仲間との交流

2019年9月10日 (火)

人と会い、人と語り...(7)

先週はエントリーを一回お休みしたが、実は4日(水)に東京まで日帰りで往復してきた。

護保険の2024年報酬改定(2021年の誤りではない。その三年後の診療報酬とのダブル改定のことだ)に向けて、私たちが利用者本位の仕事を続けていくために何をすれば良いのか? 浜松に居すくんでいても実のある情報は入ってこない。まずは、しかるべき人たちに会って話を聞こうと思い、以前から注目していながら対面する機会がなかったお二人の方にアポを取って、語り合う時間を作っていただいた。

お一人は、鐵(てつ)宏之さん。私より21歳ぐらいお若い。埼玉県新座市で独立型居宅介護支援を開業、一人親方として仕事を始められて一年半になる。今回は池袋までお出向きいただいて、昼食を共にしながら語り合うことができた。

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自ら「変態ケアマネジャー」と称されているが、他県にもしばしば出向いて活躍されている実力派ケアマネジャーのお一人。居宅介護支援の本業以外に、法定研修の講師、県内外の業界・職能研修の講師(「生活支援記録法」が中心)などご多忙である。

この辺りまでは、十年前ぐらいの私とよく似ている営業形態なのだが、鐵さんはこれらに加えて「産業ケアマネジャー」として企業の介護離職対策への参画を始めておられる。私自身はケアマネジャーの一つの可能性として示していたものの、母の介護などの制約もあって踏み切れなかった。鐵さんが先駆けてモデルケースになっていくことを願いたい。今後、実力派のケアマネジャーの方々には、ぜひ携わってほしい分野である。

これからの時代、AIをケアプランに導入していく趨勢にあること、他方、それによって「サービスありき」になってしまってはならないことについても、私とおおむね同意見であった。鐵さんは同じく変態仲間であるアローチャート研究会・石田英一郎さん(府中市)らの勉強会にも参加されており、利用者さんそれぞれの正直な思いを汲み取るためにも、一人ひとりに寄り添って生活課題を抽出していく、ケアマネジャーの思考過程の重要性を強く意識されている。介護支援専門員の国家資格化についても、実践が伴わなければ意味が薄いとのお考えだ。

いま政策サイドで議論されているケアプランの自己負担導入については、利用者負担を回避したい人たちを狙い撃ちにした、大手組織等のヒモ付き「自己作成代行事業者」が暗躍する可能性を予測されている。利用者(市民)本位の視点から、望ましい選択を妨げる「囲い込み」的な利益誘導を憂慮されているのだ。

初対面なのにもかかわらず、職能団体等に関する見方も率直に露出して語ってくださった。総じて、鐵さんの姿勢には賛同できる部分が多い。「同志」と言って差し支えないだろう。

昼食を済ませて鐵さんと別れ、新宿経由で西荻窪駅まで向かう。もうお一人の方と会うのが目的だ。

その人は、佐藤弘幸さん。私より18歳ぐらいお若い方である。東京都杉並区で5年前から通所介護「空の花」を経営されている。

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訪問美容サービスのFC事務局を担うようになった後、ミライ塾・奥平幹也さん(練馬区)と知り合ったことから介護の世界に踏み込む契機を得られたとのこと。その後、杉並区高井戸で通所介護を開設、いまは区内の宮前に移り、サービスを継続されている。

私が宮前にお邪魔したのは15:20頃で、ティータイムのあとのレクの時間だったが、ティータイムが終わっていない(食事介助が必要な)利用者さんもおられ、スタッフの方が急がずその方のペースに合わせて介助されていた。レクではリーダーの方の言葉遣いが丁寧であり(原則として敬語で、ときにはあえて親しみのこもった言葉を使うことはあったが)、参加されている利用者さんがご自分の体験談など、あまり良くなかった思い出も含め、しっかりとご自身を表出されていた。15分ぐらい見学させていただいた後、佐藤さんご本人が登場。

通所介護運営の傍ら、「ポテンシャル介護プロジェクト」として家庭介護支援にも携わっておられる佐藤さんは、ご自分が運営される事業に関わる人々の「心を満たす」ことを理念として、利用者さん、その家族、事業所で働く職員(および家族)、ケアマネジャーと、優先順位を付けずに、皆を人として大切にしたいと希望されている。

そのために、「空の花・宮前」では利用者さんの真の生活課題を把握し、一人ひとりの利用者さんとともに、段階的に「自立」後の目標までを設定し、それを実現させるべくスタッフが支えている。巷に少なくない「老稚園」や「リハビリのためのリハビリ」とは全く異なる姿だ。職員に対する「やりがい搾取」もない。その方式によって毎月のように劇的な改善を見せる方が出ているので、このように事業所とケアマネジャーとが互いに理解し合い、利用者各々の自立支援へ向けて協働する望ましい姿が、全国に広がってほしいと願っている、と佐藤さんは語っておられた。

ともに運営に参画されている「音楽の花束」後藤京子さん(イベントプロデューサー・ピアニスト)をはじめ、良き仲間に恵まれているのは、佐藤さんたちの事業の展望を明るいものにしている。将来を見越して、現状にとどまらない新しい事業展開の方針についても、常にアイディアを出し合っておられるとのこと。その一部分を話してくださったが、未公開だとのことなのでここでは触れない。

このような好循環によって、能力ややる気のあるスタッフが集まり、真のリハビリを受けたい利用者さんが集まるのであれば、これに過ぎることはない。佐藤さんの熱い思いと理念が空回りせず、実践に裏付けられていることに、共感と敬意とを抱いた。

私が感じた鐵さん・佐藤さんのお二人の共通点は、「人」の尊厳を何よりも大切にされていること、良き業界仲間たちと実り多い結び付きを築いておられること、何年も先を読んで時代を生き抜く覚悟をお持ちであること、そして、自分や自組織が社会のための「公器」であると認識されていて、道から逸れないこと、...などなど。

若い方々から学ぶべき点は大きい。漫然と年功や地位を重ね、時代に流されるだけで大事なものが見えていない業界の古者たちに、鐵さんや佐藤さんの爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだ。

私の唯一の取り柄は、このお二人のような地理的にも年齢的にも離れている方々と、(相手の迷惑を省みず(^^;)気軽に会いに行って、ざっくばらんに語り合えることかも知れない。

2019年8月28日 (水)

自分自身と向き合うこと

8月は税務署に決算を提出する作業が多忙だったため(税理士を依頼するほどの余裕はない)、仕事が遅れがちになった。それでも顧客=利用者さんに対して、必要最低限の責任は果たしているつもりである。

国が定めた運営基準も基本的には守っているつもりだ(ケアレスミスが発見されることが無いとは言えないが)。特に昨年4月から新たに居宅介護支援の運営基準に加えられた(守らないと減算)、利用者がサービス事業所を選択することに関する規定、「複数箇所から選べる権利」「位置付けた理由をケアマネジャーに説明させる権利」の二つは、契約書にもしっかりうたってある。

もっとも、この二点は私が居宅介護支援を開業したときから、当たり前のように利用者さんや介護者さんに話してきたことである。なので、昨冬以降受任した5名の利用者さん(およびその介護者さん)に対しては、契約書をお渡しして「確認しておいてくださいね」としか言っていない。何しろその5名の方々は、「家族で3人目」「一族で5人目」「家族で2人目」「しばらく休止後に再開」「何年か休止後に再開」なのだから、くどくどと説明するほうが失礼に当たる。二番目と五番目の方のキーパーソンなどは、上記の両者についての説明責任を私がしっかり果たしているからとの理由で、わざわざ選んでくださったほどだから。

さて、そんな中の17日、開業18周年を迎えた。一人親方のケアマネジャーとしては、ほとんど前人未踏かと思う。

いまの私の仕事は、居宅介護支援(現在、利用者さんは21名)、予防支援(現在、受託している方は4名)、要介護認定調査(現在、受託件数は月10名)である。母を介護していた時期に法定研修の講師から引退し、任意研修の講師としてもほとんど呼ばれることがなくなったが、それでも、これだけの仕事をこなすのにはかなりの労力を要する。

他方、何年か前に宣言した通り、私の今後のスタンスは、若い人たちをバックアップしていくことだと考えている。それは研修などで教えることではなく、業界のさまざまな分野で今後輝いてほしい人たちのために、活躍の場を用意してあげることを意味している。しかし、そのための企画や交流の場を継続的に持ちたいと思いながら、なかなか実現していない。いささか目の前の仕事に追われて、大切なことが先送りになっている感がないわけでもない。

ただ、自分自身、業界でメジャーな人間でも何でもないのだから、できることにはおのずから限界があることは確かだ。

加えて、これまで何度か述べてきた通り、静岡県の介護業界は外へ向けて開かれていない感が否めない。関東とも関西とも距離がある中で、果たして何ができるのか?

無理な背伸びは禁物。それは自分が主役になりたい場合でも、若い人たちを主役にして「名脇役」になりたい場合でも、変わることはない。自分自身と向き合って、この業界で34年間、一人親方のケアマネジャーとして働いてきた者の立場で、これから何ができるのか。加齢とともに健康管理もこれまで以上に重要になってくる。

年に4回ほどしか購入しない、それなりの水準のワインを楽しみながら、まずは一歩一歩足元を踏みしめて進んでいこうと、改めて実感した。

以下の画像は、今回の「開業節(?)」のワインである。順番に、アダージョ‐デゼッサール、エントレスエーロ、ロッソ‐ディ‐モンタルチーノ、シニャルグ。

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19年目には、身の丈に合った役割を着実にこなしていくことを目指します(^^*

2019年2月26日 (火)

人と会い、人と語り...(6)

「これはすごい!!!」

...と、掛け値無しに表現できる企画を、このたび体感できた。

22日(金)にライブハウス・神戸チキンジョージで開催されたイベント「Babe 40th Anniversary-生きるために必要な10のこと」。

実はこれ、介護業界の一リーダーの個人的な「40歳の誕生祝い」だった。そこに全国から、業界の「顔」と言うべき人たちが集結した。

主役の「Babe」とは西宮市の幸地伸哉さん(クローバルウォーク社長)。拙著『これでいいのか?日本の介護』第12章にも登場し、関西では草の根で業界の「人の輪」を広げている立役者の一人。三年前の私の開業15周年にも駆け付けてくださったので、お開きの三本締めをお願いした方である。

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その幸地さんが40歳になる日にこの企画を組むと聞いたので、頼まれなくても押し掛けるつもりでいたところ、氏から、トークセッションをいくつか考えており、その一つ「伝える」の章に登壇してほしいとの依頼があったので、快諾して出掛けて行った。

まだ開幕一時間以上、16時ごろ会場に到着すると、すでに怪しい人たちが...

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本ブログに何度も登場したジョージさん@ライフデザインクリエイターふらっと(京丹後)と、会うのは二度目のジャスティスさん@介拓社(和歌山)。他にもライブに登場する人たちをはじめ、幸地さんの親しい仲間たちが準備に駆け回っていた。そのうち福岡勢、神奈川勢、和歌山勢などが続々と到着。「おひけえなすって!」と仁義のやりとりに追われる。

そして17時半に開幕。トークのテーマごとに、幸地さんのよくわからない?(笑)語りの動画披露。そしてセッションごとに4~5人が登壇して、それぞれの思いを語る。MCは久々成さん@プラスワン(大阪)、彼自身がトークに加わった際には、まるこさん@Kakeru(京都)が代役を。

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ライブが入っていよいよ佳境に。まずは「No Name」。づかさん@Lixis(東京)、Shanさん@アロ研(東京)、大平さん@ケアクラフトマン(鹿児島県長島町)、そして久々成さんのカルテット。介護業界では各方面を代表すると言って差し支えない、知名度の高い方たちだ。特にShanさんのドラムは圧巻。

さらに、トークをはさんで沖縄民謡。当日結成してリハ5分の速成コンビ。唄を披露したのは龍カルロスさん@比謝川の里(沖縄県中頭郡)、サンシンは関西でプロのアーティストとして活動されているKudekenさん。カルロスさんの美声も十分にゼニが取れるレベルだ。

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長年のブログが圧倒的な支持を誇るmasaさん@あかい花(登別)。幸地さん、フッキーさん@ソーシャルネット雅(和歌山)とのトリオで。masaさんの渋い声も年季が入っていて流石である。

後半に入って、トークは「伝える」のコーナーになり、私もmasaさんやカルロスさん、正木さん@な~る編集室(西宮)、大関さん@Dasuケア(犬山)たちと一緒に登壇。一応マジメに話していたつもりだが、せっかくの機会にコラボした仲間の画像をと思い、大関さんの隣でブレイク。ところがその場面をジャスティスさんがしっかり盗撮(笑)。

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締めは幸地さんがかつて結成していたバンド「Red Rock Ear Sicks」のリバイバル。これがまたシビれる演奏で、会場を興奮の渦に巻き込む。

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終演は22時過ぎ。実に6時間近くにわたる、メチャ楽しいイベントであった。

そのあとは介護業界を中心に、遠方から集まった仲間が十数人で二次会。みなさんは朝の3時まで飲んでいたようだが、私は翌日の仕事もあったので、1時ころには早々に失礼させてもらった。

あえてHNや通称で表現したが、登場した多くの方は業界で隠れもないビッグネームである。そんな連中が北海道から沖縄まで、謝金もないのに手弁当で集まるトンデモ企画。これを現実の形にした幸地さんの人間的魅力には脱帽だ。

また、当然だが、介護業界に限らず、幸地さんの親友や同級生など、異業種の方も少なからず参加していたので、私たちの見識が広がったことも一つの収穫であろう。

この機会に、私も多くの人たちとつながることができた。SNSでは知り合っていても会うのは初めての方が4人、全く初めて名刺交換した方が13人。特に、背中合わせの席も何かのご縁だと思ってあいさつした方が、川内さん@となりのかいご(伊勢原)。介護離職防止のコンサルタントで、激辛ラーメンの愛好家(笑)。知り合っておくと、何かの企画でコラボできるかもと、構想は広がるのだ。

一日に17人もの方と初対面をして、しかも、どなたに関しても、どこで何をされている方なのかが頭に残っていることは、私にとって全く珍しい。

とにかく、人生でも何年に一回あるかないかの、すばらしい体験であった。

幸地さん、40歳おめでとう!!! 心からお祝いしています☆ さらに輝かしい40代にしてください。

2018年11月18日 (日)

機会をつかみに行かない人に、機会などめぐってくるはずがない!

浜松やその周辺地域、静岡県西部の介護・福祉業界仲間には、歴史的な風土にも影響される、一つの特性が見られるようだ。

一言で言えば、多くの若手・中堅の業界人が「居座って動かない」のである。

誤解を招くかもしれないので補足するが、彼ら・彼女らは、自分が所属する職能団体や業界団体の研修会や大会など、いわばお定まりの枠の中の集まりであれば、普通に参加して他の都道府県の業界人たちと交流してくる。

しかし残念ながら、そこから先への広がりがない。

昨年のエントリーで、県西部のことを「大きな田舎」だと評したことがあった。いまでもその現実は変わっていない。なぜこの表現を使ったかと言うと、政令市の浜松が多様性のモデル地域であり、さまざまな種別の団体や活動が共存しているので、浜松近傍の業界人たちの多くは、他地域の人たちと意欲的に交流しなくても、自分たちで情報を充足できると錯覚してしまう状況になっているからだ。インターネットが普及してからは、なおさらその感がある。制度や政策の変転についても、坐したままで「そんなこと、私もわかっている」となってしまうのであろう。

これは見当違いも甚だしい。

クールな情報のパッケ-ジを受動的に受信して、「わかっている」と思っているだけであり、その変転にまつわる各々のコンテンツの生々しい諸相について、各地の現場での現実はどうなっているのか?といったホットな情報は、能動的に求めていかないと把握できないのだ。浜松近傍の業界人たちはそこに気が付いているのだろうか?

むろん、各人がそれぞれ、他地域の業界仲間に全く知り合いがいないわけではないのだから、そのような人たちと互いに意見交換する機会はあるだろう。だが、気心の知れた同窓生などであればともかく、研修会や大会で知己になっただけの人同士が、多くは本音を語ることもない。それは自分の側も同様なのではないか。このレベルの交流から得られる情報は、勢い、点を線で結ぶレベルのものばかりになってしまう。

それでは、点と線でなく、「面」や「体」をなしている、より重厚な情報を獲得するにはどうしたら良いのか?

そんな情報が黙っていても向こうから来てくれると思っていたら大間違いだ。

獲得するおもな方法は二つ。

一つは、自分が稀少価値のある情報や技術を持っていること。

私の場合は、一人親方のケアマネジャーとして、独立開業の形態を続けてきた実績がある。また、マイナーな分野ではあるが、介護業界における「産業日本語」の分野で著書も出している。誰もが欲しがる情報を持っているわけではないが、稀少価値の存在としての私と情報や知識を分かち合いたい人も、業界の一部には存在する。そのような方々が礼をもってアクセスしてくれば、私も答礼しながら、仲間としてお付き合いをしていく。やりとりが多くなれば、手持ちの開示しづらい事情や、先取りして実践されている状況などの情報も共有できるようになる。

もし、あなたが業界人であれば、自分はそのような情報や技術を持っているのか、自己評価してみると良い。いくら大きな法人や組織に所属していても、自分自身が情報や技術を持ち合わせていないのに、坐したままで他人の情報や技術をもらえるわけがない。

もう一つは、自分の側が相手のフィールドに出向くこと。

私が各地の業界仲間と気軽に行き来できるのは、長年の間にときどき、全国のさまざまな仲間がいる場所に臆面もなく顔を出して、いろいろな人と図々しく名刺交換してきたからである。どんなに収入が乏しくても、衣食住を削ってこれには投資を惜しまなかった。最初は独立型のケアマネジャーやそれに共感する人たちの集まる場が多かったが、次第に限定しないようになり、いまは業界を超えて、ラーメン道などでつながった異業種の方と会うこともしている。

働き盛りの業界人には、確かにそれぞれの事情もあろう。職場で自分が不在になると業務がうまく回転しない、家庭で育児などの役割分担に制約されて遠出できない、などなど。

しかし、各地で注目されている仲間と出会う「機会」が、あなたの事情に合わせていつまでも待ってくれることは絶対にない。これだけは確実だ。あなたが逃した機会は、すでに別の誰かが獲得して活用しているかも知れない。

特に東北、首都圏、関西、中国地方、九州などの業界では、一部の人たちが始めた先進的な試みに、共感する他地域の人たちが呼応してネットワークを形作っていくなど、さまざまな交歓の輪ができている。その一端に入ると入らないとでは、先々の情報量や先進性に大きな差が出ることもある。こちらから動かない限り、「大きな田舎」浜松へは東西いずれからも、この種のうねりが直接的に波及する可能性が少ないからだ。

こう考えると、自分自身の工夫で時間をこじ開け、費用をひねり出してでも、インフォーマルな業界仲間が集まる場へ出向いて、立体的な情報交換を心掛けるべきであろう。その意義は十分にあるし、しないことによる損失も大きい。自分自身が職場で(経営者、被用者の別なく)輝くためには、大切なステップなのだ。

「その気持ちはあるが、きっかけがつかめない」と言う人には、厳しいようだが、「自分で探せ!」と苦言を呈したい。私自身、いまでこそFacebookのお付き合いが主軸になっているが、まだSNSなど無かったころには、各種の掲示板で同志や話せる相手を探し回り、電話やメールでズケズケと連絡を取って、交流範囲を広げていったのだから。

いまはSNSがあるだけ恵まれた時代だと言えよう。Facebookが嫌いならば、他のSNSでも何でも良い。自分の間尺に合った交流手段はいくらでも転がっている。

居座って動かず、地域に閉じこもっているだけで、機会をつかみに行かない人に、機会などめぐってくるはずがない。

浜松近傍の若手・中堅の業界人よ! 一歩踏み出す勇気を!

2018年9月18日 (火)

プロフェッショナルはどうあるべきか?

私の事業所の開業記念日は三つある(^^;

 

8月17日 看板「ジョアン」を掲げた日(17年前)

 

9月15日 居宅介護支援事業所ジョアンの指定を受けた日(同上。浜松NPOネットワークセンターに宿借りさせていただき開業した)

 

10月1日 有限会社ジョアンで仕事を始めた日(14年前)

 

どの日も私にとって大切な日だ。

 

一昨年の10月1日に15周年記念企画(ご参加は午後・夜間合わせて14都府県66名)を開催し、昨年の8月17日には16周年の交流会=二時間だけの飲み会(ご参加は5道県13名)を持った。今年は9月15日が土曜日に当たるので、4~5名でも集まっていただければ嬉しいなと思いながら、図々しく「開業17周年...を口実に飲もう会」を呼びかけてみた。

 

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結果、4県8名の方々が参加してくださった。在宅複合型施設・長上苑の施設長で、県ケアマネ協会の副会長でもいらっしゃる鈴木さん、北区でケアマネジャーをされている中川さん、西区で中古セニアカー販売業をされている中山さん、民間保険会社でお仕事をされている元介護支援専門員の松下さん、聖隷クリストファー大助産師専攻科教授の久保田君枝さん、神奈川県秦野市で協働型の独立居宅を運営されている松田智之さん、愛知県豊川市で介護事業の経営に携わっておられる平田節雄さん、奈良県在住で介護事業所の環境整備のため各地を回って指導しておられる山下総司(そうし)さんが、この二時間の飲み会のために集合してくださった。特に鈴木さん、中山さん、松田さんは三年連続のご参加となる。

 

それぞれお仕事の分野や活動されている地域が異なり、介護業界内外にわたる広い範囲になるが、どなたも周囲からの信頼が厚い方であり、とても心強い仲間だ。

 

まずは自己紹介から始まったが、主題になったのはもっぱら、介護に関連する専門職≒プロフェッショナルのあるべき姿である。今回は、利用者本位、現場業務の改善、人手不足、介護職の意識、医療連携、職員教育等々、「自分たちは何を基盤に仕事をすべきか?」を強く打ち出したミーティングになった。特に、看護師が介護現場の中で福祉系職員とどのように協働していくのかに関して、久保田さん、平田さん、松田さんが三者三様の立場で持論を述べ、そこに他のメンバーの意見が絡んで、実に興味深い展開となった。

 

また、介護職の今後のありかたについて、少し異なる業界で働く松下さんや、少し離れた立場の中山さんからの見方は、とても貴重であり、参考になった。

 

締めは山下さんのご見解。私たちが飲食したあとテーブルをわざわざ消毒するわけでもないし、私たちは決まって三時におやつを食べるわけではない。なのに全利用者に対してそうするのが当たり前になってしまっている施設が少なくない。業務のルーティーンに捉われて大切なものを忘れてしまっていないか? という投げ掛け。まさに、介護に携わるすべての人が振り返るべきことであろう。重みのあるお話であった。

 

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今回はやや広めながら、全員で一つのテーブルを囲みながらの会食であったため、お互いの顔が見えるインティミットな議論ができたことは、一つの大きな成果だと言えよう。勝手な推測だが、参加したメンバーの多くにとって、学び、持ち帰ったものは少なくなかったと思われる。

 

所用で早々に帰られた方もいたため、全員ではないが、お開きのあと集合写真(画像)も撮ってもらった。残念ながら、この日は「記念クーポン」を用意していなかったので、後日、みなさんに些少なりとも何か差し上げようかと考えている。

 

自分としては満足度大の飲み会。今後も業界内外の仲間がそれぞれの仕事に勤しむ中、私たちの常識が社会の非常識になってしまわないためにも、ときどきはこのような分かち合いの場を持ちたいものだ。

 

 

 

 

2018年6月25日 (月)

人と会い、人と語り...(5)

前回より続く)

巡礼を終えて向かったのは博多(福岡市内)。小倉からは静岡-浜松ぐらいの距離がある。定刻の11時半には5分ぐらい遅れてしまった(電車の博多着が5分遅れたため)が、待ち合わせ場所の「博多だるま総本店」に無事到着。

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ここで、本ブログに何度も登場してくださったジョージさん(=稲岡錠二さん。京丹後市)たちと合流。地元業界の重鎮・飯山明美さんや、長崎県から来着した諫早ドラッカーズの会、森芳正(もりよし まさし)さんや平川真さんたちの、ケアマネジャーのみなさんと一緒に、本場の博多とんこつラーメンを味わう。

そして、ホテルニューオータニ博多内にあるカフェレストラン「グリーンハウス」に集合。この日の企画「聞きたかとばってん!アンタなんしょ~と」に、遠く浜松から参戦した次第である。

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これはジョージさんが発起人になったもので、中堅・若手のケアマネジャーや介護職員が語り合うための場を作ったものだ。地元博多の髙﨑(たかざき)慎介さんや大関純平さんをはじめ、太宰府市の廣田弘樹(ひろき)さん、久留米市の岡田ヒロ子さん、林田亜紀さんらが参加された。それぞれ自分が何者なのかをプレゼンしながら、仕事や活動の現況、今後の展望などを語り合った(飯山さんは所用のため中座された)。

業界では厳しい環境の中にあって、中堅や若手のメンバーはよりよい仕事をしていくため、職場の外へ出て仲間づくりをする機会を求めている。日本中でアクティヴな中堅の業界人たちにより、このような場を作る試みが意欲的に展開されているが、ジョージさんは前のご勤務先を退職された後、地域の人たちの生活を支える「ライフデザインクリエーター」の職能を立ち上げ、全国各地の仲間と交流しつつ、人と人との輪を広げていく活動を続けておられる。

イベントは13時半から16時半までの三時間だったが、あっという間に過ぎてしまった。名残り惜しかったがお開きとなる。飯山さんや髙﨑さんたちがこれを受けて次の面白い企画を打ち出しそうな雰囲気だったので、楽しみである(残念ながら私は参加できそうもないが...)。

夕方から暗くなる時分まで、福岡城址や博多の街を散策。中洲まで来たあたりで結構歩き疲れたので、地下鉄で博多駅へ向かう。

駅2階の「めん街道」で、歌舞伎役者のG-sawaさん(HN)と待ち合わせ、行列の具合を勘案して「長浜ナンバーワン」で遅めの夕食。

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G-sawaさんと会うのは三回目だ。歌舞伎の演目は一か月単位なので、氏も6月中は博多で出演されている。上位の役者さんに従ってお仕事をもらう形なので(休演すると一か月失業することになってしまうから)、旅行などもままならないし、介護業界とは違うご苦労があろう。そのような中で、役者さん方は古い演目を墨守するだけでなく、観客に歌舞伎の魅力を味わってもらうために、協働してイノベーションや創造に取り組んでおられる。私たちの業界でも見習うべき点は少なくない。

互いの仕事やプライベートの話をしながら、ラーメンのほうは替え玉まで注文した(博多は一杯目の麺が少なめで替え玉を追加するパターンが多いようだ)。ジョージさんがすでに帰途に就かれたため、「キリシタン三人衆」が実現しなかったのは残念だが、それはまたの機会に。ちなみに、ジョージさんからG-sawaさんへと託された丹後の「塩」をしっかりお渡ししている(私もいただいた)。信徒にとって「塩」は特別な意味を持つものだから...(^^*

翌18日朝、小倉のホテルを出ようとした矢先、大阪北部地震の影響で新幹線が運転見合わせになってしまったので、岡山あたりでもう一泊することも覚悟して、行けるところまで行こうと、普通列車で東進した。途中、宮島を通る路線は亡き母と一緒に旅行した(2003年)ところなので、15年前を懐かしく思い出した。新幹線ならスルーしていたのだから、これも何かの巡り合わせだったのかも知れない。

広島の少し手前で運転再開の報を受け、広島から新幹線に乗り換える。新大阪の手前で入線の順送りを待たなければならなかったので、かなり遅延したが、そのあとは順調に走行して、浜松に無事帰着した。当初は15時頃の予定だったのが、19時過ぎの浜松着となった。新幹線のありがたさを実感したものである。地震の影響はなお大きい。被災した方々には心からお見舞いを申し上げたい。

この三日間の旅は、巡礼が主目的ではあったが、私にとっていろいろな意味で実りのあるものであった。

2018年1月20日 (土)

ところ変われば...

去る13日(土)、島根県の安来地域介護支援専門員協会からご依頼をいただき、同会の研修会における文章作成講座の講義のために、安来市まで出向いてきた。

安来市と言えば「どじょう」の街。「うなぎ」の街である浜松からお邪魔することになったのも、何かのご縁であろう。

今回お招きいただいたきっかけは、同団体の会長を務めておられる宇山広さん(お仕事は小規模多機能型居宅介護の所長。以前は島根県介護支援専門員協会の副会長もされていた)とFacebookでのつながりができ、宇山さんが私のしょうもない駄文に目を留めてくださったことだ。事情はともかく、私のようにマイナーな講師から見れば、わざわざ遠方から出講のご依頼をいただくのは、ありがたいことである。

早朝に家を出て、新幹線で西へ向かい、岡山駅で伯備線の特急「やくも」に乗り換える。今回は残念ながら素通りであったが、岡山の方から教えていただいた三好野の「祭り寿司」を駅で購入。「極(きわみ)」と称する1,480円のお弁当はなかなか豪華。こんなときでなければ味わえない一品だ。

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乗り継ぎを含めると、電車に乗ること約6時間。安来は島根県の東の入口であるにもかかわらず、浜松からはたっぷりと距離がある。

安来駅に到着すると、宇山さんご自身がお迎えに来てくださった。本当は握手をしたかったのだが、私の両手は皮脂欠乏症に加えて「遠州のからっ風」の影響もあり、「あかぎれ」がひどかったので、ご迷惑になってはと思い断念。雪道の中、宇山さんのお車で広瀬町の会場まで向かう。15時から講義開始。

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演習を含めて三時間。おそらく安来地域のケアマネジャーさんたちの大部分は、社会人になってから「国語の授業」を受けることになるとは想像されていなかったのではないか。文章の出来次第で意図が伝わらないことも起こり得ることを例示しながら、簡単な国文法に踏み込んで、助動詞や助詞「てにをは」の使い方について解説。終盤では、単なる文章作成技術の向上で終わるのではなく、それを私たちの仕事の評価につなげていくことが大切であることを説いた。

研修会が終了したあと、駅近くで宇山さんと一杯。途中からは、遠路、大田市から駆け付けてくださった野際智紀さん(宇山さんの友人、同じく小規模多機能の管理者)が合流。野際さんともFacebookでつながっており、先年は東京で昼食をご一緒する計画もあったが、氏の予定変更により、お会いするのを逸したことがある。そのこともあり、三人で鍋を囲んだのは嬉しいひとときであった。

島根県は「アローチャート」の先進地域でもあるので、お二人はこの分野への造詣も深い。とは言え、それをどう使いこなすのか、考え方には人それぞれに差異も大きいようだ。お二人からは、学会などにおける研究成果積み上げとは別に、現場のアセスメントで誰もが使いやすいものをどう普及させるかの課題についても、検討が求められていることへの言及があった。「陸の孤島」である浜松のアローチャート自主勉強会「矢万図浜松」としても、大いに参考になるお話が聴けたと思う。

一夜が明けて、朝、ホテルの外へ出ると、昨夜から降り続いた雪景色。雪道用のブーツを履いてきたのは正解であった。

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チェックアウトした後、お二人のご案内で西へ。日曜日であったが、途中で宇山さんのもとに事業所のスタッフから相談の電話が入る。小規模多機能は臨機応変に対応できるメリットがある一方、包括報酬であるためどうしてもオーバーワークになりやすい。現実にはどの事業所も、運営にかなり厳しい面が出ているとのことで、安来市のような人口密度が少ない地域であればなおさら、遠隔地の利用者のためにどこまで対応するのか、悩ましいところであろう。

午前中に松江まで出向き、松江城近傍を見学。天守閣には昔登ったことがあるので、今回は時間の制約から割愛し、周辺の建物や武家屋敷を散策した。

この辺りの名所は江戸時代の遺構だけではない。城の近くには旧日銀松江支店の建物を活用した「カラコロ工房」なる場所もある。伝統と前衛とが交錯したユニークな空間だ。ファッションを軸に、グルメや体験コーナーもあり、地元の人も旅行者も楽しめる店がいくつも共存している。

昼食後、地元のキャンペーンをしている「お侍さん」たちにお願いして、記念写真を撮ってもらった。私の向かって左が宇山さん、右が野際さん。散策終了後、野際さんは好きなお酒を求めて別方向へ。

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安来へ戻る車中で、宇山さんが島根県の介護業界の現状をお話しくださった。他県同様に人材不足であるが、ケアマネジャーの研修指導陣にしても、いま中核になっておられる宇山さんや野際さんの世代である40代の方々が、その次の世代の人材を発掘するのが難しく、苦労されているとのこと。当・静岡県の状況に比較すると、かなり深刻かと受け止めた。この現状を国の政策担当者はどこまで実感し把握しているのだろうか。

いろいろな思いを巡らしながら、安来駅で宇山さんと別れ、帰路は再び「やくも」に乗り、岡山経由で新幹線に乗り換え、浜松へ戻った。

ところ変われば事情も変わる。静岡県や浜松市でも業界の課題は少なくないが、他の地域と比較参照することにより、別の視点からの知見が加わる。今回の目的は出講であったが、自分自身の学びの機会を持つこともできた、たいへん有意義な二日間であった。

2017年10月18日 (水)

輝いてください☆

浜松の、いや周辺の市町も加えて、静岡県西部地区の介護業界は、ある意味「大きな田舎」である。関東や関西、あるいはその他の地域で、当地より一歩も二歩も先んじたアクションが起こり、それが全国的に大きなうねりを作ろうとする形勢にあっても、なかなかそれらの動きについて行くことができない。

介護業界の括りにかかわらず、保健、医療、あるいは福祉の業界では、「やらまいか精神」で注目すべき活動をしている人たちが当地にも結構見受けられるのだが、なかなか「全国区」でのダイナミックなアクションに結び付いていると言い難いのは、寂しい限りである。

私も、かつてはブログや掲示板、あるいは同業のMLなどをきっかけに、全国各地を旅しながら業界の友人たちと交流させていただき、最近はFacebookの助けもあって、多くのすばらしい仲間とネットで結び付くことができたが、2月に母が要介護状態になってからこのかた、行動が制約され、なかなか自分から他県まで出かける機会を持てずにいた。

そこで、去る14日、他の用事も兼ねて東京へ一泊ツアーを敢行。数人の方にお声掛けしてディナーにお誘いしたのだが、ご用事で参加できなかった方もあり、新宿の「KICHIRI」で三人の方とテーブルを囲むことになった。

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相模原市在住の認知症介護指導者・認知症ケア専門士、阿部敦子さんは、「認知症ONLINE」のサイトで認知症介護小説『その人の世界』を執筆されている。家族側や支援者側から見た認知症の姿ではなく、徹底した利用者目線で一人ひとりに「何が起こっているのか?」を導き出そうとする短編小説の連作は、利用者本位の介護を究めようとするすばらしい試みだ。すでに29作まで紹介されている。

都内在住の管理栄養士、林裕子さんは、患者(利用者)本位の在宅医療で全国から注目されている、悠翔会在宅クリニック・在宅NSTチームに所属されている。他の医療職と協働して、「摂食」「栄養」「嚥下」などの側面から多くの人たちの在宅生活を支える、訪問栄養指導のスタッフのお一人である。一般にはまだまだ普及していない訪問管理栄養士としてのお仕事をされている。

奥平幹也さんは、以前のエントリー「人と会い、人と語り...(2)」にもご登場いただいた。その後、「ミライ塾」はNHKの番組でも取り上げられ、その取り組みが全国的に紹介されたこともあり、最近は各地を回るなどのご多忙な日々が続く。

実は阿部さんと林さんとは、FB上で私の「ダジャレ友達(正しくは「言葉遊びの友達」かな?)」でもあるのだが、お目にかかるのは今回が初めてであった。お会いしてお二人ともステキな女性であるとの認識を新たにしたことは、説明の要もないと思う(^^*

(なお、顔出しNGの方がおられたので、画像は料理のみである)

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阿部さんは、現在のところ本業の傍ら、短編小説をポランティアで執筆されている。奥平さんから、他の方のことはともかく、阿部さんの作品は対価を受けるだけの価値があると思うとのご意見があった。私も、せっかくの力作が悪用・盗用などされないように、著作権を守る手立てを講じるべきだと述べさせていただいた。阿部さんも今後の対応については考えるところがあったようだ。

個人的には、保健・医療・福祉に携わる方すべてに、ぜひ『その人の世界』を全編お読みいただきたいと思う。阿部さんにはさらに書き続けていただき、いずれこの小説が紙媒体で出版され、業界の教科書になることを期待したい。

奥平さんの「ミライ塾」塾生たちは、すでに三期目に入っている。この塾は介護の現場で働きながら奨学金を返済し、そのあとは一人ひとりに合った職業に就いて(もちろん、介護でも良いのだが)、社会に羽ばたいていくのが理想だ。しかし、しっかり足元固めをして独り立ちしようと研鑽を怠らない学生が多い一方で、中には若さゆえの気のゆるみや、社会人としての経験の浅い面が露呈してしまう学生もいる。現実には奥平さんがそれらの課題解決に向けてサポートしているとのお話があった。

学生のフォローアップは、学生の就労先法人→関連団体からの支援を受けているとは言え、奥平さんの過重負担が大きくなっているようだ。ミライ塾の取り組みが画期的なものであるだけに、長く続けられることを思えば、お一人に負担がかかる状況が軽減されることは大切である。学生の卒業までに社会人として磨き上げていくのがミライ塾の目指すところだ。今後はどこかの基金を活用するなどして、サポートしてくれる要員を確保できないものか。喫緊の課題になろう。

談話の中で、一般的に奨学金を返せない人が増えている事情は、就労してからの収入が伴わないなどシステム上の問題がないとは言えないが、本人の意識に係る要因が大きいとの議論もなされた。林さんもご自身の経験を踏まえ、借りたものは責任を持って計画的に返済すべきことを指摘された。私も同意見だ。

林さんからは、栄養士の給与が医療職の中ではいまだ低く抑えられている現状のお話があった。給与待遇面のみならず、一般的には管理栄養士が在宅訪問する場面は限られており、悠翔会さんのように在宅NSTを推進する医療機関は少数だ。栄養士さんたちが活躍することで、高齢者などの入院に至るリスクを減らし、医療、介護双方の社会保障費を抑制する効果もあるのだ。林さんも複数の業界誌などにお仕事での取り組みを投稿されているが、今後は市民啓発にも一層力を注ぐ必要があるかも知れない。

ちなみに、林さんはおもに電車を使って利用者さんを訪問されており、本当は自転車も併用したいらしい。私自身、ケアマネジャーとしての居宅訪問は徒歩やバス利用の割合が多いので、安易に車を使わないスタイルには共感できる。

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私から見れば一回り以上若い方々とのトークであったが、とても実りある時間であった。自分自身の生涯学習のためには、これからも年代に関係なく、価値のあるお仕事をしている方とは、親しく交流していきたいと考えている。

トークに付き合ってくださった方々(および、今回参加いただけなかった方々を含め)は、それぞれの分野で先駆的な方である。しかし、いまだ介護業界、保健・医療・福祉業界の中で、ふさわしい声価を得ていないというのが、私の正直な感想だ。ヒーローやヒロインを作ることが業界にとって良いという意味ではない。より多くの人たちに携わってほしい分野を開拓していく人、いわば牽引車のような人が、どの分野にも必要なのだ。その人たちがスポットライトを浴びることにより、協働する人たちが増え、私たちの業界、ひいては市民社会に大きく寄与することになるのだから。

阿部さん、林さん、奥平さん。もっともっと輝いてください☆ 及ばずながら、私もできる限り応援します!

2017年8月18日 (金)

17年目の航海へ

親の介護を抱えると、離職しないまでも情報弱者になりかねない状況になるのだが、逆にそういうときこそ、人寄せをして孤立化を回避すべきであろう。

昨日は、2001年8月17日に「ジョアン」の看板を掲げて開業してから、満16年に当たる日なので、開業記念を口実に、浜松で一杯やろう会...との名目で、内輪の懇親会を企画してみた。

Facebook友達のうち、比較的距離感が近い三分の一ほどの方々、また当地のケアマネジャーでは、私とご一緒に市ケアマネ連絡協の役員を務めてくださった近しい方々を中心に、役員ではなくとも勉強熱心な方などにお声掛けした。しかし、お盆明けの多忙な時期であり、平日のたった二時間の飲み会ということもあって、来場してくださったのは浜松で半数程度、市外で一割程度にとどまった。それでも5道県から13人の方々が参加してくださったことには、心から感謝申し上げたい。

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特に、ネット上では15年前からのお付き合いであり、6年前に作文教室の冊子を自費出版した際にはブログでPRいただき本当にお世話になった、介護福祉道場「あかい花」の菊地雅洋さん(前列、パネルの隣)は、折しも他用で浜松にご滞在中だったため、貴重なお時間を使ってこの会に出向いてくださった(むしろ、菊地さんがこの日に在浜されているので、平日の飲み会を敢行したと言うほうが正確だ(^^;)。また、過去のエントリーでも登場願った、私の「歴友」岡山の渡邊さん(後列、向かって左から四人目)と、協働で独立型居宅を運営されている秦野の松田さん(同、左から五人目)とは、昨年の15周年記念行事に続き、遠路をいとわず二年連続で駆け付けてくださった。

さて、当面の課題は、すでに各サイトが報じている通り、独立型、特に一人親方の介護支援専門員が、どこまで制度上の仕事を続けていくことができるかということになるが、これに関連して、参加者のお一人から眉を顰める情報が飛び込んできた。

とある地方で一人親方として居宅介護支援事業所を自営していた介護支援専門員が、複数の場面で不正行為を重ね、指定取り消しになったのである。それも、その地方ではそれなりの知名度もあり、複数の団体で役職も歴任していた人物なのだ。これによって、政策側や医療系団体から、「一人親方ケアマネは危ない」との論調が強まることが予想される。

実は、私自身も、一人親方ケアマネは危ないと思う。

こう言うと意外に感じる読者があるかも知れないが、真意は、「基盤が弱いところに立っている人間は、初心が崩れると倫理的にも心が弱くなる」...である。

当該人物も最初はコンプライアンスを意識しながら、事業所の運営を軌道に乗せようと努めたであろう。しかし、独立して公正中立を守ってケアマネジメントを展開しても、制度の動向や周囲の情勢は、好転するどころか、どんどん悪化している。そのようなところで、倫理感覚を保つのがいかに難しいことか、何よりも16年間仕事を続けてきた私自身が実感している。当該人物は哀れにも転落して、さげすまれる存在になってしまったようだが、次は私自身がそうならないとも言い切れないのだ。

政策側が今後一人親方の介護支援専門員に求めてくるであろう「ネットワーク化」は、皮肉なことに、政策側が独立・中立の一人親方を報酬の上で評価してくれないところから、必要性が高まっていると、私は考えている。協業する仲間は、「病気や事故に遭ったとき」のために必要だと言うより、むしろ「倫理感覚を失いそうになったとき」のために必要なのだ。前者であれば、他の居宅介護支援事業所に利用者を委ねれば良いが、後者の場合は、公正中立や公益性などケアマネジャーとしての根本的なミッションが音を立てて崩れていくのである。

正直者がバカを見てはならない。しかし、正直者でいることがバカバカしくなる人は当然出てくるのだ。そのとき、「われわれは正直者でいこう!」と励まし合って、補い合える人がいるかいないか、それは今後の独立・中立型居宅、特に一人親方の動向を大きく左右するのではないか。

昨日の会で参加者と楽しく語らいながらも、この点を痛感した。

私の事業所は17年目に突入したが、この一年の最大の課題は、これから自分らしくケアマネジメントを展開していきたい地域の独立・中立型ケアマネジャーのために、協業しながら支え合う仲間を作っていくことであろうと感じている。

2016年10月 8日 (土)

大きな転換期

私がケアマネジャーとして開業15年、一つの大きな転換期を迎えたと言うことができる。その節目として、10月1日に、自分自身の「記念のつどい」を企画・開催してみた。

これはクローズ企画であり、お声掛けした方は全部で280名ほど。そのうち、来場してくださった方は、北は福島県、南は宮崎県まで14都府県に及び、全部で62名。うち研修会が58名、懇親会が48名(大部分は重複)であった。62名の内訳は、静岡県内が32名、県外が30名。4割以上が県外の方であり、その多くは泊まり掛けで遠路浜松までお越しくださった。

著名な論者でも学識経験者でもない、一人のケアマネジャーである私が開催した、事実上の個人企画に、これだけの方々がお集まりくださったことには、ただただ感謝・感激するばかりだ。

半年前から少しずつ準備を重ね、十日ほど前からは多忙な日々が続いたが、当日になると快い緊張感で満たされていた。講義や講演などにときどき呼んでいただくうちに、大きな節目に当たっても自分のコンディションを整えるすべを身に付けたと言うことか。とは言え、当日の運営は一人で難しかったことは確かであり、従妹夫妻と、厚有出版の社長・編集担当者(著書の販売も兼ねて)とが応援に来てくれたのは、とても助かった。

午後の企画は、14時からクリエート浜松で開催。冒頭のあいさつ、ご祝辞、ご祝電披露と、まずはセレモニーから。

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研修会前半は、記念講演と称して一時間半、独演会をやらせていただいた。ここでしか話せない内容を満載して、数発のダジャレを散りばめたのはもちろんのこと、「水戸黄門」を全く異なるコンテクストで4回登場させ(いばらき福祉研究会の小林和広さんや北野さんのお顔を立てて...)、さらに放送禁止用語(?)にまで言及。会場では何人かの方に振ってご意見を求める部分もあり、結果は10分ほど延長してしまったが、歯に衣着せぬ話を洗いざらいしゃべらせていただき、実に爽快であった。

後半はシンポジウム。私の著書にちなんで「これでいいのか? 日本の介護」が主題。コーディネーターが石田英一郎さん(アシストケアプランセンター昭島・取締役)、シンポジストが佐々木香織さん(あるぷすヘルパーステーション管理者/相馬市)と稲岡錠二さん(北丹後福祉会 在宅介護課長/京丹後市)。お名前を見る限りでは介護業界「イロモノ隊」の観が強いが、もちろん内容は真面目な話である。特に丹後や相馬の介護現場をめぐる状況は、ナマで聴ける機会に乏しいだけに、浜松からの参加者にとっても学びになったようだ。

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夜、18時からは、場所をハートランドに移して懇親会。古井慶治さん(ふるい後見事務所所長・社会福祉士/静岡市)による乾杯の音頭でスタート。

この懇親会は「融和」「友愛」をテーマにしたつもりだが、それだけに事前の準備はかなり周到に行った。参加申込は前日の夕方に締め切ってFacebookでも通告、さらにFacebookを見ていない浜松周辺の方で、当日飛び入り可能だと誤解している人がいないか、可能性のある人たち全員に、前夜のうちに電話を掛け、来場されるかされないかの最終確認をした。主張の隔たりが大き過ぎる人同士や、齟齬が生じてしまった人同士などが、最初は同じテーブルにならないように、また私の関係者の輪に初めて参加する人が孤立しないように、また男性だけ・女性だけにならないように、眠気を我慢しながら(笑)約一時間かけて作業して、テーブルの配置を決めたのである。

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その上で参加者のみなさんに、宴が始まってからは自由に行き来していただき、有意義な交歓の場にしてくださるようにお願いした。結果として、初対面ながら会話が盛り上がったり、距離を置いていた人同士が仲直りしたりと、良い成果を上げられた二時間になったかと、勝手に(笑)自画自賛している。

途中で3~4回、「ライジングポーズ」でカメラに収まった記憶がある。下の画像はちょっと暗めに写っているが、関西アホ仲間+関東の〇〇〇〇仲間で。向かって私の左下、岡肇也(としや)さん(会社で高齢者施設入居案内を担当され、お仕事は東京都内)と、右下で稲岡さんに虐待されている(?)幸地伸哉(こうち しんや)さん(グローバルウォーク代表取締役)とは、著書「これでいいのか...」の第12章にも登場いただいた。私の左隣が過去エントリーに登場された小田原貴之さん(医療機関併設居宅のケアマネジャー/明石市)、一番左が白井法子さん(レインボー西宮=グループホーム・デイサービス等=施設長)。右隣は高阪史生(たかさか ふみお)さん(ウェルソル株式会社代表取締役=介護・福祉関係の人材・企画のコーディネートを実践/渋谷区)である。

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実は、つい先月11日、オペラ鑑賞の後で夕食をご一緒したのが岡さんだったのだ。介護業界から少し離れた立場にあって、課題をズバッと指摘してくださる、数少ない貴重な仲間である。その前、8月にはサッカー観戦の目的で浜松に来訪された小田原さんとも昼食をご一緒して、地域事情について情報交換するなど、私も人と語る機会を大切にしてきた。

最後は関西中堅経営者の重鎮、幸地さんの締めで閉幕。

散会後、お決まりのラー店へ。会場界隈でイチ押しの「細麺三太」が若い人たちに人気があるため、土曜日の夜は厳しいかな、と思っていたが、意外にも12人が一緒に入店できた。従妹夫妻は別の席を選んだので、「ナントカ仲間(?)」7人に、齋藤由美さん(オフィスそら/宮崎市)+松田智之さん(秦野福祉会)+次田(つくだ)芳尚さん(介護支援サービス)らの社長仲間を加えてテーブルを囲む。

向かって私の左隣が次田さんで、介護支援専門員の資格を持ちながら、介護現場とITとを結び付けるお仕事をされている。その対面側手前が松田さんであり、NPO法人で複数のケアマネジャーとともに独立型居宅を運営、厚労省の介護保険部会も傍聴してFB友達にアウトラインを伝えてくださっている。昨年航空自衛隊のエアフェスタで来浜された斎藤さんは、今年はお仕事の関係でエアフェスタのほうを断念されるとのこと。

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ご用事の関係で明朝早く戻らなければならない方もいらっしゃったが、多くは浜松の観光を楽しんでから帰宅されたようだ。ただし意外にも、NHK大河で盛り上がっている奥浜名湖のほうへ行かれた方はほとんどなかったらしい。行くと結構時間がかかるので、ゆっくり回りたいのならば機会を改めてのほうが良いのかも知れない。

さて、以前のエントリーでも指摘したが、若いリーダーが主導するものに限らず、介護・福祉業界の団体・企画には限界が見られる。特別な人以外は脇役にされたり、参加に不便な人が主流から取り残されたり、といったような。確かに一つ一つの団体や企画にはすばらしいものがあるのだが、「自分」「自組織」「自前組織」の意識が強いと、なかなか悪循環から抜け出すことが難しい。私自身、独立・中立型介護支援専門員全国協議会を運営してきた際の失敗を、記念講演では正直に告白した。

そこで、今回、私が提唱したのは「次郎長サロン(仮称)」。エラそうな名称だが、もちろん私が業界の清水次郎長を演じようということでは決してない。そもそも、そんな力もない。

社会保障が大きく後退しようとしている節目に当たって、介護・福祉業界全体の「融和」「協調」「大同団結」をテーマにした「場」を作ることができないだろうか? ということだ。これまで結びつきが希薄だった、接点に乏しかった人たちをつなぐ。また、見解の溝が埋まらずに袂を分かったり、不快な行動や態度を取られて反目したり、共感できずに接点を避けたりといった、負の関係にある人たちの和解を図っていく。このようなことができれば、私たちの業界に大きな果実をもたらすのではないだろうか。

そのためには、自意識が強過ぎるとうまくいかない。常に一歩引きながら、全体をコーディネートしていく力が必要になる。不器用な私一人では到底実現できないことだが、上述の白井さんや高阪さんのような、人と人とを結び付ける橋渡しに長けた方々をはじめ、多くの方々の協力を得られれば、決して不可能ではない。

今回、前半で私の言いたいことを言わせていただき、研修会後半や懇親会では、「次郎長サロン(仮称)」の試みの第一歩を踏み出した形だ。幸い、多くの参加者から好意的に受け取っていただけたようなので、次の一歩をどう進めるのか、参加された方もされなかった方も合わせて、みなさんのお知恵をお借りしたい次第だ。

自分から動き、信じて前へ進み、希望を捨てない!

これからの道を、そのように歩みたいと考えている。

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