日記・コラム・つぶやき

2021年2月 9日 (火)

ジュスト高山右近を尊敬していた父

2月9日。父が2002年に80歳で他界してから満19年。もうそんなに経つのかと、在りし日のことを懐かしく想い起こしている。

一昨日、7日は福者ジュスト高山右近(長房・重友/1552?~1615.02.03。画像は教会の祈りのカードに印刷された、三牧樺ず子氏による右近の肖像画)の列福式から、ちょうど4年になる。自分も一か月ぶりに教会へ足を運び、四百年前に日本から追放されてフィリピンで客死(殉教者と認定)した、右近の生きざまを思い起こしながら、ミサに与った。

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実は父の霊名が「ジュスト(ユストとも発音する。もとはラテン語で「正義の人」の意味)」なのである。

父は代々仏教の家の生まれであり、若いころはその宗派の典籍を買っていろいろ読んでいた。50代になってからは新興宗教に転向し、そちらの勉強を熱心にしていた。一つの教えに熱中すると他の宗教を軽蔑する性癖があり、そのいささか偏った宗教観に辟易したこともあったが、父本人の意思である以上、他界したときには希望する宗教のやりかたで葬祭をしてやっても良いと考えていた。

ところが70代の終わりに、そろそろ先のことを決めておかないと思い、父に尋ねたところ、意外な答えだった。

「お前が信じている教会のやりかたでいいよ」

ある意味、宗教遍歴を重ねてきた父が、何がきっかけだったのかわからないが、思いがけずカトリックの考え方に心を寄せていたらしい。

そして、それと前後する時期に父が、「高山右近を尊敬している」と言っていたのだ。

その後、2001年の秋から父の認知症が進行して、母の負担が増大したので、通所介護を利用するようになったが、身体面では大きな疾患も機能低下もなく生活していた。2002年の2月に入ると、たいへん弱気の言葉を吐いたことがあり、生きる力が無くなったのかなぁ、と悲しくなったことはあったが、亡くなる前日までは病気らしい病気も無く過ごしていた。

9日の朝、母が起こしても目を覚まさず、これは危篤状態だとすぐに察知。しかし私はあいにく、すぐにキャンセルできない仕事を抱えていたため、母に後を頼んで出掛け、戻ったときにはすでに息をしていなかった。主治医が診療の合間に駆け付けてくださり、死亡診断。さて、あとはどうするか?

何しろ父は、「教会で葬儀をしてほしい」「高山右近を尊敬する」の二つしか言い遺していないのだから、他に選択の余地はない。霊名「ジュスト」で臨終洗礼を行い、あとで小林神父様(当時の浜松教会主任司祭)に追認していただいた。葬儀ミサも11日、小林師の司式で、無事に終えることができた。

父は欠点の多い人で、とても右近を手本に生きてきたとは言い難いところがあるが、それでも「義の人」右近の生涯の歩みを、何かの本を読んで知ったことで、それを心に刻み、信仰者の模範的な姿として敬慕していたのであろう。

このような父とのつながりがあったために、右近が福者に列せられたことは、私個人としても大きな喜びなのである。

さらに、カトリック教会がいつか右近を聖人の列に加えてくださり、私たちがこれまで以上に彼を崇敬し、その取り次ぎを願うことができるように、祈りを続けたい。

2021年1月 4日 (月)

作る楽しみ

私の調理は「一応合格点」程度の水準なので、もっぱら個人的な趣味程度であるが、ときどき自作して楽しんでいる。

日常、週4回程度はフライパンを使っているものの、冷蔵庫&冷凍庫整理が多い。食材を選んで時間を掛けるのは週1~2回、定休日の夕食が中心だ。普段は連休を取らないので、何日かセットでメニューを組み立てられるのは、年末年始しかない。

通常、主婦(夫)のみなさんはおせち料理を年末に作っておいて、正月は手抜きをする。もともと亡き母はそのパターンだったので、以前、正月用に食材を注文していた中華料理のディナーを何品か、連日がんばって作ってくれたが、加齢に伴って負担が大きくなるに伴い、あまり喜んでいなかった。そこで私がバトンタッチされて年始の料理当番になったのだが、何年もしないうちに母が要介護状態になったので、母には苦労をかけてしまったなぁ、と反省している。

とは言え、一人暮らしになってみると話は別だ。この12月末から1月の年頭に掛けても、例によって「作る楽しみ」を満喫した。

12月27日(日)は、クリスマスに食べられなかったガーリックチキン、大好物の定番である。パスタ(ジェノヴェーゼ)は市販のソースで手抜き。何年か前に一度だけ作ったことがあるが、時間を掛けた割にはイマイチだったので挫折した(笑)。

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12月28日(月)は仕事だったので冷蔵庫&冷凍庫整理&納豆ご飯で済ませる。

12月29日(火)から冬休み。この日はブラジル料理「フェイジョアーダ」に初挑戦! キドニービーンズ(店でははじめ「赤インゲン豆」と聞いて怪訝な顔をされた(^^;)の水煮缶をベースに、玉ねぎと粗挽きソーセージとやや厚切りベーコンを入れて作成。初心者にしてはまずまずの出来だったので、これからもときどき作ってみたい。

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12月30日(水)はお昼過ぎから事務所へ出掛け、帰り路に丸一魚店から刺身のテイクアウト。主食は市販のチャーハンの素だったが、おつまみに味噌田楽を自作。

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12月31日(木)。昨年はなぜか食中りしてしまった(-_-;)ので、そのテツを踏まないようにしっかり火を通して、ミラノ風チキンカツを賞味。主食はトースト。一年の締めのディナー。

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1月1日(金)は神の母聖マリアの祝日である。午前中は教会へ行き、昼食は寿司をテイクアウトした。おせち料理は注文せず、スーパーで栗きんとんとか伊達巻とかワカサギとか黒豆とかをテキトーに購入して、何日かで消費する予定。年末から寒波に襲われたので、夕食はアツアツのマッシュポテトグラタン。毎年一回はどこかでこれを作っているが、じゃがいもをつぶすのと焦げ付いた皿を洗うのとに、結構な時間と労力とがかかるので、来年はどうしようかなと考えているところ。

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1月2日(土)は午前中に事務所へ出掛け、たまっているFAXを整理。夕食は「ニューノーマル」の自粛モードを象徴する一品、「巣籠もり卵」\(^^)/! ベーコンをしっかり並べてたんぱく質も補給。主食はトースト。

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1月3日(日)は自宅の敷地内から一歩も出なかったが、この日に外出しないのはもう何年も前から通例になっている。家でのんびり過ごしたあと、夕食はエビフライを揚げ、ニンジンのシリシリに初挑戦した。油の使い方があまり上手ではないので、揚げ物は買ってきたほうが楽かも...。沖縄料理(シリシリ)のほうはなかなか美味しくできたので、次からは調味料の配合を工夫して、自分流の味を出してみたい。主食はまたトースト。正月から4月上旬にかけては朝が餅食なので、夕食はときどきパン食が続くのだ。

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こんな具合の自作ディナーで年末年始を過ごし、本日から仕事始めである。

読者のみなさん、今年もよろしくお願いします☆

2020年12月31日 (木)

どんなに若く未熟な駆け出しのスタッフに対しても、丁寧な言葉で話しましょう

2020年はコロナ禍に明け暮れた年となったが、私は可能な限り感染予防に心掛けながら、一年を通して、目の前の課題に向き合い、粛々と仕事を続けてきた。

日頃から心掛けているのは、「口先だけの人」にならないこと。「有言実行」が自分の目標である。この一年を振り返ると、気持ちはあっても実践したとは言い難いこともあれば、目指した通りに実践できたこともあった。

その中でも特に実践の完成度が高いと自画自賛しているのは、「タメ口をなるべく使わず、丁寧に話すこと」。

こう言うと、人生の先輩である利用者さん(大部分が高齢者)に対してのことだと思われるかも知れない。しかし、「顧客に対してタメ口をきかず敬語を使う」ことは、言われなくてもできて当然だ(画像の拙著でも節を立てて説いている)。むしろ、できていない人や事業所のほうが恥じ入る話であろう。ここで私が言いたいのはそれではない。

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「丁寧に話すべき」相手は、職場や業界の後輩たちなのだ。

私はケアマネジャーだが、一人親方の自営業であるから、連携を取り合う相手はすべて「他法人の職員」である。中には私から見れば経歴・実績が比較にならないほど経験が浅い、30年以上後輩の職員との間で報告・連絡・相談し合うのはよくあることだ。その際に、相手が応接もたどたどしく、なかなか意図が伝わらなかったとしても、タメ口で押しかぶせるような話し方はしていないつもりである。なぜなら、私自身、20代から30代前半のときには、その相手のレベルだったのだから。

そこで、自分が若く未熟な駆け出しのスタッフだった時期を思い出してほしい。経験を積んでいる業界の先輩たちとの間で報告・連絡・相談を繰り返していて、気持ち良く仕事ができたのはどんな場合だろうか? ほとんどの人にとって、それは相手が丁寧な言葉で応接してくれ、自分や自法人の立場を理解してくれ、対等な立場で尊重してくれた場合ではなかったか?

また、同じ法人の職場内でも言葉遣いは重要だ。しばしば、新人職員は上司や先輩の態度を見て学ぶ。横柄で、高圧的な、マウントを取るような上司や先輩が多ければ、それを学んだ部下や後輩は、次には利用者に対して横柄で、高圧的な、マウントを取る態度を示すようになるのだ。もちろん、他法人の職員を相手にするのと違い、上司や先輩が部下や後輩にタメ口で話すこと自体は、日常的でも差し支えないが、相手に対する敬意を込めて会話することは大事である。

さらに、外国人職員(技能実習生も含む)への影響は大きい。かつて製造業や建設業でも、外国人が安価な労働力として使い捨て状態にされている職場で、彼ら、彼女らが身に着けてしまった日本語の多くは、上司や先輩が吐いた暴言や罵詈雑言なのである。介護業界でも指導する日本人職員の資質次第で、同様なことが起きるであろう。逆に彼ら、彼女らが、洗練された言葉や相手に敬意を払う言葉を多く聞いていれば、それらの言葉をしっかり習得して、日本語の美点を理解してくれるに違いない。

近年、常に話題とされているネット上の誹謗中傷、何の躊躇もなく飛び交っている「人を傷付ける言葉」が、心ある人たちの目には、どれほど醜いものに映っているか。それは「丁寧な言葉」とは対極にある存在である。

逆に、敬意を込めた丁寧な言葉は、受け取る人のみならず、発する人の心も豊かにしてくれるのだ。

言葉は生き物であるから、時代に応じて変わっていくことを、もちろん私は否定しない。しかし、日本語の歴史の中で長きにわたって大切にされてきたものを、私たちは受け継いでいかなければならない。豊富な語彙の随所に見受けられる丁寧語や丁寧な言い回しは、私たちの伝統の中で育まれてきた、掛け替えのない文化の所産なのだから。

寒波に包まれた大晦日、みなさんにその大切さを訴え、理解していただきたく願っている。

暖かい言葉に包まれた2021年を過ごしましょう☆

良いお年をお迎えください!

2020年12月29日 (火)

チャンスを生かして結果を出す

自分が若い時期に比べると、ネットが急速に普及して情報伝達が全く様変わりしてしまった現代、各界の若い人たちの活躍をリアルタイムで見聞きすることができる。起業して最先端の変革に取り組んだり、非営利な公益活動へ自主的に参画したり、スポーツや頭脳競技で一流どころの仲間入りをしたり、各地で活動する青年たちの姿に接すると、日本の次世代への期待は明るいものがある。まだまだ捨てたものじゃないな、と感慨深い。

「早熟」と呼ぶのが適切かどうかわからないが、ビジネスでは仁禮彩香氏(23)のように14歳で教育事業の会社を興して新風を巻き起こしている女性もいる。他方、公益活動では金子陽飛氏(17)のように高校在学中ながら町内会長を担う男性も登場している。もちろん、スタートが若ければ良いわけではないが、若者たちの活躍は同世代の人たちにも刺激になるので、それは大いに歓迎したい。

これらの若者たちに共通するのは、与えられたチャンスを生かそうと努めていることだ(私が若いとき、残念ながらその才能も力量も持ち合わせていなかった(笑))。家庭、経済、教育などの条件が影響して、チャンス一つさえ得られない若者のほうが圧倒的に多いのが残念な現実である(もちろんその中でも、20代後半以降にチャンスをつかんで大成する人はいくらでもいる)から、恵まれた環境にある若者には、それを生かして結果を出してほしいものだ。

過去の例で言えば、野球の斎藤佑樹投手(32)と田中将大投手(32)。2006年の高校野球では、甲子園で死闘を繰り広げた二人である。田中投手は高卒後に楽天入りして、連年輝かしい成績を上げ、2014年からは渡米してヤンキースの中核投手となり、年俸は25億に至る。他方、斎藤投手は大卒後の2010年に日本ハム入りしたが、デビュー前から指摘されていたフォームの改造を先送りにしたところ、初年度から故障の連続を招き成績は低迷が続いたため、年俸は1,250万まで低下した。フォームだけが原因ではないだろうが、チャンスを生かせなかったために結果を出せず、ライバルの200分の1の評価に甘んじている(次年度がラストチャンスかと言われているが...)。

いまの若者はどうだろうか。直接知っているわけではないが、報じられている知名度の高い人たちの中から、何人かの例を挙げてみよう。

山本みずき氏(25)、同じ発音の俳優さんとは別人。2015年に集団的自衛権をめぐる政治抗争が起きた際に、抗議活動を繰り広げた学生団体シールズのあり方に対し、冷静に疑問を投げ掛けて注目された論者である(当時20歳)。ここで論壇デビューのチャンスを与えられたわけだが、その後、慶大の大学院博士課程でおもに英国政治を専攻しつつ、氏は着実に成長、発信を続けている。一方に偏らず現実を踏まえた議論を展開できる数少ない人物だ。いまのメディア露出度は決して高くないが、急ぐ必要はないであろう。いずれ政治学者として大きな実績を上げることが期待されている。

花田優一氏(25)はご存知の通り、両親が名横綱と名アナウンサーであり、メディアに露出すると「鼻持ちならないお坊ちゃん」と見なされがちだ。本職は靴職人だと言っているが、他方で歌や絵画などのタレント活動にも余念がないだけに、本気度を疑わせる向きも多い。受注した靴が納期に間に合わなかったことを理由に、芸能事務所を契約解除されたことも報じられている。しかし2018年に、氏はイタリアの「PITTI IMAGINE UOMO」に靴を出品させてもらい、また将来注目すべき若いクリエイターに贈られるベストデビュタント賞を受賞している。チャンスを与えられたのだ。私自身はオーダー靴の世界とは無縁なので、氏が製作する靴が一定以上の水準なのかはわからない。仕事の評価は氏が作った靴を履く顧客たちや、全国の同業の巨匠たちから下されるべきであろう。本気で靴職人として大成したい思いが強いのであれば、仕事で結果を出してほしいものである。

久保建英選手(19)はサッカーの日本代表(2019-、現在最年少)であり、2017年からFC東京、2019年にスペインへ渡ってレアル‐マドリードに所属した。今年8月からビジャレアルに期限付きで移籍したのだが、ウナイ‐エメリ監督の起用方法が議論になっている。なかなか先発に起用してもらえず、出場しても十分な結果を出せないので、移籍まで取り沙汰されている状況だ。チャンスを生かせない同選手の側に課題があるのか、それとも監督側に起用ミスがあるのか? 小宮良之氏がSportivaで興味深い意見を述べているので、関心のある方は参照されたい。一言で要約すれば、「誰にも文句を言わせない仕事をしろ!」となるが...

藤井聡太棋士(18)こそは、与えられたチャンスをしっかりモノにしていると言えよう。昨年の王将戦では、事実上の挑戦者決定戦まで駒を進めながら、広瀬章人八段に大逆転で敗れて涙を呑み、史上最年少でのタイトル挑戦を逸した。そしてコロナ禍による緊急事態宣言のため、4・5月は愛知県から東京や大阪へ移動できずに対局延期が続き、決勝トーナメントのベスト4まで進出していた棋聖戦の進行が止まってしまった。移動解禁後、日本将棋連盟は棋聖戦の準決勝、決勝(挑戦者決定戦)、挑戦手合五番勝負第一局を、一週間の中に詰め込み、わずかに(それまでの記録より三日早い)最年少挑戦の可能性を与えた。同棋士は見事にその期待に応え、準決勝で佐藤天彦九段(元名人)、決勝で永瀬拓矢王座を連破して挑戦者となり、渡辺明棋聖(現名人)を3勝1敗で降してタイトルを奪取したのだ。続けて木村一基王位にも挑戦して王位を奪取し、史上最年少の二冠王となったことは周知の話。

あくまでも例として掲げたが、この四人に限らず、若者の将来は、大事な節目に集中力を発揮し、継続して努力精進できるかどうか、それ次第で変動する可能性は大きい。多くの若者たちには、ひとたび目の前にチャンスが到来したら、それを逃さずに飛躍して結果を出してほしいと願っている。

2020年10月28日 (水)

「還暦」の節目に思う

きょう10月28日(水)、60歳の誕生日を迎えた。

世間ではこれを「還暦」と称する。本来、「数え年」六十一歳を指す言葉であり、干支が一回りして生まれた年と同じになるため、「暦が還る」ことになるのだ。

振り返ってみれば、結構やりたいことをしてきた半生だったなと感じている。

(1)学生時代までは古代・中世史学の研究者を目指していたが、その力量は不十分だと感じ、「古代史」「中世史」は趣味の世界へと転換した。

(2)途中で方向転換して「老人福祉」の道に進み、挫折することなく、その分野が老人福祉から高齢者福祉、さらに「介護」となっても、そのまま働き続けることができた。

(3)他方で、国際福祉の方面へ進みたかった思いがあり、若いときには不完全燃焼の感があったが、浜松で外国人医療支援に関する組織に参画することによって、ある程度はその分野に携わることができた。

(4)介護支援専門員の資格を取り、間もなく当時稀であった「ケアマネジャー開業」に踏み切った。(2)(3)で開拓したさまざまな人たちとの結び付きが奏効して、自分の仕事も一時期を除き順調に進めることができ、また、地域の介護システムを作っていく作業にも加わり、介護支援専門員の指導的立場にある者の一人として、それなりの立ち位置を獲得することができた。

(5)これらの流れを受けて、全国的にも多くの業界内外の仲間とお付き合いすることができ、講師などの依頼を受けたり、著書を世に出したりすることができた。

以上を総括すると、大して成功した部類には入らないものの、自己実現ができた半生だと言うべきであろう。

一つの節目なので、好きなワインで祝杯を上げている(^^*

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さて、60代。もともと基礎体力が平均以下であった私としては、今後は一層体力面の制約が増えるであろう。本業のほうも関連する事業のほうも、以前からはかなり縮小している。しかし、自分が必要とされる場があれば、これからも出向いて行って活動したいと考えている。

そのためのご提案があれば(内容にもよるが)なるべく前向きに検討したいので、遠慮なくご連絡いただきたい。

2020年10月17日 (土)

手抜き料理

ネットで最近、「冷凍餃子は手抜き料理なのか?」と議論になったらしい。

個人的には、冷凍餃子が手抜き料理だろうがそうでなかろうが、全く構わない。子どもがいる家庭で親が腕を振るいたいのなら別だが、私のような中高年の一人暮らしの場合、餃子を一から自作しなければならない理由は何もない。いや、子どもがいたって、片方の親が専業主婦(夫)か自宅での仕事か、それに近い状態ならばともかく、外で相当時間働いている場合は、帰宅してから作るのはとても疲れるはずだ。結婚生活を経験していない私にも、それはよく理解できる。しっかり時間を掛けて調理するのは休日ぐらいで十分だと思う。数十年前の高度成長期、夫が帰宅すれば妻がしっかり手を掛けて夕食を用意してくれる状況がメジャーだったころとは、時代が全く違う。

私も一から餃子を作ったことはない。母が存命のときに食材をデリバリーしてもらっていたが、そのころにときどき注文した餃子はすでにミンチが作られた状態だったので、小分けにして皮にくるんで焼くだけであった。いまはもっぱら地元「五味八珍」の冷凍餃子を買ってきて、それを焼いて、もやしをゆでて(他の品のこともある)添えるだけの手抜き版(画像)である。

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自分の場合、週二回(水・日曜日)の休日には、食材を下ごしらえして何がしか自作することが多い。週五回の営業日には帰宅が19:30前後になり、それから調理するとなると、むしろ手抜きが当たり前になるため、レトルトのカレーとか市販のパスタソースとか、あまり時間と手間をかけないものを選択する。費用面でも、食材からがんばって作るほうが必ずしも安上がりだとは言えないのだ。

ご飯類は市販の粉末製品を使うのが、日頃の手抜きパターンになっているが、それでも少し工夫して何かを添えるのは楽しい。

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この画像はチャーハンの素を使って混ぜただけだが、別に買ってあったヤングコーンを切らないまま豪快に入れてみたところ、なかなかイケる味になり満足した。

下の画像はチキンライスの素を使い、別に買ってあったコーンを混ぜたもの。ほうれん草をゆでて(一回分には少し多かったかも...)おしたしにして一緒に食べてみたところ、これも好く合っている。

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早い話が、手抜きだろうと何だろうと、「美味しければ良い(笑)」

逆に、「手を抜かない」料理のグレードを求める人は、家族に負担を強いるのではなく、自分自身が作るか、お金を掛けて外食などへ行けば良いのである。家庭の経済状態や、家族それぞれの健康状態(望ましい栄養配分など)を勘案しながら、どんな生活スタイルを送るのか、各自が判断すべきことだろう。ましてや他人の家の台所事情を「○○は手抜きだ」などと論評するのは、大きなお世話だ。

自分の家庭に最も適した食生活は、自分たちで作り上げる。それが最善だと私は考えている。

2020年8月16日 (日)

脱毛と植毛の広告から考えたこと

はじめにお断りしておくが、「毛」をテーマにしたエントリーではない。

真面目な話題であるが、あまり重苦しい内容にしたくないので、自らの卑近な例から論を起こそうと思うのである。

一昨年、GoogleやFacebookで、「脱毛」関連の広告が複数、にわかに登場した。しばらくその状態が続いたのだが、昨秋からこんどは逆に、「植毛」関連の広告が表れ始め、いまだにときどきは「脱毛」が登場するものの、頻度は「植毛」のほうが大幅に増え、ほとんど毎日表示されるようになった。

ご存知の通り、「脱毛」と「植毛」とは、おもに対象とする身体の部位が全く異なる。前者は普段他人に開示しない隠れた部分であるのに対し、後者はほとんど頭髪が対象である。両者に直接的な関連はない。

そこで、広告が増えた原因を推察してみた。

前者で考えられる原因は二つ。一つはFBで親しい人たちに(年齢を省みず(^^;)「婚活するぞ!」とぶち上げて、(中高年男性なのに...)美容系の商品に関心があると推測されたらしいこと。もう一つは、@Niftyの検索で一回「VAIO」と打つところを間違えて「VIO(笑)」と打ってしまい、候補に出てきたサイトを興味本位でのぞいてみたら、関心があると誤解されてしまったらしいこと。

後者の主たる原因は、時期から考えると明らかだ。埼玉県在住のこの方と初めて会い、それを節目に氏とFB上でのやりとりが増えたことから、「増毛」に関心があると把握されたらしい。自分自身の頭髪もかなり寂しくなってきたが、直近の画像はほとんどアップしていないので、やはり上記の方とのお付き合いが直接的な原因だと推測している。

ここで、私の関心が「推測された」「誤解された」「把握された」のは、「誰によって」なのか?

言うまでもなく、広告を流したい人たち(スポンサーになった広告主から宣伝料をもらい、ブラウザやSNSや「まとめサイト」を無料で運営している人たち)である。閲覧者の興味や関心をAIで分析し、その結果を活用して閲覧者に見てもらえそうな広告を選択して送り、その関連商品を購入したくなるように誘導する。インターネット黎明期には技術的に困難だったやりかたが、いまはごく一般的な手法として活用されている。

つまり、「相手(相手側の集団)はどんな人(集まり)か?」について、開示された情報から理解した上で、自分(自組織)が相手に提示したい情報を送り付けることが可能になっているわけだ。

さて、本題。

昨日(8月15日)は終戦75年。第二次世界大戦で命を落とした(日本国民のみならず、世界中の)人たちの安息を祈りつつ、戦争について考えてみた。

いま、世界の各地で、国境線や国内派閥間の紛争などの「熱い戦争」が起きている。かつての大戦と規模こそ違え、銃撃や爆撃で命を落とす人が後を絶たない。

しかし、いまやこの種の「戦い」は、戦争の規模が大きくなるほど、「限定的な手段」になりつつあるのだ。

たとえば、私が日本を敵視するA国の独裁的な指導者だとしよう。もし日本へ侵略戦争を仕掛けて勝ち、日本国民を隷属化、そこまでいかないまでも、強い影響下に置こうとしたら、どうするか?

いきなり日本へ攻め込むことはしない。日本側の内部を分裂させ、国力を弱めることや、日本を外交的に孤立させ、味方して戦ってくれる国を無くす、または最小限まで減らすことに力を入れる。そして、短期決戦で十分に勝てると見込んだ時点で、日本に宣戦する。

その内部分裂や外交的孤立の手法は、先に述べた広告と同じやりかたを何万、何億と積み重ねたものだ。すなわち、AIを活用し、ICT技術を駆使して、日本の政治指導者・政党、経済面の重要人物、社会的なキーパーソンなどの関心の向かう先を迅速に把握し、先回りして罠を仕掛ける。日本国民の動向を誤った選択に導き、世論を攪乱させる。「生活に便利だから、A国に(政治的にはともかく、経済的には)従属してもしかたがない」と考える日本国民を増やす。加えて、適時に日本の自衛隊などの軍事的核心部分の機器にサイバー攻撃を加えて使用できなくするなど、遠隔地からじわじわと日本の「首を絞めて」いく。なので、実際にA国軍が日本に侵入して銃撃や爆撃を加えてくる時期には、すでに戦争は終わっているかも知れない。

もちろん、このような対敵事前工作は、古代から常套手段として展開されていたが、ICTの発達により、全く規模が異なるレベルにまで様変わりしてしまった。いまや国と国との「戦争」の9割は、この事前工作であると言って良い。いずれ、政権担当者をAI一つで殺害することができる水準にまで達するだろう。「敵基地攻撃能力は専守防衛の範囲外だ」などと寝言を言っている時代ではないのである。実際に攻撃しないにしても、それが可能な程度の能力を持たなければ、国を守れないのだ。

先の大戦の悲惨な経験をもとに、「平和」を訴える人たちの声は尊い。だからこそ私たちは、「二度と繰り返さない」ために、現代の「戦争」がいかなるものなのか、正しく理解しなければならない。国民のみなさんには、75年前のカビの生えた「戦争」の知識にしがみつかずに、頭の中をアップデートしていただきたいと願っている。

2020年8月 2日 (日)

飲食店がんばれ!

このところ、「新しい生活様式」を実践していることもあり、外食の回数がかなり減った。テイクアウトやワインの家飲みは相変わらずなのだが、お昼をインスタントラーメン(定休日)やお惣菜パン(営業日)で済ませることが増えたので、飲食に掛ける費用は少し節約できた。その反面、外で食べる楽しみが減り、何となく欲求不満のようなものを感じていた。

さて、私は営業日に浜松市北区方面へ行くことは珍しいのだが、一昨日の昼食では久しぶりに、以前何度か食べに行ったことがある「ステーキのあさくま・三方原店」まで足を延ばした。店舗に関係のある知人から、期間限定の割引クーポンをいただいたので、プチ贅沢をと思い立ったのだ。

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13時過ぎに入る。幹線沿いなので、普段は平日のこの時間でも結構客が多く、賑わうのだが、新型コロナの影響で県外ナンバーの車が大幅に減ったこともあり、店内はかなり空(す)いていた。

夏のランチは胃腸に負荷をかけないように気を付けているので、比較的軽めのプレーン‐チキンを注文。

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ご飯と野菜類はサラダバーへ取りに行く。感染対策として、客ごとにトングが配付され共用はせず、マスク・手袋を着けてから(客が多い時間帯には店員が案内するとのこと)好きなものを取り分けて選ぶ。トング画像の左側はトマト‐ガーリックご飯。以前は白飯以外に雑穀米があったが、いまは変更したようだ。

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ドリンクバーも同様。手袋着用は表示されていなかったが、ジュース類の機械の横にアルコール液が備えてあった。ボタン(不特定多数の人が触れる場所)を押した後、飲み物が出ている間に手指を消毒するのに具合が良い。

仕事も過密ではない日だったので、ゆったりと食事を楽しむことができた。

飲食店に逆風が吹いているいま、過剰な自粛が経済を破滅させると警鐘を鳴らす論者も多い。実際、大部分の店では厳しい予算の中から捻出して、可能な範囲の感染予防策を採っている。問題はむしろ、自分が「万一」潜伏期間や無症状であるかも知れない可能性を認識せず、「感染源制御」のためのマスクも着用しなかったり、むやみに人の口に入るものに触れたり、近い距離でしゃべりまくったりする客の側にあるのではないか。

一部にいい加減な飲食店はあるだろうし、そこがクラスターになる危険性は多く潜んでいるから、公的機関や業界団体等による指導が必要なことは言うまでもない。しかし、しっかり対策を採っていたはずの飲食店からもクラスターが発生している。サービスを提供する側に100%を求めてしまうと、どの業界でも仕事は何も進まないのだ。サービスの受益者側も、「客」としての倫理に沿った行動を心掛けなければならないだろう。

「自粛」とは本来、「自ら」適切な対策(うつさない・うつされない)を十分に講じた上で、「粛々」と社会活動を続けることだと、私は考えている。行き過ぎた自粛軽視・経済偏重の論調(たとえば堀江貴文氏のツイートなど)には賛成できない点も多いが、他方、長い歴史の中でウイルスと共存してきた人間が、新型コロナのために人間らしい生活ができなくなってしまうとしたら、望ましいことではない。それぞれの業界で注目されている取り組み(たとえば松本幸四郎氏らの八月花形歌舞伎など)のように、工夫次第で可能なことはいくらでもあるのだから。

「食」の楽しみに潤いを与え続けてもらうために、「飲食店がんばれ!」とエールを送り続けたい。

2020年7月26日 (日)

片付け下手の断捨離(7)-かつて趣味だったボウリング

家の中を整理していて、いつも「これ、どうするかなあ...」と思いながら、スルーしてしまっていたものがある。

20代後半から30代前半にかけて趣味にしていた、ボウリングのボウルと靴だ。まだ宮仕えだった時代、かれこれ7~8年程度、休みの日を中心に、ときどき通ってヘタクソながら練習していた。初心者向けの試合や業界仲間の試合に出たことは3~4回あったと記憶しているが、ついに上達しないままであった。

その後、30代半ばで第五腰椎分離症が悪化し、プレーが困難になったので、ずっと行かないままになっていた。最近は右手親指の関節疾患があり、ほぼ再開不可能な状態なので、道具も処分しなければと思いつつ、「お金もかかるし面倒だなあ」と先送りにしていたのだ。

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ところが先日、私がいつも通っていたボウリング場の経営者の方から、ちょっと相談したいことがあるとの連絡が入ったので、渡りに船とばかり、ボウルと靴を持参して出向いてきた。

この経営者さんと最後に会ったのは実に17年前。それも亡き母と一緒に広島へ旅行したとき、偶然にもホテルで案内されたディナーの席の隣に、この方が公務員の息子さんと二人で食事していたのだ。そのときは私が開業して間もない時期でもあったので、それに関する主題が中心だったが、席をまたいでの話に花を咲かせた。

いま、この方は70代後半。年月が経過しても、あまり加齢の影響を感じさせない強健ぶりだ。もともと浜松の方ではないが、いまは当地関連業界の長老級であり、すっかり地元に根を張っている。後継者の娘さん(経営者さんが二代目なので、娘さんは三代目になる)が会社の実務を仕切っており、引退後の将来的な不安も少ない様子。

久しぶりにお会いしたことでもあり、一時間ばかりゆっくり語ることができた。先方の相談内容が私の専門分野に関連する内容だったため、ボウルと靴の処分料は「相談料」と相殺に(^^)v おかげで節約もできた。

これから、他のさまざまな物品の断捨離も進めていくことになるが、それらの作業を通して、旧知の人や異業種の人たちとも、新たな接点ができていくのかも知れない。

2020年7月15日 (水)

巣ごもり時期のクッキング

私は調理が得意というほどではない。まあ全くの初心者ではないけれども、ベテランの主婦・主夫の方々からは、かなり水を空けられるレベルだ。

作る料理の多くは炒め物で、ときどき焼き物(蒸し焼きが多い)か煮物。もっぱら中華風や洋風なので、サラダや和風の料理はめったに作らない。細部の手順(調味料を入れるなど)を忘れないように、念のためレシピを参照しながらの作業がほとんどだ。一応できるのは三十品目程度。

他にあまり趣味も多くはない。歴史関連の調べ物をするにしても、新型コロナウイルスの影響で「不要不急の外出」を控えることになってしまったので、この半年ぐらいは、旅行も図書館での資料閲覧もしていない。G.ヴェルディやR.ワーグナーのBDやDVD鑑賞はしているが、これまたイベントが中止になっているので劇場まで行く機会もない。そのため、クッキングが一つの大きな楽しみになる。

とは言え、新たにチャレンジした品目はそれほど多くない。2月以降の「新作」は以下の三つぐらいだ。

20200223youlinji

油淋鶏。地元の勉強会に参加したメンバーの間で、唐揚げが話題になっていたので、自分でも作ってみるかと思い、小さめの揚げ鍋を買ってきて試してみたもの。香味ソースにもう少し酢を多めに加えたほうが美味しかったかも知れない。

20200531mabonasu

麻婆茄子。食材のナスがやや大きめだったので、大味になったが、初回にしてはまずまずの出来で、豆板醤もちょうど好い加減であった。次回からは甘味噌+ごま油ではなく、甜麺醤を使うつもりだ。

20200510sugomori

巣ごもり卵。まさにこの時期の趣旨に合った(?)食べ物! コンソメ味仕立てで、ちょうど自分の味覚にマッチしている。一回目はキャベツとニンジンの切り方が大き過ぎたので、二回目はなるべく細切り、薄切りにした。

ま、こんな具合だ。一人暮らしなので自己満足かも知れないが、フツーに食べられればそれで善し、と感じている。今後は、従妹が編集した血糖コントロールや筋活レシピの本なども参照して、栄養分の配分にも気を付けながら調理したい。

今年の後半期には、時間があれば菓子作りにもチャレンジしてみようかな? とも思っている。

(追記:一品または二品料理を毎日作っているのではなく、平均して週に4回程度で、あとの日はレトルトや冷凍など出来合いの食べ物で済ませている(^^; 念のため)

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