心と体

2020年5月31日 (日)

新型コロナ(9)-消毒用品は何を選ぶべきか?

前回より続く)

ここまで、市民の行動経済学的な側面など、社会活動のありかたを中心に述べてきたが、今回は私たちの日常的な課題である「消毒」の話へ筆を進めてみたい。

新型コロナウイルスへの化学的な対策については、厚生労働省と経済産業省とが中心になって普及に取り組んでいるが、何しろ登場して半年に満たないウイルスであるから、いまだ十分に知られていない面が大きく、検証され尽くしているわけではない。それを承知で、現時点(5月30日)では何が判明しているのか、まとめてみよう。

以下は基本的に、NITE(=製品評価技術基盤機構)や北里研究所などの発表内容を踏まえている。

◆アルコール(エタノール)

北里研究所のプレスリリース(4/17)にも掲載されているが、50%以上のエタノールにウイルス不活化(失活・無力化)効果がある(最適濃度は70%前後)ことは、すでにご存知の通りである。エタノール消毒液(ジェルを含め)はすぐに揮発するので、硬質面の消毒にはもちろん、手指消毒にも活用できる。一時期たいへん品薄であったが、最近は化粧品や酒(画像は地元・磐田の酒造メーカーのもの)などでも濃度50%以上のエタノール製品が販売されているので、品質表示や流通経路などを確認した上、信頼できる製品を入手するのが良い。ただし、引火する、粘膜や傷口に塗ってしまうと炎症や急性中毒になる恐れがある、樹脂やゴムの素材には適していないなどの、アルコールの特性はしっかり押さえておこう。

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私自身は、幸い都市部に自営の事務所を構え、自宅から行き来している関係上、比較的入荷しそうな時期を狙って買い物に行くことができるので、当面必要なアルコール消毒液は入手した。また、除菌用のアルコール入りウェットティッシュも(こちらは消毒用ではなく、ウイルスを「拭き取る」に過ぎないので、効果を過信してはいけないが...)相当量を確保してある。ただし、今後も品薄が続くことに備え、早目の買い足しを心掛けたい。

◆次亜塩素酸ナトリウム

従来の各種研究で検証されてきた通り、0.05%~0.1%の次亜塩素酸ナトリウムにはウイルス不活化効果がある。PH値が高く皮膚のタンパク質を溶かしてしまうので、手指消毒には使えない。モノを消毒する際には必ずゴム手袋を使用し、消毒後に水拭きするのが望ましい。身近なキッチンハイターが代表的な次亜塩素酸ナトリウムなので、これを適切に希釈して消毒に使えば効果的である。

私自身は、母の遺産(生前に買いだめしていた...)のハイター(生協)を、おもに「おしぼり」の消毒に使っている。ズルい人間なので、硬質面については、いつも触った直後に決まって手を洗う箇所の消毒のみに限って使い、水拭きをサボッている。古い家具だからいいものの、劣化の恐れもありお勧めはできない。念のため(^^;

◆界面活性剤

石けんには界面活性剤が含まれており、手洗いによりウイルスを除去できる(洗い流せる)知識は、インフルエンザ対策としてもすでに普及している。新型コロナに関しても、漠然と界面活性剤が有効であるとされていたが、単なる除菌にとどまらず消毒/不活化させる効果については、検証の途上であった。そして、NITEによる検証試験の結果が公表されたのが5月22日と5月29日である。後者は前者のあと追加された物質を含む直近のリストだ。直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(0.1%以上)、アルキルグリコシド(0.1%以上)、アルキルアミンオキシド(0.05%以上)、ポリオキシエチレンアルキルエーテル(0.2%以上)と言われても、なかなかピンとこないが、具体的な商品名はこちらのリストを参照。なお、22日のリストについては、化粧品研究・開発者(環境学修士)の「かずのすけ」(=西一総/にし かずさ)氏が、動画(5/27)でわかりやすく解説されている。

私自身は、ここに含まれていないが、台所用中性洗剤は「キュキュット」、洗濯洗剤は「アタック(粉末)」を長く愛用してきた。今後は同じ花王の商品でも、有効成分が確実に含まれているものを使用する方向で考えている。また、母が買い置きしてあった「マジックリン」が少し残っているので、そちらも消毒に有効活用したい。

◆第4級アンモニウム塩

経産省はなぜか別建てしていたが、これも界面活性剤に含まれるので、上記NITEのリストを参照されたい。29日の時点で具体的には、塩化ベンザルコニウム(0.05%以上)、塩化ベンゼトニウム(0.05%以上)、塩化ジアルキルジメチルアンモニウム(0.01%以上)の三種が有効性を検証されている。

私自身は、むかし勤務していた法人で「ハイアミン」とか「オスバン」とかを使用していた縁で、ベンザルコニウム化合物にはなじみがあり、上記のマジックリンなどにも含まれていることを確認した。ただ、ベンザルコニウム化合物となると、個人的には消毒用の商品よりも、除菌用ウェットティッシュをアルコールの品と併用しているので、秋の終わりごろからは肌荒れ(皮脂欠乏症もある)回避のため、少し多めに備蓄しておこうかと計画している。

◆次亜塩素酸水

問題はこれ。NITEでは29日の時点で「有効性は確認されない」、また「噴霧は控えてほしい」と発表した。NHKなどのニュースで視聴された方も多いだろう。元記事を確認したところ、こちらのファクトシートに詳細が記載されていた。
誤解を招かないように整理すれば、
(1)「次亜塩素酸水は失格ではなく、濃度を上げれば有効性が確認されるかも知れないので検証を続ける」
(2)「次亜塩素酸水の噴霧が各所で行われているようなので注意喚起したが、他の物質も含めて噴霧(直接人に向けて噴射するのみならず、空間への霧化なども含めて)自体が、新型コロナ対策としては推奨されない」
...ということだ。後者についてはWHOのドキュメントを部分引用しているので、疑わしく思われる方はドキュメントの原文(英語)を参照されたい。P.3の右段途中から、P.4の左上段にかけての箇所("Spraying disinfectants and other no-touch methods")である。NITEも上記ファクトシートの中で、「薬機法に抵触していないか?」「安全性の基準の解釈が違うのではないか?」「動物実験は鼻と口と両方でやったのか?」などの問題を提起している。いま出回っているすべての商品が不適切というわけではないと思われるが、医療・介護・福祉施設などで「空間除菌」を実施している、しようとしているところは、疾患を抱える利用者も居住あるいは滞在しているだけに、慎重の上にも慎重な判断・対応を求められる(状況次第で中止もあり得る)。商品に関する精査が必要であり、無条件で推奨する方策では決してない。

...ならば、環境を清潔に保つためにどんな方策を推奨するんだ? と問われるかも知れないが、まずは時間と手間がかかっても、基本的な作業をしっかり実践していくのが最善であると、私は考えている。介護・福祉事業者の場合ならば、たとえば日本プライマリ‐ケア連合学会が発行した対応の手引きに示された換気、消毒、湿式清掃など-P.35参照-の手順だ。医療機関や保育所などはまた状況が異なるので、それぞれの関連団体が発行している業種向けのものがあると思われるが、確認していない。
すぐに次亜塩素酸水を使用したくなる気持ちは理解できるが、いまは「待機」。そして、いずれ検証が進み、「この条件下であれば、噴霧や霧化の新型コロナ不活化に対する効果が明らかに認められ、かつ安全面からも推奨される」となった時点で、有効に活用したらどうだろうか?

なお、次亜塩素酸水の基本的な性質について、一般向けにわかりやすく説明されたものとしては、上記「かずのすけ」氏の動画(5/13)があるので、必見である。また、少し前になるが、医師の友利新氏が、次亜塩素酸水は自己責任で使用すべきことや、空間除菌について正しく理解すべきことについて、動画(4/28)で言及されているので、こちらも参照されたい。

私自身は、一時期アルコールが品薄であったことから、次亜塩素酸水のスプレーを自宅で使用していたが、いまはやめている。

【まとめ】

新型コロナウイルスの消毒方法については、刻一刻と新しい知見が公開され、日進月歩していると言って良い。明日にはどこかで、これまでの常識を覆すような発表がなされるかも知れない。

私たちは自分や家族や親しい人の、また医療・介護・福祉の現場であれば利用者・患者も含めた関係する人たちの、健康を守ることを第一に考え、常に頭の中をアップデートしていくことを怠ってはならない。それがウィズ‐コロナ、アフター‐コロナの時代まで見据えて、私たちが生き抜いていくために肝要なのである。

※〔6/6追記〕NITEでは、6月4日付でQ&Aが更新されているので、そちらも参照されたい。特に次亜塩素酸水については、今後の展開次第で変わっていく可能性もあるため、随時確認されたほうが良いと思われる。本日時点での私の個人的見解は、上の文章で述べた通り、「いったん待機して、検証が確実になされているか事業者に確認した後に活用したほうが無難」に変わりはないので、念のため。

(続く)

2020年5月17日 (日)

新型コロナ(8)-「想像力」をどう働かせるか?

前回より続く)

他人の行動に腹を立てても、建設的ではない(ただし、そのような行動を誘発する精神的風土については分析したほうが良い。これは後日、別稿で触れる)ので、まずは自分が望ましい行動をするためには、どうしたら良いかを先に考えよう。

前回述べた、的確な情報を取得することは大切だが、それだけでは十分ではない。

これから先へ向けて「想像力」を働かせることも、人間にとって大事なことだ。

将棋や囲碁でおなじみの「次の一手」である。棋士たちは「次の一手」を指す(打つ)前に考えることは、目先に映る魅力的な(=すぐ戦況を好転させそうな)一手を「とりあえずこう指す(打つ)」ではない。「最終的にこの一局で勝つ」ことである。「勝つ」ために必要な「次の一手」は、損な一手、我慢の一手、無策に映る(当面は)一手になるかも知れない。しかし、棋士にとってはそれでも構わない。勝つことが目的なのだから。

それでは、以下に掲げる三つの類型の人たちが打っている「次の一手」はどうだろうか?。

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△「買いだめ志向」の人。ワイドショーなどでトイレットペーパーが品薄だと聞き、自宅のストックが不安になる。そこで頭に浮かぶ「次の一手」は、なるべく多く買い置こうと考え、朝からドラッグストアに並び開店と同時に入って、トイレットペーパーを購入することだ。そうすることにより安心できる。

→ *しかし、そのために店に並べば、その行列の前後や近くに万一感染者がいた場合、自分が感染するかも知れない。個数制限の設定をめぐって、店員との間に気まずいやりとりを起こすかも知れない。その光景を知人が見ていて、知らないところで自分への陰口が広がるかも知れない。家族が買いだめに反対している場合、家庭内の空気が悪くなるかも知れない。もし品薄情報がデマだったら、笑われるかも知れない。トイレットペーパーを買いだめすると、家があまり広くなければ保管場所に苦慮するかも知れない。

△「自粛期間中に観光したい」人。非常事態宣言(国の緊急事態宣言や各都道府県独自の宣言を総称する)が出されていると、せっかくの連休中に「家に居ろ」と要請されてしまう。もともと電車や飛行機の予約を取っていたのだから、休みがあるのに行かないのはもったいないと思う。そこで頭に浮かぶ「次の一手」は、自粛疲れを回避するため、精神衛生を兼ねて予定通り観光することである。

→*しかし、そのために交通機関を利用すると、他の乗客から感染するかも知れない。目指す土地へ行っても、目ぼしい観光地はみな閉鎖されていて、楽しめないかも知れない。地元の人から白い目で見られるかもしれない。当地の美味しい料理店も大部分は休業中なので、つまらない旅行に終わるかも知れない。万一自分が感染していて潜伏期間だったら、地元の店で何か一品買っただけでも、その店を介して別の人の感染が判明したとき、ネットで個人を特定されて非難されるかも知れない。肩身の狭い思いをするかも知れない。

△「地域を守るために、感染を広げかねない人を排除したい(=いわゆる『自粛警察』などの)」人。自分や家族は感染したくない。また、地域に住む基礎疾患を抱えている人や高齢者にも(自分や家族に及ぶと困るから)感染させたくない。そこで頭に浮かぶ「次の一手」は、陽性者が出た医療機関の職員とか、物流で首都圏と行き来している運転手とかを、なるべく地域の他の人たちから隔離するように叫んだり、他県ナンバーの車を見つけたら出て行くよう要求したりして、地域全体を感染から守ることだ。

→*しかし、相手の生活もあるのだから、自分の勝手な思いで要請しても、意見が噛み合わないかも知れない。逆に本物の警察を呼ばれるかも知れない。相手の名前をネットに開示するなどしてしまうと、人権侵害だと受け取られ、法的手段に出られて自分が敗訴した場合、かえって大きな損害を被るかも知れない。また、ネット上で自分のほうが名前を開示され、非難されるかも知れない。結果的に双方が深い心の傷を負うかも知れない。

以上の三例。それぞれ「→*」のところに想像力が及べば、△の行為に踏み切らず、思いとどまることができる。おそらく、ほとんどの良識ある人はそうしているだろう。

SNSでも「落ち着いて行動しよう」と呼び掛ける人たちもいる。友人・知人からの声に耳を傾けることも大切だ。

いま安心したり、好い気分になったり、正義感に浸ったりすることができても、将来、自分が後悔する羽目になる。それほど逸脱した行動ではなくても、自分の次の一手は、結果的にリスクを高め、自分が損失を被る行為にならないだろうか? 一つ一つの行動において、常に「先を読む」力も必要だ。

そこまで思いを致して、よく考えてから、どう行動するかを決めたいものである。

(※画像の局面は将棋史に残る名場面の一つ。1979年の第37期名人戦第四局。一勝二敗と苦しい展開だった先手の中原誠第16世名人が、後手の故・米長邦雄永世棋聖に対し、ここで「5七銀」の一手を繰り出して破った場面。結果、このシリーズは中原氏の名人位防衛で終わる)

次回へ続く)

2020年5月 6日 (水)

新型コロナ(7)-情報を取り入れるときに心掛けることは?

前回より続く)

これまで述べてきた負の連鎖→「病気」「不安」「差別」を断ち切るために、大切なことがいくつか挙げられる。一つずつ提示していこう。

今回は「情報の取り入れかた」である。情報が偏ったり不正確だったりすると、自分の知識・知見が誤った方向へ誘導される。それが望ましくない言動の原因ともなる。

私たちは発信者自身と知り合いで直接伝えられるレアケースを除き、さまざまな媒体を通して情報を取得している。この新型コロナウイルスに関しても、すでに各方面から溢れるほどさまざまな情報が、玉石相混じって私たちの周囲を飛び交っている。

これらの情報を得るに当たって、私が心掛けていることがいくつかある。

(1)疑う
いきなり「疑う」のは意外に思われるかも知れないが、まず大切なのは、それが実在する論者の論評なのかどうか疑ってみることだ。オールドメディアかネットかにかかわらず、虚構(フェイク)もあちこちで出回っているからだ。
また、たとえ実在しても、こんな例がある。一か月ほど前、それなりの水準である経済誌・経営誌の中に、正体不明の論者による扇動的な内容の論評を掲載しているものがあった。もっともらしく自己の見解を主張していながら、その実は複数の他人の論評を切り貼りして、他者(おもにコロナ対策を推進している側)を攻撃している内容であった。執筆者の名前が(結婚等で改姓した場合は別として)、検索しても当該誌以外では全く引っかからない、すなわち、どこの誰なのか特定できない場合、注意が必要だ。 
逆に私は、匿名の論者の見解として紹介されているものでも、明らかに現場を知る人でないと語れない内容が含まれている場合には、信憑性があると判断して取り入れることがある。先日某誌で見かけた、医療現場を統括している医師(病院に電話が殺到するのを回避するために匿名で登場していた)などはその好例である。

(2)背景を調べる
発信者が特定できたら、次はその人物の背景を調べてみる。ネット検索で何でも調べられる時代なのだから、これまでの活動歴や発信歴を知ることは重要である。どのような立場から論評しているのかの参考になる。その人が過去に発信したもの(あまり古すぎると、スタンスが変わってきている場合があるので要注意!)を閲覧して、人物像の概観を捉える。
先日、この事態を契機に都道府県知事の権限を強化せよと主張している論評に接した。私自身の考え方にも近いが、経歴を調べてみると、過去、政権与党側の会議に参画して、道州制を推進してきた側の人であった。我田引水をしていないか、念入りに読み解いてみた。また、投資家の見解は、自分の経済活動が有利になるように世論を誘導しようとしている場合があるので、注意が必要だ。
友人・知人が引用した論評の発信者について調べていくと、最悪、全く「人」の尊厳に対する敬意に欠ける発言を繰り返している人物も存在する。私の場合、その類の人物によるパフォーマンスを、原則的には顧みないことにしている。批判する相手の人たちに敬意を払えない人間の論評に敬意を払う必要はないからだ。

(3)文脈や流れを確認する
背景を把握できたら、次はその論評がどのような文脈の中で発信され、どのような流れの中で論じられているのかを確認する。表題がセンセーショナルな表現になっているもの、元エントリーの一部だけ切り取られているものなどは、論評全体を俯瞰しないと、論者の意図が明らかにならない。新型コロナの恐怖を煽っているような表題でありながら、結構冷静に事態を分析している内容のものも見かけたが、これは表題を付けた人(本人なのか誰なのか...)の問題であろう。
なるべく全文を読み、前述の(2)を頭に置きながら、論拠や判断根拠は正しい分析に基づいているのか、慎重に読み解く必要がある。

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(4)分別・整理する
文脈や流れを確認できたら、次はその論評全体に再度目を通し、内容について分別・整理する。
多くの市民は無意識のうちに、自分にとって快い情報だけを取り込む傾向がある。特にいまのような時期に、自分自身の不安にストンとはまり込む論調に接すると、無批判に信じてしまい、脊髄反射的な言動に結び付けてしまう恐れがある。たとえ私が日頃から尊敬、共感している論者であっても、その論評ではおかしなこと、間違ったことを主張しているかも知れない。逆に私が日頃から嫌悪、批判している論者であっても、その論評では正論を主張しているかも知れない。
自分が全面賛成なのか、部分的に賛成なのか、基本的に反対なのか、また、どの立場を取るにしても、その根拠は何なのかをはっきりさせる。私は全面的に、または大枠で賛同する論評については、ブログ(ココログ)やSNS(Facebook)を使い、シェアするなどして多くの人たちに広く紹介し、拡散することもある。

(5)賛同できる見解を咀嚼して行動様式を定める
いまの時期、新型コロナにどう対峙するか、どう共存するか。一人ひとりが模索している。誰かの論評を見聞きして「あぁ、〇〇さん良いこと言ってるね」だけでは、自分の中に取り入れたと言い難い。「〇〇さんのこの見解に基づき、自分はきょうからこの点を意識して行動しよう」と、自らの振る舞いかたを決めていこう。

〈まとめ〉
新型コロナについては、まだ登場して半年にも満たないだけに、オールドメディアにしてもネットにしても、さまざまな立場からの見解が入り乱れているのが現状だ。よほどアンテナを高くしていないと、不適切な情報に踊らされ、望ましい社会の姿から乖離した思考へ誘導されてしまう。それが「排除」や「差別」に結び付く原因になるのだ。

立場はそれぞれ異なっても、自らの良識に基づいて、情報を取捨選択したいものである。

次回へ続く)

2020年5月 3日 (日)

新型コロナ(6)-「排除」「差別」はなぜ起きるのか?

前回より続く)

さて、人々の「不安」に乗じて、心の中に悪魔が入り込む。その誘惑に脳内を毒された人たちは、類型こそ違え、一つの方向性を持った行動に出る。

感染者やその同じ属性を持つ人たちを「排除」する言動である。

この「排除」は、互いを尊重した上での「適切な隔離」とは似て非なるものだ。非科学的な判断に基づく不寛容な言動、さらに、内容によっては、逸脱した言動を指す。

それはごく自然に、前々回で日本赤十字社が示した「三つの感染症はつながっている」の三番目、「差別」に直結する恐ろしさがある。

前提として、この新型コロナウイルスの特性がある。あくまでも特殊な「風邪の一種」であるのにもかかわらず、多くの人からはそう理解されていない。感染しても無症状、あるいは軽症(医療用語の「軽症」ではなく、一般人の認識としての「軽症」)の人が多いことは、むしろインフルエンザなど他のいくつかのウイルスによる肺炎のほうが危険だとの見方もある。しかし、ひとたび牙を剥くと全身の機能に総攻撃を掛ける性質があり、重症化した場合には従前通りの社会復帰が困難なレベルまで進んでしまうことが、相当以上の可能性で起きる。かつ、致死率は他の肺炎ほど高くないのに、若い人も含めて急速な増悪(-数時間前には普通に話していたのに、呼吸困難に陥るような-)により死亡する可能性がある。そして感染力が強いことから、家族に看取られずに死ぬことになる。これも過酷である。

専用の治療薬やワクチン、あるいは新たな技術を駆使した予防策が開発されれば、この状況も緩和されると思われるが、まだそうなっていない以上、このウイルスを的確に理解していても、多くの人にとって怖い存在なのだ。過度に恐れていたらなおさらである。そして、メディアがその過度の恐れを誘発している面は小さくない(岡江久美子氏の死去に関する報道など)。

その「恐れ」ゆえに、感染した人や、感染を助長しそうな人に対する差別や偏見が誕生する。

後者に該当するのは、医師や看護師などの医療従事者(特に、感染が報告された医療機関に関連している人)、介護従事者、保育などの福祉従事者、量販店やドラッグストアの店員、運送会社の配達員、清掃会社のゴミ収集員、などなど。自身が感染しておらず、十分な予防策を講じていても、周囲の人々からいわば「バイキン扱い」されてしまっている事例が、少なからず報告されている。

さらに、差別はこれらの人たちの家族にまで及んでいる。感染が報告された医療機関に勤務する看護師(当人の検査結果は陰性)の子どもが、保育を拒否された件。物流に従事して遠距離輸送しているトラックの運転手の子どもが、小学校の入学式に不参加を強いられた件。これらの事例を見聞きするたびに、どうしようもなく悲しくなる。

ここに掲げた人たちは、「エッセンシャルワーカー」と称される、社会を維持するためになくてはならない人たちだ。本来ならば、最大級の敬意を払われてしかるべきであろう。

保育所の施設長は、「お母さんの職場ではたいへんなご苦労でしたね。お子さんの健康管理に十分注意して登園させてください」と言えなかったのか? 小学校の校長は、「お父さんのお仕事で社会を支えてくれてありがとう。お子さんの健康管理に十分注意して入学式に来させてください」と言えなかったのか?

組織の責任者として守るべきものがあることは百も承知だが、この人たちの対応は明らかに過剰防衛であり、人間性に欠陥があると断ぜざるを得ない。部下の職員や他の児童の保護者に不安が広がるようならば、「正しく恐れる」べきことをしっかり指導、説明するのも、現場責任者の役割ではないか。

自分たちや自分たちの家族が、もし排除され、差別された場合はどう思うのか?...に関する想像力が欠如している。ここまで恐れるほど感染力が強いウイルスならば、いずれ将来その可能性もあることを、頭ではわかっているのだろうが、「心」で感じようとしない。感染を広げそうな人たちに対し、何かしら迷惑なもの...という非科学的な思いが先走ってしまい、科学的根拠に基づいた判断を思考の外へ押し出している。

おそらく、全国的に同様なことが起きていて、報じられなかった事案も多く存在するであろう。

それでは、新型コロナウイルスを、科学的根拠に基づいて「正しく恐れる」ためには、何が大切なのだろうか?

次回へ続く)

2020年4月27日 (月)

新型コロナ(5)-買いだめ現象はなぜ起きるのか?

前回より続く)

ウイルスの蔓延が始まって以降、頻繁に起きているのが、特定の物品の「買いだめ」→「品薄」現象である。

私が見聞きするだけでも、マスクに始まり、アルコール用品、消毒用品(界面活性剤・第4級アンモニウム塩・次亜塩素酸水など)、滅菌ガーゼ、ゴムひも、ティッシュペーパー、トイレットペーパー、キッチンペーパー、米飯(レトルト)、パスタ、インスタントラーメン、納豆、介護用品(紙おむつ、使い捨て手袋など)、ベビー用品(沐浴ガーゼ・ベビー用おむつ・母乳パッドなど)、体温計、...etc。

マスクやアルコール用品の品薄はずっと続いているが、他の品々は入れ替わり立ち代わり、ある品が突然店頭から消え、それが復旧するころにはまた別の品がなくなる、といった事態が続いている。

その原因は複数考えられる。私は行動経済学の専門家ではないが、自分なりに整理、分析を加えてみよう。

第一は、「モノ不足」。現実にその物品が不足している場合。マスクやアルコール用品が代表例である。急激な需要の増加が供給可能な分量を大幅に上回り、まれにしか手に入らない状況を作り出している。過去のオイルショックの時期同様、買い占めを図る転売屋の行動が、それに拍車をかけた(現在、マスクの転売は違法になっているが、景品にするなどの脱法行為は見受けられる。アルコール用品はいまのところ合法なので、しばしば高額で転売されている)。

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第二は、需要の高まり。学校の休校処置を受けて、子どもたちが自宅で過ごさなければならなくなった。そのため、手軽に食べることができるレトルトの米飯や、パン、パスタ、ラーメンが一時期品薄になった。もともと供給量が不足してわけではないので、台風や豪雨の接近時のように、何日かを経た後、多くの地域ではもとに戻っている。

第三は、誤情報(デマを含む)。ティッシュペーパーやトイレットペーパーは、ネットで流れたデマが原因で、ある時期に突然、急速な買いだめが起こり、関連して紙おむつやキッチンペーパーまで品薄になった。また、納豆は「免疫力を高める」、使い捨て手袋は「感染防止に効果的」との誤情報(全く誤っているわけではないが、納豆を一時的に摂取しても、買い物の時間だけ手袋を使っても意味がない)がテレビなどで報じられ、限られた地域ではあるが、短期間の品薄が起きた。

第四は、メディアの影響(ミスリード)。滅菌ガーゼ、沐浴ガーゼ、母乳パッドは、コメンテイターたちの「手作りマスクに使える」との不用意発言が契機になり、本来必要としている人が買えなくなる事態となった。また、ペーパー類に関し、テレビで「空っぽの棚」の画像が繰り返し放映されたことにより、「あるうちに確保しなければ」と店へ走る人が増え、供給量は十分なのに物流が追い付かない日々が続いた。

第五は、「代用」。ノンアルコールの消毒用品は、(品目によっては、最近になってウイルス不活化効果が検証されつつあるが、当時は)ウイルス不活化の効果は薄かったり限定的だったりと言われていたのにもかかわらず、アルコール製品が手に入らない人たちが、手に入るものだけでも備えておこうと購入して、これらの物品まで品薄になっている。

第六は、「将来への不安」。前回紹介した(日本赤十字の)図にも示されているが、これが最も大きい要素であろう。上の五つのそれぞれと連動している。

「アクティブシニア」と称される元気な高齢者が、ドラッグストアやスーパーの開店前に列を作り、店が開くと同時に駆け込んで、トイレットペーパーやマスクをしっかり確保する。このような光景がテレビのワイドショーで連日報道され、異様な状況が続くことに不安を覚えない人がいたら、むしろ珍しい部類に属するだろう。

つまり、人は「これまで当たり前だった」ことが壊されていくのを見ると、自らが社会の一員である意識が後退してしまい、まずは自分や家族の生活を防衛することに専心するのである。

もちろん、そこで「公益のために」我慢する人もいるだろうが、そういう高潔な人は少ない。過半数の人はたとえ人から「恥知らず」だと思われようが、将来のために備蓄する。周りの人と同じことをしておかないと自分が不安になるので、「みんなそうしてるだろ?」が錦の御旗になってしまう。ネットで指摘されてようやく気が付き、ある程度自制する人は結構いるだろうが、それまではなかなか買いだめ行為をやめない。

だから、マスクが入手できなければ自分で作れば...と、メディアのご丁寧な指南を受けた高齢者や中高年が、マスク作りのために確保しておこうと、臆面もなくベビー用の沐浴ガーゼを買い漁る現象が起きるのだ。疾患のため療養中(特に手術後)の人たちにとって必須の滅菌ガーゼが、ドラッグストアの棚から消えてしまう現象も同様である。

そして、買いだめした人がいざ施設入所とか療養入院とかのため、家を離れたあとになって、トイレットペーパーが100ロールも発見されることも起こり得るだろう。

将来への不安がそうさせる面は大きい。

この「不安」が一線を超えると、さらに深刻な事態を生じることになる。

次回へ続く)

2020年4月23日 (木)

新型コロナ(4)-人の心を脅かすウイルス

前回より続く)

今回から、新型コロナウイルスが社会にもたらす害...と言うより、このウイルス蔓延を機に表れてしまった、私たちの中に潜んでいる問題について、何回かに分けて提起したいと思う。

まず、日本赤十字社が3月下旬に公開した下の図を見ていただきたい。

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「3つの感染症はつながっている」と題されている。医学的な疾患である「病気」、心の病の一種とも表現できる「不安」、そして、社会的な病気と表現できる「差別」である。

今や、日本に限らず、感染が拡大している世界の各地で、これらの三つが悪循環となって拡大している。図の右上には赤地に黒字で「負のスパイラルで感染症が広がる」と警告されているが、これがいまの社会の「現実」になってしまった。

ただし、第二の感染症とされている「不安」は、かなり多岐にわたる。単に「ウイルスを心配する」だけではなく、「情報を的確に活用できない」「仕事が続けられるか不安だ」などの思念、さらに、デマを信じてしまう、目先の利益に惑わされるなどの賢明でない行動、加えて、逆説的であるが、自粛に疲れて不要不急の外出をする、自分は大丈夫だと過信して振る舞うなどの逸脱的な行動も、広義の「不安」に分類される。

また、第三の感染症である「差別」も、感染者や、感染しているかも知れない個人・所属組織への差別にとどまらない。医療従事者をはじめ、介護、福祉、保育、そして物流の業務に携わり、ウイルスと戦う最前線に身を挺している人たちや、日本に滞在する外国人(特に発祥地の国や感染者が多い国)たちに対しても、深刻な差別が根を張りつつある。

あえて言えば、この事態の原因は新型コロナではない。むしろ、これまで隠されていた病理が、ウイルスの蔓延によって噴き出してしまった現象だと表現することができる。

それでは、「不安」から起きていることについて、微力ながら分析を進めていこう。

次回へ続く)

2020年4月20日 (月)

新型コロナ(3)-感染はどのように広がるのか?

前回より続く)

新型コロナウイルスにより風邪、さらに肺炎を発症させないためにはどうするか?

一言で言えば、身体の中に入れないことだ。

もちろん、身体の中に入れてしまっても、免疫力が高ければ無症状で済む人も少なくない。しかし、可能な限り、中に入れないのに越したことはない。

このウイルスは、他のウイルス同様、宿主である生体「人」がいなければ、時間はともかく自然と死滅する。つまり、生きているうちに人の身体に宿るから、そこで増殖するのだ。

そして、すでに述べたように、感染の大部分は接触感染または飛沫感染である。環境次第で、空気中に微粒子となって漂って滞留することによるエアロゾル感染(<空気感染)もあるが、換気の良い場所であればすぐに四散してしまい、ほぼ感染しない。接触または飛沫により手に付着したウイルスが口、鼻、眼の中に入ると、そこから感染が始まる。

たとえば、自分が潜伏期間であることに気付いていないAさんが、マスクを着用せず電車に乗り、クシャミをした飛沫が手すりに掛かってしまう。そのあと手すりを握ったBさんが、その手で目をこすって感染する。そのBさんと翌日食事をともにしたCさんが、Bさんが会話したとき微量の唾液が隣に居る自分の料理に掛かったのを知らずに、食べてしまって感染する。そのCさんの子どものDさんが、Cさんの汚染された手で触れた家具に触り、その指で鼻の内側が痒かったので掻いてしまい感染する。そして...と、こんな具合に広がっていく。

だから、感染拡大を防ぐためには以下の行動を取る。

(1)手洗いやうがいをする。ウイルスが口や鼻や目に入らなければ良いのだから、ウイルスが付着した手を石けんなどで洗い流したりアルコールなどで不活化させたり、唇や歯に付着したウイルスをうがいで漱ぎ落としたりすれば、感染する可能性は減る。

(2)密集・密接・密閉の場所を作らない。イベントや集会やパーティーに参加すれば、仮に潜伏期間の感染者がいた場合、接触感染や飛沫感染の機会が増える。すなわち、その場が集団感染を引き起こす「クラスター(原義は花の「房」)」化してしまう。人が集まる予定そのものを中止するのが最も望ましいが、必要があって開催しても参加者がマスクを装着し、隣の人と2m以上の距離を取って、屋内ならしばしば換気するなどの対策を採れば、感染が広がる機会は減る。

(3)不要不急の外出や移動を避ける。やむを得ず移動する場合にも、なるべく公共の交通機関を使わない。在宅業務(テレワーク)が可能な業種ではなるべく導入してもらう。予防のためにも、また、万一自分自身が潜伏期間であった可能性を考えると、他人に感染させないためにも、外出や移動を最小限にすることで、感染が広がる機会は減る。

裏を返せば、いま日本や欧米諸国などで感染拡大に歯止めがかからないのは、この三つの原則が十分に守られていないからである。

その中にはもちろん、院内感染など不可抗力のものもあるだろう。どんなにマスクや防護服を用意しても、感染力が強いこのウイルスは、わずかな隙間から侵入する(ウイルスが自分からピョンピョン動くわけではないが、隙があると人体へ入っていく機会をつかみやすい)。最前線で戦ってくれている医療従事者に、四六時中気を張り詰めているように求めることが間違いだ。

しかし、感染拡大の大部分は上の(1)(2)(3)を守っていれば、避けられたと考えられる。(1)は個人の日頃からの生活習慣も影響するが、(2)と(3)とは意識して抑制すれば可能なのだ。

クルーズ船「ダイヤモンド-プリンセス」での集団感染が連日報道され、また2月末から3月上旬にかけて、政府が公立学校の一斉休校を要請したことにより、多くの国民はこのウイルスが厄介なものであることを認識したと思う。しかし、感染の爆発的拡大が抑えられていたので、3月中旬から人々は「大丈夫でしょ?」との錯覚に陥った。そして3月20~22日の三連休で、繁華街での飲食や行楽に多くの人たちが繰り出した。その結果、二週間を経過して、感染拡大が止まらない状況になってしまったのだ。

しかも、国や自治体が繰り返し自粛を呼び掛けたのにもかかわらず、首都圏・関西・筑紫方面から地方へ帰省したり旅行したりする人が結構見られた。その人たちが立ち寄った場所や接した人から感染が拡大した地域がいくつも見られる。若者も、中高年も、高齢者も、一部の人たちを除いて、かなり危機感が薄かったと言わねばならない(帰省しないと生活が成り立たなかった学生などは例外だが)。

首都圏について見聞きするところによると、渋谷や新宿の繁華街こそ人出が大幅に減っているが、昨日の吉祥寺商店街などの画像を見る限り、自粛で他に行き場所がない人たちが、相変わらず密度の高い状況を作ってしまっている。報道ではおそらく、「こんな人たちが...」と強調したい部分を切り取るので、実際には通常の週末よりかなり減っただろうし、生活必需品を購入するためやむを得ず来た人も多いだろうが、中にはただの遊びや「昼飲み」に来た人もいることが報じられている。江ノ島や鎌倉まで、他県から行楽へ出向いた人たちも少なくない(報道されたのはあくまでも一例なので、他の地域の他の町でも、類似したことが起きていると思われる)。

このウイルスの感染力は、5人のうち4人が自粛しても、1人の不用意な行動が(もし、その人が無症状の感染者だった場合には)新たな10人の感染者を作るレベルなのだ。もし甘く考えていると、一週間、二週間先が憂慮される。

他方、3月22日に「強行開催」されたK-1では、会場のさいたまスーパーアリーナに6,500人の観客が詰め掛けたので、席の間を広くし、アルコール消毒も完備し、かつ、将来感染者が出た場合に経路をたどれるよう全観客に記名を義務付けたという。いまだにこのK-1から感染者が出たとは報じられていない。偶然、潜伏期間の人が一人も居なかった可能性もあるが、もし、このまま「クラスターにならなかった」状況で経過すれば、慎重に準備され統制されたイベントであれば開催可能との前例になるかも知れない。

日本の法制度は欧米の多くの国と異なり、行動制限を強制することはできず、逆に補償する制度もない。緊急事態宣言が出されたことにより、国民が行動を変容して感染拡大を防げるのか? 私たちの自覚が問われている。

ところで、この感染拡大がもたらしているのは、疾病だけではない。それについて触れてみよう。

次回へ続く)

2020年4月15日 (水)

新型コロナ(2)-蔓延はどのように経過したのか?

前回より続く)

ここ10日余りの間、自分自身の主任介護支援専門員更新研修受講の書類準備、そして主・キリストの復活に際しての黙想(毎年行っている主日のミサは、洗礼式に臨む人など限られた人数のみとなり、私たちは参列できなかったので、自宅で霊的な本を読んだり、映画を見たりしながら黙想した)と、多用であったため、エントリーが空いてしまった。

新型コロナウイルスの蔓延に関しては、現在進行中の事案でもあり、何回かに分けて述べていくつもりである。

今回は、感染がどのように広がったかをまとめてみたい。すでに皆さんにはご存知のことだが、いま世界で起きている現実を「おさらい」の意味で整理してみよう。

このウイルスは中国の武漢で昨年11月に発見され、12月上旬にはこの病原体により肺炎になった患者が出た。野生動物から海鮮市場を介して感染した説が有力であるが、異説も存在するので、正確な事情は判明していない。中国政府がWHOに報告したのは12月31日であり、すでに大幅な初動の遅れがあったが、年が明けて1月7日に「新型コロナウイルス」であると特定されたころには、武漢市全体、さらに中国全土へと、瞬く間に蔓延した(なお、中国の国際的な責任についてはさまざまな意見があるが、それについては改めて論じたいと思うので、ここでは割愛する)。

そして、1月中旬にはアジア各地で、下旬には欧米各地で感染者が発見され、その強い感染力によって世界中に拡散、2月中旬には事実上のパンデミック(=世界的流行)状態になった(WHO=国際保健機関がパンデミックと認めたのは3月11日)。欧州ではイタリアやスペインをはじめ、いくつもの国で感染爆発に歯止めがかからず、医療崩壊を来たした。また、それほどでなくても、死者の割合が多い国々を中心に、罰則を伴う外出制限を国民に課さざるを得なくなった。米国でもニュー‐ヨーク州を中心に事態は深刻化し、医療崩壊が起きている。他方で、火元の中国では、感染拡大が緩和したと報じられ、(いまのところ)爆発に至る状況は回避されている。昨4月14日現在、世界全体の感染者数は190万人超、死者は12万人超である。

日本では、1月16日に初の感染者(滞在中の中国国民)が確認され、その後何人かの感染を経て、政府が1月27日には指定感染症と定めた。2月には横浜に入港したクルーズ船「ダンヤモンド‐プリンセス」の船内での集団感染が判明、厚生労働省が対応に追われた。船から降りた元乗客も含め、さまざまな媒体を経由して感染が全国各地へ広がりを見せる2月下旬、政府は公立学校の一斉休校を要請するなど、感染爆発の回避を図り、3月中旬には一時、感染拡大が緩慢になった。しかし、3月20日以降の三連休の人出を契機に、月末に至って再び蔓延が起こり、感染者数が連日最多数を更新する事態となった。そこで、4月7日には政府が7都府県を対象とした緊急事態宣言を発し、国民には各自治体を通して、不要不急の外出やイベントの自粛、在宅勤務の促進、人が集まる店舗の休業等を要請するに至っている。4月14日時点で、感染が確定した症例の人数は8,000人超、亡くなった人数は162人である。

それでは、今後、社会で感染拡大を予防するために、私たちがどう行動すべきかを考えてみたい。

次回へ続く)

2020年4月 1日 (水)

新型コロナ(1)-どんなウイルスなのか?

今年、2020年は「庚子」、つまり変革の歳である。

ところが、人間が主体的に何かを変えていく前に、年初から「新型コロナウイルス」が世界中を席巻してしまった。

このウイルス、当初は正体不明の脅威であったが、感染症例が増加していくに連れ、いろいろな特性が判明しつつある。私たちの予防や治療の方向も、その成果を踏まえて日進月歩している。

それでは、一般に知られている特性はどんなものだろうか? 整理してみよう。

・すでに存在するコロナウイルスの一種である。

・このウイルスが感染すると、まず風邪の症状、人によっては重症肺炎の症状をもたらす。

・二日から二週間の潜伏期間がある。

・PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)等の検査によって感染(陽性)が判明する。ただし検査の厳密な精度には課題が残る。また、ひとたび感染していない(陰性)と判定されても、偽陽性のため後日感染が判明することもある。

・初期症状の一つとして、味覚や嗅覚に異常が生じることがある。継続したり他の症状が合わせて感じられたりする場合には、新型コロナかも知れないと疑う。

・熱発があるか、風邪の症状が4日続いたら、相談センターに連絡する。医療・介護従事者など、免疫力が低い人に接触する人は、さらに早めに主治医へ電話等で相談する。

・医療機関へは事前の相談なく行かないようにする。

・若い人・健康な人など免疫力の高い人は、約80%が無症状、または軽症である。

・高齢者や持病がある人を中心に、約20%は入院を要するほど重症化する。

・状態は数時間で急変することがあり、約5%の人は人工呼吸器、場合により人工心肺の装着を要するまで重篤化する。

・約0.7%(1,000人中7人)は死亡する。

・葬送の制約は病院や自治体の判断により異なるが、少なくとも故人の遺体に近接した告別は不可。斎場での会食もできないと思ったほうが良い。

・重篤化した5%のうち、命を取り留めて社会復帰できた人も、呼吸器等に障害が残り、これまで通りの仕事が難しくなる場合が多い。

・感染して治癒すれば、一定期間は免疫ができる。

・治療薬やワクチンはまだ開発されていない。

・インフルエンザ治療薬やHIV治療薬の一部が有効とされ、日本でもすでに一部の医師の慎重な判断により緊急的に投与される一方、転用へ向けての制度化が進捗している。

・ウイルスの感染経路は接触感染、または飛沫感染であり、空気感染の可能性は未確認だが、まれにエアロゾル感染が起きる可能性がある。

・紙に付着した場合、ウイルスの生存期間は2日未満である。

・プラスチックに付着した場合、ウイルスの生存期間は5日未満である。衣類等は部位の材質にもよるが、もう少し短い。

・最大の予防は手洗い。洗っていない手で口・鼻・目を触らないように気を付ける。

・粘膜から感染するので、うがいをしっかり行うのも大切な予防策。

・マスクは自分が他人に感染させないために推奨されるが、防衛的な効果は限定的。咳やくしゃみはマスクに限らず、ティッシュ(すぐに捨てる)または「肘の内側」(当分、他のものに触れない部位)を口に押し当てたほうが、「うつさない」予防には有効な場合がある。

・ドアノブ、窓の取手、照明のスイッチ、テーブルや椅子、電話など通信機器のボタンや握る部分、パソコンのマウスやキーボード、冷蔵庫・調理器具・洗濯機などの毎日扱う箇所、水道の蛇口やレバー、便器のふたや水洗レバー、等々を消毒したほうが良い。

〔改訂;この部分に記載してあった消毒に関する記述は、5月31日時点での知見に基づき、別のエントリーにまとめたので、そちらを参照されたい〕

・食品を十分に加熱調理すれば、ウイルスは死滅する。

・衣類を十分に煮沸すれば、ウイルスは死滅する。

いろいろ思い付くままに、関連する項目をつなげながら、ダラダラと羅列してしまったが、いま判明している特性を挙げると、まずはこんなところだろうか。

あくまでも「私がこう理解している」ものであり、正確な疫学的な知識によりまとめたわけでも何でもないので、読者の方には概括する際の参考程度にしていただき、個別の項目の妥当性は各自の責任で判断されたい。もし明らかな誤謬があれば、遠慮なく指摘していただけると幸いである。無責任な風評に加担する意図は全くない。

さて、それでは、このウイルスの蔓延が始まってから、世間では何が起きているのかを、いくつかの事象に分類して、私見を述べてみたい。

次回へ続く)

2017年5月22日 (月)

プロフェッショナルとは?

プロフェッショナル≒専門職とは何か?

ソーシャルワーカー8年、その後はケアマネジャー16年。私自身の職歴を踏まえて、どのような人を指してプロフェッショナル(プロ)と言うのか、考えてみる。なるべく多くの職種や業種に共通するものを掲げてみたい。

・しかるべき期間の学習や訓練に裏打ちされた共通基盤を、同じ職種の人たちの間で共有しているのがプロ。

・自分の能力を可能な限り最大限に発揮しながら、クライエント=顧客・受益者にとって最善の仕事をするように努めるのがプロ。

・常に職業倫理を踏まえ、行動規範に則って仕事をするのがプロ。

・アサーション(自分自身も大切にしながら、クライエントも尊重すること)が自然にできるのがプロ。

・アカウンタビリティ=説明責任を果たすことができるのがプロ。

・他の職種や業種の人と、適切な距離を保った専門的な連携・協働ができるのがプロ。

・コンセンサス(合意)とコンフロンテーション(対置)とを組み合わせ、また使い分けられるのがプロ。

・表面を観察しただけで、ある程度奥深くまで洞察できるのがプロ。

・報酬に見合う、もしくはそれ以上の仕事をするのがプロ。

・利潤を求めながらも、公益を忘れないのがプロ。

・一般の人やアマチュアを見下さないのがプロ。

・少々コンディションが悪くても、乗り越えるのがプロ。

思い付くままに挙げてみた。読者のみなさんのうち、自分のいまの仕事がプロであると認識している方の中でも、上記十二ほどの項目の中で当てはまらない項目があまり多い方は、自分に不向きであると諦めて、他の仕事を選ぶべきかも知れない。

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