経済・政治・国際

2017年9月15日 (金)

「敵」だからこそ必要な窓口

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)危機が、深刻さを増している。

米国は北朝鮮の挑発的行動に強い制裁を加える態度で臨み、日本もこれに同調している。これに対して、北朝鮮側は一層反発して、ミサイルや核兵器の開発をさらに推進している。

多くの日本国民から見れば、北朝鮮の核兵器・ミサイル開発は一方的な暴挙である。しかし立場を入れ替えれば、米国や韓国と休戦状態-いまだ戦争中-である同国に取って「当然の自衛措置」以外の何物でもないことも、また現実である。同国からはリビア(2011年、旧ガッザーフィ政権破滅)の例が引き合いに出されるが、むしろ私はウクライナ(2014年、クリミア半島喪失)の例のほうが北朝鮮指導部の核兵器開発への意思を加速させたと考えている。

ウクライナが旧ソ連から継承した核兵器を放棄してロシアへ移管した際に、ロシアに加え米国・英国が参加してウクライナの領土保全を約したにもかかわらず、親ロシア派による一方的な住民投票の形で、クリミア半島をロシアに奪われているのだ。もしウクライナが核兵器を保有していたら、展開は異なっていたとの思いは、北朝鮮指導部のみならず、世界の多くの人に共通するものであろう。したがって、米国側が「北朝鮮が核兵器を放棄すれば政権存続を保障する」との言明をしたとしても、北朝鮮側からは信用できないのは自明の理なのだ。

私は読者がご存知のように、防衛力強化論者である。明確な形でなくても、日本を事実上の敵国と見なして恫喝を続ける国に対しては、同盟国と連携しつつ、自らも着々と防衛能力を強化して、相手国から攻撃されにくい状況を作ることが必要だとの考えである。

しかし、それは「対話の窓口を閉ざしても良い」ことと同じではない。むしろ逆だ。味方ならば窓口はいくらでも作れる。「敵」だからこそ、対話の窓口をどこかに開いておくことが必要なのだ。特に北朝鮮危機は米国・韓国と防衛上の歩調を合わせることが求められるが、その中でも、日本として独自外交を展開できるための仕掛けはしておかなければならない。そうしないと、全面的な同盟国との一蓮托生になりかねない。

独自外交の余地を残しておくことは、決して同盟国に対する裏切りではない。むしろ状況によっては、同盟を補強する役割を発揮することもある。偶発的な事態が起こっても相手国側の真意を確認する術がなければ、かえって深刻な状況を招く恐れもあるのだから、パイプを残しておくことは必須であろう。

現在の政府与党が北朝鮮との間にどの程度の広さの窓口を持っているのか、判然としない。おそらく何らかのパイプはつながっていると推測されるが、自民党内の右派勢力が強くなれば、パイプは細く頼りなくなるかも知れない。

東京新聞の望月衣塑子記者が政府の記者会見の場で、「北朝鮮の要求に応えるような働きかけを米国・韓国に対してやっているか?」と質問したことは、右派(特にネット民)から一斉攻撃されているようだが、政権与党が独自外交をする用意があるのかを質す意味では、鋭い視点だったと思う(ただし、同記者は被選議員でもないのに私見・憶測を述べて記者の本分を逸脱したり、限られた質問時間を独占したりと、他の問題があるので、基本的に氏のスタンスを私は支持しない)。菅官房長官は「北朝鮮に聞いてくれ」とはぐらかしたようだが...

この後、アントニオ猪木議員が訪朝して、北朝鮮の複数の幹部と対談したことは、対話するパイプを維持しておくためには大きな意味のあることだ。少なくとも北朝鮮側からは、日本側に対し窓口を開いていることを示したことになる。猪木氏が構想している議員団の訪朝が果たして現実的なのかは何とも言えないが、氏の見解「日本側が窓口を閉ざしているのでは」は正鵠を射た指摘である。猪木氏を北朝鮮の傀儡だと非難する見解は、全くの的外れであろう。

その窓口を北朝鮮側が有利に使おうとしたら、日本側は毅然として自国の主張をコンフロントすれば良い。国内の「親北勢力」に配慮する必要はない。テーブルに示した相互の主張が本当に折り合えない内容であったら、平行線をたどるのはやむを得ないが、テーブルそのものを壊してしまってはいけない。

今回の危機は、総理をはじめ閣僚、関係議員、官僚の人たちも難所だとは思うが、何と言っても全国民の生命がかかっているのである。高度な政治的判断を誤らず、主権国家日本に取って最善の道を賢明に選択してほしいと願う。

2017年9月 4日 (月)

講師の品格

身の周りのことで何かと多用であるとは言え、ありがたいことに、ときどき県内外からお声掛けいただき、企画や研修の講師として出向くことがある。マイナーな講師であっても、業界でのつながりは大切にしたいので、極力お受けすることにしている。

そのとき大切にしているのは、その出講のテーマ、そして内容が自分自身の倫理観に照らして正しいのか? ということだ。

だいぶ前のことだが、信頼筋からこんな話を聞いたことがある。

ある自治体が介護支援専門員を対象とした研修会を開催したところ、その講師が「介護支援専門員不要論」を軸に、介護支援専門員の問題点を突っつくのに終始したというのだ。他のところで確認した情報も勘案すると、大枠はその通りだっただろうと推測する。

その講師が「介護支援専門員不要論」を唱えていたのは以前から知っていたが、実際にそれを介護支援専門員対象の講演の中でぶち上げたことには、たいへん不快感を覚えた。確かに私よりはるかに知名度の高い人ではあったが、実体は単なる独善的な人間だったのではないのかと感じる。

これは、前回のエントリー、「真に介護業界の将来を憂えている論者と、独善的な動機から介護業界を貶めているに過ぎない論者とを、自分の頭で見分けるためには、どこに着目すれば良いか?」の内容(本文のほうがタイトルより短くなってしまった...)にも関連する話だ。

たとえば、私は浜松で在住外国人支援の実績を持っているので、もしどこかの団体から、介護分野における外国人の活用について話してほしいと頼まれたら、日程調整さえ可能であれば喜んで出向きたいと思う。ただし、それはあくまでも永住者や定住者の介護業界就労支援であるとか、留学生の資格取得→就労支援であるとか、効果が薄いとは言えEPAに基づき専門職を目指す人たちの支援であるとか、すなわち正規の労働者としての在住外国人支援に係る分野の話である。

もし、研修生・技能実習生を受け入れたい事業者を対象とした話をしてほしいと頼まれたら、いかに高額な報酬を提示されても、私はお断りする。なぜなら、私自身はこの制度の運用がその趣旨に乖離し、安価な労働力獲得の隠れ蓑になってしまったために、長年にわたって数々の人権侵害を招いてきたと理解しているので、制度そのものの廃止を主張しているからだ。自分が不要だと考えることを業とする人たちの集団から講演料をもらうのは、恥ずべき行為である。それが、人間として当然持つべき倫理観ではないだろうか。

したがって、自分が否定的に捉えることを説いてお金をもらうとしたら、それは「聴講者にはこうなって(こうあって)ほしくない」との主張になる。

去る8月22日、ケアマネットしまだ(島田市の介護支援専門員連絡組織)からのご依頼により、「ケアマネジャーの接遇」をテーマに講義を行った。途中のグループワークでは、何人かに「自分がモノを買うときに、売る側から応接されて不快だった経験」を語ってもらい、自分たちが利用者に対して同じことをしてしまっていないか、互いに分かち合い、振り返ってもらった。

特に、講義の中で何度も強調したのは、利用者にタメ口をきかないことである。「もし、利用者にタメ口をききたいケアマネジャーさんがいたら、自分のところの理事長にも医師にも、これからは同じようにタメ口で話して、それでうまくいくかやってみたらどうですか?」。つまり、業界の悪習とも言うべき「顧客にはタメ口、上司には敬語」などという非常識は、もはや社会では通用しないことを伝えたのだ。

これは、私自身が「悪習の排除」を実践していなければ、何の説得力もない。自分が否定的に捉えるものには、自分自身が手を染めない。日頃からその覚悟が必要である。

裏を返せば、講師を打診する側の団体が、依頼する際に講師の日常の振る舞いにツッコミを入れてみると、ニセモノ(独善・偽善)のメッキがはがれることもあるので、面白いかも知れない。もっとも、依頼する団体側からすると、事前交渉の段階で相手にこまごま問い質すのは失礼だとの認識もあるので、特別なことでも起こらない限り、たいていは確認不十分のまま依頼してしまうのだが...

いずれにせよ、私自身はそのようなニセモノとは明瞭な一線を画したいと考えている。それが自分の矜持でもあり、自分が講師を受任する際の基本指針でもある。

「講師の品格」とは、このようなものであろう。

2017年6月18日 (日)

情報を取得するときの心得

既存メディアの功罪についての議論が絶えない。政治、経済、そして社会問題、国際情勢など。さまざまな分野に関して、新聞では全国紙や地方紙、TVでは公共放送や民間放送が、情報の普及に果たしてきた功績は計り知れない。他方で、メディアの「害悪」もまた小さくなかったことは現実である。

大新聞はとかく「偏向」を指摘されてきた。確かに紙媒体の新聞を読む限りは、主要な記事や論説のうち、かなりの割合のものが偏りを免れない状況であろう。しかし、インターネットが普及した現代では、大手メディアが必ずしも「偏向」していられないのが現実のようだ。

実際、右派・保守派から「パヨク」扱いされがちな朝日新聞が、提携するハフポスト日本版では、右派側の見解もそのまま掲載しているし、逆に左派・人権派から「ネトウヨ」扱いされがちな産経新聞も、オピニオンサイト「iRONNA」のコーナーでは、左派側の見解もそのまま掲載している。もちろん、両紙とも、自社側の論調をより強く印象付けるための仕掛けを、それなりに工夫しているらしいことが看取されるが。

また、このほかに、どう考えても論調がおかしい(一貫していない、判断根拠が理解し難い、etc.)全国紙や地方紙が存在することも確かである。

TVでは、一部にどう見ても偏向としか言えない番組はあるものの、問題の多くは局側の「視聴率を取りたいビジネスライクの姿勢」にあり、過剰な取材を始め、視聴者の興味本位に迎合した番組本位の稚拙な編集が、正確性や中立性を歪める原因を作っているので、視聴者から愛想を尽かされている面が強い。裏を返せば、質の高い編集がなされている番組には、視るに値するものも少なくないのだが、大勢を占めるには至っていない。

このような実態を踏まえ、最近はおもに若い人たちが、あまり新聞やTVに依存せず、ネットから直接情報を取得しようとするのは、時代の趨勢である。

さて、私たちがネットを主たる媒体として情報を取得するときに、心がけたいことがある。

それは、情報の「選び方」なのだ。

Jouhou

私がいつも強調しているのは、「私たちは無意識のうちに、自分にとって快い情報だけを取り込んでいる」ことである。人が情報を取得し、選択しようとするとき、大なり小なり、この図に示したような心理的動機が働く。いくら自分が公平な眼で、中立的な立ち位置で世の中を眺めようとしても、神ならぬ身であれば、100%それを貫徹するのは不可能と言えよう。

しかし、それを完璧に近づけるために努力することはできる。そのためには、

(1)「自分が日頃から尊敬、共感している人(組織)が、ある場面ではおかしなこと、間違ったことを言っていないか」

(2)「自分が日頃から嫌悪、批判している人(組織)が、ある場面では正論を言っていないか」

これらを常に意識して情報を「選ぶ」ことが必要になる。

拙著『これでいいのか? 日本の介護』第七章では、日本人特有の思考形態・行動様式について述べたが、その中で特に大きく取り上げたのが「二分割思考」である。「白」と「黒」、「善」と「悪」、「正」と「邪」、「純」と「不純」などが、その代表的なものだ。この「二分割思考」が「排除の論理」につながり、また私たちの正常な情報分析を妨げることは、前掲書中に述べているので、機会のある方はお読みいただきたい。

この「二分割思考」の壁を打ち破るために、上述した(1)と(2)とを常に意識することは、とても大切だ。考え方が両極端に走るのを防ぐことにより、ものごとの真実を見抜く力を養うことにつながるからである。

私たち市民がこのような努力をして、自分の頭で情報を選び、ネットでの極論や誹謗中傷に対して安易な賛同をしない姿勢、反対側の立場の見解を頭から否定しない姿勢を保っていけば、それは日本国民の民度を向上させ、成熟した市民社会の実現を近付けることになる。

上の(1)と(2)。一人でも多くの人たちに、ぜひ実践していただきたい。

2017年6月 4日 (日)

国益を損ねているのは誰なのか?

先日、日韓両チームによるサッカーの試合後、韓国チーム側に主たる原因があると判断される暴力騒ぎがあり、ネット上を賑わしていたようだ。

ただ、これに関連するブログやSNSの記事やコメントを見て、思うことがある。

よく聞く話だが、日本人Aさん、あるいはAさんの所属する集団(国を代表する機関は除く)が、Bという国で、明らかに日本人だとの理由から、理不尽な、あるいは暴力的な、あるいは差別的な仕打ちを受けたとしよう。

Aさんは怒って日本に帰り、「B国でとんでもない仕打ちを受けたよ」と、自分のブログやSNSにその経緯を掲載した。

それを読んだ多くの人たちが、「B国」を「国」として批判するのにとどまらず、「B国人は悪いヤツらだ!」「日本に居るB国人は帰れ!」と、「人」や「民族」への攻撃を続々と書き込んだ。これもよくある話だ。そのため、日本に在住する善良なB国人までが、精神的苦痛を味わうことになった。

つまり、日本国内で「B国人」に対するヘイトスピーチが広がったわけだから、結果的には日本国の「失点」となり、国際的な日本の評価を下げることになるのである。

では、私がAさんだったらどうするか?

まず、事案が発生した直後に、B国の地方行政機関などの当局に(現地語がわからなければ、日本語と英語だけでも)経緯を伝え、自分(集団)が「日本人であることが原因で」不当な扱いを受け、精神的苦痛を味わったことを明確に示し、対処を要求する。

自分の滞在中に、納得のいく結果(改善、謝罪等)が得られなかった場合は、帰国後に改めて先方国の大使館に経緯を説明し、同様な要求をする。一定期間が経過しても、誠意ある対応をしてくれないようであれば、自分と考え方の近いロビイスト等の活動家に書簡やメールを送り、国際機関への報告を依頼する。

同様な事案が積み重なるようであれば、B国が「日本人(集団)排斥」への規制に消極的だということになるから、それはB国側の失点となり、B国の国際的評価を下げることになる。もちろん、そうなる前にB国が適切な対応を見せてくれるのが、お互いのためにも望ましい。いずれにせよ、この場合は日本への国際的評価に直接の影響はない。

ところが、往々にして日本人はこのような行動を採らず、先に掲げたAさんのような行動を択んでしまう。そのため、「B国人」を罵り、貶めるコメントがネット上に横行してしまうことが少なくない。

したがって、結果から見る限り、日本の国益を損ねているのは、B国の人たちではなく、日本のヘイトスピーカーたちなのである。

東アジアの場合、たとえば西欧などと比較すると、歴史的な経過も複雑であるため、事情が異なる面も確かにあろう。また、日本のロビイスト等の活動家には、特定の国の人たちに対し行き過ぎた配慮をしている感のある左派・人権派の人たちが、たいへん多いのも現実であろう。それを理由に、右派・保守派の中には、私のやり方に首肯できない人たちも相当数いるものと推測される。

しかし、国際標準で判断する限り、上に述べた通りなのだ。対立する相手側が熱くなったからと言って、自分の側が熱くなるのは愚策である。B国の政治家や教育者が国としての日本をどう見なしていようが、B国内で日本人(集団)を排斥するのが間違った行為であることを、冷静に主張し、改善を求めていくことが大切である。日本に居るB国人が居心地の悪い思いをしたくないのと同様、B国に居る日本人も、居心地の悪い思いをしたくないのだから。

相手側への反感からネガティヴなヘイトスピーチに走れば、自分自身の心も貧弱になる。国同士の関係がどうあれ、私たちは異なる民族や国籍を持つ人たちと理解し合い、豊かな心で、建設的な国際交流を目指そうではないか。

2017年5月 9日 (火)

予見されていた労働市場の流動化

最近、介護業界で働く人たちの入れ替わりが著しい。と言っても、これは介護業界に限ったことではない。

規制緩和の推進を受けて人材派遣業が急速に成長したことにより、終身雇用制はいまや過去のものとなり、労働力の流動化がいよいよ顕著になってきた。政策としてこの流れを意識的に推進したのが、2001~06年の小泉内閣であり、現在の安倍内閣もその方針を継承していることは、みなさんご存知のことと思う。

しかし、すでに四半世紀も前の1992年に、この現状を予見していた方がある。

門奈邦雄さん。私より13歳年上であり、旧国鉄労組の相談員として長く活躍されていた。また、かつて「へるすの会(=外国人労働者と共に生きる会・浜松)」の中心メンバーであり、私もこの団体を通して門奈さんに一方ならぬご指導をいただいた。その後、地域労組である「遠州労働者連帯ユニオン」の事務局長をされていたが、いまは役員を退かれ、労働相談の第一線からは引退されている。他方で門奈さんは、袴田事件の(推定)冤罪被害者・袴田巌さんの支援など、広く人権を守る立場での活動に携わっておられる。昨秋の私の開業15周年記念のつどいにも、駆け付けてくださった。

元をたどれば、1990年の出入国管理法改正により、多くの日系人労働者がバブル期の日本へ出稼ぎに到来したあと、アジアから入国した超過(不法)滞在の人たちを中心に、外国人労働者が企業のいわば「雇用の調節弁」として扱われるようになった。人材派遣業者(当時は単純労働の派遣はすべて違法)の介在により、不当解雇、給料未払い、労災への未対応、健康管理の放置など、外国人の人権をないがしろにする事案が各地で発生し、社会問題となった。

そのような時期、派遣業者の暗躍が話題になった際に、門奈さんが私たちに語ってくださった一言を、いまも鮮明に記憶している。

「いま外国人労働者の身に起こっていることが、将来は日本人労働者の身に起こるようになるよ」

まさに先見の明! いまの日本社会は、この言葉通りになっているではないか! 派遣の自由化、派遣会社の乱立により、労働市場が流動化どころか、混乱をきわめている。本来、派遣労働者に保障されていくべき、雇用の安定、均等待遇、キャリアアップなどが置き去りにされ、格差の拡大や貧困の再生産が、じわじわと私たちの社会の健全さを蝕んでいる。

門奈さんが25年前に、すでにこの日本社会の近未来を見通していたことには、改めて深く敬意を表させていただきたい。

ここからは私の感想である。

現政権の防衛・外交政策については、(一部に疑義があるものの)私は大枠で支持している。しかし、社会保障や労働政策については、全く逆である。一言で表現すれば、これほど「『人』に優しくない政策」をなぜ続けるのか? という憤りが収まらない。

介護に関してもしかり。介護職員の処遇改善は雀の涙であるのに対して、ハコモノである介護施設の建設には、大きな投資をしようとしている。これが経済の活性化を導く介護離職防止には結びつかない政策であることは、すでに述べた通りだ。

むろん、政策サイドと密着して自分(自社)の利益を追求する、恥知らずのレントシーカー(利権あさり)に相当する財界人の横行は、目に余る状態である。しかし、それがすべての原因であるわけでもない。

最大の原因は、将来を見越したグランド‐デザインの欠如であろう。拙著『これでいいのか? 日本の介護』では自治体のグラント‐デザインについて述べたが、国全体としても、これから国家・国民がどのような方向へ進むべきなのか、その大きな未来図を描いて、そこへ向かって一歩一歩着実に歩みを進めていくことが求められる。

そのためには、政治学、経済学、さらに社会学といった政策科学に裏打ちされた、計画性、実効性のある施策が打ち出されなければならない。門奈さんのように四半世紀先のありさまを見通せる人物は、政策推進者の近くにも決して乏しくないはずだ。介護についても、私が存じ上げている学識経験者や実践者のうち何人かの方は、そのような慧眼を持っておられる。しかし、残念ながら、これらの方々のご意見を、中央省庁が本気で取り上げて、政策に反映させようとする姿勢は、一国民の立場で見る限りでは感じられない。

それどころか、これらの方々とは似て非なる経済学者などが、レントシーカーになり下がって政策に容喙しているのが現実なのだから、目を覆う惨状だ。

このままの状況が続けば、国民の活力の低下に歯止めがかからなくなることに、私は心から憂慮するものである。

2017年3月30日 (木)

自治体附属機関等の委員会に出席して(1)

この3月末で、浜松市介護支援専門員連絡協議会の会長職を退任することとなった。

はじめは、状況がよく呑み込めないまま、1999年に市当局から「浜松市介護支援専門員代表者委員会」の委員として招集され、翌2000年に連絡協議会が発足したときに副会長、2009年から会長と、役員を通算18年間の長きにわたって務めたことになる。折しもこの1月末から母の介護で多忙になった直後であり、降板にはちょうど良い時期であったと思う。

また、6月には(特活)静岡県介護支援専門員協会の役員改選が予定されており、今期を限りに同会の副会長職を退任する。浜松市の役を兼ねながら、こちらも8年間務めることができた。

両職とも、在任中に数多くの方々からご協力、ご支援をいただいた。退任にあたり、心からお礼を申し上げたい。

さて、これらの役職にあることによる「充て職」ではあるが、浜松市や静岡県の介護支援専門員を代表して、いくつかの自治体附属機関等の委員会に列席することができた。市や県の直営であるもの、業界団体や職能団体等に委託されているものの違いはあるが、いずれも公的な会議との位置付けである。

それらの会議に出席しての感想を、4回に分けて述べてみたいと思う。

まず一回目は、お金の話である。

市や県の委員会は、行政施策やそれに基づく事業を適正に遂行するために、有識者や業界関係者が事業の具体的な内容について協議し、妥当性を判断して意見を述べるものだ。したがって、本来ならば、各々の事業にはどの財源からいくらの予算が使われるのか、各委員が理解した上で、協議に入らなければならない。

ところが、このお金の流れが意外と見えてこない。

事業に関する予算や決算の類は、当局から一応示されるものの、それが厚生労働省の示す構図のどの部分に相当し、どれだけの規模の会計になっているのか、書類を見ただけではすぐ理解できない。身近な自治体に事業の実施主体を落としてからの現実はどうなのか、読み取るのが難しい。

たとえば、市の医療及び介護連携連絡会であれば、地域支援事業の予算があり、その中の包括的支援事業の予算があって、そこから医療・介護連携にどの程度の金額が割かれるのか、との提示があったところで、はじめて、どのような規模の事業が可能なのか、もし必要なお金がそれでは足りないのであれば、他の一般財源等から別途上乗せしてもらわなければならないのか、等の議論が可能になる。

しかし、実際にはその流れが示されていない。

せっかくこの種の委員会に各職能団体や業界団体の代表者が出席しているのに、肝心な数字が見えない状況では、踏み込んだ議論がなかなかできないのだ。

県レベルの委員会では、ほとんどの会議で予算や決算が示されるが、全体のパイの大きさと使える額との関係はわかりにくく、医師会などの委員から突っ込んだ指摘を受けて、担当課長が何とか答弁したところで、おぼろげながら流れが見えてくるのが正直なところである。これは決して望ましい状況とは言えない。事業の体裁を整える員数揃えの委員会にならないためにも、各委員が理解できるように、お金の流れを明瞭に示すことは大切である。

これは、財源に関する関係者の意識の問題もあるだろう。行政に限らず、たとえば県介護支援専門員協会の理事会でも、自団体の財政について踏み込んだ議論をする機会に乏しく、事務局任せになりがちである。保健・医療・福祉の関係団体側は、もっとお金の流れについて関心を持つべきであろう。

介護に携わる私たち専門職は、市民・県民や自分たち自身のためにも、財政をよく理解し、必要な経費は積極的に働きかけて公的な財源から獲得していくことが大切だ。そして、それを公益に資するために活用していく姿勢が求められるのである。

2016年6月 5日 (日)

「仁義なき政争」

・・・日頃は、自分たちこそが平安(ヘイワ)主義者だと称している政治家たちが、その信条を否定しかねない相手に出くわすと、「死ね」などと汚い言葉で罵倒し、反対勢力を黙らせるため、場合によってはお抱えの暴力集団さえ使用して恥じるところがないのだ。これまでの「法(のり)」そのものに瑕疵があったことを棚上げして、安倍氏がそれを破ったことに難癖を付ける行動は、筋道から外れた挑発としか思われない。外部勢力と結託して安倍氏を攻撃する行為まで、自分たちの目的のために正当化してしまっているのだから、もはや仁義を踏みにじる無法勢力と変わるところがないではないか!・・・

おっと! 酔った勢いで「前九年の役(1051-62)」の話をしてしまった... f(^_^;)

21世紀に話を戻そう。

まず、現政権による政策のすべてが良いとは、もちろん私も思わない。社会保障政策などには、当事者の立場から見て「No!」と言いたい部分がたくさんあることは事実だ。

しかし、政権批判をするにしても、議会制民主主義の基本原則にのっとった方法でするのは当然である。

振り返ると、昨年秋の国会内外において安保法制に反対する勢力の動きには、(国会前デモの妥当性を否定する意図はないが)多くの場面で、基本原則から逸脱した言動が見られている。具体的には、政権側の一つの政策の是非を論じるのが真の目的ではなく、政権打倒を目的にする人たちが、純粋な「安保法制反対論者」とは異質の行動原理によって動いているという意味である。

今年に入ってからも同様な状況が続いている。先の「介護離職についての考察(2)」で示した保育所問題に関する論議も、その一例だ。政権の子育て政策の不備を攻撃していた第一野党の幹部議員が自身の燃料費疑惑を追及されると、こんどは第一野党側の市民活動家たちが一斉に、現総理の燃料費支出が著しく過大であると騒ぎ立てた。一国の総理が国を代表して内外を動き回るためには、さまざまな交通機関で膨大な燃料費を要するのは当然であり、与野党が逆になれば逆の結果になる。現総理は外遊時の宿泊費用も、あの渦中の東京都知事に比べると、何分の一かに抑えており、むしろ無駄遣いを控えるべく配慮していると言えよう。

第一野党の幹部議員が燃料費を浪費するなど公人として不適格であれば、まず更迭すべきであり、代わりに育児問題に該博な他の議員が中心となって、この問題を政権側と議論しなければならない。しかし、そのような段取りを履まずネガティヴ‐キャンペーンに終始するのであれば、幹部議員の行為を正当化して地位を温存させたい党利党略主義としか受け取れないではないか。

さらに、先日のサミットで抽出された課題に関する第一野党の政権攻撃は、お粗末としか言いようがない。英国の風刺画に津波の姿をした「愚か者」として描かれた前ロンドン市長の顔を、日本の現総理の顔と間違える。「the financial crisis」がリーマン‐ショックの意味であると知らずに、英語版資料にリーマン‐ショックが出てこないからこれは政権側の情報操作だと騒ぐ。とにかく目に入った材料を何でも政権の揚げ足取りに使って自爆するという、官邸からも失笑を買う一連の行為は、心ある市民を落胆させるに十分過ぎるほどであろう。

強固な支持基盤を持つ別の某野党は、こんな第一野党の足元を見透かして、反政権側勢力での存在感上昇を果たしつつある。しかし某野党には、現総理にヒトラーのヒゲを付けた顔をドラムに描いて叩きまくった元ロッカーの議員に象徴されるように、何が何でも現政権を「極右」と位置付けてイメージダウンさせようとする意図が見え見えである。

また、同じ反政権側勢力の一部は、悪質なプロパガンダも展開している。

沖縄の女性殺害事件をめぐる対応で、米軍関係者の家族たちが、祈りの言葉を書いたプラカードを掲げて路上に立ち、頭を垂れている光景が報道された。N教団(米国に拠点)が関係者に呼びかけて主催した和解へ向けての行動である。ところが、反政権側の活動家たちは、この行動の中心人物がK教団(日本に拠点)幹部と握手して、もらったバッジを付けていたことから、K教団が人々をダマしていると強弁しているのだ。日米安保を維持・推進する勢力(政権与党に近い側)を攻撃する材料が見つかれば、なりふり構わず持ち出すのであろうか?

そもそも、N教団であろうがK教団であろうが、宗教団体が争いを煽るのならともかく、異なる立場の人たちの融和を図る活動が、なぜ「ダマす」ことになるのか? これがもしN教やK教ではなく、私の信仰であるカトリックを指した発言であったら、悪質な誹謗中傷として容認できないであろうし、私の知人や私と同じ団体の成員の発言であれば、撤回と謝罪を要求するであろう。しかも「ダマしている」と言い放った個人・団体の中には、九州の国立大学の教員まで含まれていることを確認している。この教員の専攻は人権教育であり、反差別教育も含まれているというから驚きだ。特定の宗教の信者を差別視する人間が反差別教育をすること自体、お笑いものではないか。
(K教団は過去、国内で悪質商法とされて訴訟が起こされたことがあるが、仮に宗教団体にそのような側面があったとしても、信仰とは別の事案として対応されるべきものであることは、拙著『口のきき方で介護を変える!』中に明記した。もしこの教員が両者を分別する能力を欠いているのならば、資質自体に重大な疑問がある)

ヘイトスピーチに反対だと称する人たちが、他方で「ヤンキー(米軍ではなく米国人)‐ゴー‐ホーム!」とシュプレヒコールを揚げるのも同様である。タレントや商社員など軍関係者でない米国人が心ない罵声を浴びている事実も報告されている。政権反対なら何でも正しいという身勝手な論理を通したい人たちが、このような愚かな行為をするのだ。朝鮮半島の人たち、フィリピン・ブラジル・ペルーなどの人たち、米国人たち、どこの人たちに対するヘイトスピーチも、許されてはならないのは当然だ。

長々と述べてきたが、一言で言えば「仁義なき政争」である。相手方を叩き落とすためには何でもアリになってしまっている、ということだ。

現政権与党が野党だった時期にも、逆のアクションがなかったとは言わない。しかし、いまの反政権側に比べると、基本原則からの逸脱はかなり少なかった。だから愛想をつかす市民が少なく、政権奪還に成功したとも取れる。

私がいまの時点で支持する政党は、政権与党の二政党のどちらでもない。だからと言って、自分が支持する政党の政策がすべて正しいとは思わない。賛同すべきところは賛同し、批判すべきところは批判しながら、他の諸政党と比較して最も自分の考えと共通する部分が大きい政党として認められる場合、はじめて一票を投じるつもりだ。

当地・浜松における私の友人・知人にも、さまざまな政党の支持者がおられる。少なくとも私が日常的にお付き合いしている方々は、おおむね民主主義の基本原則を履んだ議論の応酬ができる、良識のある方々なので、逸脱行動はされないと信じているが。

「仁義なき政争」は横目で見ながら、冷ややかにスルーした上で、自分の信条に従い、民主主義の基本原則にのっとって、政治的な意見を述べていきたい。それが成熟した民主主義社会において市民の取るべき態度であると考える。

2015年11月 8日 (日)

多様性の街

浜松に長く住んでいて(0~9歳は磐田、19~24歳は東京)、この街(中山間地などを除く、旧浜松市街と郊外との範囲内を意識しているので、あえてこの字を使う)の性格について、あまりまとまって考える機会がなかったが、来客に街中をちょっと案内したのを機会に、自分たちの住む浜松について振り返ってみた。

浜松と言えばとかく、「やらまいか精神」に象徴される進取の気性と、長いものには巻かれろ式の保守性との、二面性で語られてきた面が強い。いまでもそれは根強く残っているが、ここ30年ほどは、かなり様変わりしていることも確かだ。時代の移ろいとともに、新たな浜松が形成されている。

これを一言で表現すれば、「多様性の街」ということになろう。

数多く存在する市民活動についても、その成員の社会的階層はさまざまである。医師や弁護士、企業経営者のような地位のある人たちから、アパート住まいで日常生活に追われている平凡な庶民まで、幅広い層の人たちが携わっている。

国籍も多様だ。日本人のみならず、コリアン(韓国・北朝鮮)、ブラジル人、ペルー人、中国人、フィリピン人など、多種多様な人たちがまちづくりに参加している。定住ビザや永住ビザなどを持つ外国人を中心にまとまりを保っているコミュニティは、浜松の市民活動の一翼を担って主体的に参画している。ブラジル・ペルー・中国の人たちが、深夜にボランティア活動をして日本人のホームレスにお弁当や毛布を配ったり、困りごとを聞いていた時期もある。

私が長く携わってきた浜松外国人医療援助会(MAF Hamamatsu)でも、上記のようなバラエティに富んだ人たちが協働しながら、活動を展開している。政治的にも多様であり、次世代の党の支持者から、社民党や共産党の支持者まで、考え方の差異が大きい人たちが、地域にとって必要な活動だとの認識で、協力して作業をしている。

つまり、多くの浜松住民は国籍やイデオロギーに関係なく、大切なことについては手を差し伸べ、力を合わせるのである。

もちろん浜松にも排他的な、あるいは排外的な考え方の人はいるし、場面によってはそのような人たちの主張が通ることもあるが、少数派として浮き上がったものになりがちで、主流とはなり得ない。ヘイトスピーチやゼノフォビアの大合唱が起こることも、イデオロギーの対立から暴力的な抗争が起こることも、(ゼロとは言えないが)まずあり得ない。

そしてまた、そのような排他的、排外的な主張に対しても、それが特定の個人や集団に不当な不利益や差別をもたらすものでない限り、多くの浜松住民は一つの考え方として許容し、共存することを模索する(常にうまくいくとは限らないが)。非難・攻撃して黙らせるようなことはしないのだ。これもまた浜松の特性かも知れない。

総体的に見れば、浜松では自分たちだけの主張をしていると、生きにくいことは間違いない。現実には多種多様な人たちが共生しているのだから、否応なくパートナーシップを築かなければならない場面にしばしば遭遇する。立場こそ違え、同じく浜松の産業・経済・文化に寄与している市民として、協働しなければ生きていけない。これまで排他的な考え方を持っていた人が、協働を機に変容することもある。

私自身について言えば、自分は改憲論・防衛力強化論者であるが、九条護憲論者の人と気安くお付き合いして、もののやりとりをしている。市民活動でも一緒に働いている。浜松に在住する南米の人たちと酒席を共にしたことも何度かある。中国人やインド人が経営するレストランで、ときどき好んで食事をしている。教会でヴェトナムや韓国出身の知人と会えば立ち話をする。立場の隔たりがある人たちに仕事を頼み、逆に頼まれることもある。そのようなことは日常生活の中の、フツーの一コマである。

浜松のまちづくりに関しては、面積が広くなり過ぎて小回りが利く行政経営ができていないとの声がしばしば聞かれる。確かに都市計画については後進的な面があり、広域対応が後手に回るなど、課題も山積しているかも知れない。しかし、少なくとも「多様性の街」という面に関しては、グローバリゼーションの中で、一つの望ましいモデルになりつつあるように思う。

自分の愛する街をより良くするために、微力ながら自分にできることを続けていきたい。

2015年10月30日 (金)

歴史上のマイナー王朝(3)

天山ウイグル国(848以前-1318以後)という王朝の名前をご存知だろうか?

ウイグル人が初めて東トルキスタン(現在は中華人民共和国が実効支配している)を領土として建設した国家である。

モンゴル高原を支配する一大勢力であった遊牧ウイグル国家(744-840)は、異常気象や内紛のために統治能力を失い、キルギス人の侵入により最後の君主ホーサー‐テギンが840年に殺害され、瓦解、四分五裂した。

ホーサー‐テギンの親族であったパン‐テギンは、自派の諸部族を率いて混乱から逃れ、南西に進んでユルドゥズ高原を支配し、新天地に国家を建設した。これが天山ウイグル国である。866年以降は、ビシュ‐バリクが王城となり、パン‐テギン本人か次代か執政かと思われるブグ‐シュンなる人物が、統治者としての地位を確立したとされる。

パン‐テギンの没年は知られておらず、その後の君主も系図などは不明である。歴代王の称号として、「第四国ビルゲ天王(→954年前後)」「アルスラン(獅子)スュンギュリュグ(槍)カガン(→983年前後)」「ボギュ(賢)ビルゲ天王(→996年以降)」「コルトレ‐ヤルク(麗輝)テングリケン(→1007年以降)」「第三のアルスラン‐ビルゲ‐ハン(→1019年前後)」「テングリ‐ウイグル‐テングリケン(→1067年前後)」といった名前が知られているが、いずれも本名ではない。ビシュ‐バリクの仏教寺院の跡には、壁画の一部に11世紀中葉かと推測される「トゥグミシュ」を名乗る王の肖像が遺されている。これが「アルスラン‐ビルゲ‐ハン」と同一人物なのか、わからない。

かと言って、この王朝は闇に埋もれているわけでは全くない。むしろ漢民族王朝に朝貢しなくなったために、中国文献に詳細が残らなかったのだ。ウイグル人自らも、文字による記録をあまり残さず、文献史料は乏しい。しかしこの地には独自の仏教文化が花開き、シルクロード貿易の要衝として繁栄した。オアシス都市であるビシュ‐バリクを中心に、草原を占めて農耕社会が展開されていった。

対外的には、キタン王朝(契丹、西遼)の緩い圧力のもとに置かれることもあったが、おおむね独立を保っていた。13世紀に入ってモンゴルが勃興すると、天山ウイグル国はその傘下に入り、君主バルチュク‐アルト‐ティギン(?-1229以降)はチンギス‐ハンの養子の扱いを受け、厚遇された。しかしそれとは裏腹に、天山ウイグル国はモンゴルの大勢力に吸収される道をたどり、国家は衰退して消滅に至った。

民族国家は消滅したが、ウイグル人は東トルキスタンでオアシス生活を営み、やがて14世紀には急速にイスラーム化して、18世紀までチャガタイ系ハン国やジュンガルなどによる統治を受けた。1759年に「多民族国家」清王朝により征服され、新疆と命名された。

そして、はっきり言えることは、前近代において東トルキスタンのウイグル人が「漢民族国家」の統治下に置かれたことは一度もないということだ。にもかかわらず、孫文政権は清王朝の全領土を中華民国のものだと宣言し、毛沢東政権は旧ソ連との「取引」によって東トルキスタンを領有し、現在に至っている。チベットの場合と大同小異である。「歴史を直視」しなければならないのは、日本だけではないことは明らかであろう。

ウイグルの歴史を通して、民族とは何かという問題を三思してみたい。

2015年10月12日 (月)

男性とデート?した話

正直に言うと、学生時代に女性とのデート経験皆無(-_-;)だった私であるが、なぜか、「男性」とは一度だけデートした?ことがある(@_@;)。日本社会事業学校研究科在学当時のことで、研究科が原宿にあった時代である。

と言っても、デートの場所は原宿ではない。なんと山中湖だった。

当時の研究科は就学一年間で、先輩が修了したあと自分たちが入学し、自分たちが修了したあと後輩が入学するという、縦のつながりがないクラスであったから、同期生だけが何かの機会に屯(たむろ)することは結構多かった。同期生は30人ぐらいいただろうか。私は大学入学のとき一浪しているので、年齢的には上から数えたほうが早かったが、研究科には四年制大学を卒業した人であれば(入試に合格しなければならなかったが)誰でも入学できたから、自分より何歳も上の社会人が5人ほど一緒に学んでいた。

「デート相手?」になった「彼」もその一人である。私より7歳上であり、国会議員であったご父君の秘書をしていた。すでに社会人として仕事をしながら、研究科に通っていたわけだから、バイトらしいバイトもせずに学生気分を満喫していた当時の私にとっては、ある意味、尊敬すべき人であった。

「デート」のときは、「彼」と二人だけで山中湖へ行ったわけではない。同期生が十数人連れ立って山梨県まで「老人福祉論」の合宿に出向いたのだ。そのとき「彼」のほうが、「アワちゃん、ボートで山中湖へ出てみないか?」と誘ってきたのである。自分はオールを握ったこともないし、しかもタイミングから言えば、つい一か月ほど前に、飲酒した学生二人が山中湖でボート操作をしくじって溺死しているので、最悪だったのだが。

「ボート漕げないので」と遠慮したものの、「彼」から「ぼくが教えてやるから、やってみよう」と強く勧められて、付き合うことになった。二人でいざ山中湖へ! ボートに乗って漕ぎ出すと、「彼」のオールさばきはさすがに慣れたものだった。湖中へしばらく行ったところで、物は試し! と替わらせてもらう。「彼」にてほどきを受けながら、かろうじてオールを操作していたが、なにぶん初心者なので、しばらく漕ぐと腕も神経も疲れてきた。それを見た「彼」が頃合いと判断したのか、また漕ぎ役を替わってくれて、湖岸に戻って「デート」は終了となった。

念のため、「彼」と私とは決して特別な関係ではなかったことを、お断りしておく(^^;)

さて、楽しかった研究科の一年が終わり、同じ釜の飯を食った仲間たちは、それぞれの働く現場を求めて、全国に散開していった。「彼」も私もである。

その後、「彼」に会ったのは一度しかない。たまたま国立国会図書館まで調べものに行った私が、永田町で地下鉄を待っていた「彼」と出くわしたのだ。それが最後で、以来20年以上会っていない。

「彼」は地元の地方政界で地盤を固め、平成になってからは出身地の市会議員を長く務めた。旧・社会党の出身で、私とは政治思想は噛み合わなかったから、私も「彼」の動向には特段関心を払っていたわけではなく、たまに流れてくるニュースで名前を聞く程度であった。とは言え、「彼」は多忙な中でわざわざ一年を割いて「社会福祉」全般を学ぶなど、政策云々より目の前にある社会問題の根幹を踏まえて前進していたから、決して「政治屋」ではなく、真の「政治家」であったことは確かだ。

そして、「彼」は、前の市長の「ハコモノ行政」への批判を展開し、2012年に市長選に打って出た結果、多数の市民の支持を得て当選した。

市長として「彼」の政策は、これまで長年培った基盤に根差したものであった。作っただけで維持管理がかかるハコモノの計画を見直し、これまでの利権にしっかりとメスを入れた。無駄な経費を削って、福祉、医療、教育など生活に密着した部分に必要な市税を投入した。企業誘致や、健康予防施策からもたらされた市民生活の安定が、公助による経費の節約を促進し、三年間で市の借金を10億単位で減らすことに成功した。さらに市役所の日曜開庁まで実現させた。多くの地方自治体では簡単に踏み込めない課題をいくつも解決するという、輝かしい成果を上げた。

ただ、政治というものに付きものであるが、これだけの大改革をするには、反対する側の経済基盤(利権)を突き崩す必要がある。そのためには、自分の支持基盤を固めなければならない。「彼」は自分の支持層側に配慮し、妥協しなければならず、そこに新たな利権が生まれるのを(将来はともかく、当面は)容認せざるを得なかったと思う。いまになって「拙策」「愚策」と称されている部分には、そのような事情も介在したものと推測される。真の民意が総意となってすべてを動かしていくまでには、何ごとにも段階があるのだ。

「彼」の不運は、その段階の途上、せっかく自分流の市政が軌道に乗ってきた途上で、予測できない豪雨に見舞われ、河川が決壊し、広大な地域が大災害を被ってしまったことである。「彼」にとって、泣くに泣けない事態であろう。

ただ、何よりも問題なのは、このような状況の中で、意図的に市民の偏見や分裂を煽るような風評をネットで展開している輩がいることである。「市長は反日サヨクだ」「○○の利権が諸悪の根源」「行政の不手際が水害後の人災」「外国人が空き家を狙っている」などなど。根拠があると称しながら、実際は無責任な誹謗中傷の発信源になっている連中、そしてそれに快哉を叫んで拡散している連中、おそらくそのほとんどは、当事者である市民とは無関係の人間であろう(炎上目的のブロガー等もいるだろう)。そしてそれらの風評に煽られ、同じく被災者である市民同士でありながら、互いに疑心暗鬼になって、相手を不信の目で見てしまう事態も生じている。憂慮すべきことだ。

いま「彼」と市の職員は一丸となって、この非常事態から市政を建て直し、復興させるため、可能な限りの努力をしている。確かに、一部の市民は、いまや「彼」の施策に低い評価しか与えていないかも知れない。しかし、いま市民の間で不毛な派閥争いをしているような場合ではないことは、当事者である市民の多くが誰よりもよくわかっているであろう。

災害前には「彼」の問題点をいろいろ指摘して注文を付けていた市民オンブズマンさえも、行政施策に有益な提案をしつつ、協力する姿勢を強めている。風評による市民の分裂を憂慮したNPO団体などの努力で、外国人への偏見なども解消しつつある。思想や属性の違う人たちに対する不満や批判はあっても、復興のために何が大切なのか、多くの市民は理解してくれると信じたい。

前述の「輝かしい成果」も、「拙策」「愚策」も、来年8月の市長選挙で問われる。その審判を下すのは、主役である市民たちだ。無責任な風評を流す輩ではない。その選挙までの間、ひたすら復興に向けて取り組まなければならない「彼」と市民たちに対して、私たちはできる限りのことをしてあげようではないか。

茨城県・常総市長、高杉徹さんと、市民の皆さんを応援してください!

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