介護

2018年4月 5日 (木)

介護離職についての考察(7)

母が死去して一か月。各所への支払いがいったん終了し、相談した司法書士の指導を受けて、(たいした額ではないが)相続手続きのための書類を集めているところである。

他方、本業のほうはどうなっているかと言えば、昨年の春から夏にかけて、(推定)6人前後の利用者さんを確保し損なったため、冬に入ってからの逝去や施設入所やらで、利用者さんの数が大幅に落ち込んでしまった。

介護者としての拘束から解き放たれたので、失地回復に努めなければならないと思っている。私がもう少し若ければ、全く新しい仕事をベンチャー的に起こす可能性が開かれているかも知れないが、いまとなっては体力的な制約もあり、難しい。次世代の人たちには「こんな道もある」と背中を押してあげながらも、自分自身はおもに従来の業務の延長線上で仕事を続けることになろうかと思う。

さて、私は幸い自営業であったから、「介護離職しなくて済んだ」のである。

それでは、平均的な収入でつつましく生活していたところで「介護離職を余儀なくされた」中高年の独り者(性別にかかわらず)が、私同様、要介護3程度になった親を一年以上介護した場合はどうなるのだろうか。

まず、退職に際して雇用保険の失業給付は受けられる場合が多いが、当然のことながら職に就いていたときと同程度の収入は無くなる。加えて、介護サービスを導入しないと一人で介護を続けるのは厳しいので、サービスの種別にもよるが、これまでかかっていた衣食住の生活費に加えて、サービス事業者に支払うお金が必要になる。親が年金をもらっていても、そこから相当額の支払いが生じ、生計に影響するところが大きい。

そして、親の介護が終了した後は、よほど売り手市場になるような知見や技術を持っていない限り、すぐに再就職するのは難しい。年齢やキャリアの中断が障害になってしまうのである。介護が長引けば長引くほど、再就職は厳しさを増す。

これまでもいくつかのエントリーで述べてきたが、日本ではまだまだ、介護離職しないための仕組みが不十分である。それは企業側にも言えることであるし、介護サービス側にも言えることである。後者に関しては特にハコモノ作りが優先し、人の確保が追い付かないため、離職せずに「休業」や「業務縮小」に止めたい人たちのニーズに全て応えることができない。したがって、どうしても一定程度の介護離職者が発生せざるを得ない。

よほど余裕のある家庭ならともかく、多くはひとたび介護離職してしまうと親の年金に頼らざるを得ず、その親が死亡するとたちまち生計が苦しくなってしまうのだ。配偶者などの家族がいる場合と異なり、独りでは食費や光熱費のスケールメリットが無いことも、大きく影響する。

こう考えると、ときにメディアの紙面に登場する「年金詐取」も、それ自体は確かに犯罪に違いないが、理解できないわけではない。親の年金受給権者死亡届提出を意図的に怠り、不正に年金を受け続けてしまう独身の中高年がときどき問題になるのは、現実の生活苦が目の前に横たわっているからにほかならない。これまでともに生活していた親が「いない」という現実を受け止められない人さえいるのだ。私自身が体感して、その人たちの気持ちを痛いほどよく理解できた。

介護支援専門員や介護サービス職員などの従事者にとっても、決して無縁な話ではないのだから、重く受け止めてほしい。

すでに各方面でソーシャル‐アクションを始めている人たちはいるが、当事者の切実な声が政策に反映されるように、全国レベルでも地方レベルでも、業界仲間が力を合わせて地道に訴え続けていくことが求められるであろう。

2018年3月24日 (土)

人生の締め括りかた

いま、母が帰天したあとの事後整理を、必要なことから少しずつ進めている。昨日、年金受給権者死亡届を提出し、ひとまず第一段階が終わったところである。これから相続や預金の整理、また並行して会葬お礼や納骨の準備にかかることになる。

これまでの経過を振り返ると、母が前日に急変してから丸一日も経たないうちに死去していて、かつ、おおむね私一人で葬送の段取りをした割には、われながらスムーズに対応できた。

5日の朝、母の死亡診断がなされてから、すぐに教会の担当者Sさんと連絡を取り、氏の案内に従って教会が契約している葬儀社H社へ直接電話、まず病院から自宅への遺体搬送を依頼すると同時に、とりいそぎ8日の斎場の予約を取った。再度Sさんへ電話して神父様に問い合わせていただき、通夜と葬儀ミサ・告別式の開始時刻を決定、どの程度の人数に連絡するのかも(会場の割付に影響するので)おおむね内定させた。病棟で母のエンジェル‐ケアをしてもらい、H社の柩送の車が到着するまでの間に、母の実家(名古屋)の叔母夫妻、従妹(叔母の娘)への連絡、利用予定だった各介護サービス(5か所)へのキャンセルとお礼の電話もすべて完了した。

この間、一時間強。前日の母の様子から心の準備がある程度できていたとは言え、自分でも信じられないほど冷静で迅速な手順を踏んだと思う。

私自身が介護業界に居ることも、速やかに段取りできた要因ではあるが、何よりも、母自身が事前意思によって、連絡する範囲や葬儀のスタイルを決めてあったことが大きい。

16年前、父を葬送した際には、教会との連絡も、葬儀社の手配も、参列者への応接も、何かと後手後手に回って、弥縫的なフォローに追われ、手伝ってくれた親戚まで巻き込んで迷惑を掛けてしまった。そのことへの反省もあり、今回は可能なところから準備をしていたのは正解であった。昨年の1月、母の著しい体調不良で終末も予測されたとき、いくつかの点について本人の意思を確認しておいたことも幸いした。

母には、葬儀社は教会と連絡が取りやすいH社へ依頼することを、あらかじめ伝えてあった。また、母本人が近親者以外への連絡を望まなかったので、新聞掲載や自治会などへの通知はせず、親戚以外からのお花料やお供えも辞退して、簡素に執り行うことで合意していた。教会の信者の中では、聖歌隊などの典礼奉仕者の方々は別として、母と昵懇だった3名ほどの方(前のエントリーに登場したKさん・Sさん・Wさん)だけに声掛けすることについても、本人の了解を得ておいた。

事前に確認していなかったことだが、あえて母の気持ちを汲み取って、私の独断で行ったのは二点だけ。

一つは遺体の湯かんと化粧。母は2011年からベル麻痺を患い、顔面がやや歪んでしまったことを苦にしていた。息を引き取ってからは麻痺が消え、左右対称の端正な顔に戻ったので、最後は綺麗に化粧してもらって旅立たせようと思い、H社と契約している専門のメイクサービスを依頼した。質素な葬送の中、思いを込めてここだけはお金をかけている。私も所在を知らなかった母の着物と長襦袢とを、名古屋の叔母が箪笥の中から探し出してくれたので、化粧のときそれを着せてもらった。

もう一つは、葬送のあと、母が昨年まで食べ物などのやりとりをしていた数名の近所の方に電話して、弔問に来てもらったことである。母の口から名前が出なかったので葬儀の連絡はしなかったが、直後のお知らせだけはしておくのが、礼節を大切にした母の気持ちに沿うと判断したからだ。

このように、百点満点ではなかったかも知れないが、母の意思を全面的に尊重した葬送ができたので、ひとまず安堵している次第である。

一般的に「終活」と称されるが、「人生の締め括り方」は百人百様だ。個人差はあるものの、一定の年齢に達したら、自分の流儀を家族や親しい人に伝えておくことも大切であろう。不慮の事故や事件による死去の場合はともかく、通常の場合は事前に自らの意思を示しておくことで、葬送を執り行う遺族もあまり迷わずにいろいろな手配ができ、滞りなく厳粛に本人の旅立ちを送ることができるのだ。

生前の振る舞いや業績と、人生の締め括りの上手さとは、また別の話であろうと強く感じている。

2018年1月20日 (土)

ところ変われば...

去る13日(土)、島根県の安来地域介護支援専門員協会からご依頼をいただき、同会の研修会における文章作成講座の講義のために、安来市まで出向いてきた。

安来市と言えば「どじょう」の街。「うなぎ」の街である浜松からお邪魔することになったのも、何かのご縁であろう。

今回お招きいただいたきっかけは、同団体の会長を務めておられる宇山広さん(お仕事は小規模多機能型居宅介護の所長。以前は島根県介護支援専門員協会の副会長もされていた)とFacebookでのつながりができ、宇山さんが私のしょうもない駄文に目を留めてくださったことだ。事情はともかく、私のようにマイナーな講師から見れば、わざわざ遠方から出講のご依頼をいただくのは、ありがたいことである。

早朝に家を出て、新幹線で西へ向かい、岡山駅で伯備線の特急「やくも」に乗り換える。今回は残念ながら素通りであったが、岡山の方から教えていただいた三好野の「祭り寿司」を駅で購入。「極(きわみ)」と称する1,480円のお弁当はなかなか豪華。こんなときでなければ味わえない一品だ。

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乗り継ぎを含めると、電車に乗ること約6時間。安来は島根県の東の入口であるにもかかわらず、浜松からはたっぷりと距離がある。

安来駅に到着すると、宇山さんご自身がお迎えに来てくださった。本当は握手をしたかったのだが、私の両手は皮脂欠乏症に加えて「遠州のからっ風」の影響もあり、「あかぎれ」がひどかったので、ご迷惑になってはと思い断念。雪道の中、宇山さんのお車で広瀬町の会場まで向かう。15時から講義開始。

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演習を含めて三時間。おそらく安来地域のケアマネジャーさんたちの大部分は、社会人になってから「国語の授業」を受けることになるとは想像されていなかったのではないか。文章の出来次第で意図が伝わらないことも起こり得ることを例示しながら、簡単な国文法に踏み込んで、助動詞や助詞「てにをは」の使い方について解説。終盤では、単なる文章作成技術の向上で終わるのではなく、それを私たちの仕事の評価につなげていくことが大切であることを説いた。

研修会が終了したあと、駅近くで宇山さんと一杯。途中からは、遠路、大田市から駆け付けてくださった野際智紀さん(宇山さんの友人、同じく小規模多機能の管理者)が合流。野際さんともFacebookでつながっており、先年は東京で昼食をご一緒する計画もあったが、氏の予定変更により、お会いするのを逸したことがある。そのこともあり、三人で鍋を囲んだのは嬉しいひとときであった。

島根県は「アローチャート」の先進地域でもあるので、お二人はこの分野への造詣も深い。とは言え、それをどう使いこなすのか、考え方には人それぞれに差異も大きいようだ。お二人からは、学会などにおける研究成果積み上げとは別に、現場のアセスメントで誰もが使いやすいものをどう普及させるかの課題についても、検討が求められていることへの言及があった。「陸の孤島」である浜松のアローチャート自主勉強会「矢万図浜松」としても、大いに参考になるお話が聴けたと思う。

一夜が明けて、朝、ホテルの外へ出ると、昨夜から降り続いた雪景色。雪道用のブーツを履いてきたのは正解であった。

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チェックアウトした後、お二人のご案内で西へ。日曜日であったが、途中で宇山さんのもとに事業所のスタッフから相談の電話が入る。小規模多機能は臨機応変に対応できるメリットがある一方、包括報酬であるためどうしてもオーバーワークになりやすい。現実にはどの事業所も、運営にかなり厳しい面が出ているとのことで、安来市のような人口密度が少ない地域であればなおさら、遠隔地の利用者のためにどこまで対応するのか、悩ましいところであろう。

午前中に松江まで出向き、松江城近傍を見学。天守閣には昔登ったことがあるので、今回は時間の制約から割愛し、周辺の建物や武家屋敷を散策した。

この辺りの名所は江戸時代の遺構だけではない。城の近くには旧日銀松江支店の建物を活用した「カラコロ工房」なる場所もある。伝統と前衛とが交錯したユニークな空間だ。ファッションを軸に、グルメや体験コーナーもあり、地元の人も旅行者も楽しめる店がいくつも共存している。

昼食後、地元のキャンペーンをしている「お侍さん」たちにお願いして、記念写真を撮ってもらった。私の向かって左が宇山さん、右が野際さん。散策終了後、野際さんは好きなお酒を求めて別方向へ。

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安来へ戻る車中で、宇山さんが島根県の介護業界の現状をお話しくださった。他県同様に人材不足であるが、ケアマネジャーの研修指導陣にしても、いま中核になっておられる宇山さんや野際さんの世代である40代の方々が、その次の世代の人材を発掘するのが難しく、苦労されているとのこと。当・静岡県の状況に比較すると、かなり深刻かと受け止めた。この現状を国の政策担当者はどこまで実感し把握しているのだろうか。

いろいろな思いを巡らしながら、安来駅で宇山さんと別れ、帰路は再び「やくも」に乗り、岡山経由で新幹線に乗り換え、浜松へ戻った。

ところ変われば事情も変わる。静岡県や浜松市でも業界の課題は少なくないが、他の地域と比較参照することにより、別の視点からの知見が加わる。今回の目的は出講であったが、自分自身の学びの機会を持つこともできた、たいへん有意義な二日間であった。

2017年12月30日 (土)

2018年もよろしくお願いします☆

この一年、私にとって二つの大きな「イベント」があった。

一つは、2月から母が要介護状態となり、唯一の家族である私が、ケアマネジャーの仕事を続けつつ、介護や家事をワンオペで担う状況になったこと。

もう一つは、6月に県や市の介護支援専門員職能団体における役職から引退して、業界では1999年以来18年ぶりに無役となったことだ。

もともと、2014年の春あたりから、母のADL(日常生活動作)が低下気味になり、私の行動がかなり不自由になったことは確かだ。特に静岡県レベルでの役職は(場所にもよるが、おおむね)片道一時間以上かけて静岡市まで出掛けなければならず、私にとっていささか負担になっていた。そのため、県ケアマネ協会の役員や事務局からは、会の運営に関して自己中心的、非協力的だと思われたこともあっただろう。二年前に退陣するのも一つの選択であったかも知れないが、諸事情により留任せざるを得ず、今年に至ってしまったのは遺憾に思っている。

さて、介護者としての制約と役職退任、この両者の相乗作用(?)により、私の行動範囲は大幅に縮小することになった。不在中の母の介護を確保するために短期入所生活介護を利用しないと、浜松から外へ出掛けることが難しくなり、かつ、職能団体の役職にあることにより他のケアマネジャーに先んじて取得できた「裏情報」の類が、退任後は入ってこなくなったのである。

この状況から生じる、私のアクティヴィティ低下リスクを補ってくれたのは、SNSのフェイスブックを中心につながっている、全国の業界仲間のみなさんであった。

SNSの優れたところは、全国に散らばっている仲間たちの動向をリアルタイムに近い形で把握できることだ。加えて、介護報酬改定に関係する省庁や団体の動きなどについても、そこに関与している、あるいは関心を持っている仲間がシェアしてくれることにより、最新情報や外部から知り難い情報を獲得することが可能になる。全く便利な社会になったものだ。

私自身、引きこもりにならないように、機会こそ減ったが、業界仲間のみなさんと会うことを心掛けた。8月(浜松)や10月(東京)の飲み会は、私自身が仕掛けた交流の場である。SNSでつながっているとは言え、離れた土地に住んでいる人たちはそれぞれ多用であるから、こちらが受動的な姿勢でいるとなかなか会って話してもらえない。NHK大河で脚光を浴びたかもしれないが、浜松は便利な都市に映りながら、わざわざ立ち寄るとなると、案外素材に乏しい町でもある。

したがって、当地に居ながら情報弱者にならないためには、自分から人が集まる場を作ることは大切である。裏を返せば、(介護負担の分量にもよるが、)介護者として行動が不自由、不便になっても、アクティヴィティを持ち合わせていれば、交流の機会は訪れるのだ。

このことを実感した一年であったので、来年は可能であれば、昨年同様何かを企画して、浜松に人寄せすることを検討したい。主題はやはり、介護業界全体を覆っている「人材不足」あたりになるだろうか。

実現するかどうかは、母の体調や私自身の体調にも左右されるが、現場でさまざまな取り組みをしている人たちが集い、知恵を出し合う場ができればと願う。企画も一人では荷が重いので、協力してくださる方も必要になるだろう。

2018年。分相応なことしかできないにせよ、力の出し惜しみだけはしたくない。

こんな私ですが、来たる年にも変わりなきご声援やご交誼を、よろしくお願いします。

2017年11月22日 (水)

得難い体験

原因は自分の失敗であっても、損失を補って余りある成果を得られることがある。今回のエントリーはそんな話だ。

17日に、豊川市介護保険関係事業者連絡協議会会長・平田節雄さんからのご依頼をいただき、同団体の全体研修会において、『口のきき方で介護を変える』に関する演題、「人と人との会話」についてお話をさせていただいた。

平田さんは浜松でお仕事をされていたときからの旧知の方で、昨年のジョアン開業15周年のつどいには、ご多用にもかかわらず駆け付けてくださっている。今回は協議会の役員さんたちと検討される中、介護の現場で使われる会話の重要性が主題になり、著作もある私にオファーくださったとのことである。

この演題では、これまでにも何度か出講しているが、時節の変化に合わせて部分的に内容を変更している。とは言え、根幹の部分が揺らぐものではない。

本ブログの読者であればすでにご存知の通り、私が「話し言葉」だけを独立させて論じることはない。介護に従事する人たちの職業人としての基盤がしっかりしていなければ、仕事で会話術を活用できないと考えているから、心構えや姿勢の話が前面に出る。

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講演の途中で三回ほど、参加者のみなさんに、近くの席の方とディスカッションしていただく機会を設けた。研修は講師が一方的に話すのではなく、それぞれの体験から分かち合うことも大切だと思っているので、演習に代わるものとして短時間のディスカッションをはさんだ次第だ。

参加者の中には、現実の会話のしかたよりも、理想・理念ばかり話していると思われた方があったかも知れないが、私の側は、実践できない理想・理念を話しているつもりは毛頭ない。多くの参加者にとって、たとえ一部分、一節でもお役に立つ内容があれば、活用していただきたいと願っている。

さて、実はこの会場とつながっている公共駐車場に車を停めようとしてバックした際に、不覚にも死角に入った鉄柱の位置が目に入らず、衝突して物損事故を起こし、後部のガラスが大破してしまった。

駐車場管理会社に謝罪し、担当者の方に立ち会っていただき現場を検分した。その際、担当者の方から、このまま浜松まで帰ると、ガラスの破片で後続車に損害を与える恐れがあるから、レッカー車を依頼したほうが良いとの助言をいただき、損保会社に事情を説明して、レッカー車を派遣してもらうことになった。

しばらくして株式会社EXCELなる業者のレッカー車が来て、担当の山本さんという40代半ばの方が、私の車を積載してくださった。原則として運ぶのは車だけとのことだったが、いつもの整備屋で代車を借りないと自分が困ると保険会社に要求して了解を得たことを盾に、無理にお願いして助手席に同乗させていただいた(...ので、同乗に至ったのは山本さん側の責任ではないことを付言しておく)。

ま、経過はともあれ、現場から整備屋までの約一時間半の行程で、全く異なるクルマ業界の山本さんと、ディスカッションする機会を得た。

そのとき、山本さんが語ってくださった内容が、まさに私が先刻、介護事業者のみなさんに対してしゃべった内容と、基本部分を共有していたのだ。

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具体的には「顧客本位の応接、気配り」「説明責任」「コミュニケーションの中での気付き(コーチング)」「職場仲間の尊重」「仕事ができることへの感謝」などといった、当日介護業界のみなさんに対してしゃべったことを、そのままクルマ業界に置き換えればこうなるよね、と言わんばかりの話を、いろいろお聞きすることができた。

山本さんがご自身のプライベートなことも交えて話してくださったので、細かい内容は割愛するが、氏が終始、敬語で話され、タメ口などきかなかったことは明記しておく。

「人」ではなくクルマという「モノ」を直接のサービス対象にする業界の現場最前線でも、意識の高い中堅社員なら当たり前のように、これらの項目を実践されていることには、大きな刺激を受けたのが正直なところだ。

クルマ業界でもこういう方がいるのだから、ましてや、「人」に直接向き合う介護業界で、これらができていない中堅職員(たとえば主任介護支援専門員)は、恥を知るべきである。

もちろん、理想通りにはいかないのが世の常で、山本さんもご自分の側では意識して取り組んだつもりでも、顧客や後輩職員から受け止めてもらえなかったご経験も含め、正直な実感を話されていた。業界は違えど、人間関係の円滑化や人材育成に難しさが伴うことは、共通の悩みであろう。

また、クルマ業界では、大手はともかく、中小企業では労基法遵守は不可能に近いようである。多くの事業者では、厳密な法令遵守ができるところまで人員を増やせば、社員の生活が苦しくなるほど人件費を切り詰めないと、経営していけない状況だとのことだ。私たち介護業界でもクルマを活用しているが、知らずしてこのような多くの企業に「無理」を強いている現実を忘れてはならない。

アクシデントから生まれたディスカッションであり、損保の保険料が次年度はおそらく数万円上がることが予測されるので、財政的には確かにダメージではあった。しかし、自らの家庭事情による制約から、他業種の人とまとまった時間を取って語る機会がほとんと無い現在の私にとって、この一時間半は、お金では買えない貴重な学びの時間であり、得難い体験であった。

山本さんには心から感謝して、今後のご活躍をお祈りしたい。

2017年11月 9日 (木)

プロフィットセンターの証しを立てよ!

来年の介護報酬改定をめぐって、財務省と厚生労働省とがしのぎを削っている。

現時点で判明しているのは、全体として小幅引き上げ、ただし一般企業と比較して「利益率が高い」とされてしまっているサービスについては、本体部分が明確な引き下げになり、介護職員処遇改善加算だけは引き上げられるであろう、との方向性である。

この事案については、すでに知名度の高い論者たちが続々と持論を展開しているので、例によって私の出る幕はない。

そこで、別の視点からこの問題を論じてみよう。

介護報酬を全面的に「引き下げよ!」と強く主張しているのは、財務省、経済界、健保である。すなわち、国の財政、国民の経済、国民皆保険体制を守る立場の人々だ。その背景には、介護業界が「コストセンター(社会的な費用を注ぎ込む場)」になっているとの先入観がある。

これに対抗するにはどうしたら良いのか?

言うまでもなく、介護業界が「プロフィットセンター(社会的な利益を産み出す場)」になっていることを、データで証明できれば最善である。

それでは、私たちの業界は、これまでにその種のデータを集積してきたのだろうか?

各団体とも、介護報酬が上がることにより、職員の待遇が良くなり、事業者の経営が安定し、利用者に良質なサービスを提供できることはしきりに主張している。それはあくまでも業界の利益であり、そこから利用する当事者の利益にはつながるが、多くの人々からは、国民全体の利益だとは受け取ってもらえない。

もし、介護報酬が上がることが国民の利益であると主張したいのであれば、「A事業所がこれだけのサービスを提供した」結果、どんな効果が発生したのかを提示する必要がある。「B利用者が使う医療費がこれだけ減り、購買力がこれだけ増えた」、あるいは、「C介護者が離職しなくて済んだので、これだけの給与をもらえた(当然、勤務先がそれ以上の利益を上げた)」といった形で、現実にどれだけの社会的な利益を産み出す効果を上げたのか、それをデータで示さないと、財務省や経済界や健保を説得できない。

たとえ国が費用を注ぎ込んでも、社会保険料が上がっても、それを上回る効果が期待できれば、介護報酬を引き上げる意味があるのだが、そのような調査が業界主導で行われた事実を、寡聞にして私は知らない。あるいは単に私が知らないだけで、実際にはどこかでそのような調査結果が示されているのかも知れない。

ただ、確実なのは、現在に至るまで、介護業界の側から財務省や経済界や健保に「突き付けられる」ほどの影響力を持つデータを集積できていないことだ。

もちろん、国の社会保障に関するお金の使い方は、この三者が中心になって決めるものではなく、外交・防衛・経済・産業・教育・地方開発・環境など、さまざまな分野と総合的に比較勘案して、政権与党が案を作り、野党とも審議しながら、国会で決めるものだ。しかし、それだからこそ、「この分野にはこれだけのお金が必要」だとの根拠を調査結果の数字などわかりやすい形で示せなければ、削りやすい部門の予算が削られ、政権与党が必要だと思われる部門に回されてしまう。

では、この調査がそんなに手間がかかるものかと言えば、決してそうではない。居宅の場合には介護支援専門員がいるのだから、一人の利用者に対して月平均でどれほどの介護保険サービスを提供したかは割り出せるし、利用者や介護者の協力を得れば、その家の経済効果を把握でき、社会的利益も推定で概算できるはずだ。施設入所者の場合は、一人の高齢者が自宅に戻った場合、介護者がどれほどの制約を受け、費用増や減収になるかを予測、積算すれば良い。

これによって厳密な数字を出せるかと言われれば、正直なところ、かなり大雑把な概算にとどまる嫌いはあるだろう。しかし、「介護サービスがプロフィットセンターである」ことを示す具体的な数字を明らかにできれば、概算であっても大きな説得力を持つことが期待される。

いま関係機関が次から次へと送ってくる(多くは)無駄な調査や、職能団体がひたすら低姿勢で肥大化させている(相当部分が)無駄な法定研修の時間や手間を削れば、この社会的利益に関する調査の時間や手間などは十分に確保できる。

厚生労働省が財務省などに対抗して、報酬引き下げを阻止してくれるのであれば、このような形での援護射撃も必要なのだ。

実際、かつて私たち独立型の介護支援専門員が、数十人規模とは言え全国レベルで組織を結成したとき、「生活が苦しいだけでは報酬値上げを要求する根拠にならない」として、まずは個々の業務の積算根拠を求め、そこから先へ進んで社会的利益を算出していく構えを取っていた。共同研究の呼びかけも細々と各方面へ行った。

しかし、残念ながら、全国の介護支援専門員を代表する団体は、このような私たちの動きに対して一本の矢も送ってくれなかった。それどころか、過去のある時期の全国指導者には、(たとえ団体と直接関係なく個人としての行動であったとしても、)私たちの動きをツブしにかかっているとしか思われない行動を取った人がいたことも、残念な事実だ。

私もいまは全国の職能団体の会員であり、過ぎたことを蒸し返すのが建設的でないことは百も承知だが、今後のためにも言及しておく。

とにかく、遅きに失したとは言え、この種の調査をどこかで行わないと、介護業界はコストセンターになっているとの「神話」がいつまでも幅を利かせ、それを信じている多くの国民は、財務省や経済界や健保が唱える、介護報酬を上げなくても良い、むしろ下げろ、との見解に左袒することになるだろう。

そうなれば、一部の論者が唱えている「介護大崩壊」が現実のものになる。これこそ、国家的な危機にほかならない。

どこかのメジャーな業界団体または職能団体が主唱して、大急ぎでもこの種の調査を全国レベルで大々的に実施するのならば、もちろん私自身も、数少ない利用者や介護者にお願いするばかりではなく、自分の力で及ぶ限りの個人や組織に呼びかけ、最大限の協力をするつもりである。

2017年10月31日 (火)

「知ったかぶり」は恥ずかしい

人前で話すとなると、私のようなマイナーな講師でも気を付けなければならないことがいくつか挙げられる。

中でも神経を遣うのは、「知ったかぶり」をしないように心がけることだ。

これは簡単なようで、結構難しい。

ふだん何気なく使用している言葉や言及している事象についても、あまり自信がないときには、なるべく時間を取って予習するようにしているが、完璧にはいかないのが常だ。とは言え、細かいことでも事前にチェックしておかないと、間違ったことを話してしまって、あとでその誤りを知ってから恥ずかしい思いをすることになる。そうならないように、私なりに留意してはいる。

研修でいろいろな講師の話を聞いていると、明らかに「知ったかぶり」で知識や理解の欠如を露呈させている話者が、ときどき見受けられる。

昨年末から今年の初めにかけて、法定の「主任介護支援専門員更新研修」を受講したのだが、8回のうち少なくとも6回は、登場した講師が1回以上「知ったかぶり」をやっていた。指摘してやろうかと思ったが、まぁ話者自身の自覚の問題やろな、とも思い、結局ツッコミは入れなかったのだが...

ところで、結果としては同じ「知ったかぶり」であっても、いくつかの類型がある。

・高い水準の国語力や調べる力を持っている話者が、不注意で言葉や事柄の意味に合わない解釈をしてしまい、気が付かずに過ごしてしまう(私もときどきあります(^^;)。

・特定の分野に該博な話者が、不用意に専門外の用語や事象などに言及して、思い込みから誤った解釈をしてしまう。

・普通の話者が、善意から受講者に有益な話題を紹介しようとして、関連する用語や事象に関して確認不十分なまま、誤った解釈をしてしまう。

そして、いちばん良くないのは...

・力量不足の話者が、自分を立派に見せようと背伸びをして、わかっていないことをわかっているように話してしまう。

残念であるが、この最後の類型は、上記の主任更新研修をはじめ、介護支援専門員法定研修の講師にも、ときどき見られるパターンである。上から目線の話者、場数を踏んでいない話者など、講師として壇上に立って報酬を得る資格があるのか、疑われる人たちだ。

もしこの人たちが、「テキトーなことを言っても、どうせ受講者にはわからないだろう」などと思っていたら、大問題であろう。そうでないと信じたいが、用語や事例に関して、かなりいい加減な解釈をしてしまい、話しっ放しにしてしまう講師もいるのが現実だ。

これらはまさに他山の石である。辞典や事典で調べる、自分が誤解していないか詳しい人に教わるなどの準備を怠らなければ、受講者が「それ違うだろ?」とシラける頻度も減っていく。

後進に指導する立場の者としては、恥ずかしい「知ったかぶり」をしてしまわないように、十分心したいものである。

2017年10月18日 (水)

輝いてください☆

浜松の、いや周辺の市町も加えて、静岡県西部地区の介護業界は、ある意味「大きな田舎」である。関東や関西、あるいはその他の地域で、当地より一歩も二歩も先んじたアクションが起こり、それが全国的に大きなうねりを作ろうとする形勢にあっても、なかなかそれらの動きについて行くことができない。

介護業界の括りにかかわらず、保健、医療、あるいは福祉の業界では、「やらまいか精神」で注目すべき活動をしている人たちが当地にも結構見受けられるのだが、なかなか「全国区」でのダイナミックなアクションに結び付いていると言い難いのは、寂しい限りである。

私も、かつてはブログや掲示板、あるいは同業のMLなどをきっかけに、全国各地を旅しながら業界の友人たちと交流させていただき、最近はFacebookの助けもあって、多くのすばらしい仲間とネットで結び付くことができたが、2月に母が要介護状態になってからこのかた、行動が制約され、なかなか自分から他県まで出かける機会を持てずにいた。

そこで、去る14日、他の用事も兼ねて東京へ一泊ツアーを敢行。数人の方にお声掛けしてディナーにお誘いしたのだが、ご用事で参加できなかった方もあり、新宿の「KICHIRI」で三人の方とテーブルを囲むことになった。

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相模原市在住の認知症介護指導者・認知症ケア専門士、阿部敦子さんは、「認知症ONLINE」のサイトで認知症介護小説『その人の世界』を執筆されている。家族側や支援者側から見た認知症の姿ではなく、徹底した利用者目線で一人ひとりに「何が起こっているのか?」を導き出そうとする短編小説の連作は、利用者本位の介護を究めようとするすばらしい試みだ。すでに29作まで紹介されている。

都内在住の管理栄養士、林裕子さんは、患者(利用者)本位の在宅医療で全国から注目されている、悠翔会在宅クリニック・在宅NSTチームに所属されている。他の医療職と協働して、「摂食」「栄養」「嚥下」などの側面から多くの人たちの在宅生活を支える、訪問栄養指導のスタッフのお一人である。一般にはまだまだ普及していない訪問管理栄養士としてのお仕事をされている。

奥平幹也さんは、以前のエントリー「人と会い、人と語り...(2)」にもご登場いただいた。その後、「ミライ塾」はNHKの番組でも取り上げられ、その取り組みが全国的に紹介されたこともあり、最近は各地を回るなどのご多忙な日々が続く。

実は阿部さんと林さんとは、FB上で私の「ダジャレ友達(正しくは「言葉遊びの友達」かな?)」でもあるのだが、お目にかかるのは今回が初めてであった。お会いしてお二人ともステキな女性であるとの認識を新たにしたことは、説明の要もないと思う(^^*

(なお、顔出しNGの方がおられたので、画像は料理のみである)

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阿部さんは、現在のところ本業の傍ら、短編小説をポランティアで執筆されている。奥平さんから、他の方のことはともかく、阿部さんの作品は対価を受けるだけの価値があると思うとのご意見があった。私も、せっかくの力作が悪用・盗用などされないように、著作権を守る手立てを講じるべきだと述べさせていただいた。阿部さんも今後の対応については考えるところがあったようだ。

個人的には、保健・医療・福祉に携わる方すべてに、ぜひ『その人の世界』を全編お読みいただきたいと思う。阿部さんにはさらに書き続けていただき、いずれこの小説が紙媒体で出版され、業界の教科書になることを期待したい。

奥平さんの「ミライ塾」塾生たちは、すでに三期目に入っている。この塾は介護の現場で働きながら奨学金を返済し、そのあとは一人ひとりに合った職業に就いて(もちろん、介護でも良いのだが)、社会に羽ばたいていくのが理想だ。しかし、しっかり足元固めをして独り立ちしようと研鑽を怠らない学生が多い一方で、中には若さゆえの気のゆるみや、社会人としての経験の浅い面が露呈してしまう学生もいる。現実には奥平さんがそれらの課題解決に向けてサポートしているとのお話があった。

学生のフォローアップは、学生の就労先法人→関連団体からの支援を受けているとは言え、奥平さんの過重負担が大きくなっているようだ。ミライ塾の取り組みが画期的なものであるだけに、長く続けられることを思えば、お一人に負担がかかる状況が軽減されることは大切である。学生の卒業までに社会人として磨き上げていくのがミライ塾の目指すところだ。今後はどこかの基金を活用するなどして、サポートしてくれる要員を確保できないものか。喫緊の課題になろう。

談話の中で、一般的に奨学金を返せない人が増えている事情は、就労してからの収入が伴わないなどシステム上の問題がないとは言えないが、本人の意識に係る要因が大きいとの議論もなされた。林さんもご自身の経験を踏まえ、借りたものは責任を持って計画的に返済すべきことを指摘された。私も同意見だ。

林さんからは、栄養士の給与が医療職の中ではいまだ低く抑えられている現状のお話があった。給与待遇面のみならず、一般的には管理栄養士が在宅訪問する場面は限られており、悠翔会さんのように在宅NSTを推進する医療機関は少数だ。栄養士さんたちが活躍することで、高齢者などの入院に至るリスクを減らし、医療、介護双方の社会保障費を抑制する効果もあるのだ。林さんも複数の業界誌などにお仕事での取り組みを投稿されているが、今後は市民啓発にも一層力を注ぐ必要があるかも知れない。

ちなみに、林さんはおもに電車を使って利用者さんを訪問されており、本当は自転車も併用したいらしい。私自身、ケアマネジャーとしての居宅訪問は徒歩やバス利用の割合が多いので、安易に車を使わないスタイルには共感できる。

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私から見れば一回り以上若い方々とのトークであったが、とても実りある時間であった。自分自身の生涯学習のためには、これからも年代に関係なく、価値のあるお仕事をしている方とは、親しく交流していきたいと考えている。

トークに付き合ってくださった方々(および、今回参加いただけなかった方々を含め)は、それぞれの分野で先駆的な方である。しかし、いまだ介護業界、保健・医療・福祉業界の中で、ふさわしい声価を得ていないというのが、私の正直な感想だ。ヒーローやヒロインを作ることが業界にとって良いという意味ではない。より多くの人たちに携わってほしい分野を開拓していく人、いわば牽引車のような人が、どの分野にも必要なのだ。その人たちがスポットライトを浴びることにより、協働する人たちが増え、私たちの業界、ひいては市民社会に大きく寄与することになるのだから。

阿部さん、林さん、奥平さん。もっともっと輝いてください☆ 及ばずながら、私もできる限り応援します!

2017年10月11日 (水)

研修で「話す側」になろう!

30代~40代前半の中堅どころに位置する介護業界仲間の動向をネットで眺めていると、「○○研修会」「△△学会」「□□講演会」といった場に出向いて、多くの知見を身に着けようと努めている人たちが多く見られる。日常業務が多忙な中で、時間や費用を確保して各種研修の場に出掛けているのには、たいへん敬服する。

しかし、このような研修に参加した記事を見ていて、残念になることもある。

それは、中堅どころで才能も力量も備えていると思われる人が、もっぱら「聴く側」「受講する側」に回っているのを、散見することだ。

もちろん、聴くこと、受講することの意義を過小評価しているのではない。ただ、講義・講演する側になれる、少なくともパネリストぐらいは務められる力のある人が、なかなかそのような役回りを担った話を聞かないと、どうしても気になってしまうのだ。

その原因は一人ひとり異なるので、それぞれがどんな状況で講師やパネリストにならないのかはわからない。「能ある鷹は爪を隠」して韜晦しているのか、遠慮深い性格でいつも出番を辞退しているのか、頭角を現しているのになかなか周囲が認めてくれないのか、勤務先などの制約によって表舞台に立つ機会を持てないのか。

私自身が宮仕えのとき、(決して有能だったわけではないのだが)鳴かず飛ばずだった理由は、この最後の項目に当てはまる。旧勤務先が常態的に職員の突出した行動を抑える傾向にあった。そのため、研修や企画の講師やパネリストとして声がかかるようになったのは、開業した40代になってからだ。

いまでこそ普通に講師業もこなしているが、40代初めにいくつかの団体からボツボツ呼んでもらえるようになった時期には、人前で話すだけでも心拍数が上がってしまい、なかなかまとまりの良い話をするのに難渋したことを記憶している。慣れるためにも、若いうちに講師やパネリストの場数を踏んだほうが良い。自分自身の経験からだが。

特に、主任介護支援専門員であれば、更新までの五年間に講義の一つや二つはこなすのが当たり前であるべきだ。所定の研修の企画・ファシリテーターとて参画するのならまだしも、年四回参加していれば主任更新が可能との要件は、もっぱら受動的な研修参加だけでも更新できるわけであるから、甘過ぎると言わざるを得ない。

ただし、地域によっては地域包括支援センターの受託法人が自法人の主任に講義枠を割り当てる「お手盛り」もあるようなので-そのような義務的な講義はあまり経験値にならないのだが-公的な研修の場で誰もが講義の機会を持てるわけではない。むしろ、(宮仕えか開業かを問わず)バックを持たない介護支援専門員が狭い地域の枠を超えて、所属都道府県内外の関係団体から講師として招いてもらえるレベルの力を持つことが望ましい。

介護福祉士などの現場介護職員、特にリーダーの立場にある人たちも、講師やパネリストとして登壇する機会を持つことが、自分自身の知見・研鑽・実践を言語化して披露する好機となるだろう。

中堅どころの業界仲間たちが、「話す側」「講義をする側」になる場面を増やすことにより、さらに活き活きと良い仕事をしてくれることを願っている。

2017年9月30日 (土)

踏みとどまる人たちにエールを!

静岡県は東海から関東にまたがる県域を持ち、風土も多種多様だ。私が住んでいる浜松市の中でさえ、南端から北端まで行くのには車で二時間以上を要し、地域差は大きい(「自治体附属機関等の委員会に出席して(2)」参照)。ましてや、県内でも西から東へ所用で出かけるとなると、現地での所要時間は2時間程度であっても、往復の時間を含めて丸一日を要することもある。

28日、県内で最も南東に位置する、賀茂地区介護支援専門員協会からの講演依頼をいただき、一日かけて下田市まで遠征してきた。

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賀茂地区は東伊豆町、河津町、下田市、南伊豆町、松崎町、西伊豆町の6市町からなる地区で(画像は昭文社の地図)、浜松からの交通手段は沼津市、伊豆の国市、伊豆市を経由して車で行くか、熱海市、伊東市を経由して電車(JR、伊豆急行)で行くかのいずれかとなる。車の長距離運転が苦手な私は後者を選択したのだが、前夜からの大雨で伊豆急行が午前中運休となってしまったため、同団体のスタッフの方に車で(他用を兼ねてとのことだったが)伊東まで迎えに来ていただくことになり、お手数をおかけした。

演題は「ケアマネジャーの役割と使命」。大層な主題であるが、地理的な制約を抱えた現場のケアマネジャーたちにとっては、これからの時代、仕事にどう向き合っていくのかはたいへん重い課題なのだ。都市部で地域資源に恵まれている私たちからは想像もできない困難にぶつかることも、決して少なくはないであろう。

これまで静岡県の四隅にあるケアマネジャー連絡組織(南西隅-湖西市、北西隅-浜松市天竜区、北東隅-御殿場・小山、南東隅-賀茂地区)に講演でお邪魔しているが、都市部から離れている共通項があるとは言え、地域課題はそれぞれに異なる。

今回、講話の中で強調したのは、「プロとして対価を得られるような仕事をしてください」ということである。

地域包括ケアシステムは、一つ間違えれば「安上がり行政」を招来しかねないシステムとなる。地方自治体も経済的に余裕があるところは少ないし、ましてや過疎地域であればなおさら財政課題は重くのしかかってくるであろう。

そして、そのような地域だからこそ、ケアマネジャーの出番があるものと考えたい。住民にとって有益なアイディアを提案し、地域独自のシステムの創成に参画するのは、課題が大きい地域ほど大切なことなのだ。優れたアイディアが採用されて軌道に乗れば、費用対効果の面からも奏功して、自治体の財政を助けることにもつながるからだ。

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参加者からの事前質問に「移動手段の確保」「認知症カフェの運営」等が挙げられたが、私たちが専門性を発揮できる場もそのような分野に存在すると思う。過疎地域におけるケアマネジャーの資質とは、やれ医療連携だ、ほれ給付適正化だといった代物ではなく、地元住民のニーズを的確に把握できる観察力、行政と連携しながら地域資源を整えていく実践力、人々が住み慣れた地域で長く生活できるように側面的支援を展開できる総合的専門性であると言えよう。

したがって、資質や専門性に裏打ちされた私たちの仕事は、当然のように評価を受けて、対価を得られるものでなければならない。裏を返せば、アマチュアにでもできるレベルの仕事しかできないのであれば、お金をもらう資格はないと言うことができる。

このような地域では「うち(自法人)さえ良ければ...」の思考はもはや論外だ。国が企図している業界再編成モデルに迎合せず、各種の事業者が共存できる体制を構築していくほうが、公益法人と営利法人、大規模法人と零細法人など、立場の違う組織がそれぞれの強みを生かして連携し合う、面白い業界共存モデルができるだろう。そのためには、私が日頃から福祉業界や医療業界の「ガラパゴス化」と揶揄している旧態依然たるパラダイムから、関係者たちが解放されることも大切だ。

このたびの出講では、賀茂地区でがんばって仕事を続けるケアマネジャーたちの、それぞれの地域における創意工夫を聴かせていただく機会にも恵まれ、私にとっても学びになる場であった。地域資源に乏しく課題の多い地域に踏みとどまって役割を果たしている人たちに、心からエールをお送りしたい。

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