ケアマネジメント

2024年1月30日 (火)

職業倫理が崩壊する!

中国の古典『管子・牧民篇』に「倉廩満ちて則ち礼節を知り、衣食足りて則ち栄辱を知る」との一文がある。

人は物質的な豊かさが満たされて、はじめて礼儀や名誉をわきまえることができる。これは古今東西を問わない共通原理だ。生きていくために必死であれば、礼儀や名誉などに構っている暇はない。

今年(2024年)4月からの介護報酬改定は、サービスの種別ごとに比率が異なるものの、全体として三年前から1.59%の微増となった。

しかし、三年間の消費者物価指数の上昇は6.8%であるから、ここに5.21%の落差が生じる。この間、2022年10月の臨時改定で、介護職員等ベースアップ等支援加算(約3%...だが、介護職員を対象として設定されたので、他職種にも配分すると1%強)が算定されているので、まるまる5%以上満たないわけてではない。とは言え、個別の介護職員に対する応急手当が行われる一方で、事業所に対する手当はお寒いままだ。

特に今回の改定では、訪問介護費の基本報酬(単価)が引き下げられる驚きの結果となった。介護職員の処遇改善の比率が上がっても、訪問介護事業所が業務に見合った収益を得られなければ、本末転倒である。2022年の経営実態調査で訪問介護の収支差率が大きかったことが原因だと言われるが、もともと裕福な業種ではなく、多くの零細な経営者は自分たちの身を削って収支差率を引き上げてきた。

その中での報酬引き下げは、事業を継続する体力に乏しくてもギリギリのところで踏ん張ってきた多くの訪問介護事業者が、もはや限界だと考え、撤退する事態が予想されるのだ。多くの心ある論者がこの点を指摘し、批判している。全国各地で、多くの高齢者の在宅生活を担ってきたのが訪問介護であるから、事業者の撤退は、地域包括ケアの挫折を招きかねない。

さらに、この状況から予測されるのは、職業倫理の崩壊である。

訪問介護事業者が希少価値を有することになれば、いわば「売り手市場」になる。すると、本来は「生活(家事)援助」でサービスを提供しなければならないケアに関して、単価が高い「身体介護」の内容をこじつけて算定するよう、ケアマネジャーに対して要求する事業者が登場するかも知れない。

ケアマネジャーにしてみれば、訪問介護事業者がサービスを提供してくれなければ、利用者の在宅生活を継続させることができない。そして代わり得る他の事業者も存在しない。そうなると、いわば「馴れ合い」の形で給付の不適正化が浸透する可能性がある。中山間地や離島などの過疎地では、訪問介護に限らず、通所系サービスなども選択肢が限られていることから、不正、不適正な行為があっても、ケアマネジャーがなかなか強く批判し辛い状況になっていく。

もちろん、大部分の事業者は国の運営基準に則り、適正な事業運営を行っていると信じたい。しかし、国が介護サービス事業者に対する「やりがい搾取」を続けるのであれば、先立つものがない事業者側は、職業倫理よりも生き残りを選択せざるを得ないことも現実なのだ。それによって置き去りにされかねないのは、当事者である利用者や介護者であろう。

多くの市民が住み慣れた家での在宅生活を続けていくために、地域資源である事業者が、次のステップへ向かう力を蓄えつつ、余裕を持って仕事を続けられる環境が整うことを、切に願っている。

2023年12月30日 (土)

十九年ぶりの引っ越し(2)

前回より続く)

去る12月28日、これまでの事務所からすべての物品を搬出して、無事に退去することができた。

古い机やテーブルなど、もはや使用に耐えない品を廃棄する一方、スチール書庫は自宅の新事務所でもそのまま活用するため、知人の業者に搬送を依頼した。

引っ越し作業から退去に至るまで、一連の作業に伴う経費は、たまたま買い替えた車やシュレッダーなどを別にすれば、関係者のご協力のおかげで最小限に食い止めることができた。搬送業者さんや家主さんのご厚意を身に沁みてありがたく感じている。

開業四年目から入居した旧事務所はJR浜松駅から徒歩10分、バスや電車を利用するに当たって交通至便の場所にあり、地域資源も豊富で、不便さを感じることがなかった。ここを拠点にして十九年の間、多くの利用者さんに本業であるケアマネジメントを提供するとともに、役職や研修講師などを仰せつかって県内各地や日本全国各地を駆け回り、社会に役立つ充実した職業人生を送ることができたと自負している。

去って行く当日、長い十九年を振り返って、過ぎ去った多くのことを思い起こし、まさに感無量であった。

20240101

さて、こちらは自宅の書斎を改装した新事務所(浜松市中央区湖東町)の画像である。左が南、右が北。手前に相談机がある東側から撮影したものだ(ど真ん中に殺虫剤が写っている。田舎には必需品(^^;)。

いまだ物品の搬入直後で雑然としており、これから日数を掛けて、「○○はどの箱に入れたっけ?」などと混乱しながら、少しずつ整理していくことになるだろう。

これからは「自宅開業」になるから、公私の線引きをこれまで以上にしっかりとする必要がある。営業曜日や時間はこれまでと変わりないので、同じペースで仕事をしていくつもりではあるが...

しばらく経過してから、移転後に変化した業務展開の長所や短所をまとめてみたい。

2023年11月25日 (土)

しょーもないケアマネをグループワークでどう料理するの?

いささか物騒な題名であるが、これは2009年、静岡県介護支援専門員協会のとある研究会に参加した際に、「困ったケアマネジャーさんって結構いるよね」みたいな話になったので、筆者がトリセツ(?)を作ってメンバーに示したものだ。

14年前の発題だが、いまでも十分通用すると思ったので、若干の校正を加えて再現したものである。

もとは表形式になっているが、ブログのエントリーにアップしにくいので、枠を取り払って箇条書きにしてみた。いささか長くなるが、ご笑覧いただきたい。

◆「確信犯的」囲い込みケアマネ
 ・定義:悪意で囲い込みをやるのではなく、逆に本人は善意のかたまりで、自分の所属先のサービスが至上であると信じている。そのため他法人のサービスは安心して位置付けられないから、紹介しない。
 ・処方箋:自法人を客観視できるためのトレーニングが必要。たとえば地域の各デイサービスに対して、機能訓練とか入浴介助とか、それぞれの部門について地域のケアマネジャーから匿名で点数を付けてもらい、皆で比較してみる。自法人の事業所だけが至上ではなく、利用者のニーズに適するサービス調整が大切であることを、参加者が共有できる場を作る。

◆コピペ‐ケアマネ
 ・定義:サービスがいつもワンパターン。課題分析は一応やるものの、視野が狭いのでそこから複数の解決手段を選択する段取りができない。「二言目にはリハビリ」「詰まるところはデイサービス」の人たち。
 ・処方箋:当人が初級者であることをズバリ指摘する。より具体的には、ケアプラン作成演習などの場で、課題分析からサービス提供に至る一連の流れを振り返る作業を何度もやってもらうしかない。ただ、一人だけ凹むと雰囲気が悪くなるので、グループで課題を共有する流れを作るのが好い。利用者の一つの課題に対する解決の選択肢が多岐にわたることを、メンバーが常に確認し合うように、意図的に仕向けていく。

◆一品料理ケアマネ
 ・定義:利用者や家族から希望されない限り、一品サービスだけ利用に結び付けて、それで責任が果たせたと思っている。給付管理が成立してしまえばお金になるので、ニーズの掘り起こしが面倒になり積極的に行わない。
 ・処方箋:たとえば、ケアマネジャーや介護サービス職員がニーズの確認を怠ったために、刑事事件で警察の事情聴取を受けたり刑事責任を問われ(疑われ)たりした事例を研修で取り上げ、「かえってお金も名誉も失うかも...」と、リスクマネジメントの見地から危機感を持ってもらうのも一策である。

◆なんちゃってケアマネ
 ・定義:「一応」ケアマネジャーになってはいるが、片手間仕事の意識が強く、自分がケアマネジャーだというアイデンティティを持ち得ない。
 ・処方箋:現場で実務に就く以上、責任感を持って仕事をすることの大切さを認識させる。グループスーパービジョンのロールプレイで、「この種のケアマネにケアプランを立ててもらう立場の利用者」の役をやってもらうのも一案である。

◆「オレオレ症候群」ケアマネ
 ・定義:利用者の課題を解決しようという思いが強過ぎると、自分が、自分が、と、どんどん前に出てしまい、利用者のほうが引いてしまう。
 ・処方箋:ベテランの社会福祉士(威厳のある人!)を指導者として登場させる。バイステックの7原則のうち、「統制された情緒的関与」「意図的な感情表出」の二点をテーマにソーシャルワークの演習を行い、自己覚知を試みる。

◆昔の名前で出ています♪ ケアマネ
 ・定義:かつては地域のケアマネジメントを担う指導的立場にあったが、いまは主流から外れているのにもかかわらず、いまだに業界の指導者だと自任している。
 ・処方箋:気持ち好く振る舞ってもらえば良い。かつて地域で功績があったことは事実。指導者のほうが後輩の立場なのだから、相手を先輩として敬い、自尊心をくすぐった上で、得意部門を生かしてもらうべくポジティブに誘導していく(ただしホントに重要な役には就けずにホしておく!)のも、人材活用のポイント。

◆放浪ケアマネ
 ・定義:転職を繰り返すタイプ。ただし建設的な転職もあるので、決して転職を重ねること自体がマイナスではない。ここに掲げるのは、自分の労働環境への不満ばかり口にして、利用者に対しての責任感が希薄な人のことである。
 ・処方箋:グループワークの場で、各メンバーが自事業所の労働環境について語る場を指導者が設け、「あらゆる面で理想的な職場」など存在しないのだと理解させる。たとえば指導者から、「次に転職するときには、利用者ごと転職したらどうですか?」と勧めてみる。利用者側にとって、頻繁にケアマネジャーが変わることは迷惑にほかならないことを認識してもらう。

◆「オヨヨ」ケアマネ
 ・定義:身の丈に合わない自称やハッタリで注目されても、現実には中身がない。人前では自分が知っている著名な業界人の名前を並べ立てるが、実際に役立つネットワーキングができておらず、コーディネート能力も欠如している。
 ・処方箋:はっきり言えば業界から消えて欲しいタイプである。それでも仕事を続けるのなら、会合や研修の場で偉そうなことを述べ立てても、指導者やメンバーが相手にせず受け流し、徹底して無視するのが良い。当人が空虚な引き出ししか持ち合わせない、いかに哀れな小物であるかを自ら痛感させる。それでも悟らなければ手の打ちようがない。

以上。いかがだろうか?

筆者自身も、気付かないうちにこれらの類型のどれかに当てはまっていないか、日頃から振り返っている。

地域のケアマネジャー仲間にこのテの人たちがいると結構扱いにくい。とは言え、日本全国でケアマネジャーの人材不足が取り沙汰される昨今、路線から大きく外れる人を出さない工夫も大切だ。地域のケアマネジャー連絡組織の指導者さんをはじめとする主任介護支援専門員さんたちには、多少なりとも参考にしていただければ幸いである。

2023年11月24日 (金)

十九年ぶりの引っ越し(1)

筆者が2001年に居宅介護支援事業を開業してから、はじめの三年は(特活)浜松NPOネットワークセンター(中区砂山町)の一角に間借りして事務所を開き、四年目に有限会社を立ち上げて現在の事務所(中区北寺島町。マンションの一部屋)へ移った。2004年9月のことである。

それから十九年、ずっとこの事務所で仕事をさせてもらうことで、さまざまな可能性にチャレンジすることができた。開業当初は地域のいち弱小ケアマネジャーに過ぎなかったが、さまざまなご縁をいただき、市や県での役職を依頼され、マイナーながら全国区にもなることができた。

その思い出深い事務所を、この年末限りで引き払い、年明けからは自宅開業になる。

移転するおもな理由は、母(2018年帰天)の介護を機に活動の幅が縮小し、それに伴って収入が減少したことである。自分自身も複数の疾患を抱えていることから、60代を迎えるに当たり、半ば引退モードに差し掛かっている。もちろん、次回の主任介護支援専門員更新研修は受講するつもりであるから、まだまだ六年やそこらは業務を続ける予定であるが、「可能な範囲で細々と仕事を続けていく」モードに入っていることは否めない。事務所家賃を払い続けるのが厳しい現実もある。

そこで来年1月1日の「浜松市の行政区割変更」を機に、「中央区湖東町」の自宅へ事務所機能を引き揚げることにした。

Alto

まず買い替えたのが車である。これまではマツダのデミオ(グリーンメタリック)だったが、9月にスズキのアルト(ベージュメタリック)を購入。軽に乗り換えたことで、燃費がグッと節約でき、これまで乗り入れが難しかった一部利用者さんの敷地にも、容易に入ることができるようになった。

次に名刺と封筒の印刷。年末になると大手企業などから「中央区」の名刺発注が集中するであろうから、先手を打って新たな名刺を準備。

他方で、モノの整理も必要になる。自宅に書庫などを運び込むため、スペースを空けなければいけないので、時間を見付けて作業を始めている。

その中でにあって、使える道具の活用を考えることは大事である。事務机はむかし自分が中高生時代に使用していたデスクを再利用しようと、これまでの部屋から新たな事務所へ運び込んだ。

Tsukue

ここまでは序の口なので、これから本格的な作業をこなしていかなければならない。ペース配分に留意して、自分の体調とも相談しながら、段階的に引っ越し作業を進めていこうと思う。

次回へ続く)

2023年10月30日 (月)

63歳になって考えること

一昨日、63回目の誕生日を迎えた。

歳を重ねるのがあまり嬉しくない人もいるようだが、筆者は一つの節目として大切にしている。63年間、大きな病気にかからなかったので、健康な身体に産んでくれた両親に感謝したい。恒例の持ち帰り寿司(「すし兵衛」)を味わいながら、これからの人生について、思いを巡らしている。

Osushi

何しろ一人暮らしなので、家族が存在する人に比べて危機管理が一層重要である。未婚の私にはパートナーや子どもがおらず、兄弟姉妹がいないので、甥や姪もいない。父方の親戚は疎遠で頼りにならず、母方の親戚はいちばん近い人でも名古屋の従妹(私より4歳若い)である。他に従兄弟姉妹はいるが、いざ自分が疾病に罹ったり事故に遭ったりしたとき、すぐに助けてくれる人がいないので、当面は市内の知人に可能な支援を頼るしかない。そう考えて、日頃から健康や安全には最大限の注意を払っている。
加えて、不測の事態が起きた後、継続的に対応してくれる人(親族が無理ならば専門職)を探しておくことも必要になろう。これまでは自分が支援する側だったが、支援される側に回った場合のことも想定しておかなければならない。もし要介護者になった場合、全国的な介護人材不足は当地も例外ではないので、もちろん不安はあるが、これまでの知見を頼りに早めの対策を心掛けるとしよう。

仕事の上では、この年末にいまの事務所を引き払い、自宅開業の形に変更する。正直なところ、加齢により働きが悪くなり、収入が減ってきたので(笑)、経費を節約するのが目的だ。一つの大きな節目。時間も労力も費用もバカにならないが、まだまだ現役ケアマネジャーとして仕事を続けていきたいので、まずは無事に事務所を移転させることが、当面の目標となる。
制度改定がいま協議されている方向に進めば、来春(6月?)から居宅介護支援事業所を運営する法人が介護予防支援も直接受任できる(現制度では地域包括支援センターからの受託)見込みなので、会社の定款を変更して、新たな枠組みに対応することが求められよう。

公私ともに結構、やらなければならないことは多い。心身ともにまだまだ落ち込む暇(いとま)もない、と言ったところか(笑)。

物価高などの影響は小さくないが、いまのところ燃費の節約など(軽自動車に買い替えた)、何とか乗り切る方策はある。
趣味もコロナ禍を機に、史跡めぐりの旅行や劇場での歌劇鑑賞をほとんどしなくなり、もっぱら書誌・画像での歴史探訪やBD/DVD鑑賞に転換した。自己流のクッキングを続けており、将棋の「観る将」も楽しみの一つになっている。
自分の間尺に合う生活をしながら、満足度の高い一年を過ごしたいものだ。

2023年4月28日 (金)

コンフロンテーション

不慣れな概念にも一度接したら、それを吸収し、やがては自家薬籠中のものとしていきたい。そんな姿勢で38年間、仕事や社会活動を続けてきた。

私たち介護支援専門員や社会福祉士は、コンセンサス(一致、合意)を大切にする。クライアント(利用者)の意向を尊重し、アドヴォカシー(代弁)機能を働かせ、本人に寄り添った支援計画を立て、協働するチームを構成する機関・事業所などの人たちと課題を共有しながら、支援方針についての合意を形成する。介護・福祉の現場で調整役を担う専門職として、望ましい姿には違いない。

ところが、この原則に忠実過ぎることが、かえってクライアントにとって最善の支援にならない場合があるのだ。たとえば過剰なサービス利用が心身の機能低下を来たし、クライアントの自立を妨げる場合など。

そのような場合にはコンセンサスの前に「コンフロンテーション」の技法を駆使しなければならない。辞書を引くと「対立」とあるが、支援過程の議論の中で用いるのであれば、「対置すること」「直面させること」と理解するのが適切と思われる。クライアント側の意向とは異なる自分の見解をテーブルの上に持ち出して、クライアント側と向き合うことを意味する。

この場合、支援者は支援計画を法制度の枠にはめ込む役割を演じるわけではないので、対置する見解はノーマティヴ(規範にのっとった)である必要はない。むしろ規範から外れた柔軟な発想を持たないと、コンフロンテーションはうまく機能しない。クライアント側が「杓子定規」「がんじがらめ」と認識してしまうと、直面すること自体に不快感を覚えることになるからだ。

また、コンフロンテーションの過程で大切なのは、「両者の真ん中辺りで妥協すること」ではない。期日を決めて支援計画を仕上げなければならないのならば、どこかで「落とし所」を探る努力はしなければならないが、それは「中間点」とは限らない。「クライアントにとって最善の着地点」を見付けなければならない。

そう考えると、コンフロンテーションの技法を使いこなすには結構な力量を要する。私自身、日頃からこの技法を活用しているが、最終的に好結果を招いた事例ばかりではない。クライアント側の不満を招き、解約に至ったことも複数回経験している。

とは言え、利用者の要望を無批判でケアプランにしてしまい、厚労省や学識経験者たちから「御用聞きケアマネ」「言いなりケアマネ」と貶められる三流(?)の介護支援専門員たちが、コンフロンテーションの術(すべ)を弁えていないことは明らかだ。

私の周囲を見回しても、介護支援専門員や社会福祉士の中に、この概念を知らない人が多過ぎる。専門職能教育の場で、コンセンサスとコンフロンテーションとをしっかり学ぶ機会に乏しいのは、嘆かわしいことであろう。

2023年3月31日 (金)

間もなく四半世紀

私が介護支援専門員実務研修受講資格試験(いわゆるケアマネ試験)に合格したのは、介護保険制度開始前の1998(平成10)年。誇り高い第一期生の一人だ。それから間もなく四半世紀を迎える。

当時、介護支援専門員はこの制度の弁護士のような存在になると期待されていた。現実にはその観測通りに経過したとは言い難い。

先に制度があって、それを踏まえて国によって作られた資格であることが大きな制約となり、介護支援専門員は政策の変転に振り回されてきた現実がある。他方で、少なからぬ介護支援専門員が資質の向上に熱心ではなく、組織の一員として仕事をすれば良しとしていることも、地位が向上しない原因であろう。

そして、いまや適切なケアマネジメント手法、ケアプランデータ連携システム、AIの導入やICTの活用などが主題となり、一つ間違えれば、介護支援専門員が展開する居宅介護支援・予防支援は、本来あるべきケアマネジメントとは別の方向へ舵を取ってしまうことにもなりかねない。

そのように危惧する背景や要因については、稿を改めて論じてみたい。

確か、介護保険制度が始まった2000(平成12)年、今年と同じく4月1日が土曜日だったと記憶している。当時の業界では、「走りながら考える」と称されていたこの制度の幕開け自体が、エイプリルフールではないかとも言われたものだ。

そんなことを思い起こしながら、来年度以降の介護保険制度、介護支援専門員の行く末について、ぼんやりと考えている。

2022年10月 2日 (日)

応援してくださった方々に感謝☆

「こんなに長く続けてこられるとは、開業した当時は考えられませんでした」

私の正直な思いだ。独立型の居宅介護支援事業所を始めて21年。多くの方々に支えていただき、走り続けることができた。みなさんには感謝の念しかない。

ケアマネジャーとして事実上の「個人事務所」を持ち、一人親方として自分のスタイルで仕事をして、二百数十人の利用者さんのケアマネジメントを展開することができた。いまでこそ周囲に同様な形態で仕事をしている人が少なくないが、2001年当時は全国でも数十人。そのうち半数程度は併設サービスも運営することで収益を維持していた。志の高いケアマネジャーでなければ、単体開業を続けること自体が難しかった。

ここまで続けてこられたのは、利用者さんを紹介してくださった関係機関や事業所の方々の力が大きいが、他方で、さまざまなご縁から知り合った全国の業界仲間の皆さんが、声援を送ってくださったことも大きい。

昨日(10月1日)、コロナ禍が収束していないことも考慮し、昨年に続いて集合イベントではない「オンライン飲み会」を企画して、SNSその他でつながっている方々にお声掛けをしてみた。

20221001nomikai

自分を含めて11名の参加だったが、インティミットな集いになった。浜松の方が3名。他に東京都(離島)、兵庫、島根、愛媛、福岡、大分、宮崎からお一人ずつ。ほとんどが対面でお会いしたことがある方だ。

この中には2011年、私が介護業界の「産業日本語」に当たる緑色の冊子を最初に自費出版したとき、購入してくださった方がお二人いらっしゃる。また2018年以降、文章作成に関する講師としてお招きくださった方、文章作成術の自著本を買ってくださった方、文章作成講座を聴講してくださった方など、国語つながりの方が結構多い。単なるケアマネジャーでなく、異なる分野での専門性を帯びていたことは、業界で私が細々と生き続けてこられた原因でもある。

昨夜は二時間にわたり、観光、信仰、地元の名産、業界の転職事情、災害対策など、いろいろな分野の話に花が咲いた。地域も職種も異なる多くの方々とのつながりは、何にも代えがたい宝物と言えよう。

「人生は何かを捨てて何かを選択する」ものであるのならば、若いときに望んで実現できなかったことがいくつかあったものの、自分の好きな仕事を続けられたことには満足している。

さて、私の年齢も間もなく62歳を迎え、身体にいくつかの小さな疾患を抱えている状態だが、自分の身の丈に合わせながら、まだまだ仕事を続けていくつもりである。

みなさん、今後ともよろしくお願いします。

2022年6月26日 (日)

襟を正してください

地域包括支援センター(以下、「包括」と略称)は、管轄する区域の保健、医療、福祉に関する総合的な相談窓口である。地域の介護予防や権利擁護を推進し、必要に応じて関係機関と連絡調整しながら、支援体制を構築する機能を持つ。主任介護支援専門員・社会福祉士・保健師が必置であり、制度化されてから、はや16年になる。

自治体によって、包括を直営している場合と、社会福祉法人・医療法人等に委託している場合とがあるが、いずれの場合も、包括は自治体のいわば出先機関として、この16年間、大きな役割を果たしてきた。介護支援専門員にとっても、対応困難事例に相当する利用者さんを担当する上で、包括の有能なスタッフはありがたい存在である。

筆者の事務所がある地区の包括(社会福祉法人が受託運営)は、地域づくりにたいへん積極的であり、施設長さん以下、スタッフも粒ぞろいの感がある。先日も包括が主催した「圏域ケア会議」に出席して、愚見を申し述べてきた(画像は包括の保健師さんがホワイトボードにまとめたもの)。ここは「顔の見える」包括として、地域からたいへん頼りにされている。

20220624

しかし、全国の業界仲間からは、必ずしも良い仕事をしているとは言えない包括の状況も聞こえてくる。自治体の姿勢や、受託した法人の姿勢にも影響されるだろうし、批判している側が必ずしも的を射ているとも限らない(相手の言い分を聞くわけではないので...)が、芳しくない行為をする包括(組織、個々の職員)が一定程度いることは、残念な現実であろう。

当地にも、包括の姿勢を疑いたくなる例はあった。

(1)土日祝日の間にはさまる平日、市の某庁舎では、包括を受任している法人の車が(確認できただけで)市役所の駐車場に9台駐車してあった。九分九厘九毛までは包括の会議だったはず。そして9法人のうち(少なくとも)3法人は、徒歩15分以内に、駐車できる同一法人の事業所がある。
他方、市民の車が何台も駐車場の入り口で列をなしていた。
市から委託を受けた機関の車が、市民の車を待たせるのはおかしくないのか??? なぜ自法人の事業所に車を置いて歩かないのか???
(なお、私自身は別の用事のため、車を使わずに来庁した)

(2)とあるケアマネジャーが、九分九厘九毛まで「虐待(行政用語)」に該当する事例に出くわしたので、5月2日の午後、包括へ相談した。当地では、通報を受けたら48時間以内に確認しなければならない規定がある。5月7日になって、この包括の職員がその人の自宅へ出向き、状況を確認した(と、そのケアマネジャーが私に話した)。2日から7日までがなぜ48時間なのか? 時間の感覚が麻痺したのか???

(3)要介護になった住民が、A法人が運営する地元の包括に行き、希望する居宅介護支援事業所の連絡先を教えてほしいと言ったところ、包括職員は同所に確認もせず、「そちらは仕事が忙しいから頼みにくい」と言い、別のB法人の居宅を紹介した。あとで聞いて不審に思った同所のケアマネジャーが、たまたまB法人運営の他地域の包括職員と話していたときに、新規利用者さんを「A法人の居宅へよく頼んでいる」ことが判明。これを一般的には、「ヤミカルテル」と言わないのか??? 公的機関がそれをやってもいいのか???

(4)私のところに、過去複数回舞い込んだ話。「要支援1から要支援2にしようと区分変更申請して、どこの居宅にも頼まずに(アセスメントもカンファレンスもやらず)月を越してしまって、認定結果が『要介護』になってしまった。前月分が減算になってしまうけれど、受けてくれないか?」
これに対して私は、「いや、それは違うでしょ? 
行政の出先機関が居宅介護支援事業所の『運営基準違反(減算)』を依頼するのはおかしくないですか?」と答えて、全部断っている。この場合、前月分は包括の責任で利用者さんに償還払いの手続きをお願いして、それをサポートしなければならないのではないか??? なぜそうしないのか???

これは当地の実話である(もちろん(2)(3)は伝聞であるが、私に語ってくれた方は信頼のおけるケアマネジャーであり、また問題になっていた包括の運営法人は、別部門で過去に類似行為をしていた「実績」もある)。それぞれ、いまから○年前の話だと言ってしまうと、法人名が特定されてしまう恐れもあるので、単にこの16年間に起きた話として紹介するにとどめる。もちろん、冒頭に記した当所所在地を管轄する包括は、(1)~(4)のいずれにも該当しない。

当地では市民、行政、他法人からの監視の目もあり、まだこの程度で済んでいると思ったほうが良いかも知れない。とは言え、本来ならば決しておかしな振る舞いをすべきではない。そのような事例が見受けられる包括の経営者、管理者、職員には、市民のための公的機関を受託している自覚が欠けていないだろうか。

介護業界が人材不足をはじめとした大きな課題をいくつも抱える中、地域の中核となるべき包括に携わる人たちには、いま一度、しっかりと襟を正してほしいものである。

2021年12月 4日 (土)

ようやく開講して思ったこと

以前のエントリーで、おもに介護従事者を対象にした「オンライン文章作成講座」を予告したが、あれこれと用事が重なったことにより、準備に時間が掛かってしまい、ようやく開講にこぎつけた。

全五講(各一時間、質疑応答時間もあり。受講料は一講につき1,500円)。11~12月に掛けて第一巡目を実施し、そのあと約一年余りの間に、何巡かローテーションで回していく。日本語の基本が短期間に大きく変わるものではないので、おおむね同じ話を何回も繰り返すことになる。詳細は私のHPをご覧いただきたい。開講情報は逐次更新していくつもりだ。

まだ申込者はお二人。そのうちお一人は第二巡目以降を希望されているので、第一巡目はいまのところお一人だけである。11月29日の第五講、そのお一人の方とマンツーマン状態で、記念すべき最初の講話をした。ちなみにこの方は、2011年の自費出版冊子「作文教室」を購入してくださって以来の知人であり、2018年に私のほうがお住まいの県まで出向いて、初対面を果たしている。4~5月にオンラインで準備講話を実践した際にもご協力いただいた。感謝!☆

文章作成講座とは言え、一般向けの「国語教室」ではなく、介護従事者向けにいろいろな方が開講されている「記録方法の指導」でもない。私たちの業界ではいまだ類例の少ない「産業日本語」の講義である。足元には私たちが守るべき職業倫理である「利用者本位」の底流があり、その上に立って私たちの大切な言語である日本語をどう理解し、どう活用するべきかを論じているものだ。

私自身はこれまで、書き言葉のみならず、話し言葉についても語る機会をいただき、多くのケアマネジャーや介護職員の前で、顧客である利用者やそれを支える介護者を尊重すべきことを力説してきた。これは、すでに折に触れて何度も述べた通り、私の若い時代の恥ずかしい行為(当時勤務していた施設の複数の利用者さんに対する、虐待に類する言動や侮蔑する言動)への痛切な反省を踏まえている。下の画像はこれらの講話の根幹部分と称するべきスライドである。

20170822shimada

そして、一人ひとりの職員が利用者に向き合う姿勢は、会話(口のきき方)にとどまらず、文章にも表れる。顧客である利用者や介護者に対する深いリスペクトが窺える文章は、おのずから品格を備えていることが多い。

もちろん、どれほど人間の尊厳を重んじる立派な介護従事者であっても、国語の力は意識して修得しなければ上達しない。日頃から「書くこと」「綴ること」をいとわずに、学習→実践→学習→実践を繰り返してこそ、その意図するところが読み手にしっかり伝わる、良い文章の書き手になることができる。

日頃から向上心をお持ちで、国語力を身に着けたい介護関係者の方は、ぜひ私の「オンライン文章作成講座」をご聴講いただきたい。

より以前の記事一覧

フォト
無料ブログはココログ
2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29    

他のアカウント