多様性を声高に唱える人ほど、多様性に不寛容ではないのか?
社会福祉士(一応...)の一人として思うこと。
社会にはさまざまな属性を持つ人々が共住している。私自身、個人としては「男性」「19XX年生まれ」「静岡県出身」「独身(結婚歴がない)」「カトリック教会の信徒」、また社会の中では「浜松市で仕事をしている人」「社会福祉士」「介護支援専門員」「中道右派(政治的に)」などの属性を持っている。
これらの属性が、他者を傷付けるものでない限り、他者から尊重されるのが、社会のあるべき姿である。すなわち「多様性を尊重する」ことだ。
たとえば、カトリック教会は本来、同性婚を「罪」と位置付けていた。いまもなお、教会の秘跡としての「婚姻」の対象とは認めていないが、シビル‐ユニオン(市民としての法律上の婚姻)は否定しない立場だ。すなわち、同性愛者である信徒がミサに参列して聖体拝領の秘跡に与ることは、全く問題はない。信徒が同性愛者であっても、個人としては他の信徒と同様、司祭から祝福を受けることができる。
もちろん、ジェンダー平等の理想から見ると、いまだ不十分な点は少なくない(女性司祭が認められていないなど)が、保守的なカトリック教会でさえ、時代の流れを踏まえ、段階的に多様性を尊重する方向へ動きつつあるのだ。
さて、日本社会を顧みると、必ずしも理想とする方向へ進んでいない。たとえば、これまで多様性の尊重を訴えてきた人たちが、その趣旨に沿っているとは言い難い言動をした事案も見受けられる。
「宇崎ちゃん騒動(2019)」「戸定梨香騒動(2021)」などはその好例であろう。女性の性的な部分の強調が不適切であると主張した人たち(おもに女性の個人や団体)は、その体型の女性(希少であるが、街でもときどき見掛ける。筆者の仕事の上でも、何十年の間に数名程度だが、同様に胸の部分が大きめの体型の女性に会ったことはある)を差別していることに気が付いていなかった。そのため、表現の自由への抑圧だと主張する人たちの反発に遭い、激しい議論を巻き起こしている。
また昨年、埼玉県営プールでの水着撮影会が、特定政党の女性議員たちの要求を契機として(直接の因果関係はないとされているが...)中止された事案も、これを不当な介入だと考える人たち(当事者の女性たちを含む)からの強い反発により、大きな社会問題になった。
一部のフェミニストの人たち(...だけではないが...)が女性の「ジェンダー」を尊重するあまり、「自分たちにとって受け入れ難い」表現のすべてに「非を打つ」ことになっていないだろうか? 許容範囲をたいへん狭くしてしまい、その外側にあるものは、たとえ女性(たち)自身による自己実現行動の一環であっても、否定してしまうことになっていないだろうか?
(これらは一例として掲げたものであり、フェミニストの人たちをことさらに批判する意図はない。念のため)
これらの行動の根にあるのは、偏狭な視点に基づく「不寛容」である。多様性を声高に唱える人たちが、かえって自分たちの「間尺に合わない」多様な人たちを排除する、まことに皮肉な現象が起きている。
その結果、表現を抹殺する動きが、かえって「言葉狩りの弊害」で述べた、見当外れの反差別教育にも結び付く。事情を深読みしない人たちを中心に、水面下で歪な感情が広がり、互いの多様性を尊重する機運が遠のく。コロナ禍の最中に頻発した「マスク警察」「他県ナンバー警察」の類いの極端な行動に走る人たちも登場する。社会的に行き過ぎた規制が創出されれば、それに反対する市民たちが推進した人たちを「ノイジー‐マイノリティ」と攻撃する。「不寛容」が相手方の「不寛容」を増大させる事態になる。
筆者は、このような社会を決して良いものだとは思わない。
それぞれの主張をする市民たちが、互いに対立する側の見解にも耳を傾け、向き合ってコンセンサス(合意)とコンフロンテーション(対置)とを繰り返しつつ、議論を重ね熟成させた末に、合意に基づいて真に多様性を尊重する社会が形成されるのが、望ましい姿であろう。
日本社会がその方向へ進むことを、心から願っている。
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