日記・コラム・つぶやき

2026年2月25日 (水)

時節の雑感

しばらくエントリーしないまま、時間が経過してしまった。

この間、10~11月に主任介護支援専門員更新研修受講、年末年始には疾病や事故のため急変した利用者さんへの対応、1月13日に浜松市からの運営指導と、忙(せわ)し甚(な)い日程が続いたため、なかなかブログにまで手を着ける気持ちの余裕がなかったことが、原因である。

クリスマスには、思いがけず親戚からイタリアのワインをいただいたので、おかげでお財布に余裕ができ、正月にはカズノコもカニも買って賞味することができた。

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2019年のバローロ。

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2021年のアマローネ。

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2023年のキャンティ。

繁忙期が過ぎ、2月に入ってからも、決して暇人になったわけではない。春が訪れた暖かさの中(まだこの先、寒の戻りはあるけれど...)、約40名の利用者さんのケアマネジメント(居宅介護支援・介護予防支援・介護予防ケアマネジメント)に勤しむ毎日である。長期入院・入所、諸事情による変更希望などによって、月に一人程度は解約して去って行く利用者さんがある反面、各関係者からの紹介で、月に一人程度は新規の利用者さんも入ってくる。地域のケアマネジャー不足が影響しているとは言え、65歳の老人ケアマネジャーにとっては、ありがたい話である。

総選挙が終わり、介護も医療も福祉も、政治主導でどこまで環境の改善が進むのか、注視したいところだ。高市政権に対する過度な期待は禁物だが、財務省に主導されない「責任ある積極財政」のもと、現状を抜本的に変革する姿勢を望みたい。

ホームヘルパーやケアマネジャーの減少・高齢化に歯止めが掛からないだけでなく、施設や病院を含めた社会資源全体が苦闘し、疲弊している。グランド‐デザインの欠如による小手先の制度改定の帰結であろう。

明るい未来は、いつになったら見えてくるのだろうか?

希望を捨てずに、残る職業人生を歩んでいきたい。

2025年10月31日 (金)

介護保険一号被保険者!

この28日、私は65歳になった。介護保険一号被保険者になったわけだ。

れまで自分自身がケアマネジャーとして介護保険サービス・介護予防サービスを調整する立場であったが、今後は自分が要支援、さらに要介護状態になった場合、(制度の変遷次第だが)一割か二割か三割か、とにかく一部を負担すれば、サービスを利用できることになる。

介護保険制度が始まったのは2000(平成12)年。それから早くも四半世紀が経つ。時の流れは速いものだ。

さて、位置付け上は一号被保険者となったが、もし要介護認定を申請して調査員が来宅したとしても、いまの私であれば審査結果はおそらく「非該当(自立状態)」。とは言え、介護予防の「基本チェックリスト」25項目のうち、口腔機能に関する13・14・15の項目がすべて当てはまる。したがって、浜松市の総合事業の対象者にはなる可能性が強い。

ただし、申請した時点で総合事業のメニューが揃っていれば利用できるという話だ。以前は浜松市が非該当~要支援の利用者向きの「元気はつらつ教室」が存在したが、いまは新規受け入れを行っておらず、近々終了する予定になっている。とすると、通所型独自サービス(総合事業のデイサービス)が適切かも知れないが、当面は私も行くことはないだろう。

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それより何より、ケアマネジャーからすくに引退するつもりが全くなく、いまも主任介護支援専門員更新研修を受講している。修了すれば5年間は資格が有効なので、70歳になってから辞める見込みだ(なお、厚生労働省による更新制度の改変が予測されるため、この予定とは時期が異なってくる可能性がある)。

5年後に地域の後進ケアマネジャーを相手にしたスーパーヴィジョンができるのかと問われそうだが、こんな方法も。私自身が総合事業の利用者になって、ケアマネジャーが作ってくれた予防プランをみっちり手直しするのだ。意地悪じいさんと言われそうだが、当人のスキルアップのためなのだから、これはぜひやってみたい(笑)。

そんなことを思い巡らしながら、誕生日には持ち帰り寿司(すし兵衛)を美味しく賞味した。

2025年8月31日 (日)

思いを巡らした8月

例年にない暑さが続いている。

8月は社会的にも個人的にも、さまざまな節目の日が続いた。

6日は広島に原爆が投下された日。7日は亡き母の生誕記念日。9日は長崎に原爆が投下された日。12日は御巣鷹山に日航機が墜落した大事故の日。15日は終戦記念日。ここまでがカトリック教会の「平和旬間」と重なる。17日は私自身の開業記念日(今年で満24年)。

それぞれ大きな意味を持ち、深く思いを巡らす日となっている。

世界に戦争や紛争が絶えない現状のもと、平和旬間には心から世界平和を祈願した。

仕事の実務では、会社が6月決算なので、税務署や県の財務事務所、市の市民税課などへ、今月末までに書類を提出しなければならなかった。繰越欠損がかなり残っているので、まだ法人税はゼロ(来年は発生する見込み)だが、申告だけはしっかりやっておかなければならない。

加えて、今年は主任介護支援専門員の更新研修を受講するため、提出物の準備にも結構な労力と時間を費やした。あれやこれやで多忙な8月であったが、まずは無事に乗り切った。

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自分の中でとりわけ重い意味を持つのは、節目の17日だ。

2001年8月17日、当時の浜松NPOネットワークセンター事務所の一角に「介護保険相談ジョアン」の看板を掲げ、相談の受付を開始してから24年(正式に居宅介護支援事業者の指定を受けたのは9月15日)。

思えば、長い道程を歩いてきたものである。

この24年の間、300名以上の利用者に対し、ケアプランや予防プランを作成してきた。現在、居宅介護支援19名、予防支援14名、総合事業利用支援(=介護予防ケアマネジメント。地域包括支援センターより受託)6名、サービスを利用していないが必要時に対応するクライアント3名、計42名の利用者を抱えている。

私自身、複数の疾患を抱え、再来月には高齢者の仲間入りをするのだが、簡単に引退できないだろう。一人親方の脆弱な居宅介護支援事業所であっても、数か所の地域包括支援センターへ利用者受任可能の空き情報を伝えると、何か月も経たないうちに空席が埋まる。全国的にもそうだが、当地浜松でもケアマネジャーは減少傾向にあるため(地域差はある)、私の同世代でも仕事をしている人は少なくない。まだまだ私も現役でいなければと、今年は更新研修を受講することになっている。

今後は自分自身の健康と向き合いながら、地道に働いていきたいと思う。

(画像は開業前の春、南欧旅行をした際、スペインで入手したフラメンコ用のアバニーコ=扇子)

2025年7月20日 (日)

塩分の計算に追われる日々

60代も半ばになると、健康管理の必要性も大きくなる。個人差があるとは言え、どの人にも共通の課題であろう。

私の場合、3月まで体調が比較的安定していたのだが、4~5月に少しずつ血圧が高くなってきたので、気にしていた。6月1日(日)の夕方、頭が重く気分が悪くなったので、自宅のAandD血圧計で計測してみたところ、何と186/115と驚きの数値が出た。これはいけないと思い、ひとまず安静に過ごしたところ、幸いに脳血管疾患らしい症状は起こらず、翌朝までにある程度下がったので、2~3日様子を見ることにした。

自宅兼事務所の三軒隣にかかりつけ医「佐野ファミリークリニック」があり、脳神経内科の医師(院長の長男)は水曜~土曜日に在勤しているので、4日(水)に通院して状況を説明したところ、病院で頭部MRIを撮ってくるようにとの指示。7日(土)に聖隷三方原病院でMRIを撮ってもらい、11日(水)に再びかかりつけ医へ行ったところ、「MRI画像より、脳梗塞や脳動脈瘤は見受けられない。ただし微少な脳出血の既往が確認されるので、今後の生活に要注意。経過によっては降圧剤の処方も行う」との所見だった。

このころ、まだ高いときには夕方に171/107まで上がっていたので、当面は塩分制限が課題となってしまった。5月はあとからきちんと計算してみると、平均して一日10gを超えていることが判明。とにかく少しでも下げなければいけないと思い、食生活を見直すことになった。

好物の鶏肉料理を例に挙げてみよう。

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これは6月29日の夕食。鶏むね肉と枝豆のアーリォ‐オリォ‐ペペロンチーノ。これまでは調味料に精製塩などを振り掛けていたが、もともと市販の枝豆には塩味が付いているので、鶏肉のほうに塩で下味を付けておけば、調味料無しでも十分に美味しく食べられる。

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こちらは7月9日の夕食。ヤオグォジーディン(=腰果鶏丁)。これまでは鶏もも肉に下味を付けていたが、合わせ調味料(オイスターソース・酒・醤油・豆板醤・顆粒スープなど)の食塩相当量が結構多いので、あえて下味に塩分を加えず、胡椒と片栗粉だけにしてみた。実際はほとんど以前と変わらず、肉の風味が損なわれることもなく賞味できた。

他の素材(えび、豚肉、卵、魚など)を使った料理も同様に、工夫次第で減塩できるということである。脳トレ(?)を兼ねて頭を使った結果、6月は一日平均9.4g、7月はまだ途中だが一日平均9.1g程度に抑えることができている。もちろん、高血圧の人に推奨される塩分は6g以下であるから、まだまだ「道遠し」ではあるが。

自分の身体は唯一のもので、取っ替えが利かない。まずは健康第一に日々を過ごしたいと思う。

2025年3月26日 (水)

理解に苦しむ「マナー」

新札が発行されて、はや半年以上が過ぎた。最近は私の手元に回ってくるお札も、旧札より新札のほうが過半を占めるようになり 、徐々に入れ替わりが進行していることを感じる。

さて、新一万円札をめぐって、奇妙なマナーが取り沙汰されていることを聞いた。

一部の論者が、新一万円札は「結婚式のご祝儀としてふさわしくない」と言い出したというのだ。

肖像が描かれている渋沢栄一は、妻のほかに複数の妾(側室・愛人)を抱えており、いわゆる「不貞」の男性だからというのが理由らしい。

Mansatsu

この「マナー」を言い出した人、何を考えているんだろうと笑ってしまう。

敗戦までの日本は、制度上も男尊女卑の社会であった。既婚女性が夫以外の男性と男女関係を結ぶと「姦通罪」に問われて処罰された。他方で男性が同様なことをしても罰則はなかったから、一方的な男性優位の制度になっていた。したがって、渋沢の行為は当時の社会規範からすれば、間違ったものではなく、現代と異なり、側室や愛人がいたというだけで非難されるべきものではない。現代の尺度を当てはめるのは不適切なのだ。

もし「側室」「愛人」がいたとの理由で歴史上の人物を断罪するのであれば、あらゆる人物評価の尺度がおかしなものになってしまう。たとえば、私が尊敬している上杉鷹山にも側室「お豊」がいた。だが、お豊が鷹山に侍する過程には、いわゆる「色好み」とは全く異なる理由が存在したことはよく知られている(ここでは割愛する)。

さらに、この不可解な「マナー」を推し進めると、以下のような問題も生じる。

英国の現国王チャールズ3世は、よく知られている通り、故・レディー‐ダイアナとの離婚歴がある。現カミラ王妃は離婚前からの不倫相手であり、ダイアナ没後に再婚している。

また、タイの現国王ラーマ10世(ワチラロンコーン王)には、正妻であるスティダー王妃以外に、公式な側室の女性シニーナート夫人が存在する。

これら両国は君主国であるから、紙幣や貨幣の中には、国王の肖像が描かれているものがある。

新婚夫婦が英国やタイへ旅行した場合、先方の国でこれらの紙幣や貨幣を手にしたときに受け取りを拒否するわけにもいかないであろう。したがって、上記の不可解なマナーを主張する人は、「新婚旅行では英国やタイへは行くな」とも主張しなければ、筋が通らないのだが、私はそんな主張を見聞きしたことがない。

だとすれば、渋沢栄一の事案も、一部のマナー講師などの論者が、自分の収益につなげようと、反射的に飛び付いたネタに過ぎないということになる。深く考えるに値しない主張である。

日本国民の意識が前近代から現代へ向けて変化していくために、渋沢が果たした功績はたいへん大きい。私生活上の問題を過大に取り上げて彼の評価を貶めるとしたら、「木を見て森を見ず」だとしか言いようがないであろう。

2025年2月23日 (日)

調理の楽しみ

普段の私の食生活は、大枠のパターンが決まっており、その上で数日先までの「献立」を決める。

朝食は冬期と春~夏~秋とで異なる。1~3月は餅食(ぞうに、またはぜんざい)+魚肉ソーセージ、4~12月は食パン+卵スープのことが多い。

昼食は営業日が調理パンや菓子パン、定休日は袋麺を使った家ラーメン(付け合わせはチャーシューとかサラダチキンとか)が定番である。

そして、夕食は仕事や家事が済んで寛ぎ、ディナーを楽しむ時間となる。一人暮らしだが、手間を掛けても美味しい料理を味わえるように工夫している。食器の洗い上げの時間を節約したい日もあるので、週の半分程度は冷凍食品やレトルトのカレー、市販のソースを用いたパスタなどにしているが、他の半分程度は自作の料理を作っている。火曜日と金曜日は、日曜日と水曜日(定休日)に炊いたご飯に火を通して食べる目的から、チャーハンのバリエにすることが多い。したがって、自作のメインディッシュを作るのは、上記の定休日を中心に週2~3回となる。

毎年、1~2月頃を中心に、ネットで参照しながら複数の新しいレシピに挑戦している。不慣れな一品だと買い置いた食材の保存方法を理解していないこともあり、食中毒を避ける意味でも、寒い時期を選ぶことが多い。

今年もこれまでに、三種類ほどの料理を初めて作ってみた。

まずは1月8日の一品。鶏もも肉のクリーム煮。

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マッシュルームやグリーンピースは市販のパックもの。生クリームを使って好い具合に仕上がった。肉を炒めるときに油でなくバターを使うと「フリカッセ」になるようだが、そこまで手入れするかどうかはまた次回以降の宿題に。

次は1月17日。エビと白菜のうま塩煮。

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実は、白菜をおもな具材に使うのは今回が初めてだ。エビは残り物を活用したので、やや数が少なくなったが、小さめのものでも5~6尾並ぶと、もう少し豪華に見えるかも知れない。元のレシピ通りにやってみたが、それでもかなりの減塩モードになった。血圧が気になる私にとっては好都合。

最後は昨日(2月22日)のディナー。サワラのバター醤油焼きと、アスパラの卵&チーズ焼き。

Sawaraaspara20250222

この二品はなかなか相性が良い。ただし、どちらも旬の時期は春なので、5月頃にまた、組み合わせて作ってみたいと思う。

もともと、私は調理がそれほど上手だったわけではない。長く家の台所を占領してきた母(2018年帰天)が80代になった辺りから、少しずつ作業が難しくなってきたのを見て、自分もときどきはお勝手をやらなければと、必要に応じて一つ、また一つとレパートリーを広げてきた。

いまは家族がいないので、自己満足に陥っている面はあるかも知れないが、でき上がった料理の良し悪しがわかる味覚は持っている。初挑戦でうまくいかなかった場合は、二回目以降で具材の扱い方や合わせ調味料の配合を改善するなど、自分なりに工夫を重ねている。それは他方で認知機能の低下予防にもつながっている。

食の楽しみは、潤いのある人生の大きな部分を占めているのだ。

2024年12月30日 (月)

人材不足-現場からの雑感

2024年も間もなく終わろうとしている。

私が開業する準備に取り掛かっていた2000年末、自分自身が飛躍することへのワクワク感はもちろんだが、開始して間もない介護保険制度に対する期待も少なからず抱いていた。

あれから24年。四半世紀に近付こうとしているいま、その期待はなく、この制度の現実に対する大きな不安が目の前に横たわっている。

11月の時点で、介護事業者の倒産が過去最多になったと、メディアでもしきりに報じられた。訪問介護では介護報酬引き下げを契機とした単体での営業継続困難があり、通所介護や短期入所生活介護などを含めると、競争で大手事業者に敗れた中小事業者の撤退などが、おもな理由とされている。他方で、業務の担い手の減少により、退職者が出ても新規職員を採用できず、廃業のやむなしに至った事例も報告されている。

現場ではより強く体感するのが、年々深刻になる業界全体の人材不足である。

私個人の実感としては、〔全国的にも同様だが、〕当地の業界で最も不足しているのがホームヘルパー(訪問介護員)、次いでケアマネジャー(介護支援専門員)であろう。

前者については、事業所によって温度差がある。零細でも堅実な組織経営を行い、職員が働きやすい職場は、複数の責任者級の職員が中心となって長く続いており、〔将来はともかく〕当面は安定感がある。そうとは言い難い事業所では人員不足が起き、「以前は週N回行けていたけれど、今後は一回減らしてください」などと要請してくるところもある(…だからと言って代わりの事業所を探すのにも苦労するので、利用者さん側に大きな不便がない限り、なるべく同じ事業所で続けてもらうように努めている)。

後者については、自分自身がケアマネジャーであるだけに、身をもって痛感している。

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この数年間を顧みると、他の居宅介護支援事業所で誰かが退職した場合、地域包括支援センターが後任を探すのが難しく、私に担当を依頼してきた事例が相当数存在するのだ。

居宅介護支援および介護予防支援の契約者の中で、2018年は14人中4人、2019年は5人中1人、2020-21年は6人中1人、2022年は19人中11人、2023年は9人中1人、2024年は7人中2人。実に7年間で60人中20人! 新規利用者さんの三分の一は、「後釜のケアマネジャーがいないので担当してくれ!」という状況で、直接もしくは地域包括支援センターの仲介により、仕事を譲ってもらった「引き継ぎケース」なのだ。

私のような六十代半ばの一人親方であっても頼りにしていただけること自体は、ありがたい話ではある。しかし、これは前任者の職場で、ケアマネジャー(有資格者)の人事異動や募集による新規採用が難しかったことを意味している。そう考えると、先行きが不安にならざるを得ない。

当然、私自身もいずれは引退するときが来る(後継者が見付かるかどうかはわからない)。そのときに、果たして自分の現利用者さんたちを引き受けてくれる居宅介護支援事業所があるのだろうか? 幸い、利用者さんの居住地域がかなり分散しているので、少人数ずつ振り分けて依頼すれば何とかなるだろうとは見込んでいるが。

多くの論者からは、処遇改善加算の欠如(今年の改定により介護報酬は少し上昇したが、物価高には全く追い付く金額ではない)、シャドウワーク(無報酬でやらざるを得ない業務)の増加、本来業務におけるルールの煩雑化、更新研修受講の負担(受講費用の金銭的負担、事例準備の労力負担、補講が無いことによる欠席の困難さ=「病気にもかかれない」、etc.)などが原因として挙げられている。これらが影響して、ケアマネジャーから離職する人数が新たに就任する人数を上回っていることが、人材不足を招いていると評されている。現場の人間としては、確かにその通りだと思う。

(なお、ケアマネジャーにとって更新研修そのものは必要だと私は理解している。ただし、上記のさまざまな負担や、一部の団体・企業・研究者の利権が絡む点については、是正しなければならないとの意見である。真にケアマネジャーのための更新研修になっていない面が大きい)

この状況を改善するには、国の抜本的な改革を待つしかないのだが、財務省や厚生労働省で開かれている審議会・委員会・検討会等の結果を見聞きする限り、的外れな意見の応酬ばかりで、現場から見るとほとんど期待できない。私も間もなく高齢者になるのだが、私の予防プランやケアプランを作成してくれるケアマネジャーは登場するのか?

それを心配してもしかたがないので(笑)、今夜はいただきもののワインで自作の夕食を賞味しながら、一年を振り返ることにしよう。

2024年11月30日 (土)

主役はあなたではない

先般実施された兵庫県知事選挙について、当選した知事の広報戦略全般を担ったと称するPR会社の社長が公開した内容が、物議を醸しており、公職選挙法に違反するのではないかとの疑惑も噴出している。

公選法云々はともかく、この社長はプロフェッショナルとして失格である。

その理由は、クライエント(ビジネスでは「クライアント」と表現することが多い)の内情を、かなり具体的な内容に至るまで開示してしまっているからだ。

記述の内容次第だが、守秘義務違反に当たる可能性もある。

私たちケアマネジャーの場合であれば、クライエントである利用者の尊厳を守り、より望ましい主体的な生活を実現させるため、地域資源を組み合わせて最善の支援体制を構築するのが仕事である。もし、ケアマネジャーが主役である利用者を差し置いて、「オレ(アタシ)が○○さんを支援したから、○○さんはこんなに活き活きと暮らせるようになったんだ!」と前面にしゃしゃり出たとしたら、これは側面的支援を職能とするプロのケアマネジャーとして失格である。加えて、個人情報の目的外使用にも当たるものであり、専門職として踏むべき規範を逸脱している。
(利用者や家族の同意を得て、匿名の状態にしてから研修の場などで発表する場合など、例外もある)

PR会社がどこまで有償で働き、どこからは無償で働いたかは、(公選法に抵触しない限り)大きな問題ではない。対価をもらった場合であれ、ボランティアとして働いた場合であれ、今回支持した候補(知事)の選挙戦略をめぐる情報は、いわば陣営の内部情報であり、個人や個別の会社の了見で開示して良いものではない。この記載内容ほどあからさまに経過を語れば、法的な問題がなくても、陣営の機密情報に触れる可能性が強いからだ。同社長が経過を開示した行為は、戦略担当としての本分にも背く行為であろう。

一言で表現すれば、本来は黒子に徹しなければならない人(企業)が、調子に乗って主役の位置にしゃしゃり出ようとした末路であろうか。主役はあなたではないと、誰かが忠告してあげられなかったのか?

私たちも、これを他山の石として学ぶべきだと考える。

2024年8月25日 (日)

開業23年で思うこと

この8月17日で、私がケアマネジャーとして開業してから23年となった。

つい先年、店開きしたかと思っていたのに、時が経つのは早いもので、間もなく「四半世紀」に近付こうとしている。

長続きできた最大の要因は、大病や大きな事故に遭わなかったことだろう。後者の「ヒヤリハット」はときどきあったものの、幸いに難を免れ、23年間おおむね健康で過ごすことができた。

また、多くの業界仲間に助けられたことも大きい。勤務先法人・組織の背景がない一人親方であっても、多くの業界人は私が仕事に向き合う姿勢を正当に評価してくれ、パートナーとして適切な応接をしてくれた。ケアマネジャーは一人で成り立たない仕事であり、利用者の活き活きとした生活のためには良きチームが不可欠だ。少なからぬ事業所が、私のケアマネジメントに協力して、利用者に良質なサービスを提供し、チーム内で連携してくれた。

それらの業界仲間には、深甚なる感謝の意を表したい。

さて、最近はケアマネジャー人口の減少と高齢化が課題になっている。理由はいろいろ考えられるが、一言でまとめると「労多くして功少なし」であろう。本来業務がどんどん煩雑になるのに介護報酬がわずかしか上がらない。シャドウワークが求められるのに、その対価が評価されない。

勤務ケアマネジャーにとっては、「稼げない」部署になっているから、法人の中で肩身の狭い思いをしなければならない。資格を更新するため、傷病や葬祭を措いても研修に出席しなければならない。独立型のケアマネジャーにとっては、がんばっても生活が好くならないどころか、物価高に見合って報酬が上昇していないから、かえってワーキングプアに陥ってしまう。

厚生労働省が有効な対策を採らなければ、ただでさえ人手不足の介護業界で、ケアマネジャーの減少には歯止めが掛からないことは一目瞭然だ。

このような状況下であるから、私自身はまだまだ仕事を続けていくつもりである。私も来年度には主任介護支援専門員の更新研修を受講しなければならないので、そこで更新してから(有効期間の)五年間、2030年の途中までは現役でありたいものだ。

そのために、今後は一層の健康管理に留意したいと思う。

2024年6月23日 (日)

記憶/記銘力の自己診断(?)

加齢とともに、ものごとを覚える力が弱くなっているのを実感する。

私は戦国期から江戸期の史書を長年読み慣れてきたので、元号(年号)と西暦との対照をどこまで諳(そら)んじられるか、ときどき実験している。確か5年前は宝暦まで、3年前は寛文まで、1年前は天文(てんぶん)まででストップした。それでも、だんだん古い時代へさかのぼっているのに気を良くして、四回目の挑戦(数か月前、眠れない夜に頭の中でたどってみて、「明徳」までおおむね正しく言えたことがある)。

令和元年が2019年、平成元年が1989年、昭和1926、大正1912、明治1868、慶応1865、元治1864、文久1861、万延1860、安政1854、嘉永1848、弘化1844、天保1830、文政1818、文化1804、享和1801。

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寛政1789、天明1781、安永1772、明和1764、宝暦1751、寛延1748、延享1744、寛保1741、元文1736、享保1716、正徳1711、宝永1704。

元禄1688、貞享1684、天和1681、延宝1673、寛文1661、万治1658、明暦1655、承応1652、慶安1648、正保1644、寛永1624、元和1615。

慶長1596、文禄1592、天正1573、元亀1570、永禄1558、弘治1555、天文1532、享禄1528、大永1521、永正1504、文亀1501。

明応1492、延徳1489、長享1487、文明1469、応仁1467、文正1466、寛正1460、長禄1457、康正1455、享徳1452、宝徳1449、文安1444、嘉吉1441、永享1429、正長1428。

そして応永1394、明徳1390。

昨夜のうちにここまで書き込み、一晩経って再度点検した結果、打ち間違いを二箇所ほど発見して訂正。

さて、ここで初めて辞典(画像)を開いて正誤を確認。

パーフェクトでした!!!\(^o^)/

ただし、「長禄」のところは「長徳(実は平安朝の年号)」だったかも?と迷ったので、「薄氷の勝利」かも知れない(^^; それでも、記憶力(かつて覚えたことを忘れない力。慶長とか元禄とか、頻繁に使っていた年号の場合)・記銘力(新たに覚えたことを忘れない力。今回の挑戦のために覚えた、なじみのなかった年号の場合)とも、まずまず合格点だと言えよう。

また、明徳の前は年号が南北朝の二つに分かれて、両方のルートをたどって覚えるのはたいへん面倒になるため、これ以上さかのぼる挑戦はしないつもりだ。今回のところで打ち止めとして、今後も忘れないようにすることが課題になる。

私と同年代(60代前半)の方には、ご自分が趣味にしている分野の事物を用いて、同様な「脳トレ」をやってみることをお勧めしたい。

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