文化・芸術

2020年11月30日 (月)

「地位が下がらないチャンピオン」の怪

大相撲11月場所はコロナ禍のために、福岡ではなく東京の国技館で開催された。大関・貴景勝関(24)と小結(元大関)照ノ富士関(28)との優勝争いとなり、最終的に決定戦(画像は自宅TV、NHKの中継画面)の結果、貴景勝関が二度目の優勝を飾った。

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さて、この場所で問題になったのが、看板力士の不在、とりわけ「横綱の不在」である。

白鵬関(35)は無観客の3月場所、13勝2敗で優勝したが、そのあと7月場所で途中休場、9月・11月と続けて全休。鶴竜関(35)は3月場所で12勝3敗、そのあと7月場所で途中休場、9月・11月と続けて全休。

11月場所後の横綱審議委員会はこの状態を看過できず、両横綱に対して「注意」の決議を出した。かつて稀勢の里関(現・荒磯親方)の八場所連続休場(うち全休四回)したときの「激励」より重い決議だ。横審は現任横綱二人が「延命を図っている」と見なしたのではないかと推測される。

その「延命」の理由、白鵬関は「年寄株の未入手」、鶴竜関は「日本国籍の未取得」だと報じられている。いずれも日本相撲協会に親方として残ることを前提とした話なので、二人それぞれが本心では他の道を考えているのであれば、当たっていない話かも知れない。とは言え、親方にならない道を選んだとしても、引退してすぐ何かを始める具体的な計画がないのであれば、現役を続けるしかない。

そこで障壁になるのは、「土俵に上がる以上は、横綱にふさわしい成績を上げなければならない」点なのだ。すなわち、「優秀な成績」または「引退」の二択しかないのである。通常はもう一つの選択肢、「降下(降格)」の道がある。大関以下にはそれが許されているから、地位が降下しても再起して巻き返すことができる。横綱は陥落しないので、それができない。いまの二横綱が外国出身であることはひとまず措いて、この二択しかなければ、現役を続けるために不本意ながら「休場」することになってしまう。

これは他のスポーツや頭脳(卓上・盤上)競技と比較しても異常である。それが横綱の「伝統」だとの考え方も、説得力に欠ける。国際的に見ると、どんなスポーツや競技にも発祥地で受け継がれてきた伝統があり、「チャンピオン」の決め方にもさまざまな「しきたり」があったが、いずれもそれを克服して近代化、現代化している。

たとえば将棋の「名人」(諸説あるが遅くとも17世紀前半から)は相撲の横綱(実質的には18世紀末から)より古い称号であるが、日本将棋連盟は1935年に終身名人制を廃止して実力名人制を開始した(ちなみに日本囲碁界のほうの名人戦開始は、これよりもかなり後年である)。これにより、翌期の七番勝負で挑戦者を退けて防衛できなければ、名人はその地位を失うことになった。名人と対等な地位の「竜王(1988年創設)」も同じ。かつては失冠後一年に限り認められていた「前名人」「前竜王」の呼称もいまは存在しない。将棋界のレジェンドであり、前人未到のタイトル99期を獲得した羽生善治氏も、いまの公称は「羽生九段」であり、資格を得ている「十九世名人」「永世竜王」等の称号も、名乗るのは原則として引退後となる。

他方、フィギュアスケートの「olympic champion(五輪優勝者)」や「world champion(世界選手権優勝者)」。アイスショーなど、競技以外の場では、過去の実績が出演料や滑走順などに影響することもあり、これらの肩書が通用する。日本中を感動の渦に巻き込んだ「トリーノの女王」荒川静香氏の場合は「(2004)world champion and (2006)olympic champion」となる。
しかし、競技の場では、五輪
は4年ごと、世界選手権は1年ごとに新たな大会が開催され、そのたびに国際スケート連盟が公認する称号保持者は入れ替わるから、前述の肩書はあくまでも「過去の最高位」の表記に過ぎない。直近の大会で優勝したタイトルホルダーは、「current」(=現在の)を付けて区別されており、前年以前のタイトルホルダーがずっとチャンピオンでいられるわけではない。成績が悪ければ地位が下がるから、当然のように国際大会でシードもされず、さらに降下すれば国の代表選手にさえ選ばれないことにもなる。その時点の実力に見合った競技者としてのパフォーマンスしか認められない。

このように見ていくと、「地位が下がらないチャンピオン」は、現代スポーツや頭脳競技の中で、かなり異質な存在なのだ。

もし、横綱にも降格制度があれば、稀勢の里関のように大きな負傷を抱えてしまった人が、時間を掛けてじっくりと治療した後、下がった地位からやり直すことによって、もっと長く活躍できたと思われる。現に照ノ富士関は、大関から序二段まで降下した後、再浮上して7月場所では二度目の幕内優勝に輝いているのだから。
過去、同様なことを期待できた横綱は他にも何人か存在した。残念でならない。

日本相撲協会はそろそろ、伝統の呪縛から離れ、大きな変革のために英断を下すべき時期ではないだろうか。

2020年10月26日 (月)

ヴェルディ歌劇の面白さ(16)

舞台芸術で「多様性」は重要な要素だ。それは国際的にも大きな潮流であるに違いない。

しかし、古典的な芸術である歌劇には「奇をてらった演出」が不似合いな場合がある。ヴェルディの歌劇、おもに中期の作品でよく感じる。

最近は(特にコロナ禍以降は)劇場でヴェルディを鑑賞していないので、もっぱら購入したDVD・BDや、録画したCSで視聴しているが、同じ演目でも、演出によって受ける印象が大きく違う。それは舞台芸術としての評価にも影響する。

ワーグナーの作品と比較してみよう。ワーグナーは自ら楽劇の台本を書き、そこでは超自然現象を交えた神話や伝説を素材としており(「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を除く)、作曲者自身が意図した主題は読み取れるものの、「こんな狙いもあるのではないか」と豊かな解釈をする余地が大きい。奇想天外な舞台構成も一つのバリエーションとして認められ、多彩な演出がそれぞれ一定の評価を受け、聴衆に受け入れられる場合が多い。

他方、ヴェルディの歌劇は台本作家が書いたものであり、現実に展開される人間模様が素材である。前期には台本と相性が悪く不本意な作品になった歌劇もいくつかあるが、中期以降はほとんどの作品で自分自身の構想と整合させている。

そして、前期には祖国イタリアへの愛国的な作品が多く見られたが、中期には「社会派」と称されるように、世の中の不条理を洗い出している作品が多い。非定住民差別を核にした「トロヴァトーレ」、先住民(南米)差別を前面に押し出した「運命の力」、宗教対立を基調に据えた「ドン‐カルロス」など。

これら中期の傑作は多くの劇場で上演されており、演出家にとっては腕の振るいどころなのかも知れない。しかし、中には奇策を弄し過ぎて、演出家の自己満足に陥ってしまい、聴衆に何を訴えたいのか肝心な部分がボケてしまうことがしばしば見受けられる。最近では黙役を登場させる演出もちらほら散見するが、その黙役の動きが何を意味しているのかを聴衆に理解させられないと、悲惨な評価を受ける結果になってしまう。

むしろ、ヴェルディ中期の作品を味わうのであれば、オーソドックスな演出のほうが望ましいのだ。

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たとえば2017年オランジュ音楽祭の「リゴレット」(画像。CSから録画)。指揮アラン‐ギンガル、リゴレットがレオ‐ヌッチ、ジルダがネイディーン‐シエラ、マントヴァ公爵がセルソ‐アルベロ。

シャルル‐ルボーの演出では、舞台後方に巨大な玩具(中世の道化師が用いていた)がゴロンと横に転がしてあり、その上がゆるい坂になっていて、登場人物が坂の上側から出たり入ったりできるようになっている。これはある意味、リゴレットの運命の象徴であろう。それ以外は全く現代フランスの背景や衣装であり、21世紀のスーツやドレスをまとった上流階級の人物が役を演じていて、他に変わった趣向は見られない。

しかし、その普通の「フランスの上流階級の社交場」で、堂々と「障害者差別」や「性暴力」が展開されるのだ。西アジアやアフリカの戦場でもなく、中南米のスラム街でもない。これを視た聴衆の多くは、障害者差別や性暴力が自分たちの日常と決して無縁ではないんだよ、との強いメッセージを受け取るであろう。これはまさにヴェルディ自身が意図したところであり、ルボーはそれを効果的に表現するのに成功している。ヌッチ(当時75歳!)、シエラ、アルベロ(この人のハイDは劇場で実際に聞いたことがある)の三人の歌唱が圧倒的であるから、舞台に余計なものをあれこれ付け加える必要もない。

このような演出がヴェルディ中期の歌劇の醍醐味を生かしているのだ。時代は現代に移しても差し支えないが、設定をゴチャゴチャと複雑にしないほうが良質な演出となり、心ある聴衆を惹き付けるのである。

「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」。

この言葉を玩味したい。

2020年8月23日 (日)

いま、将棋界が面白い!

むかし、銀行勤務のしがない勤め人だった父は、将棋のルールを覚えたころの私のために、支店で古くなって処分する新聞の将棋(棋譜)欄を切り抜いて、持ち帰ってくれた。家を建てた1970年の初め(私は小学4年生になるころだった)から、数年間は続いたと記憶している。

将棋界に関心を持ち始めたのはそれ以来だ。実際に他人と指した経験は乏しく、現代風に表現すれば「観る将」である。しかし、日本の伝統文化について言えば、スポーツなら大相撲のファンであっても、実際に自ら相撲を取る人は少ないだろうし、演劇なら歌舞伎のファンであっても、実際に自ら歌舞伎を演じる人はほとんどいないだろう。盤上遊戯の将棋で同様なスタイルがあっても、何ら差し支えない。

そして、本格的なネット社会の到来により、かつては見ることができなかったタイトル戦の対局風景も、Abema TVなどの手段で視聴することが可能だ。すでにエントリーした通り、私はむかし浜松で開催された大番解説会に一度だけ出向いたことがあったが、いまやスポーツや演劇と同じく、一流どころのパフォーマンスを中継で楽しむことができるようになった。かつてはタイトル戦終了後に新聞で棋譜を見ていた「観る将」にとっては、劇的な変化を遂げた半世紀なのである。

その「五十年来の観る将」の個人的な感想。

1970年は大山康晴(1923-92。なお棋士は故人か存命中かにかかわらず、敬称略。以下同)の全盛期で、五冠すべてを独占しており、その牙城を誰が崩すのかが注目の的であったが、まもなく中原誠(1947-)が大山から二冠を奪い、新時代の到来を思わせた。その後はタイトルが増えたこともあり、中原、米長邦雄(1943-2012)、谷川浩司(1962-)がタイトルの過半を同時に保持するが、全タイトル制覇には至らなかった。羽生善治(1970-)が1995年に七冠すべてを制覇したのは、実に大山以来の偉業だったのだ。

70年当時の観戦記では、大豪(本来の用字は「大剛」)、強豪などの表現が使われていた。

・大豪 → 大山、升田幸三(1918-91)、また中原は70年代半ばから大豪と呼ばれる。

・強豪 → 二上達也(1932-2016)、山田道美(1933-70)、加藤一二三(1940-)、内藤国雄(1939-)、のち米長など数名が加わる。

タイトルを何か取れると「強豪」、一時代を築けば「大豪」と称されたようだ。観戦記者によっても表現が異なっていたから、明確な定義も何も存在しないことを、誤解なきようにお断りしておく。

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しかし、これを半世紀後の現代にそのまま当てはめるわけにいかない。タイトルの数も八冠に増えて、多くのタイトルを兼位し続けるのが難しくなった反面、羽生一強時代の終焉(2016年前半)により、中堅・若手棋士がタイトルを獲得する機会は増え、一回だけ手が届いて翌期には失冠した棋士も数多く存在する。50年前に比べ、「大豪」の定義は少し甘く(広めに)、「強豪」の定義は少し厳しく(狭めに)規定しても良いだろう。

そこで、全く私の主観であるが、2016年度以降を基準に、「タイトルを三冠以上同時に、かつ二冠以上を継続的に保持した」棋士を大豪、「タイトルを複数同時に保持した」か、または「タイトルを(一度でも)防衛できた」かの、いずれかを満たした棋士を強豪とした場合、以下のようになる。

・大豪 → 羽生、★渡辺明(名人・棋王・王将。1984-)。

・強豪 → 久保利明(1975-)、佐藤天彦(1988-)、★豊島将之(竜王。1990-)、★永瀬拓矢(叡王・王座。1992-)、★藤井聡太(王位・棋聖。2002-)

そして、★印を付けた四人が現タイトルホルダーであるから、俗に「四強時代」とも称されるゆえんだ。もちろん、四強以外の若手や、羽生を筆頭とするベテランの実力者も、黙って見ているわけではない。四者の一角を崩し、タイトル戦線に食い込んでいくことを虎視眈々と狙っている。とは言え、八人の棋士がタイトルを分け合うほど分散した、2017~18年の大乱立時代と比較すれば、少しく「統合」されて、「雄峰並び立つ」時期に差し掛かった感がある。

いま最も注目されている「最年少二冠・最年少八段」の藤井が、一つ、また一つとタイトルを増やしていくのか? それとも、渡辺をはじめとする先輩棋士たちが厚い壁になるのか? しばらくの間は、将棋界から目が離せない。

2020年7月19日 (日)

祝!東海将棋界70年の宿願達成☆

7月16日、藤井聡太七段(きょう18歳の誕生日/愛知県瀬戸市)が、ヒューリック杯棋聖戦(産経新聞社主催)第四局に勝ち、渡辺明棋聖(38)を3勝1敗で破り、初のタイトルを獲得した(獲得時点では17歳。史上最年少)。

この「快挙」、簡単な言葉ではとても表せない歴史の重みがある。

1950(昭和25)年、三重県出身で東海将棋界の重鎮であった板谷四郎(1913-95)は、将棋界がこれまでの「名人」に加え、「九段(当時は最高位が八段)」「王将」の三タイトル制になったばかりの時期、「九段戦」の決勝まで進みながら、三番勝負では当時昇竜の勢いだった大山康晴(1923-92)に二連敗して、涙を飲んだ。

板谷は引退後、1959年に名古屋の将棋道場を開き、東海地区での棋士育成を開始する。何人もの弟子を育てたが、実子の板谷進氏が一門の中心的存在となり、愛知・三重・岐阜・静岡県の将棋界を牽引していった。

ところが、進氏はタイトル挑戦に手が届かないまま、1988年、47歳で急逝してしまう(追贈・九段)。

進氏の没後、弟子の杉本昌隆氏(現在51歳・八段)が1990年にプロ棋士(四段)に昇格を果たし、名古屋に在住しながら、弱小な東海将棋界の灯を絶やさずに守り続けてきた。

その杉本八段の弟子が藤井青年。板谷四郎から見れば、曽孫(ひまご)弟子に当たる。「東海地方にタイトルを」は、70年前の「無念の敗退」以来の悲願であった。杉本八段は棋聖戦第四局の控室に入った際に、板谷進氏の遺影を携えていたという。そして藤井七段がついに宿願を達成!

藤井新棋聖、杉本八段をはじめ、東海将棋界を長く支えてこられたすべての関係者に、心からお祝いを申し上げたい。

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私自身は将棋連盟とつながりがあったり、道場に通っていたりしたわけではないが、学生時代の1981年に一度だけ、中原誠・十六世名人の全盛期に、浜松で開催された王位戦(中原-大山戦)を観戦に行ったことがある。そのときに解説されていたのが板谷進氏であり、聴衆の一人としてではあるが、氏と一言二言交わしたことを覚えている。景品(画像)もいただいて帰った。東海将棋界とわずかながらご縁があったことになる。

愛知県やその周辺の出身であっても、多くの棋士が利便さを求めて首都圏や関西に移住してしまう。そんな中にあって、東海を拠点に活動する板谷→杉本一門は、とても貴重な存在である。藤井棋聖の活躍が追い風になり、杉本八段への入門を希望する親子が急増していると聞き、東海の将棋ファンの一人としてはたいへん嬉しい。

ただし、どんな業界でも地域レベルで盛り上げるためには、一人の活躍では限界があろう。名古屋将棋会館の建設まで期待する声があるようだが、そのためには東海から藤井棋聖に続く若手の棋士たちが輩出して、続々と棋戦に参入していくことが求められる。杉本一門を中心に、将来の棋界を担う若者たちが切磋琢磨しながら向上していく環境が整えば好いのだが。

また、藤井棋聖自身も、いまだ発展途上の人である。進行中の王位戦も木村一基王位(47)に二勝したとは言え、番勝負は全部が終わってみなければわからない。このところ大豪・渡辺二冠や強豪・永瀬拓矢二冠(27)に対しては相性が好いが、過去四戦して勝ったことがない第一人者の豊島将之竜王・名人(30)や、同期でプロ四段に昇格した苦手の大橋貴洸六段(27)などの壁も立ちはだかる。対局過密状態でありながら、さらに強みを増して、棋界制覇へ向け着実に歩みを進めていってほしいものだ。

「AI超え」と称される頭脳を持つ藤井棋聖が、いよいよ緻密さを増していく将棋ソフトとどう共存しながら、人間の叡智やひらめきの素晴らしさを証明していくかも、大きな課題になりそうだ。

世界の盤上遊戯の中で、日本独自の発展を遂げた将棋。藤井棋聖の快進撃に伴い、日本を代表する文化の一つとして、広く市民の間に普及することを望みたい。

2020年1月22日 (水)

「お」「も」「て」「な」「し」の何が良かったのか?

最近、フリーアナウンサーの滝川クリステル氏が、結婚、出産、また夫である閣僚の育休と、話題を集めている。世間ではこの夫妻の一連の行動について、さまざまな世論が飛び交い、かまびすしい。

ところで、滝川氏と言えば、6年余も前、2013年にフランス語でスピーチした東京五輪招致のプレゼン、「お」「も」「て」「な」「し」がよく知られている。メディアはこぞって、このスピーチに関して報じており、日本中の話題になった。

にもかかわらず、寡聞にして私は、このプレゼンがなぜ奏効したのか、的確な論評に接したことがない。

それどころか、あのフランス語は取って付けたようなにわか作りだったとか、安っぽいパフォーマンスだったとか、批評の名に値しない批判を展開する人たちも、少なからずいた。五輪招致そのものに反対だった人たちが「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式にこのプレゼンを貶めたのは論外であるが、五輪招致側の立場の人たちからも、このプレゼンのありかたについては賛否両論があった。

そして、高く評価する人たちも、「初めに一音節ごとに区切って、そのあとで普通の言い方で『おもてなし』と続けた」ことの効果に言及しても、「なぜ?」の疑問に答えていない(少なくとも私が見聞きした範囲では...)。

私自身、フランス語の読み書きも会話もできないが、批判を恐れずにあえて論及しよう。

もう二十年も前になるが、とある集まりの席で、欧州でクラシック音楽のお仕事に従事されていて、フランス語、ドイツ語、イタリア語を一通り話せる女性歌手の卓話を聴く機会があった。

その卓話の中で印象に残った部分。「フランス語って、リエゾンなどがあって音が切れ目なくつながっているように思われているんですが、実はポン、ポン、ポンと音節が歯切れよく切れるように歌うんですよ。むしろドイツ語やイタリア語のほうが、複数の音節が切れずにつながって流れるように歌うんです」。

目から鱗である。

帰宅してから、「カルメン(フランス語)」「タンホイザー(ドイツ語)」「アイーダ(イタリア語)」などを聴き比べてみると、確かにそのように聴こえる。自分の頭の中で勝手に作り上げていた「常識」が覆される思いであった。

それまでは「字面」に惑わされていた面が強かったように思う。フランス語はしばしば、次の音節や前の音節の文字に引きずられて、発音が変転するが、ドイツ語やイタリア語はそれが稀である。なので、私たち日本人は、あたかもフランス語は複数の音節が「つながって」おり、ドイツ語やイタリア語は音節ごとに「切れている」かのような先入観を持ってしまう。

実際に発音されたものを聴くと、逆ではないか!

つまり、滝川氏はこの「切れている」フランス語の特性を最大限に生かして、日本の心をフランス語圏やフランス語を理解する聴衆に訴え掛けるスピーチをしたのである。それが「お」「も」「て」「な」「し」→「おもてなし」のプレゼンだったのだ。

あれから6年余が経過し、この夏にはいよいよ2020年の五輪本番である。オリンピック・パラリンピックを通して、プレゼン同様に心のこもった「おもてなし」で、世界各地から来日する人々を歓迎したいものである。

2019年12月 4日 (水)

片付け下手の断捨離(4)-ヴェルディ歌劇のCD・DVD

前回より続く)

音楽や舞台芸術の分野に限らないが、天はときどき意図したように、対照的なライバルを同時に世に登場させる。同じ1813年生まれのヴェルディとワーグナーも、その好例だ。

私がヴェルディの歌劇に接し始めたのは、ワーグナーよりはちょっと遅いが、それでも中学生のときには両親に頼んで、『アイーダ』『椿姫』のLPレコードを手に入れた。この二つは頻繁に、歌詞カードを見ながら当時のプレーヤーで聴いていたので、いまでも字幕なしの映像で楽しめるほど、細かい部分の台詞まで大枠は頭に入っている。

その後はあまりヴェルディに関心を持たなかったが、30代半ばころから、ワーグナー一辺倒もいかがかと思い、少しずつヴェルディのCDやLDの収集を増やし始めた。最近はワーグナー同様、CS放送からBDに録画することも多い。

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ヴェルディは何と言っても作品数がたいへん多く、ヴェルディ自身により後日改訂されたものの前・後を合わせて一つと数えても、歌劇の数は全部で26に及ぶ。私が好きな順に挙げると、『ドン‐カルロス』『シモン‐ボッカネグラ』『ファルスタッフ』『トロヴァトーレ』『運命の力』といったところである。意外にも幼少時から聴いている二作はベスト5に含まれていないのだ(笑)。

先般、イタリアではヴェルディ生誕200周年を機に、「トゥット‐ヴェルディ」なる企画が持たれ、全26歌劇および『レクイエム』の27作品が相次いで上演されて、それらのDVDが販売された。日本でもCSのクラシカ‐ジャパンで放映されたので、その期間だけ(笑)同チャンネルを契約、全部録画して保管してある。

こんな具合であるが、あまり貯めてもケースに眠っているだけのものが出てきてしまう。そこで、自分で一応のルールを定めて、「同一作品が5つを超え」たら、古いもの、またはあまり魅力がない歌唱や演出のものから順次処分することにした。いま、収納ケースからCDはあらかた無くなり、ほとんどBDとDVDだけになっている。

最近は前衛的な演出が増えたが、ヴェルディ作品の粋は主役級の歌手、特にバリトンの歌唱である。私は保存するときに、バリトンの歌唱の出来具合を一つの判断基準にしているので、演出の巧拙はそれほど重視しない。それでも、なるべく各作品に最低一つはオーソドックスな演出のものを残して、個性的な演出のものと比較しながら、それぞれの良さを楽しみたいと思っているのである。

次回へ続く)

2019年11月27日 (水)

片付け下手の断捨離(3)-ワーグナー楽劇のCD・DVD

前回より続く)

幼少時からクラシック音楽を愛好していた私は、おとぎ話の延長線のような形でワーグナーの楽劇を知り、両親にねだって『タンホイザー』や『ローエングリン』のLPレコードを買ってもらった。

成人してから、自分でCDやLD(レーザーディスク)を選んで、『トリスタンとイゾルデ』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』など、いろいろと購入するようになった(画像)。DVD主流の時代になると、LDからダビングして移行したり(画質は落ちてしまったが...)、CS放送から録画したりと、結構な分量のものが自宅の棚や箱の中に格納されている。このところ、新たな録画はBD(ブルーレイ)を使うのが原則になった。

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ワーグナーと言えば、多くの演出家は作品の舞台になった古代や中世の「物語」をそのまま描くのではなく、ワーグナーの本来の意図を推察しながら、いろいろと自己流に読み替えて、再構成していく(具象的と言うより、どちらかと言えば抽象的な)演出が主流になっている。中には奇をてらって意図がわかりにくくなってしまった演出もある。逆に最近はBDやCSの映像では、オーソドックスな物語通りの演出がほとんど見られなくなってしまった。

そのため、古い録画であっても、オーソドックスに近い演出のものを一つだけは残しておきたいので、断捨離には頭を悩ますところである。手元不如意で、実際に劇場まで足を運ぶことが減ったこともあり、自宅で楽しめるものは取っておきたい気持ちもある。

結局、BD・DVDのケース4箱に収まる分は保管して、あふれたら「ま、無くてもいいか」と思ったものから処分しているが、いつかは古いCDやDVDも少しずつ手放さなければならなくなるだろう。

次回へ続く)

2019年7月10日 (水)

音楽の著作権をどう考えるべきか

このたび、JASRAC(日本音楽著作権協会)の職員が「主婦」として、Y社(本社は当地・浜松)が経営する銀座の音楽教室に二年近く「潜入」して受講していた事案が、話題になっている。

Y社をはじめとする「音楽教室を守る会」が、教室での楽曲演奏にまで著作権使用料を徴収するのはおかしいとして、JASRACと裁判で係争している中、この「主婦」はヴァイオリン講師の模範演奏について、「講師が伴奏に合わせて弾く様子は、まるでコンサートを聞いているかのように美しく聞こえた」と証言し、JASRAC側の主張を裏付けたのだ。

この事案をめぐって、あたかも「JASRAC→悪」「音楽教室→正義」であるかのような議論が支配的になっている。

JASRACに対する批判は、多くの論者から寄せられている。著作権料の徴収対象がカラオケ店やBGMを流す店などにも拡大し、また、徴収した著作権料をクリエイターに払わない場合もある(例:短い小節なら作詞者に配分しない、雅楽の演奏にも徴収した、etc.)と報じられており、これが「権利を守る」正当な行為に相当するのか、疑問を持つ人たちも少なくない。中には誇大な報道もあり得るので、実態が報道の通りなのか不明瞭ではあるが、JASRAC自体が大きな利権を得ていることは否定できないであろう。

その流れに沿って、今回のJASRAC職員の「潜入」も、教室側との信頼関係を踏みにじるスパイ行為であると評する論者が圧倒的に多い。

しかし、これはちょっと違うのではないだろうか。

まず、楽曲を用いて収益を得る場合は、作詞家や作曲家に対して正当な対価を支払う義務がある。これは作詞家や作曲家の権利を守るためには大切なことである。こちらもいま話題になっている過去の海賊版サイト「漫画村」が、いかに漫画家や出版社の正当な権利を侵害してきたかを考えれば、クリエイターの著作権が守られなければならないことは自明である。

JASRACが作詞家や作曲家に代わって管理している楽曲であれば、当然ながら楽曲の有償使用者は、JASRACに著作権使用料を支払う義務がある。作詞家や作曲家がJASRACの取り分を除いた適切な配分を受けているかどうかは、JASRACと作詞家や作曲家との問題であり、楽曲の使用者が介入すべきものではない。

次に、カラオケ店やBGMを流す店はともかく、音楽教室までが「楽曲の有償使用者」に該当するかの点である。

今回、多くの教室経営主体が「音楽教室を守る会」を結成、協働して裁判を起こしているが、Y社(...を含めた一部の音楽教室。以下、音楽教室「Y」という)は、他の大手や街中のところどころにある中小零細の音楽教室(以下、音楽教室「T」という)とは、性質がかなり異なることが判明している。

音楽教室「T」では、穏当に音楽文化を一般の人たちに伝えて、その対価を得ることが営業活動である。その後、そこで学んだ若い人が演奏家として育つための橋渡し程度はするかも知れないが、それ以上の営業活動に踏み込むことは通常はない。

他方、音楽教室「Y」では、自社で契約する演奏家をプロフェッショナルとして活動させ、メディアでの仕事に結び付けている。しかもY社の場合、伴奏システムまで自社側で用意しているので、ある程度の技術を持つ受講者が本気で習得に臨み、一定の過程を経れば、比較的容易に「演奏家」レベルまで到達する。この繰り返しによってY社側で「使える」プロ演奏家が(レベルはともかく)増加していく。これでは、単なる「音楽教室」ではなく、「稼げる演奏家の養成所」と見なされても、しかたがないのではなかろうか。

すなわち、Y社はコングロマリットとして総合的な音楽ビジネスを展開しており、音楽教室もその一環だと考えられるのだ。したがって、「講師が伴奏に合わせて弾く様子は、まるでコンサートを聞いているかのように美しく聞こえた」と証言した「潜入」職員の感覚は正常であり、JASRAC側の意を呈して虚構の「コンサート」を作り上げたとは言い難い。

長く浜松のため貢献している大企業なので、悪くは言いたくないのだが、残念ながら、先日、知人の演奏家(決して作曲者=JASRAC側に近い人=ではない)から耳にした話も、上記の判断を裏付けている。

だから、ここで「JASRACは悪だ」「音楽教室は正義だ」と決めつけた論評をしてしまうと、私がかねてから日本人の思考形態の特徴だと見なしている「二分割思考」の弊害に陥ってしまう。

この事案については、「ただの音楽教室(音楽教室「T」型)なのか? それとも、楽曲を有償使用したビジネス(音楽教室「Y」型)なのか?」の実態から判断して、著作権使用料徴収の是非を問うべきだと愚考する。裁判所にはこの点を賢察しつつ、判決を出してほしいと思う。

日本の音楽文化を守るためには、係争中の事案はともかく、今後、JASRACの幹部を含めた有識者や各方面の関係者が顔を合わせる場を増やし、議論を深めてほしい。クリエイターの権利をどう守り、他方で楽曲の有償、無償での使用の形態を法律や社会通念でどう定義し、線引きをするのか、利害関係者が対立を超え、知恵を出し合って、望ましい音楽文化のありかたを語り合い、方向付けていってほしいと願っている。

2019年6月19日 (水)

ヴェルディ歌劇の面白さ(15)

亡き母の故郷である名古屋。最近は行き来する頻度が少なくなり、用事でときどき出向く程度になっている。

先週の15日(土)、栄の愛知県芸術劇場で、ボローニャ歌劇場の引越し公演『リゴレット』を鑑賞。夕方からの公演だが、土曜日は営業日なので、午後半日の有給休暇を取っておいた。

指揮はマッテオ‐ベルトラーミ(敬称略、以下同)、演出はアレッシオ‐ピッツェック。キャストはリゴレットがアルベルト‐ガザーレ、ジルダがデジレ‐ランカトーレ、マントヴァ公爵がセルソ‐アルベロ、スパラフチーレがアブラモ‐ロザレン、マッダレーナがアナスタシア‐ボルドィレヴァ、ジョヴァンナがラウラ‐ケリーチ、モンテローネがトンマーゾ‐カーラミーア、マルッロがアブラハム‐ガルシア‐ゴンサーレス。

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主演三人の出来が素晴らしかった上演。ガザーレは歌唱・演技とも重みたっぷりの存在感を示し、特にリゴレットが廷臣たちに向かい、奪われた娘を思う気持ちを切々と歌う第二幕のアリア「非道な役人どもよ!」は圧巻。ランカトーレは浜松で一度(『椿姫』のヴィオレッタ)見ているが、そのときよりも安定した情感たっぷりの歌唱で、全幕を通してジルダの悲哀を十二分に表現。また、第二幕を締める父娘の二重唱は互いの音程も正確で実に息が合っており、満場の喝采を浴びた。アルベロはマントヴァ公爵を数多く歌い込んでいるベテランであり、第二幕のカバレッタで求められる難度の高いハイD(=二点ニ音)を軽々と響かせる輝かしいテノールで、第三幕のカンツォーネ「女心の歌」も朗々と歌い切り、ショー‐ストッパーよろしく会場を魅了していた。脇役になってしまったが、殺し屋の役にハマったロザレンのスパラフチーレと、四重唱で存在感を示すボルドィレヴァのマッダレーナも水準以上の出来。

ベルトラーミの指揮は全体を通し、基本を踏まえて一つ一つの場面を大切にする秀逸なものであった。ピッツェックの演出はかなり奇策を用いていた。第二幕にモンテローネの娘(黙役)を登場させ、ジルダの悲劇と重ね合わせているが、かえって設定を複雑化させてしまい、あまり効果的だとは思えなかった。他方、カーラミーア演じるモンテローネが白のスーツとシルクハット姿で登場し、公爵に抗議して投獄される廷臣と言うよりも、呪いを告げるメッセンジャーボーイの役どころになっていたのは面白い。また、ジルダが箱入り娘状態であったことを、人形箱を使って視覚的に示したことも興味深い。ゴンサーレスのマルッロとケリーチのジョヴァンナについては、脇役ながら細かい動きに微妙な気持ちの変化が表現されており、示唆的であった。

いつもならば、鑑賞後にワイン+ディナー...となるところだが、この日はいささか体調不良だったこと、お天気が荒れ模様だったこともあり、浜松へ戻ってからリーズナブルな夕食を済ませ、帰宅した。

これでヴェルディ鑑賞も10作品目と、二ケタに達する。お金や時間が有り余っているわけではないので、年に1~2回程度、それも海外からの引越し公演より国内企画公演を鑑賞するほうが多い。自分のささやかな楽しみとして、今後も機会があれば出掛けたいものである。

2018年12月22日 (土)

ヴェルディ歌劇の面白さ(14)

年末だからというわけではないが、業務過密状態になり、このところ夜間・休日返上で仕事を続けていた。そのため、予定していた歌劇のレヴューを、10日も経ってからようやく書き上げている。

先の12月12日(水)、日帰りで東京まで出向き、新国立劇場で歌劇『ファルスタッフ』を鑑賞してきた。

ヴェルディ鑑賞は9作目になるが、「喜劇(...と言ってもヴェルディは生涯に2作品しか喜劇を作曲していないが...)」はこれが初めてである。

指揮はカルロ‐リッツィ(敬称略、以下同)、演出はジョナサン‐ミラー。キャストはファルスタッフがロベルト‐デ‐カンディア、フォードがマッティア‐オリヴィエーリ、アリーチェがエヴァ‐メイ、クイックリー夫人がエンケレイダ‐シュコーザ、ナンネッタが幸田浩子、フェントンが村上公太、メグが鳥木弥生、カイウスが青地英幸、バルドルフォが糸賀修平、ピストーラが妻屋秀和。

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リッツィの緩急よろしき指揮のもとに、全体として高水準の上演であり、この歌劇には必須である演技力の高さにも注目すべきものがあった。

デ‐カンディアは体型もファルスタッフにふさわしいが、ブッフォの歌唱力・演技力いずれも称賛もの。オリヴィエーリは掛け合いに長け、「朴念仁の俗物」フォードを好演。メイは劇全体をぐいぐい引っ張っていくアリーチェを見事に歌い切った。シュコーザは大仰な発声と所作とによって扇の要クイックリー夫人を好演。妻屋は脇役ピストーラだったが、いぶし銀の巧みな演技力で存在感をアピールしていた。

満足度から言えば、お金と時間を使って見に行く価値のある上演であった。

『ファルスタッフ』のタイトルロールが生まれた経緯については、以前のエントリーに述べたが、ここに至って新たに気が付いたことが二つある。

一つは、喜劇の中に結構物騒な台詞が隠されていることである。ファルスタッフがアリーチェを口説く場面。"vorrei che Maestro Ford passasse a miglior vita" →「フォードさんがあの世へ行ってくれれば」。劇の舞台になった当時のイングランドはカトリック教国で、原則として離婚が認められていなかった(王侯などでは政略結婚が破綻して離婚することもあったが...)。したがって、ファルスタッフが人妻アリーチェと結婚するためには、夫のフォードを「あの世へ行かせる」、つまり始末するしかない。それを承知した振りをしてファルスタッフやフォードをからかうアリーチェたちは、相当な性悪の女性たちなのだ。

もう一つは、主人公のファルスタッフの霊名「ジョン(John)」が、ワーグナーの喜劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の主人公ザックスの霊名「ハンス(Hans)」と同じことである(どちらも聖書に登場する「ヨハネ」を意味する)。これは偶然なのかも知れないが、ともに1813年生まれであるオペラ史上の二大巨人が、いずれも後半期には一つしか喜劇を作曲しておらず、しかも主人公の霊名が同じなのは興味深い。ファルスタッフは二人の人妻へ同時に婚活を仕掛けて笑いものになり、ザックスは若い娘への恋情を封印して喝采を受ける。この二人はある意味、紙一重なのかも知れない。

中(?)高年の独身男性である私にも、大いに考えさせられるところがある。そして、私の霊名も同じ「ジョアン(=ヨハネ)」だ。この先の人生に、何か艶っぽい話でも訪れるのかな? 期待しないで(笑)待ってみるか!

...などと思っているうちに、この歌劇の大団円の合唱、「世界中がダジャレだ!」になってしまうのかも知れない(^^;

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