文化・芸術

2018年7月15日 (日)

ヴェルディ歌劇の面白さ(13)

まず、広島県・愛媛県・岡山県をはじめとする、このたびの豪雨災害で亡くなられた方々の安息をお祈りするとともに、被災された方々にお見舞いを申し上げ、一日も早い復興を願いたい。

そのような中ではあったが、7日(土)、かねてから生で見たいと思っていたヴェルディ初期の作品「ナブッコ」が上演されたので、東京まで鑑賞に出掛けてきた。

普段であれば、数日中にレヴューを書くのだが、そうもいかない事情が生じてしまった。先月から受託を再開した浜松市の要介護認定調査が、先週は7件も集中してしまい、結構時間と手間を取られた。そのさ中、自分の利用者さんの関連でアビューズ(≦虐待)が疑われる事案が2件発生し、対応に労力を消費して、猛暑も加わりいささか体調を崩してしまった。仕事をペースダウンした結果、何とか持ち直したので、ようやくエントリーする運びになった次第である。

さて、本題。

アーリドラーテ歌劇団。読者の中には、この名前を初めて見聞きする方が多いかも知れない。ヴェルディ歌劇の上演を目的とした団体であり、指揮者の山島達夫氏が提唱、プロだけでなくレベルの高いアマチュアの人たちを加えて、2010年に設立した。翌年の旗揚げ公演以来、1~2年に一回のペースでヴェルディ作品の上演を続けている。「アーリ‐ドラーテ」は「ナブッコ」第三幕に登場する合唱曲、「行け、わが想いよ、黄金の翼に乗って」中の「黄金の翼」のイタリア原語である。

36707690_2183223105241332_894926171

指揮および総合プロデュースは山島(敬称略。以下同)、演出は木澤譲。キャストはナブッコが大川博、アビガイッレが鈴木麻里子、ザッカリーアが清水那由太、イズマエーレが青栁素晴、フェネーナは栗田真帆。合唱はヒルズ‐ロート‐コーラス、演奏はテアトロ‐ヴェルディ‐トウキョウ‐オーケストラ。

上演されたのは北千住の「THEATRE1010」。1010を「せんじゅ」と読ませ、しかもビルの商業施設は1010を逆さまにした「○|○|」=マルイなので、ダジャレみたいな名称の建物である。そこの11階が劇場になっている。

冒頭、山島が歌劇の主題について解説。ヴェルディについてあまり詳しくない一般の観客向きではあったが、あえて上演の趣旨に触れたのは興味深かった。

歌唱では、鈴木のアビガイッレと清水のザッカリーアとが圧巻の出来であり、第一幕から最終第四幕まで、この二人が終始劇場を支配して「聴かせる」名唱を披露した。大川のナブッコも安定した歌唱で、タイトルロールを堅実に演じていた。青栁のイズマエーレは一応及第点ながら、どちらかと言えばもう少し重いテノール向きかなと思わせたものだ。栗田のフェネーナは前半不安定感があったものの、後半で盛り返している。

合唱団はアマチュアを含めて総勢34名の乏しい陣容ながら、よく奮闘していた。人数の制約から、同じ人たちがイスラエルの住民になったりバビロニアの兵士になったり、変身するのに結構忙しかった様子だ。入れ替わりのとき、シャツ一枚ぐらい着替える時間はあったと思われるのだが、民の心が信仰に生きたり異教に走ったりする変転のさまを表現するため、どちらの側で歌唱するときにも、あえて同じ服装のままにしたのではないかと、演出の意図に気が付いた。「アーリ‐ドラーテ」の由来となった第三幕の合唱は、いわば上演の看板の箇所だけに、一糸乱れぬ名演であり、満場の拍手がしばらく鳴りやまなかった。

ハプニングは、第三幕終了直後に地震があったことだ(震度3。千葉県東部で震度5弱)。ビルの11階なのでかなりグラッときた。余震が来ない様子だったので、アナウンスを受けて観客も混乱せずにみな留まり、少し遅れたものの第四幕が粛々と再開された。再開直後の演奏に不安定さが感じられなかったのはさすがである。

プログラムを見ると、この歌劇団は財政基盤が弱いのにもかかわらず、ヴェルディ歌劇を普及させて文化的なコミュニティ再生に寄与するため、活動を続けているとのこと。上述の通り、海外有名オペラの引っ越し公演に比べても、決して見劣りがするレベルではないので、愛好家が増えることを心から願いたい。私自身もまた機会があれば、アーリドラーテが企画する何かの演目を鑑賞に行こうと思っている。

2018年5月30日 (水)

誰のための建物なのか?

お名前は伏せておくが、Facebookで友達になっている、お一人の演劇関係者の方から、新装した名古屋の「御園座」の建物について、不満に感じているとのコメントがあった。問題はいくつもあるようなのだが、その中で特に気になったのは、「クロークもコインロッカーもない」点である。

この方は演者の側として御園座に来られているから、ひょっとしたらクロークやロッカーに代わるものが何かあって、観客には周知されているのをご存知ないのかも...と思い、御園座に関するブログなどを検索してみた。すると、数件のレビュー記事の中に、事実クロークもロッカーもないことが報告されており、そのうち二つには、「不便に思って劇場に尋ねたところ、荷物を置いておくだけの(→そこに人はいるが責任を持たない)場所ならある」との趣旨が書かれていた。また一つのレビューには、「座席と前の座席との間がやや広めなので、冬期にはコートなどの荷物を、座席まで持ち込むしかないらしい」との要旨が書かれてあった。

これは、受益者本位の建物だとは到底言えない。そもそも演劇場のエンドユーザーは演者ではなく観客である。もちろん、そこで仕事をする演者にとって使いやすい劇場であるに越したことはないが、まずは観客がなるべく寛いで音楽や演劇を楽しめるのが良い劇場である。足元のスペースが多少広くても、重い荷物やコート・ジャンパーでゴテゴテした状態の中にあって、どうして寛げるだろうか? しばしば観劇や音楽鑑賞などをしている人であれば、誰にもわかる話だ。

ましてや、私に情報を提供してくださった演劇関係者の方によると、新しい御園座は演者側から見ても使いにくい点が多々あって、共演者の方々から不満が噴出しているそうである。

しかし、偉い建築家の先生には、このような問題点がわからない(わかっていながら、一時債務超過に陥った会社側の事情により、お金をかけての最善策を採れなかった部分もあったかも知れないが...)。いや、そういう言い方をすると語弊がある。建築家は建築の専門家なのだから、演劇のエンドユーザーである「観客」や、サービス提供者である「演者」としての場数を積んでいなければ、そちら側から眺めた感覚はなかなか身に着かない。

そこで、建物を建設するに当たっては、経営する当事者と、設計する人、作る人、サービスを提供する人、使う人といったステイクホルダーとを結び付ける役割が求められるのである。いわば、システム‐プロデューサー(この言葉も矮小化した転義で用いられることが増えたが、ここではより広い守備範囲で機動的に働く人を念頭に置いた、狭義の語法で使用する)の出番となるわけだ。

したがって、御園座のように課題を多く残す建物ができてしまったのは、有能なシステム‐プロデューサーの不在が想定される(あるいは能力はあっても十分な権限を与えられていなかった可能性もある)。

私もいずれは、オペラやコンサートで御園座を訪れる機会があると思うので、これから観客や演者のみなさんの意見を聴いてもらいながら、可能であれば一つずつでも設備を改善してほしいものである。

さて、同様なことは、私たちの介護業界でも起こり得る。

現政権の施策が「ハコモノ推進」から転換されていない以上、さまざまな種類の介護施設が引き続き建設(新築、増築、改築)されていくであろう。特別養護老人ホームや老人保健施設、グループホームのような従来型の施設はもとより、有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅、介護医療院などは、今後まだまだ増えていくことが見込まれる。

その際、大切なのは「誰のための建物なのか?」である。エンドユーザーはあくまでも入居する利用者である。そして、利用者に対して、より望ましいサービスを提供するためには、働く職員にとっても使いやすい建物である必要があろう。

しかし、現実には「法人経営側=当事者がどんな建物を作りたいか?」が優先されてしまうことが多い。これは「誰のための建物なのか?」と同じではない。一致する部分もあれば、乖離する部分もある。後者を調整するためのシステム‐プロデューサーが必要になる。その役割を欠いたまま建設プロジェクトを進めると、御園座のようなことになってしまう。

幹部職員が現場で日常の仕事をしながら、新しい建物の企画を兼務するのは、いまの業界事情から言えば厳しい。人を外注し、専心して当たらせるのが効果的だ。実際には、システム‐プロデューサーとして働ける人の候補は、業界に少なくないと思う。法人側が少しの費用を惜しんで、埋もれている人材を活用しないのはもったいない話だ。たとえば実力派として鳴らしたケアマネジャーで、いま本業の仕事をしていない人の中にも、この任に堪える人は結構存在する。

裏を返せば、有能なケアマネジャーは制度上の「介護支援専門員」としての仕事ができなくなっても、システム‐プロデューサーとして活躍する道が開かれていることになる。エンドユーザーをはじめ各々のステイクホルダーにとって、真に望ましい設備を整えた建物を作ることで、限られた「材」を無駄にしないためにも、その役割の重要度は大きい。

また、筆者の知人には、以前紹介した相模原の岡さんのように、建築業界から介護業界、さらに高齢者の建物に関するお仕事に転職された方もある。このような経歴の方もまさにシステム‐プロデューサーにふさわしいであろう。

今後の業界再編成では、このような転身も一つのスタイルとして期待したいものだ。

※今回のエントリーから、HNを「じょあん」から「ジョン‐トラブッた」に変更しました。
これまで同様、お暇なときにご笑覧くださいませ(^^*

2018年2月17日 (土)

ヴェルディ歌劇の面白さ(12)

前回から続く)

(9)シモーネ‐ボッカネグラ(= Simone Boccanegra/?-1363)

ヴェルディ中期の歌劇『シモン‐ボッカネグラ』(1857初演)のタイトルロール(主人公)。
ジェノヴァ共和国の有力市民の家系に生まれ(父親は市長)、海上貿易の保安任務に携わっていた。1339年に平民勢力から推挙されて、初代ドージェ(国家元首)に選出され、平民と貴族との融和を図るべく尽力、国の内外を安定に導いた。しかし1344年、シモーネは貴族勢力の圧力により降板させられる。1356年に再選された後は、貴族側に強圧的な姿勢で臨んで恨みを買い、宴会の席上、ワインに毒を盛られて暗殺された。

ガブリエーレ‐アドルノ(= Gabriele Adorno/1320-83)はシモーネの没後、貴族勢力に推されてドージェに就任した。ただし、歌劇中のシモンの娘との恋愛や、そこに貴族フィエスコが絡む展開も虚構。他方、第二幕のシモンの語りの中に、人文主義者のペトラルカや、ローマのリエンツィの名前が登場するのは興味深い。

この台本はピアーヴェが書いたのだが、政治と家庭との狭間で悩み苦しむ父親の姿や、男と男の心理的な対決を活写しようとしたヴェルディの意図を十分反映できず、フェニーチェ劇場での初演は失敗に終わった。それから四半世紀近くの後、1881年、アッリーゴ‐ボーイトが手を加えた改訂版が大成功を収め、今日までヴェルディの傑作の一つとして、しばしば上演されている。

(10)グスタヴ3世(= Gustav Ⅲ/1746-92)

ヴェルディ中期の歌劇『仮面舞踏会』(1859初演)の主人公。
スウェーデンの王子で、1771年に父の後を継いで国王に即位。貴族層が支配していた身分制議会を廃止して、行政権や公職任免権を奪取、富裕な商人や農民層の支持を受け「啓蒙専制君主」として絶対王政を展開した。対外的にはロシアに譲歩せず、強国の地位を保ったが、そのために国家財政は危機に陥った。政策反対派の貴族たちは陰謀を企て、仮面舞踏会の最中、彼は反対派の一人アンカーストレーム(= Jacob Johan Anckarström/1762-92)により暗殺された。女性占い師ウルリカ‐アルヴィドソン(= Ulrica Alfvidsson/1734-1801)が数年前に暗殺を予言していたことが取り沙汰され、ウルリカは当局から調査を受けたが、事件と無関係なことが判明して放免されている。

アンカーストレームが自分の妻と国王との親密さに関する誤解から暗殺行為に走ったとの設定は創作である(真の理由は逆恨みだとも言われるが、未詳)。また臨死の国王が彼を赦免したのも劇中の作話であり、実在のアンカーストレームは反逆罪で処刑された。他方、ウルリカの予言は史実から脚色されながらも、歌劇第一幕の盛り上げどころに活用されている。

ヴェルディにとってこの歌劇は新たな境地に至る画期の作品だったが、当局の検閲によって舞台をボストンに変更することを余儀なくされ、グスタヴ3世は「ボストン総督リッカルド」、アンカーストレームは「秘書レナート」になった。今日ではこのボストン版が上演のスタンダードであるが、もとのグスターヴォ(グスタヴ)3世に戻したスウェーデン版もときに上演されている。

(11)ドン‐カルロス(= Don Carlos de Austria/1545-68)

ヴェルディ中期の歌劇『ドン‐カルロス』(1867初演)のタイトルロール(主人公)。
スペイン国王フェリーペ(フィリップ)2世(= Felipe Ⅱ/1527-98)の長男。王位継承を期待されていたが、身体が不自由で病弱でもあり、短絡的な思考が目立つ人であった。大審問官(カトリックの宗教裁判所長)を憎んで殺害を企てたことがあり、また、大貴族フェルナンド‐デ‐アルバ(ネーデルランドの弾圧者)もを嫌悪していたため、プロテスタント教徒たちに同情し、ネーデルランド行きを計画して失敗。怒った父王により幽閉され、ハンストにより23歳で死去した。

イサベル‐デ‐バロイス(エリザベート‐ド‐ヴァロワ= Isabel de Valois/1545-68)はフランス王アンリ2世の娘で、フェリーペ2世の王妃になったのは史実通りだが、フォンテーヌブローでの出会いから破局の場は創作である。ただ、カルロスが同い年の義母と親しかったのは事実で、イサベルはカルロスの死を悲しんで夭折したと言われている。カルロスの教育係ルイ‐ゴメス(= Ruy Goméz de Silva, Duque de Estremera/1516-73)は劇中のロドリーグのモデルで、カルロスにネーデルランド統治への関心を持たせた人物。その妻であったエボリ公夫人アナ‐デ‐メンドーサ(= Ana de Mendoza, Princesa de Éboli/1540-92)は夫の没後、フェリーペ2世の宮廷で活躍するが、後には謀略に加担した罪で失脚している。

シラーはこのカルロスの生涯をスケールの大きな戯曲『スペイン王太子ドン‐カルロス』に描いており、これをヴェルディが素材に選んでパリ‐オペラ座のためにフランス語版の歌劇を作り上げた。台本はジョゼフ‐メリが手掛け、その没後にカミーユ‐デュ‐ロクルが継承して完成。
カルロス、フィリップ、イサベル、ロドリーグ、エボリ、大審問官らは史実といささか異なるにせよ、劇中ではそれぞれの個性を十分に発揮している。また、結末をカルロスの逮捕で終わらせず、祖父カルロス5世の再来を思わせる修道士がカルロスを保護して修道院の中へ連れ去る、超自然的な収束にしたことも、一つの大きな工夫であろう。保守と自由、政治と恋愛、カトリックとプロテスタント、現実と理想など、さまざまな対立をはらんだ構図のもとに、この作品は人間の心の奥深くを見つめた傑作となった。

(12)あの「世界中がダジャレだ!」の太ったノーフォークの老騎士、『ファルスタッフ』(1893初演)のモデルは誰だったのだろうか?

シェイクスピアが中世の騎士ジョン‐オウルドカースル(= Sir John Oldcastle/1378-1417)をモデルにして、戯曲の原稿を作成していたところ、実在のオウルドカースルからかけ離れた人物像になっていたため、子孫から抗議を受けた。そのため同時代のジョン‐ファストルフ(= Sir John Fastolf/1378-1459)の名前に変更し、戯曲の設定も一部は後者の人生を反映させる形に直したため、二人を重ねた主人公フォールスタッフが、原作の戯曲『ウィンザーの陽気な女房たち』に登場することになってしまった。

オウルドカースルは王太子時代のヘンリ5世と親しかったのだが、異端とされたロラード派の指導者となって失脚し、逃亡して反乱を企てるも失敗、捕えられて処刑された。他方、ファストルフはまさに「ノーフォークの老騎士」には違いなかったのだが、放蕩者ではなく武将として活躍、また文書収集や学校建設の企画などに力を注入した人なのである。シェイクスピアはこの二人を合成しつつ、どちらの人物像とも異なる新たなキャラ「サー‐ジョン‐フォールスタッフ」を創作したのだ。

ヴェルディは最後の歌劇の素材にこのフォールスタッフを選び、ボーイトが台本を書いた。すでに高齢になったヴェルディ自身、疲れから作曲が停滞することもあったが、一人ひとりの台詞に独唱や重唱を絡ませながら丁寧に曲を付けており、すべての登場人物への愛情が感じられる。ミラーノ‐スカラ座での初演は大成功で、拍手が鳴りやまなかった。

以上、ワーグナーとヴェルディの作品に登場する実在人物を紹介してきた。両者の素材選びは、全く傾向が異なるものもあり、逆に同時代の人物をそれぞれの視点から作品化したものもあり、対照してみるとなかなか面白い。また、人物を大枠で史実に沿って登場させたものや、虚構を積み重ねて史実とは似ても似つかぬ人物像になったものもあるので、歴史ドラマ同様に、「本当はこんな人だった」という実像と比較しながら、楽劇や歌劇を味わってみるのも一興であろう。

2018年2月14日 (水)

ヴェルディ歌劇の面白さ(11)

前回から続く)

(5)マクベス(= Macbeth/1005頃-57)

ヴェルディ前期の歌劇『マクベス』(1847初演)のタイトルロール。
中世前期のスコットランドでは、王位をめぐる抗争が絶えず、王族マクベスは嫡流の王位継承権を持つ寡婦グロッホと結婚、1040年に無能な国王ダンカンを殺害して力で王位を獲得し、1043年には政敵バンクォウ(= Banquo)も殺害した。他方で彼は信仰心に篤く(在位中にローマ巡礼をしている)、武勇すぐれた国王であったが、晩年には貴族たちの離反を招き、1057年に至ってダンカンの息子マルコム3世(= Malcolm Ⅲ Canmore/1031-93)により攻め滅ぼされた。

シェイクスピアが宮廷作家として戯曲『マクベス』を書いたのは、ダンカンとバンクォウとの共通の子孫に当たるジェイムズ1世が、スコットランドから入ってイングランド王を兼位した時期である。そのため彼は、王の先祖二人を殺したマクベス・グロッホ夫妻を悪人に貶めることで、新王の治世を寿(ことほ)いだのである。かくして「民心を失って滅びた暴君」マクベスと、「稀代の悪女」マクベス夫人との、虚構カップルができ上がった。

歌劇もシェイクスピアが描いたこのマクベス夫妻の姿を継承している。ヴェルディ自ら本腰を入れて精力的に創作を進めたので、台本を担当したピアーヴェの仕事に不満を持ち、アンドレア‐マッフェーイが筆を加えた。初演は成功したものの、この歌劇は登場人物の内面に踏み込んでいるため、数十年の間は評価が定まらなかったが、いまではヴェルディ前期の歌劇の中で、比較的上演が多い作品となっている。

(6)トリブレ(= Triboulet /1479-1536)

ヴェルディ中期の歌劇『リゴレット』(1851初演)のタイトルロールのモデルになった人物。
脊椎側弯症だったが、技芸を積んで宮廷道化師となり、フランスのルイ12世、ついでフランソワ1世(= François Ⅰ/1494-1547。フランス‐ルネサンスを代表する君主)に仕えて高名になった。フランソワ王に同伴してイタリアにも来訪している。後代、宮廷の禁令に違反して王の怒りを買い、危うく処刑を免れたが、宮廷から追放されてしまった。

この人物を題材に、ユゴーが戯曲『王様はお愉しみ』を執筆。放蕩貴公子のフランソワ王(実像とは異なる)がトリブレの娘を弄び、怒ったトリブレの復讐が娘の死を招く悲劇である。ヴェルディはヴェネツィアのフェニーチェ座公開予定の歌劇にこの題材を選び、ピアーヴェに台本を書いてもらったが、当局による検閲のため、主人公をリゴレット、フランソワ王をマントヴァ公に書き改め、ようやく上演に漕ぎつけた。

ヴェルディがこの素材から人間の愛憎を主題に選んだことは確かであるが、サブテーマはやはり、悲劇に襲われる社会的被差別者に対する共感である。この流れはリゴレット(障害者)に始まり、『トロヴァトーレ』のアズチェーナ(非定住民)、『椿姫』のヴィオレッタ(娼婦)と続き、少し間を置いて『運命の力』のドン‐アルヴァーロ(南米先住民)で頂点に達する。史実からかけ離れたとは言え、「社会派」作曲家のヴェルディが本領を発揮する入口になった傑作と言えよう。

(7)マリ‐デュプレシ(= Alphonsine PlessisまたはMarie Duplessis/1824-47)

ヴェルディ中期の歌劇『椿姫』(1853初演)の主人公のモデルになった人物。
ノルマンディ出身。パリに出て仕立屋奉公をしていたが、ある料理店オーナーの愛人になったのを皮切りに、その美貌から次々とパトロンを獲得、彼らの支援を受けて教養を付けた。詩や音楽に堪能で、椿の花を愛好し、影の社交界でドゥミ‐モンド(=高級娼婦)として一世を風靡する。アレクサンドル‐デュマ‐フィスと恋愛関係にあったが、彼と別れた二年後、肺結核のために新たな恋人とも破局を迎え、孤独のうちに23歳で死去した。

デュマ‐フィスはマリとの体験を基にして小説『椿姫』を執筆、主人公の名を「マルグリート‐ゴティエ」に変え、相方を「アルマン‐デュヴァル」とした。さらにヴェルディがこの小説をフェニーチェ劇場(ヴェネツィア)から依頼された新作歌劇の題材に採用、主人公と相方とは再度名前が変わり「ヴィオレッタ‐ヴァレリー」「アルフレード‐ジェルモン」になった。台本はピアーヴェが作成。

歌劇は「社会派」のヴェルディらしく、若い二人の純愛とそれを阻むもの、との図式。ヴィオレッタと独善的なジョルジョ‐ジェルモン(アルフレードの父)との「対決」にドラマの中核を据える、ヴィオレッタがアルフレードと再会した後に息を引き取る設定にする、などの見せ場作りが奏功して、この歌劇は世界的に愛され、上演回数の多い作品となった。薄幸だったマリ‐デュプレシも、もって瞑すべし、と言うべきか。

(8)ギー‐ド‐モンフォール(= Guy de Monfort/1244-91)

ヴェルディ中期の歌劇『シチリアの晩鐘』(1855初演)の重要登場人物。
イングランドの出身。英国議会の元祖と称されるシモン‐ド‐モンフォールの四男。シチリアを征服して王位に即いたフランス王弟シャルル‐ダンジューの重臣になるが、イタリアに滞在していた仇敵ヘンリ‐オヴ‐アルメインを教会内で暗殺してしまったため、逮捕されて破門の憂き目に遭う。後にシャルルのシチリア王国へ戻ったものの、1287年にアラゴン王国との海戦に敗れて捕虜となり、解放されないまま没した。

歌劇のタイトルにもなっている、1282年に起こったシチリア住民のフランス支配への反乱「シチリアの晩鐘」事件には、ギーは直接関係していないが、この反乱の指導者として登場する医師ジョヴァンニ‐ダ‐プローチダ(= Giovanni da Procida/1210-98)は、事件を主導した実在の人物である。

破門歴などから、ギーには悪い印象が定着していたようだ。歌劇では前国王の処刑や島民への暴政など、主君シャルルが行った負の行動がすべてギーの所業にされ、反乱で殺される悪代官の役回りにされてしまったのは、気の毒な話。他方、プローチダは劇中、強固な意思で国の独立へ突進する役を担い、巻き込まれる人たちの悲劇を織り成している。

ウジェヌ‐スクリーブが作った台本の筋立てそのものをヴェルディは嫌っており、パリ進出のため不承不承受け入れて作曲するに至った。しかしながら、この歌劇は後の『ドン‐カルロス』や『アイーダ』へ発展するグランド‐オペラの形式に挑戦したヴェルディ過渡期の作品として、評価されるべきであろう。

次回へ続く)

2018年2月11日 (日)

ヴェルディ歌劇の面白さ(10)

歌劇に登場する主人公や重要登場人物のうち、歴史上実在した人について、現実の人物像を紹介するエントリー。

今回からはG.ヴェルディの作品である。

(1)ネブカドネザル2世(Nabû-kudurri-uṣur Ⅱ/紀元前634頃~前562)

ヴェルディ初期の歌劇『ナブッコ』(1842初演)のタイトルロール(主人公)。
バビロニア王国・カルデア王朝二代目の国王。父王ナボポラッサルを補佐して対外戦争を指揮、カルケミシュの戦(前605)でエジプト軍を撃破し、翌年には父の後を継いでバビロニア王となり、エジプトと交戦を繰り返した。前587年にはエルサレムを包囲してユダ王国を滅ぼし、多くのユダヤ人をバビロンに連行して強制移住させたが、これが「バビロン捕囚」である。領土拡大により通商の拠点を押さえ、首都バビロンでは土木事業を興してイシュタル門などを建設した。

歌劇の台本は旧約聖書『ダニエル書』の記述、ネブカドネザルがエルサレム征服後に(ユダヤ教の)神を信じたという伝承(おそらく虚構)を踏まえ、テミストークレ‐ソレーラが創作したものである。妻子を失った直後、最悪の精神状態だったヴェルディだが、支配人から押し付けられた台本を読んで次第に興味を示し、作曲を完成、成功を収めた。

自ら台本を書いたワーグナーと違い、ヴェルディはもっぱら作曲する人だったので、初期や前期の台本はヴェルディの意図をあまり反映していない。しかし、この歌劇は「偉大な神のはからいへの賛美と回心」を契機に、どん底にあったヴェルディが立ち直ることができた貴重な作品である。史実のネブカドネザルはユダヤ教の信仰とは無縁の、きわめてドライな政治家だったから、皮肉な話であるが...

(2)フランチェスコ‐フォスカリ(= Francesco Foscari/1373-1457)

ヴェルディ前期の歌劇『二人のフォスカリ』(1844初演)の主人公。
中世ヴェネツィア共和国の有力な家系に生まれ、1423年にドージェ(国家元首)に選出。34年もの長い間ヴェネツィアを統治し、その間、スフォルツァ家のミラーノ公国との戦争で大きな功績を上げた。しかし、晩年に息子のヤコポが汚職と対敵通謀のかどで十人委員会(もともと元首の独裁を阻むために創設された評議機関であるが、このころには委員会自体が強大な権力に変貌していた)から有罪とされ、クレタ島に配流、客死する。フランチェスコはその後もドージェの地位に留まったが、息子の罪を理由に十人委員会から廃位され、翌日に死去した。

フランシスコ‐マリア‐ピアーヴェの台本は、史実を反映させたバイロンの叙事詩に基づいたもので、かなり荒削りで評価はあまり高くないのだが、それにもかかわらず、ヴェルディの音楽は中・後期の作曲につながる独創的な構成により、フランチェスコとヤコポ夫妻との家族愛や苦悩を活写する作品に仕上げている。

(3)ジャンヌ‐ダルク(= Jeanne d’Arc/1412頃-31)

ヴェルディ前期の歌劇『ジョヴァンナ‐ダルコ』(1845初演)のタイトルロール。
日本ではジャンヌの名前を知らない人のほうが珍しいので、略歴は割愛する(^^;

歌劇の台本はシラーの原作を基にソレーラが書いたのだが、史実から大きく改変されてしまった。ジョヴァンナ(ジャンヌ)が悪魔の誘惑によってフランス王シャルル7世と恋に陥りそうになり、怒った父親ジャコモの差し金で敵の捕虜となるも、恋愛感情を克服したジョヴァンナの本心を知ったジャコモによって解放され、戦場に赴いて戦死する話。当然のように、上演の結果は多くの観客が納得するものではなく、不評であった。ヴェルディが一応売れっ子の作曲家になったとは言え、いまだ与えられた台本に依拠して作曲せざるを得なかった時期の、不運な作品の一つと言えよう。

(4)アッティラ(= Attila/406頃-453)

ヴェルディ前期の歌劇『アッティラ』(1846初演)のタイトルロール。
434年、伯父の後を継いでフン族の王になった(445年頃までは兄ブレダと共同統治)。437年にはヴォルムスを攻撃してグンダハール(「ワーグナー楽劇の面白さ(11)」参照)のブルグント王国を滅ぼし、ライン川からカスピ海に至る大帝国を建設、ヨーロッパ一帯で「神の鞭」と言われて恐れられた。しかし、451年にはカタラウヌムの戦でローマの将軍アエティウスと西ゴートの連合軍に敗れ、452年にはローマ侵攻へ向かう途中、軍団に疫病が発生したらしく、ローマ教皇レオ1世との会見を機に撤退している。不本意な膠着状況の中、453年に急死。子どもたちの後継者争いから、大帝国はまもなく瓦解した。

ローマの将軍アエティウス(= Flavius Aetius/391-454。劇中ではイタリア語読みのエツィオで登場)も、ローマ教皇レオ1世(= Leo Ⅰ/400-461。劇中では老人レオーネとして登場)も、アッティラに対峙した代表的な人物である。
歌劇の台本はヴェルディ自身の提案を受け、ソレーラが書き始めたが、彼が途中で仕事を投げ出したため、ピアーヴェが引き継いだ「つぎはぎ」の台本になってしまい、公演を重ねて成功を収めるまでに時間がかかった。
劇中でアッティラは北欧の神々の信者になっているが、これは虚構で、フン族の宗教についてはよくわかっていない。また、アッティラが家来に裏切られ、妃(劇中ではオダベッラ)に殺されるのは、俗説を受けたもので、史実では飲酒の後、鼻から大量出血したことにより死亡している。
しかし、ローマの将軍やローマ教皇が登場してアッティラを破滅に導く筋立ては、イタリアの愛国者たちから喝采を受けた。ヴェルディ自身も、中期の傑作へ結び付く管弦楽の手法をこの作品で披露し、先への見通しを開いたのである。

次回へ続く)

2018年1月 8日 (月)

ワーグナー楽劇の面白さ(11)

前回から続く)

(4)ハンス‐ザックス(= Hans Sachs/1494-1576)

ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』(1868初演)の主人公。
ニュルンベルクに生まれ、靴屋の修行を終えて各地を遍歴、帰郷してから靴屋の親方として独立する傍ら、詩や論文を次々と発表した。宗教改革ではルター(ルーテル)派を支持したため、カトリック側の市当局から作品の出版禁止処分を受けるが、のちに解禁されて創作活動を再開。作品は実に多様で、歌曲、詩作、劇作、散文など数千にのぼる。家庭的には不幸で、子どもたちや妻に先立たれ、晩年に若い寡婦と再婚、その後はおもに叙情詩を書いた。劇中第三幕で群衆が合唱する「ヴィッテンベルクの鶯」の詩は、ザックス自身の作品にほかならない。

劇中に登場するマイスターたちも実在の人物である。ハンス‐フォルツ(= Hans Folz/?-1513)は外科医・理髪師であり、マイスターの組合規則を一新させ、ザックスの先駆的人物となった。劇中ではコケ役にされているジクストゥス‐ベックメッサー(= Sixtus Beckmesser)は年代記に名前だけ登場するが、活躍した時期や事績は知られておらず、他のマイスターたちも多くは無名である。
現実にはニュルンベルク市当局の統制下の一組合に過ぎなかったマイスタージンガーたちだが、ワーグナーは彼らを市全体の仕切り役として誇大に位置付け、ドイツ芸術を賛美するとともに、国家の統一を後押しする作品に仕上げた。
ナショナリズムの色彩が強い楽劇であるだけに、後世に及ぼした功罪が取り沙汰されるが、ザックスをはじめとするマイスターたちは、いまでも古きヨーロッパに対する私たちのノスタルジーを湧き立てる存在だと言えよう。

(5)ブルンヒルド(= BrunichildまたはBrunhilda/543頃-613)

ワーグナーの楽劇『ワルキューレ』(1870初演)の主人公で、『ニーベルングの指環』全編を通しての重要登場人物。
この人が実在の人物だと聞いて驚く読者があるかも。「エッ? ブリュンヒルデって北欧神話のワルキューレじゃなかったの?」 実は話が逆で、12世紀頃のアイスランドにおいて『古エッダ』『ヴォルスンガ‐サガ』などの神話・伝説が文章化された時期、虚構のワルキューレの中へ、現実の王妃の姿が投影されたと考えるのが正しいようだ。
西ゴート(スペイン)の王女として生まれ、フランク王国の分邦であったアウストラシア国王ジギベルト1世に嫁いだが、実姉や夫を殺害した仇敵であるネウストリア王妃フレーデグンデや、その息子クロタール2世と抗争を繰り返した。実質的なアウストラシア女王として権力を掌握、政略再婚も辞さない強力な権謀術策を駆使し、自ら甲冑を着け馬にまたがり、武器を携えて戦場へ赴いている。義兄のブルグント王グントラムと結び、その没後は両国を事実上支配下に置き、ヴォルムスを都としたが、クロタール2世の偽計にかかって捕えられ、家族もろとも惨殺された。

ゲルマン民族の「戦う女性」の代表だったブルンヒルドは、北欧神話の世界アイスランドから、13世紀に成立した叙事詩『ニーベルンゲンの歌』によって、ブルグントへいわば里帰りを果たした。
ワーグナーはおもに『ヴォルスンガ‐サガ』を題材に『指環』を構成しているが、「権力の争奪」が主題の劇中で、ブリュンヒルデは強い良心や信念に基づいて行動する女性として登場する。史実では権力に執着した彼女が、『指環』では逆に権力争奪の混乱を終結させる役割を担うのも、皮肉な話である。

(6)グンダハール(= GundaharまたはGundikar/?-437)

ワーグナーの楽劇『神々のたそがれ』(1876初演)の重要登場人物。
劇中のグンターとは異なる勇猛果敢な君主であった。はじめはローマ帝国の同盟部族長としてガリア東部(いまの仏・独・スイスにまたがる地域)を統治していたが、413年頃にヴォルムスを都として、ライン川沿岸にブルグント族の独立国家を形成する。野心家のグンダハールはさらに勢力拡大を目指して北の低地地方へ攻め入ったため、危機を感じたローマの将軍アエティウスはフン族の王アッティラに救援を求めた。アッティラの騎馬軍団は大挙してヴォルムスを攻撃、グンダハールはおもな部下たちとともに戦死し、ブルグント王国は滅亡した(数年後に再建)。

史実では彼の6代後の子孫に当たるグントラム(独立ブルグント最後の王)の義妹・ブルンヒルドとは時代が違うから、二人が夫婦になる設定は全くの虚構なのだ。
とは言え、このグンダハールもブルンヒルド同様、アイスランドで『ヴォルスンガ‐サガ』中の「グンナール」として伝説に取り込まれ、叙事詩『ニーベルンゲンの歌』では「グンター」としてヴォルムスに里帰りした。ゲルマンの勇将も叙事詩では優柔不断な国王として描かれ、『神々のたそがれ』に至っては、ハーゲンに操られて身を滅ぼす哀れな殿様に貶められている。
ワーグナーの意図は、権力の争奪に翻弄されて進むべき道を見失う人たちの姿を描くことだったから、グンターには個性の強いブリュンヒルデ、ジークフリート、ハーゲンの間を右往左往するコケ役を割り当てたのであろう。天国のグンダハールは苦笑しているかも知れない(^^;

さて、少し間を置いて、こんどはヴェルディ歌劇に登場する実在人物たちの姿を追ってみよう。

2018年1月 7日 (日)

ワーグナー楽劇の面白さ(10)

今回は、昨年12月、Facebookに友達限定でエントリーした記事の再掲である。

現代でも、ドラマや映画の中で、実在の人物が史実とかけ離れた姿に描かれることは、日常茶飯事だが、19世紀を代表する二大オペラ作家の作品にも、それは多くあった。

私が愛好しているR.ワーグナー(1813-83)とG.ヴェルディ(1813-1901)の楽劇・歌劇に登場する主人公や重要登場人物のうち、歴史上実在した人について、現実の人物像を紹介してみたい。史実がどのように改変されたのか? その背景は? 現代にも生きる教訓は? ...などなど、私の主観と偏見であるが...

まずはワーグナーから。

(1)コーラ‐ディ‐リエンツォ(= Cola di Rienzo/1313頃-54)

ワーグナーの歌劇『リエンツィ』(1842初演)のタイトルロール(題名の主人公)。
ローマの公証人だったが、古代ローマ帝国の栄光を夢見てアヴィニョンへ赴き、教皇の支持を得てローマで議会を招集し、伝統の官職「護民官」を復活させて自ら就任。税制を改めて貴族たちを抑え込んだが、次第に誇大妄想が強くなり、敵対者から追放されてアヴィニョンに軟禁される。その後、ローマに戻って復権するが、強権政治に走ったため、一年もしないうちに民衆の反乱により逮捕、惨殺された。

ワーグナーの劇中でのリエンツィは、常に民衆を前にして大見得を切りながら登場、最後は敵の謀略により民衆から離反され、妹と手を携えて火中に死を遂げる。復権後の実在のリエンツォは生活態度も乱れた哀れな独裁者だったのだが、劇中では終始悲劇の英雄として描かれている。
ワーグナーはフランス‐グランド‐オペラの様式に初挑戦して、狙い通りの大成功を収めた。しかし後世、ヒトラーがこの歌劇に感動して政治家を目指したエピソードが伝わるなど、リエンツォの美化がドイツの政治に予想外の副作用を及ぼしたようだ。
敵対者のステファーノ‐コロンナも、民衆扇動者(劇中ではリエンツィの部下として登場)のバロンチェッリも、実在の人物である。都市国家の中で派閥抗争が常態化していた当時のイタリアの政情を、よく表現している歌劇である。

(2)ヴォルフラム‐フォン‐エシェンバッハ(= Wolfram von Eschenbach/1170前後-1220頃)

ワーグナーの歌劇『タンホイザー』(1845初演)の重要登場人物。
アンスバッハ近郊の村の従士層出身だが、さまざまな部門の学識をラテン語で身に着ける機会に恵まれたようだ。ドイツ各地の宮廷を遍歴して、おもに叙事詩を歌う吟遊詩人として活躍した。中でも『パルツィファル』はこの時代のドイツ文学を代表する長大な叙事詩として知られ、ワーグナー最後の作品『パルジファル』の素材にもなっている。

同時代のヴァルター‐フォン‐デァ‐フォーゲルヴァイデ(= Walther von der Vogelweide/1170頃-1230頃)も同じく高名な吟遊詩人で、叙情詩作家の代表格。この二人をはじめ、著名な詩人たちをテューリンゲンに招き、ヴァルトブルクの歌合戦(1206)を開催したヘルマン地方伯(= Landgraf Hermann von Thüringen/1155頃-1217)も実在の君主である。
ワーグナーはこの歌合戦と「タンホイザー伝説」とを合体させ、ヘルマンの息子の妻であった聖女エリーザベト(= Elisabeth von Ungarn/1207-31)の年齢や事績をかなり改変し、「理解されない芸術家」タンホイザーを救済する女性として、歌劇のストーリーに組み込んだ。
他方、ヴォルフラムは劇中では脇役の立場になり、ヴァルターに至っては史実から大幅に矮小化され、紋切り型の詩人になってしまっている。もっともワーグナーは、後の作品『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の中にヴァルターの名を登場させ、その権威を少しく持ち上げてはいるが…

(3)ハインリヒ‐フォン‐リーウドルフィンガー(= Heinrich von Liudolfinger/876-936)

ワーグナーの歌劇『ローエングリン』(1850初演)の重要登場人物。
中世初期のドイツに分立する部族国家の一つ、ザクセンの大公(君主)であり、前国王コンラートの没後、貴族たちからドイツ国王に選出。狩猟が大好きで「デァ‐フォグラー(鳥を捕まえる王)」とあだ名されている。ドイツ国内の他部族を勢力下に置くことに腐心し、また、北方のデンマークや東方のマジャール(=ハンガリー)と戦ってドイツの領土を保全、西フランク(=フランス)との境界を定めるなど、国家の基盤整備に貢献した。

他方、敵役の魔女オルトルートは架空の人物だが、ラドボード家の息女という設定になっている。ラドボード家は古代末期の低地地方(現代のベネルクス)を代表する異教勢力で、フランク王国の拡張によるキリスト教化に対し頑強に抵抗した一族として知られている。
ワーグナーがローエングリン伝説と直接関係ないハインリヒ王の時代に歌劇の時代を設定したのは、ローエングリンとエルザの愛の破綻をメイン・テーマに据えながら、ハインリヒ王の統一事業に対するラドボード家による妨害を隠れたテーマとして扱い、19世紀のドイツ統一を阻む地方勢力を表現しようとしたものであろう。作曲当時の政治情勢を反映したものとして、興味深い。

次回へ続く)

2017年6月19日 (月)

ヴェルディ歌劇の面白さ(9)

ヴェルディの歌劇は過去六回鑑賞しているが、『椿姫』は初めてである。多くのヴェルディ‐ファンは早いうちにこの作品を体験するだろうから、七作目でやっと『椿姫』なのは珍しいかも知れない。

マッシモ‐ディ‐パレルモ劇場の引っ越し公演で、会場は地元浜松のアクトシティ大ホール。とは言え、確か十年ぐらい前に一度入っただけの劇場。ホームタウンなのになぜかアウェイ感。上野の東京文化会館のほうが、年一回程度は行っていただけに、ホーム感がある(^^; 第二幕に入るあたりでようやく違和感が解消した。

指揮はフランチェスコ‐イヴァン‐チャンパ、演出はマリオ‐ポンティッジャ。キャストはヴィオレッタがデジレ‐ランカトーレ、アルフレードがアントニオ‐ポーリ、ジェルモンがセバスティアン‐カターナ、フローラがピエラ‐ビヴォーナ、ほか。

20170614latraviata

ランカトーレは容姿もヴィオレッタ役向きであり、第一幕にやや不安定な箇所があったものの、おおむね全編を通してドラマティコ‐ソプラノを朗々と歌い込み、秀逸な歌唱。第三幕のアリア「過ぎ去った日よ、さようなら」は豊かな表現力の演技とも相まって、素晴らしい出来であった。

ポーリは正統派のリリコ‐テノールで、音程が正確なのが長所。第一幕では控えめな演技で純情なアルフレードをよく表現していた。ランカトーレとの二重唱も相性好く、ブレを感じさせない歌唱。第二幕のカバレッタの末尾「...この恥辱を晴らすぞ!」のところでは(たぶん一部の聴衆が期待した)ハイC(=二点ハ音)を出さず、会場の拍手がやや少なかったが、若手歌手が長く声を維持して活躍するためには、無理をしないのが賢明であろう。

カターナは傲然とした家父長的なジェルモン役を粛々とこなし、特に第二幕「プロヴァンスの海と陸」、息子(アルフレード)の心には全く響かない設定で、聴衆にはじっくり聴かせて魅了しなければならない難しいアリアを、自然体で歌いこなし、喝采を浴びていた。

チャンパの指揮はオーソドックスで聴きやすいものではあったが、ドラマの転換点、特に第三幕では、ポイント切り替えのように緩急を意識的に調節していた。ポンティッジャの演出は照明の使い方が巧みであり、第三幕のシェーナ&二重唱でヴィオレッタ役のランカトーレが「こんなに苦しんだのに、若くして死ぬなんて!」の歌いに入るところから、彼女の顔に全く光が当たらないようにして絶望を表現するなど、随所に工夫が見られた。

ただ、せっかくの好演の価値を減じたのは、聴衆のマナーの悪さである。途中で携帯音が鳴り出すことが(聞き取れただけで)4回。そのうち1回は音を止めようともしなかったらしく、延々と鳴り続けていた。これは絶対にしないように、あらかじめ電源オフまたは消音にしなければいけないのだが、第一幕開始前に入り口で係員が小さな声で注意を促していた程度で、アナウンスは無かったと記憶している。これが東京文化会館ならば、幕の始まりごとにアナウンスが行われるし、鑑賞に来る聴衆も回を重ねている人たちばかりだから、社会常識として心得ており、せいぜい不注意で切り忘れた人の携帯音が1回鳴るか鳴らないかである。浜松は田舎だなぁ、と嘆息してしまった。

そんなことはあったものの、全体として心に残る『椿姫』であった。

なかなか身動きできない立場になってしまったので、次の歌劇(ワーグナーなら「楽劇」)鑑賞がいつになるかは見通しが立たないが、頻度は減っても、これは趣味の一つとして続けていきたいと思っている。

また、この公演には、浜松市や静岡県の医師会で重い役を歴任され、介護支援専門員の連絡組織でも私の前任者でおられた岡﨑博先生が来られていた。同先生は海外へもときどき鑑賞に行かれるとのことである。会場で顔見知りの方に出会うことはそれほど多くはないが、意外な同好の士の存在を知ることも、歌劇鑑賞の面白さなのかも知れない。

2016年9月29日 (木)

ワーグナー楽劇の面白さ(5)

だいぶ前のことだが、今月11日(日)、東京文化会館で二期会「トリスタンとイゾルデ」を鑑賞してきた。何かと多忙ですぐにレビューが書けずに、本日になってしまったが。

指揮はヘスース‐ロペス‐コボス、演出はヴィリー‐デッカー。キャストはトリスタンが福井敬、イゾルデが池田香織、マルケ王が小鉄和広、クルヴェナールが友清崇、ブランゲーネが山下牧子、メロートが村上公太。

歌唱は池田のイゾルデが最高で、第一幕から第三幕まで終始舞台を支配、終幕の「愛の死」までずっと聴き応えのあるすぐれた歌唱だった。福井のトリスタンはやや声量に頼った面があったものの、第三幕の長大な「譫妄」の場面では巧みな演技と相まって、絞り出すような歌唱の技術力が光り、「聴かせる」ヘルデンテノールとして強く印象に残った。

小鉄のマルケ王は抑制された動きに伴う落ち着いた歌唱が秀逸。友清のクルヴェナールはやや抑揚が大き過ぎる感があったが、聴き辛いほどではない。山下のブランゲーネは安定感があり、特に第二幕、愛を語る恋人たちの背後で警鐘を鳴らす部分は下支えする脇役の効果が抜群であった。

20160911tristan

ロペス‐コボスの指揮は、節目のところでオケの速度を落としてじっくり聴かせる手法に優れ、特に第三幕でそれが効果を発揮していた。デッカーの演出は、場の閉鎖性を象徴する壁と、主役二人の愛を象徴するボートとを大道具として一貫させたものであり、この楽劇の特異性を際立たせていた。また第二幕の終わりで主役二人が剣でそれぞれの両眼を切り裂いて失明し、それが第三幕の再会の場面で互いに抱擁できない悲劇へと結び付く、独特な展開を披露した興味深いものであった。

終演後、新宿に場を移して知人と会食し、意見交換などしながら有意義なひと時を過ごすことができた。この件については、また後日のエントリーで触れる機会があろうかと思う。

2016年2月18日 (木)

ヴェルディ歌劇の面白さ(8)

本日、東京文化会館で10か月ぶりに歌劇を鑑賞。演目はヴェルディの「トロヴァトーレ」。東京二期会である。

それこそ高校生の頃に、両親にねだってレコードを買ってもらったほどだから、この歌劇に接してからずいぶん長いのだが、舞台を観たのは初めてなのだ。

指揮はアンドレア‐バッティストーニ(敬称略。以下同)。近頃、とみに名声を増している若手指揮者の代表で、日本にもファンが多い。CS放送では何作品か録画しているが、ナマで観るのはもちろんこれが最初。緩急を巧みに操り、ドラマの展開にピッタリの指揮ぶりであった。

演出はロレンツォ‐マリアーニ。CS録画ではちょうどパルマ王立の「トロヴァトーレ(2010)」が手元にあるが、ここから五年余を経て工夫を加えている。背景の太陽と月とを表す大きな円を、歌手が出入りする花道の一つとしても使い、正面から三方に道が延びているように見せ、立体性を高めている。

マリアーニ自身がプログラム中で語っているように、前後のヴェディ作品に比べると「トロヴァトーレ」は非現実的なおとぎ話のような世界になる。そのストーリーと、登場人物の感情がこもった迫真のドラマとを両立させる難業に挑み、成果はかなり聴衆に伝わったのではないかと思う。ただ、マンリーコとルーナ伯爵の衣装が、いささか童話的な面を強調し過ぎた安直な色合いだったこと、第四幕のアズチェーナ錯乱の部分で左手前の「(火刑をイメージさせる)炎」を燃やさなかったことは、期待された効果をやや損じたであろうか。

20160218trovatore

歌手はアズチェーナ(メゾソプラノ)の中島郁子が圧倒的で、会場を支配していた。特に第三幕で両手首を縄で縛られ、兵士役のバレエダンサーに左右から交互に引っ張られる姿勢で歌う「縄で苦しめるなんて、この恥知らずめ」は、プロの歌唱技術の醍醐味を存分に披露。マンリーコ(テノール)の城宏憲も、予定出演者の体調不良で急遽代役をすることになったにもかかわらず、他の出演者との絡みで違和感もなく、リリコ・スピントの歌唱も十分聴き応えがあった。

レオノーラ(ソプラノ)の松井敦子も、腰を落としてリリカルな美声をたっぷり聴かせる名演。ルーナ伯爵(バリトン)の成田博之はやや音程に不安定な箇所があったが、感情の高ぶりを巧みに表現していて、全体としては合格点か。フェルランド(バス)の清水那由太は第一幕の冒頭で聴衆を惹き付ける難役を無事にこなし、第三幕まで安定していた。

最近は諸事情により、歌劇鑑賞も思うに任せないが、TVやDVDだけを楽しんでいても、歌劇愛好家だと言えないことは確かだ。海外まで鑑賞に行く余裕はとてもないが、若手・中堅の邦人歌手を応援する意味合いも含め、国内のヴェルディやワーグナーの上演を年1~2回は楽しんでみたい。

フォト
無料ブログはココログ
2018年7月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

他のアカウント