現場が疲弊する介護の施策
この4月からの介護報酬改定が一段落した。
改定に伴う一連の作業も、三年ごとの「セレモニー」として定着した感があるが、今回の改定はこれまでの改定と比較して、いささか異なるものがあった。改定の全体像や将来的な方向性などについては、すでにメジャーな論者の方々がさまざまな角度から論説を出しているので、私の出る幕ではない。
ただ、私自身、現場の介護支援専門員として、いろいろと思うところはある。細部には触れずに、今回の改定の大枠から看取される傾向だけを列記してみよう。
(1)繁文縟礼。各サービスの加算がいよいよ複雑になり、算定要件を満たそうとすればそのために多くの労力を割かなければならないことになっている。ケアマネジャーや介護従事者が「がんじがらめ」にされてしまう。
(2)給付側のための「自立支援」。限られた財政の中で施策を運用しなければならないことは重々承知しているが、利用者や介護者の自助努力を迫る内容は、介護保険発足当時の理念であったはずの「介護の社会化」にも逆行している。
(3)現場労働者への敬意の欠如。対価(←介護報酬)の問題だけではない。「不信のモデル(←性悪説)」「やりがい搾取」をいつまで続けるのか? と言いたくなるほど、専門性への軽視が目立っている。確かに業界や職能側の課題も大きいが、まずはこれまでの労苦に対する制度上「応分の評価」があり、それを受けて当事者がさらなる資質向上に努める好循環の確立が理想であろう。
(4)生硬なICT化。「署名・捺印」の省略一つ取っても、電磁的署名を取得する必要が生じるなど、ハードルは結構高い。本来、拙著『これでいいのか?日本の介護』でも述べたように、現場を熟知したシステムプロデューサーが適切にサポートしながら、それぞれの職場に適したICT化が推進されるのが望ましい。しかし現場はとてもその段階に到達していない。厚労省が推進する「科学的介護」に関連するシステムを構築していこうにも、いまだ道遠しと言わざるを得ない。
そして、これら全体を一言で表現すれば、「現場を疲弊させる施策」と評することができるだろう。
このうち、(1)(2)(3)については、また稿を改めて論じたいので、ここでは(4)について述べてみたい。
「生硬なICT化」により現場がいささか疲弊しても、エンドユーザーである利用者(介護者を含む)に利益をもたらすものであれば、まだマシなのだが、そうもならない。下に掲げた画像は、私が10年前に静岡県介護支援専門員協会の全体研修のパネリストとして披露したものだ。
つまり、給付システムは独占・寡占を事とする企業体には大きな利益をもたらす反面、利用者にとっては決して(期待するほど)有益なものにならないと言いたかったのだが、まさに時を経た現在、この状況がさらに顕著になっている。
加えて、政府から受託されてシステムの設備を提供する企業・団体は、市場を独占できた以上、技術の精度向上や革新を停滞させたほうが利益を得られる現実がある。消極的なサボタージュ(原義は「妨害工作」の意)だとも位置付けられる(10年前に壇上からそう述べた)。
まさに初手からつまづいた「LIFE」は、ここで予言した通りのありさまだ。もう一つ、新型コロナウイルス接触者アプリ「COCOA」も昨年、同様な醜態を晒している。
ここに来て、ようやく国が現場本位のICT化へ向け舵を切ってきたらしい(笑)ケアマネジメントの方式についても、またしかり。
かつて、独立・中立型のケアマネジャー連絡組織が存在したとき、厚生労働省に対し、アセスメント方式を統合し、さらにケアプラン作成方式を統合することを提案した。このコンヴァージェンス(収斂)が実現すれば、郵送やFAXなどの紙媒体によるケアプラン・サービス提供票の送受信から、所定の書式を用いたネットによる送受信へ転換し、ケアマネジャー・サービス事業者側担当者の大幅な業務の節減に至ると考えたからだ。
ところが、折衝に当たった会員は、厚生労働省から「それは無理」だと言われた。その理由は、「M社」と「N社」とのせめぎ合いが存在し、どちらかの方式をベースにしたコンヴァージェンスは困難だとのことだった。「寡占」を前提にしたとしか受け取れないこの反応には、私も少なからず落胆したものだ。
この「M社」と「N社」、どちらも防衛産業部門に参入し、仲良くどちらもサイバー攻撃を受けた(笑)ことでも知られる。最近はFA-IT統合の推進で共闘しているようだが。そして「M社」のほうは太陽光発電で利権を獲得し、その後は中国企業に押されて撤退する羽目になったことは、私たちの記憶に新しい。では「N社」は? かの「入退室の顔認証事案」で、某デジタル大臣が「脅す」「干す」と言いたくなるほど、官庁の利権構造に深く食い込んでいたことが、はしなくも暴露された(この発言自体は、代わり得る選択肢を大臣が恣意的に示したと見なされるので、それはそれで批判されて当然ではあるが...)。大きな企業体による「独占」「寡占」が、本来市民が享受すべき利益を蚕食する害悪は根深い。
厚労省のICT化推進において、同様な愚が繰り返されるとしたら、介護業界の将来は暗いものにしかならないことを、心から危惧している。
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