日記・コラム・つぶやき

2023年8月19日 (土)

「席次」を軽視するなかれ!

かつて、筆者が自分の所属する職能団体の役員(代表者の次席。序列二位)をしていた時期、こんなハプニングがあった。

別の職能団体(創立百年と歴史が古く、政治力も大きい団体)からの提案で、両団体の役員が対面して協議をすることになり、当団体から四名(一名は非役員)が出向いた。会議室ではいわゆる対面式で、先に先方団体の役員五名が片側を占め、代表者が真ん中(奥から三番目)に座っていた。ところが、当団体があとから入って行ったとき、先頭を歩いていた代表者が、四席のいちばん奥に座ろうとした。私はすぐ気付いて、代表者に奥から二番目に座るように促し、私が一番奥に着席して事なきを得た。この場合、第一席の人同士が正面から向き合う形になるために、先方団体は奥から(4)(2)(1)(3)(5)、当団体は奥から(2)(1)(3)(4)が正しい座り方なのだ。やりとりの最中、先方の代表者が「団体として未熟だなぁ」と言わんばかりに笑みを浮かべていたのを覚えている(両代表はきわめて近しい協働関係にあったので、もちろんこの一件だけで信頼を損ねたことでは全くない。念のため)。

「席次」に関する最低限の知識を備えていないと、相手側の失笑を受けることになりかねない。

登壇して画像を撮ったりメディアに相対したりする場合、真ん中が第一席だが、和式と洋式(事実上の国際式)とでは、左右の上下が異なる。

日本の伝統である和式の席次は、最上位者の左(向かって右)が第二位、右(向かって左)が第三位、以下、左第四位、右第五位と続く。

一方、洋式の席次を踏まえた国際式の席次では、左右が逆になる。最上位者の右(向かって左)が第二位、左(向かって右)が第三位となる。

さて、しばらく前に日大で行われた、アメリカンフットボール部員の不祥事に関する会見で、「席次」が話題になっている。経済ジャーナリストの磯山友幸氏が、会見の席次を踏まえて、林真理子氏がお飾り理事長であると評したのだ。

この会見では、向かって右手から三人が登壇し、そのときには林理事長が先頭だった。ここまでは問題ない。ところが、林氏はそのまま奥(向かって左)に着席し、真ん中に酒井健夫学長、手前(向かって右)に澤田康広副学長が座った。あらかじめ職名と氏名が記載された紙が席に貼ってあったので、日大側が決めた席次であることは明らかだ。

メディアに向き合っていわば「ひな壇」に並ぶのであるから、ドメスティックな色彩が強い(あくまでも筆者の個人的な評価であるが...)日大であることを考えれば、磯山氏が理解している通り、和式の席次によって、序列が(1)酒井氏(2)澤田氏(3)林氏の順だと受け取られてもしかたがない。

磯山氏の指摘に対し、異論も唱えられている。学長は教学に最高責任を持つ立場であるから、実質的に理事長と同等であるので、今回は主として説明する立場である以上、真ん中に座るのは問題ないとの見解だ。

しかし、これはおかしい。それならば大学側がそのように説明すべきである。何の説明もないまま理事長が「向かって左端」に座っている場面を見せられれば、マナーを心得ている誰もが「学長が理事長より上座なのか?」との疑問を持つ。法人としての会見である以上、「法人の代表者」が最上席に座るのが社会通念である。たとえ会見の大部分で酒井氏が受け答えすることを想定していたとしても、あくまでも真ん中に着席するのは林氏であるべきだろう。もし「現実的な力関係」を反映した並びをあえて演出したとすれば、日大組織の実体を露呈してしまったことになる。

形式偏重の面倒な議論だと思う読者がおられるかも知れないが、「席次」はゆるがせにできない問題なのだ。上座・下座をめぐる手配が適切さを欠くと、亀裂や重大な誤解が生まれることも少なくない。

の事例に限らず、私たちはニュースで見聞きする事案などに敏感になり、他者から指弾を受けない整然とした組織活動を心掛けたいものである。

2023年8月12日 (土)

自作チャーハンの楽しみ

好きな料理は?と尋ねられたら、鶏肉(もも肉・むね肉)料理やエビ料理の一品になるだろうか。定休日である日曜日や水曜日のディナーとして、下ごしらえに時間を掛けながら調理する。食材の品目が多いと、準備にはもちろん、食後の食器洗いにも手間が掛かるので、面倒に思うこともあるが、それも計算に入れながら一連の工程をこなしている。

他方、ラーメン(昼食)やカレー(夕食)、またパスタソース(同)は、市販の品で済ませている。自作すると結構な質量の工夫が要るので、袋麺(乾・生)やレトルトのカレーのほうが手っ取り早い。

さて、定休日にご飯を炊いて(一合半)、三日で食べ終えているが、最終日には所定の保温時間(30時間)を過ぎている(48時間)ので、中らないために「火を加えなければ」となる。

そこで、火曜日や金曜日の夕食は、チャーハンにすることが多い。

基本は中華調味料(「創味シャンタンDX」)に、自然塩少々、減塩の醤油をちょっとだけ加えて、合わせ調味料を作る。具材はミックスビーンズが多く、他に枝豆、マッシュルーム、キクラゲなど。ただし二種類同時に使用することはない。薬味に刻みネギ、香味代わりに炒りゴマを加えるのが習慣になった。

しかし、ときどきは変わった一品を作ってみたいこともある。

Takanachaahan

これは高菜チャーハン。パックの漬物を活用。オリーブオイルに自然塩のみ。赤唐辛子を入れると味が引き立つ。

Sakechaahan

こちらは鮭チャーハン。ビン詰めの「あらほぐし」だが減塩バージョンで。中華調味料を小さじ半量程度にして食塩相当量の合計を抑制した。

前述のように具材を次々と入れ替えれば、同じチャーハンは月に一回程度になるので、飽きることもない。

美味しく食べられる喜びを噛み締めながら、その日の一品を味わいたいものである。

2023年8月 5日 (土)

身の丈に合った運転を

現代社会に車は欠かせない。

いま、筆者がプライバシーでもビジネスでも使っている一台は、緑のデミオ(マツダ)だ(画像)。2014年に購入して9年。自分の愛車として四台目になる。

これまで、夜間でも視認してもらいやすいように、比較的明るい色の車を選んできた。

20140702demio

さて、この10月から新しい車に買い換える予定である。薄い灰色のアルト(スズキ)。いまの車ほど目立たないが、深夜の時間に走ることはほとんどなくなった。また筆者には家族もいないので、仕事で出向いた先で駐停車しやすいように、軽に乗り換えることにした。

自分の年齢から考えると、よほどの事態が起きない限り、この五台目が最後になるのではないか。やがて普及するであろう自動運転車も魅力的だが、オペレーションの全体像を呑み込むのも厳しくなるから、自分には縁がないかも知れない。むしろ次の一台で公私ともに身の丈に合った運転をしながら、70代後半まで安全に操作することができれば、それに越したことはない。仕事から引退したら距離はグンと減るので、長持ちさせられれば好いなぁ、と思う。

事故を起こさないこと、事故に巻き込まれないことを願いつつ、先の計画を立て始めている。

2023年6月21日 (水)

名古屋城復元に関する大きな誤解

先に6月3日、名古屋城天守の木造復元に関する市民討論会が開催されたが、その際に「車いすの人たちが最上階まで観覧できる」エレベーター等の設置をめぐり、議論が白熱した。途中で、設置反対派の「健常者」から、障害者を非難する言葉や差別用語が飛び交うなど、常軌を逸した発言が続き、混沌とした討論会になったと伝えられている。

見聞きした範囲での話だが、筆者の正直な感想を一言で言えば、「この討論会は不要だった」。

多くの市民の間には、どうも大きな誤解があると思う。

障害者差別解消法の第五条(2016施行)によれば、「行政機関等及び事業者は、社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮を的確に行うため、自ら設置する施設の構造の改善及び設備の整備、関係職員に対する研修その他の必要な環境の整備に努めなければならない」。また同法第七条の二によれば、「行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない 」となっている。

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それでは、「負担が過重でないとき」とはどのような意味なのか? 当然だが事例ごとに千差万別であるから、同法の施行令などに具体的な基準が示されているわけではない。

同法の基本方針によると、(1)事務・事業への影響の程度(事務・事業の目的・内容・機能を損なうか否か)、(2)実現可能性の程度(物理的・技術的制約、人的・体制上の制約)、(3)費用・負担の程度、(4)事務・事業規模、(5)財政・財務状況、これらの5項目に関して、過重にならないことが掲げられている。筆者はこの5項目に加えて、(6)他者の健康や安全に不利益や脅威を与えないことも、当然加えられるべきだと考える。

基本方針によれば、これらの諸点については、行政機関等及び事業者と障害者の双方が、お互いに相手の立場を尊重しながら、建設的対話を通じて相互理解を図り、代替措置の選択も含めた対応を柔軟に検討することが求められる、とされている。したがって、河村たかし市長が、復元天守の二階まで行くことができれば合理的配慮だと言えると解釈していること自体が誤っている。合理的配慮の度合いは、行政機関の首長の主観をもとに決められるものではないからだ。

他方で、障害者側(個人・団体)からの要求に対して、何が何でも100%の実現を目指すのが同法の趣旨ではない。だからこそ「お互いに相手の立場を尊重しながら、建設的対話を通じて相互理解を図る」必要がある。その建設的対話の当事者は「行政機関等及び事業者」と「障害者」である。この中に、合理的配慮自体を否定する(昇降設備自体に反対する、ましてや障害者を差別視する)一般市民を交えること自体が間違いだ。だから筆者は市民討論会自体が不要であると断言したのだ。

エレベーターが良いのか? 電動かごが良いのか? 他の方法があるのか? また、車いす利用者が最上階まで行くことは、上記(1)~(6)に抵触しないのか? 議論を尽くした上で協調点を見出し、その結果として、ほとんどの障害者が最上階まで観覧できる方法について双方了解したのであれば、市当局が「○○年までに史実通り復元する。他方で△△年までに昇降装置を設置する」と発表して踏み切れば良い。

あるいは河村市長や市当局が、内外の景観も含めた「史実に忠実な復元」を目指すのであれば、市長の主張にのっとった説明を丁寧に行い、障害者団体の理解を求めることも一つの考え方であろう。たとえば「(1)事業目的を尊重するのならば、景観を損なわないために、天守から離れた位置に外付けの昇降装置を備え、支援が必要な人が来場した際に装置を城へ近接させて利用する。ただし、それを設置すれば(3)(5)著しい建設費用と維持費用が掛かり、バリアフリー復元の見本として来場者数が増えることを見込んでも、他部門の無駄な経費を削減しても、市の財政逼迫は免れない(→(6)それによって配慮が必要な属性を持つ他の人たちへの福祉施策が後退する、または一回ごとに装置を移動させるため他の来場者に脅威や著しい不便をもたらす)」など、具体的な数字の試算やオペレーションの想定により、明らかな「過重」であることを丁寧に説明して、納得してもらうことも必要だ。

「やらずもがな」の市民討論会のため、心を大きく傷付けられた障害者の人たちの思い、察するに余りある。

河村市長には旧態依然たるポピュリズムのパフォーマンスを事とするのではなく、さまざまな属性を持つ一人ひとりの名古屋市民に寄り添った市政を展開してほしいと、(母の実家が名古屋市にある)筆者は願っている。

(※画像=城のイメージは(株)メディアヴィジョン(いまは社名変更?、または解消?)発行の、使用権フリーのものを借用しました)

2023年5月25日 (木)

G7広島サミット雑感(1)

先日、広島で開催されたG7サミット。1975年の当初はG6(カナダは翌年から参加)で始まり、また途中の一時期、G8(ロシアが1998-2013参加)になったこともあったが、紆余曲折を経て第49回を数える。

今回はさまざまな意味で、世界の注目を集めた会議となった。その成果について、絶賛するものから酷評するものまで、百花繚乱と表現すべき、さまざまな見解の論評が行き交っている。

筆者は政治評論家でもなければ、政界や財界の人たちとお付き合いがあるわけではない。とは言え、自国が主催国となって開催された会議であるから、当然のことながら高い関心を持って眺めていた。閉幕したいま、この会議を眺めた自分の所感を、箇条書きに整理して述べてみたい。

(1)課題は多く残ったが、一定以上の「成功」であった
 総合的にはこの会議の成果を評価したい。「自由・民主主義」「法の支配」「市場経済」など共通の価値観を持つ(七か国ごとの政権によってかなりの温度差があるものの、いまのところ基盤の部分は何とか共有している)各国首脳が一堂に会して、国際社会に対し、とにもかくにも同じ方向性のヴィジョンをう打ち出すことができた意義は大きい。

 そして各論。

(2)プーチン政権への非難は当然である
 大きな主題の一つに、ロシアによるウクライナ侵攻への対処がある。この点についての答えは明確だ。
 たとえ「過去にスターリンが線引きしたもの」であろうが、すでに両国間の合意により画定された国境を越えて、武力による侵攻を行ったのはロシアのプーチン政権側であり、この事実には一点の疑義もない。百歩を譲って、ミンスク議定書の破綻の原因が主としてウクライナのゼレンスキー政権側にあり、ウクライナ領内のロシア民族や親ロシア勢力の人たちが、ウクライナの極右勢力に殺害されたり権利を侵害されたりする事実があったにせよ、それは侵攻を正当化する理由にはならない。ましてやミンスク合意の時点ですでにロシアが実効支配していたクリミアをはじめ、占領した土地を「住民投票の結果」と称して一方的に自国の領土に併合する行為は、国際法違反以外の何ものでもない。
 この戦争を終結させるためには、何年かかろうが、ロシアが「2014年以降の占領地域」から全面撤退して、そこから両国国境の帰属に関する事案を仕切り直すことが唯一の選択肢だ(少なくとも当分の間、プーチン政権側は絶対に承知しないとは思うが...)。
 G7および同盟諸国がプーチン政権を非難することは理にかなっている。日本はNATOに加盟していなくても、米国と「同盟関係」にある以上、協調路線(もちろん米国の言いなりになるのではなく、日本側の提案や意見をしっかり主張しなければならないが...)を取らなければ「背盟」となる。極端な話、日米安保を廃棄されても文句は言えない。独力でロシアや中国と戦える軍事的な準備をしていない以上、これが既定路線であろう。

(3)ゼレンスキー政権を正義の味方と位置付けるのは不適切だ
 しかし、ウクライナ側に問題がないわけではない。上記ミンスク議定書の破綻も含め、ゼレンスキー政権側の民族主義的な立場からの策動(ロシア系住民への権利侵害を含む)があり、ロシア側を挑発したことは明らかだ。
 また、G7サミットでゼレンスキー大統領は真っ先に(?)イタリアのメローニ首相と喜色満面でハグする姿が放映され、しばらく前に自ら西欧を訪問した際にも、最初にイタリアへ飛んでメローニ氏と懇談して支援を要請しているが、同氏はムッソリーニ礼賛者の極右政治家として知られており(首相就任後はその色をやや薄めている)、ゼレンスキー氏がメローニ氏との親近感を見せ付けることにより、プーチン政権側が非難する通りの「ネオナチ」だと評されてもしかたがない。
 さらに、米国のバイデン政権は、ゼレンスキー政権側を一時期批判していたが、侵攻後は軍産複合体の利益を反映させ、武器供与を通してウクライナ民族主義勢力とうまく結び付いた(ユダヤ系ネットワークを介して手を結んだものと推測する)と言えよう。
 独裁的な政治手法(ある種のポピュリズム)や個人的な蓄財などの問題も軽視できない。
 日本政府の外交当局は氏の政権が抱える実態を正確に把握した上で国際政局に臨まないと、痛い目を見ることになる。「ゼレンスキー氏が正しいから支援する」のではなく、「ウクライナの現状を憂慮して人道的な見地から支援をする」姿勢を取ることが求められる。

(4)核兵器がなくなっても国際平和は来ない
 広島サミットの一つの大きな主題が「核なき世界」の実現へ向けてのメッセージであった。全参加国の首脳が原爆資料館を見学し、慰霊碑に献花したことは、たとえ一つの出発点に過ぎないとは言え、大きな意義を有するものであろう。
 しかし現実には、米国はもちろん、英国・フランス・インドも核兵器を手放す方向性は全くない。またドイツ・イタリア・カナダはNATOを通じて、日本・韓国・オーストラリアは米国との軍事同盟を通して、それぞれ「核の傘」のもとにあるため、核廃絶運動との関わりは限定的なものとならざるを得ない。
 他方でロシア・中国・北朝鮮が国際的な非難を回避するために、EMP攻撃(人間の殺戮よりも都市機能の破壊を目的とした特殊な核攻撃)も含めた戦略を練っているとしたら、国際的な折衝はさらに難航するであろう(筆者はその専門家ではないので詳細な分析はしない)。
 加えて述べると、将来本当に「核廃絶」が実現したとしても、戦争したい国や政治家は通常兵器の性能向上を目指すことになるので、局地的な戦争が発生すると殺傷行為が残虐化して、惨禍はより大きくなる可能性があることも、頭に置いておくべきだ。「核廃絶」を目指して今回のサミットに不満を表明する人たちは、この点について理解しているのだろうか?

(5)~(8)その他の諸点
 以上、重要なポイントを掲げたが、他にも言及しておきたいことがいくつか散見された。長くなるので、後日、稿を改めて述べてみたいと思う。

次回へ続く)

2023年3月12日 (日)

「迷惑行為」の源流

回転寿司など飲食店内での、愚かな若者たちによる迷惑行為が、ネットで話題になっている。他人の、また共用の食べ物や飲み物に自分の唾液を付けたり、異物を吹き掛けたりする行為。おぞましい光景でしかない。

これらは「若気の至り」の愚行とは言っても、その多くは「犯罪」である。その行為が動画として拡散された結果、当該の飲食店を経営する企業は、株が暴落するなどの大きな打撃を受けている。巨額の損害を被った飲食店側が、客の減少を恐れず、行為の当人や保護者に損害賠償を求める姿勢を固めているのは当然だ。迷惑行為をした者も、動画を撮影して拡散した者も、単なる「悪ふざけ」では済まされないことを知るべきであろう。それは模倣犯などに対する一定程度の抑止効果を持つ。

ただ、これらの行為を愚かな若者たちの「承認欲求」の暴走としてではなく、若者たちが「食べ物を大切にしていない」事実から眺めると、別の構図が見えてくる。

そもそも、大人たちが東京五輪で余った弁当を大量廃棄している国で、その姿を見ている子どもたちや若者たちが、食べ物を粗末に扱うのは当然の帰結なのだ。

かつてのミラーノ万博(2015)でもリオ五輪(2016)でも、すべてではないが余った食料を調理し直してホームレスなどの困窮者に配分するシステムが働き、食物ロスを効果的に減らすことができた。東京五輪の組織委員会側の人たちは、これらの経験知に学ぶことを怠った。それどころかご丁寧に、配分の対象となり得る路上生活者の多くを、あらかじめ競技場建設のために周辺から立ち退かせてしまっていた(なお、新型コロナウイルス感染対策として競技が無観客試合に変更されたことにより、ボランティア人数が減ってしまったので、それが大量廃棄の主因になったと考えられるが、本稿でその構造的課題については論じない)。

これだけではない。最近は改善されているが、コンビニにおける「恵方巻」などの、売れ残った季節ものの大量廃棄も、心ある人たちからの批判の的になっている。また迷惑行為とまで言えないかも知れないが、インスタ映えのために食べ物の画像を撮影し、相当量を残して立ち去る人たちの行為も同様であろう。

さかのぼれば、1993年米騒動の際に、市民たちの多くが輸入したタイ米を廃棄した(無論、安易にブレンド米を推奨するなどの農政側にも多くの問題があったが、市民の責任はなかったとは言わせない)愚行の繰り返しだと言うことができる。

これらの状況を踏まえて考察すると、近い将来、日本国民が飢餓に直面しても、世界の人々は「日本には、本当は廃棄するほど食べ物はたくさんあるんでしょ?」と認識するであろうから、よほどの見返りでもない限り、輸出してくれないに違いない。つまり、「食べ物を粗末に扱う」意識が国民の間に浸透してしまっている現実は、日本の国際的孤立を招くかも知れないほど、憂慮すべき事態なのだ。

政策側がこのような国民意識の根本的な変革を図ろうとせずに、国連の提唱に乗っかってコオロギなどの昆虫食を軽々しく導入するのは、実に笑止千万である(真摯に昆虫食の開発に取り組む人たちを貶める意図は決してない。あくまでも政策の適否の話だ)。タンパク質の重要性を説きながら、余剰牛乳の活用に力を傾注しようともせず(安易に牛を殺すな!)、鯨肉の積極的な利用も推進していない(IWCがなんと言おうが、ある程度の鯨を捕獲していかないと、長期的には海の生態系が崩れる)。昆虫食導入の前に、日本国民がしなければならないことはたくさんある。

劣悪な食糧政策のために、私自身を含めた多くの国民が餓死しないことを願うばかりだ。

まず「食べ物を作ってくれた人たちに感謝して、決して粗末に扱わない」ことを、日頃から肝に銘じたい。

2023年1月28日 (土)

「62の手習い?」

激動の一年が過ぎ、2023年もはや1月末になる。

12月からこのかた、PCの買い替えに伴う作業などで多忙だったため、なかなかエントリーができなかった。

とは言え、年末年始は休日が続くので、慣習のごとく新しい料理に挑戦している。若いころは母親に頼ってクッキングの経験に乏しかった私にとっては、「62の手習い」と言ったところだろうか。

今回使ってみた食材は、青梗菜(チンゲンサイ)と大根である。

12月14日は不測の事態(?)により、青梗菜炒蛋(チャオダン)を賞味することに。いつもほうれん草を使うのだが、立ち寄ったスーパーではたまたまほうれん草が売り切れていたので、代用品にしようと初めて買ってきた。調味は創味シャンタンDX+薄口醤油+自然塩。キクラゲと炒りゴマを投入すると、結構美味しく食べられる。

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12月17日には残り物整理のため、しめじと青梗菜でアーリォ‐オリォ‐ペペロンチーノを作ってみた。ベースを工夫して減塩モードの一品が完成。

20221217shimejichingensai

年が明けて1月2日。Facebook友達の一人がエントリーしていた画像を見て刺激され、鶏むね肉のみぞれ煮に挑戦してみる。大根を食材に使うのも初体験。調味がなかなか定まらず、舌先で十回ばかり実験を繰り返し、約二十分を掛けてようやく決定(笑)。出来上がりはなかなかの美味である。

20230102chickenmizore

1月9日、七草を意識したつもりは全くないのだが、正月の大根が残っているので使わなければと思い、角切りにして「麻婆蘿蔔(マーボールオボー)」に初挑戦。香味にネギ、ニンニク、生姜、調味料に豆板醤、甜麺醤、みりん、醤油、コンソメと、手当たり次第にブッ込んだら、メチャ旨!!!に仕上がった(^^)v

20230109maboluobo

こんな具合に、年末年始は新たに二種の野菜を食卓に登場させたことにより、「クッキングが趣味」と自称する私の頭の中を、かなり活性化して引き出しを広げることができた。これもまた脳機能の低下予防になろう(笑)。

「美味しければ好い」が自分の主義であるが、同じ品を繰り返し調理するのも変化に乏しい。ときどきは未体験の食材をアレンジしながら、食の幸せを噛み締めたいものである。

2022年9月28日 (水)

子どものケンカ???

少年時代はおとぎ話だと思っていた、スウィフト(1667-1745)の「ガリヴァー旅行記」。成長してから全訳本を読んで、当時の政治家たちをはじめとする国民を、彼が強烈に風刺していたことを知った。しかし、第四篇「フウィヌム国渡航記」に「ヤフー(Yahoo社名の由来の一つでもある)」なる野蛮な類人猿が登場し、敵に排泄物を浴びせ掛ける描写、そしてそれがガリヴァーの故郷・英国の人々に擬せられている記述を読み、あまりにもどぎついその表現に、正直ついていけなかった。

ところが、いまの日本ではしばしば、通行中に排泄物(便、尿、体液)を他の人にぶっ掛けたり投げつけたりして、逮捕される人間の行為が報じられている。この種の事件が日本の各地で発生し、跡を絶たない。寡聞の範囲では、これらの犯人(≒容疑者)はほとんど男性だが、年代は老若さまざま。しかも、その一部は、年輩で地位のある人(たとえば学校の教頭など)なのだ(もちろん、その一部は精神疾患や認知症である可能性を否定できないが)。

どうやら、一部の日本国民は本当に「ヤフー」の水準まで退化してしまったらしい。嘆かわしいことである。

そして、退化とまでいかなくても、「この人たち、本当に大人(おとな)なのか?」と疑わせる事案は、さらに数多く、連日のように報じられている。

直近の例を二つ。

1.総合格闘技団体が主催した大会。招かれたのは米国の超弩級王者(プロボクサー)。ところが日本選手と対戦する前、オークションを落札してプレゼンターになった男性(政治団体の代表)が、なんと花束を王者に渡さず床へ投げ捨て。その理由は、王者が来日して自分や他の選手に対し非礼を働いたからだとのこと。そもそも言語や文化の違いから意思疎通ができていなかった可能性もあり、本当に非礼だったのか疑問。仮に氏の主張通りだとしても、リング上では大王者に対するリスペクトがあって当然。プライバシーを公的な場に持ち込むこと自体が幼稚な所業であろう。

2.某県の某市(県都の政令市)が台風のため甚大な被害。ところが県知事が自衛隊に(給水車などの)支援の派遣要請をしたのはその二日後。実は市長と県知事とは犬猿の仲。理屈から言えば、市長は冷静に事態を整理してから県へ話を通したのだろうし、県知事は市側の現状を見極めてから要請したのだろうけれど、本音は「市が当面対応できれば、慌てて県知事に要請を要求したくない(市長)」「市長が頭を下げてこなければ自分から要請する気になれない(県知事)」だったことがミエミエ。非常時に住民そっちのけで何をやっていたのだろうか。

この二例、プレゼンターや市長・県知事の振る舞いは、まさに「子どものケンカ」としか思えない。

私自身、これらを他山の石として、「あの人、大人気(おとなげ)ないね」と周囲から嗤われないように、日頃の言動に気を付けたいものだ。

2022年2月 9日 (水)

あれから20年

父が80歳で世を去ったのは、2002年2月9日。きょうは帰天20周年に当たる。

そのとき、私は父を看取ることができなかった。

朝、二階で寝ていた私が起きて階下へ行くと、いきなり深刻な顔をした母が私に声を掛けた。父が全身に汗をかいている様子で、母がいくら声を掛けても起きてこないのだ。

父は数か月前から認知症が進んでおり、母の介護負担が増えつつあった。近くの通所介護を見学した後、ひとまず週一回から利用を始め、短期入所生活介護も併せて利用するつもりで予約していたが、身体面では大きな衰えはなく、家の内外を普通に立ち居、移動していた。

しかし、この朝の7日ほど前、父が私と会話していて、たいへん力ない応答をしたことがあった。そのとき私は、「もう生きる気力を無くしてしまったのかなぁ」と直感した。この前兆があったので、当日朝の急変を迎えて、「もしかしたら...」と悟ったことを覚えている。

あいにく、午前中には外せない用事が入っていた。朝食を済ませた後、母の友人が応援に来てくれたので、二人にあとを頼んで、ひとまず出掛けて用を済ませた。

お昼前に帰宅したのだが、すでに父は天に召され、かかりつけ医が来宅してくれて、死亡診断も終わっていた。母の友人に感謝して帰ってもらった後、本人の意思にのっとって急場の「臨終洗礼(帰天直後は有効)」を行い、尊敬していた高山右近と同じ霊名「ジュスト」を追贈して、教会で葬儀を執り行ってもらう運びにした。かかりつけ医の診療所から看護師が来宅して「死後の処置」を済ませてくれた。

そのあと、10日に自宅での通夜、11日に教会での葬儀ミサと、それぞれ百名を超える列席者への応接で、何とも多忙な三日間であったことを、いまでも鮮明に記憶している。自分にとって初めての経験だったが、介護施設に勤務して、過去に類似した体験をしているので、それが役に立ったことは確かだ。

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きょうは、父が好きだった海産物をよく行商に来てくれた「丸一魚店」から何品かテイクアウト。一人でささやかながら20年を記念して、父を偲んでみた。うちが三十数年(昭和の終わりから)買い物をしていたこの魚店も、今月末で閉店するという。時代は移ろうものであろう。

これからは、自分自身の健康管理に努めながら、父の年齢を超えることを目標にして、日々の仕事や家事に勤しみたいと思っている。

2022年1月 9日 (日)

「段階的に撤退」

遅くなりましたが、読者のみなさまに新年のごあいさつを申し上げます。

さて、このエントリーの題名だが、仕事の話ではない。

これまで、お世話になった人や友人などに対し、年賀状に代わる年末年始のごあいさつを、クリスマスカード(ハガキ)の形で出していた。かつて開業したばかりのころ、多いときには100人を超えていたが、次第に絞り込むようになり、いまはひとケタにまで減った。

前回(2020年末~21年始)はクリスマスの直前に、自分の現況プロフィルを添えて、4人の方だけに宛ててごあいさつのハガキを送っている。

今回はクリスマスを越して年明けになっても、どうしようかと迷っていた。インターネットが格段に普及したので、従兄弟姉妹たちへのあいさつもメッセンジャーで済ませているのに加え、この年末は結構多忙だったので、紙媒体による時候のあいさつを作成する作業を、いささか面倒に感じていたところがある。

しかし、実際にはそのうち3人の方から年賀状をいただき(いただかなかった1人の方は、むかしの恩師で高齢者)、こちらからも出さないと先方が心配するかも知れないな、何しろ自分もそろそろ安否確認される年齢に差し掛かっているから...(笑)、と気にするようになった。

20220101smaria

そこで、神の母聖マリアの祝日(1月1日)のミサに参列したときの画像を組み込んで、一応年賀状らしいハガキを作成。ご無沙汰へのお詫びを兼ねて、昨日、4人の方へ宛てて送ったところだ。

約20年の間に、送る相手が100人超→4人となったのは、いわば「段階的撤退」であるが、最終的にゼロになるまでは、慣習として続けていこうか、と思った次第である。やめてしまうのは簡単だから。

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