人はリスクと隣り合わせで生きていく
先日来、三人の利用者さんが独居生活を始めた。一人は50代前半(複合障害)、一人は60代後半(慢性疾患)。一人は70代後半(アルコール依存症)。いずれも「一人暮らしをしたい」思いは強かったが、障害があるなどの理由で、現実には独居が難しいと見られていた。
このような利用者さんを支えるのがケアマネジャーの役目であるから、機会を逃さず在宅生活を始めることは大いに歓迎する。
ただ、残念なことに、三人とも計画を立ててから実際に独居生活を迎えるまで、かなりの時間が掛かった。それぞれ、家族や周囲の関係者(全部ではない)が「リスクが多く無理があるのでは」と「待った」を掛けたためだ。
特に二番目の60代後半の方。慢性疾患の病院に長期入院していたが、10月を最初として実に4回の試験外泊を繰り返して、2月末にようやく退院となった。それさえも私が段取りを整えて強く要請した結果である(しなければさらに先送りになっていた)。その間の四か月、病院側は収入が入るからいいが、ケアマネジャーには一円も入らない。タダ働きなのだ。
確かに、実際に退院してみると、訪問介護、訪問看護や通所リハビリの支援がなければ生活できない。また、途中で下肢の状態が悪化して不測の事態が生じるなど、相当なリスクを抱えながらの生活であることは間違いない。
しかし、もともと人間はリスクと隣り合わせで生きていくものである。それを回避したいあまり、「何かあったらどうするんだ」の思考に陥ってしまい、一歩を踏み出せないまま延引を続けるのは、私の方針に合わない。
もちろん、利用者さん自身が「石橋を叩いて渡る」ことは最大限尊重するべきであるし、また、ケアマネジャーの専門的な知見から明らかに「これは危険だ」と予測される方向へ舵を切るべきではない。だが、「何かあったら...」で止まっていると、何ごとも始められないことも確かである。
話は変わるが、大相撲春場所の事案。優勝争いでトップを走っていた尊富士関が、14日目の敗戦で右足首靱帯を損傷した。救急車で病院に運ばれ、翌日は休場かと言われ騒然となった。しかし同力士は負傷の状態で出場を敢行し、千秋楽で豪ノ山関を降して見事に110年ぶりの新入幕優勝を飾った。
いわば乾坤一擲の大勝負を賭けたのだが、これにも一部の論者からケチが付いた。「美談じゃないよ。強行出場してもし右足の負傷が悪化して、(横綱)照ノ富士みたいに(ケガばかりで土俵を務められなく)なったらどうするの?」などと。しかし、弟弟子(高校の後輩でもある)の尊富士関に「お前ならできる!」と背中を押したのは、当の横綱なのだ。本人が兄弟子や師匠とよくよく協議して決断したことには、心からの称賛あるのみ。批判は全くの筋違いだ。そして、この一番で日本中を沸かせた尊富士関が、春巡業はしっかり休場するとのこと。しっかり療養するためにこれも大切である。
「何かあったらどうする?」と偉そうに述べる論者は、人生を賭けた大きな選択などした経験もないのであろう。23年前に、破滅覚悟(笑)で当時は類例のない「ケアマネジャー単独開業」に踏み切った私から見れば、この類の議論には失笑しかない。
「事勿れ主義」が行き過ぎると、時として人権侵害にもつながる。いまだに新型コロナの蔓延を恐れて、利用者と家族との面会制限を延々と続けている介護福祉施設などが好例だ。私たちはこのような状況を改善すべく、働き掛けていかなければならない。他方、コロナ禍以前と同様に利用者と家族との自由往来を認め、何か起きたときには自分が責任を持つことを明言している施設長に対しては、心からの敬意を表したい。
最初の話題に戻って。独居を敢行する利用者さんを後押しするのは、支援者側にとって「何かあったら可能な限り私〔たち〕がサポートしますよ!」との意思表明でもある。当然ながら、後押しする行為に伴う責任も了解済みということだ。その覚悟を持たない専門職は、軽蔑にしか値しない。
人はリスクと隣り合わせで生きていく。私たちは「人生」の意味を今一度考え直そうではないか。
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