ジュスト高山右近を尊敬していた父

2月9日。父が2002年に80歳で他界してから満19年。もうそんなに経つのかと、在りし日のことを懐かしく想い起こしている。

一昨日、7日は福者ジュスト高山右近(長房・重友/1552?~1615.02.03。画像は教会の祈りのカードに印刷された、三牧樺ず子氏による右近の肖像画)の列福式から、ちょうど4年になる。自分も一か月ぶりに教会へ足を運び、四百年前に日本から追放されてフィリピンで客死(殉教者と認定)した、右近の生きざまを思い起こしながら、ミサに与った。

Justo-takayama-ukon

実は父の霊名が「ジュスト(ユストとも発音する。もとはラテン語で「正義の人」の意味)」なのである。

父は代々仏教の家の生まれであり、若いころはその宗派の典籍を買っていろいろ読んでいた。50代になってからは新興宗教に転向し、そちらの勉強を熱心にしていた。一つの教えに熱中すると他の宗教を軽蔑する性癖があり、そのいささか偏った宗教観に辟易したこともあったが、父本人の意思である以上、他界したときには希望する宗教のやりかたで葬祭をしてやっても良いと考えていた。

ところが70代の終わりに、そろそろ先のことを決めておかないと思い、父に尋ねたところ、意外な答えだった。

「お前が信じている教会のやりかたでいいよ」

ある意味、宗教遍歴を重ねてきた父が、何がきっかけだったのかわからないが、思いがけずカトリックの考え方に心を寄せていたらしい。

そして、それと前後する時期に父が、「高山右近を尊敬している」と言っていたのだ。

その後、2001年の秋から父の認知症が進行して、母の負担が増大したので、通所介護を利用するようになったが、身体面では大きな疾患も機能低下もなく生活していた。2002年の2月に入ると、たいへん弱気の言葉を吐いたことがあり、生きる力が無くなったのかなぁ、と悲しくなったことはあったが、亡くなる前日までは病気らしい病気も無く過ごしていた。

9日の朝、母が起こしても目を覚まさず、これは危篤状態だとすぐに察知。しかし私はあいにく、すぐにキャンセルできない仕事を抱えていたため、母に後を頼んで出掛け、戻ったときにはすでに息をしていなかった。主治医が診療の合間に駆け付けてくださり、死亡診断。さて、あとはどうするか?

何しろ父は、「教会で葬儀をしてほしい」「高山右近を尊敬する」の二つしか言い遺していないのだから、他に選択の余地はない。霊名「ジュスト」で臨終洗礼を行い、あとで小林神父様(当時の浜松教会主任司祭)に追認していただいた。葬儀ミサも11日、小林師の司式で、無事に終えることができた。

父は欠点の多い人で、とても右近を手本に生きてきたとは言い難いところがあるが、それでも「義の人」右近の生涯の歩みを、何かの本を読んで知ったことで、それを心に刻み、信仰者の模範的な姿として敬慕していたのであろう。

このような父とのつながりがあったために、右近が福者に列せられたことは、私個人としても大きな喜びなのである。

さらに、カトリック教会がいつか右近を聖人の列に加えてくださり、私たちがこれまで以上に彼を崇敬し、その取り次ぎを願うことができるように、祈りを続けたい。

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