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2019年8月14日 (水)

人格権をめぐる問題

騒動の渦中にある「あいちトリエンナーレ2019」。

「表現の不自由展・その後」の展示されたいくつかの作品が、果たして「アート」の名に値するのか? 政治的プロパガンダではないのか? との議論が沸騰し、この企画が中止された。

その展示物の中に、昭和天皇の写真を焼き、その灰を踏みつぶす映像があったことが指摘されている。これに関して「人の写真を焼く行為」の是非が論じられており、企画の芸術監督である津田大介氏をネット上で批判する人たちの中には、「それなら逆に津田氏の写真を焼いてやれ!」などと主張する人たちも出てきている。

しかし、そう主張する人たちの頭の中では、どうも「人格権」の理解に混乱があるようだ。

「人格権」については、故人と生存している人とに分けて論じなければならない。

まず、故人には基本的に「人格権」は存在しない。

それでは、故人に対して何をしても名誉毀損にならないのかというと、決してそうではない。刑法230条の2によれば、虚偽の事実をもって故人の名誉を毀損した場合には、刑事事案になる可能性があることが示されている。

したがって、故人が実際に行った事実や、故人に責任がある事実をもとに、その人物の写真を焼く映像を公開しても、刑事的には何ら問題にならない。昭和天皇が「大日本帝国」の元首(当時)であり、戦争遂行の最高責任者であったことは、紛れもない事実だ(現実には昭和天皇が軍部の暴走を止められるほどの権力を持っていなかったと、私は考えているが、それはひとまず措く)。展示した側が昭和天皇を批判してこの作品を出品した行為を「表現の自由」だとする主張は、法律的に言えば正論だ。

とある宗教団体の指導者が、故人の「霊言」と称して多くの著名人の言葉を一方的に述べているが、これも虚偽の事実に基づかない限り、子孫など血縁者が名誉毀損の訴訟を起こしても、勝てる見込みはない(なお、この宗教指導者は、生存している人に関しても一方的に「霊言」を述べているが、こちらは「〇〇さんの守護霊」としているので、本人の名誉を毀損したことにはならない)。

他方、生存している人には「人格権」がある。

もちろん、私が自分が保存していた写真を整理する意味で、友人や知人が写っている写真を焼いても、当人がわかる場面において当人を貶める目的で焼くのでない限り、それは名誉毀損に当たらない。

しかし、もし私が特定の知人△△氏に対し非難攻撃しつつ、「△△は怪しからん奴だから、お前の写真を焼いてやる」と宣言して、写真を焼く画像をブログやSNSなどに公開したら、たとえその「怪しからん」行為が事実であっても、それは明らかな人格権の侵害であり、名誉毀損だと見なされる。

それは、民法709条により、△△氏に精神的苦痛を与えたことを理由に、損害賠償を求められる可能性があるのだ。

なので、津田氏を非難攻撃する人たちも、氏の写真を焼いて公開する類の愚行は、やめたほうが良い。

ことほどさように、生存している人に比べると、故人の名誉を守る法的な規制は限定的なのである。「何でもあり」になってしまうのは、やむを得ない面もあろう。

 

ただし、昭和天皇には、本人を直接知っている子や孫が生存している。その人たちのうち誰かが、先制攻撃をかけるかのように津田氏を批判した事実は、世に知られる限りではなかったと理解している(傍系の、たとえば「竹田宮の子孫」などは含まれていないが)。また、今回のような展示をされた場合、皇室以外の女系子孫たちであっても、品位の問題があり(そのため「降嫁」の際に多額の「一時金」を受け取っているのだから)、逆に津田氏らの行為を批判することが事実上困難であることは言うまでもない。ある意味、両手を縛られたままで殴られたのに等しい。

したがって、私は津田氏を含め、昭和天皇の写真を焼いて灰を踏む画像を作って出展した人たちに対して問いたい。

「人を傷つける行為がそんなに楽しいか?」

人間として、自分の胸に手を当てて、熟慮再考してもらいたいものだ。

2019年8月 4日 (日)

「落選者」二題(2)

(前回より続く)

業務過密の関係上、曜日がズレてしまったが、参院選で注目している落選者評の続きである。

もう一人は山本太郎氏。れいわ新選組・比例に立候補して3位で落選。しかし「3位」とはこの政治団体が上位二人を「特定枠」としたことによるもので、個人としては実に99万票を集めたわけだから、ダントツの集票力と言える。しかも団体全体を通せば比例で4%強の票を得たことによって、れいわ新選組は政党要件を満たし、政党交付金を受けられることになった。結果的に自身が落選したとは言え、山本氏の戦略は一定程度の成果を得たことになる。

さて、山本氏をめぐっては、これまでもさまざまな評が寄せられている。

まず政策。脱原発、改憲反対、教育・社会保障の拡充(無償化)等が柱である。すでに議員として6年間活動する中で、国民から賛否さまざまな意見が寄せられてきた。私自身は一部の政策に賛同するものの、氏は国家財政の運用の均衡について的確な視点を持っているとは言い難く、国際的な大局観に欠けていると見なしており、積極的に支持するものではない。

氏は政権担当まで目指すとしているが、私は上記の立場から、氏や同党が路線を修正しないのであれば、票を投じることはない。右派に限らず、多くの国民が氏や同党の政策を支持できないのであれば、「悪ければ落とす」原則にのっとって、次の国政選挙で票を投じない(または対立政党への投票を呼び掛ける)のが妥当であると考える。ネットで過去の行為や発言(学生時代に「戸塚ヨットスクール」を付けたグループ名を称した、日本側から具体的行動を取らないのであれば「竹島は〔韓国に〕あげたらよい」と発言した、etc)を蒸し返すなどの印象操作は、一部の左派による政権を貶める印象操作と同じ行為であり、するべきではない。

次に手法。山本氏は園遊会における明仁天皇(現・上皇)陛下への書簡手渡し、安保法制改正や森友・加計学園問題を議論する際の安倍総理(および夫人)に対する揶揄などで、批判を浴びた。私はこれらのパフォーマンスについては、批判されて当然であると思う。細部のルールが明記されていなかったなどの擁護論もあるが、そもそも議員は良識やマナーを守るとの前提に立って、不文律の社会規範が設けられているのだ。それを変えたいのであれば、まず関係者に賛否を問うてから行うべきであり、自分が逸脱して議論を巻き起こすのは、順序として間違っている。大麻合法化を求めて自分が大麻を使用する人たちと何ら変わりはない。

そして戦略について。今回の参院選で山本氏が採った戦略を、左派ポピュリズムに分類する論者が多い。私自身、「次」や「今後」を狙っている氏の戦略は、左派ポピュリズムの一形態だと理解している。

しかし、舩後靖彦氏・木村英子氏の重度障害者二人を全面に押し出して、当人たちを当選に導いたこと自体は、まっとうな方策であり、何ら批判されるべきものではない。

「税金を使って国会を改修するのには反対。山本氏自身や、福祉・医療に携わる人たちが『代弁者』として当選し、重度障害者たちの立場で改善を訴えれば良いのではないか? にわか作りの政治団体が比例の特定枠を使って両氏を『傀儡』のように当選させたことは、あざとく野心たくましい方法だ」との意見が(おもに右派から)あるが、私は全く同意できない。

特定枠を使用したのはれいわ新選組だけではない。自由民主党も特定枠二つを使い、徳島県と島根県との二氏を当選させている。二県合区の選挙区の候補者は、それぞれ高知県と鳥取県だったからだ(いずれも当選)。もし誰かが「どうせ徳島県も島根県も人口が少ないんだから、高知県や鳥取県の議員に代弁してもらえば良いでしょ?」と言ったら、炎上ものだろう。高知と徳島、鳥取と島根は、確かに共通する面もあるが、それぞれ異なる歴史的背景もあり、異なる風土があり、異なる産業や経済、社会がある。当事者にとってみれば、「何でも一緒くたにされるなんて冗談じゃないよ!」と反発するのが当然だ。

重度障害者の場合も事情は変わらない。「代弁者」の声では伝わらないことがあるのだ。舩後氏も木村氏も、訴えが福祉・介護関連に偏っており、大局観に課題はあると思うが、知的障害や精神障害があるものではなく、国会で自分の意思を正しく伝えることに全く障壁があるものではない。

これまで重度障害者が声を上げる機会が十分に確保されてこなかったのだ。そこに「風穴を開けた」山本氏の功績は、上記の政策や手法への批判とは関係なく、たいへん大きなものだと私は評価する。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式の思考は、日本人が陥りやすい迷路だと考えている。

にわか作りの政党なので、今後党を運営する「幹部」たちの中で、意見対立も今後表面化する可能性もある。落選したとは言え「党首」として発言権を維持した山本氏は、賛同する人たちをどこまでまとめられるのか、また、政権与党を含む国民の多数派との歩み寄りがあるのか、今後の動向に注目したい。

2019年7月24日 (水)

「落選者」二題(1)

参院選が終わったいま、二人の「落選者」に着目している。

一人は市井紗耶香氏。立憲民主党・比例に立候補して9位で落選。

元「モーニング娘。」の一人であるが、前夫との間に二人、現夫との間に二人の子どもを育てている「現役ママ」として出馬し、育児環境の整備を訴えた。残念ながら一歩及ばず落選したと言われるが、実際には8位の候補とかなりの開きがあった。

主たる敗因は、政治に関する勉強不足だと評されている。少子化対策だけは自身の体験を基に具体的な対策を訴えることができたものの、他の論点については記者の質問にも回答らしい回答ができなかった。当選したら学んでいくと語っていたが、議員として国民のために働いてもらうためには、力不足の感は否めない。かつては、タレントが知名度だけで当選できた時代もあったが、いまは有権者の選択も多様化している。ましてや、市井氏がモー娘。を引退してから十余年が経過し、細々とタレント活動を続けているとは言え、すでに芸能界でも「過去の人」となった感がある。

しかし、市井氏は苦労人だったようだ。報じられるところによると...

前夫はミュージシャンであったが、大成しなかった(現在も、注目される活動はしていない)。その収入は、家族が生活していくためには不十分であったので(プライドから衣服などのレベルを落とせなかった事情もあったかも知れないが、それはひとまず措いて...)、市井氏はかつての国民的アイドルでありながら、二人の子どもを食べさせていくために、ショッピングモールでアルバイトまでしていた。にもかかわらず、前夫は仕事(の一部?)を辞めて自分の好きなことばかりしており、家事も育児も市井氏に一任して手伝おうとしなかったとされる。

この状態であれば、「家族」を続けていくのは難しい。結局は離婚に至り、間もなく市井氏は美容師である現夫と再婚。ステップ‐ファミリーであるのにもかかわらず、現夫は市井氏の二人の子どもに対して実父同様に接し、育児に協力してくれたので、第三子・第四子も生まれ、その後は平穏な家庭生活を送っている。もっとも当然ながら、環境が変転する中で四人の子どもを育てるのは、ひとかたならぬ苦労があったであろう。

おそらく、多くの有権者は市井氏に対し、引退後から余裕を持って四人の子を育てた「セレブなマダム」像の印象を持って捉えてしまったと思われるが、もし報じられた通りであれば、実態はかなり異なっていたのだ。

他方で、「金目当ての立候補」との評も流れたが、これも筋違いであろう。当選して国会議員になれば、やらなければならない仕事が格段に増える。まだ6歳の第三子、2歳の第四子を抱える身として、いくら夫が育児に協力してくれるとは言え、並々ならぬ覚悟が必要だ。単なる収入目当てで決意できる話ではない。

私自身は立憲民主党の政策に賛同しない部分が多いが、党派を問わず、市井氏のような経験を積んだ人には、市民目線で政治を語れる女性として、国政の場に進出してほしいと願っている。市井氏自身も今回の敗戦に懲りず、他の分野についてもしっかりと学びを重ねた上で、機会があれば再挑戦してほしい。

(つづく)

2019年7月10日 (水)

音楽の著作権をどう考えるべきか

このたび、JASRAC(日本音楽著作権協会)の職員が「主婦」として、Y社(本社は当地・浜松)が経営する銀座の音楽教室に二年近く「潜入」して受講していた事案が、話題になっている。

Y社をはじめとする「音楽教室を守る会」が、教室での楽曲演奏にまで著作権使用料を徴収するのはおかしいとして、JASRACと裁判で係争している中、この「主婦」はヴァイオリン講師の模範演奏について、「講師が伴奏に合わせて弾く様子は、まるでコンサートを聞いているかのように美しく聞こえた」と証言し、JASRAC側の主張を裏付けたのだ。

この事案をめぐって、あたかも「JASRAC→悪」「音楽教室→正義」であるかのような議論が支配的になっている。

JASRACに対する批判は、多くの論者から寄せられている。著作権料の徴収対象がカラオケ店やBGMを流す店などにも拡大し、また、徴収した著作権料をクリエイターに払わない場合もある(例:短い小節なら作詞者に配分しない、雅楽の演奏にも徴収した、etc.)と報じられており、これが「権利を守る」正当な行為に相当するのか、疑問を持つ人たちも少なくない。中には誇大な報道もあり得るので、実態が報道の通りなのか不明瞭ではあるが、JASRAC自体が大きな利権を得ていることは否定できないであろう。

その流れに沿って、今回のJASRAC職員の「潜入」も、教室側との信頼関係を踏みにじるスパイ行為であると評する論者が圧倒的に多い。

しかし、これはちょっと違うのではないだろうか。

まず、楽曲を用いて収益を得る場合は、作詞家や作曲家に対して正当な対価を支払う義務がある。これは作詞家や作曲家の権利を守るためには大切なことである。こちらもいま話題になっている過去の海賊版サイト「漫画村」が、いかに漫画家や出版社の正当な権利を侵害してきたかを考えれば、クリエイターの著作権が守られなければならないことは自明である。

JASRACが作詞家や作曲家に代わって管理している楽曲であれば、当然ながら楽曲の有償使用者は、JASRACに著作権使用料を支払う義務がある。作詞家や作曲家がJASRACの取り分を除いた適切な配分を受けているかどうかは、JASRACと作詞家や作曲家との問題であり、楽曲の使用者が介入すべきものではない。

次に、カラオケ店やBGMを流す店はともかく、音楽教室までが「楽曲の有償使用者」に該当するかの点である。

今回、多くの教室経営主体が「音楽教室を守る会」を結成、協働して裁判を起こしているが、Y社(...を含めた一部の音楽教室。以下、音楽教室「Y」という)は、他の大手や街中のところどころにある中小零細の音楽教室(以下、音楽教室「T」という)とは、性質がかなり異なることが判明している。

音楽教室「T」では、穏当に音楽文化を一般の人たちに伝えて、その対価を得ることが営業活動である。その後、そこで学んだ若い人が演奏家として育つための橋渡し程度はするかも知れないが、それ以上の営業活動に踏み込むことは通常はない。

他方、音楽教室「Y」では、自社で契約する演奏家をプロフェッショナルとして活動させ、メディアでの仕事に結び付けている。しかもY社の場合、伴奏システムまで自社側で用意しているので、ある程度の技術を持つ受講者が本気で習得に臨み、一定の過程を経れば、比較的容易に「演奏家」レベルまで到達する。この繰り返しによってY社側で「使える」プロ演奏家が(レベルはともかく)増加していく。これでは、単なる「音楽教室」ではなく、「稼げる演奏家の養成所」と見なされても、しかたがないのではなかろうか。

すなわち、Y社はコングロマリットとして総合的な音楽ビジネスを展開しており、音楽教室もその一環だと考えられるのだ。したがって、「講師が伴奏に合わせて弾く様子は、まるでコンサートを聞いているかのように美しく聞こえた」と証言した「潜入」職員の感覚は正常であり、JASRAC側の意を呈して虚構の「コンサート」を作り上げたとは言い難い。

長く浜松のため貢献している大企業なので、悪くは言いたくないのだが、残念ながら、先日、知人の演奏家(決して作曲者=JASRAC側に近い人=ではない)から耳にした話も、上記の判断を裏付けている。

だから、ここで「JASRACは悪だ」「音楽教室は正義だ」と決めつけた論評をしてしまうと、私がかねてから日本人の思考形態の特徴だと見なしている「二分割思考」の弊害に陥ってしまう。

この事案については、「ただの音楽教室(音楽教室「T」型)なのか? それとも、楽曲を有償使用したビジネス(音楽教室「Y」型)なのか?」の実態から判断して、著作権使用料徴収の是非を問うべきだと愚考する。裁判所にはこの点を賢察しつつ、判決を出してほしいと思う。

日本の音楽文化を守るためには、係争中の事案はともかく、今後、JASRACの幹部を含めた有識者や各方面の関係者が顔を合わせる場を増やし、議論を深めてほしい。クリエイターの権利をどう守り、他方で楽曲の有償、無償での使用の形態を法律や社会通念でどう定義し、線引きをするのか、利害関係者が対立を超え、知恵を出し合って、望ましい音楽文化のありかたを語り合い、方向付けていってほしいと願っている。

2019年6月26日 (水)

冷静に読み解くべき報告書

最近、以下の二つの報告書が話題になっている。

(1)金融庁が公表した金融審議会「市場ワーキング・グループ報告書 高齢社会における資産形成・管理」

(2)財務省が公表した財政制度等審議会「令和時代の財政の在り方に関する建議」

この両者に関して報道された内容が、人々を騒がせているのだ。

特に(1)は、「夫65歳、妻60歳の夫婦世帯では、30年間に公的年金以外の資産が2000万円必要」との試算だけがクローズアップされ、それを野党が意図的に政治問題化させ、与党は不器用な火消しに追われるといった、ドタバタ政治劇の混乱を招いている。

また、(2)の中にあった年金関係の数字が抹消されたことも、一部の市民から問題視されている。加えて、私たちの介護業界では、(2)のうちケアマネジャーなどの介護業界に関する内容が、安かろう悪かろうを推進し、良質な事業者をツブしかねない愚策だと非難されている。

そこで、〔自分の専門外の分野については十分に理解できていないことは承知の上で〕両者の全体に目を通してみた。

まず(1)であるが、読んでみたところ、報道されている話とは全く異質の印象を受けた。

これは、「余裕のある中高年世代に対する資産運用の勧奨」と、それに対する「金融機関向けの手引書」なのだ。だから、まだ導入部に過ぎない「人口動態等」の箇所で、勇み足よろしく米国の「プルーデント‐インベスタールール」を紹介している(P.8)。「この段階で早々とこんなコラム出すなよ!」と失笑してしまった。

つまり、「年金」の話題は、「資産運用」と「金融機関用手引」を引き出すための糸口に過ぎないのであり、そもそも主題ではない。もちろん、年金に関する試算にはそれだけの根拠があるのだろうが、そもそも一定以上の富裕層が志向する生活水準を前提にしたものであるから、私たち庶民には縁の薄い話(笑)なのだ。

したがって、この数字をネタにして一部野党が攻撃したのは事実「煽り」と言って差し支えないし、与党が報告書を「受け取らなかった」のも拙策だ。いや、受け取らないなら受け取らないでよかった。「ワーキンググループの段階の報告書なので、受理しなかった」と躱せば良かったのだ。受け取らないのにその内容についてあれこれ応酬しているから、かえって話がややこしくなってしまった。

続いて、(2)である。こちらは国政に占める比重は(1)よりもズンと重い。審議会による「建議」の形を採っているが、これが財務省の「意思」だと考えて良い。

まず、財政再建に向けて、オランダの財務大臣室に掲げてあったギリシア神話の絵まで紹介して、危機を警告している(P.9、資料Ⅰ-6-1)。オランダの場合、欧州債務危機の波及を受けての経済回復が緩やかであること、EUとの協調と移民対策との兼ね合いが長期にわたる重要課題であること、中小政党の政策の摺り合わせで連立政権が成立していること、などなど、日本とは国情の違いが大きいので、わざわざ引き合いに出すのはどうかと思うが、ま、それはひとまず措いておこう。

次に、社会保障に関する部分。私が着目したのは、薬局業務のうち、薬剤師の業務を対物業務から対人業務へシフトさせていくとした点である(P.19)。おそらくこの先には、AIの活用による薬剤師業務の省力化、ICT化も見越した見解であろう。ケアマネジメントにおいてもAIの活用が期待されているが、専門性を有する人間でなければできない部分をどう評価していくのか? それを調剤業務の報酬にどう反映させていくのか? 隣接する私たちの業界から見ても興味深い。

そして、上に述べた、介護業界の心ある論者たちから、愚策だとボロクソに叩かれている点。介護サービス価格の透明性向上・競争推進のために(P.23)、ケアマネジャーが複数の事業所のサービス内容と利用者負担額、つまり支払うお金を比較して紹介することで、より良いサービスがより安価に提供される仕組みのために働くべきとされている(資料Ⅱ-1-44)。これはまさしく現場を理解しない暴論であり、いまの時点で他業種に比較しても、職員に満足な給与さえ払えない介護報酬≒公定価格なのである。ここからさらに割り引きすることを期待するのは無理難題でしかない。ましてやケアマネジャーは必要な利用者に対して必要なサービス(たとえ利用者負担が多くなっても)を調整するのが役割であり、価格引き下げの片棒を担ぐものでは全くない。失礼千万である。この点に関しては、愚策だとの見解に全く同感である。業界から有能な人材が去っていく結果しか招かないことは、火を見るより明らかだ。

それから、年金に関連する部分。上記(1)の報告書をめぐる騒動を受け、マクロ経済スライドに関する部分の書き換えが行われたのは事実である(P.26)。しかし、他方で政府が推し進めてきた在職老齢年金制度の廃止(によって、働いて多くの収入があっても年金額を減らされないことになる高齢者の就労意欲を促進するのが目的)については、将来の年金受給者の給付水準の低下にも言及し、高所得者に対するクローバックの可能性にまで踏み込んで提議しており(P.29)、決して現実を軽視したものではない。この課題については、短絡的に反応するのではなく、国民皆が真剣に考えなければならないのではないだろうか。

あまり多岐にわたるので、私自身が該博な知識を持たない部分も多いが、他にも二点ほど気になった部分がある。

一つは、文教・科学技術の項目に関して、大学における研究環境の閉鎖性、硬直性が指摘され、日本の研究人材の国際流動性や国際共著論文数が主要先進諸国の中で劣っていることへの指摘である(P.46)。私たちの業界では、(専門職能団体が中心になってまとめているので)学術研究とはいささか趣を異にするのかも知れないが、先年、国のシンクタンクが事業として『適切なケアマネジメント手法の策定に向けた調査研究事業報告書(2018)』を編纂している。ここで言及されたケアマネジメントの「標準化」なる代物を謹んで拝見し(笑)、国際的なケアマネジメントの潮流であるナラティヴ‐ベイズド‐アプローチが著しく軽視された(としか言いようがない)作品を目の当たりにした私にとっては、実にうなづける指摘だなあと納得してしまった。
他の学問分野についてはよくわからないが、同様な傾向が顕著であるとしたら、日本人研究者のドメスティックな欠点を露呈しているものであり、英語力の不足などのさまざまな要因があろう。今後、業界を超えて克服していかなければならない。

もう一つは、社会資本整備の項目に関して、PPP/PFIの民活導入について論じ、そこでコンセッション方式の事例拡大を推進すべきとする方向性である(P.56)。コンセッション方式導入を勧奨する以上、従来型PFIであるとか、DBO方式であるとか、他の手法と比較した長所・短所について、当該社会資本の受益者が十分に理解した上で採否を決定していくのが筋であろう。私の見落としでなければ、今回の建議ではこの比較が明瞭に示されていない(資料Ⅱ-4-19)。規制緩和と連動した行政責任の縮小だけでは、市民生活に混乱を招く恐れが大きい。経営主体が外資系企業であればなおさらのことである。財政再建を錦の御旗にする財務省は推進に意欲満々なのかも知れないが、悔いを千載に残すことになってほしくないものだ。

以上、ざっと読んだ限りの感想である。賛成論も異論・反論も大いに歓迎する。ただし、必ず全体に目を通してからお願いしたい。

2019年6月12日 (水)

再教育が必要なのだろうか

きょうは珍しく、児童(少子化)に関連する話をエントリーしてみる。

私自身が未婚であり、(本日現在まで)子育て経験はない。なので、街角で子どもを同伴している親(母親の場合が多いが、土日には父親が一緒に居る姿も結構見かける)を傍目で眺めながら、子どもを一人前の大人に育てるため奮闘している姿に、微笑ましくなることが多い。

もちろん、時折だが社会常識に沿っていない親を見かけることはある。どんな事情があってそうするのか、なかなか察することはできないし、私自身が実害でも受けない限り、あえて口出しすることはしていない。親のそんな姿を見た子どものほうは大丈夫かな? と心配になることはあるが。もっとも、これは一握りの例であり、大部分はごく普通の常識的な親だ。

いずれにせよ、この子どもたちは自分たちの老後を支えてくれる世代である。元気に育っていってほしいと思う。

Kouen

しかし、残念なことに、世の中にはそう考えない人がいることも現実だ。親たちが社会常識に反する振る舞いをしていなくても、子どもたちや親たちに対して露骨に不快感を示す人たちが、相当数の割合でいる。それが単なる不満や、苦情程度に収まっていれば、まだ個人の意見として理解できないわけではないが、犯罪にまで至ることがある。

6月5~6日の間に、東京都足立区で、数人の幼稚園児の自宅郵便受けへ、「朝、駐車場で子供を騒がせるな。静かにさせろ。できなければ何があっても文句を言うな」との脅迫文が投函されていた。保護者が警察へ届け出て、捜査の結果、71歳の男が容疑者として逮捕された。男は容疑を認め(脅迫の意図については否認)、「毎朝のことで騒音に耐えかねた」と供述しているという。

この人物の姓を見て、同じ姓の男(たぶん血縁ではなく、偶然であろう)が数年前に起こした、とある事件を思い出してしまった。

2015年、東京都の有楽町駅でベビーカーに乗っていた1歳児の頭を、64歳(ならば現在は68歳ぐらい)の男が拳で殴打した。母親の悲鳴に驚き、父親がすぐに男を取り押さえ、警察に突き出したので、男は逮捕された。「ベビーカーが邪魔だったので殴った」と供述していた事件。

どちらの男にも共通するのは、子どもや親に対する病的な憎悪である。普通は、ベビーカーが邪魔だと思っても、子どもを殴ることはしない。普通は、幼稚園のバスを待っている子どもの声がやかましいと思っても、親を脅迫することはしない(ちなみに、私自身、営業時間の関係上、朝起きるのが遅いので、家の前を通る小学生の大きな声で起こされることはあるが、『ああ、もうそんな時間か』と思うだけで、一度として迷惑だと感じたことはない)。

もう一つ共通する点がある。それは二人とも「団塊の世代」であることだ。前者はおそらく1947年生まれ、後者はおそらく1950年生まれで、厚労省が白書にうたう「団塊世代(1947~49年生まれ)」より一つ若いが、実はこの年までの出生数が著しく多いので、広義の「団塊の世代」は、1947~50年生まれと考えて差し支えない。

日本中を騒がせた大事件でもないので、二人の家族関係や背景を検索しても明らかではなかった。憶測は控えたいが、家族がいないか、または、いても孤立に近い状態だったのではないだろうか?

もちろん、子育てに不寛容なのはこの二人だけではない。確かにこの二人がやったことは異常であるが、自宅の近くに幼稚園や保育所の設置計画が持ち上がると、地域の静穏が乱されると思い反対する住民(おもに中高年以上だが、若い世代にもある)は、日本中の各地に存在する。ある意味、この二人がしたことは、多くの市民が抱いている気持ちを、過激に表現しただけだと言えるかも知れない。幼稚園教諭や保育士たちの技術的な課題も存在している(ヨーロッパの福祉先進国では、幼児たちを無理に抑制しなくても、あまり騒がせずに遊ばせる技術が進んでいるとの報告もある)。また、ベビーカーを電車に乗せる親の一部には、他の乗客や通行人への配慮が欠落しているとの意見もある。不満や苦情を訴える側が一方的に非常識でズレていると言うのは、過当であろう。

だからと言って、暴力や脅迫が許されて良いはずはない。当たり前だ。

この二人のような行為が頻発した場合、単に社会不安を誘発するだけではない。若い子育て世代の間に、「自分たちが働いて納める税金を、何でこんな〔子育てを妨害する〕ジジイたちのために使われなければならないのか?」との声が高くなれば、団塊の世代に対する批判が強まり、世代間の憎悪を増長させ、地域社会の人間関係がさらに不寛容になる恐れがある。

そうならないために、私たちは何をすれば良いのだろうか。

この二人のような人だけではなく、すべての住民、特に中高年以上を対象とした「再教育」が必要なのかも知れない。いまの日本の少子高齢化により、社会の持続にとって危機的な事態が近付いていること。それを考慮すると、自宅近くだけ子どもの騒音がないようにしてほしいなどの「総論賛成、各論反対」は、もはや許される状況にはないこと。地域全体で理解し合って子育てをすることが、自分自身の老後を支えてもらう豊かな社会の構築につながること。等々。単なる「学習会」ではなく、おもに周囲に子どもがいない人たちには、地域の幼児や小児と実際に触れ合ってもらう機会もほしい。

もっとも、そんな再教育の場を設けたとしても、上記の二人などは参加しないかも知れない。それならば逆に、彼らを孤立させないために、地域でどう声掛けをすれば良いのか? 次なる課題を皆で協議していくことが大切だ。

地域包括ケアシステムが目指すものは、高齢者や障害者だけのための仕組みづくりではない。誰もが住みやすい街をどう建設していくのか、構成員が全員参加する形で、知恵を絞っていきたいものである。

(※画像はグラパックジャパンのものを借用しました)

2019年5月14日 (火)

ようやく「普通」になった?日本

令和の時代が幕を開けて、はや二週間になる。

平成の30年余については、さまざまな振り返りがあるだろう。

こんなデータがあるので、読者のみなさんにご一覧いただきたい。

 

【G20諸国の指導者の変遷(1989-2019。臨時代理は除く)】

日本の内閣総理大臣         18代(17人)

中国の最高指導者             4人

韓国の大統領                   7人

インドネシアの大統領        6人

インドの首相                  10代(9人)

トルコの政権担当者         11人

サウーディ‐アラビアの国王 3人

南アフリカの政権担当者     7人

欧州連合(EU)委員長       5人

イタリアの首相               17代(13人)

英国の首相                     6人

フランスの大統領             5人

ドイツの首相                   3人

ロシアの実質的政権担当者 3人

カナダの首相                   6人

米国の大統領                  6人

メキシコの大統領             6人

アルゼンチンの大統領      8人

ブラジルの大統領            8人

オーストラリアの首相       9代(8人)

 

途中で大統領・首相・(一党独裁の国では)党書記長などの肩書が変わっても、政治指導者であった期間は通して一人と数えた。また、軍事委員会主席や軍政評議会議長などの地位にあった人物でも、公的な肩書を有して事実上政権を担っていた人物は数に入れたが、公的な肩書を持たないインフォーマルな実力者は含めていない。あくまでも何らかの形で「現職」にあった首脳の代数・人数である。

そして、このように一覧表にすると、ここ30年は首脳の代数・人数とも、日本が最多なのである。

日本以外の国で、首脳経験者の人数が二ケタなのはトルコとイタリアだけ。ドイツとロシア(旧ソ連から。「事実上」で数えた)に至っては、絶対君主国であるサウーディ‐アラビア並みだ。中国もそれに近い。

もちろん、政治指導者が民主的なプロセスで選ばれていない国もあることや、長期政権が人権侵害をもたらしている国も少なくないことは百も承知だ。しかし、政策の安定的継続や対外的な代表の重要性を考えた場合、政治指導者がクルクル変わることも、決して望ましくないのではないだろうか。

国際的に見れば、日本の現政権の長さは「普通」のレベルである。私個人としては、外交や防衛に関しては大枠支持・一部批判、社会保障や教育に対しては大枠批判・一部支持、経済・産業・科学技術・国土政策その他は是是非非で評している。だが、「長期政権」であること自体については、基本、プラスに評価できる。

確かに政権の綻びはいろいろと垣間見られるが、そもそも「独裁者」を嫌う日本の風土では、長期政権の弊害がそれほど大きくなるとは考えられない。この点については拙著『これでいいのか?日本の介護』第7章も参照されたい。

「地球儀を俯瞰する外交」に対してはさまざまな視点からの評価があるだろう。しかし、6年半の間、対外的な「顔」が安定していたことは、日本の国力をアピールするためにも大きな意味を持っていたはずだ。一年やそこらで頻繁に総理が変わっていた一時期、世界各国の首脳たちは、日本政府をどこまで信用して良いのか心もとなく感じていたとしても、不自然ではあるまい。

いまの政権与党が続くとしても、野党が政権交代するとしても、今後、簡単に総理が入れ替わるような状況は、国民の利益に鑑みて、ご免こうむりたい。次の総理以降も、長期安定政権を目指してほしいものである。

2019年4月 2日 (火)

元号あれこれ

新しい元号「令和」が発表された。

私自身はクリスチャンなので、公的な文書以外は原則として西暦を使っているが、決して長い伝統を持つ元号の意義を否定するものではない。令(よ)き和(やわら)ぎを求めて、国民が力を合わせていくことにより、望ましい社会が建設されることを願いたい。

これまでの元号の数は膨大であり、日本だけを振り返っても「令和」は248番目となる。これらの元号すべてを頭の中で西暦に置き換えることは、常人には不可能に近い。それができる人は日本中探しても数えるほどではないだろうか。私自身、昭和、大正、明治、慶応、元治...とさかのぼって、宝暦(元年は1751年)辺りまでがやっとである。それ以前では、享保、元禄、寛永、慶長、天正など、特筆すべき事件などがあった元号だけは、何とか西暦と対照できるのだが...

さて、その多彩な元号の歴史の中から、いくつか興味深い話題を紹介してみよう。

(1)政変に始まり、タタリに終わった「延喜(901-23)」

醍醐天皇の元号。後代、「延喜の治」と理想化された天皇の時代であったが、実際に醍醐天皇がどの程度力を発揮できたかは明瞭でない。むしろ、この時代は菅原道真が大宰府へ追放された「昌泰の変」直後の、物々しい政情のうちに始まった。そして道真は没後、平安朝で最大級の「怨霊」になってしまう。政敵の藤原時平が若くして死去。他にも道真と敵対した人々が次々と不運な死を遂げ、醍醐天皇の皇太子・保明親王まで若死にするに至って、朝廷は道真のタタリに全面降伏する事態となった。長く続いたこの元号もついに終焉、「延長」に改元されている。

(2)強引に改元するも失政で崩壊した「建武(1334~36/38)」

後醍醐天皇の元号。配流先の隠岐から帰還して鎌倉幕府を打倒した天皇は、簒奪者・王莽を滅ぼして古代の漢王朝を再興した光武帝(世祖)に自らを擬し、臣下からの「武」字を回避すべしとの進言を退けて光武帝の元号「建武」を転用、「建武の新政」を開始する。しかし時代錯誤の武士軽視や土地の配分の失敗により、世論は天皇に背反し、足利尊氏をはじめとする諸国の武士が離反したことにより、新政は二年で崩壊、天皇は早々に「延元」と改元してしまった。面白いのは離反した武家側が担いだ北朝の光明天皇の朝廷がしばらく「建武」を使い続け、南朝より二年半も遅れて「暦応」と改元していることか。

(3)延々と改元させてもらえなかった「応永(1394-1428)」

後小松天皇・称光天皇の元号。歴代元号のうちでは昭和、明治に次ぐ三番目の長さである。実はその前から改元は2~3年ごとに行われ、将軍・足利義満は嘉慶、康応、明徳と続く代々の元号制定に事実上の決定権を行使してきた。ところが明徳のあと「洪徳」を提案したところ、朝廷側から「洪水を招く字はよくない」とハネられてしまった。怒った義満は、改元された「応永」を「改元させない」ことで権力を誇示する方策を採る。これは次の将軍・足利義持にも受け継がれ、称光天皇は即位して代替わりしたのにもかかわらず、16年も改元できずに過ごし、義持の没後ようやく「正長」と改元できたが、それから三か月で亡くなってしまった。

(4)改元していきなり不吉な事件が起こった「嘉吉(1441-44)」

後花園天皇の元号。辛酉の年に当たり、政治的変革を回避するため、前の元号「永享」から改元された。ところが改元してわずか4か月後、良い元号とは裏腹に、政権の最盛期にあった将軍・足利義教が播磨守護家の隠居・赤松満祐に暗殺される大事件が勃発。混乱した室町幕府では、実力者の山名持豊(宗全)が中心となって出兵、満祐を攻め滅ぼすことができたが、後継の将軍・足利義勝は間もなく10歳で死去。その次の将軍が決まらないまま(数年後に足利義政が就位)、民間では「公方を欠きつ」と皮肉られ、ほどなく「文安」に改められている。

(5)中国から「直輸入」した「元和(1615-24)」

後水尾天皇の元号。大御所・徳川家康は大坂夏の陣で豊臣家を滅ぼした後、「禁中並(ならびに)公家諸法度」を朝廷に突き付け、今後は原則として中国の元号のうち吉例を勘案しながら直輸入することとした。こうして選ばれたのが唐の章武皇帝(憲宗)時代の「元和」で、帝が安史の乱以降の地方政権乱立状態だった唐王朝を、一時的ながら再統一した時期の元号なのである。戦国時代が終焉して「和を元(はじ)む」の意味もある。しかし、朝廷側有識者の反発は強く、改元後一年も経たずに家康が没したこともあり、将軍・徳川秀忠は次の改元「寛永」から態度を軟化させて、朝廷が提案した日本の独自元号を幕府が追認する形に事実上改めた。

(6)災害続きのため土壇場で姿を消した「明和(1764-72)」

後桜町天皇・後桃園天皇の元号。『尚書』堯典の「百姓昭明、協和万邦」から採っており、「昭和」と同じ出典である。老中・田沼意次が政権基盤を固めていく時代。ところが田沼の不運は、在任中にしばしば災害(天災・人災)に見舞われたこと。その最初が明和九年(1772)に発生した江戸の大火だった。加えてこの年には風水害や疫病も起こったため、識者から「メイワクネンは迷惑年」だとの議論が勃発し、朝廷も幕府も凶事を回避する動機から、年末に至って「安永」に改めている。

(7)まぼろしの元号「令徳」

孝明天皇のとき、1864年に提起された元号案。甲子の年に当たるので政治的な変革を避けるために改元が提案されたが、孝明天皇側から示された第一案が「令徳」で、第二案が「元治」。出典はともかく、令徳の真意は「徳川に指令する」、元治の真意は「はじまりの治世」であり、天皇の側に「王政復古」への強い意志があったことは明らかだ。幕府側はさすがに「令徳」は受け入れられなかったので、結果的に「元治」で妥協し、改元された。もしこのとき「令徳」が採用されていたら、「令和」を待たずに「令」の字を冠した元号が登場していたかも知れない。
なお、「令和」の「令」は旧暦二月の美称「令月」の「令」であり、「よい」「うつくしい」の意味なので、誤解なきように。

以上、元号にまつわるエピソードをいくつか紹介したが、長い元号の歴史の中には、他にも私が知らないトピックがいろいろと存在したであろう。また機会があれば、それらを拾い上げてみたい。

2018年10月 4日 (木)

「暗闇の浜松」を経験して

自然災害に対しては、「備えが必要」と言われていても、ふだん縁が薄いとなかなか本格的な備えをする気になれないものだ。私自身、人為的なスインパクトに対しては比較的用心するほうだが、自然に対してはあまり用意周到な人間ではないので、いざ直面すると何かとボロが出てくることになる。

このたびの台風24号。沖縄から入り、日本列島を縦断して北海道へ抜けていった。日本列島を縦断した形であるが、意外にも最も大きな物的被害を受けた町の一つが、浜松だったのだ。

もともと、9月30日(日)には名古屋で叔父(9月初に死去)の三十五日の法要に参列する予定であった。ところが、台風が東海地方に30日の午後接近することが報じられ、JRでは新幹線も在来線も、運転見合わせとなった。とすると、名古屋まで行っても浜松に戻れなくなってしまう。翌日の午前中、事務所に居なければならない(月の1日であるから各事業所からのFAXが殺到するのに加え、三か月先の短期入所の予約を入れなければならない)私は、やむを得ず法要を欠席することにした。

そこで、せっかく浜松に残ったのだからと、早目に買い物を済ませて帰宅。暴風雨の被害を避けようと雨戸を全部閉め、吹き荒れる嵐の中で夕食をいつも通りに摂って、そのあとCDを聴き、23時ころにシャワー浴をしていたところ、その最中に停電。

意外なことに、薄明りでも浴室内の物品の輪郭は何とか弁別できた。全裸だったので、急いで動いて転倒や負傷をしないように気を付けながら、そのままシャワーを終えて、服を着てからおもむろに懐中電灯を点けた。

30日の夜は、暗闇の中で何もできず、いつもの感覚から数時間程度で復旧するだろうと思い、なかなか寝付かれずに電気が通じるのを待ったが、結局は暗いままで睡眠不足の朝を迎えた。

10月1日(月)、スマホのバッテリーが減りつつあるのを心配しながら、停電情報を見たところ、何と浜松全域と周辺一帯がまるごと停電状態!

家の飲み水は3~4日間大丈夫だが、食べ物は家電無しでは口にできないものが多く、何日分か買い足す必要がある。懐中電灯の単一乾電池は予備のものを保管してあったが、スマホを充電する術がない。家に居ながらにしては市内の被害状況の把握ができなかったので、最悪の場合は、昨日行くはずだった名古屋の叔母宅まで行って(JRは一部運行再開していた)充電させてもらうことまで想定して、まずは自宅を出て事務所に向かう。

途中、信号機は大部分が滅灯していて、交差点では十分注意し、譲り合いながら慎重に通過した。心配しながら事務所に到着したところ、幸いにもすでに復旧しており、すぐにスマホを充電。地域のコンビニは過半が閉店しており、開いていたところも「火を通さずに食べられる」ものは大半が売り切れ。朝のうちは加工肉・魚の缶詰類が売れ残っていたので、ひとまず停電継続に備えて食料を確保。

この日は、業務上必要な連絡を取っても、相手方のうち半数程度は停電のため電話が通じない状態。前月の実績も例月の1日の半分程度しか送られて来ず、逆に短期入所の予約を入れてもFAX不通の事業所があった。ともあれ、必要最低限の用件について関係事業者とのやりとりはできたので、不十分ながら一日の仕事を終了。PCで停電情報を確認するも、私の自宅がある地域は「調査中」の表示になっていたので、もう一晩は暗闇で過ごすことを覚悟して帰宅。帰る途中、いくつかの区域が信号機も外灯も消えた暗闇状態で、自宅周辺もまた同様であった。

冷蔵庫にはやや冷気が残っていたので、最低限の食物を取り出して急いでドアを閉め、あり合わせのものを組み合わせて夕食。

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暗闇では何もすることがないので、本県出身の故・加藤剛の追悼でもしようと、懐中電灯の明かりを頼りに、海音寺潮五郎の『平将門』(加藤が主演したNHK大河の原作)を読み返してみた。

まだエコキュートのぬるま湯が出たため、簡単にシャワーを浴びて、日付が変わり、そろそろ寝ようかと思っていたとき、電気が復旧! 急いで家電関係のスイッチや接続などを一通り点検して、安堵してから就寝した。

2日(火)の朝、事務所へ出勤するときには、いまだに相当な数の箇所の信号機が滅灯したままであった。前日には少なかったFAXの実績も次々と送られてきたが、中には同一法人の離れた事業所の番号からのものもあり、市内一帯の完全復旧は少し先になりそうだと実感。帰路でも、一部区域で真っ暗なところがあったので、不安な気持ちで停電三夜目を迎える人たちのことを思うと、自宅の電気が復旧したからと言って、素直に喜べなかった。

3日(水)になって、TVで報じられるところによると、山間部には倒木で道が塞がってしまったところがあり、そこから先の復旧がいまだしであるとのこと。周囲に買い物に行く店もない地域で、住民の方々は不便この上ない生活を強いられているであろう。関係機関の協力により、一分でも早く電気が使える生活に戻ることを願いたい。

今回の台風による「浜松大停電」は、北海道の地震に伴う大停電とは比較にならない小規模な災害だったかも知れない。しかし、これだけの広域で大規模な停電が起こったことは、私たちにとって大きな教訓になった。備えが不足していた部分や、不測の事態への対処法など、いろいろな課題を焙り出してくれたと思う。

また、電気業界においても、少子高齢化により熟練した技術者が減りつつあることは現実である。これからこのような災害が起こったとき、復旧にはより多くの時間を要することになるであろう。待たなければならない時間に、私たちが何をしなければいけないのか。特に災害弱者の人たちに対する地域での助け合いなどを考慮に入れて、マニュアルを準備することも大切であろう。

あまり頻繁に来てもらっては困るが、同様なことが再度発生した際には、周章狼狽せずに粛々と行動したいものである。

2017年9月15日 (金)

「敵」だからこそ必要な窓口

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)危機が、深刻さを増している。

米国は北朝鮮の挑発的行動に強い制裁を加える態度で臨み、日本もこれに同調している。これに対して、北朝鮮側は一層反発して、ミサイルや核兵器の開発をさらに推進している。

多くの日本国民から見れば、北朝鮮の核兵器・ミサイル開発は一方的な暴挙である。しかし立場を入れ替えれば、米国や韓国と休戦状態-いまだ戦争中-である同国に取って「当然の自衛措置」以外の何物でもないことも、また現実である。同国からはリビア(2011年、旧ガッザーフィ政権破滅)の例が引き合いに出されるが、むしろ私はウクライナ(2014年、クリミア半島喪失)の例のほうが北朝鮮指導部の核兵器開発への意思を加速させたと考えている。

ウクライナが旧ソ連から継承した核兵器を放棄してロシアへ移管した際に、ロシアに加え米国・英国が参加してウクライナの領土保全を約したにもかかわらず、親ロシア派による一方的な住民投票の形で、クリミア半島をロシアに奪われているのだ。もしウクライナが核兵器を保有していたら、展開は異なっていたとの思いは、北朝鮮指導部のみならず、世界の多くの人に共通するものであろう。したがって、米国側が「北朝鮮が核兵器を放棄すれば政権存続を保障する」との言明をしたとしても、北朝鮮側からは信用できないのは自明の理なのだ。

私は読者がご存知のように、防衛力強化論者である。明確な形でなくても、日本を事実上の敵国と見なして恫喝を続ける国に対しては、同盟国と連携しつつ、自らも着々と防衛能力を強化して、相手国から攻撃されにくい状況を作ることが必要だとの考えである。

しかし、それは「対話の窓口を閉ざしても良い」ことと同じではない。むしろ逆だ。味方ならば窓口はいくらでも作れる。「敵」だからこそ、対話の窓口をどこかに開いておくことが必要なのだ。特に北朝鮮危機は米国・韓国と防衛上の歩調を合わせることが求められるが、その中でも、日本として独自外交を展開できるための仕掛けはしておかなければならない。そうしないと、全面的な同盟国との一蓮托生になりかねない。

独自外交の余地を残しておくことは、決して同盟国に対する裏切りではない。むしろ状況によっては、同盟を補強する役割を発揮することもある。偶発的な事態が起こっても相手国側の真意を確認する術がなければ、かえって深刻な状況を招く恐れもあるのだから、パイプを残しておくことは必須であろう。

現在の政府与党が北朝鮮との間にどの程度の広さの窓口を持っているのか、判然としない。おそらく何らかのパイプはつながっていると推測されるが、自民党内の右派勢力が強くなれば、パイプは細く頼りなくなるかも知れない。

東京新聞の望月衣塑子記者が政府の記者会見の場で、「北朝鮮の要求に応えるような働きかけを米国・韓国に対してやっているか?」と質問したことは、右派(特にネット民)から一斉攻撃されているようだが、政権与党が独自外交をする用意があるのかを質す意味では、鋭い視点だったと思う(ただし、同記者は被選議員でもないのに私見・憶測を述べて記者の本分を逸脱したり、限られた質問時間を独占したりと、他の問題があるので、基本的に氏のスタンスを私は支持しない)。菅官房長官は「北朝鮮に聞いてくれ」とはぐらかしたようだが...

この後、アントニオ猪木議員が訪朝して、北朝鮮の複数の幹部と対談したことは、対話するパイプを維持しておくためには大きな意味のあることだ。少なくとも北朝鮮側からは、日本側に対し窓口を開いていることを示したことになる。猪木氏が構想している議員団の訪朝が果たして現実的なのかは何とも言えないが、氏の見解「日本側が窓口を閉ざしているのでは」は正鵠を射た指摘である。猪木氏を北朝鮮の傀儡だと非難する見解は、全くの的外れであろう。

その窓口を北朝鮮側が有利に使おうとしたら、日本側は毅然として自国の主張をコンフロントすれば良い。国内の「親北勢力」に配慮する必要はない。テーブルに示した相互の主張が本当に折り合えない内容であったら、平行線をたどるのはやむを得ないが、テーブルそのものを壊してしまってはいけない。

今回の危機は、総理をはじめ閣僚、関係議員、官僚の人たちも難所だとは思うが、何と言っても全国民の生命がかかっているのである。高度な政治的判断を誤らず、主権国家日本に取って最善の道を賢明に選択してほしいと願う。

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