日記・コラム・つぶやき

2020年10月28日 (水)

「還暦」の節目に思う

きょう10月28日(水)、60歳の誕生日を迎えた。

世間ではこれを「還暦」と称する。本来、「数え年」六十一歳を指す言葉であり、干支が一回りして生まれた年と同じになるため、「暦が還る」ことになるのだ。

振り返ってみれば、結構やりたいことをしてきた半生だったなと感じている。

(1)学生時代までは古代・中世史学の研究者を目指していたが、その力量は不十分だと感じ、「古代史」「中世史」は趣味の世界へと転換した。

(2)途中で方向転換して「老人福祉」の道に進み、挫折することなく、その分野が老人福祉から高齢者福祉、さらに「介護」となっても、そのまま働き続けることができた。

(3)他方で、国際福祉の方面へ進みたかった思いがあり、若いときには不完全燃焼の感があったが、浜松で外国人医療支援に関する組織に参画することによって、ある程度はその分野に携わることができた。

(4)介護支援専門員の資格を取り、間もなく当時稀であった「ケアマネジャー開業」に踏み切った。(2)(3)で開拓したさまざまな人たちとの結び付きが奏効して、自分の仕事も一時期を除き順調に進めることができ、また、地域の介護システムを作っていく作業にも加わり、介護支援専門員の指導的立場にある者の一人として、それなりの立ち位置を獲得することができた。

(5)これらの流れを受けて、全国的にも多くの業界内外の仲間とお付き合いすることができ、講師などの依頼を受けたり、著書を世に出したりすることができた。

以上を総括すると、大して成功した部類には入らないものの、自己実現ができた半生だと言うべきであろう。

一つの節目なので、好きなワインで祝杯を上げている(^^*

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さて、60代。もともと基礎体力が平均以下であった私としては、今後は一層体力面の制約が増えるであろう。本業のほうも関連する事業のほうも、以前からはかなり縮小している。しかし、自分が必要とされる場があれば、これからも出向いて行って活動したいと考えている。

そのためのご提案があれば(内容にもよるが)なるべく前向きに検討したいので、遠慮なくご連絡いただきたい。

2020年10月17日 (土)

手抜き料理

ネットで最近、「冷凍餃子は手抜き料理なのか?」と議論になったらしい。

個人的には、冷凍餃子が手抜き料理だろうがそうでなかろうが、全く構わない。子どもがいる家庭で親が腕を振るいたいのなら別だが、私のような中高年の一人暮らしの場合、餃子を一から自作しなければならない理由は何もない。いや、子どもがいたって、片方の親が専業主婦(夫)か自宅での仕事か、それに近い状態ならばともかく、外で相当時間働いている場合は、帰宅してから作るのはとても疲れるはずだ。結婚生活を経験していない私にも、それはよく理解できる。しっかり時間を掛けて調理するのは休日ぐらいで十分だと思う。数十年前の高度成長期、夫が帰宅すれば妻がしっかり手を掛けて夕食を用意してくれる状況がメジャーだったころとは、時代が全く違う。

私も一から餃子を作ったことはない。母が存命のときに食材をデリバリーしてもらっていたが、そのころにときどき注文した餃子はすでにミンチが作られた状態だったので、小分けにして皮にくるんで焼くだけであった。いまはもっぱら地元「五味八珍」の冷凍餃子を買ってきて、それを焼いて、もやしをゆでて(他の品のこともある)添えるだけの手抜き版(画像)である。

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自分の場合、週二回(水・日曜日)の休日には、食材を下ごしらえして何がしか自作することが多い。週五回の営業日には帰宅が19:30前後になり、それから調理するとなると、むしろ手抜きが当たり前になるため、レトルトのカレーとか市販のパスタソースとか、あまり時間と手間をかけないものを選択する。費用面でも、食材からがんばって作るほうが必ずしも安上がりだとは言えないのだ。

ご飯類は市販の粉末製品を使うのが、日頃の手抜きパターンになっているが、それでも少し工夫して何かを添えるのは楽しい。

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この画像はチャーハンの素を使って混ぜただけだが、別に買ってあったヤングコーンを切らないまま豪快に入れてみたところ、なかなかイケる味になり満足した。

下の画像はチキンライスの素を使い、別に買ってあったコーンを混ぜたもの。ほうれん草をゆでて(一回分には少し多かったかも...)おしたしにして一緒に食べてみたところ、これも好く合っている。

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早い話が、手抜きだろうと何だろうと、「美味しければ良い(笑)」

逆に、「手を抜かない」料理のグレードを求める人は、家族に負担を強いるのではなく、自分自身が作るか、お金を掛けて外食などへ行けば良いのである。家庭の経済状態や、家族それぞれの健康状態(望ましい栄養配分など)を勘案しながら、どんな生活スタイルを送るのか、各自が判断すべきことだろう。ましてや他人の家の台所事情を「○○は手抜きだ」などと論評するのは、大きなお世話だ。

自分の家庭に最も適した食生活は、自分たちで作り上げる。それが最善だと私は考えている。

2020年8月16日 (日)

脱毛と植毛の広告から考えたこと

はじめにお断りしておくが、「毛」をテーマにしたエントリーではない。

真面目な話題であるが、あまり重苦しい内容にしたくないので、自らの卑近な例から論を起こそうと思うのである。

一昨年、GoogleやFacebookで、「脱毛」関連の広告が複数、にわかに登場した。しばらくその状態が続いたのだが、昨秋からこんどは逆に、「植毛」関連の広告が表れ始め、いまだにときどきは「脱毛」が登場するものの、頻度は「植毛」のほうが大幅に増え、ほとんど毎日表示されるようになった。

ご存知の通り、「脱毛」と「植毛」とは、おもに対象とする身体の部位が全く異なる。前者は普段他人に開示しない隠れた部分であるのに対し、後者はほとんど頭髪が対象である。両者に直接的な関連はない。

そこで、広告が増えた原因を推察してみた。

前者で考えられる原因は二つ。一つはFBで親しい人たちに(年齢を省みず(^^;)「婚活するぞ!」とぶち上げて、(中高年男性なのに...)美容系の商品に関心があると推測されたらしいこと。もう一つは、@Niftyの検索で一回「VAIO」と打つところを間違えて「VIO(笑)」と打ってしまい、候補に出てきたサイトを興味本位でのぞいてみたら、関心があると誤解されてしまったらしいこと。

後者の主たる原因は、時期から考えると明らかだ。埼玉県在住のこの方と初めて会い、それを節目に氏とFB上でのやりとりが増えたことから、「増毛」に関心があると把握されたらしい。自分自身の頭髪もかなり寂しくなってきたが、直近の画像はほとんどアップしていないので、やはり上記の方とのお付き合いが直接的な原因だと推測している。

ここで、私の関心が「推測された」「誤解された」「把握された」のは、「誰によって」なのか?

言うまでもなく、広告を流したい人たち(スポンサーになった広告主から宣伝料をもらい、ブラウザやSNSや「まとめサイト」を無料で運営している人たち)である。閲覧者の興味や関心をAIで分析し、その結果を活用して閲覧者に見てもらえそうな広告を選択して送り、その関連商品を購入したくなるように誘導する。インターネット黎明期には技術的に困難だったやりかたが、いまはごく一般的な手法として活用されている。

つまり、「相手(相手側の集団)はどんな人(集まり)か?」について、開示された情報から理解した上で、自分(自組織)が相手に提示したい情報を送り付けることが可能になっているわけだ。

さて、本題。

昨日(8月15日)は終戦75年。第二次世界大戦で命を落とした(日本国民のみならず、世界中の)人たちの安息を祈りつつ、戦争について考えてみた。

いま、世界の各地で、国境線や国内派閥間の紛争などの「熱い戦争」が起きている。かつての大戦と規模こそ違え、銃撃や爆撃で命を落とす人が後を絶たない。

しかし、いまやこの種の「戦い」は、戦争の規模が大きくなるほど、「限定的な手段」になりつつあるのだ。

たとえば、私が日本を敵視するA国の独裁的な指導者だとしよう。もし日本へ侵略戦争を仕掛けて勝ち、日本国民を隷属化、そこまでいかないまでも、強い影響下に置こうとしたら、どうするか?

いきなり日本へ攻め込むことはしない。日本側の内部を分裂させ、国力を弱めることや、日本を外交的に孤立させ、味方して戦ってくれる国を無くす、または最小限まで減らすことに力を入れる。そして、短期決戦で十分に勝てると見込んだ時点で、日本に宣戦する。

その内部分裂や外交的孤立の手法は、先に述べた広告と同じやりかたを何万、何億と積み重ねたものだ。すなわち、AIを活用し、ICT技術を駆使して、日本の政治指導者・政党、経済面の重要人物、社会的なキーパーソンなどの関心の向かう先を迅速に把握し、先回りして罠を仕掛ける。日本国民の動向を誤った選択に導き、世論を攪乱させる。「生活に便利だから、A国に(政治的にはともかく、経済的には)従属してもしかたがない」と考える日本国民を増やす。加えて、適時に日本の自衛隊などの軍事的核心部分の機器にサイバー攻撃を加えて使用できなくするなど、遠隔地からじわじわと日本の「首を絞めて」いく。なので、実際にA国軍が日本に侵入して銃撃や爆撃を加えてくる時期には、すでに戦争は終わっているかも知れない。

もちろん、このような対敵事前工作は、古代から常套手段として展開されていたが、ICTの発達により、全く規模が異なるレベルにまで様変わりしてしまった。いまや国と国との「戦争」の9割は、この事前工作であると言って良い。いずれ、政権担当者をAI一つで殺害することができる水準にまで達するだろう。「敵基地攻撃能力は専守防衛の範囲外だ」などと寝言を言っている時代ではないのである。実際に攻撃しないにしても、それが可能な程度の能力を持たなければ、国を守れないのだ。

先の大戦の悲惨な経験をもとに、「平和」を訴える人たちの声は尊い。だからこそ私たちは、「二度と繰り返さない」ために、現代の「戦争」がいかなるものなのか、正しく理解しなければならない。国民のみなさんには、75年前のカビの生えた「戦争」の知識にしがみつかずに、頭の中をアップデートしていただきたいと願っている。

2020年8月 2日 (日)

飲食店がんばれ!

このところ、「新しい生活様式」を実践していることもあり、外食の回数がかなり減った。テイクアウトやワインの家飲みは相変わらずなのだが、お昼をインスタントラーメン(定休日)やお惣菜パン(営業日)で済ませることが増えたので、飲食に掛ける費用は少し節約できた。その反面、外で食べる楽しみが減り、何となく欲求不満のようなものを感じていた。

さて、私は営業日に浜松市北区方面へ行くことは珍しいのだが、一昨日の昼食では久しぶりに、以前何度か食べに行ったことがある「ステーキのあさくま・三方原店」まで足を延ばした。店舗に関係のある知人から、期間限定の割引クーポンをいただいたので、プチ贅沢をと思い立ったのだ。

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13時過ぎに入る。幹線沿いなので、普段は平日のこの時間でも結構客が多く、賑わうのだが、新型コロナの影響で県外ナンバーの車が大幅に減ったこともあり、店内はかなり空(す)いていた。

夏のランチは胃腸に負荷をかけないように気を付けているので、比較的軽めのプレーン‐チキンを注文。

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ご飯と野菜類はサラダバーへ取りに行く。感染対策として、客ごとにトングが配付され共用はせず、マスク・手袋を着けてから(客が多い時間帯には店員が案内するとのこと)好きなものを取り分けて選ぶ。トング画像の左側はトマト‐ガーリックご飯。以前は白飯以外に雑穀米があったが、いまは変更したようだ。

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ドリンクバーも同様。手袋着用は表示されていなかったが、ジュース類の機械の横にアルコール液が備えてあった。ボタン(不特定多数の人が触れる場所)を押した後、飲み物が出ている間に手指を消毒するのに具合が良い。

仕事も過密ではない日だったので、ゆったりと食事を楽しむことができた。

飲食店に逆風が吹いているいま、過剰な自粛が経済を破滅させると警鐘を鳴らす論者も多い。実際、大部分の店では厳しい予算の中から捻出して、可能な範囲の感染予防策を採っている。問題はむしろ、自分が「万一」潜伏期間や無症状であるかも知れない可能性を認識せず、「感染源制御」のためのマスクも着用しなかったり、むやみに人の口に入るものに触れたり、近い距離でしゃべりまくったりする客の側にあるのではないか。

一部にいい加減な飲食店はあるだろうし、そこがクラスターになる危険性は多く潜んでいるから、公的機関や業界団体等による指導が必要なことは言うまでもない。しかし、しっかり対策を採っていたはずの飲食店からもクラスターが発生している。サービスを提供する側に100%を求めてしまうと、どの業界でも仕事は何も進まないのだ。サービスの受益者側も、「客」としての倫理に沿った行動を心掛けなければならないだろう。

「自粛」とは本来、「自ら」適切な対策(うつさない・うつされない)を十分に講じた上で、「粛々」と社会活動を続けることだと、私は考えている。行き過ぎた自粛軽視・経済偏重の論調(たとえば堀江貴文氏のツイートなど)には賛成できない点も多いが、他方、長い歴史の中でウイルスと共存してきた人間が、新型コロナのために人間らしい生活ができなくなってしまうとしたら、望ましいことではない。それぞれの業界で注目されている取り組み(たとえば松本幸四郎氏らの八月花形歌舞伎など)のように、工夫次第で可能なことはいくらでもあるのだから。

「食」の楽しみに潤いを与え続けてもらうために、「飲食店がんばれ!」とエールを送り続けたい。

2020年7月26日 (日)

片付け下手の断捨離(7)-かつて趣味だったボウリング

家の中を整理していて、いつも「これ、どうするかなあ...」と思いながら、スルーしてしまっていたものがある。

20代後半から30代前半にかけて趣味にしていた、ボウリングのボウルと靴だ。まだ宮仕えだった時代、かれこれ7~8年程度、休みの日を中心に、ときどき通ってヘタクソながら練習していた。初心者向けの試合や業界仲間の試合に出たことは3~4回あったと記憶しているが、ついに上達しないままであった。

その後、30代半ばで第五腰椎分離症が悪化し、プレーが困難になったので、ずっと行かないままになっていた。最近は右手親指の関節疾患があり、ほぼ再開不可能な状態なので、道具も処分しなければと思いつつ、「お金もかかるし面倒だなあ」と先送りにしていたのだ。

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ところが先日、私がいつも通っていたボウリング場の経営者の方から、ちょっと相談したいことがあるとの連絡が入ったので、渡りに船とばかり、ボウルと靴を持参して出向いてきた。

この経営者さんと最後に会ったのは実に17年前。それも亡き母と一緒に広島へ旅行したとき、偶然にもホテルで案内されたディナーの席の隣に、この方が公務員の息子さんと二人で食事していたのだ。そのときは私が開業して間もない時期でもあったので、それに関する主題が中心だったが、席をまたいでの話に花を咲かせた。

いま、この方は70代後半。年月が経過しても、あまり加齢の影響を感じさせない強健ぶりだ。もともと浜松の方ではないが、いまは当地関連業界の長老級であり、すっかり地元に根を張っている。後継者の娘さん(経営者さんが二代目なので、娘さんは三代目になる)が会社の実務を仕切っており、引退後の将来的な不安も少ない様子。

久しぶりにお会いしたことでもあり、一時間ばかりゆっくり語ることができた。先方の相談内容が私の専門分野に関連する内容だったため、ボウルと靴の処分料は「相談料」と相殺に(^^)v おかげで節約もできた。

これから、他のさまざまな物品の断捨離も進めていくことになるが、それらの作業を通して、旧知の人や異業種の人たちとも、新たな接点ができていくのかも知れない。

2020年7月15日 (水)

巣ごもり時期のクッキング

私は調理が得意というほどではない。まあ全くの初心者ではないけれども、ベテランの主婦・主夫の方々からは、かなり水を空けられるレベルだ。

作る料理の多くは炒め物で、ときどき焼き物(蒸し焼きが多い)か煮物。もっぱら中華風や洋風なので、サラダや和風の料理はめったに作らない。細部の手順(調味料を入れるなど)を忘れないように、念のためレシピを参照しながらの作業がほとんどだ。一応できるのは三十品目程度。

他にあまり趣味も多くはない。歴史関連の調べ物をするにしても、新型コロナウイルスの影響で「不要不急の外出」を控えることになってしまったので、この半年ぐらいは、旅行も図書館での資料閲覧もしていない。G.ヴェルディやR.ワーグナーのBDやDVD鑑賞はしているが、これまたイベントが中止になっているので劇場まで行く機会もない。そのため、クッキングが一つの大きな楽しみになる。

とは言え、新たにチャレンジした品目はそれほど多くない。2月以降の「新作」は以下の三つぐらいだ。

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油淋鶏。地元の勉強会に参加したメンバーの間で、唐揚げが話題になっていたので、自分でも作ってみるかと思い、小さめの揚げ鍋を買ってきて試してみたもの。香味ソースにもう少し酢を多めに加えたほうが美味しかったかも知れない。

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麻婆茄子。食材のナスがやや大きめだったので、大味になったが、初回にしてはまずまずの出来で、豆板醤もちょうど好い加減であった。次回からは甘味噌+ごま油ではなく、甜麺醤を使うつもりだ。

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巣ごもり卵。まさにこの時期の趣旨に合った(?)食べ物! コンソメ味仕立てで、ちょうど自分の味覚にマッチしている。一回目はキャベツとニンジンの切り方が大き過ぎたので、二回目はなるべく細切り、薄切りにした。

ま、こんな具合だ。一人暮らしなので自己満足かも知れないが、フツーに食べられればそれで善し、と感じている。今後は、従妹が編集した血糖コントロールや筋活レシピの本なども参照して、栄養分の配分にも気を付けながら調理したい。

今年の後半期には、時間があれば菓子作りにもチャレンジしてみようかな? とも思っている。

(追記:一品または二品料理を毎日作っているのではなく、平均して週に4回程度で、あとの日はレトルトや冷凍など出来合いの食べ物で済ませている(^^; 念のため)

2020年7月12日 (日)

寝ても覚めてもアベのことばかり?(@_@)

これは「珍現象」なのだろうか?

まっとうな方々は、決してこうならないと信じているが、世間には何年か前から、たいへんな脳内状態になっている人たちがいるようなのだ。

俗に「アベ脳」と呼ばれている現象である。

語源はおそらく「安倍NO!」であろう。「アベ」と聞いて多くの人が頭に浮かぶのは、2012年12月から連続して内閣総理大臣を務めている方の名字であるから。

もちろん、現政権を批判するのは大いに結構である。私自身は中道右派であり、外交や防衛では現政権を大枠で支持しているが、経済・産業・科学技術に関しては賛否相半ば、社会政策に関しては問題大ありだと思って批判を続けている。

したがって、左派政党などの政権反対側の政治団体を支持する人たちにとってみれば、ほとんどの分野で現政権は強い批判の対象であることは想像に難くない。防衛費の増大による憲法9条との乖離、特定の企業との癒着、格差の拡大と貧困の深化などに対して、一貫して現政権を批判している人たちが、野党の党勢拡大を強く訴え、「アベを降ろせ!」と叫び、政権交代こそが唯一の根本的解決法だと主張していることは理解できる(それに賛同するかどうかは別の話だが)。

しかし、脳内状態が一定の線を超えてしまった人たちの思考は「政権批判」の枠に収まらず、私たちの理解を超えることが起きているらしい。

たとえば豪雨に代表される自然災害や、新型コロナウイルスに代表される疫病など、政府と何の関係もないところで発生した事案についても、現政権が黒幕となって作り上げている人工的な事象だと断じて、よろず「これもアベが悪い!」となってしまうのだ。最近見聞きした例では「線条降水帯はアベが人工的に作り出した」の類である。

それがさらに進行すると、救い難い状況になる。「あべのハルカス」に名前が悪いとクレームをつける人、「Abema TV」をネットで攻撃する人、さらには疫病退散の妖怪「アマビエ(amabie)」まで I am Abe のアナグラムだと陰謀論を唱える人、...この「アベ脳」の人たちの脳内状態には、想像を絶するものがある。

かく言う私も、二年ほど前、Facebookでいわば歴史友達になっている人の公開エントリーに、平安朝時代の「安倍氏(前九年の役。1051-62)」についてのコメントを書き込んだところ、全く知らない人から「政権賛美やめろ!」との趣旨の横槍コメを入れられ、「何だよ?この人は」と驚いたことがある(もちろん無視したが...)。

また、数週間前、事務所の近くで「すべてアベが悪いのだ!」との趣旨を周囲の人に説きながら歩いている年輩の女性に遭遇した。駅前でよく見かけるまっとうな左派政党関係の活動家の人たちとは、明らかに異質な人物であった。

ここまで来ると、四六時中「アベ」から離れられなくなってしまっているのではないか。恋愛、特に強烈な片想いと同様、「寝ても覚めてもアベのことばかり」の脳内状態になっているものと推測される。逆説的に、現総理はこの人たちにとって「アイドル」なのかも知れない(-_-;)

単なる思考能力や理解力の偏りが嵩じたものなのか、疾患の一種とまで言えるのか、正直「よくわからない」。アルコール、パチンコなどのよく知られている依存症(ドーパミンの分泌などに起因する)の一変型である可能性もあるだろうが、私自身は精神科の医師でも精神保健福祉士でもないので、何とも判断がつかない。

ホンモノの精神疾患を抱えている人たちの中には、苦悩して闘病しながら、社会生活に適応するため必死に努力している人たちも少なくない。その人たちにとって、単に政権担当者を叩いて鬱憤を晴らす、いわば言葉の暴力に伴う快感から始まっている、正体不明の依存症もどきと同一視されるのは、逆に迷惑この上ない話であろう。

あと一年余(予定)で現政権が退陣したあと、「アベ脳」の人たちがあっさり正常な状態に復して、「あれは何だったの?」ぐらいに終息してしまえば、それに越したことはない(^^;

しかし...この人たちの一部は、現政権の終了直後から標的を失ってしまい、深刻な「アベ‐ロス」に陥らないだろうか? そして、脳内の不具合な状態が修復されず、どこかで暴走してしまわないだろうか?

私は憂慮しているのである...

2020年3月11日 (水)

私たちに求められているものは?

きょうは祈りの日である。

東日本大震災から9年。犠牲になった人たちを悼み、復興の道半ばである現地の人たちを励ましながら、私たち自身を振り返る一日である。

この9年間、熊本地震や北海道胆振東部地震、御嶽山の噴火、各地の台風や洪水と、まるで災害列島かと思われるほど、日本を襲った自然災害は頻繁かつ多様であった。

さらに、いま新型コロナウィルスの蔓延が、私たちの社会に大きなインパクトをもたらしている。治療方法がいまだ編み出されていない状況下で、感染予防の観点から国民の経済活動が縮小を余儀なくされた。また、情報の錯綜や風評などにより、社会不安が徐々に増大し、日常生活に混乱をもたらしている。

そして、少なからぬ人たちが「自分さえ良ければ」の物差しで行動している。メディアに登場する我田引水の論者や、デマを流す転売屋だけの話ではない。それらの人たちに限らず、ごく身近な人たちが症状もないのに通院したり、不要不急のモノを買いだめしたりして、本当に医療を受けたい人が迅速に受けられない、物品が必要な人が適時に入手できない状態を作り出している光景が、日常化している。

お互いに思いやる心を、みんなが分かち合えるために、私たちはどうしたら良いのだろうか?

これは神様から私たちに与えられた試練だと考え、思いを巡らしてみたい。

2020年1月 5日 (日)

ハプニング続きの年末年始

これまでにもあったが、年末になると仕事が過密になりがちなので、不用意にケガをしてしまうことがある。

12月19日、仕事が終わって帰宅し、自宅で食事の準備をしようと、照明を点けないまま台所へ行き作業しようとして、柱の突起部分の横をすり抜けようとしたところ、右足に激痛が走った!

暗がりだったため、わかっているつもりで距離感覚を誤り、気が付いた瞬間に柱が右足薬指と小指との間に挟まっていた!

幸い、出血はなかったが、痛みと内出血とが治まらず、当座の処置として残薬の湿布を貼り付け、翌朝まで何とかしのいだ。

20日に整形外科へ行ったところ、右小指の基節骨の部分が亀裂骨折していた。過去、生命に関わりかねない打撲を三回もやっているのに、骨折は59歳になった今回が、生まれて初めての経験なのだ!

医師の指示により、バディ固定して悪化を防ぐことになったが、歩くときに右足の外側に重心を掛けられないので、内側(親指側)を踏みしめるしかない。勢い、左足に4分の3ぐらいの比重がかかることになってしまう。不自由なこと一通りでない。

また、何日も姿勢のバランスが崩れていたので、23日から数日は腰痛もかなり強かった。

25日はクリスマスの「日中のミサ」のために教会へ行ったが、閉祭後に信徒会館へお茶を飲みに行ったところ、雑踏の中、軸足の左足が他の人と衝突して転倒してしまい、早々に帰宅してしまった。

27日に整形へ再診して、ひとまず悪化していないことを確認。歩き方に慣れてきたのか、腰痛も一段落。

29日から仕事が休みなので、今年最後のお刺身をと、いつもの「丸一魚店」に予約してあったものを受け取りに行った。ついでに注文した数の子も購入。

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30日は短時間だが事務所へ行き、重要な連絡が入っていないか確認。体感温度が冷たかったので、牡蠣とエリンギのアヒージョで夕食。

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31日、一年最後のディナーはクリームシチュー。今年もお疲れさまでした...となるはずだったのだが...

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ここからハプニングが連発!

まず、20時ころになって、2階のテレビが突然映らなくなってしまった。周辺機器も含めいろいろ操作してみたが、全くウンともスンとも言わない。もともとNHK紅白を視るつもりはないのだが、一年の締めで「ファルスタッフ(ヴェルディ)」のDVDを視る予定だったのを中止! 何が原因だったのか? 気が付くと22時ころにテレビは復旧していたが、なぜかBD/DVDの入力に切り換えると、ザーザー霧が掛かってしまい、視聴できない。

それから、深夜の年越しの時刻になって、ひどく気分が悪くなった。シチューの食材が中ったのか、他の原因なのかわからないが、年が2020年に変わった直後から下痢と嘔吐を繰り返してしまい、何回もトイレまで往復する状態で、最悪のスタートに(-_-:

それでも短いながら睡眠を取り、起床してみると嘔気は治まっていたので、残っていたパンで軽く朝食を摂り(さすがに餅は回避)、教会の「神の母聖マリア」のミサ(午前10時)へは予定通り出掛けた。

帰り道、予約してあった「すし兵衛」の持ち帰り寿司を受け取り、自宅で昼食を摂ったときには、体調はおおむね回復。

元旦の夕食は、免疫力の向上を意図して、にんにくとエビとブロッコリーの中華炒めに。

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2日、年賀状とファクシミリの整理のため、事務所まで出掛け、午後の早めの時間に帰宅。

そして、またテレビが故障してしまったのだ。しかもこんどは1階(笑)! リモコンの電源ボタンを一回押して切れなかったので、「こっちでもいいだろ?」と思って機器上部のボタンを押して電源を切り、再度押したところ、こちらも映らなくなってしまった。プラグを抜き差ししていたら何とか復旧したが、30~45分ぐらいでプツッと電源が切れてしまう。

両方ともテレビは12~13年経つので、寿命かなぁ、とも思う。

この日の夕食は、毎年一回挑戦するマッシュポテトのグラタン。アツアツの一品が魅力。

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3日はどこへも出掛けずに、体力回復を期してのんびり過ごした。いろいろ重なって疲れたため、料理はレトルトなど家にあるものをテキトーに組み合わせて、手抜き。

4日が仕事始め。おおむね実績整理と未処理事案への対応に終始した。

5日(きょう)は日曜日なので定休日。午前中は自宅の掃除、午後は趣味である歴史文献(蔵書等)の閲覧。ディナーは母譲りの、牛肉と卵の炒め物。

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こんなハプニング続きの年末年始であったが、なにごともドタバタで始まると良いことが多い、と言われているように、かえって吉兆なのかも知れない。

昨年は各地の水害など、芳しくないニュースも多かった感がある。春にかけて、各地の友人・仲間のみなさんともども、一陽来復を期したいものである。

2019年12月25日 (水)

自ら進んで灯りを点ける人

多くの人が少年時代に、O.ワイルド(1854-1900)の『幸福の王子』を読んだことがあるだろう。そしてその最終の場、自分が着けていた宝石や黄金を貧しい人たちに惜しみなく分け与えた王子と、それに対して献身的に協力したツバメとを、神様が天国で再生させる段に至って、瞼を潤ませた経験を持つ人は少なくないのではないか。

この王子やツバメのような気高い行為は、誰にでもできるわけではない。ましてや、偽善や打算(結果的に人の幸せをもたらすのであれば、偽善も打算もそれだけで批判するつもりはないが...)ではなく、素のままで自己犠牲や献身ができる人は、私たちの周囲にも、簡単に見付けられるものではない。日本中を見渡しても、一握りではないだろうか。

南関東のある地域に住む女性、A子さん(仮名)。

私がお会いしたのは17年前。自分が開業して二年余のとき、各地の仲間と協働して立ち上げた企画のパネリストとして、浜松に来ていただいたときである。

介護保険が制度が開始されて三年弱。いまだ各地で現場の混乱が収まらず、「囲い込み」を事としたケアマネジャーも横行していた時期である。とあるメディアで市民活動団体の取り組みが紹介されており、それを見てA子さんの存在を知った。当時、A子さんはチャキチャキの若い市民活動メンバーとして、地域の仲間たちと一緒に、介護現場の状況改善へ向け、市民目線で提言していくために活動されていた。そこで、私たち独立型のケアマネジャーを後押ししていただく意味で、市民の立場から彼女にシンポジウムで発題していただいたのだ。

このころのA子さんは、辺りを払うパワーで輝いている印象が強かったことを覚えている。

A子さんはその後、高齢者分野・介護分野から離れて障害者支援に転じ、団体の再編や新たなプロジェクトの立ち上げなどを経て、自分たちが中心となって市民活動団体を創設される。その経過は時折ネットで目にしていたものの、部門が離れてしまったこともあり、ずっと彼女は遠い存在であった。

先日、上京中に心組んでいた予定が不調になり、時間が空いてしまった。東京で買い物するよりも、久しぶりに同地へ行ってみようか、と思い、二日前になってA子さんに連絡してみたところ、応諾をいただき、出掛けて行った。

Blueberry-jam

17年ぶりの再会。ご自身が中心になって運営されている、福祉系の授産事業所で作った品物を販売する店(小児科系の大病院の一角)で待ち合わせ、お昼をご一緒していただいた。

端正なお顔立ちではあるが、際立った美女というわけではなく、外観だけであれば、服装も含めてごく平凡な存在なので、道ですれ違っても、特に周囲の目を惹く方ではない。「お姉さん」から、そろそろ「おばちゃん」と言われる年代である。持ち前の明るい笑顔で、ビジネスやプライバシーや、飾り気のない自然体でいろいろと語ってくださった。

同席しながら、A子さんの内面からにじみ出る「人」としての美しさ、気品の高さは隠し切れないなぁ、と強く感じたものだ。17年の時を経て、取り組む分野が変わっても、彼女が一段と輝く姿を見て、私は嬉しかった。

A子さんがいまのプロジェクトに手を着けられてから12年。市民活動団体として独立されてから9年。その間、このプロジェクトを推進するため、ご自身の力を注入されてきた。健康面では決して十全だったわけではなく、大きな病気で複数回の入院も経験されたとのこと。

販売するものの品質は決して「障害者が心を込めて授産施設で作ったものを買ってもらう」レベルのものではない。食品類は一流のシェフの指導を受け、市場で十分に戦える質を備えたものなのだ(実際に賞味して納得できた)。中身を伴った製品なので、病院に来る子どもたちや親たちにも人気である。

いま、このプロジェクトは事情があって拠点を移すことになり、A子さんたちはそちらの設備投資にかかる経費の調達に苦戦されている様子だ。非力な私であるが、貧者の一灯程度にでも、何かしらお手伝いできないものか考えている(自分自身が年末、不覚にも右足小指を骨折してしまったので、アクティヴに動けそうもないが...)。

A子さんの意図は障害福祉の枠にとどまらず、このプロジェクトを通じて、多くの市民たちの共生の場を広げていくことにある。この運動が実現すれば、障害を持つ人たちや、引きこもり・ニートの人たちや、病弱な子どもたちや、さらには外国にルーツを持つ子どもたちや、介護が必要な高齢者も含め、多様な属性を持つ人たちへの偏見や差別が次第に力を弱めていき、やがては誰もが住みやすい地域になる。

それだけの大きな意義を持つ計画に長年取り組んでいるA子さん自身は、受ける報酬が極めて低い。献身や自己犠牲の姿勢なくしては続かないであろう。それが事業に対する「正当な評価」の観点から望ましい姿なのかはひとまず措いて、誰かがやらなければ前進しないことも、また現実なのだから。

何よりも素晴らしいのは、そのお店を軸としてA子さんの周囲に集まる人たちが、笑顔にあふれていることだ。彼女と同じ空気を一時間吸っただけで、心がポカポカと温まるのを感じた。

A子さんの生きかたは、どれだけ多くの人たちに幸せをもたらしているだろうか? 本ブログで以前から言及している、人を傷付けて稼いでいる連中とは対極にあることは、いまさら言うまでもないであろう。

コルカタの聖テレサの名言で、「心のともしび」の標語にもなっている言葉が頭に浮かぶ。

「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りを点けなさい」

A子さんがその仲間たちと手を携えて、難局を乗り切り、住みよい地域を創り上げていけることを、心から祈りたい。

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