理解に苦しむ「マナー」
新札が発行されて、はや半年以上が過ぎた。最近は私の手元に回ってくるお札も、旧札より新札のほうが過半を占めるようになり 、徐々に入れ替わりが進行していることを感じる。
さて、新一万円札をめぐって、奇妙なマナーが取り沙汰されていることを聞いた。
一部の論者が、新一万円札は「結婚式のご祝儀としてふさわしくない」と言い出したというのだ。
肖像が描かれている渋沢栄一は、妻のほかに複数の妾(側室・愛人)を抱えており、いわゆる「不貞」の男性だからというのが理由らしい。
この「マナー」を言い出した人、何を考えているんだろうと笑ってしまう。
敗戦までの日本は、制度上も男尊女卑の社会であった。既婚女性が夫以外の男性と男女関係を結ぶと「姦通罪」に問われて処罰された。他方で男性が同様なことをしても罰則はなかったから、一方的な男性優位の制度になっていた。したがって、渋沢の行為は当時の社会規範からすれば、間違ったものではなく、現代と異なり、側室や愛人がいたというだけで非難されるべきものではない。現代の尺度を当てはめるのは不適切なのだ。
もし「側室」「愛人」がいたとの理由で歴史上の人物を断罪するのであれば、あらゆる人物評価の尺度がおかしなものになってしまう。たとえば、私が尊敬している上杉鷹山にも側室「お豊」がいた。だが、お豊が鷹山に侍する過程には、いわゆる「色好み」とは全く異なる理由が存在したことはよく知られている(ここでは割愛する)。
さらに、この不可解な「マナー」を推し進めると、以下のような問題も生じる。
英国の現国王チャールズ3世は、よく知られている通り、故・レディー‐ダイアナとの離婚歴がある。現カミラ王妃は離婚前からの不倫相手であり、ダイアナ没後に再婚している。
また、タイの現国王ラーマ10世(ワチラロンコーン王)には、正妻であるスティダー王妃以外に、公式な側室の女性シニーナート夫人が存在する。
これら両国は君主国であるから、紙幣や貨幣の中には、国王の肖像が描かれているものがある。
新婚夫婦が英国やタイへ旅行した場合、先方の国でこれらの紙幣や貨幣を手にしたときに受け取りを拒否するわけにもいかないであろう。したがって、上記の不可解なマナーを主張する人は、「新婚旅行では英国やタイへは行くな」とも主張しなければ、筋が通らないのだが、私はそんな主張を見聞きしたことがない。
だとすれば、渋沢栄一の事案も、一部のマナー講師などの論者が、自分の収益につなげようと、反射的に飛び付いたネタに過ぎないということになる。深く考えるに値しない主張である。
日本国民の意識が前近代から現代へ向けて変化していくために、渋沢が果たした功績はたいへん大きい。私生活上の問題を過大に取り上げて彼の評価を貶めるとしたら、「木を見て森を見ず」だとしか言いようがないであろう。








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