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2021年8月22日 (日)

「山口で買うなら、や...まぁ...グッチか」「長州で贅沢税、徴収するぞ!」

【史料好きの倉庫(35)】

今回は「山口県(防長)の主要大名」の解説である。

過去四回訪県。最初は1989年で、萩・山口・秋吉台・長府を巡り歩いた。1992年に(福岡県とセットで)下関・防府、1995年に(島根県とセットで)須佐を周遊。直近は2003年、母に同伴した旅行(広島県とセット)で萩を再訪し、旅行する機会に乏しかった母に初めて日本海を見せてやることができた。

諸家の史料は山口県文書館が長州藩主・毛利家から寄託を受けた「毛利家文庫」に所蔵されている。系譜類は『近世防長諸家系図綜覧』『萩藩諸家系譜』(いずれもマツノ書店。筆者は前者のみ所蔵)の両書に詳しくまとめられており、前者には戦国期までの大内家や一門の系譜も収録され(ただし、大内一族の主要な諸家が軒並み滅亡して詳細が不明となっていたので、その後の新研究によって明らかになった点も少なくない)、後者で仁保(三浦)家をはじめ長州藩の(重臣以外も)上級武士の系譜を閲覧できる。

Choshuhan

◆厚東家
長門厚狭郡の豪族。平安朝中期から知られ、厚東武光が霜降に築城して拠点とした。武実が建武政府、のち室町幕府の長門守護となり、四代継承するが、義武のとき1358年に大内家の攻撃を受けて居城を失い、豊前に逃れるも次第に消息を絶った。

◆大内家
周防吉敷郡大内に興り、12世紀の大内盛房は周防権介に就任し、以後は在庁官人として勢力を拡大した。弘世は南朝方の周防守護に就任、室町幕府方に転じて厚東家を駆逐し、山口に拠点を築いて周防・長門両国の守護となった。義弘は三管・四職に次ぐ家格となり、持世のとき筑前を勢力圏に収め、豊前の守護も兼ねた。政弘・義興二代は中央の政局に関わりながら、領国の安定、対外貿易、文化の発展に努めたが、義隆は統治能力に欠け、陶晴賢の離反を招いて自殺に追い込まれた。義長は晴賢に擁立されて大友家から入嗣したが、1557年に毛利家の攻撃を受け長府へ逃れ、包囲されて滅亡した。

◆内藤家
都濃郡の豪族。鎌倉御家人であったが、内藤盛貞(肥後守)のとき大内家に服属し、長門守護代を世職とした。嫡家の隆世は大内義長に殉じて滅亡したが、隆春は姉の尾崎局が毛利隆元の妻であった縁により、毛利家の重臣として家を存続した。元盛は毛利輝元の密命を受けて大坂へ入城、夏の陣で徳川方に捕縛され自殺、息子の元珍も輝元の意思で切腹させられた。元宣は毛利秀就から再出仕を許され、子孫は長州藩重臣の寄組として1,300余石を知行した。

◆仁保(三浦)家
相模三浦家の一族である三浦(平子)重経が、源頼朝から周防国内に所領を与えられた。南北朝期には継続して室町幕府方であり、室町期の盛郷のとき大内家に服属した。隆在のとき毛利家に従属、元忠は毛利輝元の近臣から入嗣して16,000石余の高禄を与えられたが、養子の虎法師が没していったん無嗣絶家となった。元精が微禄ながら家を再興し、長州藩士として続いた。

◆毛利家→長州藩
鎌倉期の安芸吉田時代に始まり、領土の拡大、縮小、変更を経ながらも、途切れ目なく明治維新まで継続した大家(藩)である。そのため、通し番号は安芸時代から一貫させ、かつ輝元までは広島県のページにも重複させて掲載した。

◆毛利(伊予守)家→長門府中藩/豊浦藩
◆清末藩=毛利家
毛利元清は宗家から分かれて一家を創設したが、次の秀元は一時輝元の養子になったこともあり、関が原敗戦以降は長門府中を領する6万石の分家大名ながら、江戸幕府から准国持の特例をもって遇された。その嫡系は1718年、元矩が没して無嗣絶家となり、清末を領知していた分家の匡広が47,000石で長府藩を再興し、子孫は5万石の城主格大名となった。清末のほうは匡広の七男・政苗に分与され、両家とも明治まで続いた。

◆岩国藩=吉川家
吉川広家は徳川家康の謀略を受け、従兄・毛利輝元が関が原に参戦しないよう画策したが、戦後は思惑に反して家康が輝元の所領を112万石から36万石余に大減封したため、輝元との間に溝が生まれた。そのため長州毛利家から岩国領3万7千石(のち公称6万石)を分与されながらも、分家大名として承認・推挙を得られず、江戸期を通じて非大名の陪臣格(幕府からは特例をもって遇される)であった。幕末に至って領主の経幹が宗家と和解し、明治に入ってから(実は経幹の没後)長州藩の推挙を得て「岩国藩」となった。

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